このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。 作:みころ(鹿)
でまぁ今回は夏らしいことを書きました、俺はリア充じゃあないんだが?
ではほんへ、ちょっとシリアスもある
・・・
朝靄が覆う世界で夢を見た。
海の側で目を閉じれば奇妙な夢を見ることは解り切っていた、それでも海に近づいたのは自分自身を知る機会を得たかったからだろう。
夢の中で俺の姿は狼に変質していた、粘度の高い羊水の中は暗く重い。
以前よりも遥か深く沈んだここからは水面の輝きも別世界に見えた、澱の混じり始めた液体の中はもがく俺の身体を強く拘束する。
いつも通りの澄んだ悪夢、狼へと変わった肉体が徐々に沈んでいく。
水底に辿り着くまで、あてのない眠りを続けて。変わらない苦しみの中、酸素に喘ぎながら。
『…!』
――だが今日はそれだけでは終わらなかった。
ぼんやりとした視界の中、振動と共に輝いていた蒼霊達の動きがにわかに騒がしくなる。
まるで蜂の巣をつついたようなありさまは騒がしく、暗い中海にあっても一瞬視界を覆うほどの閃光が明滅した。
やがて静寂と暗黒が訪れる、一筋の明かりに縋りながら俺はもがく。肺を満たしていく感情に激痛と苦しみを覚え、薄れていく意識の中で何とか目を見開くと『何か』を見ようとした。
目覚めは近い、このままでは手がかりを得れずに終わってしまう。
蒼黒い液体の中で目を見開く、周囲を見渡した俺はいつもより長く意識を保つ。
『キョウ…ダイ…』
やがて、海が振動した。
それは言の葉というには余りに大きな烈波、津波のような圧力に押しつぶされながら俺は声のした方向を見る。
――そこにあったのは、目玉。
自らよりも遥かに大きく巨大なエメラルド色の瞳がこちらを見つめている。
それはきっと最初からあった、日の当たらない暗黒だと思っていたそこには巨大な化け物が揺蕩っていた。蒼霊が逃げたのも頷ける、もしその化け物が指先を少しでも動かせば周囲一帯が薙ぎ払われ破壊されるからだ。
その身は山よりも大きく、その翼を広げれば空を覆う災厄。神話に名を刻む化け物、俺はその化け物のねじ曲がった爪の合間をすり抜けていくだけだった。
本能的に理解した、これが神殺しの獣の完成形なのだと。
神を殺す化け物の行きつく果て、天を衝き大地を砕く星の獣は全て海より生まれる。
同族の蒼、憎悪を身にまとう『兄弟』の姿に俺は手を伸ばす。
『「お前…はっ…!?」』
意識が落ちていく、伸びてきた化け物の巨大な掌が沈む狼の身体を支えた。波に飲まれ暗くなっていく視界の中で俺は余りに巨大なその姿が
・・・
「…リョナさん!引いてますよ!」
「うおっ!?」
今朝の夢を思い出しぼんやりとしていた俺は手の中で暴れる感触に目を見開く、慌てて竿を力任せに引くとぷつんと音をたてて糸が切れてしまった。
どうやら大きな当たりだったらしい、離れた水面で大きな水しぶきが立ち上がる。
糸の切れた釣竿を持ち上げた俺はため息をつくとボートの底から替えの釣り針を取り出し切れた糸先に結び付け餌を付けると再び海面に投げ落とした。
「惜しかったですね」
「ん、そうだな…」
浜辺から少し離れたボート上、固定したパラソルの下で糸を垂らした俺とベルは揺られながら釣りをしている。強い日差しの下に反射した太陽は眩しい、波にあわせ揺れる釣り糸を見下ろしながらただうだるような暑さに耐えていた。
しかし今朝の夢のせいで余り集中できていない、今まで何匹かヒットしたが全てばらしてしまっている。
(…)
あの夢はどこまでが本当だったのだろう。俺以外の神殺しの獣、海の中で出会った黒い山のような龍の姿は曖昧でよく思い出せない。
あれがどこから来たのか、この海の底にいるのか。あれほど強大な存在が隠れている理由、俺がここに…いや、この世界に着たことに何か関係があるのだろうか。
「リョナさん」
「ん?」
「あの…大丈夫ですか?」
明らかに集中できていない俺を見かねてか心配げな表情を浮かべたベルが声をかけてきた。
身体的には大丈夫だ、だが精神的にはかなり動揺している。断片的な事実を見せられても焦るだけだ、何よりいつか自分がああなってしまうという現実をより鮮明にされただけだった。
(…心配させられねぇよな)
知らずにこわばっていた緊張をほぐす。息をついた俺は恐怖を押し込めるとベルに肩を竦めて見せ釣竿に意識を戻した。
「まぁ何だ、ちょっと暑くてな」
「…それ熱中症ってやつじゃ!?」
「そこまでじゃねぇけどよ」
釣竿を揺らしながらボートに座り直す、揺れる海面を眺めながら俺は少年と言葉を交わす。
今を守る為に俺は自分自身の事については知らなければならない、だがそれ以前にこの問題を悟られてはならない。
秘めた痛みに口をつぐんだ俺は当たり障りない返事をしながら釣竿を振るう、つんつんと餌を魚が突いているようだが中々食いつかなかった。
「というかどうだ、旅は楽しめてるか?」
「はい勿論!」
「そうか、それは良かった」
それから暫く話す。俺の釣竿に再び魚がかかる。ピンと張った釣糸が海面をかき回し、握りしめた竿に針から逃れようと跳ねる魚の体重がそのままのしかかった。
今度は力任せではなく魚を疲れさせるように糸を引く、数十秒の戦いの後隙をついて引き上げるとどことなく鯛っぽい魚がボートに跳ねあがった。
「よしよし、一匹目」
針を外した魚を足元に置いたバケツの中に放り込む。底の深いバケツには既にベルの釣った魚が泳いでおり、大きさの割には少し窮屈そうだった。
再び糸を垂らした俺は息をつく、そろそろ帰る頃合いだがもう旅も二日目だし『サブミッション』の方も進めなくてはならない、というか今日が本番だった。
ベルと海釣りを楽しみながら息をつく、普段の俺ならばこんな質問は絶対にしないだろうが聞かないわけにもいかなかった。
「…ところでベルさ」
「はい?」
「好きな女とかいないの?」
「ブファッ!?」
吹き出したベルがボートを揺らす。
動揺した様子の少年は顔を赤くしてむせる、どうやら丁度同じことを考えていたらしい。
「な、何でそんなことを!?」
「いや気になってな、今回の旅行は女性陣の方が多いし好きな奴でもいたら手伝ってやろうかと」
「えっ…いやぁ…」
気になるという体の調査だ。
(これでシルが好きってんなら楽なんだけどな)
もしそうなら空き部屋に放り込んでおくだけで事は済む。
しかし長い付き合いから…というか解りやすいベルの好意をよせている人間くらい知っている。
とはいえアイズはこの旅に来ていない、同時にチャンスでもあるのだ。
言い渋る少年を観察し終えた俺は釣竿を上げると竿に巻き付け船底に転がした。
「まぁどうでもいいや、喉も乾いたしそろそろ帰るぞ」
「どうでもいいって…リョナさんから聞いたんじゃないですかぁ…」
目的は果たした、オールを手に取った俺は浜辺へとボートをこぎ始める。
情けない表情を浮かべたベルとシルをくっつける作戦、展開する予定の「イベント」は二人を付き合わせるためには手段を選ばない。主に発案リューの作戦を俺は手伝うことになっているのだった。
(ほんとどうでもいいんだけどなぁ!)
拒否権は無い。
・・・
「んー」
「それは…ヤドカリだな」
「やぁー!?」
浜辺を散歩中、持ち上げた貝の中からもぞもぞとヤドカリが這い出してきたのを見てしまったハティは全身の毛を逆立て驚くとヤドカリを取り落とした。慌てて俺の脚の裏に隠れると砂に落ちたヤドカリがそそくさと多足で離れていくのを畏怖の念で見送る。
「あれはああやって貝の中に住んでる生き物だ、カニとかエビの親戚だな」
「なー?」
「ん、例えば…」
微妙なニュアンスから意図を組んだ俺は足元に落ちていた貝を一つ取り上げる。手のひらサイズの渦巻き貝は表面が虹色に艶めいており中は綺麗な空洞になっていた。
俺はハティの目の前でその表面をコンコンと叩く。
「貝は硬いからな、もし外敵…鳥とかネズミとかに襲われそうになった時にさっきみたいに引きこもれば自分の身を守れる。ヤドカリは家を背負いながら生きてる面白い生き物だ」
「おー…?」
貝の内側をなぞりながら説明すると声を漏らしたハティは興味津々といった様子で貝の表面を触る。その硬さを確かめると俺の言っている意味が理解できたのか興奮気味に尻尾をぶんぶんと振った。
初めての多いハティに新しいものを教えるのは楽しい、面白いと思ってくれていることに喜びを覚えながら俺は貝をハティに手渡す。
「それと、中身の無い貝からは海の音がするぞ?」
耳を指さしながら微笑みかけると、ハティは尻尾をゆっくりと揺らしながら両手で持った貝を見下ろし観察し始めた。
そして暫しの試行錯誤の末、貝の空洞部分を自分の獣耳に近づけると鋭敏な聴覚で何か感じ取ったのか目を見開く。
ゆっくりと貝を耳に近づけると少女の驚きは確信に変わり、ぱたぱたと尻尾を振りながら貝の音に耳を傾け始めた。
「聞こえたか?」
ゴォーという音にコクコクと頷く少女は興味津々といった様子で耳をぴくつかせている、不思議な発見に目を輝かせたハティは足を止め首を傾げる。
原理としてはただ耳の中の音が貝に反射して聞こえてくるだけなのだが、まぁその説明をする必要も今は無い。
「気にいったんなら持ち帰っても良いぞ?」
「…ん!」
再び嬉しそうに頷いたハティが貝殻を持ち上げる、綺麗な貝殻はハティにとってこの旅の宝物になりそうだ。
両手で貝を掲げた嬉しそうなハティと波打ち際を散歩する、午前中といってもそれなりに暑いがハティに様々なことを教えながら時間を潰すのは楽しく有意義だった。
「リョナさーん!」
「ん」
そんなこんなでハティと歩いていると遠くから声をかけられる、見慣れたパラソルの下から手を振る小人族の姿がそこにはあった。
貝殻を掲げた少女と砂浜を歩く、広げられたレジャーシートの傍まで近づくとそこには手を振る水着姿のリリとその後ろで寝転がっているシル、手ぬぐいで目隠しをして棒を持ったエイナが立っていた。
その少し離れた位置にはスイカが置かれている、状況から見てどうやら『スイカ割り』をしているようだった。
「スイカいかがですか?冷やしておいたのを取り出してみたのですが!」
「割るのはあれだがスイカは良いな、甘いからハティも好きだろうし」
「すいー?」
スイカ割りの注意事項は砂の上で割らない事だ、砂まみれになって食えなくなる。
レジャーシートの上に固定されたスイカは瑞々しく深い緑と黒を繰り返しており美味しそうだ、影の中に腰かけたリリの側には小皿が積み上げられていた。
「で、エイナが割る役なのか」
白い布で目元を覆ったエイナは手ごろな棒を持っている、掴みやすそうな棒はまさにスイカを割ることに特化している。
ただ非力なエイナに割れるかは解らない、まぁ粉々にされるよりかはマシだがそもそも割れるかどうかすら疑問だった。
「自信のほどは?」
「ないけどやります!」
意気込むエイナは集中した様子で棒を構えている、当たれば少しは割れるだろう。
本来ならベルがやるのが良いのだろうが、水着の少年はシートの向こう側でビーチバレー用の棒を設営しているところだった。
「まぁ頑張れ、ハティも応援するか?」
「おー…?」
「指示お願いします!」
「あ、私もー」
シートの影にハティと共に腰かけるとリリとシル含めた四人で、目隠しをしたエイナに指示を始める。ふらふらと歩き始めたエイナとスイカの距離はまだ遠い。
「右、もうちょい右です!」
「左じゃねぇか?」
「エイナさーん、こっちですよー」
「えっ?えっ?」
スイカ割りの恒例行事というか、その場にいる全員でがやがやと騒ぎながらテキトーな指示を飛ばしていく。
棒を構えたエイナは暗闇の中で声を頼りに進むしかなく、ふらふらとあっちにいったりこっちにいったりを繰り返す無様な姿を見せていた…まぁそれを楽しむものなのだが。
「っ絶対嘘言ってる人いますよね!?」
「リリはいつだって正直者ですよー!」
「信じろエイナ、今まで俺が嘘ついたことあったか?」
「割と」
「あったな」
憤慨するエイナに指示を出す、足元のおぼつかない彼女にみんなで悪ふざけを始めた。
八割嘘の指示によってエイナはおもちゃのように踊らされることになり、その細い身体はうっすらと汗ばんできた。
そして暑さによるイライラに耐えかねたのか遂にエイナは怒号を飛ばす。
「あーもう!暑いんですからいいかげん教えてください!スイカ食べたくないんですか!?」
「しゃあねぇな、とりあえず真後ろだ」
「…私もうリョナさんの言う事は一切信じない事にします」
本当のことを伝えたのだが疑心暗鬼になっているエイナは聞く耳を持ってくれないらしい、まぁ棒で殴りかかってこないあたり良心的だが。
とはいえあまり長引かせるとスイカがぬるくなってしまうのも事実だ、何とかしてエイナに指示を出す必要があった。
苦しそうなエイナを眺めながら俺は考える、まぁ他二人が指示を出しているので問題なく近づけてはいる。ふと隣を見るとハティがただ座ってエイナを見ていることに気が付く、興味がないわけじゃないらしく軽く尻尾を動かしながら固まっていた。
「…そうだハティ、エイナねーちゃんにスイカの場所を教えてやってくれないか?」
「?」
「あれがスイカ、あれがエイナ。目隠ししてるから声でスイカの場所を伝えるんだ」
首を傾げていたハティだったが理解してくれたらしい、嬉しそうにこくこくと頷くと再びエイナに視線を向けた。
「おー…!」
「あれ、ハティちゃんが教えてくれるの?ハティちゃんなら私も安心できるな~」
「ん!」
自信満々なハティは任せろといった様子で僅かに上体を逸らす。
そしてスイカに視線を向けると考え始め、遂に一つの結論を出すと片腕を持ち上げビシッと小さな指を伸ばした。
「そこー!」
「…え、もしかしてハティちゃん指さしてる?おねぇちゃん目隠しだから指さしだとちょっと解んないかなー…」
ただの目視確認である。
スイカを指さしただけのハティは伝わらなかったことが予想外だったらしく首を傾げる、きょとんとしているハティの様子は余りにも可愛らしく俺は思わず吹き出してしまった。
「なー?」
「はははっ…いやハティ、声で指示しないと」
「んぅ?」
理解できていなかったらしい。
再び首を傾げてしまったハティを無視してスイカ割りは進んでいく、これ以上参加できそうもないので身振り手振りハティに教えることにした。
「右とか左とか進む方向を伝えるんだ、リリとシルはそうしてるだろ?」
「おー」
「この前右と左は教えたよな、どっちが右か解るか?」
「みぎー」
「…そっちは左」
左手をあげたハティは再度首を傾げる。不思議そうに自分の掌を見下ろすとかなり長い時間を考え、気が付いたのか改めて右手を振り上げた。
「よーし正解だ、偉いぞハティ!」
「むふー」
笑みを浮かべハティの頭を撫でる、教えるべきことはまだまだ多いがその一つ一つが楽しみでもある。
尻尾をぶんぶんと振りしぼるハティとじゃれて遊んでいるとどうやらエイナ達のスイカ割りも終末を迎えたらしい。
「そこです、エイナさん!」
「いっけぇええええっ!!」
「てぇええええい!」
素人らしい大上段、ただ気迫だけは一丁前なエイナはスイカの前で棒を振りかぶる。
エイナの一撃は迷うことなくその足元に置かれたスイカに向かい、目隠しの中であっても割と正確に振り下ろされた。
ボスッと鈍い音をたてて棒先が地面に叩きつけられる、勢いこそ充分だった一撃は巨大なスイカの横を丁度すり抜けていた。
「あっえっ…あぁー!?」
「あー残念…!」
目隠しを外したエイナは惜しい狙いに落胆の声をあげる、そしてため息と共に棒を砂浜に突き刺した。
そして汗ばんだ身体でシートに戻ってくる、不機嫌な表情で腰かけると何故か俺に気だるげなジト目を向けてきた。
「もう割れなかったんですしスイカ食べましょうよ、リョナさん早く切ってください」
「いや流石に素手じゃな…やっぱり割って食うか?」
「ならリリが包丁を持ってきましょうか?少し用事もありますし!」
「あぁそういうことなら頼んで良いか?」
「あ、なら私も行きますねー」
「シルお前食材には触んなよ、今晩寝る場所が無くなる」
「あっはっはっは、リョナさんってば冗談が得意なんですからー」
冗談ではないのだが。
ともあれ立ちあがったリリとシルが包丁を取りにコテージに向かうのを見送る。二人とも用事というのは僅かに引っかかったがおおかたトイレとかそういうことだろう、深く追求するのはまずい。
「あー…あっつ…」
呻いたエイナがうつぶせに寝転がる。
包丁が届くまでくつろいでいても良かったがスイカを持ってくるくらいわけなかった。
立ち上がろうとした俺の隣でハティが這ってエイナに近づいていく、その隣にぺたんと座り込むと手を伸ばして先ほどまで目隠しに使っていたタオルを取り上げた。
「…?」
手に持った白い布をハティは不思議そうに見下ろす、少しの思考の後ハティはそのまま目元に布をあて真似なのか遊び始めた。
「ハティもスイカ割りするか?」
タオルを結べず何度も取り落としていたハティは俺の言葉に振り返るとキラキラとした表情で頷く、タオル片手に近づいてくるとピクピクと耳先を動かした。どうやらスイカ割に興味があるらしい。
俺はハティからタオルを受け取るとその目を覆うように布をかける、落ちないくらいのきつさでその後頭部に結び目を作った。
視界を奪われたハティは不思議そうに周囲をキョロキョロと見渡している、脇を掴んで立ちあがらせると先程エイナの突き刺した棒を抜き取り、ハティの手に握らせてみた。
「…ハティちゃんも挑戦するんですか?」
「おう、お前も指示側に参加してくれ」
「喜んでー」
エイナに手ごろだった棒はハティにはちょっと大きすぎるかもしれない、目隠しをした少女は手にした長い棒の重さを確かめている。
まだ歩くことに慣れていないハティに目隠しでスイカ割りをさせることは少し不安ではあるが何事も経験だろう、息をついた俺はエイナの隣に腰かけると白く小さな後ろ姿を見た。
「じゃあハティ、用意は良いか?」
「おー」
「行くぞー」
やる気満々なハティが早速歩き始める、エイナと二人で指示を出すとハティは棒の重さにかなりふらふらと歩きながら進んでいった。
立ち止まったり滅茶苦茶な方向に進んだりすることも多い、というかほぼそうだが奇跡的にスイカに近づく事に成功していく。
「ハティ、右だ!」
「みぎー…?」
「そっちは左!」
棒の重さに引っ張られ行ったり来たりを繰り返すハティは危なかっかしい。ひやひやとしながら指示を出す、やはりまだ方向がしっかりと解っていないハティにスイカ割りは速過ぎたかもしれない。
「あっ~そっちじゃないよハティちゃん、逆逆!」
「ぎゃくー?」
「それ左!」
「尻尾の方!」
声援にも熱が入る。
うろうろとしているハティは惜しいところを行き来しており、見ている方からはかなりもどかしい。
そして遂には砂に足をとられ、棒の重さにふらりと大きく身体を傾けると俺が反応するまもなく…そのまま浜辺にボスンと倒れてしまった。
「大丈夫か、ハティ!?」
「んぅ…」
慌てて駆け寄ると俺は砂まみれになったハティの身体を立ち上がらせ、ついてしまった砂ぼこりを払い落とし目隠しを外した。幸い怪我はしていないようだがその紅い瞳にはちょっぴりと涙が溜まっていた。
尻尾の垂れてしまったハティの頭を撫でる、スイカ割りに挑戦するにはもう少し勉強が必要そうだった。まぁ失敗から学ぶことも多いだろう、今回はダメだとしても色々な事を経験していけば出来ることも増えるはずだ。
「よしよし痛かったな…ん?」
「んぉ…?」
ハティをあやしながらふと気が付く。
先程ハティが使っていた棒が転んだ拍子になのか宙高く飛んでいる、青空と白い雲をバックに緩やかな放物線を描く棒はゆっくりと天を舞っており…その先には丁度スイカがあった。
俺とハティの見つめる先、ゆっくりと滞空する棒は遂に地面へ向かい――そのままスイカにザシュッと縦に突き刺さった。
スイカから伸びた真っすぐな棒、溢れ出した赤い果汁は甘い匂いを拡散させていた。
「大当たり…だな、凄いぞハティ」
「おー」
奇跡を前にポカンとしていた俺とハティは息をつく、ある意味スイカ割り成功である。
やはり釣りの時もそうだったがこの子は運が良いらしい、どうやったら放り投げたあの棒でスイカを貫けるのだろう。
転んだ痛みもどこへやら、自分のしたことをぼんやりと眺めているハティの潜在能力は計り知れない。
「リョナさーん、包丁持ってきましたよー」
そんなこんなでリリとシルが帰ってくる。
ハティの頭から手を離した俺は、とりあえず不動のまま動かない棒の先ついたシュールなスイカを持ち上げるのだった。
・・・
スイカの爽やかな甘みとみずみずしさが口の中いっぱいに広がった。
切り分けたスイカの一片を手にした俺はシャクシャクとスイカを食べる。少しぬるくなったスイカには清涼感こそ無かったが、溢れんばかりの水分と青い甘さはこの暑さの中でかなり美味しい。
スイカ割りの少し後、パラソルの下レジャーシートにあぐらをかいた俺はスイカを手にビーチバレーを眺めている。隣では同じようにスイカを持ったハティがスイカにかぶりついており、新しい味覚を楽しんでいるようだ。
「どうだハティ、美味しいか?」
「ふむー」
ご満悦のようだ。
口元を赤く濡らしたハティはスイカを両手に頷く。半月状に切られた赤い果実は既に半分程度減っており、満足げな表情からもだいぶお気に入りなのだということが解った。
種を足元の皿に捨てながらハティと共にスイカを食べる、パラソルの下からすぐそばで行われているビーチバレーを観戦していた。
「サーブ行くにゃ~!」
ビーチにラインをひいて作られたコートと借りてきたネット、三対三の試合は遊びではあるが中々白熱している。
今ビーチボールを持ったアーニャとイーミンコハル料理人コンビを加えた三人チーム、対するのはリューシルエイナの三人。
「ニャァッ!!」
美しいフォームから鋭いサーブが放たれる、ギリギリでネットを乗り越えたバレーボールはそのまま砂浜にバウンドするとサービスエースを奪った。
持ち前の運動神経の良さでアーニャはチームを牽引している、逆に他二人が動けなさ過ぎてワンマンプレイともとれなくない。
反対コートのリューチームは極めて堅実なプレイをしており、若干シルの動きが鈍いがアーニャの猛攻を凌いで的確にコハルの足元を狙っていた。
今のところ互角、チーム力的にはそう変わらない両者ではあるがお荷物を抱えたアーニャは体力的にかなり辛そうだ…このまま戦えばアーニャの敗北だろう。
(とはいえ)
勝敗は正直どうでもいい。
為すべきことはただ無防備にも水着姿でバレーを楽しんでいる女性陣の焼けてきた肌を静観すること。
大小違いはあれど女子の肢体。サーブ、レシーブ、トスなど様々な動きの中で身体が揺れる。
元々プロポーションの良い面々は勿論、激しく動くアーニャの汗ばんだ身体も中々健康的で良い。
「ぱー?」
「ん、ハティもこれから大きくなるよ」
「…?」
首を傾げたハティは自分の身体を見下ろす、子供らしいぺったんこは年相応のものだ、大人との違いは大きい。
スイカを食べながらハティとバレーボールを観戦する。やはり当初の見立て通りアーニャチームは徐々に押されてきている、既にワンマンプレイに頼り過ぎたアーニャの息も切れてきていた。
「ぷー」
スイカを食べ終えたハティが口に残った種をお皿に吐き出していく、頬が必要以上に膨らんでいる気がするが可愛いし良いだろう。
ハティと穏やかな時間を送りながら欠伸をする、バレーを眺めて過ごす時間は極めて平和だ。スイカを食べ終えたハティはまた貝の海音を聞き始めた、ごろごろとくつろいでいる少女の姿に幸せを感じながら俺は長く目を閉じる。
今という平穏を享受して、夏の日差しを眺めて。波の押しよせる音を聞きながら俺は再び欠伸を浮かべたのだった。
「あっやっべにゃ」
「ふぐおっ!?」
何て考えていた矢先、俺の腹に誤って飛んできたバレーボールが素早く突き刺さった。最近腹への被害多すぎないだろうか。
鋭い痛みを覚えながら俺はボールを持って立ち上がる。穏やかな気持ちから一転、怒りに燃えながら歩き始めた。
「俺を巻き込んだ罪は重いっ、覚悟しろよアーニャぁぁぁっ!」
「に゛ゃ~~~~~ッ!?」
結局この後俺はバレーに参加し両チームで暴れ、ハティにバレーを教えたりしながらお腹を空かして健康的な午後を過ごしたのだった。
・・・
「やっぱ海っつったらBBQだべ」
すっかり日も暮れ夕方。
串に刺され並べられた肉と野菜が鉄網の上でジューという良い音とともに熱せられている、夕暮れの砂浜に置いた自作グリルは今のところ調子がいい。
自分で鋳造した網に串肉を置いていく、イーミンコハルと下ごしらえした食材はまだまだあった。浜辺での食事は各自楽しめているようだ、見ると遠くでオレンジ色の太陽が順調に海面に消えていくのが見えた。
(仕掛けもあるしな)
昨日作っていたものは四つ。その一つがこのグリルなわけだがまぁそこまで複雑な機構でもない、隠れて能力を使えばすぐ作ることができた。
とはいえBBQという文化は皆に中々ウケがいい、ただ味付けした物を焼いているだけではあるが外で食べるというのは新鮮だったようだ。
そして二つ目が一番難しかったことは間違いない、浜辺ならば間違いなく
まぁ作動しなかったら無かったことにすれば良いだけではあるが苦労した分上手くいってほしかった。
「おーいリョナ君、肉おくれよ」
「あいよ」
「いやぁ悪いね仕事させちゃって」
「ん、楽しませる側も中々悪くないですよ。あトウモロコシ食べます?」
「いいね、ありがとう!」
ヘスティアの持った紙皿に肉と輪切りにしたトウモロコシを乗せる、程よく色目のついたトウモロコシは甘く美味しい。
笑顔を見せたヘスティアがまた戻っていく、後姿を見送り俺はまた食材を並べた。
(ハティが楽しめたらそれでいいからなぁ)
全てはハティの為に、一人だけ店主のように働いていても特に苦でもない。
見ればハティは色々な輪に入り、喋り食べながら楽し気な笑みを浮かべている。
ちょっとした感動だ、前までのあの子ならあんな躊躇いなく笑うことも出来なかっただろう。
「俺も涙もろくなったな…」
「まだそんな歳じゃないでしょ」
「ん、エイナ。ぼっちか?」
「誰がぼっちか!仕事しているリョナさんに心優しい私が話しかけて上げたんです!」
コップ酒を片手に喋りかけてきたエイナの頬は既にちょっと赤い、どうせ明日は帰るだけなので大人達には日本酒…ではなくビールがふるまわれている。
量は少ないがメレンで買ってきた酒はこの世界基準でおいしい、俺も先ほど一杯飲んだが中々悪くなかった。
ほろ酔いに見えるエイナがコップに口を付ける、煽られて不機嫌気に見えるが彼女なりにBBQを楽しめているらしい。
肉を転がしながら隣に立ったエイナと会話する、少し煙にむせると焼きあがった肉と野菜を空いた紙皿の上に置いた…瞬間猫人がかっぱらっていった、抜け目ない。
他愛ない会話を繰り返す。時折俺も食事しつつ料理を続け、太陽が早送りのように水平線へ落ちていく。
緩やかにオレンジから暗闇へ移り変わる明暗の中でエイナの笑みは今まで見た中でも一番楽し気に見えた、賑やかなBBQは楽しい時間と共に過ぎていった。
「よっしゃ終わった、んー…」
「お疲れ様です、はいお酒」
「おう」
肉と野菜を焼き終える、後は各自食べたい分だけ取っていけばいいだろう。
エイナからビールの入ったコップを受け取った俺は口をつける、息をつくとグリルから離れ急速に暗黒へと染まり始めた海に視線を向けるともう一つの仕掛けの成否を見るために皆から少し離れた平べったい石垣に腰かけた。
「ところでなんですけど」
「ん」
夜の浜辺を横切り、ついてきていたエイナが隣に腰かける。
だいぶ酔いが回っているのか常に満面の笑みを浮かべた彼女はそのまま肩を触れさせると軽い体重でほんのわずかだがもたれかかってきた、髪が肩に触れる。
「あのグリルもそうですけど、昨日は何を作ってたんですか?」
「そうだなぁ…上手くいけばもうちょっとで見れるはずなんだけどな」
「何ですかそれー」
喧騒から離れた静けさの中、近い距離感を保ったまま酒をチビチビと飲んでいるエイナは楽しそうに笑う。
汗と甘さの混じったエイナの匂いが直に鼻孔へ届く、また良くなった鼻は敏感でここまで近いと刺激的過ぎるのだが、まぁ肩が触れているだけでまだボディタッチの域…なのだろう。
「…近くね?」
「こんなもんですって」
コップの酒を飲み干してしまった二人で時折会話しながら波の音を聞く、どれもこれも当たり障りのない会話だったが居心地は良かった。
すべすべとした肌が触れる、少し動揺しながら俺はいつものように冗談を返す。噴き出したエイナが腹を抱えて爆笑し、暗闇の中照らされた輝かんばかりの笑顔を見せた。俺は微笑みから涙を拭う仕草をするのを見ていられなくて海に視線を戻す。
いつもより頬が熱い、酒のせいだとは思うが何だかいつもより魅力的に見えた。その細い指先が俺の手の甲を撫でた、そして自然と乗せられた彼女の掌が何かを決意するかのように握る。
「リョナさん、あの…私…!」
「ん、何だよ」
「…っあ…その、呼んでみただけで」
「?」
瞬間耳の先まで真っ赤になったエイナは俺の肩に強くもたれかかると特大の息を吐きだし俯いた、何か言いたげだったが躊躇ったらしい。
互いに黙って海を眺めた、相変わらず近い距離感を保ちながらそれ以上の言葉も無く夜空に浮かび始めた暗い星々を共に見る。
都市光に邪魔されない星座の輝きははっきりと美しく、その中心に浮かんだ月は崩れかけのままでも白く麗しい。
ふと視線を下におろす。
オレンジ色に照らされた面々が食事を楽しむ中、銀色の長い髪をした少女が何かを探すようにキョロキョロと周囲を見渡しているのを見つける。
「おーいハティ、こっちだ!」
手を振り声をかけると俺の姿に気が付いたハティはパッと表情を輝かせ、闇の中を走り出す。やはり俺の事を探していたようだ。
その瞬間だった、海に流した船上で俺の仕掛けが作動した。
――ドォンッッ……ひゅ~~~~…。
力強い鼓動と共に打ち上げられた白煙、空気を裂く高い音をたてながらそれはぐんぐんと夜空に向かっていく。
そして一瞬の静寂の後パァン!と弾けると、火花と共に大輪の華を夜空に咲かせた。
赤、青、黄色、緑、白、様々な色の打ち上げ花火が夜空で煌々と輝く。
走りかけていた少女は浜辺まで届く光で出来た濃い影に振り返る、その瞳で見たものは夏の夜空に広がる光の紋様。
打ち上げ花火、日本の夏の定番。
星々なんて目じゃない程カラフルな打ち上げ花火たちは美しく広がり、そして消えていく。
生まれて初めての光景に少女はただ立ちつくし、彼方の夜空を見上げていた。
「たーまやー!」
僅か一分ほどの光の明滅に誰もが見とれていた。様々な色と
素人だしそれほどの量もつくれなかったが発射機構と時限装置だけつけた船を海に流したのは我ながら良い案だと思う、実際こうして良いパフォーマンスになった。
隣で光に照らされたエイナも花火の綺麗さに呆気にとられている。
立ち上がった俺はハティの元に向かう、食い入るように夜空を見つめている少女の隣に立った俺は満足感を覚えながらその小さな手を取る。
見上げたるは光の華、美しい輝きと色の中で、俺は最後の花火が儚く夜闇の中に消えていく光景をハティと共に見送ったのだった。
・・・
花火ってこんな簡単にできるものじゃないと思うんですけど!!まぁハティに見せたかっただけだし是非も無いよネ!!
ではではー!