このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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てわけで過去編です。何故両橋夏目は人を殺すようになったのか?みたいな。
特にいう事も無いのでほんへ


 両橋・エリア・リップアウト

 

 

・・・

 

 

 

あれから一日が経つ。

18階層で起きた事件から俺達は無事地上に戻ってくることが出来た。

久しぶりに見た空は茜色に染まっていた。新鮮な空気が甘く口の中に広がることに安堵しつつ、俺は真っ先豊穣の女主人へ向かうとハティのことを迎えに行った。

 

泣きじゃくる少女との再会は余りに悲しくて、涙が止まらなくなるほど嬉しかった。顔中涙と鼻水塗れになった愛娘を抱きあげると、くぐもった泣き声が胸を濡らし始めた。

それから面倒をみてくれた豊穣の女主人の面々に頭を下げに行ったのだが、その間ずっとハティは俺にぴったりと張り付き離れようとしなかった。

 

 

「…」

 

 

腕の中では泣き疲れたハティが穏やかな寝息をたてている。

夜闇と静寂で満ちた自分の家。ベッド脇の椅子に腰かけた俺は、抱いた銀髪をゆっくりと撫で息をつく。無事に帰ってくることができた安堵と疲労感が全身を覆い、目を閉じれば今すぐにでも眠れそうだ。

 

ティアマト・イフ・ニグラスから告げられた真実。蒼狼となり戦い抜いた戦場。様々な事が起き、死者も多数出た一連の騒動。

衝撃の連続に俺は肉体、精神共に疲弊していた。決断を先延ばしにすることは出来たが、後味の悪い焦燥感だけが残されていた。

 

魔石灯の明かりがぼんやりとベッドを照らしている。

そこに寝かされていたのは空色の髪をした美しい少女『両橋・エリア・リップアウト』。

18階層から背負ってきた彼女は意識が無いままであり、微かな呼吸で掛け布団を揺らし続けていた。

もはや懐かしさすら覚える妹の寝顔に俺は再び息をつく。掛け布団をめくり余ったスペースにハティを寝かせると、泣きはらした目元を拭って微笑んだ。

 

 

「…ふぁ」

 

 

欠伸を浮かべた俺は特徴的な空色の髪を見下ろす。何故コイツが18階層にいたのだろうか。

両橋・エリア・リップアウトなんて長い名前だが、コイツが俺の血の繋がった妹であることは間違いない。神殺しとは思えない華奢な身体の彼女と出会ったのはもう何年も前の話だ。

ベッド脇に腰かけた俺はゆっくりと思い出し始める。出来損ないとして産まれた、全知全能の妹との出会いを。

 

 

 

・・・

 

 

 

――あれはまだ俺が6になったばかりの事だ。

 

 

「…妹、ですか」

 

「そうだ」

 

 

庭園を望む大広間の中心。着物を流し畳の上に正座した少年は、遠くに坐した男の顔を見上げる。

厳めしい表情を浮かべた偉丈夫。白髪の混じり始めた短髪、壮年を過ぎ皺の寄り始めた肌。それでも男の体躯は40を過ぎたとは思えないほど強靭であり、纏った藍色の着物で解り辛いがその体格は異様なまでに発達している。

…俺は父、『両橋弧十郎』と相対していた。

 

 

「しかし父様、母様は私が生まれた時には…」

 

「当然だろう愚か者が、死人(しびと)と子は出来ん」

 

「…申し訳ございません」

 

 

身体の弱かった母親は自分を産んですぐに死んでしまった。

故に俺は母というものを知らない。知っているのは様々な勉学を押し付けてくる従者と退屈なばかりの学校、そして時折このように呼び出してくる常に厳しい顔をした父親。

だが感傷は抱いたことが無い。両橋に弱者は必要なく、血を受け入れる事の出来ない不完全な母体は死んで当然なのだから。

 

深く頭を下げた俺は目を細め罵ってきた弧十郎の気を見計らうと、顔をあげる。

決して不快にならない表情を作り、見下してくる父親の瞳を無感情に見返した。

 

 

「…どこぞの貴族の娘との子だ、昨日産まれた」

 

「…そうですか」

 

 

そんな話今まで聞いたことは無かった。こいつに俺の母親以外の妻がいる事も、顔も知らないその人が妊娠していたという事も今まで伝えられたことも。

 

だが弧十郎の思惑など解らないし、既に40は超えている弧十郎が今更になって子を成すことに驚きはない。

…弧十郎が俺に話をする時は「両橋」としてだけだ、長男の責務という名のくだらない会食に呼び出されたり政治的に利用されたり…否、それだって従者を通してであり直接言われるわけではなかった。

 

しかし時折このように、特に重要な事がある場合のみ弧十郎はこのように俺を呼び出し自ら用件を伝える。

…まぁ家族が増えることが弧十郎にとって重要な事なのかは知らないが、何かしらの意味はあるのだろう。

 

 

「ついてこい、今から会わせてやる」

 

「…はい」

 

 

細いが筋肉質な腕で畳みを押した弧十郎が屹立するのに合わせ俺は立ち上がる。

 

広間を横切り襖の前に立った「現両橋家当主」に合わせ、向かい側にいた着物姿の侍女がかいがいしく襖戸を引いた。

通り過ぎていく父の背中についていきながら俺は狭間を乗り超える。手をつき頭を下げたままの侍女の後頭部にチラリと視線をやり、すぐに無頓着に歩いていく弧十郎に戻した。

 

(…腹違いの妹、か)

 

目を細めた俺は何色にもならない世界を睥睨する。

どうせ面白くない、心の中で呟くと押しつけられ続ける無意味へとまた一歩進んだのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

今日はやけに人の往来が多い。

いつもは俺と従者数人がいるだけの無駄に広いこの邸宅に今日に限ってなぜこんなに人がいるのかと思っていたが、両橋に二人目の子供が生まれたとなれば挨拶やら何やらで様々な人間が尋ねてくるのは当然だろう。

 

(…()()()連中も来てるか)

 

廊下を歩きながら時折通りすがる従者付きの男達を確認する。

各界の要人が多いその中でも、特に屋内を悠々と歩いている両橋グループの理事会メンバーの名前と顔は嫌でも覚えていた。

 

…くだらない用事で何度相手させられた事か。

大体がクソみたいな連中だ。高慢で欲が深く、自分の事しか考えていない変態共。

建前ばかりのつまらない会話をしているだけで吐き気を催す、一緒の空間にいるだけで苦痛でしかない。

だが力だけは持っている。互いに牽制し合う事も多いが両橋全体への影響力は大きく…それが「腐敗」の原因にもなっている事を俺は知っていた。

 

 

「…ここだ」

 

「はい」

 

 

幾人か挨拶をしてくる要人達の相手を素早く終え、内廊下を通って屋敷で普段使われていない離れの一室に俺は弧十郎に連れられてきた。

…記憶している限り空き部屋だったが、誰かが住んでいたとしても俺は知らないし知らされない、だが連れてこられたということはつまりこの部屋に「その人」がいるという事なのだろう。

 

部屋の両脇に立っていたスーツ姿の護衛二人は弧十郎の姿に気が付くと、統制された動きで頭を下げる。

 

(…直属、まぁ当然か)

 

弧十郎の持つ私兵の中でも特に強い部類の二人、屋敷内に武器の類は一切持ち込めないが両橋の子供であれば狙われる。

直接的な行動を厭わない輩もいるだろう、戦闘能力の高い護衛が立つのは当然だった。

 

 

「…」

 

 

護衛達はキビキビとした動きで頭を上げるとそれぞれ襖に無骨な手をかける。

そして武芸者の脚の運びで、音もなく襖を開けると中に入る主人のため再び丁寧に頭を下げた。

 

特に声をかけるでなく、何も歯牙に留めぬまま弧十郎は部屋の中に一歩足を踏み入れる。

広い背中で部屋の中はまだ見れないが俺もその後に続き、提灯の灯りがぼんやりと照らす離れの中に入った。

 

 

「フィール」

 

「あぁ…弧十郎様…」

 

 

敷かれた布団の上には金髪の美しい女性が座っている。

フィールと呼ばれたその女は確かにどこか日本人離れした容姿と儚さを併せ持っており、その腕には白布で包まれた何かを抱いていた。

恐らくあれが赤子だろう。弧十郎から一歩下がった位置から俺はじっと白布を観察する。

 

 

「…具合は?」

 

「はい…大変、申し訳ございません。まだ、治りません」

 

「…そうか」

 

 

弧十郎は立ったままその女性を見下ろすと声をかける。

きっとその厳めしい視線は何者に対しても絶対に変わらないだろう。

 

(所詮配偶者か…)

 

結局道具と変わらないのだ、コレも優秀な子孫を生み出すための袋でしかない。

 

布団の上に横たわったまま目を閉じる女は軽く解る程度に頭を下げる。

気の弱そうな目を細めると、ゆっくりと頭を傾け弧十郎のことを見上げた。

 

 

「それで、今日はどんな御用向きでございましょうか…?」

 

「…今日は息子の紹介に来た、暫く一緒になるだろう」

 

 

暫く一緒…ということはここに住まうという事だろうか。

確かに現状日本においてこの屋敷以上に安全な場所は無い、それが最良の選択であることは確かだ。

 

 

「…夏目、来い」

 

「はい」

 

 

弧十郎の手招きに合わせ、前に出る。

並ぶように立つと背中を押され、横たわった女性の目前に出た。

 

 

「息子の夏目だ、今年で六つになる」

 

「…初めまして、フィール様。夏目といいます」

 

 

頭を下げる、女の視線がゆっくりとこちらを向いたのが感じ取れた。

すっかりやり慣れてしまった挨拶は寸分の狂いなく、絶対に他人を不快にさせないぐらいの卑屈が込められていた。

 

 

「…そうですか、初めまして夏目。…私に様は、その…」

 

「フィール、時間が惜しい。早くコイツにその子を見せろ」

 

「…は、はい」

 

 

頭を上げる、弧十郎の言葉に目を伏せたフィールは腕を持ち上げる。

雪のように白く綺麗な指でゆっくりと慎重に、白布の包みを裏返すと俺にその中身が見えるようにしてくれた。

 

 

「…ん」

 

 

静かな動き、布擦れの音。

向けられたフィールの視線は真剣なもの、最大の注意を払って徐々に見えたそれは…空色の赤ん坊だった。

 

(…!)

 

閉じた目、穏やかに上下する胸、短く曲げられた手は冗談か何かのように呆れるほど短く指など小指の第二関節ほどもないように見える。

肌は輝くように白く、頭部には透き通るような空色の産毛がうっすらと覆っている。

 

…思わず、眉が動く。

赤ん坊の顔など全て同じに見えるが、その顔には思わず息が漏れそうになるほどの「何か」あるような気がした。

 

急いで表情を戻した俺は、フィールに視線を動かす。

横になった彼女の美しい顔を見下ろすと、彼女の白い目に尋ねかけた。

 

 

「…これが…」

 

「…えぇ、そうよ。これがあなたの妹のエリア――」

 

 

フィールは初めて微笑む。

赤子を抱いたその姿は正しく母親のそれだった、向けられた幼子の視線には愛が満ち、口角には幸せが宿っていた。

 

フィールは優しく指先で赤ん坊の額を撫でると、俺の事を見上げて淡い息を吐く。

眠っていた赤子の瞼がピクリと動いた。

 

 

「――両橋・エリア・リップアウト。これから、よろしくね?」

 

 

赤ん坊が目を開く。

光に当てられ可変する空色の小さな瞳が俺の事を見上げると――微かに笑ったような気がしたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

それから数年後、両端・フィール・リップアウトは呆気なく死んだ。

即死しなかっただけマシだが、結局彼女も両橋の…神殺しの血を受け入れることは出来ず衰弱死した。両橋に嫁いだ女の宿命だ。稀に生き残る場合もあるがその殆どは赤子に生気を奪われ殺される。

ただ疑問なのは何故弧十郎が元々身体の弱かったフィールを娶ったのかという点だ。どうせ死ぬことは目に見えていたはずなのに何故子供を産ませたのだろう。とはいえ弧十郎の考えを知るすべは俺にないし、死んだ弱者に興味を抱く余裕は無かった。

 

 

「クソッ…いってぇ」

 

 

11になった俺は修行の日々に追われていた。

武芸者達との激しい訓練で俺の身体からは生傷が絶えない。使用人に治療されたばかりの包帯からは血が滲んでおり、その全身は肌よりも包帯に巻かれた面積の方が多い。

俺は重い全身を引きずり、汚れた胴着のまま縁側を進む。すると人気のない縁側に山のように本が積まれているのが見えた。

 

 

「…よう、リップ」

 

 

本の中心には黒いドレスを身に着けた少女が一人座っている。やけに分厚い本を読んでいる空髪の幼子は、その脇に幾つもの本を積み立てまるで絵本を流すかのようにパラパラとページをめくっていた。

 

(無視かよ…)

 

本に目を落としたままリップはこちらに顔を向けようともしない。

いつもの事だ、時折こうして声をかけても今まで反応が返ってきた試しは無かった。

これは別に俺に限った事ではない、誰が話しかけてもリップが返答することは無く生まれてこのかた彼女が喋っているところを見た者はいなかった。

ただ一人、死んでしまったフィールを除いて。

 

 

「はぁ…」

 

 

俺は全身の疲れを吐き出しながら、気まぐれにリップの隣に腰かけてみる。

年季の入った縁側がギュッと鳴るのを感じながら全身を弛緩させると、痛んだ身体を着物の上から軽く揉む。

それから首を回すと、見飽きた庭から隣に座るリップに視線を落とした。

 

(ふん…)

 

初めて見た時から成長した身体。ひらひらとした洋風の黒いドレスを身に纏い、髪には宝石付きの小さな王冠がサイドアップと共に結われている。

膝の上に置いた大きな本を白く小さな手でめくり、覗き込んだ空色の瞳は書かれた英語の羅列をかなりの速度で追っては短く瞬きを繰り返していた。

 

(…()()()、か)

 

五歳、というにはリップの身体は『両橋の基準において』貧弱すぎる。

両橋の肉体は総じて屈強でなければならない、そのためわざわざ強い種、あるいは母体が選出される。

そうして産まれた子供はたいてい強靭な肉体と類稀な才能を併せ持ち、年端もいかぬ子供の時から『教育』を施されてきた。

 

…だが、時折異常(イレギュラー)は産まれる。

リップの身体は小さく、同年代の人間の女子と比べても遥かに弱い。詳しい事は未だ明らかになっていないがきっと『血』が薄かったのだろう。それでも濃さを保とうと身体を小さくすることで対応しようとした。

 

(…)

 

俺が五つの時には既に戦闘訓練は始まっていた、別にそれが当たり前と訊かされていたし躊躇いも疑問も無かった。

 

…なりそこないの「道具(こども)」はどうなるのか。

弧十郎が何を想ってこれを作ったかは知らないが、身体の弱い少女に毎日読書に耽らせるためではないだろう。

しかし無意味というのも違うはずだ、もっとマシな別の何かが――

 

 

「…というかお前そんなん理解できんのか?」

 

 

読んでいる本を覗き込むと、そこに書かれていたのは最近発表された量子力学の論文だった。

全て英語で書かれていることもそうだが最近俺自身も目を通したから覚えている、とてもじゃないが五才児の子供には理解できる内容ではなかったはずだ。

 

…ただ文字の羅列を見ているだけか、ページが捲られる速度は異常なまで速い。もっとマシな時間の過ごし方をしているものと思っていたがどうやら児戯に興じていただけらしい。

相変わらず反応を示さないリップに俺は再度肩を落とすと、立ち去ろうとして手をついた。

 

 

「おぉ夏目坊っちゃん、お久しぶりでございます」

 

「!…羽柴様、お久しぶりです」

 

 

縁側の端から現れたのは肥えた男。

羽柴兼蔵、今までくだらない立食パーティで何回か会ったことのある『理事会』の重鎮であり羽柴重工のトップ。

スーツ姿のじじいは全身脂ぎっており、見ているだけで不快感を催す。それでも瞬発的に愛想笑いを浮かべると立ち上がり、顔色を窺うと何故こいつがここにいるのか考え始めた。

…羽柴家に良い噂は聞かない。曰く武器の密輸を行い、両橋に牙剥こうとしているとか。

 

暫くの社交辞令の後、建前ばかりの会話の中で羽柴の目的を探る。

だがいつも以上にその意図は読めない。そもそもこの屋敷に今いるのは俺とリップ、それと使用人が数人いるだけだ。弧十郎に話があるわけではなさそうだった。

 

 

「いやはや、修行でお怪我をなさるとは弧十郎様も手厳しい。しかしこれも全ては夏目坊っちゃんを思ってのこと、立派な当主となるためにしっかりと励むのですよ」

 

「…はい。父の事は尊敬しておりますし、私自身いつか両橋の当主として責務を果たせるように――」

 

 

自分でも良く言ったものだ。

染み付いた社交辞令はロボットのようにスラスラと口を割って出る。

本心とかけ離れた言葉の羅列を語る俺は…正に道具だ。

 

ふと見れば、リップが俺の事を見つめていた。

その瞳の事は良く知っている。世界に何色も見いだせない無感情な視線。それは俺の瞳、それが今度は俺に向けられている。

透明な世界、だが果たして透明な世界に恭順する今の俺は何色なのだろうか。

 

気が付けばリップは本に視線を戻している。

何も言わず、何にも興味を抱かず、いつも通りただページを捲っていた。

結局この日、俺は羽柴の目的が解らなかった。ただ自分の中で何かが変わったことは確かだろう、ほんの僅かな色の違いが俺の中で渦巻き始めていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

その数か月後、リップが養子に行くことが決まった。

出来損ないは両橋にいらない。身体の弱いリップが弧十郎から捨てられることは当然だった。感傷は無い、同じ屋敷に住んでいたとはいえ一度も話したことの無い相手を惜しいとは思わなかった。

その事を知ったのはついさっきの出来事。

訪れた黒いリムジンに乗りこむ童女の後姿を見送った俺は目を細める。

細く白い手を引くのは羽柴兼蔵。養子先は羽柴家、理事会メンバーであり政界にも大きな影響を持つ羽柴へ行く事には大きな意味がある。

ただの失敗作である彼女が羽柴への『足がかり』になれれば本望だろう。リップがどんな扱いを受けるか知らないが想像に難くない、数か月前に羽柴が訪れたのはきっと下見の為だろう。

 

 

「…」

 

 

リムジンが走り出す。車窓から覗く羽柴とリップの横顔を見送った俺は振り返る。

これでまた屋敷の中に一人だ。まぁ元々いてもいなくても変わらないような奴だったし、元に戻ったと考えれば別に何も変わらない。

 

今日は珍しく修行が無い日だった。慣れ親しんだ孤独を連れて俺は行く当ても無く屋敷内を彷徨い始める。

誰も、何もない部屋の連続。広いばかりで空虚な空間。両橋に必要なものは強さだけ。

穴が開いているはずの心はとっくに麻痺して痛みを感じる事さえやめてしまった。

やがてとある縁側に辿り着く。そこはいつもリップが山のように本を積み上げていた場所、しかしここも今ではもう誰もいない。

無色透明な世界の中で彼女は何色だっただろうか。思えば物言わぬ彼女だけは綺麗な空色をしていた気がする。

 

気まぐれに縁側へ腰かけ空を見上げる。

修行終わりに時々こうしてリップの隣に座った。

こうしているとただページを捲る音がどれだけありがたかったか解る。訪れる静寂は重く空虚で、あんな奴でもいた方がまだマシだったと思わせた。

しかし奴はもう羽柴の家に行ってしまった。それが奴の運命だし…もう会うことも無いだろう。

 

(…俺は)

 

リップの視線を思い出す。

無色な世界に生きる俺は果たして何色なのか。

言われるがままに道具に甘んじ、捨てられないために強くあり続ける。

それが両橋に産まれた者の宿命、産まれた環境。

 

このまま無色な世界で生き続けるのか。

何にも期待せず、ただ定められた運命を歩き続ける。

変わらない運命を変えてくれる誰かになんて俺は期待していない。

 

 

「…!」

 

 

考えているうちに気が付けば夕方になっていた。

どれほど悩んでいたか知らないが、自分がどうなりたいか結論はまだ出ていない。

その答えは何故かあいつが知っているような気がした、一度も会話をしたことが無い空色の彼女が。

 

 

「…行こう」

 

 

立ち上がった俺はその「何か」を探すために歩き出す。あいつに会ってどうするのかは解らない、それでも会わなければ何も変わらないようなそんな気がした。

産まれて初めて抱いた意志。この行動が後に大きく未来を変えることを、この時の俺はまだ知らない。

 

 

 

・・・

 

 

 

都心にある広大な屋敷。

朧月夜、急造された都市光に照らされた東京。

人々のざわめきは程よく遠い。片田舎にある自宅からここまで数時間をかけてやってきた。

瓦の張られた屋上に立った俺は闇夜に紛れて身を屈める。身に着けたものは黒めの戦闘装束、いきなり正面から入れるわけがないので俺はこっそりと忍び込むことに決めた。

 

広い敷地内を上から見下ろす。

羽柴家の本拠地ともあってこの時間でも警備は厳重だ。敷地内には銃で武装した兵士たちが巡回しており、見つかったら殺されてもおかしくない。

俺の装備は投げナイフが一本。戦いに来たわけじゃないし使わない事を祈るばかりだ。

 

リップが今どこにいるか解らないがとにかく探すしかない。

屋根上から飛び降りた俺は音をたてず影に降り立つ。巡回する警備に気が付かれないように低姿勢のまま走り始めると羽柴家に潜入した。

軒下を潜り、人目を忍ぶと音や光を頼りに幾つもある部屋を改めていく。一瞬の隙をついて開けた廊下を走り抜け、背後から一人の警備を気絶させると空き部屋に放り込んだ。

 

(…こっちにはいないか)

 

気絶させた男を縛り上げ猿ぐつわを噛ませておくと俺は天井裏に潜り込む。

広い屋敷内の地形を頭に入れながら進んだ。音を殺し、聞こえてくる足音や話し声から憶測をつけて進む。

時間的にはもう寝所だとしてもおかしくない。襖を超えて幾つも部屋を巡り、橙色の灯火の下で護衛達をやり過ごすと更に奥へ進んだ。

足音をたてぬよう屋根裏を伝って行くとどうやら浴場の上に来たらしい。若干湿った天井板を通り抜けると、女の喋り声が聞こえてきた。

 

 

「…それより…ほんとお館様の趣味には困ったものよね」

 

「…そうよねー…」

 

 

世間話か。何かヒントを得られないかと耳をすました俺はジッと動きを止める。

どうやら女中が二人いるだけのようだ。下が何の部屋かは解らないが、チャンスかもしれない。

 

 

「…言っちゃなんだけど…あの見た目でねぇ…」

 

「…奥様もいるのに…それにあの子…変…」

 

「…洗ってても無反応だったし…不気味な…」

 

 

もしかしてリップの事を言っているのだろうか。二転三転する彼女達の会話から情報を取得することは難しい。

丁度仕事が終わったのか喋っていた女中の片方が部屋から去っていく。ドアが閉められた音を確認すると、俺は即座に天井板を外した。音も無く飛び降りるとそこは石鹸の香りのする脱衣所。俺は装束の中からナイフを取り出し、服を畳んでいるらしい女中の背中に近づき飛びかかった。

 

 

「ッッ!!?…――ッ!?」

 

「叫んだら殺す」

 

 

口を抑え女中の喉元にナイフを押し当てると声にならない悲鳴が聞こえてきた。

そのまま体重をかけ膝をつかせると三秒数える。抵抗の意志が無いことを確認すると耳に小声で語りかけた。

 

 

「知りたいのは羽柴…いやさっきまでアンタらが身体を洗ってた少女の居場所、素直に言えば命だけは奪わない」

 

「…!」

 

 

状況は理解しているらしい。

コクコクと頷いた女中の口から手を離す、改めてナイフの刃を押し当てるとひっと声を漏らし身体を竦ませた。その近くには籠が置かれており、中にはリップが着ていた黒色のドレスが丁寧に折りたたまれている。

怯えた女中は震えた声でリップがどこの部屋にいるのか教えてくれた。用済みになった女中を一撃で気絶させる、聞いた「離れ」の方角を確認すると目星をつけた。

これでリップに会いに行ける。息をついた俺は移動を始めようとする、その時丁度戻ってきた女中の片割れがドアを開けた。

 

 

「――」

 

「クソッ…!」

 

 

悲鳴が響き渡った。

このままでは声に反応した警備達が集まってくるだろう。

女中を押しのけた俺は脱衣所から走り出す。包囲網が締め切る前に突破するしかない、リップの元に急ぎ始めたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

羽柴邸では騒ぎが広がりつつある。

脱衣所で発見されてから数分。警備達の動きは活発化しており、至る所で足音と声が聞こえている。

だが幸いとも言うべきか悲鳴に釣られ混乱した警備達は揃って脱衣所を目指してしまっているらしく、警戒網にかなりの穴を開けていた。

 

巡回の減った回廊を走り抜ける。角から覗き込もうとしたところで運悪く警備と鉢合わせてしまった。

軽機関銃(サブマシンガン)を相手に正面から戦うのは両橋といえど無謀だ。故に銃口がこちらを向く前に倒す必要がある。眼を見開いた警備の男が軽機関銃を構えるより早く、その鼻にジャブを叩き込むと股間を蹴り上げた。

どうやらプロテクターはしていなかったらしい。悶絶しよろめく男に俺は重い一撃を加えると気絶させる。男の持っていた軽機関銃を拾い上げるか迷ったが、そのまま走り出した。

渡り廊下を抜け離れに近づく。並べられた障子を通り抜け、唯一明かりの透けた和紙を蹴り飛ばすと中に押し入った。

 

離れの寝所。

古式な畳み張りと敷かれた布団。たてられた行灯(あんどん)のぼんやりとした明かりが静寂で満ちた部屋に影を落としている。壁には掛け軸、日本刀や壺と言った骨董品が並べられていた。

部屋の中心、布団の上に寝かされているのはやけに薄着なリップ。空色の髪をした少女は仰向けに天井を仰ぎ人形のように固まっており、やはりのその瞳に生気は感じられない。

 

 

「なっ…!?」

 

 

その傍には半裸の羽柴兼蔵が驚いた顔で立っていた。

布団は一枚しかない、瞬間そのおぞましさに気が付くと隠しきれない殺意を抱く。いくら自らの所有物(こども)になったからとはいえリップはまだ五つだ。

吐き気を催すような変態さに思わず俺は羽柴を睨みつけていた。視線の先でひとしきり驚いていた羽柴だがふと目を細めると若干笑みを浮かべ声を張り上げた。

 

 

「侵入者はここだ!」

 

「ッ…!」

 

「必ず生きて捕らえろ!!」

 

 

背後に羽柴の護衛二人が駆けこんできた。

羽柴のトップだけあって状況の見極めは速い。今ここで捕らえられれば人質だ、両橋の転覆を狙う羽柴にとって俺は格好の交渉材料だろう。

いくら目的があったとはいえ軽率だ。敵陣の中心で俺は完全に孤立無援だった。

 

背後から近づいてくる二人の男に向き直る。

戦闘能力がない羽柴は無視だ。生け捕りの命令を受けてか銃を収めた男達は素手でじりじりと距離を詰めてきた。

ただの11のガキ、相手がそう思っているところに勝機はある。呼吸を整えた俺は強く一歩を踏むと距離を詰めた。

放つ拳は今まで鍛錬を積んだもの。鋭く顎を狙った一撃、数的不利を覆すためには出来るだけ早く一人を落とす必要があった。

パンッと短く肉のぶつかり合う音が響く。俺の渾身の拳は男の掌に止められていた。

 

 

「くっ…!」

 

「こいつ…ただのガキじゃないぞッ!」

 

 

どうやら今までの警備とは格が違うらしい。

明らかに手練れな二人組、羽柴にとっての直属。油断の無い兵士、銃を使われないだけマシだがそれが二人ともなると勝機はかなり薄い。

上から振り下ろされる拳を受け流す、身を翻しフェイントをかけると隙の出来た腹に反撃を入れた。実力は五分、俺の猛攻に男は防戦一方になっている。純粋な格闘戦を繰り返すと巻き添えになった行灯が倒され光を拡散させた。

男がよろめく。好機に追撃しようとしたところでもう一人から鋭い蹴りが飛んできた。

 

 

「がっ…!?」

 

 

大人の重い蹴りが背中に食い込む。

体重差は歴然。骨こそ折れなかったが肺の中の空気が強く押し出される感覚と激痛が全身を貫いた。

それでも俺は何とか地を踏みしめ戦い続けようとする。だがそんな抵抗もむなしく俺は背後から羽交い絞めにされると動きを制限された。

 

 

「大人しくしろッ!」

 

「ぐふぁっ…!!」

 

 

振りかぶられた拳が鳩尾に叩きつけられる。

動くことのできない無防備な身体に激痛が走り、意識から力が抜けた。

酸っぱいものがこみ上げてくる。抵抗する力すら奪われ俺は吐き気をこらえると、痛みに耐え霞んだ視線を持ち上げた。

 

 

「何という僥倖…これで両橋を…」

 

 

服を着直した羽柴はにんまりと笑っている。

これでは飛んで火にいる夏の虫だ。拘束された俺の前で兼蔵はゆっくりと歩んでくると顔を覗き込んでくる。

 

 

「些かお戯れが過ぎたようですなぁ、夏目坊っちゃん」

 

「くっ…!?」

 

「なぁに両橋の大事な子息を殺しはしません。ただ暫くの間拘束はさせてもらいますが…」

 

 

悪臭が漂ってくる。

睨みつけた兼蔵の表情は気色悪い笑みに変わり、今度は品定めするように俺の事を見下ろした。

 

 

「…それとも坊ちゃんが私と遊んでいただけますかな?あの子だけでは少々物足りないと思っていたのですよ」

 

「このっ…変態がッ!」

 

 

抱いた殺意は自分でも驚くくらい感情的だった。

今まで抑圧してきた全てが自分の中で燃え滾るような感覚。何色にも満たない少年が抱いた『憎悪』は自覚の無い火種。

その身は神殺しの獣。しかしまだ幼く、この状況ですら覆すことが出来ない。

 

――ただ炎はついた。

 

 

「なっ…!?」

 

 

倒れた行灯から零れた炎が広がり、部屋を燃え始めた。

攪拌する熱と光。畳から壁に走る橙色の火炎に兼蔵と護衛達の注意は一瞬削がれ、その隙を夏目は見逃さなかった。

ただ殺意のままに。身体を落とした俺は羽交い絞めにしていた男を投げ飛ばす。大の男が宙を一回転するとそのまま畳に叩きつけられた。

もう片方が反応する。ナイフを構えた俺は距離を詰めると、『殺すために』戦う。

振り下ろした刃が男に躱される。薄く咆哮しながら俺は更に一歩踏み出すと追撃を迫った。

 

徐々に炎は燃え広がってきている。

相手は大人。技術では五分、かなりの手練れを前に子供の身体で立ち向かう。

振るわれる拳を躱しその腕を斬りつけると血を滲ませた。男の蹴りを膝で受ける、首に反撃を入れようとすると避けられてしまう。

戻そうとした手首を相手の手刀が叩いた。取り落としたナイフが宙を吹っ飛んでいき壁に突き刺さる。

 

 

「…ッ!」

 

「スゥッ…!」

 

 

息を吸いながらゼロ距離へ。

震脚と共に流した勁が大腿から肩へ伝い、男の腹に当てた肘を押す。

発勁と呼ばれるそれは既に完成された一撃。ドンという音と共に畳を踏みしめ、流動的な勁を放った。

流石に身体をよろめかせた男を前に俺は判断する。燃える部屋の中、リップはまだベッドに寝たままであり逃げようともしていない。

 

数歩駆けた俺は飾られていた日本刀を手に取る。

模造刀かとも思ったが確かに真剣。鞘を抜ききった刀はかなりの業物、ギラリと輝く刃が炎に反射する。

剣術は既に極めた。息をついた俺は刃先を男に向けると踏み出した。

 

 

「クソッ!」

 

 

長いリーチ、鋭い刃。

銃には及ばずともその殺傷能力は極めて高い。悪態をついた男に真剣が振り下ろされる。

素手で日本刀を受けることは不可能。日本刀は交差させた男の両腕を切り裂くと、その肩口にまで食い込んだ。

骨を砕く鈍い感触、刀を引き抜くと血の泡を吹き男が倒れた。

 

始めて人を殺した。

だがそんなことを気にする暇も無く、投げた男がよろよろと立ち上がっている。

男はもはや命令を気にしている余裕が無いのかサブマシンガンを構えようとしていた。

銃口がこちらに向き、安全装置が外される。男の指がトリガーにかかり、背中にぶわりと冷や汗が流れた。

横に走り出すと同時に乾いた銃声が鳴り響く。木造の壁には幾つもの穴が開けられ、白い断続的な光が部屋を満たした。

 

硝煙が視界を覆う。

パチパチと爆ぜる炎だけが一瞬の静寂を乱している。

汗を流した男は緊張に耐えられずマガジンに手を伸ばし、カチリと外した。

 

 

「ッ…!」

 

「おおおおッ!」

 

 

瞬間、煙の中から刀を構えたまま突進した。

その身体からは数か所血が溢れ出している。右肩に当たった銃弾はそのまま貫通し、額にできた切り傷から流れた血で右目は覆われてしまっていた。

傷ついた身体、抜いたばかりのマガジンを慌てて差し戻そうとしている男に距離を詰める。間合いに入った瞬間に刀を突きあげると喉元にブッ刺した。

肉の裂ける感触がダイレクトで指に伝わってくる。血に濡れた刃の先では目を見開いたまま男が硬直しており、ぴくぴくと痙攣した後脱力すると完全に絶命した。

刀を引き抜くと返り血を噴き上げながら男が崩れ落ちる。息を吐きだした俺は肩に走る激痛に耐えると一瞬だけ死体を見下ろし、振り返った。

 

そこにはまだ羽柴兼蔵がいた。

腰が抜けているのか、地面に這いつくばった兼蔵は怯えた表情で血まみれになった俺の姿を見上げている。そして震える口で、俺に一言だけ告げた。

 

 

「ば、化け物…!」

 

 

化け物。

声の震える兼蔵に近づきながら考える。

今の俺はそう見えるのだろうか。だが身を包む高揚感は確かに常軌を逸している、今ならば何だって出来そうだ。

殺意のままに、感情のままに。見下ろした醜い男に俺は躊躇いなく刀を振り下ろす。兼蔵の血が飛散し、首を断ち切られた死体が地面を転がった。

これで三人目。唇についた返り血を拭う、刀を抜いた俺は息をつく。血潮が抜けていく感覚、冷めていく興奮の中で――

 

――俺は、微かな声を聞いた。

 

 

「んっ…んふっ……」

 

 

振り返ったそこは燃え続ける部屋。

赤く照らされる煙が濃くたちこめ、今まさに焼け落ちようとしている。

敷かれたものはただの布団だ。少女が寝かされていた布団は血で汚されており、いつのまにか掛け布団もめくれている。

 

その中心では空色の少女が寝ていた。

人形のような幼子は炎に脅かされながら声を漏らす。

動かず、喋らなかったはずの少女の着物はいつのまにかはだけていた。美しい少女の肌が見える。身体がゆっくりと揺れていた、白く細い腕が汗ばんだ下腹部に伸びていた。

 

快楽に従う少女はまるでそれ以外目に入らないかのように一心不乱に行為を続けている。

 

炎の中、少女は自慰に耽っていた。

 

 

「あぁ…あんっ…!」

 

 

即座に理解は出来なかった。何故少女がそんなことをしているのか。

徐々に熱が増していく艶やかな嬌声。五歳の少女が行うには余りに異常すぎる行為。

動かず喋らないはずの妹。

無色透明な世界で唯一色のついた少女は美しくも儚く、異常だ。

行為を続ける彼女の愉悦に満ちた目があった。綺麗な空色の瞳、無色な世界で俺が初めて見た色は、皮肉なことに色欲に塗れている。

 

ふと自らの手を見下ろした俺はそれが真っ赤に染まっている事に気が付く。

あぁ、俺は無色じゃなかったのだ。この手は産まれた時から血に染まっていた、何故なら俺の母親は俺自身が殺したようなものなのだから。

 

 

「…!」

 

 

気が付けばリップが目の前に立っている。

肩に着物をかけ、前面をはだけた少女の裸が見えた。

浮かべた笑みは子供とは思えないほど妖艶であり、今までの無感情と比べるとまるで別人のようだった。

 

 

「――ねぇ、お兄様?」

 

「っ…」

 

(わたくし)お兄様が人を殺す姿に一目ぼれしてしまいましたの、こんなに興奮したのは産まれて初めてですわ」

 

 

そう微笑むリップは濡れた指を舐める。

見せつけるように身体を晒すと、まっすぐに俺の事を見つめ嗤う。

両橋・エリア・リップアウト。出来損ないの空色はその小さな手を伸ばし、俺の頬をゆっくりと撫でた。

 

 

「――ですからこれからは。私の為に人を殺してもらえますかしら、お兄様?」

 

 

その瞳に宿す知性は底が知れない。

かくして炎と血の中で俺はエリアと出会った、無色だった俺の人生は再び始まったのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

結局その後、エリアを担いだ俺は羽柴邸から脱出した。

怪我を負った身体ではあったが軽いエリアを担いで外壁を昇ることはそう難しくなかった。

火事が広がる屋敷を後にした俺達を待っていたものは迎えの車だった。どこから情報を掴んだのか知らないが両橋から回された車に俺達は乗るしかなく、そのまま自宅に連行された。

治療を受けた俺はエリアを探したのだが既に彼女の姿は無く、この日は眠る事しかできなかった。

 

次の日、目覚めた俺を待っていたものは何と弧十郎と黒いドレスを身にまとったエリアの姿だった。

 

 

「…羽柴兼蔵は理事会の中でも一番厄介な相手だった」

 

 

楽し気な笑みを浮かべるリップの隣に座り、いつも通り厳めしい表情を浮かべた弧十郎の話を聞く。

政界にも影響力を持ち、状況を混沌させるだけだった羽柴。日本の腐敗の原因とも言える奴を殺したことはかなりの意味を持つ。

 

 

「当初の予定ではエリアを足掛かりに徐々に突き崩していくつもりだった。何より直接手を下したことは愚かとしか言いようがない」

 

 

説教か。

顔をしかめた俺に弧十郎がピクリと眉を動かす。

つい顔に出ていたらしい。慌てて表情を戻そうとするが、今までどんな風に表情を作っていたのか解らなくなってしまっていた。

息をついた弧十郎があぐらをかいたまま腕を組む。

 

 

「だが」

 

「?」

 

「これで理事会連中を一掃することが出来る。目的がどうあれ…夏目、よくやった」

 

 

そう言って立ち去る弧十郎の背中を俺は呆然と見送る。

後に聞いた話ではエリアが弧十郎に何か掛け合ってくれたらしい。俺は咎められることは無く、結果として羽柴を殺したことが両橋の力を強めた。

 

 

「良かったですわね、お兄様」

 

「…あぁ、そうだな」

 

 

隣のエリアは全てを知っているかのように笑う。朝日に照らされた空色が世界で一番綺麗に輝いている。

かくして――少年は人を殺し、産まれて初めて親に褒められたのだった。

 

 

 

・・・

 

 




5歳だからR18じゃないな!(いやまぁ直接的表現してねぇからセーフ)
ともあれ異常を詰め込み過ぎてちょっと駆け足になっちゃいましたね、まぁ今後で解るということで。
ではでは
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