このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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※この度、誠に勝手ながら本小説のタイトルを「ダンジョンにリョナ厨がいるのは間違っているだろうか?」から「このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。」に変更することに決定いたしました。
理由としましては今後の展開、初見のとっつきにくさ、それについての批判等。私自身悩みましたが最終的にこちらの方が正しいと判断しました。
変更は本話が投稿されてから24時間後とさせていただきます。何かご意見などございましたら受け付けますので感想あるいはメッセージまでお越しください。

つってもこのタイトルの方が良い奴おるか?まぁ名前変わるだけで内容は変わらんし心配なさるな。
ではほんへ


 終末戦争

・・・

 

 

 

流れていく蒼の中に『それ』はある。

金色(コンジキ)の杯、紋様の刻まれた純金は魔力を灯している。

それは起死回生の器、数多の伝説に語り継がれる願いの行方――誰かが望む万能の聖杯。

曰くそれは全ての願いを叶えるという。巨万の富、世界平和、夢物語のような途方も無い祈りを満たした器は神聖で穢れなど存在しうるはずがない。

 

しかし今、沈んでいく杯から漏れだした血肉が黒く蒼を汚していた。

資格はあれど『それ』は万能機としての機能を果たすものではない。抱かれた腕に歪められた憎悪は、全知全能に値する『それ』の力をたった一つの目的のために特化させられた。

 

『…』

 

 

かつて聖杯たりえたもの。

ついに出来上がった金色の杯を蒼の化身は白い指でつまむ。幸せそうな笑みを浮かべた獣の女神は水圧の中に揺蕩いながら、指の合間で杯を弄ぶと精緻な芸術品を鑑賞するかのように目を細めた。

見下ろした杯の中には屍肉が詰まっている。生と死の円環を司る『神殺し』の中には並々満ちた蒼と底の方に堆積した肉塊、その肉に根を下ろした空色の華が水面で揺れている。

漂う血と華の混じった匂いに女神は感嘆の息を漏らした、指先で挟んだ聖杯を満足げに見下ろすと回すように揺らし始める。

 

それは聖杯というには穢れ過ぎている、掌の中に浮いた道具はかつて女神にさえ匹敵する叡智を宿していた。

この子の意識が無かったから自由に弄ることが出来たが、もしも起きていたらこのように操ることは出来なかったかもしれない…それほどまでの力がこの子にはあった。

 

 

『あら、ダメよ』

 

 

腕を伝って聖杯まで近づこうとした蛇を掴んで止める、肌の無い蛇はピギーッという鳴き声と共に暴れるとまた元いた裾の中へスルスルと戻っていった。

いたずら好きで可愛いらしい子、この子はまだ未成熟ではあるが完成ももう近い。愛おしさに溢れながら女神は杯から手を離す、どうせ水底はもう近いしある程度放置したとしても大丈夫だろう。

 

再び沈み始めた瘴気聖杯を見送り女神は振り返る。絶えず笑みを浮かべた彼女は赤い瞳を閉じ、意識をかなり上に向けると…深くため息をついた。

自らの体内を沈んでいくもう一人の我が子、今もなおじたばたと暴れているあの子は沈むことに抗っている。そこもまた愛らしいといえばそうだが拒絶されているみたいで少し悲しかった、それも成長すれば落ち着くだろうか。

 

 

『…あなたも興味があるのかしら?』

 

 

服の袖から蛇も頭上の闇を見上げている。人差し指でその頭を撫で女神は笑みを浮かべると、本当に手のかかるあの子の元へ上昇を始めた。

 

 

 

・・・

 

 

 

あれから何度かの休憩と仮眠を経て何時間も馬を走らせているが、結局この空間には出口がないことが解っただけだった。

ただカウントだけが加速度的に増えていく、邪魔な骸骨達はかなり数が減っていく。

とはいえ入っているのだから完全に閉鎖的な空間というのはあり得ない…おおよそ最初のルームの天井から湖に流れ着いたのだろうが、あるいは。

 

 

『「…試すしかない、か」』

 

 

こういう未探索領域は壁を壊した時に通常の通路に繋がっている事が多い。

馬を走らせながら剣で通路を撫でる、残っていた骸骨の一体を吹き飛ばし匂いを確かめながら無造作に斬りつける。

剣先に違和感を感じる場所を全て総洗いし破壊していくと、やがて空気の流れがある場所に気が付いた。

 

疾走する馬の勢いを乗せた騎剣で壁を貫く、崩れ去った壁が土砂と共に岩塊を吹き飛ばし新鮮な空気が全身に吹き付ける。

蹄鉄で緩やかに瓦礫を踏み越えるとそこは17階層のとある地点だった、やっと知っている場所に来られた俺は安堵と共に息をつくと騎剣を腰に差し直す。

馬の尻に乗せていた女を振り返ると長い間揺れていたからか更に体調が悪化しているらしい、急いで地上に向かわなければ危険な状態だ。

休んでいる暇は無い。手綱を振るった俺は早速地上に向かって馬を駆り出す、この時の俺に18階層へ向かうという発想は無かった。行ったことの無いリヴィラの町は存在感が薄かったし、ハティを待たせてはいけないという想いが無意識下で行動を決定させていた。

かくして俺達はすれ違う、地上を目指し手綱を握りしめた。

 

 

 

・・・

 

 

 

水晶の明滅、18階層において次の日。

昨日のうちに消耗品や装備は整え、体調も万全に回復させた。今日はロキファミリアが地上に戻る日だ、その後ろをついていけば比較的楽にダンジョンを探索することが出来る。

目標は行方不明のままになった二人の捜索、事情を話したところリョナと顔見知りだったアイズとティオナは先行しながら探してくれるらしい。

 

――そんな最中、ベルとヘスティアがどこかに姿を消した。

 

ロキファミリアが出発するまであと数分も無い。

運命の歯車は回り始めていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

17階層、狼騎士は騎剣でミノタウロスの首を切り裂く。

馬上からの戦闘は常に優位だ、広い中層内を駆けながら邪魔なモンスターの急所を剣先で貫いた。

鉄馬が地上へと最短ルートを駆け抜ける、既に膨大な量のカウントを溜め込んだ狼騎士の行進を止められる存在はこの階層にはいない。

速度と引き換えに蒼光と蹄音は大きく、釣られて寄ってくるモンスター達は呆れるほど多い。その全てを斬り殺しての行軍、地上に向けての進行は可能な限り早く。

乗せた女の容体は刻一刻と悪くなっている。焦りを背中に感じた、せっかく助けたというのに死なれては目覚めが悪い。

 

(急げ…!)

 

炉に炎をくべた。

狭い洞窟内を馬が跳ぶ、太腿でその背をしっかり挟みこみ騎剣を振るうとモンスター達の群れを切り拓く。

時間はそう残されていない、更に早く鉄馬を走らせる。17、16階層と次々に突破し狼騎士は咆哮と共に中層を駆け抜けた。

 

 

『「…ッ!?」』

 

 

斬り裂いたヘルハウンドの血が鎧にかかる前に蒸発する。

同時に辿り着いた見知らぬルーム、その中にいる一団に気が付き思わず馬を止めた。

そこにいたのは数週間前遠征に向かったロキファミリアの面々、通路の暗闇から現れた俺の姿に目を見開く彼らの中にはアイズとティオナの姿もあった。

 

数歩、馬は金属音をたてながら足を止める。

ふと以前のように喋りかけようとしたが、今の俺の姿ではいくら繕っても話をややこしくするだけだ。

現に冒険者達は通路から現れた蒼炎の化け物を警戒し武器を構えだしている、馬に乗った狼騎士の姿はダンジョンにおいても異質だった。

 

威嚇しないよう炎を最大限セーブし、俺は馬上から状況を確かめる。

高レベル冒険者達の中を強引に突破することは難しい、何よりこちらに争う気はない。

兜の下で息をついた俺はとりあえず戦闘の意志が無いと表すため、騎剣を腰に差し直そうとした。

 

 

「テンペスト!」

 

『「…ッ!」』

 

 

繰り出される疾風の一撃を騎剣で受ける。

風に巻き上げられた火花が宙を舞った、高い馬上にもかかわらず風の魔法を使ったアイズは瞬く間に距離を詰め跳躍、そして頭上から剣を振り下ろしてきた。

金髪が揺れる。振り下ろされるデスぺレートは重い、騎剣で受け止めたアイズの剣先には闘志と殺意が満ちている。

腕を振り切って吹き飛ばしたアイズは空中で一回転すると地面に軟着陸する、油断なく剣を構えた彼女の真剣な瞳には今まで見たことも無いような意志が内包されていた。

 

(…まぁそうなるか)

 

モンスターは殺す、冒険者なら常識だ。事前に意思疎通もなく互いに攻撃し合う、いやそもそも会話をすることが出来ないことが当然なのだから仕方ない。

…ただ知り合いに無条件で攻撃されることは精神的に辛いものがある、こちらを睨みつけるアイズの視線は完全に敵に対してのものだった。

 

この姿でいる以上、やはり対話は難しいのか。

武器を構えたロキファミリアの冒険者達はアイズの攻撃に合わせ臨戦態勢に入る、もはややり合うしか道は無い。

騎剣を構え直した俺はアイズを含む高レベル冒険者達を見る、数は多いがオッタルほど強くなければ突破は出来るはずだ。結果的に強行突破になってしまうが一方的に殺されるよりマシだ。呼吸に合わせ俺は強く手綱を握りしめると覚悟を決める。

 

 

「皆待つんだ!」

 

『「…?」』

 

 

だがいざという瞬間、冒険者の中から一人金髪の少年が歩み出てくるとアイズ含め冒険者達を制止した。

その男の名前はフィン・ディムナ。ロキファミリア団長である彼は見た目よりも経験を積んでいる。明らかな化け物を前に勇み足だった冒険者達は団長の制止に困惑し、アイズなどは珍しく憤りをその表情に浮かべていた。

 

 

「何で…止めるの?」

 

「オッタルとも対等に渡り合うほどの相手だ、いくら18階層で休憩したとはいえ何の準備も無しに戦って良い相手じゃない。それに…僕に考えがあるんだ」

 

「…」

 

 

諭されたアイズは悔しそうに唇をかむ、いつでもこちらを襲えるように剣を構えたが団長命令でそれ以上は動かないようだ。

一戦あると身構えていた俺にフィンが振り返る、警戒しつつ数歩近づいてきたその男はゆっくり息を吸い込むと確かめるように喋りかけてきた。

 

 

「まずは仲間の無礼を詫びたい、いきなり襲いかかり申し訳なかった。その上で虫が良いとは思うがこちらに交戦の意思は無い、これ以上の戦は無用なものと提案する!」

 

『「…許そう、衝突はこちらも望まない」』

 

 

喋ることは無意味と思ったが、どうやらアイズ一人の暴走だったらしい。肩を落とした俺は騎剣を腰に差すと馬上からフィンという男を見下ろす、まさか向こうから対話を持ちかけられるとは思わなかったがむこうも言葉が通じたことに安堵しているようだった。

 

以前オッタルとの戦いを側で見ていたメンバー以外の団員にはざわめきが走っている、彼らにとって喋るモンスターの存在など今まで見たことも聞いたことも無いのだろう。

奇異の視線が集まる、それを全て無視して俺はフィンに視線を送ると彼は親指を噛んでいるところだった。

 

 

「…尋ねたいことが幾つかあるが、構わないか?」

 

『「ダメだ、火急の用がある。ただちに道を開けさえすれば貴様らに危害を加えない事を約束しよう」』

 

「火急の用とは?」

 

 

問答をしている時間は無い、振り返った俺は今もなお悶絶している女を抱き上げる。

馬を回転させ冒険者達に見せると一様に目を見開き、再び武器を構えた。動じる事なく真っすぐに瞳を向けると、くぐもった声で答える。

 

 

『「この女は酷い熱を出している、急ぎ地上へ運ばなければ命を落とす事だろう」』

 

 

そう言うと俺から腕の中の女に視線が集まる。

汗を流す女は今もなお苦し気に呻いており、一目で体調がすぐれない事が解った。

驚いた表情を浮かべていたフィンは振り返るとリヴェリアとアイコンタクトを測る、そして慌てて俺に向き直ると早口に提案を述べた。

 

 

「こちらにはその女子を治療する手立てがある、救いたいというのであれば喜んで請け負わせてもらう!」

 

『「…なるほど、では頼もう」』

 

「リヴェリア!」

 

 

ポーションも効かなかったしてっきり地上に戻るしか道は無いと思っていたが、この世界には魔法という回復手段がある。

フィンの声に合わせ素早く駆け寄ってきた緑髪のエルフに馬上から女を渡す。受け取ったリヴェリアはすぐに床に彼女を寝かせると目を閉じすぐに詠唱を始めた。

魔力の匂いがする。やがて詠唱が終わり魔法が行使されると杖の先から魔法が女の身体に降りかかる。恐らく回復魔法と思われるそれの効果は絶大であり、あんなに苦し気な表情だった顔は和らぎ、熱も引いたように見えた。

完全に予想外な治療手段。これで命を落とすことは無くなっただろう、重荷が取り払われた俺は深く息を吐きだすと再びフィンに視線を向けた。

 

 

『「感謝を、貴君らの助けが無ければどうなっていたか解らない」』

 

「っ…いえこの程度はお互い様だ。彼女は我々が地上に連れていくということで良いだろうか?」

 

『「あぁ頼む、この身体では色々と不便でな…」』

 

 

見知らぬ相手ならまだしもロキファミリアなら信用できる。これで無理して俺が地上に運ぶ必要もなくなった。

息をつき安堵する。それからフィンを見ると真剣な瞳でこちらを見ていた、観察するような視線には期待と困惑とが入り混じっていた。

 

 

「幾つかお聞きしたい、彼女は?」

 

『「17階層で拾った、それ以上は知らない」』

 

「何故あなたが助けようと?」

 

『「…奇妙な縁だ、特別な理由はない」』

 

 

答えるとフィンは眉をひそめ親指を下唇に当てた、何故化け物が人助けなどしているか疑問なのだろう。

女を抱えたリヴェリアが戻っていく、ぐったりとした女の顔を覗き込んだティオナは驚きの声をあげた。

 

 

「あれ!?もしかして行方不明の(ミコト)ってこの子のことじゃない!?」

 

「命?ティオナは何か知ってるのか?」

 

「えっとタケミカヅチファミリアで行方不明者が出たっていう話を18階層で聞いて…」

 

「へぇ…それは良かった、地上に着いたら届けようか」

 

「あっ、でもちょっと待って。行方不明者はもう一人いるの!」

 

 

そう言うとティオナは真剣な表情でこちらを見た。

タケミカヅチファミリア、あの時のパーティは今18階層にいるらしい。

その上で、もう一人の行方不明者。不思議と誰のことか想像がついた。

 

 

「リョナ君っていう男の子なんだけど見てない!?こーんなに身長高くて全身黒っぽい…」

 

『「知らん、見つけたのはその女だけだ」』

 

 

俺の事だった。とはいえ自分のことですと言い出せるわけがない。

遭難してからどれほどの時間が経ったか解らないがどうやら行方不明者扱いを受けているようだ、当然といえば当然だがつまり地上のヘスティアが救助依頼を出したということだろう。

知らないと答えるとティオナが肩を落とす。おおかたタケミカヅチファミリアに頼まれたというところか。

 

 

「そっかぁーてっきり一緒に居るかと…うーん後からついてくるって言ってたけどアルゴノォト君達で見つけられるかなぁ」

 

『「…!?」』

 

 

動揺が走る。

アルゴノォトはつまりベルの事だ、一日以上の時間が経った今とっくに地上へ戻っているものと思っていた。

早口にならないように気をつけ俺は口を開く。

 

 

『「…待て、アルゴノォトと言ったがそいつは今どこにいる?」』

 

「えっ、最後に見たのは18階層…私達の後についてくるって話だったんだけど姿が見えなくて」

 

 

兜の下で驚愕しつつ俺は目を閉じ思考を巡らせる。18階層はセーフティポイントだ、ならばそこで一度は休むことはできただろう。

しかしあのお人好しは俺の事が見つかるまで探そうとするだろう、その合間に怪我をしたら本末転倒だ。早く合流しなければ今度はベルが行方不明になってしまう。

 

手綱を引いた俺は馬を反転させる、大和撫子も預けたしもうこの場にいる意味は無い。

 

 

「待ってくれ!君は何者なんだ!?」

 

 

強い語気で尋ねてくるフィンにちらりと視線を送る。

人助けをする知性を持ったモンスター、そんな存在に立場のある人間が興味以上の感情にかられることは当然と言えた。

だが正直には答えられない、去り際に俺は一言だけ告げた。

 

 

『「…ただの、化け物だ」』

 

 

馬が走り出す。

冒険者達を背後にダンジョンを駆ける、来た道を急ぎ戻り始めた俺は嫌な予感を感じながら騎剣を抜いた。

目指すはベルのいる18階層、出来る限り早く俺は更に深く地下を目指した。

 

 

 

・・・

 

 

 

冒険者達が少年を囲んでいる。

輪の中心で白い軽鎧を纏った彼は傷だらけになり、それでも戦っていた。

それは神様のため、拉致された女神を助けるために少年はナイフを構え続ける。

とっくにロキファミリアは出発しただろう、他の皆にも心配をかけているはずだ。

 

打撲が滲むように痛む、振るう腕から赤い血が垂れた。それでも自分の痛みよりも大切な人を探しに行けない事が何より苦痛だった。

 

 

「僕はッ…こんなところで遊んでる暇は無いんだッッ!!」

 

 

本気の少年は、かけがえのない仲間の為にナイフを振るう。

感情を乗せた一撃一撃が邪魔な冒険者を追い詰めていた。そのステイタスの上昇は留まるところを知らず、もはやその攻撃は相手には捉えることが出来ない。

舌打ちが聞こえる。勝ったと確信した瞬間、男がにやりと笑うのが目に見えた、

 

 

「…!?」

 

 

呟きと共に男の姿が消える。

慌てて周囲を見渡した少年の背中を何か透明なものが強打し、思わず膝をつき地面に倒れた。

不可視の敵、そう理解しても対処は出来ない。第二ラウンドは既に始まっていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

嘆きの大壁、18階層への入り口。

地震は強く、新たな怪物の誕生を祝う。割れる壁、響く振動と共に化け物の巨大な掌が岩を砕いて宙を掴んだ。

地中から現れた化け物はゆっくりとその巨体を引きずり出す。迷宮の弧王(モンスターレックス)、ゴライアス。産まれたての怪物は湯気をたて、頭髪から羊水を地面に零した。

鉄のような硬皮、隆起した肉体。人型の化け物はただただ巨大だ。呆けたように身体をしゃがみこみ、背を丸めたゴライアスはただ地面を見つめていた。

 

 

『…!?』

 

 

その巨大な双眸が視界端に蒼炎を捉える。

ゴライアスはゆっくりとその巨大な頭で振り返ると、いつのまにかルームの入り口に屹立した馬と騎士の姿を見下ろした。

纏うは廃材の鎧、右手で手綱を握り、もう一方の手で騎剣を構えたその姿は正に騎士そのもの。されどその兜は化け物を(かたど)り、噴き上げる蒼炎はこの世のものとは思えない。

その名を狼騎士、馬上にてもう一匹の化け物はゴライアスを見上げている。

 

 

『…スゥー…』

 

 

地面を揺らし立ち上がった巨人は息を吸う。本来ならば化け物同士で殺しあうことはめったに無いが、こいつは別だとゴライアスの中の()()がそう言っていた。

空気が吸い込まれていくにつれ徐々にその身体が膨らんでいく。やがてその膨張は限界を迎えると遂に解き放たれた。

 

 

『ガァァアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

咆哮。

破壊を巻き起こす音の壁、鳴動するダンジョンに木霊する叫びはもはや攻撃に等しい。

狼騎士へ目に見えない一撃が迫る、冷静にその様を観察していた狼騎士はおもむろに騎剣を振るうと身体を押す風圧を切り裂いた。

 

見上げたゴライアスは大きい、いつぞやは倒すことが出来なかったが今の狼騎士にならきっと可能だ。

対象は一人、本来ならば冒険者達が何十人も集まりそれでもなお苦戦する化け物に狼騎士は相対する。

 

全てはかけがえのない仲間たちの為に、冷たく嫌な予感を打ち払うために俺は騎剣をゴライアスに向けた。

 

 

『「――…行くぞ、化け物」』

 

 

吹き付ける咆哮の中、狼騎士は馬で駆ける。

 

 

『「おおおおおおおおおおおおッ!」』

 

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

咆哮が重なる。

鏡面のような巨大なルーム、その中で狼騎士はゴライアスと殺しあう。

その大きさは実に十倍以上の差、ゴライアスにとって狼騎士は子猫かネズミ程度の大きさしかない。

 

落差二十メートル以上の巨拳が狼騎士へ迫る。

間一髪、鉄馬が駆け抜けた後の大地が吹き飛ばされ、後には悲惨なクレーターが残る。その巨拳の破壊力は大砲を軽く凌駕しており、今まで数々の冒険者達を文字通り潰してきた。

 

巨大な体躯から放たれる即死級の一撃、それに伴う圧倒的なリーチ差。

覆すことの出来ない『大きさ』というアドバンテージをもってゴライアスは狼騎士を追い詰める、その殺意に満ちた眼窩で足元を走る狼騎士を目で追った。

 

 

『「…」』

 

 

鉄馬が駆ける。

その四足は例え全身鎧を身にまとった狼騎士を騎乗させていても衰えることは無い、炉にくべられる炎のままに動くそれはむしろ機械に近い。

風に蒼炎がなびく、規則的に上下する馬上で狼騎士はゴライアスへと視線を向ける。その一撃はどれも喰らえば即死級、だがどの一撃も大雑把かつ直線的で避ける事は容易い。

オッタルに比べればこんなもの窮地のうちにも入らない、目の前にいる化け物はただ大きい『だけ』だ。

 

 

『「ハァッ!」』

 

 

大振りの拳を躱しその足元に飛び込む。案の定ゴライアスは近づいてくる狼騎士に反応することが出来ず接近を許した。

大木のような足が迫る、騎剣を構えた狼騎士はすり抜けると共に斬りつけた。

鋭く鍛えられた騎剣が何の抵抗も無くゴライアスの肌を裂く、狼騎士の通り過ぎた後に鮮血を降らせた。

 

 

『「ガァァッッ!!」』

 

 

怒りに満ちた叫びが巨人の口から漏れる。

ふくらはぎにあたる部分には大きな刀傷がついており、だらだらと血が流れている。

傷自体は浅い。だが確かな痛みにゴライアスは憤怒し、更に殺意を滾らせると足元を疾走する狼騎士を睨みつけた。

 

オッタルに比べればたいしたことはない、見上げたゴライアスに騎剣を向けた狼騎士は咆哮する。

 

 

 

・・・

 

 

 

冒険者達が戦っている。

ベルを助けに来たヴェルフ含む救援隊と集まったゴロツキ共。

現状は救援隊の方が優勢だ。レベル4であるリューが百戦錬磨の働きで幾人も男達を薙ぎ倒しており、数的不利を完全に覆している。

目指すは丘の頂上、そこにはひと際大きな人の輪があった。辿り着くにはもう少し時間がかかる、ベルを助けに来た面々は可能な限り急ぎ前に進む。

 

 

「なっ…!?」

 

 

一方、輪の中心でベルはハデスヘッドで透明化した男と戦っている。

完全に透明化した男の姿は見えない。どこからともなく飛んでくる攻撃にベルはただなぶられるだけであり、その全身には幾つもの痣や擦り傷が出来ていた。

だがそれも先程までの話だ。目を閉じたベルは足音を聞くことで男の攻撃を回避し、反撃を喰らわせていた。

 

 

「またっ…ぐぼぉっ!?」

 

 

攻撃を避けたと同時に震脚、放たれる発勁が男の鳩尾に突き刺さる。

まだ未完成とはいえ練習中の発勁が男の体内をかき乱した、透明のまま男は吐き気を催すと口を押える。

圧倒的有利な状況をベルの機転で返された男は憎悪を露わにする。しかしリョナに師事したベルの体術を捉えることは容易では無く、遂には頭につけていたハデスヘッドさえも蹴り飛ばされてしまった。

男の姿が現れる、発勁をもろに食らった男は気持ち悪そうにしながら剣を抜く。

 

 

「チィッ…ブッ殺す!」

 

「…!」

 

 

逆上して飛びかかってくる男を前にベルは冷静にナイフを抜く。

ここまでさんざ邪魔されて少年の怒りは頂点にまで達している、その氷のように冷たい視線は静かな殺意と共に男の事を見つめていた。

 

 

「――そこまでだ!」

 

 

二人が重なる寸前、神威に満ちた声が響き渡る。

その場にいる全員が振り返った、丘の入り口から聞こえてきたその気配には途方も無い力と威厳が含まれていた。

立ち昇る気配は白光と共に、髪の解かれた女神は蒼華を二輪浮かばせる。その重力を感じさせない歩みは光の波紋を広げた。

神威解放、神としての力の行使。ヘスティア本来の姿は美しく、慈愛に満ち溢れている。

 

その歩みに誰もが道を開けた。

闘っていた者達は手を止め、神威に満ちたヘスティアを通す。

荒くれ達も委縮し、目を奪われ、ただぼうっと道端に退いた。

原始の力を纏う女神は緊張した面持ちで丘を歩く。やがて少年を囲んでいた輪に辿り着くとその中に入りこみ、驚きの表情を浮かべたベルを見つけた。

 

 

「ベル君!」

 

 

神威が解かれると同時にヘスティアはベルに抱き着く。

ナイフの刃先が女神に触れないように気を付ける少年は神妙な面持ちで固まっていた。

遅れて救援隊の面々が辿り着く。周囲のゴロツキ達は気まずそうに逃げ始め、ハデスヘッドを被っていた男も腹を抑えたままふらふらと立ち去っていった。

 

 

「むぐ…神様、早くリョナさんを探しにいかないと」

 

「っ…確かにそうだね、急がないと――ッ!?」

 

 

女神が少年を離したその時だった。

地面が強く鳴動する。ここ最近で一番強い揺れ、立っていられないほどの地震は巨大な生物が壁の中を直接這っているかのようだった。

 

ダンジョンで神威が使われた、空気中にはヘスティアの匂いが濃く散布され残っている。

曰く『ダンジョンは神を憎んでいる』。その神威に反応し地震は最悪の化け物を生み出す。

 

 

「ッ…!?」

 

 

ガシャァァァッッン!と水晶の砕ける音が鳴り響く。

降ってきたのは身体を丸めた胎児、羊水と共に産み落とされた化け物は果実のように地面へ落ちる。

18階層の光源だった天蓋は砕け散り、にわかに本来のダンジョンの暗さが戻ってきた。

 

ドシンと強く地面が振動する。巨大な胎児はゆっくりとその身体を伸ばすと息を吸う。

灰化した白髪、赤く揺れる双眸。ゴライアスにもその姿は似ているが、通常個体よりもその黒肌は硬く、立ち昇らせる邪気は遥かに濃い。

ダークゴライアス、生み出された化け物は産声を上げた。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!!』

 

 

地震に咆哮が重なる。立ち上がった巨人の叫びには純粋な憎悪がこもっていた。

災厄の化け物、階層主よりも強大なモンスター。ロキファミリアはここにいない、落石によって17階層へ続く出口は完全に塞がれた。

今ある人間であれを対処するしかない――

 

――だが、地震はまだ続いていた。

 

 

「あそこ…何か来ます!」

 

 

リューが指さした先で地面が割れた。

空気中に満ちた神威が獣を呼ぶ。神殺しの化け物はその甘美な誘惑に抗えない、呼び起こされる本能が殺意と憎悪を溢れさせる。

 

地面を割り現れたものは、巨大な『金色の盃』とそれを支えるがしゃ髑髏。

華の紋様のあしらわれた盃にはなみなみと蒼炎が注がれ、下の骸骨が歩き揺れるたびにその中身が零れ落ちる。横に十メートル以上はある杯は薄く平べったく、その下では奴隷のような巨大骸骨が杯を担ぎ、落とさないように腕を広げ黄金の縁を掴んでいる。

 

盃を担ぐ巨大スケルトン、盃を奴隷のように支えるその大きさはゴライアスとそれほど変わらない。

杯の縁を掴んだ骸骨は周囲に視線を向け、丘にいるヘスティアの姿に気が付くと蒼い瞳をボウと燃え上がらせる。

細く白い骨の身体がその場で強く地団駄を踏むと、担いだ黄金盃から蒼い炎が溢れ撒き散らされた。

空中に飛沫が散った。憎悪の蒼はスケルトンの足元を燃え上がらせる、焼け野原の中から小型の骸骨兵達が立ち上がると石の剣を構えた。

死者の軍団が行進を始める。巨大スケルトンが歩むたびに盃から中身が溢れ、新たな骸骨兵が生み出された。

 

新種の化け物。迷宮の弧王にも並ぶ大きさのその怪物は蒼炎を纏う。

 

 

「…!?」

 

 

巨大スケルトンの開けた穴から()()()()が跳ね出し、地面に転がる。

それは全長7mほどの皮の無い蛇。眼や口といった部位の存在しないその化け物は成長しきる前に腹から飛び出したかのような赤子。

ただその背にあたる部分には龍のような翼がついており、赤く血管の浮き出た身体は鼓動を繰り返している。

やがてその顔の無い蛇は翼をはためかせ、重く身体を持ちあげるとふらふらと18階層の空へ飛びあがっていった。

 

 

「そんな…!」

 

 

計三匹、現れた規格外の化け物。

神威に反応した巨大な獣たちはその本能のままに進行を開始する、そのどれもが神話級の怪物。

絶望を産み出して地震は止まる。だが同時にそれは終末戦争(ラグナロク)の始まりでもあった――地獄は顕現する。

 

 

 

・・・

 

 

 

馬が強く大地を踏んだ。ゴライアスの巨碗をすんでのところで躱すと、すれ違いざまに樹木のような指の根元を斬りつける。苦痛に満ちた声が轟いた、無視した狼騎士は血を蒸発させグルルと唸り声をあげた。

戦い始めてから既に十分が経つ。状況は一方的、狼騎士にとってゴライアスはもはや獲物に過ぎない。巨人の硬皮には幾つもの刀傷がつけられている、血を流すゴライアスは肩で荒く息を繰り返していた。

 

 

『「…」』

 

 

瀕死のゴライアスを狼騎士は冷静に見つめる。

巨大な化け物は頑丈かつ強靭で、騎剣で斬りつけただけでは死なない。

もっと強力な蒼起三爪のような攻撃が必要だ。その為には一度馬を巨剣に鍛え直す必要がある、とはいえ馬を失う以上蒼起三爪を撃つための隙を作るしかなかった。

…ただ倒して良いのかは解らない。既にカウントの『更新』は近い、あれほどの巨体に蒼起三爪を撃ちこめば一気に成長が深まるはずだ。それではあの女神の目論見通りになってしまう、きっとこれ以上の戦闘自体が危険だ。

幸いなことにゴライアスの動きはかなり鈍くなっている、後は馬さえあれば余裕で横穴に入ることが出来るだろう。

 

 

『「よし…」』

 

 

迷わず逃げる事に決めた狼騎士は息をつく。

チャンスは多い、とりあえずゴライアスの攻撃を躱してから大壁へ駆けこめばいい。

手綱を強く握りしめる。腕を引いた巨人が拳を振り下ろそうとするのを睨みつけた。

蒼炎が揺れる、集中しゆっくりと流れていく時間の中で狼騎士はじわりと口内に甘さが広がることに気が付いた。

 

――それは神威の解放。

 

横穴から噴き上げた神の匂い。

鼻孔から中枢神経を伝い、痺れさせるように本能に呼びかける甘い匂いは確かに神威によるもの。

純粋かつ濃度の高い神力、これほどまでに強く漂う誘惑に『神殺しの獣』が気がつけないはずがない。

 

神威に触れた瞬間、身体中の血液が沸き立つような感覚がした。

呼びかけるような幻聴と強い破壊衝動がうなりをあげ、牙を剥くような獣性が鼓動を早まらせた。感情の濁流の中で狼騎士は驚愕し、必死に自分を保とうとする。

それはマーニファミリアの一件と同じだった。18階層で神がその本来の力を解き放ち、神威が濃く散布されてここにまで届いた。

漂ってきた神威には華と暖炉の暖かな薫りが混じっていた、その匂いは俺が良く知る女神の匂いだった。

 

ドズンッ!と間一髪で拳が馬の隣をすり抜けていく。

濃い神威に酔い、身体をよろめかせた狼騎士は何とかゴライアスの攻撃を躱し、馬を駆けさせると本能に抗いながら考える。

 

(…何で)

 

何故ダンジョンにあの女神がいるのか。

いや理由はおおかた想像がつく、ベル以上のお人よしであるあの女神は眷属が行方不明になったら例えダンジョンだろうが構わず探しに来るはずだ。

親として迷子を捜しに行くのは当然だぜ!…とか、言いそうな台詞が簡単に思い浮かぶ。

 

(…あのバカ女神はほんとに)

 

それで自分が怪我をしたら元も子もないというのに、どこまでも彼女らしい。

どうしようもなく呆れ笑みながら俺は、雄叫びをあげる本能が収まるのを待った。

幸いなことに神威が解放されたのは一瞬だったようだ、すぐに匂いも薄れていくと早鐘を打つ心臓を残して消え去った。

 

――だが嫌な予感は消えなかった。

もしあの女神がこの神威の解放まで計算済みだったなら。

 

その時、地面が鳴動した。

ゴライアスも思わず攻撃の手を止めるほどの激震。

幾つもの破砕音、岩の落ちる重い音とともに足元でガラスの砕け散るような甲高い音が鳴り響く。

 

 

『……オオオオオオォォォォッ!…』

 

 

化け物の咆哮が木霊した、しかしその残響も何かで塞がれたかのように途切れた。

聞こえた咆哮はゴライアスのものに似ている、もし下の階層に迷宮の弧王レベルの化け物が現れたなら。

 

 

『「…!」』

 

 

空気の流れで横穴が土砂で塞がれたことは解った。

彼女を助けるためには逃げられない、この身を賭すしか選択肢は無かった

 

地震が止まると同時に狼騎士とゴライアスは動き出す。

振り下ろされる巨人の拳は正に一撃必殺、空気を切り裂き狼騎士めがけて振るわれる拳は重い。

目の前に巨拳が迫る。咆哮をあげた狼騎士はぎゅっと手綱握りしめると走り出し、強く馬に地面を踏ませた。

 

すれ違う拳と狼騎士。

拳の破壊力が地面を砕く中、狼騎士を乗せた馬は高く跳躍していた。

 

 

『!?』

 

 

地面にめり込む拳に馬が乗った。

慣性を利用して馬は長く太い巨人の腕の上を駆け始める。硬い肌を蹄鉄が蹴りつけた、幾度も隆起する悪路を鉄馬は疾風迅雷の速度で駆けあがった。

驚愕の表情を浮かべたゴライアスが気がついたころにはもう遅い、慌てて振り払おうとするが既に狼騎士は最後の跳躍を終えていた。

 

騎剣が煌めく。

空中を横切る一閃はゴライアスの瞳を斬りつけた。

機能を失った巨人の眼球から血が迸る。

 

 

『ガァァァッッ!!?』

 

 

苦悶の表情を浮かべうずくまる巨人の遥か上空、容を変えた鉄馬が巨剣へとその姿を変える。

それは廃材の巨剣、炉のように感情を燃やす巨剣は狼騎士の手の中で激しく燃え盛る。

蒼起三爪(ソウキノミソウ)、狼騎士最大の一撃はかつてないほどの熱と破壊力を内包し拠り集まっていた。

 

 

『「…ッ!」』

 

 

この手を振り下ろせば、もう帰れないかもしれない。

極大の炎の中で俺は地上に残してきた最愛の娘を思い出す、もう帰れなかったらあの子はどうなってしまうのか。

それは最悪の未来だった、俺はこの手でその未来を選択しかねている。

 

(それでも…俺はッ!)

 

大切な人を失う事を諦められない、命を選ぶことなど俺には出来ない。

そこに少しでも希望があるのなら手を伸ばした、彼らを失うくらいなら。

 

 

『「――――蒼起三爪ッ!!」』

 

 

振り下ろされた蒼い三本爪がゴライアスの身体に叩きつけられる。

極大の炎は巨人の身体を焼き尽くし、生じた爆発エネルギーは振り下ろされるまま下に向かう。膨大なまでの熱が床を焼き切り、蒼く

爆音と共に大崩落が起こった。全てを溶かし尽くす熱と爆発が嘆きの大壁を破壊する。蒼起三爪を振り下ろした狼騎士はゴライアスの身体と共に開けられた大空洞へと落ちていく。

 

 

『ガァアアアアアアアアアアッ!!?』

 

『「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」』

 

 

何十メートルもの落下、風に蒼炎が千切れる。

重なる咆哮、最大級の一撃、狼騎士の放つ蒼起三爪は巨人の身体を焼き続けた。加速度的に増えていくカウントは遂に狼騎士の限界を超え、ゴライアスを燃やしてなお更新される。

 

突風を受けながらドクンドクン、と鼓動が脈打っているの感じた。

進化の兆し、重力の中で熱く灼熱する血潮が燃える。獣のような咆哮が口から漏れた、どうしようもなく溢れる衝動に身体が突き動かされる。

視界が蒼く充満した、鳴り響くような幻聴は次の段階を告げる。

 

振り切られた蒼起三爪が階層の床をブチ開け、狼騎士は18階層へとたどり着いた。

途中見覚えのある空間が視界に映った、そこは狼騎士が始め流れ着いた小さな空間。

その中心にあった湖は底から水が流れ出してしまっている。破壊された水晶の天蓋を通り抜けると血生臭さが鼻孔に伝わってくる、眼下では既に戦争が始まっていた。

 

遥か18階層上空。鼓動は遂に限界を迎え、その鎧が蒼く輝いた。

狼騎士は銑鉄へ還る。それは神殺しの獣、自らを打ち直し『鉄の狼』は完成する。

 

――今、両橋夏目は怪物になった。

 

 

 

・・・

 

 

 

現れた三匹の怪物。神威によって活性化した通常モンスターの襲撃で18階層の平穏は失われた。

狂暴なモンスターと冒険者達の戦いが各地で行われている。激しい戦禍の音、燃え上がる森、押し寄せるモンスター相手に冒険者は死線を繰り広げていた。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!』

 

 

ダークゴライアスが吼える。

繰り出される音の爆撃は立ち向かう冒険者を吹き飛ばし寄せ付けない。

その力は通常個体の2倍かそれ以上、その一撃はどれも重く大地を粉砕する。

運悪く巻き込まれた冒険者は叫び声すら掻き消され、四肢をあらぬ方向に折り曲げられた。残ったものは鎧を粉砕された無惨な死体、当たれば誰であろうと大怪我は免れない無差別攻撃は周囲を蹂躙する。

加えて厄介なのは類い稀な回復能力、例え冒険者が傷をつけても修復される肉体はどう倒せば良いかすら解らなかった。

既にその咆哮と巨碗に何人もの冒険者がやられている。暴走する巨人の周囲は既に更地と化しており、リューやアスフィといった()()()レベルの高い冒険者達が果敢にも災厄へ立ち向かっている。果てしない戦いにリューは汗を流しながら荒く肩で呼吸を繰り返していた。

 

少し離れた森林では蒼い炎が燃え広がっている。パチパチと爆ぜる火の粉、たちこめる黒煙。火災は徐々に広がっており、まだ燃えていない安全地帯を求め逃げ惑う冒険者の背後を燃える骸骨兵達が追い立てている。その骨の身体は例え燃えても前に進む、蒼炎の中から現れる骸骨兵達はとにかく数が多い。

 

 

「あっちだ!逃げろ!」

 

「くっ…これだけの数がいつのまに!?」

 

 

見上げれば黄金の盃を担いだ巨大スケルトンが燃え盛る森の中を悠々と歩いている。その巨体が一歩進むと大地が揺れ、木々が薙ぎ倒される。同時に零れ落ちた蒼炎の飛沫が森を焼き払い、際限なく骸骨兵達を落としていった。

歩むだけで脅威足りえる怪物。着々と骸骨兵を増やし、森林を燃やして回るその様は災害という表現が近いかもしれない。

 

上空では顔の無い蛇が羽ばたいている。

今のところどの戦場にも加担していない蛇はただ自由を謳歌しているようであり、時折顔に当たる部位を地上に向けては首を傾げていた。

 

化け物の咆哮が続いている。各地での戦禍は苛烈、流血はとどまることを知らず、蒼い火の子散る戦場で人と獣の殺し合いは激化の一途をたどる。

それは地獄絵図だった。蔓延する血の匂いの中では弱い者から死んでいく。

 

 

「…これじゃまるで、ラグナロクじゃないか」

 

 

逃げてきた丘の上から眼下の戦いを見下ろしたヘスティアは呟く。

大挙するモンスター達と戦う人々、広がる炎、一際大きな化け物を倒すべく群がる勇者たち。

それはかつての終末戦争と似ていた。規模はだいぶ小さいが、行われる戦争の匂い…そして充満する絶望をヘスティアは確かに憶えている。

 

だがあの時と違って神々はいない、このままでは人々が負けることは明らかだ。

ただでさえダークゴライアスは強い。果たしてあの化け物でさえ倒せるか解らないというのに同級の化け物がもう一体、厄介な骸骨兵を産み出し続けている。

 

誰もが絶望していた。

何の準備も無く終末戦争に放り投げられた人々は絶望したうえで、息の根が止まるまで抗い続ける。

ダンジョンでは祈りも届かない、在るのは戦場。どうしようもない逆境と絶望――蒼炎。

 

 

「…また!?」

 

 

ダンジョンが揺れた。

強く小刻みに振動は18階層を揺らし、頭上からは破砕音が鳴り響く。

徐々に近づいてくるその咆哮はやがて限界を迎えると何かを打ち破った、残った余震もやがて消え去った。

 

 

「ヘスティア様、あそこに…!」

 

 

リリが指さした先。

ダークゴライアスの破壊した巨大水晶の大穴からそれは落ちてきた。

遠く、遥か上空。廃材の鎧、人の身に余る巨剣、狼兜に灯った蒼瞳。

狼騎士はそこにいた。ゴライアスを屠り、18階層へと辿り着いた狼騎士は地獄を見る。

ただ、その身は絶望を振りまく化身として運命に手繰り寄せられた。

 

閃光、蒼炎が噴き上げる。

それは心火。自らを打ち直す極大の炎。

恒星のように輝く蒼い焔は狼騎士、巨剣、ゴライアスの魔石さえ巻き込んで巨大な一つの球になった。

狼騎士は銑鉄へ還る。そこにあったものはドロドロに溶かされた液体状の鉄塊、宙に浮かぶ繭の中で進化は今まさに執り行われる。

 

誰もが手を止め、その光景を仰いでいた。

蒼く美しい炎。鳴り響く打鉄(うちがね)。煮えたぎる星の中で怪物は今一度鋳造される。

 

それは神殺しの獣。

在り方は不屈。壊れたとしても諦めず前へ。

その本質は逆境を打ち壊す為の力。無限に進化するその力は今まさに次の段階へと昇る。0から1へ、1から100へ。その成長は勝利するまで止まらない。

例え手に入れた力のせいで人間でいられなくなったとしても、大切な誰かを守れるためならば獣は決して絶望なんてしなかった。

 

――今、打鉄の音が高らかに止まる。

 

鋳造。

身体は鉄。決壊した銑鉄は容を成す。

水球から解き放たれた獣は地面に落ちる。実に100メートル以上の高さ、瞳では到底助からぬ高さを獣はドシンと膝を折り曲げるだけで難なく着地した。

地面が振動する。巻き起こった土埃はやがて完全に消え去り、現れた姿が明らかになった、

 

そこにいたのは――巨大な鉄狼。

 

その大きさは通常の狼の何十倍か、少なくとも人の背丈の4倍以上はある獣は遂に進化を終え戦場に降り立つ。

太い首、精悍な顔立ち、鋭い牙と爪。逞しい四足はしっかりと大地を踏みしめ、太い尻尾は揺れる。最も気高い生物、その身体は鉄で構成されていた。鈍色の牙や爪は刃のように砥ぎすまされ、その胴体の中心は炉のように銑鉄がたまっている。

毛並みは炎、噴き上げた蒼が滾る。その産まれたての蒼瞳が見開かれた。激しい感情を火にくべる巨狼は新たに湧き上がる力を持って顔をあげた。

 

 

『Grr…』

 

 

全ての逆境を覆し、神さえ殺す獣の完成系。

その名を『蒼狼・炉心(フェンリル・アイアンハート)』。

気高き巨狼は蒼炎を纏いて、遠吠えをあげる。

 

 

 

・・・

 

 

 

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