このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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 炉心の獣

 

・・・

 

 

 

産まれ落ちたばかりの巨狼は鉄で構成された四足で大地を踏む。

蒼狼・炉心(フェンリル・アイアンハート)。炉心を内包した神殺しの巨狼、狼騎士を超えた鉄と蒼炎の魔獣。

唸りをあげる猛牙、全身から滴り落ちる銑鉄。狼を模した巨躯は蒼く灼熱し、排気熱を噴き上げ地獄に顕現する。

 

自らの身体を見下ろした狼は感覚の違いに戸惑う。

以前とは比べ物にならない高さの違う視点、地面に食い込む鋭い爪、何よりその四足。

内包した炉が感情を燃やし、今までとは比べ物にならない程の力を産み出し続けている。

 

 

『rr…』

 

 

神殺しの次段階。大型トラック程の大きさの炉心の巨狼は確かめるように太い前足で一歩踏み出す。

重い振動と共に低草が蒼い焔に揺れた。明らかに増した火力は狼騎士と比較にすらならない。美しく爆ぜる炎を纏いて巨大な獣は自らの進化を認識する。

同時に流れ込んでくる「匂い」という名の膨大な情報群。戦火で滾る18階層は血と煙の臭いで満ち溢れており、その中には予想外な人物の気配もあった。

 

溢れ出す力と共に神殺しの誘惑は更に強まっている。逆巻く炉心の中で聞こえる「神を殺せ」という言葉に脳内は鈍く支配され始めている。

獣に近づく思考。それでも薄く残された理性で巨狼は盲目的に今すべきことが解っていた。

行く先には群れるモンスタ-達。邪魔な肉人形共を睨みつけた巨狼は、作られたばかりの口腔で強く咆哮をあげる。

 

 

『…GAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』

 

 

蒼炎を灯す爪がミノタウロスを踏み潰し、空間を切り取る白牙がシルバーパックの上半身を容易く噛み千切る。巨大な狼は一撃で化け物達を屠り、蒼炎を噴き上げ行進を始める。

目指すはダークゴライアス。巨狼はその圧倒的戦闘能力によってモンスターの群れを薙ぎ倒し、死体の山を築き上げていく。

例えその歩みが間違いだとしても、巨狼は蒼炎を纏いて走った。

 

 

 

・・・

 

 

 

意外にも、一番早く諦めたのはレベル4冒険者であるリュー・リオンだった。

ゴライアスと戦う彼女はこの絶望的な状況を誰よりも理解していた。溢れかえるモンスター、新種の巨大骸骨、目の前に立ちはだかるダークゴライアス。

幾度も攻撃を浴びせた巨人にはまだ傷一つない。時間遡行に等しい異常なまでの回復能力、勝つことは不可能な戦いに冒険者達は疲弊し、それでもなお戦い続けるしかない。

 

そんな絶望の中でリューの思考は一瞬迷った。

このままでは勝つことは絶対に不可能だ。その残酷な現実が疾風の戦士の足をほんのわずかに止めさせ、その隙をダークゴライアスは見逃さない。

 

鬼灯のような赤い双眸と目が合う。

咆哮(ハウル)と呼ばれる音の弾丸を喰らえばリューと言えどタダではすまない。

理解した恐怖に足がすくむ。既にその口内には充分な量の空気が溜まっており、それらの矛先は全て自分に向いている。

まだ死にたくは無かった。それはかつての仲間たちの為に、今の仲間たちの為に――生きるという、当たり前のことさえもこの地獄では許されない。

今この場に彼女の願いを叶えられるような英雄や神はいなかった。緑髪のエルフはどうしようもない絶望を見上げ、今まさに咆哮が放たれる瞬間を見た。

 

 

『GrAAAAAAAAAAAAA!』

 

「…ッ!」

 

 

大地を揺らし、割り込んでくる巨大な獣。

その身は鉄、巨人とエルフの合間に身体を滑り込ませた狼は咆哮を前に立ちはだかった。

巨狼の全身に高威力の咆哮が直撃する。踏ん張る巨狼の身体が破壊されていき、バキバキと音をたてて表面装甲が砕け散っていく。

音と閃光が連続する。攻撃を受ける巨狼から苦し気な唸り声が聞こえていた。ただ一人エルフを守るために狼はただ耐える。激しい衝撃に爪は地面に食い込み、漏れた風圧で草木が強く揺れる。

 

その背後にて、化け物に庇われたリューはただ茫然としていた。

見えるのは自らの前に立ちふさがる巨狼の後姿のみ。殺人級の咆哮を幾つも喰らい巨狼は大ダメージを受けているはずだ。

…それでも狼は一歩もたじろがず、自分を守ってくれている。

 

蒼炎が噴き上げた。

やがて咆哮は収まる。全ての攻撃を受け切った蒼狼はパラパラと装甲の端を落としながらそれでもなお屹立し続けていた。

ちらりとその瞳が背後のリューへ向けられる。振り返り見下ろした彼女の無事を確認した狼は再びゴライアスへ視線を戻すと牙を剥いた。

それは明確な敵意。新たに現れた化け物は天を仰ぎ、気高くも遠吠えをあげる。

 

 

『AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONッッ…!』

 

 

澄み渡るような声が十八階層に木霊した。

それは獣というには余りに清廉な呼び声、巨大な狼の姿は一種の完成された美しさを感じさせる。

この階層にいる誰もがその凛と響き渡る声を聴いた。遠く、高く。気高い化け物の遠吠えは孤高で、絶望の中にあった冒険者達に冷静さと勇気を与えてくれた。

 

それは獣の鼓舞。

たった一つの遠吠えで戦況は逆転する。人類を守り、巨人に牙剥く狼の姿に誰もが雄叫びをあげ確信した。

あの強大な化け物は自分達の味方であると。美しい咆哮に魅了された戦士達はその魂に蒼い希望を灯し、戦い始める。

 

蒼狼は大地を踏むとゴライアスに向かって駆け始めた、炉心を伴い巨人へと飛びかかる。

その大きな歩みを守られたばかりのエルフが追う。現れたこの化け物こそが唯一の希望だと信じて、彼女は巨大種同士の闘争に加勢するのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

遠吠えが聞こえる。

それはどこか金属音のように。静かに高く打たれた獣の声は十八階層に凛として響き渡る。

その力は『鋳造』。されど進化した蒼炎と、その中に内包された鉄を打つ能力は既に新たな段階へと至っていた。

 

蒼い火の粉が宙を舞った。

花弁のようにゆらゆらと、遠吠えによって現れた火の粉達は戦場の中を落ちていく。

緩やかな軌道を描き、やがて蒼炎は戦いの中で敗れた戦士達の元へ辿り着いた。

戦場の片隅。化け物に切り裂かれ、砕かれ、無惨にも打ち捨てられた死体達。その傍には彼らがかつて手にした武器、鉄製の得物は血に塗れたまま転がっている。

花弁はかくも落ちて。飛散した飛沫が武器に落ちる。触れた鉄を蒼く染める火の粉は雪のように積もり、溶かす。

 

それは想いでさえ鋳造する神殺しの炎。響き渡る呼びかけに鉄が、心が応える。

数多の無念、幾重にも存在した物語全て。彼らが残した意志、それぞれの武器を蒼炎が打つ。

新しく手に入れた力、先導する巨狼に魂は続く。

溶け落ちた銑鉄は容を成し始めた。

鋳造、新たな『獣』が液状の身体で立ち上がる。

 

 

 

・・・

 

 

 

「数が多いっ…!」

 

 

燃え広がる蒼炎、溢れかえる骸骨兵達。

臨時キャンプとして怪我人達の治療が行われていた森の一角にも炎は迫る。

骸骨兵達は倒しても次から次へ湧いてくる。防衛線を張る冒険者達は休む暇も無い戦闘に息を切らしていた。一体一体を倒す事はそう難しくない、ただ少しでも集中を切らせば濁流のような数の暴力に取り囲まれ串刺しにされる。

 

戦線を維持している冒険者達の中にはリリとヴォルフの姿がある。互いにフォローし合う彼らだが、長く続く戦闘にその動きは悪くなり続けている。せめて背後の怪我人と神様が撤退するまで彼らの闘いは終われない。

だが二人だけでは骸骨全てを相手にすることなど到底不可能だ。

 

 

「やばい、抜けたぞ!!」

 

「ッ…!」

 

 

溢れ出した骸骨数体がキャンプ内に侵入する。

穴が開いた防衛網では既に骸骨兵の全てを防ぎきれない。誰かを殺したのか血に塗れた骸骨が先陣を切って走っている。キャンプ内に降り立った骸骨兵達は武器を構え、その蒼く燃える瞳でまだ逃げていないヘスティアを睨みつけた。

リリとヴォルフが走り出すが此方の距離は遠い。

 

本来、不老不死の存在である神は傷つけられても殺されることは無い。

ただ骸骨兵が纏う蒼炎は神殺し、迫る骸骨を前にヘスティアは感じるはずのない死を感じていた。

遅い大上段に蒼が灯る。リリとヴォルフが手を伸ばす先、恐怖に身を竦ませた女神はただ「助けて」と消え入りそうな声で呟いた。

 

 

『――Grrッ!!』

 

 

誰もが間に合わないと思った。

女神の背後の茂みから弾丸のように現れたのは蒼い狼。鉄製の獣はまるで巨狼の頭身をそのまま小さくしたかのような容姿。

激しく唸りを上げる小炉の蒼獣は飛び出してきた勢いそのまま骸骨兵へ体当たりする。ヘスティアに斬りかかろうとしていた骸骨をその強靭な肉体で押し倒すと、開かれた鉄牙で頭蓋を噛み潰した。

 

現れた一匹の獣。

普通の狼と変わらない体躯、されど鉄と蒼炎で構成された肉体は美しくも強く鍛え上げられており、蒼く白い毛並みが風に揺れる。

その行動は明らかにヘスティアを守るものだった。骸骨兵を屠ってみせた狼は遠吠えをあげる。

その声に応えるかのように続々と狼達が集結し始めた。森の中から現れた10匹程度の群れはキャンプ内に駆け込んでくると神と冒険者を無視し、その圧倒的戦闘能力で瞬く間に骸骨兵達を殲滅した。

蒼狼の群れ、統率された鉄の獣たちは普通の狼と大きさはそう変わらない。一見すると個体差の無い獣たちではあるが、その端々には元になった武器の名頃が確かに残っており、それぞれの見分けがつかなくもない。

 

ぽかんとしていたヘスティアに『蒼狼の群れ』が近づいてくる。

一瞬蒼い炎が目についたが、彼らは確かに自分の事を守ってくれた。正直状況は良く理解できていない。見た目は怖いがそれでも助けてくれた相手だ、目のあった狼にヘスティアは困惑しながら感謝を告げる。

 

 

「えっと…助けてくれてありが――」

 

『『『バウバウバウバウバウッッ!!』』』

 

「えぇ~~~~~~ッ!!?」

 

 

感謝の声を掻き消しヘスティアに詰め寄った狼達は吼えたて始めた。

今まさに助けてくれたはずなのに牙を剥く狼達はヘスティアに食ってかからん勢いで吼え続けており、詰め寄ってくる蒼炎に女神の顔が恐怖でひきつった。

吼える狼達は殺気で満ち溢れているがこちらを襲ってくる気配はない。その本能は神殺しに準拠しているのだろうが、まるで誰かに命令されたかのようにその殺意を抑え込んでいるようだ。

 

 

『グルル…!』

 

『…ッ』

 

 

事態を静観していた耳の赤い狼が強く唸ると群れは吼えることを止め、牙を剥いたままではあるが数歩下がった。彼らにとって神は極上の獲物であるが、群れに所属する獣として上の命令は絶対だ。

どうやらあの赤耳がリーダー格らしい。赤耳は冷ややかな視線でヘスティアに一瞥をくれる。

 

 

「あ、ありが…」

 

『ガウッ!』

 

「無視!?」

 

 

馴れ合う気はないらしい、振り返った赤耳は号令と共に駆けだした。

群れがそれに追従する。蒼い鉄の狼達は編隊を組み、恐れることなく燃える森の中に飛び込むとキャンプに迫る骸骨兵達を狩り始める。

 

統率された化け物達、その目的はヘスティアを守ること。

それはヘスティアの元に化け物が届かないようにするため、素直じゃないが誰かの為に行動するその姿はどこか自分の眷属一人と重なるものがある。

命の危険を感じておきながら、ヘスティアはその背中を見送り目を見開き僅かに笑みを浮かべている自分に気が付いていた。

 

 

「おーい、大丈夫かいヘスティアー」

 

「わっ、ヘルメス!?今までどこに…」

 

「いやぁ僕もそこらじゅう逃げ回ってたんだよ。ふぅ、暑い暑い」

 

 

どこからともなく現れたヘルメスはいつものように笑っているが、その額にはだらだらと汗が流れている。

確かに燃える森の中は極めて暑い。しかしその汗はヘスティアと同じように死の危険を感じたからではないのか、余裕なように繕ってはいるがその内心はかなり焦っているはずだ。

 

神殺しの獣が現れた戦場。

状況は混沌としており、神でさえ何が起きているか把握できていない。

増え続ける骸骨兵達、新たに現れそれを狩り始めた蒼狼の群れ。ダークゴライアスとフェンリルの咆哮が彼方から聞こえている。

神威を持たない神は獣に守られた。反撃の狼煙は各所で上がっていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

とある高台では今まさにゴライアスへ向けて幾つもの魔法が放たれようとしていた。

詠唱中の術者達が襲われぬようその周囲には剣や弓で武装した冒険者達が警護に当たっており、側にはモンスターの死骸と砕けた骸骨兵の山が築かれていた。

眼下では新たに現れた蒼狼が巨人に立ち向かっている。どこからか現れたその巨大な化け物は同族のはずのゴライアスと殺し合いをしており、強烈な攻撃を放ってその動きを食い止めていた。

異常な光景ではあるがあの蒼狼が味方であることは事実だ、少なくとも遠吠えを聞いた者はそう確信していた。

 

 

「お、おい…このまま撃っていいのかよ?あの狼にも当たっちまうぞ」

 

「仕方ねぇだろ、動きの止まっている今しかチャンスはねぇ。あれも巻き込んじまう事にはなるが、これだけの魔法を当てりゃあ流石にアイツも倒せるはず…ッ!?」

 

 

リヴィラの町の顔役、護衛をしているボールスという眼帯の男が呟いたその時。

翼のはためく音と共に顔の無い蛇が上空から近づく。それは最初に現れた三匹のうちの一匹、顔の無い蛇。部位らしい部位の存在しないその蛇は目が見えているかすら解らない、ただ薄皮のような翼でホバリングしながらこちらに近づいてくる。

 

(…襲ってこないのか?)

 

緊張の面持ちでボールスは蛇を見つめる。

どこかその動きはふらふらとしており、殺意や敵意と言ったものは感じられない。

というか通常モンスターにある攻撃するような器官が蛇には備わっていない。勿論その巨体で体当たりしてこようものなら確かに脅威ではあるが、蛇は一定距離以上近づいてこようとはしなかった。

ただ観察されているかのような感覚、上空で滞空する蛇はジッと顔をこちらに向けている。

 

 

「このっ…!」

 

「待っ――」

 

 

弓を持った冒険者の一人が耐えきれずに矢を放つ。

制止すら間に合わず天高く舞った一矢は疾く蛇に向かい、その腹に突き刺さった。

微かに身悶えした蛇が空中で呻く。その腹に深々と突き刺さった矢からは『黄金色の血液』が溢れ出しており、ぽたぽたとボールス達の元へ降りかかった。

 

やがて蛇は苦悶の動きを止め、怒っているのか少し早く羽ばたき始めた。

同時に矢が突き刺さった周囲の筋肉が収縮を始め、突き刺さっていた矢を咀嚼するように内部へ取り込むと傷口からグリンと新たな肉が補填された。

 

 

「なっ…!」

 

 

ただ治ったのではなく、補填された傷口が()()()()()

空いていた穴に補充された肉はその形を変えると人間らしい瞳へとその姿を変える。腹に目の出来た蛇は新造の眼で周囲を見渡し始める。再生、それどころか進化。

やがて蛇は新しく出来た瞳で眼下にいるこちらを見つけると瞳孔を収縮させ、先ほど矢を射かけた一人とピタリと目を合わせた。

 

 

「ひっ…!?」

 

「俺はあいつに魔法を撃つぞ!構わんなボールス!」

 

「…あぁ、いっちょかましてやれ!」

 

 

一人だけ早く詠唱の終わった魔法使いが上空の蛇を睨む。

魔力を溜め込んだ術師は中断させていた詠唱を唱え終えると、白い魔法陣の中から光球を撃ちだす。

威力は充分、強い魔力の籠ったエネルギー弾が蛇に向かった。ホバリングしている蛇は眼球で光を見つめたまま動こうとしない、やがて魔法は蛇に直撃すると強い閃光と共に炸裂した。

一瞬蛇の身体がぐらつく、丁度目が合った部分の肉は完全に吹き飛ばされている。黄金色の血が先ほどよりも多く迸った、その半身を失った身体を見て誰もが殺したと確信した。

…だが、すぐに蛇の肉が巻き戻り始める。

 

 

「っ…あいつも『再生』持ちか!?クソッ面倒な奴が次々と!!」

 

 

やがて蛇の身体が完全復活する。

腹に空いた眼球は再びこちらを見つめ、今度は魔法を撃った術師の事を観察すると若干のタイムラグの後上下する。

今のところ蛇からの攻撃は無い、それでもその異常性をまざまざと見せつけられ冒険者達は身構える。

 

上空で羽ばたき続ける蛇の身体は沸騰を始め、ブクブクとその肉が泡立ち始めていた。

やがて地面を見下ろしていた眼球が破裂する。空いた空洞が横に開き、今度は白い歯と舌が生えてくる。

 

 

「今度は口か…何!?」

 

 

だが一つでは無かった。

その体表に幾つもの口が開く。蛇の身体は口というパーツの集合体のようになり、不規則に並んだそれぞれの口が産声をあげている。()()()()()()()()()()()()()()()()()と気が付いた時にはもう遅い、化け物は変化を終えていた。

 

奇妙、いやおぞましい怪物。部位の存在しなかった蛇は幾つもの唇を震わせる。

不死身の赤子はやがて泣き止むと全身を覆った口で一斉に息を吸い、おもむろに「詠唱」を始めた。

 

 

『『『『『――――』』』』』

 

 

展開された幾つもの白い魔法陣が蛇の周囲を取り囲む。

それは途方も無く折り重なった魔法の集合体、数えるのが馬鹿らしくなるほど多い魔法の同時詠唱。幾つもの口によって詠唱される詩は余りに巨大な輪唱を奏でた。何より支える魔力が膨大過ぎる。とても人間には扱えない量の魔力をその蛇はたった一匹で支えている。

 

 

「まずい…伏せろッ!!」

 

 

ボールスが周囲の冒険者達に呼びかけ、全員が地面に伏せた。

直後空中にいる蛇を起点にして恒星の如く大爆発が巻き起こる。吹き寄せる熱波は髪を逆立て、巻き起こる砂塵によって視界は奪われた。

地に伏せた冒険者達の背が焼ける。やがて閃光が収まり視線を上にあげると高台は焦土と化していた。もし伏せていなかったら足首を残して溶けていただろう、あれほどの爆発の中を冒険者達が生き残れたのは完全に僥倖だった。

 

身体を起こしたボールスは周囲の凄惨さに目を見開くと、先程蛇に矢を放った男に目を止める。伏せたその男の背中には先ほど放ったはずの矢が深々と突き刺さっていた、男は伏せたままピクリとも動いていない。

矢も、魔法も、意趣返しということだろうか。思えばあのモンスターは、こちらがしたことを全てそのままし返してきている。

 

 

「クソッ…何なんだいったい…!」

 

 

上空を羽ばたく蛇をボールスは見送る。

新しく出来たばかりの瞳で眼下を見下ろす蛇は楽し気に飛び回る。地上では人と魔物、蒼狼と巨人の激しい戦いが続いている。そんなことにお構いなしに顔の無い蛇は、新しく手に入れたおもちゃで遊ぶかのように歌い始める。

 

 

『Te――KeRrr――――』

 

 

 

・・・

 

 

 

その爪の一振りが蒼起三爪、その牙の示す先が八ツ白牙。

巨人に飛びかかる蒼狼は硬皮に白く燃え上がる牙で噛みつき、蒼い焔の灯る三本爪で切り裂く。纏う蒼炎がゴライアスの身体を燃やし続け、繰り出される痛烈な一撃にゴライアスの身体から血が噴き上がった。

蒼狼・炉心。鉄の巨狼は空気を焦がし、熱を噴き上げ、黒色の巨人と殺しあう。 冒険者達が周囲にいるとはいえ、ゴライアスとほぼ一対一で戦い続ける狼の戦闘能力は他に類するものなどいない。

 

 

『GRAAAAAAッ!』

 

 

その肩口に飛びついた巨狼がガパリと口腔を開いた。

並んだ超大な犬歯。鉄で出来た牙は白く燃え、その奥には灼熱の炉心が蒼く輝いていた。

ゴライアスの腕の付け根に巨狼が噛みつく。食らいつく鋭い牙が硬皮を貫き、肉に食い込む。その口内に鮮血が溢れ、血煙と蒸発させた。

もう片腕でめちゃくちゃに殴りつけてくるゴライアスの抵抗を無視し、そのまま更に力を込めると噛み千切りにかかった。

燃える牙が肉を切り裂きグググと閉じていく。やがてボギンッと骨ごと砕くとダークゴライアスの腕を完全に食い落とした。

 

 

『オオオオオオオオォォッ…!』

 

 

血が噴きあがり、切り離された腕が地面を転がる。

片腕を落とされたダークゴライアスは悶絶の声をあげ傷口を押さえつけると、最大の脅威である蒼狼の姿を憎悪と共に睨みつけた。

強靭な鉄の身体と、それに見合わぬ俊敏性。

炉心からは絶えず蒼炎が産み出され続けている。今まさにゴライアスの腕を千切った巨大な牙が血煙を漂わせ、殺気に満ちた視線でゴライアスに唸り声をあげる。

 

向かい合う二匹の怪物。

戦場の中心で行われる巨大種同士の闘争はとにかく規模が大きい。両者の攻撃によって岩山が抉れ、大地が深く割れ、木々を薙ぎ倒し周囲を無差別に爆撃しながら超大の一撃を応酬しあっている。

 

今のところ戦局は狼が圧倒していた、その俊敏さにゴライアスの攻撃は中々当たらない。

だがダークゴライアスの異常なまでの再生能力はフェンリルの猛攻さえ超えており、今まさに断ち切ったはずの片腕も徐々に戻りかけている。

獣の権能。神殺しの炎ではその不死に等しい肉体を殺し切ることは難しい。持久戦ではダークゴライアスに勝つことは絶対に不可能だ。

 

 

『オオオオ…!』

 

『…!』

 

 

息を吸い込んだ巨人の身体に力が入る。

それは咆哮の予備動作。破壊力のある音の砲弾はゴライアスの攻撃の中で最も速く、避け辛い。

放たれる咆哮が迫った。強く大地を蹴った巨狼は斜めに走りだすと、咆哮をかいくぐって巨人に近づく。その背後では避けられた咆哮が幾つもの爆発を起こし視界を揺さぶった。

 

光の明滅を紙一重で避け、力強く四足が駆ける。

近づくゴライアスとの距離。黒い肌、赤い双眸、完成された肉体。

狙うは首。今のところ奴に与えた傷は全て塞がれ腕さえ再生されたが、流石に首をもぎ取ってやれば少しは堪えるはずだ。

牙を剥いた巨狼はその蒼く燃える瞳孔で狙いを定める。強く大地を踏み、咆哮を飛び越えると口を開く。蒼き三爪が振り下ろされた。

 

 

『ッ!』

 

 

眼下のゴライアスは完全に狼の事を待っていた。

腕を広げた巨人は狼の動きを読んでいる、その跳躍はかなり安易であり偶々だろうが。

僅かに身体をずらしたゴライアスが蒼狼の腹を抱く。二本の強固な腕から抜け出そうと抗うが、抜け出せない。

 

 

『GAッ…!?』

 

 

そのままのサバ折り。

肉体を惜しむことなく使った関節技、巨人の全体重が蒼狼の腹にかけられた。

重い一撃に潰されかけるが何とか耐える。かかる激痛に空気が漏れ、銑鉄が吐き出される。

雄叫びをあげゴライアスは、動きの止まった蒼狼を高く掲げると若干の助走をつけ遠く彼方に投げ飛ばした。

 

巨体が宙を舞う。

鉄の狼は100メートル以上吹き飛ばされ、背中から地面に激突しバウンドするとリヴィラの町の外壁を破壊して着弾する。

その勢いのままに狼の身体が転がると建物やテントを破壊し、土煙をあげて停止した。

 

 

『…ッ』

 

 

視界が開け、瓦礫の中から蒼狼が立ち上がる。

巨人の重い一撃によって全身を覆っていた鎧皮は酷く砕かれており、全身から液体状の蒼い銑鉄がとめどなく流れている。

半壊したリヴィラの町の中心。痛みに激怒する狼は牙を剥き、よろめきながら瓦礫を抜けると倒れされた外壁の隙間から遠くゴライアスの姿を見た。

かなり吹き飛ばされてしまったらしい。眺めた巨人は今なお冒険者達と戦っている、魔法の閃光が空中で煌めき巨人の身体を爆破していた。

すぐに戻らなければダークゴライアスの矛先が「誰か」に向きかねない。

傷ついた身体で一歩前に踏みだしたフェンリルの前に、おもむろに空より現れたそれは目前で羽ばたく。

 

 

『Grr…!』

 

『rr?』

 

 

顔の無い蛇。

身体中に口を纏う異形の龍は目の前で羽ばたき、その金色の瞳で興味津々といった様子で狼の事を見つめている。

蒼狼が唸る。一切怯むこと無い顔の無い蛇はむしろ全身で笑みを浮かべ、まるでじゃれつくように蒼狼へとその全身を躍らせた。

 

 

『rr――!』

 

 

遊びに構っている暇は無い。

巨狼は飛びかかってくる蛇に殺意を向けると躊躇いなく爪を走らせる。溢れ出した金色の血が空中に飛散させた。

苦し気な声を漏らした蛇は悶絶する。翼を羽ばたかせ空中に逃げると今度は忌々し気に狼の事を睨みつけ、ダークゴライアスの如く再生能力で傷を治すと今度は殺意を持って飛びかかってきた。

 

 

『G…ッ!?』

 

『Syrrr…!』

 

 

再びの爪攻撃を蛇は避ける。

身体をしならせ飛びあがった蛇は長い体躯を伸ばし、狼の身体に完全に絡みつくとその動きを束縛した。

スーと蛇の全身に付いた口が一斉に息を吸い込む。

 

 

『『『――――』』』

 

 

同時詠唱、現れる無数の魔法陣が狼と蛇を包み込んだ。

視界を覆う白色の魔法陣、全身に固く絡みついた蛇の詠う輪唱。

コイツ自爆するつもりだ。危機を感じた時にはもう遅い。絡みついた蛇の身体を振りほどくことは既に不可能であり、仮に逃げられたとしてももう間に合わない。

 

歌が終わった。

刹那、魔法陣が輝きを増し炸裂する。ピカリという閃光の後、遅れて轟音が響き渡った。

それは恒星の顕現。無限の魔力が流れる黄金の血、狼を巻き込んだ蛇の自爆はまるで星の終焉のように僅かな余韻を残してリヴィラの町を消滅させた。

 

 

『rr…Ksyrrr…』

 

 

凄惨なクレーターの中心、残ったモノはズタズタになった蛇の肉片のみ。

盛大な自爆は蛇の身体を粉微塵になるまで壊している、だがその再生能力があればたいした問題ではない。

既に身体の再生の始まった蛇は生えたての翼でよろよろと空中を飛んだ、クレーターと化した周囲をキョロキョロと見渡すと狼の痕跡を探した。

 

 

『GAAAッ!!』

 

『rr!?』

 

 

急降下と共に振り下ろされた爪が蛇の翼を切り裂いた。

上空に跳躍していた蒼狼は隙だらけの蛇の翼をもぎとる、血が噴き出し二対の翼が地面に落ちる。

その身は決して爆発を避けられたわけじゃない。自爆に巻き込まれた鉄の身体からは幾つもの鉄片が剥がれ落ちており、先ほどよりも酷い傷を負っている。

 

流れ落ちる銑鉄をお構いなしに蛇の身体を踏みつけた巨狼はその牙を大きく開いた。

もがく蛇の頭部に噛みつくと全身の力を込めて引き千切る。首をもがれた蛇は悲鳴をあげ痙攣するともんどりうって抵抗し始めた。

既に頭部の再生は始まっている。口内の肉片を吐き捨てた巨狼は爪で押さえつけた眼下の蛇を冷静に観察すると再び口腔を開いた。

 

その奥に覗く炉心が滾る。

感情をくべる蒼き炎は激情に任せボウと燃え上がった。開いた牙の合間から火の粉が噴き上げる、放たれる焔の吐息が空気を焼き払うと火炎放射のように蛇の身体を焼き始めた。

猛火のブレス。至近距離から放たれる炎熱に蛇はもだえ苦しみだす。炎は再生能力を上回り徐々に蛇の身体を燃やすと血肉を蒸発させ消し炭にした。

頭部を失ってなお蛇は最後まで抵抗を続けていたが、流石にその能力は死者蘇生とはいかないようで灰からの復活は出来ないようだった。

 

 

『…r』

 

 

最後の肉の一片まで灰化させ、残った黒炭はもう再生しない。

火を放ち終えた狼は慎重に蛇を殺したことを確認すると、念のため黄金の血だまりを焼き払う。今度こそ全壊したリヴィラの町の中心から狼は走り始めると、改めてゴライアスの元に向かうべく辛うじて残った外壁を飛び越えた。

傷は深い。それでも巨狼が戦わなくてはゴライアスの攻撃が『誰か』に向きかねない、急がなくては誰かが死ぬ。

 

 

『アオーン!』

 

『…?』

 

 

走り出そうとした巨狼の元に、一匹の小狼が遠吠えをあげながら駆けこんできた。

首元の黄色いその狼は群れの中で伝令役を任された個体。蒼い炎を纏った狼達はみな巨狼の作り出した眷属であり、その全てに化け物を殺し「人」を守るように命令している。

群れ長である巨狼を前に息も絶え絶え辿り着いた黄首は耳を倒し、尻尾を垂らして報告をし始める。

 

 

『ウー…ガルルルル…!』

 

『…Grr?』

 

『ガウ』

 

 

どうやら緊急事態らしい。

森の中で暴れる巨大スケルトンに群れは苦戦しており、既に何匹か殺されてしまっている。

小狼の単体の戦闘能力はかなり高い。だが話を聞く限り巨大スケルトンとでは相性が悪いようだ、どうも爪や牙では効果が薄い。

 

助けを求め、服従の姿勢をとったまま動かない小狼を見下ろした巨狼は考える。

恐らく小狼達だけで巨大スケルトンを倒すことは不可能だ。しかし今ここで俺がゴライアスの相手をしなかったら被害が増し…その中に友人が入る可能性は否めない。

 

 

『GA…!』

 

『グゥ…ガウ!』

 

 

今はとにかく足止めしてもらうほかないだろう。

指示を出すと頷いた黄首は振り返り元来た道を駆け戻り始める、あいつから他の群れの個体に伝令が伝わるはずだ。

18階層に散らばった群れも一か所に集まりつつある。どうやら残った化け物はダークゴライアスと盃骸骨の二体のみ、あの最も強大な化け物を倒すことが出来ればこの戦争は終わる。

 

炉心の巨狼は駆け始めた。

全ては大切な仲間のため、その蒼炎は濃く燃え上がり空間を焼き払う。

巨大な体躯が戦場を走った。太く流線型の鉄爪が大地を蹴る、神殺しの獣は新たに手に入れたその身で闘争の坩堝に飛び込んでいった。

 

 

 

・・・

 

 

 

燃え盛る森の中心。

屹立する巨大骸骨の担いだ盃から蒼炎が零れ落ちる。飛散した火の粉は大量の骸骨兵を落とすと共に周囲を焼き払う。

在り方は災害そのもの。嗤うガシャ髑髏は地団駄を踏み、破壊を撒き散らしながら進行する。

 

その周囲では骸骨兵と狼達の攻防が繰り広げられている。

30体ほどの蒼狼の群れは連携して増え続ける骸骨達を狩っており、半数は果敢にも巨大スケルトンの足元に飛びかかっている。

蔓延する炎に木々が燃え、揺れる大地には煙が充満する。だが骨の骸骨にも鉄の狼にも関係ない。化け物同士の争いは苛烈を極めていた。

 

 

『ガルルッ!!』

 

『――――』

 

 

狼の一匹が巨大スケルトンの脛にかじりつく。

その牙は鉄、頭蓋を容易く噛み潰すほどの力を持つ顎。だが巨大スケルトンの骨身は他の骸骨よりも固い。

巨大スケルトンの歩みは止まらない。周囲を取り囲んだ狼達は唯一攻撃の届くその足に噛みつき、爪で攻撃するが、ダイヤモンドのような骨には傷一つついてはいなかった。

踏み潰されそうになった数匹が慌てて逃げる。その巨大な足が触れると地面が強く振動し木々をなぎ倒した。

 

その歩みの向かう先はダークゴライアス。

周囲を取り囲んだ狼達は必死になってその足を止めようとしているが傷をつけられないのではどうしようもない。

 

 

『――――』

 

『ギャンッ!?』

 

 

今まで何の反応も示さなかった巨大骸骨はふと鬱陶しさを感じたのか、脛にかじりついたままだった狼の一匹をむんずと掴む。

片手で盃を支えたまま掌の中の狼を持ち上げ、そのまま高く顔の前に持ってきた。

高い身長に仲間達は助けることすらできない、骨の指に強く拘束された蒼狼はもがくが抜け出せなかった。

そのまま巨大スケルトンはいらない玩具を捨てるかのように狼を足元に叩きつける。

ガシャンという金属音と共にバラバラになった狼の身体が銑鉄を噴き上げて転がった。ああなってしまってはもう再起動は不可能だ、事実上の仲間の死に狼達は若干怯む。

 

 

『ガウッ!!』

 

『ガァッ!?』

 

 

またも腕が上から伸びてきていた。

仲間の声が轟いたがもう遅く、近づいている巨大な骨の指に気が付かず狼が一匹捕まった。

上に持っていかれたら終わりだ。何匹もの狼がその拳に飛びかかり、牙を突き立てるが巨大スケルトンが動じている様子はない。

このままでは仲間が死んでしまう。それでもどうすることもできずに、狼達は悔し気な表情で牙を剥き持ちあがっていく掌から離れるしかできなかった。

 

 

「――その手を離せッ!」

 

 

走り込んできたのは白兎。今まで戦場を渡り歩き、狼と同様に骸骨兵を狩って来た少年は遂にその大本へ辿り着く。

ボロボロになったサラマンダーコートをたなびかせ、疾風迅雷の如く速さで燃える森の中から飛び出してきた少年は高く跳躍すると、巨大な骨の掌を強く蹴りつけた。

 

 

『――――』

 

 

強く押し込んだ打撃に巨大スケルトンが怯み指を離す。

ベルが着地すると同時に拘束を解かれた狼が地面に落ちた。もんどりうって蒼狼は転がったが死は免れたらしくよろめきながら立ち上がる。

 

思わず化け物を助けていた少年は目を細める。

周りに無数にいる狼達に視線を向けるが殺意は感じられない。人間を襲わないモンスターなんて初めてだ、そんな存在がいるのか僅かな困惑と迷いが少年に走る。

再び巨大スケルトンが一歩を踏んだ。迷っている暇は無い、ナイフを構えるとベルは狼達と共に厄災に立ち向かおうとする。

 

 

『…』

 

「わっ!ちょっ、何!?」

 

 

だが不意にサラマンダーコートが後ろからぐいぐいと引っ張られた。

慌てて後ろを見ると耳の赤い狼がコートに噛みつき首を振っていた。

ベルが振り返った事に気が付いたのか赤耳は口を離すとまっすぐに少年の瞳を見つめ、『ガウ』とだけ告げると背を向け歩き出してしまった。

取り残された少年は戸惑うが、何となく言っていることが解るような気がした。

 

(ついてこい、って事なのかな…?)

 

振り返った巨大スケルトンは狼達が抑えてくれている。

考えているうちに赤耳はドンドン前に行って進んでしまっている、動揺しながら少年は狼に導かれるまま燃える森の中を走り出した。

 

 

 

・・・

 

 

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

巨大な二匹の化け物。

闘争は炎熱を孕み、破壊を巻き起こしながら収束する。

蒼狼(フェンリル)巨人(ゴライアス)。怪物達は神話に詠われる終末戦争の一端を再現し、血で血を洗う殺し合いを繰り返す。

既に狼の呼吸は荒い。今まで幾度となく飛びかかり巨人の肉体を傷つけてきたが、その回復能力を前にただ攻撃回数を重ねることしか出来ない。

カウントが増える度に僅かに残った理性が消えかける、どちらにせよ持久戦は望ましくない。炉心へ更なる感情をくべた巨狼は(たけ)く唸り声をあげると巨大な四足で強く大地を踏みしめた。

 

振るわれるクレーンのような腕をスライディングして潜り抜ける。

地面に擦れた爪先から火花がたった。勢いよく距離を詰めた蒼狼はしなやかな動きで跳躍すると、激情のままに牙を開きその首筋に噛みつく。

太い首は一噛みでは落とせない。幾度となく噛みつき筋糸を切る、顔を覆った血肉が燃えて鉄臭い臭いを立ち昇らせる。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

『Gッ…!?』

 

 

ダークゴライアスの強烈な反撃が腹部を襲う。

10m以上身体が吹き飛ばされた蒼狼は着地すると、口内に残っていた肉片を吐き捨てる。再び臨戦態勢を取りダークゴライアスを睨みつけると、あれほど噛んだ首筋の傷も既に完治が近い事が解った。

どうしても首を断ち切ろうとすると隙が大きすぎてゴライアスから反撃を喰らう、かといって腕を落としても再生されてしまうし至近距離の反撃を防ぐ術がない。

やはりゴライアスそのものを消し飛ばす程の一撃が無ければ勝つことは難しい。

苦悩、蒼狼が考える目前でゴライアスがドッと地面を踏んだ。

 

 

『オオオオオオッ!』

 

 

巨体が宙を浮く。

固く握りしめられた巨岩の様な両拳が振り下ろされ、狼へと迫る。

純粋な破壊。まともに喰らえば潰れかねないアームハンマーをすんでのところで躱した蒼狼は着地隙の生まれたゴライアスの足首に食らいつく。

鋭い牙がアキレス腱を切り裂いた。悶絶の声をあげる巨人を無視し、巨狼はかみついた足首ねじ切ると距離を取った。

所詮時間稼ぎにしかならない。もぎとった巨大な足首を吐き捨てた蒼狼はどうにかして奴を倒せないか思案を巡らせ始める。

万事休すか、悔し気に歯噛みする蒼狼の耳が何かを捉える

 

――リン…リン…。

 

それは微かな鈴の音。

獣耳をたてた蒼狼は燃える瞳で振り返ると、音のなる方へ視線を向ける。

そこにいたのは白い小英雄。巨剣を構え、迷いなく歩むその少年は透き通った紅の瞳でゴライアスを見据えていた。

 

――ゴォン…ゴォンッ…!

 

英雄願望。徐々に大きくなっていくその鈴の音はやがて大鐘楼へと進化を遂げる。

その能力は「力の蓄積(チャージ)」。見たことも無い大剣を構えた少年は、その器に溢れんばかりの力を蓄えながらゆっくりとこちらに歩いてくる。

光の化身のような姿は既に数多の戦場を駆け抜けボロボロとなっており、とても英雄と呼べるほどカッコイイものじゃない。だがその序章としてはどうか。打ち鳴らす鐘の音の中、人ならざるものの戦いに足を踏み入れようとする在り方は正に英雄そのもの。

 

蓄えられた力はもはや想像も出来ない程の量になっており、ベルという回路を発光させてなお増える。あの力さえあればゴライアスを倒すことが出来るかもしれない、その一撃に限り少年は世界一の英雄を超える。

だがそれはゴライアスも感じ取ったらしい。復活した足で立ち上がると鬼神のような表情を浮かべ、一番の脅威であるベルに向かって走り出した。

 

 

『GAAッ!!』

 

『ゴォッ!?』

 

 

駆ける巨人の横腹に蒼狼が体当たりする。

邪魔はさせない。よろめいたゴライアスが尻餅をつく、体当たりを成功させた蒼狼は空中で一回転すると丁度歩いてくる少年の隣に着地した。

 

大きな化け物と小さな英雄が並び立つ。蒼と白の両者はその在り方からして真逆であり、本来ならば協力し合う運命には無かった。

力を貯めながら見上げてくる少年を狼は視線を合わせるように見つめ返す。目の前では冒険者達によってゴライアスへ総攻撃が仕掛けられている。足止めにしかならないが勝機を感じ取った冒険者達の行動は正しい。

その身は怪物なれば。再会を喜びあう資格も無く、蒼狼はただ少年が無事であることを安堵した。座った蒼狼は微かに尻尾を揺らす。これで知人は全員確認できたと言っていい、解消された不安に狼は思わず息をつくと肩の力を抜いていた。

 

 

「あ、あのっ!」

 

『…?』

 

 

少年が話しかけてくる。

首だけそちらに向けた狼は発光するベルの必死な表情を見下ろした。

 

 

「その…モンスターにこんなこと言うっておかしいと思うんですけど、というか多分伝わってないのに意味無いかもしれませんけど!」

 

『?』

 

「それでも――助けてくれてありがとうございます!」

 

 

そこには変わらないベル・クラネルの姿があった。

感謝と共に向けられる感情は決して敵視するようなものじゃない。その身が例え化け物であったとしても…少し嬉しかった。

 

のそりと立ち上がり隣の少年に顔を近づけた蒼狼は鼻先で大剣の腹をつつく。

驚愕の表情を浮かべる少年の手の中で、大剣は蒼く(カタチ)を変形させていくと更に鋭く鍛え直された。新たに手にした規格外の業物を手に少年の覚悟が改まる。

これが狼に出来る精一杯の恩恵。こっちはお前に任せた、そう心の中で告げると蒼狼は戦場に背を向ける。

 

 

「道を、開けろぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

少年の叫びを聞きながら、蒼狼は自分の最後の役割を果たしに行くのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

ではその獣は一体何者なのか?

怪物でありながら人を守り、怪物を殺す手助けをする。

その正体は神殺しの獣であり、それ以上でもそれ以下でもないはずだ。

 

両橋夏目は今なおその欲求に抗っている。

神に仇名す運命にあった男はあろうことか女神の為に、仲間の為に戦っていた。

その正体は猟奇殺人鬼に他ならない、今更仲間だとかそんなことを言っていい存在じゃない。余りにその手は血に汚れ過ぎた。

 

何者なのか、何の為に戦うのか。

両橋夏目は矛盾している。その在り方は余りに幼稚で…救いようがない。

例え何を成そうが、何を守ろうがそれは功績にはなりえない。

 

人にも、化け物にもなれなかった出来損ない。

その正体はどこまでも愚かで、矛盾した半端者に他ならない。

例え世界が終わるとしても、その未熟さゆえに今なお迷っている。

全てがティアマトの言う通りに。

 

(それでもッ…!)

 

華の髪留めをつけた女神と、今まで出会った仲間達。

変わらない日常は代えられない。誰かを犠牲にした平和など意味があるとは思えない。

例えその身体が化け物であろうとも、譲れない戦いがここにはあった

 

 

『Grr…!』

 

 

巨狼は大地を踏む。

辿り着いたのは森と戦場のはざま。背後では英雄がゴライアスを相手におとぎ話を紡いでいる。

大地を揺らし、木々を踏み倒して現れたのは巨大なスケルトン。蒼い瞳を灯す怪物は大量の生が集まる戦場を目指しており、もしも二体の怪物が合流してしまったら本当に手に負えなくなる。

ここで食い止めるしかない。蒼炎を撒き散らして進むスケルトンの前に巨狼は立ちはだかった。

 

その産まれは化け物。

蒼炎と鉄を撒き散らす狼は神殺し、されど炉心にくべる信念は友の為に。

銑鉄が滾る。上がっていく炉内の温度。見上げた巨大スケルトンの歩みを止めるため今、獣性を解き放った。

 

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』

 

 

走り出した蒼狼の身体が蒼く輝き始める。

力の滾りに任せた覚醒は容となり、狼の身体を包み込むと溜め込んだカウント全てを燃やした。

鋳造。鉄を操る狼は炉心から銑鉄を溢れさせ、流れ出す。地面に蒼い軌跡を残すその疾走はまっすぐに巨大スケルトンを目指し、咆哮する。

空気が焦げていた。噴出するアドレナリンによって瞳孔は見開かれ、心臓は熱い血液をかき回すように爆音を立てている。

溢れ出す力の奔流の中で狼は地を駆け、天を衝く。

 

かつて人は何故鉄を打とうと思ったのか。

それは神を殺すため。大自然の中で生き延び、のたまう化け物と災害に抗うため。産み出された鉄という存在そのものが神殺しの象徴に他ならない。

 

その真価は鉄の高速鋳造。

 

 

『――――』

 

 

スケルトンの巨大な腕が緩慢に伸びる。

駆け抜ける巨狼は銑鉄を零しながら、掌を避けると跳躍した。

骸骨の胸に巨体が飛び込む。輝きは止まらない、その炎は遂に最高潮を迎え摂氏何千度に到達し自らの身体さえ溶かし尽くす。

牙が胸骨に触れる瞬間だった。巨狼の身体は融解し、蒼く液状化すると()()()()()()()()

 

その身は液状なりて。

骨の身体を銑鉄がすり抜けていく。極限まで熱された鉄が骨の身体を濡らし、焦がした。

通り抜けた液状の鉄が再収束を始める。その間僅か一秒足らず、自分の身体を液化させた蒼狼は再び自らを鋳造するとスケルトンの背後に降り立った。

スケルトンの身体には大量の銑鉄がこびりついている。目的を果たした狼は天を仰ぎ、気高くも孤独に遠吠えをあげた。

 

それは故郷への郷愁。

零れだしていた銑鉄はそれに応え、鋳造される。

 

 

『AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ…!』

 

 

突き上げる剣の森。撒き散らされ、液状だった銑鉄から一斉に噴き上げた刃は巨大樹となりて空間を切り裂く。周囲一帯から伸びた刃先は成長し、やがて視界を覆った。

体内から現れた鉄塊に巨大スケルトンは瞬く間に爆散し、担がれていた黄金の盃も剣先に埋もれて見えなくなった。

 

――『蒼獣住まう剣の森(ニグラス・アイアンワークス)

 

世界の顕現。

鉄刃で出来た牙の森は広く狼を中心に鋳造された。それは一種の結界とも言えるかもしれない、地面から生える刃の大樹達は広く景色を造り変えた。

刃の森。生み出した美しい鉄の世界の中心で巨大スケルトンを圧殺した巨狼は天を仰ぐ。

そもそもあの化け物は何だったのか。その答えを探し、樹海に造られた刃の天蓋を見つめる巨狼は目を見開いた。

 

この日、運命は『変質』を始める。

 

 

 

・・・

 

 

 

ダークゴライアスを倒した後、突如として現れた剣の森の中をベル達は進む。

鋭く巨大な刃が立ち並ぶ鉄森の中は視界が悪く、注意深く進まなければ怪我をする。

ここが巨狼の行く先だったはずの場所だ。巨大スケルトンもいつのまにか消えており、真相を確かめるためにベル達はその中心に進んでいた。

 

刃を避け、僅かに残った雑草を燃やす蒼炎を通り抜けたベル達は遂に森の中心へ辿り着く。

そこは僅かに開けた空間。巨大な骨の残骸が転がる剣の森の中心地には既に誰かがしゃがみこんでいた。

 

 

「リョナさん!?」

 

「ん?おおベル、久しぶり」

 

 

黒コートを纏った青年が振り返る。

遭難したはずの彼は余りに呆気なく、いつも通りにそこにいた。

だが…どこかその表情には切り詰めたような真剣さがある。

 

 

「な、何でここに!?」

 

「あー…俺も戦ってたんだがたまたま会わなかったっぽいな、心配かけた」

 

 

18階層は広い。

もし反対側にいたとしたら気が付かないこともあるだろう。

ともあれ仲間の無事に安堵しベルは再会を喜ぶ。これで心配していた神様も落ち着いてくれるだろう、ふとベルはリョナの背後の地面に誰かが寝かされている事に気が付いた。

 

 

「…!?」

 

 

そこにいたのは少女。

空色の髪、サイドテールを結わう王冠型の髪留め。

美しい顔立ちと童子の様な体格、身に着けた黒いドレスはまるで姫のように。

気絶しているらしい少女は非人間的な美しさを纏い、瞳を閉じて気絶している。

この世ならざる美少女、人間を超えた器。されど美しい面影にはどこかリョナに似ているものがあるようなそんな気がした。

 

 

「リョナさん…その子は…?」

 

「あぁ。こいつは――」

 

 

見下ろした少女にリョナは渋い表情を浮かべる。

どこかその表情には苦笑と呆れが入り混じり、それ以上に不安が占めていた。

少女がもたらすものは希望か、絶望か。軽く笑うリョナはあっけなく現実を告げる。

 

 

「――こいつは両橋・エリア・リップアウト。俺の妹だ」

 

 

 

・・・

 

 

 




てわけで第一章完!自分的にはここで一度物語は区切りとなります。(というかアニメに合わせてた)
まー新しい力だったですしもうちょっとリョナに無双させたかった感はあるんですけど、流石にベルの英雄願望を潰せないからなぁ。展開にちょっと心残りはある、まぁフラグ的には完璧何ですが。

ともあれ現れた『彼女』によって物語はここから更に加速します。果たして神殺しの獣の選択はいかに。
これから第二章も鋭意執筆していきますので応援よろしくお願いします!
ではではー!
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