このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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ダンメモ楽し、今石を4000個まで溜める計画をしております。
現在2400。
サブタイが本編以上の重さ。

あと気がついたんだがこの物語のメインヒロインってベートだと思うんだ、ツンデレ属性の。






 感謝

・・・

 

 

 

「うぅ…」

 

「おぉ、起きたかベル君」

 

 

ベッド上から呻き声が上がると同時に、ソファで本を読んでいた俺は片手で本をパタンと閉じる。

そしてのそりと立ち上がると、若干凝り固まった身体を伸びをしてほぐしながらベッドの近くに歩いていくと覗き込んだ。

 

――頭に包帯を巻き、掛布団から白い頭を出したベル君が、目を薄く開けて俺を見上げる。

 

そして長らく声を出していなかったせいだろう、若干しわがれた声で呟いた。

 

 

「あれ…なんで…リョナさん…?」

 

「ん、とりあえず何か異常はあるか?頭痛いとか」

 

「…いえ、特には」

 

 

そう言ってぼんやりとしたまま目をパチクリとさせたベルは片手をベッドにつくと、上半身を起こす。

そして頭に巻かれた包帯をちょいちょいと触った後、ベッド脇に立った俺を見上げてきた。

 

…俺は身体欠損や脳内出血の兆しが無いのを確認し、安堵混じりに溜息をつくと、壁にもたれかかって口を開く。

 

 

「いや良かったよ、お前丸一日眠ってたんだぞ」

 

「そんなに…!?」

 

 

昨日ベルが朝早くに運び込まれてから一日中、ベルはまるで死んだように滾々と眠り続けて、それをヘスティアがずっと看病(という名の添い寝)をしていた。

どうやらただ単純に疲労というだけの様だったのでいつかは目覚めるだろうというのがヘスティアの見解だったが、その間俺は暇で、ダンジョンに潜る気も起きなかった。

 

なので俺はその合間街に繰り出すと、ギルドで冒険者としての登録を済ませ、歯ブラシやコップなどの日用雑貨を買いそろえた後に帰ってきた。

 

――それから俺は「本」も買ってきた。

 

いや、本と言うより「絵本」に近い。

俺は町の本屋らしいところで、可愛らしいイラストの付いた子供向けの絵本を五冊ほど買ってきていた。

…とはいえ俺に幼児趣味があるとか、暇つぶしとかでは無く、そこにはれっきとした理由があった。

 

理由は単純に――「文字」の解読を試みる為。

 

比較的優しい言葉遣いがなされているであろう絵本ならば、憶えやすいだろうという予想を俺はたてていた。まぁ例えばリンゴの絵が書いてあれば、その脇に書いてあるのは「リンゴ」という単語であるからして…という風に日本語に置き換えれるという算段だ。

しかしこれが予想外に難しい。読み始めたのは日暮れだったのにも関わらず、そもそものストーリーを理解するころには、すっかり小鳥が鳴き始め、朝の真っ白な光がぽつぽつと穴の開いた天井から降り注いできていた。

 

そして完徹程度ではさして疲れないが、そろそろ朝ご飯でも作ろうか…等と思っていた時にベッドの方から呻きともとれる目覚め声がきこえてきたのだった

 

…というところで現在に至る。

 

俺はベッド脇の壁に寄りかかると、掛布団から上半身だけ出してベッドに座ったベルを見る。

綺麗な白髪は包帯より白く、全体的に色素が足りないその中で赤い目だけが彩を持っていた。

 

 

「…それで、どうしてリョナさんがここに?」

 

 

まだ頭がちゃんと働いていないのかベルは軽く頭を振ると、目を細めて俺を見上げてくる。

とはいえ喉も乾いているだろうし、まずは水差しでも持って来てやろうかと思っていた俺だったが、とりあえず質問に答えてあげた。

 

 

「ベル君の誘いに乗って昨日、ヘスティアファミリアに入ったんだ」

 

「なるh…へ?今何て?」

 

 

流石神と眷属と言ったところか、リアクションが全く同じだ。

俺は驚いた顔をしたベルに肩を竦めてみせる。

 

 

「ヘスティア様の眷属になった…と改めて言うと何か凄い癪だが、つまりはファミリアのメンバーになった。よろしくな」

 

「ええええええええ!!!」

 

 

ベルは驚きの声を上げる。

…新鮮なリアクションは結構だが、そこまで驚くようなことだろうか?

確かに聞くところによると(やはり)ヘスティアファミリアは弱小ファミリアらしく、今までベル君しか団員がいなかったので新しく入ってくるという事自体が初めてらしいから…まぁ彼にとっても実際に新鮮な出来事なのかもしれなかった。

 

ベル君はひとしきり驚いた後、キラキラとした嬉しそうな顔を浮かべる。

 

 

「こちらこそよろしくお願いします!…うわぁ初めての他の団員だ…」

 

 

そしてこれまたキラキラとした視線で見上げられる。

彼から見て俺がどういう風に見えているかは解らないが、年上だし、新しい同居人なのだから半ば期待のこもった見られ方をされるのは半ば自然な事と言えた。

 

そんな視線で見られたことの無い俺は若干の居心地の悪さに苦笑する。

 

 

「…ありがとうございます!」

 

「いや、別に感謝されるような事ではないだろ?俺もファミリアに入りたかったしなー」

 

「あぁそうですね、すみません!」

 

 

そして何故か感謝するベルに、俺は軽く笑うと首を振る。

それにつられてベルも笑い、軽く頭を下げたのを確認すると、俺は壁から背中を離した。

 

 

「喉乾いたろ、それに腹も」

 

 

そして促すように、ベルの喉と腹を指さしてみせた。

ベッドに座ったベルは自らの喉を深刻そうにさわると、頷き、見上げる。

 

 

「はい、流石に」

 

「じゃあとりあえず飯にするか、少し待ってな」

 

 

腹が減っては何とやら、俺はパンと手のひらを打つと、とりあえず水差しをもって来てやろうと台所に足を向ける。

そして恐らくベルのコップに水を並々と注ぐと、持って行ってあげた。

 

 

「ほらよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

コップを受け取ったベルは、すぐに口をつけ、喉を鳴らして朝の冷えた水を飲み干していく。

そして半分ほど残して一度息をついた。

 

 

「じゃあ俺メシ作ってくるわ」

 

 

俺は安心し軽く頷くと、再び台所に向かう。

 

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

 

…しかし朝ご飯の準備に取り掛かろうとした俺を、ベルは止める。

足を止めた俺は軽く振り返ると尋ねるような視線をベッドの上の彼に送った。

 

そして真剣な顔をしたベルは、所在を訊く。

 

 

「その、今神様はどこにいるんですか?…僕、心配かけちゃったみたいで」

 

 

そう言って不安そうな顔をするベルに俺は、怪訝そうな視線を向けざるをえなかった。

というのもそれは余りに簡単な質問で、というか気づかないのかと内心首を傾げる。

 

そしてベルの足元を軽く指さした。

 

 

「ほらそこ」

 

「…へ?」

 

 

ベルは今初めて気がついたのか、足元の違和感に顔を強張らせる。

きっととても柔らかいその感触にベルは青ざめると、恐る恐る自らの腰辺りにまでかかっていた毛布をめくった。

 

――そして、絶叫する。

 

 

「神様ぁぁ!!?」

 

 

まるで当たり前のようにヘスティアが添い寝している光景に、ベルはまるで毛を逆立てて驚く猫のようにその拘束から逃れる。

…確かに色々と刺激の強いお年頃だろうし、ヘスティアの身体が密着したならば男児にとってとても危険ではあるだろうが、そもそも、いやだからこそ気がつかない物だろうか。

 

俺はベッドの上で未だぐっすりと寝ているヘスティアにペコペコと頭を下げるベルを尻目に鼻で笑うと、さて何を作ったものか…と、台所に向かったのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「うわぁ…お料理上手何ですね!」

 

「むぅ…確かに…これは…」

 

 

あの後ヘスティアが起きる時に(図ってか図らずか)ベルに抱き着くという事件はあったが、それ以外は特に何も起こらず二人共起床した。

そして俺が朝ご飯を作っている後ろで、仲良くソファに座り、朝のまったりとした時間で何やら一昨日の事についての謝罪している様子だった。

 

 

「まぁ…まぁな」

 

 

そこらにあったピンク色のエプロンをつけた俺は賛辞を若干渋りながら受け取り、苦笑しながら最後の皿の一枚を机の上に置いた。

 

――今、二人の目の前の机の上には俺の作った料理が並んでいる。

 

一口サイズにカットされたふかし芋には、適量のコショウと溶けたチーズが絡み、味のコクと深みを出す。

新鮮な野菜はパリパリ、シャキシャキと口の中を爽やかに駆け抜け、皿に彩を添える。

ベーコンとトウモロコシのスープは、具材の良さを際立たせ、煮詰める時に出た肉の微かな旨味が滲み出ていた。

 

そして極めて一般的なパンを付け加えた、ありもので作った料理達だったがどれも美味しそうに見える。

 

…料理の腕は中々上手いと自負している。たまに自分で作る程度の習熟ではあるが、今回の朝食は自分でも上々に感じるくらいには料理は成功している。

それに何より二人の反応も中々(何故かヘスティアは悔しそうな顔をしているが)良く、好感触だろう。

 

とはいえ味が全てだ、俺は代わりの椅子が無いので地面に腰かけると今度は少し高い位置となったソファに座った二人をチラリと見上げた。

そして食べる様子が無い二人を促すように、自分でだけ掌を合わせた。

 

 

「いただきます」

 

 

それなりに腹を空かせていた俺は、二人を無視し自分の分の料理に手をつける。

味は…まぁそれなりに良い事が解った。

それに合わせるように二人も手のひらを重ねると、料理を食べ始めたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「んー…ふぅ」

 

 

30分後、俺は教会の外の袋小路でゆっくりと身体を伸ばし、今は所謂上体逸らしをしていた。

 

食後の運動、という訳でもないが俺は教会の前の道で柔軟運動をしている。

身体をゆっくりと伸ばし、戻すのは完徹の少し緩んだ身体に一時的とはいえ張りを与え、緊張できる状態にまで戻す。

時刻的にももはや朝の澄んだ空気とは言えないものの、深呼吸すれば新鮮な酸素が肺に取り込まれ、頭は冴え渡り、身体から疲れを追い出した。

 

 

「まだかな…」

 

 

柔軟の片手間に俺は振り返ると教会の扉をチラリと見る。しかし壊れかけの扉は開く様子は無く、中からベルの出てくる様子は無い。

 

――朝食後、ベルはダンジョンに行きたいと言った。

 

怪我人とはいえ若さ故か、そもそも傷が浅かったからかベルはかなり回復しており、ヘスティアもそれを許した。そして「新人の教育」という形で俺と一緒にダンジョンに行くことになったのだった。

それは俺としてもやぶさかでは無く、むしろダンジョンの歩き方などは知っておいて損は無いと判断し、もうすぐにでも行ってしまおうという話になったのだった。

 

しかしその前に「ステイタスの更新」をするとヘスティアは言った。

 

そこらの事はまだ詳しくないが、やはりステイタスの更新を行う事で蓄積分の経験値が反映される。故にステイタスの更新はこまめにやっておいた方がいいという話だった。

そして更新自体はすぐだそうなので、俺だけ外で待っているという事になり、その間暇なので俺は準備運動でもすることに決めたのだった。

 

 

「んー…」

 

 

この前ネットに書いてあった腕を入れ替えてのブリッジをしながら、もう一度教会の扉を見る…しかし扉はまだ動く気配は無かった。

 

とはいえ、いくら人通りが少ないこの袋小路でも、この世界には無い黒いコートで、この高身長で、ブリッジみたいな(ある意味奇行な)事をしているとそれなりに目立つ。

俺は身体の柔軟性を極限まで使い逆再生のように立ち上がると、汗をかいた額を拭った。

 

 

「お?」

 

 

その時、ガチャリと教会の扉が開く。

俺は振り返ると――残念な視線を向けた。

 

 

「ってなんだヘスティア様か」

 

「何だって何だい失礼だな、君は」

 

 

何だかご立腹らしいヘスティアは余所行きの服なのか清潔感のある服に身を包んでいた。

 

そして不機嫌な顔から一転、真面目な顔をすると身を寄せ、耳打ち(しようとして身長差的にできなかったので俺の膝を折りながら)する。

 

 

「…悪いが僕は数日間留守にする。ベル君より君の方が素人ではあるが、ベル君の傷は完治していないから、出来る限りフォローしてあげてくれ」

 

「はい、勿論」

 

 

事も無げに頷くとヘスティアは、少しため息を漏らし、気分でも入れ替えるつもりなのか笑顔を見せた。

 

 

「あるいは、いやむしろベル君が危険になったら君はその巨体でベル君をかばえ。いいな、このこの!」

 

 

そして毒を吐きながら俺の胸の辺りを小突いてきた。

俺はポコポコと擬音でも付きそうな軽い突きを苦笑で流すと、立ち上がる。

 

…それに合わせるかのようにヘスティアも道に足を向けた。

 

 

「じゃあ任せたぜ!」

 

 

そしてそう言って、ビシリと人差し指を向けて歩きはじめたヘスティアに俺は軽く手を振ってみせたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「すいません、お待たせしました」

 

「ん、気にすんな」

 

 

神様が出て行ったあと僕は、すぐに冒険者の装備を整え外に出た。

するとそこでは少し汗をかいたような姿をしたリョナさんが、グググと伸びをしながら待っていた。

 

 

「じゃあ行こうぜ」

 

 

伸びを終えたリョナさんは軽く肩を回した後、僕に言う。

意味はそのままダンジョンに行こうぜ、ということなのだろうが、リョナさんは何も武器らしい武器を持っているようには見えず、黒い服は装甲としての役割を持っていないように見えた。とてもじゃないがダンジョンに行こうという装備では無いけど、ファミリアの入りたての頃はこんなものだろう。

…それに今日はそこまで深いところにまで行くつもりはないので、安全だとは思うけど…。

 

しかしそれよりまず――

 

 

「すいませんリョナさん、その前に寄りたい場所があって…」

 

「ん?まぁ構わないぞ」

 

 

リョナさんは軽く首を傾げたが、頷いてくれる。

僕の勝手な用事に付き合ってもらうのは少し気が引けたが、何としてでも出来る限り急いで片づけなければならない案件だったため後回しにすることは出来なかった。

 

そして僕が歩きはじめるのをリョナさんが追うように、二人で歩きはじめる。

 

…。

 

 

「なんだ、豊穣の女主人か」

 

 

…歩きはじめて十五分後。

人通りの多い街道を二人で歩いて着いた先は、一昨日僕が「食い逃げ」をしてしまった豊穣の女主人だった。

 

 

(行きづらいなぁ…)

 

 

謝罪しに行くという事にだいぶ気まずさを覚えた僕は大分逡巡した後、Closedと立札のあった木製の扉を開ける。

そして足を踏み入れると、カランカランと扉についた鈴が鳴った。

 

 

「申し訳ありません。当店はまだ準備中ですので、時間を改めておこしくださいませ」

 

「まだミャーたちの店はやってないのニャー!クローズって書かれていたはずニャー!!」

 

 

入ったと同時にテーブルクロスをかけていたエルフとキャットピープルの女性ウェイトレス二人が声をかけてくる。

…どちらも凄く可愛い。こんな状況でなければとても胸ときめくだろうが、ただただそれは僕の緊張を増させるだけだった。

 

近づいてくる二人に僕は縮こまると、若干どもりながら答える。

 

 

「えっと僕はそのお客ではなくて…その…シルフローヴァさんと女将さんはいらっしゃいませんか…?」

 

 

答え、顔を上げるとキャットピープルの方のウェイトレスが目を丸くして驚いた後、怒気溢れる修羅のような顔になった。

 

 

「あぁ!?コイツあん時の食い逃げヤローにゃ!!?シルに貢がせるだけ貢がせといて必要無くなったらサヨナラしたあん時のクソ白髪野郎ニャ!!テメェどの面下げて…」

 

「よしなさいアーニャ、それに食い逃げではないでしょう…まぁ確かにシルの厚意を無下にする行為は許されませんが」

 

 

そう言って責め立ててくるキャットピープルの女性をエルフはの女性は諫めたが、その後冷たく、鋭い視線を向けてきた。

僕はそれに更に震えると、恐怖に竦んだ。

 

――だが、後ろから一つ足音が聞こえた。

 

 

「邪魔するぞ」

 

 

くぐり抜けるようにしてリョナさんが店内に入ってきた。

…逆光でその顔は良く解らなかったが、影に入ればリョナさんはこの場の雰囲気に興味津々といった表情を浮かべている事が見て取れた。

 

――と同時にその姿を認識したキャットピープルのウェイトレスさんは、先程までの修羅のような表情はどこへやら満面喜色の笑みを浮かべると、飛び上がるようにして喜ぶ。

 

 

「あー!()()()()ニャ!!」

 

「…!」

 

 

そして驚く僕の脇をスルリと通り抜け、リョナさんに抱き着いた。

 

 

「ごめんニャさーい今店はやってにゃいんですけど、今晩来てくれたらニャーのニャーによるニャーでニャニャンなサービスができるにゃん?」

 

 

テンションの差もそうだが、明らかに彼女のリョナさんへの対応は一般以上な気がする。

抱き着いた彼女は足をからめるようにしてリョナさんに言葉をかけており、尻尾をうまく使ってリョナさんの腰回りを撫でていた。

 

…気でもあるのだろうか。

 

 

「やめなさいアーニャ」

 

「ブゲニャッ!!?」

 

 

だがその「接客」はエルフの女性の一撃により、失神という形で終結する。

あまりにも早すぎる手刀は僕の目では追えなかったが、キャットピープルの女性の首に吸い込まれ、同時にその身体をカクンと折らせた。

 

そしてエルフの女性は雑にキャットピープルの女性を片手で持つと、リョナさんに頭を下げる。

 

 

「申し訳ございません、ご無礼を。ただ彼女はあの日普段の三倍の給金を貰って、だいぶ興奮していたようなので」

 

「いや気にしないでくれリューさん」

 

 

呆気にとられている、というのが素直な感情だ、何だか目の前に起こっている事が信じられなかった。

しかしそんな僕の困惑をよそに、リョナさんはリューと呼ばれたエルフのウェイトレスの女性に尋ねる。

 

 

「それで…ベル君は何の用事だって?」

 

「あぁそれでしたら…」

 

 

リューとリョナさんに呼ばれたウェイトレスさんが僕を振り返る。

そしてその後、カウンターのある店の奥の方を見た。

 

 

「ん…何だいアンタ達ちゃんと仕事を…と、何だいお客かい」

 

 

その時丁度、ドンとカウンターに荷物を置いた巨体の女将が現れる。

謝らなければならないその人の登場に、僕は胃が締め付けらるような感覚を覚えた。

 

 

「…ご自分で」

 

「はい、ありがとうございます…」

 

 

リューに僕は頭を下げると、おずおずとカウンターに近づく。

 

――その途中で、カウンターの奥からシルさんが出てきた。

 

どこか暗い表情をした彼女に僕は足を止めかけたが、なけなしの勇気を振り絞り、二人の前に立った。

そして腹の底から声を出し、頭を下げる。

 

 

「一昨日は、すいませんでした!…その…食い逃げをしてしまって…!」

 

「…いえ、大丈夫ですよ。こうして戻ってきてもらえただけで私は嬉しいです」

 

 

そう言ってシルさんは悲し気にすぐに微笑んでくれる。

僕はだいぶそれに救われながら、気を緩めないように懐からあの日払えなかった分の金貨が入った袋を取り出した。

 

…そして女将に渡そうとする。

 

 

「これあの日払えなかった分の代金です!…遅れてしまってすいませんでした!」

 

「ふん…」

 

 

女将はそれを受け取らず、腕を組むとため息をつき――呆れ顔で、少し表情を和らげた。

 

 

「…既に受け取ったものは受け取れないね」

 

「え…?」

 

 

僕は驚きの表情をし、顔をあげる。

堂々とカウンターに立つ女将は、顎で入り口の方を示した。

 

…僕は振り返る。

 

 

「…確かにいきなり走り去るのはマナー違反だが、そもそもあそこの男はお前の連れだろう?お前の分も払ってくれたさ」

 

「あ…」

 

 

リョナさんは入り口でリューと話している。

確かに思えば奢ってくれるという話だったが、つまり払ってくれたということなのだろうか、確かにそれならば食い逃げという事にはならないだろう。

…しかし僕はそれに感謝もせずに走り去ってしまった。

 

――それはとても失礼な事だ。

 

 

「だからあんたが謝るとしたらシルと、あの男だよ」

 

「…はい!」

 

 

何かが吹っ切れる。

元気よく返事をした僕はまずシルさんに身体を向けた。

 

 

「せっかく呼んでくださったのに、急に帰ってすいませんでした!」

 

「…はい、許します♪…ですけど…」

 

 

シルさんが身体を寄せ、耳打ちしてくる。

 

 

「…今夜はぜひお連れの方と、豊穣の女主人で♪」

 

「は、はい!」

 

 

ぞわりと総毛だつような艶のある声に、僕はそれを打ち消すように返事する。

それを聞いたシルは身体を離すと嬉しそうに微笑み、チラリとリョナさんの方を見るとカウンターの奥の方に小走りにかけていったのだった。

 

 

「…ふぅ…よし」

 

 

僕は振り返ると次にリョナさんに身体を向ける。

そして数歩前に進むと、腹から声を出した。

 

 

「リョナさん!」

 

「お?」

 

 

リューと談笑していたリョナさんは、僕の声に緩慢に顔を向ける。

 

僕はその試すような表情になお緊張すると、頭を下げた。

 

 

「すいませんでした!」

 

 

今度はすぐに顔をあげる。

そして手に持っていた袋を差し出した。

 

 

「これ一昨日の払ってもらったぶんです!あの時はお礼も言わずに逃げてしまってすいませんでした!!」

 

「…」

 

 

リョナさんは表情を変えない。

僕は少し身体を緊張させたまま、困った顔を浮かべてしまう。

 

…そしてリョナさんは肩をすくめた後、軽く笑って見せた。

 

 

「…だから、恩だって。奢ったんだから払う必要ねぇし受け取れねぇ」

 

「でも…」

 

 

今度はリョナさんが少し困った顔を浮かべる。

 

 

「そうしなければ気持ちがはれない…か?」

 

「そんなことは…」

 

 

否定しかける…が、僕はそれが事実であり何も違わない事に気がついた。

…ただ僕は謝罪の為にお金を払いたいだけなような、そんな気がする。

 

リョナさんは苦笑し、肩を竦める。

そして天井を仰ぐと溜息をついた。

 

 

「…じゃあ受け取るか」

 

 

しかしリョナはすぐに顔を戻すと、僕の差し出していた袋を受け取った。

受け取れない、とはっきり言っていたのを聞いていた僕は少しあっけにとられる。

 

…だがリョナは悪びれもせずこんな事を言った。

 

 

「だからこれで奢ったのは無しだ。その代わりに俺のお前への恩はまだ返せていない」

 

「それは…!?」

 

「…何も言わないでくれよ」

 

 

僕にしてみればたかがじゃが丸君一個だ。

それをこんな重く見られるのは間違っていると思う。

 

…しかしそれはきっとリョナさんにとっても辛い選択だったのだろう。

何せ僕は送られた恩を一度返してしまったのだから。

 

そしてリョナさんは少し悲しそうに僕の言葉を否定した後、笑顔を見せた。

 

 

「さて話は以上か?悪いんだが俺は今リューさんを口説くのに忙しくてn…っていねーか」

 

 

気がつけばあの薄緑髪のエルフの女性はいなくなってしまっていた。

それに対してリョナさんは苦笑する…そして勢いよく振り返ると逃げるようにして豊穣の女主人から出て行ってしまった。

 

…少しズルいと思う。結局僕は言いたい事を言えず、リョナさんには逃げられてしまった。

 

 

「…」

 

 

でも謝る事はできた。

わだかまりはあるし、結局それは事態の先延ばしに過ぎないのかもしれない。

…だが、少なくともそれだけでも僕は救われたようなそんな気がした。

 

そして僕は最後に振り返ると、頭を下げた。

 

 

「…場所お借りしてしまってすいませんでした!」

 

「構いやしないよ、ただ今晩来るんだったら一品多く頼みな」

 

 

女将さんは軽く笑うと、手首をくいくいと傾ける。

それに僕はつられるように少し笑い返すと、リョナさんに続いて外に出ようと歩きはじめ――

 

 

「あっ、待ってくださいベルさん」

 

 

――カウンターの奥から出てきたシルさんに呼び止められた。

 

 

「ダンジョンに行かれるんでしたらこちらを受け取ってもらえませんか?」

 

 

シルは大きなバスケットを手渡してくる。

 

 

「今日はシェフが作ったまかない料理なので味は折り紙付きです。二人分には少し足りないかもしれないですが、何かの足しになればいいと思います」

 

「いや…でも、何で?」

 

「差し上げたくなったから…じゃダメでしょうか?」

 

 

そう言って少し照れくさそうに苦笑するシルさんの顔を見れば、僕でもその意味は解る。

元気づける、いや応援してくれているようだ。

 

 

「ありがとうございますシルさん!」

 

「いえいえ」

 

 

僕はシルさんからバスケットを受け取ると、今度こそ歩きはじめる。

 

 

「行ってきます!」

 

 

そして元気よく扉を開け手を振ってくれているシルさんに手を振り返した僕は、リョナさんの所に向かったのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「せいッ!はッ!」

 

 

目の前のコボルトに、ベルは裂帛の気合と共にナイフを叩き込む。

凶悪な顔を浮かべた狼顔のモンスターはその一閃を回避する事は出来ず、鮮血を噴き出して倒れた。

 

 

「ふぅ…大丈夫ですかリョナさん?」

 

「あぁー安全だよ」

 

 

一息ついたベルは指でナイフの血を拭いながら、振り返る。

すると後方3mぐらいの地点で、シルからもらったバスケットを手に持ったリョナは少し欠伸をかみ殺したかのような表情でベルの後をついてきていた。

 

…現在、二階層。

 

かたや怪我人、かたや素人。

ベルとリョナは最初の予定通り深くは潜らず、緩慢に散歩をするかのようにダンジョンの中を二人で歩いていた。

そして歩きながらもベルは、リョナに対してダンジョンの歩き方やモンスターの事を説明していた。

 

 

「どうする?そろそろメシ食うか?」

 

「そう…ですね。そうしましょう!」

 

 

リョナの提案にベルは大きく頷く。

時間的に言えば丁度お昼時であり、それにベル自身も何度かの戦闘でそれなりに腹を空かせていた。

 

 

「…あ、あそこで食べましょう」

 

 

そう言ってベルの指さしたのは少し辺りより高くなった場所。

あそこなら見晴らしが良く奇襲などはされないだろうし、バスケットを置いて二人が座るにしても充分な広さを確保できていた。

 

二人は緩やかな坂を登るようにそこに辿り着くと、胡坐を掻く。

 

 

「ほう…」

 

「おおー!」

 

 

そしてリョナさんがバスケットの蓋を開ける。

 

――その中に入っていたのは、見るからに美味しそうなサンドイッチだった。

 

これならばダンジョンの中でも簡単に食事を済ませることができ、後始末にも困らない。

それに腹にも溜まりやすく、味も見るからに美味しそうだった。

…二人共思わず声を漏らす程度には。

 

 

「いただきます」

 

「いただきます!」

 

 

そして二人で食べ始める。

男二人の手は早く、バスケットの中にあったサンドイッチはみるみるうちにその数を減らしていった。

量的には確かに少なかったがサンドイッチ一つ一つの味は良く、美味しい。

軽く談笑しながらの会話はベルにとっては初めての経験であり、誰かと囲む食事の楽しさを経験できた。

 

――そして二人共結構満足してきた頃、バスケットの中身は二つが残った。

 

 

「あれ、これサンドイッチじゃねぇな」

 

「!?」

 

 

しかし最後に残ったのはサンドイッチでは無く、白と赤の二つの包み。

片方を見た事のあるベルは少し表情を硬くした。

 

とはいえそれを知る由も無いリョナは二つを掴むと眺め、白の方を手渡した。

 

 

「これはお前宛だな」

 

「はい…」

 

 

断頭台にあげられる気分でベルはそれを受け取る。

…そして挟み込んであった紙に気がついた。

 

(ベルさんへ、冒険者のお仕事頑張ってください。シルより…かぁ)

 

勿論ありがたい。酷い事をしたというのにそれを許してくれて、その上厚意を向けてくれている。

だが自らが吊るされる予定の首縄を見ているような、そんな気さえした。

 

ベルは少し気分を変える為、引きつった笑みでリョナの方を向く。

 

 

「…ところでリョナさんは誰からなんですか?」

 

 

赤色の袋をこねくり回すように見ていたリョナは、その袋についていた紙を一枚取り出した。

そして中身を開くと、困惑した顔でベルの方に差し出した。

 

 

「すまん、文字が読めない」

 

「あ、はい」

 

 

てっきり読めるものだと思っていたベルは内心驚くとそれを受け取り、中身を読む。

…非常に乱れた、ありていに言って汚いその文字を。

 

 

「え、えーと…『お得意さんへ。シルの賄いをあげるって話にゃったけど、お得意さんの食欲てきに考えて絶対足りないから、ニャーの昼ごはん少しわけてあげるニャ!…アーニャより』…ということです」

 

「あぁーあの猫か!」

 

 

どうやら豊穣の女主人の猫ウェイトレスかららしい。

何だか随分と仲が良さげだったし、そのくらいおかしくないのかもしれない。

 

 

「ありがとベル君」

 

「いえ、そんな」

 

 

ベルが紙を返すと、リョナは片手でそれを受け取り、もう片手で早速赤い袋を開いていた。

 

ベルは若干名残惜しくそれを渡すと、自らの膝の上に置いた白い袋を見つめる。

 

 

「…!」

 

 

そして決意を固め、包みを開けると更に決意を固めた。

 

 

「うっ…ふぅ」

 

 

中に入っていたおかず一品…いや「それ」をベルは認識する。

 

そして数瞬の後覚悟を決めると、「それ」を食べ、味わい、飲み下す。

一瞬の出来事だが永遠のように感じられるそれを脳裏に焼き付けたベルは、少し涙目になりながら食事を終了する。

 

 

「ありがとうございました…シルさん」

 

 

そして感謝の言葉を述べると、リョナの方を見る。

 

――困惑した顔のリョナが、箱の中から生魚を取り出しているところだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「フッ!」

 

 

短く息を吐きながら繰り出される斬撃で、コボルトの身体が切り裂かれる。

相手は雑魚だがそれでもリョナさんの…(明らかに年上だが)後輩の目の前だ、危険にさらすわけにはいかないし、情けない所も見せられなかった。

 

…残りは二匹。

 

かかっていった一匹が瞬殺されたのを見て若干怯えているようだったが、それでも闘志は失われておらず、牙を剥き出し、低く唸っていた。

 

決して油断はしない、そう改めて自身に言い聞かせた僕はにじり寄るようにしてコボルトに近づく。

 

 

『グォァ!!』

 

 

モンスターの一匹が我慢できなくなり、襲い掛かってくる。

 

大きく口を開け、鋭い爪を振りかぶってくるコボルトは、僕と同じぐらいの体格でありこのまま何もしなければ首筋を嚙み千切られ、爪で顔が引き裂かれてしまうだろう。

 

しかしそうならない前に僕はコボルトの懐に潜り込む。

 

そしてその犬頭の喉笛に、下からナイフを突き立てた。

…喉笛が掻き切られ、すぐに血が噴き出ると、コボルトの頭はだらり垂れる。

 

 

「よっ…と」

 

 

僕は殺したのを確認すると、すぐにナイフを引き抜く。

すると支えを失ったコボルト身体がどちゃりと地面に落ちた。

 

そしてそのままの動きで、完全に足を止めていたもう一匹のコボルトとの距離を詰めると胸の辺りを切り裂いた。

…コボルトは特に何の抵抗も出来ずにその刃を胸に受け入れると、絶命する。

 

 

「…よし!」

 

 

目に見えていた範囲の敵は全滅させた。

この程度の敵ならばもう遅れをとる事は無いだろうということに僕は少し喜ぶと、ナイフに着いたコボルトの血液を払い、戦闘によって緊張した身体を一瞬弛緩させた。

 

 

「きゃーベル君かっこいいー」

 

 

その時、黄色いような気だるげな声援が飛んだ。

僕はリョナさんのいる方に振り返ると手を振る。

 

 

「もう安全ですよー」

 

「あいよ」

 

 

少し離れた場所からリョナさんがあのバスケットを片手に近寄ってくる。

何も武器も防具も装備していない、丸腰のリョナさんの安全が解った僕は少し安心した。

 

リョナさんは歩く道すがらバスケットに魔石を回収していく…シルさんのバスケットをそんな使い方をして良いのかとは思うが魔石自体は綺麗なので問題は無いだろう。

 

 

「…ところでリョナさんは何か使いたい武器とかってありますか?」

 

「あ?あー…」

 

 

腰を屈め魔石をとってくれていたリョナさんが顔をあげる。

そしてバスケットに三つ全てを放り込んだ後、困ったように頭をかいた。

 

僕はその大きな身長を鑑みて、考える。

 

 

「基本的にリョナさんならどの武器でも扱えると思いますけど…」

 

「まぁ…追々な」

 

 

基本的によほど特注の品じゃない限り基本的な武器は何かしらギルドが支給してくれる。

現に今僕のメイン装備であるナイフなんかはギルドの支給品であり、他には長剣や斧、槍なんかがあったように見えた。

それは確かに今決めずとも後でエイナさんにでも掛け合えば支給してくれるはずであり、いずれ解決できる。

 

だが問題はどちらかというと――

 

 

「――防具…はどうしますか?」

 

「ん…?」

 

「流石にリョナさん程の高身長に合わせた量産品の防具はないですから…」

 

 

服のサイズが合わないのと同じだ。たぶんどこの鍛冶屋でもリョナさん程の巨体に合わせた量産品の鎧を販売しているわけが無い。勿論理由は、需要は少ないからだ。

 

とはいえ勿論製造自体が出来ない訳では無く、それはつまり――オーダーメイドという事になる。

 

…そしてオーダーメイドにするととんでもなく高い。

 

 

「急所だけ守る装備にしたら…?」

 

 

例えば今僕の着ているギルド支給の鎧なんかは全身を守れていない。

と、言うと聞こえは悪いが胸周りや頸部は守れており、人体の大事な部分だけは隠れている。

そうなれば素材費は安くなるし、何なら裁縫で自作できる範囲だ。

少し見栄えは悪くなるかもしれないが、命には代えられない。事実僕もこの範囲の狭い鎧にどれだけ命を救われたか…。

 

 

「まぁベル君。それも追々ってことでいいよ」

 

「…そうですね」

 

 

僕はリョナさんの斬ったら何の抵抗も無さそうな黒い服をチラリと見ると、また歩きはじめる。

時間はもう既に四時間は経っただろうか。そろそろ僕のダンジョン豆知識は底をつき始めてきたし、怪我をした膝は少し痛み始めてきた。

帰りの時間の事も考えるとそろそろ引き上げた方が良いだろう。

 

 

「リョナさん、そろそろ帰りましょう」

 

「おう…そうだな…」

 

 

リョナさんは何故か少し残念そうな声で頷く。

その理由が解らない僕は不思議に思いつつも、帰り道の方向に足を向けた。

 

が――

 

 

『ガラリ』

 

「!?」

 

 

――にわかに帰る為の道の壁が崩れ落ちた…その数7個。

ボロボロと壁面が地面に落ち、、灰のように崩れ去った。

 

そしてその壁の中からコボルトが生れ落ちる。

 

生まれたばかりのコボルトたちは顔を見合わせると、一番近くの標的…つまりこちらの臭いを嗅ぎつけると、憎悪の視線を向けてきた。

 

 

「リョナさんは下がっていてください…!」

 

「…おう」

 

 

初心者ならば、駆け出しならば、逃げ出すべきところだ。

…七体一はどうあがいても囲まれてしまう。それはつまり圧倒的不利を意味し、背中をとられてしまう。言わずもがな危険だ。

 

――だがそれは初心者の場合だ。

 

朝のステイタスの更新で、僕のステイタスは大幅な上昇を見せていた。

異様、といっても過言ではないその上昇で僕の動きは昨日とは比べ物にならないほど良くなっている。

 

…神様と、無理はしないと約束した。

 

だがこれは無理じゃない。

相手はただのコボルトだ、落ち着いて対処すれば今の僕にも安全に殲滅できるはずだ。

 

それに――リョナさんには良い所を見せたかった。

 

初めての他の団員だ。初めての後輩だ。

良く見られたい、良く思われたいと思うのは人として当然の事なんじゃないだろうか。

 

僕はリョナさんのような…「カッコイイ大人」に頼られる姿を想像し、それも良いと夢想する。そして、少し笑顔を浮かべると、脚を踏み出した。

 

 

 

・・・

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

七匹のコボルトに囲まれて五分程度。

僕は荒く息を吐きながら、コボルトの猛攻を受けていた。

 

僕は体力は大幅に削られ――苦戦していた。

 

…まず敵が殺せない。

 

連携がなされている訳では無い、もし一匹を殺そうとした場合他のコボルトから攻撃される。それが一匹か、三匹かはともかく確実に攻撃される隙を作ってしまう。

…数が多すぎる、もし攻撃を受け倒れでもすれば残った六人に集団で食い殺されてしまうだろう。全くの偶然から生まれたフォローのし合いは自然とはいえ「囲う」という一つの陣形であり、一人の僕が対処できるものでは無かった。

 

…それにそうじゃなくても挑んだからには、怪我をするわけにはいかない。

 

 

「!…ふッ」

 

 

囲むようにして構えているコボルトの一匹が飛びかかってくる。

僕はそれを身体を捻るようにして避けると同時に、脇を通り過ぎていくコボルトにナイフの刃を当てようとする。

…カウンターだ。

 

(届かなっ…!)

 

だが回避行動中の一瞬。

捻った身体から精一杯伸ばしたナイフは空を切った。

それに膝の痛みもそれを増長させていた。

 

『ガゥルルル…』

 

僕に飛びかかり損ねたコボルトはそのスピードを緩める事無く僕を囲う輪に戻る。

…さっきからずっとこんな調子だ。じりじりと牽制のように削り、隙を見られていた。

周期のバラバラな攻撃は僕の緊張を解かせず、集中力もそうだが、物理的にも体力を削り、荒く息をつかせていた。

 

段々と隙を見せかける場面が増え、疲労は蓄積していった。

 

 

そして輪の中の()()()隙を見計らい、ほぼ同時に飛びかかる。

 

 

一匹避けるのがやっとの跳びつき。それはとても危険であり、それは――

 

 

(来た!)

 

 

――それは、ベルの待っていた事でもあった。

 

 

七匹の中の二匹が攻撃をしかける。

普通に考えれば確実に一撃は与えられるそれに、フォローは必要ない。

故にそれがコボルトたちの隙なのだった。事実油断した残りのコボルトたちは動く様子は無かった。

 

 

僕は強く踏み込むと、襲ってきた片方のコボルトに立ち向かう。

 

 

そして思い切り殴りつけた。

 

飛びかかってきたコボルトは空中で回避行動もとれず首を殴られ、『ボキリ』という嫌な音共に首があらぬ方向に折れ曲がった。

 

…しかし背後にもう一匹が迫ってきていた。

 

その鋭い爪が、牙がベルに迫る。

しかし――

 

――それは同胞の身体に吸い込まれた。

 

首の折れたコボルトの身体を僕は、もう一匹に投げつける。

 

まるで抱き着くかのように死体がコボルトにぶつかり、その姿勢をよろけさせた。

 

 

「あああああああ!!!!」

 

 

僕はナイフを逆手に持つと、叫びながらコボルトの頭に振り下ろす。

 

コボルトの狼のような頭から骨の砕ける音が手を伝い、瞬間的に弱くなっていく鼓動を訊いた。

そして喉笛の辺りからナイフの切っ先が見えたのを確認した僕は、ナイフを引き抜く。

 

 

『グオオ!!』

 

 

だが勿論終わりじゃない。

残りは五匹、二匹を殺されたコボルトたちは一斉に僕に向かって襲い掛かってくる。

 

僕は先駆けた一匹を一撃で仕留めると、走ってくる四匹の動きを見る。

 

――しかし「囲い」は解かれた。

 

もう終わりだ。

「囲う」という唯一のアドバンテージを本能の外に捨ててしまったコボルト達に僕が負ける事は無い。油断さえしなければ確実に全滅させることができるだろう。

 

もはや群れですら無くなったコボルト達に、僕は油断せずナイフを構える。

 

僕は一番近いコボルトに狙いを定め、一歩を――

 

 

(え…?)

 

 

――膝が、抜けた。

 

 

確かに、痛んでいた。

…とはいえ怪我をしていた足に無理をかけた訳では無い。

 

ただ怪我の痛みと、疲労で、膝から力が抜けてしまっただけだ。

しかし、それが、それのせいで――命を落とすことになる。

 

カクンと折れてしまった膝は身体を支える事など出来ず、僕の身体は地面に近づく。

同時にコボルト達の凶暴な顔も近づく。

それはつまり死であり、痛みであり、恐怖だった。

 

…何も出来ない僕は、四つのそれを見上げる。

 

いくらステイタスが上がっても、いくら自身がついても。

死ぬときは死ぬ、偶然だろうが必然だろうが冒険者は死んでしまう。

 

それは…避けられない運命のようなものだ。

 

 

コボルトが目前まで迫る。

 

 

(約束したのに…!)

 

 

走馬燈のように神様の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 

『絶対に、無理はするんじゃないぞ…約束だぜ?』

 

 

そう約束したはずだ。

それなのに僕は、こんなところで…!

 

 

(ごめんなさい神様、僕約束守れませんでした…!)

 

 

 

――僕は、死を覚悟して目を閉じた。

 

 

 

・・・

 

 

 

『グエ』

 

 

 

 

先頭を走るコボルトの口が、喉を絞められたような声を上げる。

勝ちを確信した声にしては間抜けだが、僕はそれに更に恐怖と後悔の念を強めた。

 

…。

 

中々訪れない。

それにコボルト達の足音もしなくなった。

 

不審に思った僕は恐る恐る瞳を開けた。

 

 

「うわっ!?」

 

 

目の前にコボルトの顔があった。

鋭い牙と硬い毛皮、血のように赤い舌はだらりと垂れ、今にも僕に噛みついてきそうだった。

 

 

「!?」

 

 

だが否、その目には生気が宿っていなかった。

 

 

「死んでる…!?」

 

 

僕がその事実に気がついた時、前かがみになっていたコボルトの身体が崩れ落ちる。

()()()()()()()その身体は何の抵抗も無く地面にべしゃりと落ちると、僕の服の一部を血で濡らした。

 

 

『グルル…!』

 

「ッ!?」

 

 

まだ三匹のコボルトが残っている。

僕は驚き立ち上がろうとするが、脚の痛みで立ち上がる事で再び怯んでしまった。

 

 

「…?」

 

 

しかしコボルト達は、こちらを睨んでくるばかりで一向に襲ってくる気配がない。

僕はその理由が解らず、ただピクリとも動かないコボルト達を見つめてしまった。

 

そして――

 

 

「あれ…?」

 

 

――その、コボルト達が襲ってこない理由に気がついた。

 

 

 

空中に――糸が引かれている。

 

 

 

ピンと張った薄く、細い糸。

良く目を凝らさなければ見えないそれが三、四本。空中で、まるで僕とコボルトを区切るように張っていた。

そしてそれからはコボルトと同じ赤い血が滴り、それ故に濡れて輝き目立ちやすくなっていた。

 

 

「何だ…これ…?」

 

 

僕はそれに手を伸ばす。

キラキラとしたそれ僕は触れようと――

 

 

「ベル君やめろ!指とれるぞ!!」

 

 

――遠くから聞こえたリョナさんの声に僕は手を止める。

 

そして声のした方に首を向けた。

 

 

「良かったー、流石に焦ったぜ?」

 

 

そこにはリョナさんがいた。

いつものように何てことは無く、無傷で、丸腰だった。

 

そして安心したようにこちらに手を振っていた。

 

 

「リョナさん!逃げて!」

 

 

素人に四匹を相手にしろというのは酷だ。

それに何も装備していないリョナさんが、倒せるわけが無い。

 

僕は叫ぶと――リョナさんの指から何か伸びている事に気がついた。

 

 

やっとピントが合うかのように、その糸に気がつく。

 

 

キラキラとしたそれは続き、僕の目の前を横切り、リョナさんの片手に伸びていた。

 

そしてその手に、黒い鉄のグローブがつけられている事に初めて気がつく。

 

 

『グルルルゥ…』

 

 

そこで残ったコボルト達も少し離れたところに居るリョナさんの存在に気がついたようだ。

低く唸ると、一斉にリョナさんに向かって走り始める。

 

 

「危ない!」

 

 

コボルト達が迫る。

僕は叫ぶが、リョナさんが動くことは無かった。

 

…リョナさんは――肩を竦めて、笑う。

 

 

「…ベル君の話も面白かったけど、そろそろ身体動かさないとな」

 

 

リョナさんは糸の伸びていないもう片方の手を伸ばすと、指を一本曲げた。

 

 

『ギャオンッ!!?』

 

 

今度は、僕でも見えた。

 

リョナさんの指…いやグローブから棘が射出される。

かなりの速度のそれは走ってくるコボルトに向かうと――貫く。

脳漿をぶちまけたコボルトは痛みに叫び声をあげると、ひっくり返るようにその場に倒れ伏した。

 

 

(一撃で…!?)

 

 

全く知らない武器。

…だが初心者が扱うにしては威力が高く、モンスターをいとも容易く葬るには小さすぎるような気がした。

 

リョナさんは更に二本の指を曲げる。

 

 

「また…!?」

 

 

更にコボルト一体が二本の針を一身に受け、倒れる。

的確に頭を狙った二つの針は、コボルトを貫き殺す。

 

…だが最後の一匹が迫っていた。

 

倒れた仲間の事など気にもせず、その合間をすり抜けたコボルトはリョナを眼前に捉える。

そして吼えると、踏み込み、リョナに飛びかかる。

 

 

「危ない!」

 

 

初心者で、防具もつけていないリョナさんが、モンスターの攻撃を受ければそれは再起不能の一撃にもなりうる。

 

それにどうやらあの武器は遠距離攻撃のようだし、あそこまで近くだと撃てないだろう。

 

僕はリョナさんの身体がコボルトの爪に引き裂かれるところを想像してしまう。

 

 

「はい、終わり」

 

 

しかし、リョナさんは伸ばした腕をドアノブでも捻るかのように回す。

 

――コボルトの走る脇には今まで射出した棘と同じ数、挟み込むように三本のワイヤーが伸びていた。

 

ギチチ…と死体ごと回転したワイヤーが狭まる。

糸の結界と名付けるべきそれは、その中を走っていたコボルトの行動を制限する。

もはや逃げ場がない事に気がついたコボルトは足を止めると、迫ってくる糸に怯えるような声を上げた。

 

そして糸がコボルトの身体に食い込むと、血を噴き上げ、切断した。

 

 

「んー…終わった」

 

 

そしてリョナさんは両手を振りかぶると、ギュルルルという音と共にコボルト達の死体から、僕の目の前の糸ごと巻き取られていった。

そして棘がグローブに収納された後、リョナさんは身体を伸ばした。

 

 

「…凄い」

 

 

別世界の戦いだ、次元が違う。

理解不能なその強さに、僕は困惑と…少しの憧れを向けた。

 

 

「ベル君―大丈夫かー?」

 

 

…リョナさんは極めて軽い調子で手を振りながら、こちらに駆け寄ってくる。

そして未だ地に伏している僕と視線を合わせるかのようにしゃがみこむと、覗き込むように僕の足を眺めた。

 

 

「怪我の具合は?」

 

「…あ、そうですね。多分大丈夫かと…ッ!?」

 

 

僕は立ち上がろうと、足を地に立てる。

しかしだいぶ負荷をかけてしまっていた膝は痛み、僕は竦む。

 

…するとリョナさんはやれやれといった風に、背中を見せた。

 

 

「おぶってやるよ…掴まれるか?」

 

「え…?…そんな」

 

「あぁ、気にすんなって。ベル君なら軽い軽い」

 

 

どちらかというと、恥ずかしい。

だが怪我を悪化させないためにも、それが最善だという事は僕も解っていた。

 

僕は腕を伸ばすとリョナさんの肩を掴み、上半身の力だけで身体を引き上げた。

リョナさんはそれを確認すると立ち上がり、僕の脚を掴むようにしておぶる。…緩く掴まれているので膝は痛まず、楽な姿勢をとることが出来た。

 

 

「じゃあ帰るか」

 

「…はい、お願いします」

 

 

リョナさんが歩きはじめる。

今はまだ二階層だから、帰るのにもそこまで時間はかからないだろう。

僕はリョナさんの背中に揺られながら、若干の気恥ずかしさと、その優しさに触れていた。

 

そして僕は呟くように、感謝を述べる。

 

 

「…さっきはありがとうございます」

 

「あ?この程度何かするうちにも入んねぇって」

 

「いえ、さっきもコボルトから助けてくれましたし…」

 

「ん…まぁ気にすんな。入ってからずっと守ってくれてただろ?」

 

 

…あれほどの強さがあれば、僕が守る必要は無かったんじゃないか?

という思いを僕は飲み込み、リョナさんを見る。

 

――大きな背中だ。

 

僕はそれにさえ僅かな憧れを抱きながら、背中に回されたリョナの手を見る。

…そこには黒鉄のグローブが嵌められていた。

 

 

「…ところでリョナさん」

 

「なんだ?」

 

「そのグローブ…武器、何ですか?」

 

「…あぁ、そうだぞ。これはな――」

 

 

リョナさんは嬉々として説明を始めてくれる。

なんでも自作のそれは、返しのついた棘と切断性能をもったワイヤーなるものを射出できるらしい。扱いは難しいが上手く使えば近、中、遠距離に切り替えて対応できるそうだ。

 

…僕は一応理解する。

 

だがそんな見た事も無ければ聞いた事も無い謎の技術に僕は、興味と…強さへの憧れを抱く。

そして、すぐに――諦めた。

 

真似できそうにない。

 

異様すぎる闘い方は到底僕が真似できるものでは無いし、異様な武器は僕が扱えれるものじゃないだろう。

 

 

それに憧れは――1つに絞るべきだ。

 

 

僕は瞼を閉じると、剣姫――アイズ・ヴァレンシュタインの姿を思い浮かべる。

 

目指すべき目標が多すぎれば、結局どこに進めばいいか解らなくなってしまうから。

 

 

 

…だが仲間として、尊敬するくらいならばいいんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

疲れ切った僕はリョナさんの背中でそのまま眠りに落ちたのだった…。

 

 

 

 

 

・・・

 

 




ヘスティア不在の為ステイタスの更新は無し。
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