このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

6 / 37
高評価ありがとうございます
ではどぞー


 LOST

・・・

 

 

 

――「お兄さんがた、お兄さんがた、白い髪と黒い服のお兄さんがた」。

 

 

ふとダンジョンへと向かう朝の喧騒の中、ベルは立ち止まると振り返った。

 

そのことで微かに聞こえた「声」が自分たちを呼んだものなのだと気づいたリョナも振り返る…前に、最近癖となってきた「嗅ぐ」という動作をする。最近劇的に良くなった鼻はモンスターの索敵などに便利だし、町でも癖になりつつあった。

 

…しかしダンジョンへ向かう冒険者たちの群れの中では嗅ぎ分けるには至らず、誰が声をかけてきたのかまでは解らない。というかこんな朝早くに喋りかけてくる知人などあまり心当たりはないのだが…?

 

(まぁ見れば解るか)

 

…と、被りを振ったリョナもその場でゆっくりと振り返った。

 

 

「…ロリ?」

 

 

――そこにいたのは10歳くらいの少女。

 

思わず感想を口にしたリョナの視線の先にはとても巨大なバックパックを背負った少女が一人、見上げるようにして深く被ったフードの合間から期待を込めた笑みでこちらのことを見上げていた。

 

子供…だろうか?この町には小人族という種族もいるため一概に容姿で年齢を区別することは出来ないが、先ほど聞こえた「声」から鑑みてもこの少女が二人の事を呼び止めたと考えられた。

 

…とはいえその呆れるほど小さな少女に、そのバックはいささか大きすぎるように見えたが。

 

 

栗色の髪をフードから覗かせた少女は、少し痛いくらいにこちらを見上げると笑顔を見せ、今度ははっきりと、先ほどの声で二人に喋りかけてきた。

…と同時にリョナがベルの方を見れば、どこか驚くような様子でその少女の事を指さし、わなわなと口を震わせていた。

 

 

「き、君はっ…!?」

 

「初めましてお兄さんがた!突然ですがサポーターなんかはお探しではありませんか?」

 

 

ベルの言葉を遮るように少女が「提案」してくる。

 

――サポーター?

 

リョナはベルのうろたえぶりを横目に見流しつつ、少女の言葉に耳を傾ける。

…幼い少女の声が耳朶を震わせるのと同時に匂いを確認してみると、生ごみのような放置された干し草のような汚臭が僅かにリョナの鼻腔を刺した。だいぶ不快感のある匂いだが…この少女のものとはイメージとは違いすぎてリョナは受け入れることは出来なかった。

 

(…サポーターか)

 

リョナは少女の提案を頭の中で計算する。

 

…そもそもサポーターというのは、冒険者の補佐だ。

戦闘に専念したい冒険者だがダンジョンに潜る以上、予備の武器や食事のための缶詰、野営のための器具などが必要になってくる。

つまりそれら様々な道具を「運ぶ役割」――それがサポーターだ。

 

(うーん…)

 

とはいえこの場合、この少女を「雇う」ということになる。

とはいえサポーターの存在は人数の少ないヘスティアファミリアの二人には、だいぶ助けられるとは思う。

 

雇うこと自体はリョナ個人としては助かるのでともかく、リョナとベル「二人」はそもそも――

 

 

「…どうしたんですか白髪のお兄さん?お顔色が優れないようですが」

 

 

――少女はベルの顔を覗き込むと眉根を寄せていた。

 

…見ればベルは、青ざめているというわけではないが、だいぶ混乱している様子で少女のことを指さしつつも固まっていた。

それはまるで死んだはずの友人が生きていたかのような、ありえないものを見る驚愕の極みといった呆然とした視線が少女を捉えているだけ…のようだった。

 

そんな唖然としたベルに少女は苦笑するように口角をあげると、可愛らしく首を傾げてみせる。

 

 

「混乱なさっているんですか?でも状況は簡単ですよ、冒険者さんのおこぼれにあずかりたい貧相で貧乏なサポーターが卑しくも自分のことを売り込んでいるんです!」

 

 

少女の言葉にベルは目を見開くと、狼狽するがごとく慌ててぶんぶんと首を横に振る。

そしていつもより少し大きく呼吸しながら首を傾げた。

 

 

「え、そ、そうじゃなくて、君はっ昨日の…?」

 

「…はい?お兄さん、リリとお会いしたことがありましたか?昨日…いえ、リリは覚えていないのですが…」

 

「あえぇっ…?」

 

 

そう言われてしまったベルは更に驚き、予想外だったのか間抜けな声をあげた。

 

(む…)

 

間抜けな少年の声が響いたせいか、周囲を群れるようにダンジョンへ向かっていた冒険者たちの好奇の視線が集中してきた。

…まぁ気にするほどのことでもないが、とリョナは散漫とさせた注意をまた目の前の二人に戻すと、ベルと少女の奇妙な会話を眺める。

 

 

「それで!お兄さんがたどうですか?サポーターは…いりませんか?」

 

「えぇ…あぁ…うん欲しいか――」

 

「――待った」

 

 

のだが、思ったよりも早く結論付けてしまいそうな二人の会話に、思わず待ったをかける。

そして驚き固まった二人のうちベルの方を掴み、少女のほうへ背を向けて会話が聞き取れないくらいの距離をとると、ぐいと顔を近づけひそひそと尋ねた。

 

 

「……えっと、それで?あの子とは知り合いなのか?」

 

 

勿論リョナにあの少女との面識はない、しかしベルの方は彼女に見覚えがあるようだ。それも話を聞く限り特に昨日。

…と同時に少女の方は知り合いではないと言っているのが非常に奇妙ではあるのだが。

 

俺の質問にベルは一瞬目を見開いた後、少し悩むように熟考して…やはり、と首を傾げた。

 

 

「いえその、昨日男に追いかけられている女の子がいて思わず助けちゃったんですけど…」

 

 

何とも物騒な話だ、痴話喧嘩だろうか?それにそれを助けるとはお人よしも良いところだ。

男と女の問題は例えどこだろうと変わらないのだろうかとぼんやり思ったリョナは「つまり」と付け加える。

 

 

「…つまりその女の子ってのが?」

 

「…はい、凄く似ていると思ったんですけど…」

 

 

何があったか詳しくは知らないが、ベルが似ていると思ったのなら実際そうなのだろう。

しかし当の本人が「知り合いではない」と言っているのだから「似ている」の域を出ない。

 

…恐らくその修羅場のような状況でベルがちゃんと確認できない可能性の方が大きいのだから。

 

 

「…む…」

 

 

昨日出会ったような気がする少女が、面識が無いと雇われるために近づいてきた。

 

何だか一瞬とてつもなくきな臭く感じたようなリョナは頭をひねる。

しかし何がきな臭いのかも解らないので、それについて考えるのは無意味だとやめた。

 

それからベルは俺のことを見上げると少し不安そうな顔で尋ねてくる。

 

 

「あ、それとリョナさん。サポーターを雇う事についてなんですが」

 

「ん…あぁまぁそれはベル君が決めてくれて構わないぞ。どうせ俺たちは――」

 

「――結論は、出ましたか?」

 

 

気づけば会話をしていた二人の背後に少女が忍び寄ってきていた。

バッと振り返った二人に心配そうに(どこか泣き出しそうに)首を傾げる少女に、ベルは慌ててフォローをいれる。

 

 

「い、いや!ぜひサポーターをやってくれないかな?いいですよね、リョナさん!」

 

「おう」

 

「やった!ありがとうございます!」

 

 

リョナが頷くと、少女は嬉しそうに軽く手を打つと頭を下げる。

そして巨大なバックパックごと身体を戻すと、見上げてきた。

 

…そんな少女を前にベル君は少し照れたように頬を掻くと、「えっと…」と呟く。

 

 

「名前は…?」

 

「あっこれは失礼いたしました。リリは自己紹介をしていませんでしたね」

 

 

少女は一度軽くバックパックの肩ひもをかけなおすと、ベルとリョナ二人の顔を交互に見た後、自己紹介をし始める。

 

 

「リリの名前はリリルカ・アーデと言います。お兄さんがたの名前は何と言うのでしょうか?」

 

 

巨大なバックパックと小さな身体が特徴的な少女、リリルカ・アーデは二人の事を見上げると――

 

――その円っこい瞳をどこか計算するように一瞬歪ませ、睨みつけるのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

(ちょろい…)

 

リリは今朝出会った冒険者二人と共にダンジョンの七階層、洞窟のような岩壁の道を周囲に警戒しながら歩く。

その足並みは極めて平凡ではあるが、先頭を歩く先ほどまで柔和な笑みをしていた白髪の少年からはピリピリとした殺気が滲み出ており、臨戦態勢であることを伺わせていた。

 

…リリはすぐ目の前を歩くベルの背中を追いかけながら、改めて「ちょろい」と思う。

 

今朝声をかけてからリリは一度バベル二階の公衆食堂に一緒に行き、そこで何個か質問されたが最終的には「耳」を見せた。

すると白髪の少年は驚き、謝るとあっさり「疑問は解消された!」とばかりにリリの事をサポーターとして改めて契約してくれた…普通、もう少し疑ってかかるのだが。

 

――勿論、リリとこの少年は初対面ではない。

 

昨日、とある冒険者に追われていた折この白髪の少年にぶつかった。

すると何とこの少年は追ってきた冒険者に相対し、その腰につけていたナイフを抜いた。

 

…その後もっと恐ろしい誰かが事態を収めたのだがリリにとってそれは重要な事ではなく――

 

 

――少年の持っていた「ヘファイストスの刻まれた」鞘のナイフ。

 

 

「ヘファイストス」の刻印が刻まれた武器は高く売れる。何故ならその名を連ねる武器はどれも最高峰の質を誇り、もうその名前自体がブランドとして成り立っているからだ。

故にその武器を扱うのは冒険者の中でもトップレベルの人間たちが主に扱っている。

 

…あえて不安要素というなら「ここ」だ。いかにも駆け出しといったこの少年が、そんな最上級の武器を持っているものだろうか?と。

しかしファミリアの名前を聞いてみても無名、もしただの駆け出しが何の間違いかヘファイストスの武器を持っているなら――良いカモだ。

 

リリは前を歩く少年の腰にかけられた鞘、その中に存在するであろう「金づる」に微笑むように、内心にやけた。

 

――しかしそんな邪悪な笑みはすぐにひきつることになる。

 

 

「…ふぁぁ」

 

「ッ!…」

 

 

突然、この緊張した空間に似つかわしくない欠伸が聞こえた。なんとも間の抜けた、それも真にリラックスした欠伸にリリは逆に緊張した。

 

(…何なんですか、この男は)

 

ちらりと振り返ればもう一人の方の男…確か名前はリョナといったか、全身黒い見慣れぬ服を着た高身長の男が大幅に歩き、今まさに欠伸を終えて眠そうな眼を擦っていた。

 

(見たところ…)

 

黒い髪に黒い瞳、整った容姿はどこか人を引き寄せるものがある。

そして細い体躯は黒く長い服と相まってか、ダンジョンの暗がりの中どこか幽鬼を連想させた。

…見たことのないタイプだ、それに――

 

(――武器を持っていない?)

 

いや、武器どころか防具すら装備しているように見えない。

たまに自らの武器を隠すようにしている冒険者はいるが、リョナはその身にただの服を着ているようにしか見えず…せいぜい腰に黒い篭手を引っ提げている程度しか持っていないように見えた。

 

(…)

 

何故?と考えてみる。

武器を持たずにダンジョンに入るなど自殺行為に他ならない、ダンジョンに入るものは誰であろうと必ず何かしらの武装をする。

サポーターであるリリもそうだ、自衛用のクロスボウや一応としての虎の子で「魔剣」なんかも懐に持っていた。

 

ならば…何故コイツはここにいるのだろうか?

 

最初に声をかけた時、てっきりベルとパーティを組んでいる冒険者だと認識したのだが、ここまで来る道中に出会うモンスターは全てベルに任せてリリと一緒に遠くから見ていたぐらいだ。

思えばバベルの食堂にてベルと話している時もぼんやりとしていただけで…凛とした容姿とは正反対にうどの大木なのだろうか。

 

(何でここにいるんでしょう?)

 

リリはなんとものほほんと間抜けな顔を晒している「後ろのそれ」を蔑むように見る。

 

――「今」を必死に生きているリリにとって、その男の穏やかな態度はただ何となく腹が立ち、不快でしかなかった。

 

 

「来たっ!」

 

「!?」

 

 

ベルの声が狭いダンジョンの中に、短く切り裂くように反響する。

 

慌てて立ち止まると、目の前に立っていた少年は既にその腰についていたナイフを引き抜き構えていた。

そしてその視線の先には――モンスターの一群。だいたい10匹はいようかというキラーアントの大群が、ガチガチとその歯を鳴らしながら近づいてきていた。

…運が悪い、モンスターは群れていることがままあるが10匹の大群となるとなかなか出会わないものだ。

 

そんな絶望的な光景に思わずリリが息を飲むと、同様に少し焦ったような顔をしたベルはナイフを構えたまま振り返る。

一瞬何か声をかけられるのかとリリは身構えたが、ベルの視線はその先、リリの後ろにいるリョナに向かっていた。

 

 

「リョナさん!」

 

「あ?」

 

 

ぼんやりと迫りくるアリの大群を見ていたリョナは、ベルに喋りかけられると「なんぞ?」と視線をベルにやる。

するとベルは「くい」とリリの事を指し示し、リョナの背後を指さした。

 

 

「目の前のキラーアントは僕がやります、ですので――」

 

「――もし他の奴にコイツが襲われそうになったら守れって事だな?解った」

 

「はい!お願いします!」

 

 

そう言うとベルは雄たけびをあげると、一人でアリの大群に突っ込んでいく。

 

その後ろ姿を見ながら、まさかとリリは目を見開き驚く、何故ならベルが「手を貸してください」と言うと思ったから。

ベルの実力はここまでの戦闘でなんとなくわかる、レベル1の中ではそれなりといった感じの強さでキラーアントの数匹であれば敵ではない。しかしまとめて10匹ともなると話が別だ、それなりの苦戦が予想される。

 

(…ッ)

 

そこでやっとベルが何を考えていたかリリは理解し、顔をしかめた。

 

…苦戦となれば、ベルにはリリを守る余裕がなくなる。

なればこそもう一人のリョナに頼んだ――

 

――つまり、戦力を割いて「リリを守る」ということを。

 

コイツが戦力になるかはともかく…わざわざ自らが楽になる選択をせず、他人のためにも茨の道を選択したのだ、他人であるリリが他のモンスターに襲われないようにするために。

 

 

「…なぜ…何ですか?」

 

 

奮戦、10匹のキラーアントに囲まれた少年が勇ましく戦う姿を眺めながらその背中に小声で問いかけてみる。

…しかし遠くで、必死に戦っているその少年が返答をするはずもなかった。

 

(…)

 

解らない、リリにはもしかして「自分のために戦っている」かもしれないベルがなぜ戦うのかの理由が解らない。

 

――いや解らないというよりかは、「経験したこと」が無いので「知らない」。

 

全くの別世界、住んでいるところが違うように感じたリリは軽く眩暈のような気持ち悪さを覚えると嫌悪感に何故かイラつき、歯噛みした。

 

(…とはいえここで不審がられては……)

 

そう、怪しまれたら危険だ。物が無くなっていたと知った時に真っ先に疑われてしまう。

 

リリは落ち着くために目立たないよう深呼吸すると、油断せず無意識にクリーム色の愛用コートの中に隠したクロスボウを触った。

…同時に触った時に、予めつけておいた方がいいかなと思い直すと服の中から取り出し右腕の中ほどに固定するように巻き付ける。

 

 

「…」

 

 

巻きつけながらリリは、チラリとリョナの方を盗み見てみる。

 

すると全体的に黒いその男は細く鼻歌を歌いながら、腰についていた篭手を取り外し、緩慢な動きで自らの手に嵌め、慣らすように伸ばしたり曲げたりを繰り返していた。

…と、指を見つめていたはずの男は首をぐりんと曲げ、こちらを見た。

 

(…ッ!)

 

思わず顔を逸らす。

別にやましいことなど何もないはずなのに何故かこの男と目を合わすことは危険な気がして…これでは逆に怪しまれてしまうかもしれないというのに。

 

 

「あー…まずいな、完全に死角とられちゃって…」

 

 

ふと男が呟いたので再び男を見る。

グローブを嵌め終えのんびりと伸びをしていた男は少し面倒くさそうに目を細めて――リリの先を眺めていた。

 

(――ッ…!?)

 

発言の意味が解ったリリは瞳孔を開くと、出来る限り早く振り返る。

 

 

「あっ…!?」

 

 

視線の先でベルは一見、優先だった。あれだけいたアリもその数を五匹にまで減らしており、その多くが岩壁に追い詰められて『ギィギィ』と弱々しく鳴くのみとなっていた。

反対にベルの方は優勢だからか動きは良く、恐らく全てキラーアントを殺すことは可能だろう。

 

 

しかし実際の状況として、優勢なベルの背後にはキラーアントが迫っていた。

 

 

…例え、物を盗んだとしてその後捕まってしまっては意味が無い。

 

息を殺すキラーアントは背中を見せるベルの鎧の隙間、柔らかな首筋を狙っており、同時にベルは全くそれに気が付いていない。

そしてじりじりとにじり寄るようなキラーアントはついに我慢できなくなったように、「踏ん張った」…跳びかかる為に。

 

キラーアントは大きく鳴き声を上げると、かぎ爪と顎を大きく広げて地を蹴った。

 

 

『ギィッイイッ!!――』

 

「――ベル様危ないッ!」

 

 

距離にして10mもない、しかし近距離武器は届かない…だがクロスボウであれば届く。

叫んだリリは一秒でも早くクロスボウを向けられるように全身を使い、可能な限り早めたその動きを腕の筋肉だけで固定した。

 

 

――『ガチンッ!!』

 

「!?」

 

 

逸れたならばベルに当たってしまうことなど考えずに、リリは何のためらいも無しに引き金を引いた。

しかし鳴ったのは空虚な鉄と鉄のかち合う音、その音にリリは目を見開き視線を落とすと自らの腕に巻き付いたクロスボウを見る。

 

(しまった…装填し忘れたッ…!)

 

先ほどつけたばかりのクロスボウにはボルトが装填されていなかった。

安全装置もないクロスボウは装填したまま持ち歩くには危険すぎ、ボルトは脚につけたホルスターの中に収納されている。

 

リリは慌ててそれに手を伸ばすッ…が、それでは既に飛び上がったキラーアントをしとめることは出来ない。

 

 

…改めてベルに視線を戻す。

 

 

そこには後ろから跳びかかってくるキラーアントに今も気が付いていない少年の姿があった。…その柔らかそうな白い首筋はアリの鋭い牙であれば容易く噛み切るだろう。

 

――あの少年が死んでしまう。

 

つまりそれはあのナイフの回収が困難になるということ、粗方ベルを殺し終えたキラーアントは今度はこちらに向かってくるだろう。

そうなればリリは逃げるしか叶わず、食い散らかされた死体からあのナイフを回収することは出来なくなってしまう。

 

(くっ…!?)

 

しかしそれ以上にリリの心が沸き立つ、あの少年が死ぬことに。

別にアレが死のうが関係ない、あのナイフだって諦めればいいだけだ。

 

…だというのに、だというなら何故こうもリリは焦っているのだろう。

 

 

――クロスボウを軽く構えた視線の先で、少年が死ぬ。

 

 

(…ぁ……)

 

 

少年の首が飛ぶ数舜前を、虚ろに遠視していたリリはせめてあの少年の死ぬところなど見たくないと顔を伏せ、目を背けた。

深く被ったフードでは向こう側は何も見えない、逆に誰にも見られていないフードの中でリリは歯噛みした。

 

別に、諦めるのは慣れている。

それに自分は何を期待していたのだろうか、弱い自分は誰かに頼ることさえ許されないというのに。

 

すべての要因から考えて「助けるのは無理だ」そう諦めたリリは――

 

 

 

『ギュルーッゥゥゥゥー!!!』

 

 

 

――頬の隣を通り抜けていく「風切り音」にハッと顔を上げた。

 

 

『ギィッイイ!!?』

 

 

遥か遠く感じるベルにとびかかっていたキラーアントが空中でのけぞり、激しく黄緑の血液を噴き上げながら急制動がごとく強引に止まった。唐突に腹が裂けたキラーアントはあからさまに「驚愕」しており、熱が引くようにその命が失われていくのが手に取るように解った。

 

そして鮮血はまるで飛沫のように、やけに鮮やかに無垢な空中を汚しているのがリリの眼にははっきりと見え――

 

――同時にそのアリから顔の横に伸びている「糸」を発見した。

 

 

(編まれた糸…?)

 

 

ピンと張った糸は同じ鈍色をした細い糸が編まれ、一本を成している。キラキラと光るそれは顔のすぐ隣を走っており、僅かにリリのフードを掠め、切り裂いていた。

それは、いやそれが何かは解らないがキラーアントの腹部を刺したのは明らかであり…リリはその細い糸を目で追って――振り返った。

 

 

「…!」

 

「なんとか間に合ったー」

 

 

向いた先の奇妙な光景に、リリはポカンと空きそうになる口を慌てて閉じようとする。

 

…ソイツの出した右手、そして伸びていた糸がそのグローブに続いていることを確認する。

 

見たことのないそのグローブと糸はリリにとって未知であり、何故か本能的に恐怖を覚えて冷や汗を流し、ありのままの現状が理解できずに半端に口を開けてしまっていた。

 

そして男が「んー…」とワイヤーを弛ませながら伸びをして、グローブを握りしめたのを眺めるとワイヤーが巻き取られ…同時にキラーアントが『ズズズッ…』と引きずられていくのを見て我に返った。

 

 

「なぁーリリルカちゃん、魔石とるの得意なんだろ。めんどくさいし、よろ」

 

「…!」

 

 

喋りかけてきた男はリリの足元のあたりでキラーアントを止めると、ぐいとその腕を引く。

すると糸が抜け、その先にあった凶悪な棘が露わになり、超速で『ギュルルッ!!』と駆動音と共に空中を踊ると彼の腕に戻っていった。

 

(何だ…あれは?)

 

全く見たことのないその武器にリリはまたも固まりかけるが、震える足でその場に膝をつく。そして服の中からナイフを取り出すと、完全に息絶えたキラーアントに目を向け、魔石がある場所に突き立てた。

 

 

「~♪」

 

 

キラーアントを解体しながらリリは、鼻歌を歌う男を盗み見る。…特にその伸び曲げさせた遊んでいる指にはめられた黒鉄のグローブを。

 

(…)

 

手際よく解体し、魔石を取り出す。緑黄色をした透き通った魔石はその内部に弱々しい光を内包しており、僅かにキラーアントの体液で濡れていた。

若干の湿りのついた魔石を服の裾で拭うとリリはそれをとりあえず腰につけた袋の中に入れた。

 

(あれは…)

 

もう一度あの「篭手」を見る。あれはつまり…武器、なのだろう。

てっきり非武装だと思っていたが、目に見える位置にそんな武器があるとは思わなかった。

 

それに――あの威力、速度。

 

発射したところは見えなかったが、あの小さな棘をあの速度で、それもキラーアントを一撃で仕留めるほどの威力を伴っていた。比較対象として少なくともリリの装着しているクロスボウより速く、あの糸も恐らく切断性能を持っていることを考えれば殺傷性能は高い。

 

 

(いずれにしても売れる…!)

 

 

例えどんな状況だろうとリリの頭は計算高く思考する。

それが何のオーパーツか、はたまたどこの国の武器かも解らないが「あんなものは見たことがない」。

 

そして人々は往々にして常に「未知」を追い求めているものであり、「あれ」は未知たり得る。物好きな貴族階級やコレクターなど上手くやれば高く売れる。

問題はそれをどうやって作動させるかだが…篭手なのだから、つけてみれば解るだろう。

 

 

「どうしたリリルカちゃん、そんな熱烈に見られても何も出ないぜ?」

 

「い、いえ。すいません」

 

 

慌てて顔を落とす、驚きで思わずそのグローブを見入ってしまっていた。

 

(どうしましょう…)

 

思えばあのナイフと比べると…見劣りするかもしれない。かたやヘファイストスの刻まれた鞘付きナイフ、かたや高く売れそうなガラクタ。

一番高級そうなもの一つのみがなくなれば落としたで済むかもしれないが、二つとなると疑われる確率が格段に高くなる。

 

(となると…)

 

目を細めながらリリは計算する、どちらの方が利益を出せて安全なのかを…同時にどう「奪う」かも。

 

 

「リョナさん、終わりました」

 

 

――と、ふと顔をあげれば戦闘を終えたベルが戻ってきていた。

 

その背後にはキラーアント9体分の死体、特に目立った外傷のないベルは軽い足取りでナイフについた体液を軽く払うように指の腹で撫でながら歩いていた。

そしてリリの前を横切るとリョナの前に行き、頭を下げる。

 

 

「ありがとうございました!」

 

「おう」

 

 

リョナが興味なさそうに頷き、ベルは頭をあげると少し疲れたような笑顔を見せる。

 

 

「リリも待たせてごめんね?」

 

 

そして振り返るとリリに笑顔のままで喋りかけてくる。

…慌ててリリも「いいえ」と首を振ると、自分の仕事を思い直す。

 

立ち上がるとキラーアント9体の死体が散らばっている方に向いた。

 

 

「あ、ありがと!よろしくね!」

 

 

歩いていく背中に少年の声がかけられる。

リリはそれに返事することなくナイフを取り出すと一番近い死体の解体に取り掛かった。

 

…するとそこまで遠い距離でもないのでベルとリョナの楽し気な会話が耳に入ってきた。

 

 

「今日はどこまで行くん?」

 

「そうですね、今日は少し8階層を覗いてみようと思っています!」

 

「あぁ初めて何だっけ?…ほーん、まぁ今のベル君だったら大丈夫だと思うけど注意するのじゃぞ」

 

「はい!とはいえ今日はリリがいてくれるのでだいぶ楽です!」

 

「…まぁ魔石持たなくていいってだいぶ楽だよなー」

 

 

その会話に何か違和感を覚えつつもリリは解体を終える。

取り出した魔石9個分を袋の中に入れると立ち上がり、膝についてしまった汚れをポンポンと払うと振り返って幾歩分かを二人の前に進む。

 

…進みつつも、いつもの「笑顔」を作って喋りかけた。

 

 

「お待たせしました!魔石の回収は終わりましたよ!」

 

「おう、お疲れさん」

 

 

労いの言葉を呟きつつリョナは準備運動のように腕を交差させ、伸びをした腕の両手にはひとまず「ターゲット」となった篭手がはまっていた。

リリは一瞬欲の染まった瞳でそれを見かけるが、目の前だと思い直すとすぐにいつも通りの笑顔であどけない少女を演出する。

 

しかしそんな笑みにリョナは全く注意を払わず、伸びを終える。

そして――

 

 

「ッ!?」

 

 

――瞬間的に、表情が変わった。

 

引き締まる、という表現が正しい。欠伸の延長線上のような呆けた顔ではなく、やる気に満ちた表情をしており、それでいて嘲笑するような薄ら笑いと生気の溢れた瞳からは本能的な「恐怖」を覚えてしまっていた。

 

今まで見ていてどこか感じていた引っ掛かり、それは姿は見せぬまま明確な恐怖に変わってリリの足を一歩下げさせる。

 

そして男は歩き始める。手首をぶらぶらと揺らしながらリョナはまるで散歩のごとくベルとリリの前を通り過ぎると、その広く引き締まった背中を見せて先頭に立つ。

 

それから首だけ振り返り、にっこりと笑うと――

 

 

「んじゃベル君また後でなー」

 

「…えっ?」

 

「はい、リョナさんもお気を付けてー!」

 

 

――掻き消えたと錯覚するかのように、その場にしゃがみ込みクラウチングスタートを切った。

 

それからは疾い。もはや暴力的なまでの力が地面に突き立てられその巨体を前に運び、獣のように低姿勢のまま走り去る。

もはや気持ちいいぐらいの疾風の速さで去っていくその背中にニコニコとベルは大きく手を振り、リリはポカンとして呆けた視線をダンジョンの暗闇に溶けていくリョナとその黒鉄の篭手を向けていた

 

(何でっ…!?)

 

理解できない行動、ダンジョンの中で「別れる」?

複数人で行動せず個人で行動するメリットが何一つないこのダンジョンでわざわざ単独になる意味が解らないし、それは自らの危険が増すことを意味していた。

 

故にその突発的な行動に驚き、固まり、困惑して疑問が混濁する。

 

 

…やがてその足音も聞こえなくなったころ、ベルは振り返ると変わらないその笑みでリリに微笑みかけた。

 

 

「じゃあ僕たちも行こっか!」

 

「…!」

 

 

何ら変わらない笑顔、ということはそれが何もおかしくないということ。ベルさえもがその行為に何も疑問を抱いていないという事に、リリは驚くとあの男がいなくなったからか比較的動けるようになっており…噛みつくように、慌ててベルに詰め寄った。

 

 

「な、なぜなんですか!?」

 

 

もはや営業スマイルなど関係ない、リリは困惑のままにベルに問いかける。

 

――あの男の「突然」の行動を。

 

 

「なぜ…あの人は一人で…!…お二人はパーティでは無いのですか!?」

 

「あー…」

 

 

必死なリリの質問にベルは口から笑み混じりのため息を漏らすと、苦笑した。

それから少し考えこみ…頬を掻くと、遠い目をしてリリに身振り手振り説明を始める。

 

…あの男の事を。

 

 

「えーっとねそもそも僕とリョナさんは同じファミリアで、僕の方が先輩なんだけど…リョナさんと僕はパーティじゃないんだよ」

 

「!!………はい、それは解りました。ではそれは何故…?」

 

 

それが事実だというのなら頷くしかないが、それは「何故」なのかはリリには解らない。

「人数であぶれた」とか理由はあるがそれはあくまで一流ファミリアにしかありえない、彼らのような底辺ファミリアであえて組まない理由など存在するのだろうか。

 

…困惑し表情を引き締めたリリに対し、ベルは頷き返すと腕を解き最大級の笑みを浮かべると、続ける。

 

 

「だけど…リョナさんって凄い人なんだ!」

 

「…は?」

 

 

――話が180%シフトした。

 

思わず顔をあげると非常にキラキラとした目をしたベルの「熱」が視界に入り、リリは唖然とする。

見上げるような呆れの視線の前で腕を組んだベルはうーんと唸ると、非常に心酔したような尊敬の口角で、早口に「熱弁」を始める。

 

 

「僕より後に入ってきたのにあっという間に…ていうかリョナさんの場合ステイタス関係なしに強くて…!…見た、あの武器?」

 

「え…あぁ、あの篭手みたいな…」

 

「そう、ぎゅるぎゅる丸!」

 

 

ぎゅ、ぎゅるぎゅる丸?

奇怪な名前だが、篭手の方も奇怪なものなのでそれぐらいが相応しいのかもしれない…とリリは困惑しつつも一応納得し、記憶する。

 

 

「もちろんリョナさんの身体能力もすごいんだけどこのぎゅるぎゅる丸がホント強くて…えっと確か今は17階層までは行けたって言ってたかな…」

 

「17階層!?おひとりでですか!!?」

 

 

とてもレベル1冒険者の成しえる事ではない――しかも一人。

それは…化け物級の素の身体能力と伝説級の武器を持ち合わせていなければ不可能だろう。

 

(やはりリリの眼に狂いはなかった…ですかね)

 

断定はしない、しかし期待値が高い。

もしかするとヘファイストスの武器並みの値が付く可能性もある。

 

…とはいえ、あらかた計算を終えたリリは本筋について改めて考えると小首を傾げ、疑問で目を細めると顎を触りながら「なら」と尋ねた。

 

 

「…なら、なおのこと一緒の方がいいのでは?実力差うんぬんの話はリリには解りませんが、何にせよ一人というのは危険です。今からでも追いかけてパーティで行動すべきでは…」

 

 

いや実力差ぐらいは解る、17階層までソロでいけるというのならリョナの方が強い。

 

…となると実力差、つまり「階層差」があるためにお互い別行動をしているのだろうか。

17階層ではベルには荷が重いだろうし、逆に7階層程度はあの男にとって「欠伸が出るくらい」退屈なのだろう。

 

一見合理的には見えるがダンジョンでパーティを組むのは基本であって、ソロというのは謙遜なしに危険なのだ。…そんなわざわざ、「組まない理由」がない限り。

 

リリの真摯な言葉に少しベルは照れくさそうに頭を掻く。

 

 

「いや僕もそうしたかったんだけど…リョナさんの方から断られちゃって」

 

「…それは」

 

 

やはり実力差なのだろうか、リョナの方には断る理由がある。先ほども言ったがそれはこの階層ではリョナの方は退屈なのだろう。

 

とするとベルにとってそれはあまり触れられたくないことなのかもしれない、そう考えたリリは一度言葉に詰まると、視線を落とした。

 

しかしベルはリリが暗く瞳を下げたのを見たからか極めて明るく笑うと、そんな理由ではないと手と首を振った。

 

 

「えーと、リョナさんの武器ってソロ向きじゃないっていうか…早すぎて万一の時味方ごとやっちゃうかもしれないから、パーティを組むのは僕じゃまだ危険かもってリョナさんに言われちゃって…まぁ結局は僕の実力不足なんだけどさ」

 

 

ベルは「たはは」と隠し切れない若干の悔しさを滲ませながらそう笑う。

 

(…どうなんでしょう)

 

なるほど確かに棘を射出した後振り回せば無差別にかなりの空間を攻撃できる。それをあの速度でされたならベルにそれを避けることは、ただでさえ「敵と相対している」中では難しいかもしれない。

 

瞬間的に構造を理解したリリは算段をつける。

 

それにもしパーティを組むのであればナイフを扱うベルが前衛、遠距離武器であるアレを扱うリョナは後衛ということになる。ならば…少なくとも背中から飛来するそれが間違って飛んできた場合それを避けられる程の能力が無ければパーティを組む方が危険という事態にもなりかねない。

 

ならば二人がパーティを組まないという理由も、それならばリリにはまだ納得できた。

 

…しかしあの男ならば――

 

(…ッ)

 

――本能的に恐怖を覚えたあの男の顔を思い出してリリは今更になって身震いする。

 

たまに「殺意」の大きな者はいるが、何と言うかあれは実際に人を殺して楽しむ狂気の類に見えた…そして同時にその瞳の奥に沈む知性も。

 

(…)

 

何というか「危険」だ、本能的なものでしかないができれば一緒にいたくないような…それでいて無意識に興味を抱いてしまうような…。

バラの美しさに引かれるのではなく、棘があるから近づいてしまう…なんて愚鈍極まりないと思うのだが。

 

まぁ何はともあれ、あの男ならばベルの事を避けて敵のみを切り裂くぐらい容易そうだということだ。

確かにベルの実力は追い付いていないがリリには何か別の理由があるようにしか――

 

 

「何だか長話しちゃったね!もうそろそろ移動しようか、リリ」

 

 

――ベルが歩き始める。

 

 

「あっ、はい!」

 

 

頷くと、その後をついていく為に一歩踏み出す。

 

目の前を歩く白いアーマーを装着した少年の腰にはヘファイストスの刻まれた鞘とそれに収まった切れ味の良い業物のナイフ。

 

…「獲物」が目の前にあった。

 

(…むしろこっちの方が都合が良いかもしれないですね)

 

――後ろには先ほどまでいたリョナがいない。

 

ならばその分隙は多くなるはずだし、フリーになったナイフを盗める機会が増える。

常軌を逸した行動に本来の目的を見失っていたが、むしろ別行動をしてくれるなら「盗みやすい」。これならば、この少し悪意には疎い少年ならば簡単に盗むことは出来るだろう。

 

(…)

 

むしろ反対にリョナの持っていたあの武器は盗む機会が無くなったわけだ。

両取りも一応視野に入れていたリリにしてみれば少し惜しいともとれる。

 

 

「――どうしたのリリ、考え事!?」

 

「あっ申し訳ございません!今行きますから」

 

 

考え事をしているうちベルと少し距離が離れてしまっていた。

彼の言葉にリリはバッグをかけなおしいつもの営業スマイルを見せると、追い付くため走る。

 

(まぁ…ヘファイストスの武器だけでも十分ですからね)

 

 

そしていとも容易く「あの」事を諦めると――目の前のナイフに卑しいまでの微笑みをむけたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「良かったー毒じゃなくてー」

 

「はい、リリもベル様がご無事でよかったです!」

 

「はは、ありがとう」

 

 

テキトーな嘘をついてダンジョンを早く切り上げさせた。

 

バベルの長い階段から降りた二人は、夕暮れの柔らかな光の挿し込んでくるバベルの出口へと向かってゆっくりと疲弊した身体を運ぶ。

そして一歩地上へと踏み出すと一瞬の明るさの違いに瞳孔を収縮させ、んー…と新鮮な空気を肺に取り込んだ。

 

 

「んー…リリ、今日はお疲れ様」

 

「はい、ベル様も」

 

 

伸びを終え笑いかけてくるベルにリリも微笑みながら頷き返す。

 

今日は八階層をぶらぶらと探索した後またもモンスターの大群に襲われたが、幸い統率の取れていない群れだったのでその場でベルがその全てを殲滅した。

リリには危険は及ばなかったし、その過程でそれなりの数の魔石も集まった。

 

――そしてもう「ナイフ」は頂いた。

 

自らの懐に隠し入れた抜身のそれをリリは服の上から確認すると、リリは先に数歩歩いた少年の腰の空になった鞘を見る。

 

(やはりちょろい…)

 

見られていないことを良い事に、リリは自らの仕事の成果にほくそ笑む。

たったこれだけのことで度肝を抜かすような大金が手に入るのだ、それにこれを売れば念願も叶うかもしれない。

 

リリは少年の後ろを実に嬉しそうに、それなりに疲れた足でステップするかのごとくついていく。

 

 

「あそうだリリ」

 

 

ベルが歩きながら振り返る、そして極めて真面目な顔で問うてきた。

 

 

「分け前はどうしよっか」

 

「あぁ…それでしたら今回リリは受け取らなくても結構です!」

 

「え!?何で!!?」

 

「ふふ、初回サービスというやつですよベル様!…今後ともごひいきにしていただければリリはそれでいいですから!!」

 

「えぇっ!?…でも……」

 

 

あくまで無垢な少女を演出する。それに金にがめつい冒険者たちはこう言われると悪い気はしない。

すぐさまリリを疑うという事が無くなるし、リリとしては今日の分の分け前が無かろうとそれよりも大きな利益を貰っているので少しぐらい渋る理由でも無い。

 

それでも驚きと戸惑いで僅かにベルの足が鈍る、リリは少し強引だが「そのまま帰ってしまおう」とベルの事を追い越し――

 

 

「え」

 

 

――道の真ん中に落ちている「もの」に、思わず作った笑顔をピシリと固めて足を止めた。

 

 

バベルから出てすぐの「冒険者通り」、ダンジョンから帰ってきた冒険者たちがぞろぞろと疲弊した波を作り、石造りの道に雑踏からなる喧騒を響かせている。

その多くはパーティで似た色の服を着たパーティなんかもあるが全体としては実に様々な色をしており、多色で出来た川のようにゆっくりと流れていた。

 

…しかしそんな流れの中に一つ「岩」が。

 

道行く冒険者たちはそれを見ると大体が嘲笑、一部が呆れた顔を浮かべ乗り越えるようにして二つに別れ、流水のようにまた一つに戻っていっていた。

とはいえ川は川でも人の波、そして川底は整備された石造りの道となれば「岩」など精々噴水かぽつぽつと出ている露店ぐらいしかない。

 

 

「…」

 

「なに?いきなり立ち止まってどうしたのリリ?」

 

 

呆れと驚愕の表情でぽかんと口を開け、立ち止まったリリの後ろから追い越されていたベルが肩越しから覗き込む。

 

そして――道のど真ん中に人が倒れているのを見ると目を見開いた。

 

…とはいえその人が「見慣れた服装」だということ気が付くと「あっ」と声を出して、リリの呆れたような表情とは反対に納得したような顔をすると、慌てて駆け寄った。

 

 

「リョナさん!大丈夫ですか!」

 

 

――道の真ん中にリョナがうつ伏せに倒れていた。

 

ベルにとって見慣れた黒いコートがだらしなく地面に広がり、ぐだりと意識を失ったように見えるその身体は打ち捨てられたように石造りの道に転がっていた。

 

とはいえ目立った外傷もない事を確認したベルは、頭の側に回るとその傍らに膝をついてうつ伏せになったその顔を確認する。

見えなくなっていた顔はリリの角度からは見えなかったがベルには見えたらしく、息をしていることを確認でもしたのか安堵の表情を浮かべた。

 

 

「ふぅ…よし」

 

 

それからベルはリョナの腰のあたりをまさぐると、パンパンの限界まで膨らんだ茶色い袋を取り出す。

恐らく魔石の入っているであろうその袋の量にリリは圧倒され、思わず欲が走りかけるがぐっとそれを堪え…ただ単純に一人でその魔石を稼いだのかと驚愕した。

 

そしてその量が入った重い袋を手に取ったベルが、既に今日の稼ぎが入った袋をつけた腰の隣にそれを取り付けたのを見届けると帰ってしまうために再び歩き始めたのだった。

 

 

「あっ、待ってリリ。僕たちこれから夜ご飯食べに行くんだけどそれだけでも一緒にどうかな?分け前の代わりじゃないけど僕が奢るからさ!」

 

「えっ…いや、私は…」

 

 

思わず足を止める。正直言って早く帰ってしまいたいリリはその言葉に困惑すると、内心苦虫を噛み潰したかのように「自分が失敗したこと」を何となく悟る。

 

――恐らく、この少年は優しすぎる。

 

普通に金を受け取った方がこのように気は遣われず、そのまま立ち去ったところで優しいのだから何も疑われずに済んだだろう。

…何とも面倒くさい、普通の冒険者とは違うこの少年の優しさが。

 

 

「い、いえ…私はこの後別の用事が…」

 

「あっ…そう…」

 

 

こう言えば流石にこの少年でも引くだろう。

事実盛大に話を折られたベルは頷くと、少し残念そうにその会話を終了させた。

 

それからふと腰についた袋の重さを思い出すと、未だにうつ伏せに倒れているリョナの事を見て今度はギルドの方を向いた。

 

 

「それじゃあ僕はこれから魔石の換金に行くから…えっと、リリは帰っちゃうんだよね?」

 

「はい…すいません」

 

「ああいや別にそんな気にしないで!…じゃあ、また明日もよろしくねリリ!!」

 

 

リリが軽く頭を下げるとベルは最後に笑顔を見せ、最期に手を振って――通りの人ごみの中に消えていった。

その白い背中がゆさゆさと雑踏の様々な色に流されていったのを見届けたリリは「また明日」という言葉に軽く失笑すると、あのしつこいまでの優しさがやっと離れたという事に安堵する。

 

(…ありますね)

 

懐に手を伸ばし、ナイフがあることを直接触って確かめる。

盗んだ抜身のナイフの柄は自らの体温でかなり暖かくなっており、心地よいと言えば心地よい…それにこれからこれを売れるという事を考えると今から心が躍った。

 

リリはフードの中から手を出し、ダンジョンで汚れた身だしなみをパンパンと叩いて払うと一度周囲を見回してみる。

道の真ん中で立ち止まるリリ(と主に倒れている男)に奇怪なものを見る視線を向けてくるものはいるが、それ以外の多くはこちらには興味を示すことなくただ歩きすぎていく。

 

とりあえず誰もリリを疑っていない、今回もひいてはこれまでのことについて追手は存在しないらしい。まぁ疑われるはずもないのだが。

 

 

「さて…」

 

 

この後の予定を頭の中で組み立てる…と言ってもとりあえずいつもの通りアシの付かない質屋で換金するだけなのだが、それより先に何はともあれ「変装(シンダーエラ)」もかけなおさなくてはならない。

 

とはいえ今すぐここでシンダーエラを使うわけにはいかない…それに少ないとはいえ視線が集まってしまっているこの状況は落ち着かない、ひとまずここを離れたい。

そう決めたリリは深くため息を一つつくと、バックパックの肩ひもを掴んで歩き出す。

 

――と、ふと足元に何か引っかかる。

 

見れば倒れたリョナの投げ出された腕を軽く蹴飛ばしてしまっていた。

とはいえ未だ気絶しているのか何の反応もないリョナに、リリは特に興味を抱かず踏み越えようとする。

 

 

「…そういえば!」

 

 

上げようとした足を宙で止める。

そして「そういえば」可能性から外してしまっていた「あれ」の事を思い出すと、先ほどのベルのように跪く。

 

(…落ち着け)

 

それから出来るだけリョナの身体を刺激しないようにゆっくりと動かすと、僅かに持ち上げる。そして裾口の長い…コートといったか衣服を捲ると、慎重にその暗闇の中に手を入れた。

 

――ほどなくして硬いものに手が当たった。

 

リリは思わず笑うと、目当ての物が手に入ったことに指先から喜びが伝うのに震える。

そして撫でると形状を確認し…昼間見た「アレ」の形と同じなのかを確認した。

 

それからリリはぐいと腕を引くと、シュルシュルと緩く結ばれていた紐が解けていく感覚に――

 

 

 

――1兎を追って2兎を得る、そんな幸運が成功したことを確信したのだった。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

非常に美味しい匂いがしたところから俺の人生は始まる。

 

ぴくりと鼻腔が入り込んできた香しい美味の臭いに自動的に反応し、脳髄から胃袋にかけて電流が走るかのように痙攣する。

そしてつっぷしていた机から冷たくなった体のどこにそんな活力があったのか上半身をガバリと上げると――驚愕した。

 

 

「…!」

 

 

泣きそうになるほど美しい光景。

湯気を上げた皿の上からその下にかけて芸術的な麺の稜線、木々の代わりに咲いた一口大の肉や野菜たち。流れる白濁の川はその全てを優しく抱きしめ慈愛のごとく濡らしていた。

 

…その名は「マウントスパゲティ~ホワイトソースを添えて~」

 

山のごとく大量で、悪魔のように食欲をそそる。

 

 

つまり――例のように理性が崩壊した俺は叫んだ。

 

 

「ユニバァァァァァァァァァァァァスッッ!!!」

 

「うるさいリョナ!黙って食いな!!」

 

 

遠雷ように何か聞こえたがもはや気にしない、もはや空腹で絶景にしか見えないその光景に俺は(置いてあったフォークをひっつかむと)ダイブする。

そして――胃袋が痙攣するのに構わず絶景を胃袋の中にぶちこんだ。

 

 

「うめぇぇぇっぇぇ!!」

 

 

やはり空腹は最高のスパイスであろう。

空っぽになったからこそ染み渡りやすく、腹に何も無いからこそ渇望する。

 

狂ってしまいそうなほどの美味に俺は内心むせび泣きながら、フォークで料理を口に運ぶのはやめない。

…そしてとてつもない勢いで山が減っていくのを見計らってかコトリ…と「新しい景色」が机の上に追加された。

 

 

「お待ちどーさまにゃー」

 

「んっ…ぐっ…おうアーニャ、酒」

 

「どんぺりこすニャ?」

 

「ビールだろjk」

 

「解ったニャー…っと、少年は?」

 

「あ、いえ僕はこれで…」

 

「にゃー、いっぱい食わないと大きくなれないにゃー」

 

 

フリフリと尻尾が目の前を横切り去っていく。

しかし今はそんなことは重要ではなく、俺はさっそく新しい景色に取り掛かる。

 

見えたるは「血の海」、芋や肉が小島として浮かぶビーフシチュー。トマトベースの香しい匂いがまたも鼻腔を刺す。

フォークを投げ捨てた俺はスプーンに持ち帰ると獲物を見定める合間手で躍らせる、そして角度をつけ――差し入れた。

 

溢れんばかりのスープでも腹は膨れない。しかし飢えとはもはやコップ一杯の水でも救済されるもの。

付け合わせのパンに手を伸ばした俺はかっさらうように摘まむと、自らの皿に投げ入れた。

 

 

「むッ!」

 

 

技術…今までの自分の経験全てを総動員し、皿の中にスプーンを挿し込むと浸かったパンをくるりと回転させ押し付けると上面にも染み込むように濡らした。

それから芋を支点とし、ずぶぬれになったパンを空中に打ち上げると――

 

 

「はむッ!!」

 

 

――喰らった。

 

…勿論本気だ、こんな体質だからこそ飢えがどれほど辛いかは人一倍理解している。

まさかこんなベタな例えを持ち出すとは思わなかったが、あえてこう言おう…食卓は、戦場だと…!

 

それから具を全て食い尽くし、皿を掴んだ俺はグッと傾けると直接スープを飲み干して息を吐く。

 

 

「お待たせにゃー」

 

 

空になった皿を机を置くと、それに合わせてアーニャが新しい皿を持ってくる。加えて今度は「ドン」という音と共に樽ジョッキが出された。

息を吐き終える俺はほぼ間髪入れずそのジョッキの持ち手を掴むと、口元にあてて一気で飲み干す。

安酒ではあるが、渇いた身体にはよく効く。五臓六腑を手もみ洗いされるかのような刺激が体の芯に染み渡り、薄く痺れさせる。

 

並々注がれていた麦色の液体の全てが喉を鳴らしながら通り過ぎ、舌の奥を熱くしていくのを感じた俺、は空になったジョッキを机に叩きつけんばかりの勢いで戻す。

そして未だ立ち去っていなかったアーニャに目を向けると、泡の付いた口を開けた。

 

 

「おかわり!」

 

「相変わらずはえーにゃん、待たれよ」

 

 

いつも通りの俺のパターンを知ってか「待っていた」アーニャは、にゃーとため息なのか鳴き声なのかをあげながら頷くと、机の上に置かれた空になったジョッキを両手で掴んで運び去っていった。

 

――現在「豊穣の女主人」、とあるテーブルに腰かけた俺は絶賛生命活動中。

 

ダンジョンで疲労し、何とか出口から数歩進んだところまでは覚えているがそこから先の記憶はないのだが、気づけばここにいた。

恐らく倒れてくれたところを――机の反対側に座り自分の分の夕飯を食している少年が連れてきてくれたのだろう、今までも何度かあったパターンだ。…そのまま帰ってしまう事も多いが、今日は一緒にご飯を食べる予定らしい。

 

ちなみにこうなるとヘスティア様がだいぶ落ち込むので何かしらの土産が必要となる。

 

…教会の前で石でも拾っていこう、ビールによって熱くなった息を吐きだした俺はそう決めた。

 

 

 

・・・

 

 

 

それからリョナが20枚目の皿をこなし、だいぶ腹が落ち着いてきたころ。

皿で机の上が埋まり始めたのでリョナは食べ終えた皿を重ねるように置くと、一度溜まったガスをげふー…と大きくため息を吐いて息抜きをした。

 

そして新しく入ってきていた皿に手を付けながら、ふと対極に座ったベルの方を見る。

…しずしずと食事をしているベルの顔にはいつものような若々しい…生気のようなものが感じられず、非常にしょんぼりとしているように見え、思わず食べる手を止めた。

 

 

「…ん?どうしたベル君、何か良い事あったのか?」

 

「え、あぁ結果的には良い事だったんですけど…まぁ僕的には反省というか」

 

 

…何だか嬉しいような悲しいような、複雑な表情をしたベル君は声をかけられると自らの皿の上を突っついていたベルは顔を上げ持っていたフォークを置くと、珍しいしょんぼり顔のまま何やら腰ベルトをガチャガチャと鳴らし始めた。

そしてナイフの入った鞘を取り外すと、ベルはそこで爆発したのか若干涙目で、感情的に鞘を見せつけてくると、ナイフを指さし熱っぽく語る。

 

 

「これ一回失くしちゃったんです!」

 

「あー…なるほど」

 

 

確かヘスティア様からの贈り物だったかそのナイフにベルは相当入れ込んでいたし、かなりの業物であるからして失うには惜しすぎる。

ベルが落ち込むんでいるのはつまりそんな大事なものを失くした、という行為自体に落ち込んでいるのだろう。

 

なるほど、と納得した俺は一口皿の上をさらいながらゆっくりと思案する。

 

(…あ?)

 

しかし噛み締め飲み込んだ頃に、「一回失くした」という単語に違和感を覚え目を細めた。皿から視線を上げ目の前にある鞘とナイフに目を向ければ、確かにそこにある。それはつまり――

 

 

「――え、何ダンジョンで落としたってこと?」

 

「あ、はい…多分」

 

「…ぁー多分?」

 

「えっと…拾ってくれた人がいたっていうか」

 

 

ダンジョンで落とし物を誰かが見つけたとして、それが本人の手に戻ることはまずない。

 

例え持ち主が解っていたとしても届けず金に換えるような奴しか潜らないのがダンジョンだというものだ…あぁいや、ベル君は例外だが。

それにダンジョンは広いためまず物が発見されることも可能性として少ない。

 

だというのに拾ってくれた人がいた…というのはどんな状況だろうか?

 

 

「というかリリが拾ってくれたんですけど…」

 

「…あー、あのサポーターの?」

 

「はい、落としたのを拾ってくれてたらしくて…」

 

 

あの巨大なバックパックを背負った少女。可愛らしいと言えば可愛らしかったが、どこか卑屈っぽくて何だか好きになれなかった…こじ開けるというのは気分によっては良いが、最初から素直の方が叫びとか出させるのに面倒くさくない。

 

…というのはともかく、なるほど一緒にいたであろうあの少女がベルの落としたナイフを拾って渡してくれたとそう考えればまだ理解できる。

 

であれば落としたのは一瞬、音を立てて落ちたナイフをリリが拾ってくれたという情景が簡単に目に浮かぶ。

しかしそうであればベルがここまで落ち込むはずは無いので…音もなくナイフは落下したのだろうか?そんなバカな。

 

どうにもきな臭い、落としたのに拾われたという事態が引っ掛かる俺は皿の上をぐちゃぐちゃとかき回しながら、イラつく。

 

 

「とにかく!リリがいなかったら今頃僕とヘスティアナイフは…!」

 

 

もはや涙目のベルはヘスティアナイフを崇め奉る勢いで安堵の表情をまき散らす。

 

ふっー…と息を吐きだすと、一度かき回す手を止めて頭の中を空にする。

最終的には戻ってきているのだし、ヘスティアナイフにはベル君の匂いが染み付いている。

 

ようは、もし誰かに盗まれたとして――奪い返せばいいのだ、探し出し疑わしきものを皆殺しにすればいい。

 

…第二関節がぴくりと疼いたのを感じた俺は、苦笑してベルに肩をすくめて見せる。

 

 

「まぁ…なんつーか落とし物には気を付けるんだぞ、ダンジョンで落としでもしたら普通戻ってこないじゃんし」

 

「はい!今後気を付けます!」

 

上手い事まとめると、ベルはいつもの明るい表情に僅かに戻って頷いてくれた。

 

…ダンジョンは広い。もし落としたことにも気が付かず、通り過ぎて帰ってしまったらもう失ったものは帰ってこないだろう。

たまに極まれにそういった遺失物が裏通りの店に流れていることもあるが見つけることも買うことも難しい。…砂漠の中で一粒の砂金を探すのと同じだ。

 

故に(ベル君を馬鹿にする気は無いのだが)ダンジョンで物を落とすのは一番避けねばならぬ愚の骨頂、落とすなどというのは中々に間抜けもとい馬鹿野郎と罵られてしかるべきだ。

 

その点、別に俺は普段から特段気をつけていないがそもそも大事なものであるグローブはもっぱら手に嵌めているので落とすことはありえない。

…まぁ、あえて唯一の可能性を述べるのであれば――

 

 

「ところでリョナさんは今日どこまで行ったんですか?」

 

 

ベルがナイフをしまうと、再び皿の上を貪り始めた俺に尋ねてくる。

 

 

「…ッ!!?」

 

 

その言葉に思いだそうとした俺の脳に強烈なフラッシュバックが走る。

 

咆哮する見上げるほどの腔、震える空気、肌で感じる衝撃波…そして振り下ろされる拳と、真っ黒に縁取られた巨人の姿。

忘れようにも忘れられない「恐怖」――圧倒的な実力差を今日俺は見上げたのだった。

 

まさにそれは化け物で…血が冷めるような、思わず一歩引きさがってしまうような「圧」。

 

俺は口の中に入れていたものを一度強引に飲み込むと、背筋を伸ばして「今日」を振り返り…身震いした。

 

そして今日の体験を簡潔に説明する。

 

 

「…18…に行こうとしたんだが」

 

「えっ!!?」

 

 

18階層、ダンジョンにあるいくつか存在するセーフティゾーン。その階層はモンスターも少なく自然豊かで、安全ゆえに町すら存在している。

そして駆け出しの冒険者たちにとって18階層がまず目指すべき「目標」であり、ベルには先に行ってしまうリョナが少し羨ましくも思った。

 

…しかし同時にそれが「第一関門」だということにも気が付く。

 

 

「ご、ゴライアスはどうしたんですか!?」

 

「ん、あぁだからアレだろあのでっかい巨人みたいなやつ…」

 

「は、はいっ!それですっ!」

 

 

17階層から18階層に続く大空洞「嘆きの大壁」、唯一安全圏へと続くその道は呆れるほどに高く広い。

 

その理由は――階層の主、迷宮の孤王「ゴライアス」巨大すぎる赤子をくるむためには揺り籠も大きくなくてはならない。

ベルも直接見たことがあるわけではないが話に聞くその黒灰の巨人は、それに至るまでに戦ってきたモンスター達とは比べ物にならぬほど強く、レベル1冒険者などいとも容易く屠ることが出来る。

 

ベルにとって未知数の話、しかもリョナが今ここにいるという事は少なくとも「相対して生き延びた」という事。

それは――非常に興味がある。既にリョナのわんこした皿で埋まりつつある机に手を突き身を乗り出したベルは、リョナさんの話をよく聞くために集中した。

 

…のだが、リョナは珍しく「恐怖」の感情を顔に浮かべ苦悩すると、反対に苦笑すると何かをブツブツと呟く。

 

 

「…でかい…とにかくでっかい…それにデカブツのくせに速い…あと切れないってのがなぁ…」

 

「ぎゅるぎゅる丸でも…!?」

 

 

ファーストインパクトを避け、地面に突き刺さった拳に反射的に切りつけたがその肌はワイヤーを撫でるように受け付け火花を上げるだけで全く切り裂かなかった。

 

鉄でも切り裂くぎゅるぎゅる丸のワイヤーの鋭さはベルも知っている。それが届かないというのであれば…ベルのナイフでは到底、突きささりもしないだろう。

 

 

「そ、それでどうなったんですか!?」

 

「いやどうすることも出来ずに敗走しか出来なかった、割とマジで死にかけたしなー…113ぐらいだったか…もうちょっとカウント稼いで行ったら…いや解んねぇなぁ…」

 

 

リョナですら勝てない存在。レベル1冒険者では太刀打ちの出来ない強さの相手だということにベルは少し将来的な不安を感じつつ、流石のリョナでも勝てない、というか勝たなかったことに少し「普通」を感じると嬉しく思った。

 

それから「うんうん…」とゴライアスに勝つ方法を悩んでいるリョナの姿に、喜んじゃだめだよねと思い直すと、見たことのないリョナの敵に思いを馳せる。

 

…そしてリョナと同じように悩んでみると、腕を組み首を傾げた。

 

 

「…というか避けて通るというのはダメなんですか?」

 

「うーん…まぁそれなら多分できるけど、倒したいじゃん?」

 

「あぁー…」

 

 

必ずしも絶対に乗り越えなくてはならない壁ではない、しかしそこは意地として何となく理解する。そこに壁があるなら、乗り越えたくなるというのは男の性だ。

 

できるなら18階層に行く前にゴライアスを自らの手で超えたい。しかしゴライアスなどの迷宮の弧王は普通は幾人もの冒険者達で組んだ大隊規模のレイドで攻略するもので、個人が相対するものではない。

 

…その上で勝つ方法?

 

(僕には思いつかないかなぁー…)

 

何だかあまりにもスケールの大きな話だ、それにゴライアスに直接会ったことも無いのでただ妄想の中でだけ勝利する方法を模索するのは中々に困難だった。

 

とはいえ助言が全くできないわけではない、ベルは前々からリョナ自身が常々言っていたことを思い出すと軽く笑いながら確認してみる。

 

 

「そういえばリョナさん、前からぎゅるぎゅる丸の整備をしたいって言っていませんでしたか?ひとまずそれをするというのは…?」

 

「おおナイスアイデア!確かに何の整備もしてないから諸々ガタが来てたし、何だったら改良するってのもいいかもな」

 

 

ベルの言葉にリョナはその手があったかと掌を打つ。

といってもこれは前からリョナ自身が「したいしたい」と言っていることであり、機会が無いからか中々出来ていないことであった。

 

冒険者と武器の関係は「×」。

冒険者自身が強くなればその武器をもっと巧く使いこなせるし、反対に武器が強くなれば冒険者もより容易くモンスターを屠れるようになる。

 

…至極当然の事をベルとしては言ったつもりだったのだが、リョナにはそれは盲点だっったらしく非常に上機嫌な笑みを浮かべていた。

それから「どう改良するか」や「そもそもどこで整備しよう」とか何言か少年のようにリョナは笑い、語る。

 

 

「―♪」

 

 

とはいえ「実物を出した方が早いか」、と呟いたリョナは鼻歌交じりにテーブルに乗せていた腕を下ろし、コートの中に手を入れぎゅるぎゅる丸のついた腰に手を伸ばす。

そして恐らく紐を外しているのだろうゴソゴソと漁ると――

 

 

「ん?…ん、ん?」

 

「…どうしたんですか?」

 

 

――ピシリとその表情が固まり、ゴソゴソという手の動きが早くなっていくのをベルは不思議そうに見る。

 

テーブルに隠れた机の下はベルには見ることが出来ず、どうなっているかは見えないが…リョナが内心どんどんと焦りを募らせている、という事は何となくだが解った。

 

ベルはつられて不安になると、怪訝な視線を思わずリョナに送る。

 

そして――リョナのせわしなかった手が止まり、絶望した表情で顔を上げたのを見て「まさか」と目を見開いた。

 

 

 

「――失くした」

 

 

 

「……ッは、あのもしかして…!?」

 

 

それからリョナの物とは思えない非常に仄暗く絶望した声に、ベルはわなわなと震えるとその「最悪の予想」が外れていることを祈り――掠れそうな息を吐きながら尋ねてみる。

 

…するとリョナは変わらない表情でガクガクと震え始め、ガバリと立ち上がると――

 

 

「ぎゅるぎゅる丸、失くしたァァァ!!!!?」

 

「うるさいねリョナ、いい加減追い出すよ!!」

 

 

 

――豊穣の女主人の騒がしい店内に、「ダンジョンで物を落としたら戻ってこない」と言った口から、「物を失くしたこと」に絶望した叫びを響き渡らせたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 




日常感を演出したかったんだがなかなか難しい・・・

今回からリリルカ・アーデ編!ロリ最高だぜ!予定では三話ぐらいで終わらす!(なお予定を語ると二倍になる法則)

あそれとタイミング的にリョナは一度ヘスティアからステイタス更新を受けているんですが(考えてなかったんで)次回まとめて書きます!

では次回!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。