このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。 作:みころ(鹿)
というか寒くなって指先がかじかんでカジカジしてまいりました…みんなも凍傷には気を付けるんじゃぞ?
・・・
「…なるほど、つまりリョナ君はダンジョンでぎゅるぎゅる丸を落としてしまったと」
「はい…そうみたいなんです」
廃教会の地下、ヘスティアファミリア本拠地。
ぼろいソファに座った主神と白髪の眷属は暗い顔で向き合い、「うーん」と顔を落とす。
時刻はすっかり夜、月明りでは心もとない地下室にはろうそくが一本たてられ薄ぼんやりと照らしていた。
――「ダンジョンで物を落とせば、落としたものは帰ってこない」。
それは至極当たり前のことで、言うなれば砂漠の中から一粒の砂金を見つけ出すようなもの。…同様にヘスティアナイフを落としたベルの場合、たまたま砂金を拾っていた友人が近くにいたといったところだろうか、何にせよ運が良かっただけで繰り返せるものでない。
「うーん…」
「…どうにかならならないんでしょうか、神様?リョナさんすごい落ち込んでしまって…」
「うー…ごめんね、神威があるならまだしも今の僕にできることは無いかな…」
やはりどうすることもできないのではないか、という思いに二人の面持ちは更に暗くなる。
そして自然と部屋の隅に目を向けると、そこにうつ伏せに寝ている既に全裸の男の背中を見る。
ホームに帰ってくるなりリョナはすぐさまシャワーを浴びると、そのまま自らの(狭いスペースに強引に詰め込んだ)ベッドに倒れこんだ。
…その様は終始ぼんやりとした物であり、いつもの大人の余裕というようなものは微塵も感じられず、すぐさま寝転がったのもふて寝のようであった。
「…いったいどうすれば」
「……どうするかはリョナ君が決める事だ、もう夜も遅いしベル君も寝た方が良い」
「はい…おやすみなさい、神様」
「何だったら明日の朝僕が話してみるよ、だから安心して…おやすみなさい」
家族とはいえ人のために頭を悩ませていたベルにヘスティアは諭すと、立ち上がる。
すると元から眠かったのだろうベルは素直に頷くと、そのままソファに寝転がり瞼を閉じた。それからすぐに意識を落とすとすぐに寝始め、静かな寝息を立て始める。
(やっぱり優しいんだね、ベル君は)
ヘスティアはその可愛らしい寝顔に微笑むと、家族とはいえ他社の悩みに真剣になれるベル君の優しさに嬉しく思った。
そんなベルの寝顔をいつまでも見ていたいとヘスティアは願うが…すぐに、自分を律し立ち上がると振り返る。
…そこには裸で寝ているリョナが。
「全く!風邪をひくぞ君は!」
ヘスティアはリョナの足元に丸まっていた集めの毛布を掴むと、荒々しくリョナの全身に(目を逸らしながら)投げつけるようにかけた。
…リョナはうつ伏せのままベッドに顔をうずめており、全く反応はない。
それでもヘスティアには眠ったリョナの内心の焦りが手に取るように解った…それは「親」だから。
「全く…」
毛布を掛け直す。
そしてベッド脇に腰かけると、その背中に触れた。
…暖かい、というか熱いその背中はヘスティアの掌をじっくりと――
「ッ!?…やっぱり…」
――ピリッ…とした痛みが走り、思わず反射的に手を離す。
親だというのに、子供に触れることも叶わない。
ヘスティアは離してしまった自らの手をしげしげと眺めると、悲しみに満ちた瞳で「神殺し…」と一言だけ呟いた。
「…」
その広い背中を見下ろしながら、特殊なこの子の身柄を案じる。
(…といっても、解らないしなぁ…)
「神殺し」について――今までも何度か考えてみたが到底解らない、それに不用意に他の神に相談する事も出来なかった。
しかし一つだけ変化がある、それはあの大怪我を経てからリョナの身体に触れる度に痛みが走るようになったこと。
もしかすると…大怪我をしたことで何かリョナの中にあったものが覚醒したか、あるいは――
「――ふぁ…僕も寝よう」
どうせ考えても答えは解らない。眠気に欠伸を浮かべたヘスティアは今日の労働を思い出しながらリョナのベッド脇から立ち上がると、緩慢に伸びをする。
そして自らのベッドに向かうと…途中で思い直し、振り返る。
それからソファの方に近寄ると――スースーと寝息を立て始めるベルの上に、まんまと潜り込んだのだった。
・・・
時刻は僅かに戻り、夕刻――『ダイダロス通り』。
かつての偉人…いや、奇人ダイダロスが創り出した迷宮。
オラリオでも貧民街となっているここは度重なる区画整備と増築のせいで道は複雑怪奇、ときには上下左右どこに進んでいるか解らなくなるほど混迷しており、初見の者が安易に踏み込むと帰ってこれなくなるとまで言われていた。
(…)
そしてそんなダイダロス通りでも「浅い」石造りの道に、注意深く進むフードを目深に被りやけに巨大なバッグパックを背負って進む小人族が一人いた。
周囲を警戒しながらゆっくりと進むその者が果たして稀に襲ってくる野党の類を警戒しているのか、あるいは道を間違えないように注意しているのかは解らないが、どちらにせよそれは正しい…ことこの場所において警戒しておくにこしたことは無いのだから。
…とはいえコートのパルゥムは十分に周囲に気配を配りながら、比較的軽い足取りで自らの目的地に向かっていた。
「…!」
――目の前に黒猫が現れる。
スタッと軽く着地するように小道から出てきた黒猫は尻尾をゆらりと揺らめかせ、ゆっくりと我が道を歩んでいた。
…進路に歩み出てきた黒猫に、思わずそのパルゥムは立ち止まり注視する。
すると黒猫もまたこちらに気が付いたのかのんびりとこちらに顔を向け、黄褐色の瞳を細めると…退屈そうな顔でニャアと鳴いて、来た時と同じようにフワリとその場から立ち退いた。
「…」
馬鹿にされた感はある、しかし猫一匹気にしない。
猫にからかわれたパルゥムはまた歩み始めると、目前にまで迫った目的地の看板を見つけるとバックパックを背負い直す。
…夕暮に染まった道には他に人影は無く、その小人族の足元にだけ淡い漆黒が揺らめいていた。
そしてそのパルゥムの少女が目当ての「質屋」に辿りついた時、夕日は迷宮に影を落としたのだった。
・・・
「ふむ、ダメじゃな。押しても引いても切れぬ…刀身が死んでおるわい」
「そんな…!?」
目を見開いて驚いたリリは、目の前に座る老人に驚愕の視線を送る。
そしてカウンターの向こう側でベルから盗んできたヘファイストスのナイフの先を撫でる姿に、その言葉が嘘ではないのだと知ると知った。
…もし、昼間ダンジョンで見たあの鋭さに指を這わせようものなら老人の皺塗れの皮膚など容易く裂け、今すぐ鮮血を噴き出させているのだろう。
しかし――何故?
「お前さんがこんなガラクタを持ってくるとは珍しいのぉ…まぁ間違う事もあるじゃろうて」
「ま、待ってください。それはヘファイストスの――」
「これが?」
そう言って老人は目じりに皺を作ると、何も切れないナイフの刃で指を撫でる。
リリは自分でも説得性がない事を理解すると、悔しそうに歯を食いしばる。
そしてあの「ヘファイストスと刻まれた鞘」さえあればどうとでもなると瞬間的に思い浮かぶと、落胆に気分が悪くなりつつある喉奥からため息を吐いた。
「…まぁそう落ち込むで無い、ホレ」
そう言って老人から手渡たされたナイフをリリは受け取ると抜身のまま切れなくなったナイフを胸元にしまい込む。
「それに――」
老人の言葉が続く。
その顔は正に満面喜色、老人であってその笑みには少年のごとく「新鮮なもの」への喜びを覚えているようだった。
そして座ったままその短い腕を精一杯に伸ばすと、カウンターに乗っていた「それ」を掴む。
「――こんな面白いものを持ってきたんじゃからなぁ!」
そこに置かれたるは――「黒鉄のグローブ」。
カウンターの上に置かれた二対の黒鉄は狭い店内に置かれた唯一のランタンの光を鈍く反射させ、その隙間から見える凶悪な造詣をした棘を照らしていた。
そして老人が手に取ると複雑な関節機構がくいと曲がり、かちゃりと音を立ててカウンターから浮かび上がる。
「ふぅむ…」
手に乗った二つのグローブを老人は回すように見上げる。
ゴツゴツとした黒い外部装甲、中張りにされた交差したレースのような生地、指の第二関節及び各所に仕込まれた複雑な機構の数々…それは素材、技術共に未知でありこの世界では誰も見たことが無いもの。
そしてそれはこの老人も同じだ…その全てを目にいれた老人は小さく落ちくぼんだ眼を歪ませ笑うと渇いたため息を吐く。
それから満足そうにしげしげとグローブを眺めるとその視線をリリに移す。
「…やはり、儂も長い合間色々珍妙なものを見てきたつもりじゃがこんなものを見たことが無い!オーパーツと言っておったがこんな物どこで拾ってきたんじゃ?」
「…そうですね、ダンジョンで拾ってきたんです」
思わず笑みをこぼしかけたリリは冷静に答える。
しかしその胸の内では既に先ほどの落胆は薄れ、誤算が功を奏したことへの喜びが熱くなってきていた。
…リリとしての本命はナイフの方だったが、まさかグローブの方でここまで期待値が高くなるとは思わなかった…それにナイフの方はあの鞘さえ手に入ればという状況なのだから。
内心ワクワクとリリは、グローブを手にした老人の動向に注視する。
そしてその観察の後、提示されるであろう金額に思いを馳せた。
しかし――
「じゃがのぅ…これは買えんな」
「…!」
――老人は残念そうにグローブをカウンターの上に置く。
「何故ですか!?」
思わずカウンター越しにリリは老人に詰め寄る。カウンターさえ無ければ掴みかかっているほどの勢いのリリは睨むようにして老人を見上げると…僅かに慌てと困惑で計算し、冷や汗を垂らしていた。
ガゴンッ…とカウンターに体当たりせんばかりのリリに老人は眉をあげると目を細める。
…そして「いやいや」と首を振るとその小さい腕を組んでみせた。
「これは確かにウン千万ヴァリスは下らん…上手くすればウン億ヴァリスはする代物じゃろう」
「…!」
想像以上の質屋の見立てにリリは目を見開く。
しかし、なればこそ…!?
「だったら…!?」
「うむ、だからこそ今儂はそんな手持ちは持っておらんし、なにより――」
…なるほど、ここいらで名は知れているとはいえただの質屋が即金でウン億ヴァリスを用意出来るはずもない。
ハッと老人の言葉に気が付いたリリはいきりたった肩を収めると老人の次の言葉を待つ。
「――7日、いや8日後にとある豪商がオラリオに来るんじゃが、そやつは随分と物好きな奴での…こういったモノに対して金に糸目はつけんじゃろうて」
「…!…」
「勿論確約は出来んが…奴とは個人的な付き合いがあるからの、数億ヴァリスの交渉も全然ない話じゃないのぉ」
生唾をリリは飲み込むと計算する。
豪商、というのがどこまでかは解らないが趣味のためにウン億ヴァリスを出すというのであれば相当…!
「して、どうする?今儂は買えんが8日後であれば確実に高値で買えるじゃろうて…勿論手数料は頂くがの?」
キラリと微笑みながら尋ねてくる老人の目が光る。
その質問は選択を迫るが答えはお互い知っているようなものだ…選択の余地がない質問にリリも軽く笑い返すと…頷いた。
「えぇ、そういう事でしたら私も構いません…いえ、むしろよろしくお願いいたします」
「ふむ、こちらこそな」
…盗んできたわけだから、出来るならば今日中に売ってしまいたいという思いはある。
しかしそういう話なら、というかそれしかないのであれば仕方ない。
スケールが万を飛んで億の額、8日という長さは危険だが、リスクに怯えていては盗みなどできない。
…それに痕跡は残していないし、荷物全てを漁られるでも無い限りバレるはずはないのだ。
(…できる)
「8日間」、どうとでもなると確信したリリは床を見ながら目じりを緩める。
そしてされさえ過ぎてしまえば「目標の金額」さえ飛び越え、暫く生活にも余裕が出るという事に安堵を覚えたのだった。
「…ちなみにそれまで儂がここで保管しておいても良いぞ?そうすれば査定効率も良いじゃろうて」
「お断りします」
「そうか、それは残念じゃのー」
勿論お断りだ。
この老人とは懇意ではあるがダイダロスの住人に何かを預けるというのはもうそれは帰ってこないのと同じ、預けてしまえば最後「はてそんな物あったかの?」とはぐらかされて騙されるだろう。
老人は大して残念そうじゃ無そうげに肩を竦めるとカウンターの上に置かれたグローブをリリの方に押し出す。
その際カチャリ、と小さな音をたてたグローブをリリは軽く手を伸ばすと掴んだ。
「…ん」
手ごろな重さが手のひらの上に乗り、カウンターから引いた腕に微かな負荷がかかる。
そしてゴツゴツとしたそれを服の内側に入れるとリリは服の上からそれが目立たないかを確認すると、僅かに冷たいそれが自らの体温で暖まっていくのを感じほくそ笑んだ。
(…楽しみ、ですね)
不安もある、しかしそれ以上にこの現状の打開への「カギ」と考えると、最終的には手放しはするが愛着すら湧いてくる。
――8日後、その時まではこれはリリの宝物なのだから。
「それでは」
老人に目をやって軽く会釈をした後振り返ったリリは店のドアを開ける。
その時、これの持ち主の顔が一瞬思い浮かんだが…「何をいまさら」一蹴すると邪悪にも笑う。
「…気を付けてな」
そしてその背中に老人の言葉がかかり、後ろ手に扉が閉まった後リリは質屋を後にしたのだった。
・・・
「ん…」
目を開けると、珍しく寝ざめが悪い。昨日の酒のせいでか頭は重いし、身体は妙に気だるい。
…朝なのだろうか。仰向けの状態からズリ…と顔だけを動かし見上げると、朝の透明な光が部屋の中に差し込んできているのが見える。
「う…」
腕をベッドに突き立て、身体を起こす。
全裸で寝ていた身体は凍えており、重くなった上半身だけを起こした俺は一度ブルリと震える。
この部屋は地下ではあるのだが天井は穴が空いており、朝の冷気が降ってくるので俺の肌を刺している。つまり全裸で寝るには向いていない環境なのだが、完全に悪癖になってしまっているため(というか大して大事でも無いため)中々治せる事ではなかった。
…というかせめて天井の穴だけでも直せればいいのだが。
「ふぁ…」
凝った身体をほぐすため伸びをする、するとゴキリという音とともに背骨が鳴った。
痛くは無いが無防備にさらされた上半身は寒い、慌てて俺は毛布を体に巻くと何とか暖をとる。
そしてミノムシのようになりながら部屋の中を見渡してみる。
「ぐごー、ごぐー」
…ソファに非常にだらしない恰好をしたヘスティアが、涎とかをまき散らしながら大いびきで寝ていた。
恐らく、というかいつも通りヘスティアがベルの寝ているソファに潜り込み、それでベル君が押しのけて出ていった結果、そのまま一人で寝ているということになるのだろう。
その安らかな(というかある意味大胆な)寝姿を見ていると、本当に人間と変わらないように見える。威厳が感じられないのは別に起きていてもだが…神性、というか神威の発動が認められないというのだから尚更だ。
(…)
というか、ベルの姿がない。
いつもは俺と同じかそれよりも早い時間に起きて、ダンジョンに行く準備をしたり朝ご飯の準備をしたりしている…のだが、今日は狭い部屋のどこにも元気な少年の姿は見られなかった。
(状況的に考えて、まぁ俺が寝坊したって感じだな…)
鼻を鳴らして匂いを嗅いでみる。
残されたベルの臭いはだいぶ薄れており、朝の澄んだ空気というにはだいぶ濁っている。
…推察するに時刻は9時半ぐらいだろうか。
「ふぅー…」
それ以外特に違和感が感じられなかった俺は、ベッドに座ったまま大きくため息をつく。
ミノムシ状態から出るのは非常に心苦しいが、そろそろ出ていかなくては。
俺は普段着のある位置、ベッド脇に畳まれた自分の服を見ると、一瞬全裸になる恐怖と寒さに戦慄く。
しかし一日寒さに怯える訳にはいかない、俺は覚悟を決めると毛布をはだけた。
「ッ!」
一瞬、寒い…が余裕で耐えられる程度の寒さだ。俺は置かれた自らの服に手を伸ばし急いで着る。
緩いインナーシャツと下着、そしてジーンズを履き靴下をつける。そしてコートはさておき――
――腰につけるための「ぎゅるぎゅる丸」に手を伸ばし、そこに何もないことに思わず指を竦めた。
(…どうしたもんかな)
竦めた腕を力なく下した俺は反対の手で髪を掻き上げるとため息を吐き、朝の錆びついた思考を解すように思案する。
俺の唯一の向こうの世界からの持ち物、ぎゅるぎゅる丸。作ったのは俺が十代の頃で、そこからずっと愛用してきた。
思い入れは…かなりあると言っていい、常に身近にあったそれはもはや身体の一部と言っても過言ではなく、あの手慣れた重さが無くなったのは異様なまでの寂しさがあった。
俺は軽くなってしまった腰をベッドからあげると、再び伸びをする。
「どうしたもんかな…」
呟きながら台所に向かって歩く。
それから鼻を使い戸棚の中に放置されていたチーズの欠片を探し出し掴みだすと、食べながら再度思案する。
思案する内容は勿論「ぎゅるぎゅる丸」について。
まず状況として、俺はぎゅるぎゅる丸を事もあろうにダンジョンに落としてしまった。
理由は疲労と不注意だろう、昨日は地上に戻る際にゴライアスとの接敵で慌てていたし、帰りは運が良かったのか敵と会わずぎゅるぎゅる丸も装備していなかったため、落としたとして気が付かない可能性もあった。
(…)
ヒントは、ダンジョンという以外何も解らない。
それは常識的に考えてもうぎゅるぎゅる丸を永遠に失ったと言っても過言ではない。
しかし――
(――探そう)
だがそれはあくまで俺以外の場合において。
とはいっても確実な方法があるわけではなく、あくまで可能性がある方法を俺が持ち合わせているだけということ。
「鼻」を使えば自らの武器の臭いを追跡できる、鼻の利く俺はもしかするとダンジョンの中で落としたぎゅるぎゅる丸の在りかを探ることができるかもしれない。
…とはいえ自らの臭いというものは慣れすぎているので追うことが中々に難しい。加えてダンジョン中濃い血と獣臭に塗れているため中々に難しい…というか、無理難題だ。
しかしいくら見つかる可能性が低かろうと…諦める訳にはいかない、あれは唯一無二のオリジナルなのだから。
それに大切な自らの宝ものだ、必死にならずしてどうする。
「よし…!」
昨日眠る前考えたことを俺は再度確認すると、決意を固めた
落とし物を探す、ただそれだけの事に躊躇いも無い。
チーズを数個食べ、保存された水を飲むと俺はコートを肩に引っ提げる。
そして一度ソファの上に寝ているヘスティアの方を見ると、ふっー…と重くため息をつく。
「…行ってきます」
それから振り返りつつコートを羽織ると――失ったぎゅるぎゅる丸を探すべく地上に向かう階段に足をかけたのだった。
・・・
「ん…あれ?」
廃教会のぼろい扉を後ろで閉めた俺はふと大切な事に気が付く。
「武器なくね?」
俺はぎゅるぎゅる丸以外の武器は所有していない。
しかしきっとぎゅるぎゅる丸はダンジョンの中に落ちているわけで、これから俺はダンジョンに向かおうと思っていた。
しかし俺といえども武器が無い状態でダンジョンに潜るのは自殺行為なわけで――
――モンスター相手に徒手空拳?んな馬鹿な。
「…まずは何か武器を見つけないとか」
んー…と瞼に力をこめ武器の工面に悩む俺は、そのまま教会の狭い敷地の外に足を出す。土から石造りの道では踏みしめる感触が違う、コツンという乾いた音が靴底から鳴った。
それから清々しいまでの青空を見上げると、どこで武器を買ったものかと考える。
…しかしゆっくりと流れる白雲には良い武器屋の場所など描いているはずもなかった。
(こんな事なら普段から探しておけばよかったなー…)
ぎゅるぎゅる丸以外の武器を持つつもりなど無かったので、武器屋にはあまり興味を抱いていなかった。町を歩くと時たま鍛冶をしていたり武器を並べたりしている店はあったのは知っているが…買うのであればやはり良い剣が欲しい、少なくともぎゅるぎゅる丸を見つけ出すまではその代わりになるのだから。
(というか金は)
コートの中に手を入れてその中から財布代わりの包みを取り出す。
ずっしりと重いそれを俺は軽くポンと投げると、掌の感覚で何ヴァリスぐらい入っているかを確認してみる。
…1万ヴァリスくらいはあるだろう、最近数え方を知った程度なので詳しくは解らないのだがそれくらいはあると感じた。
これで足りるのだろうか、ホームには貯金が幾ばくかはあるのでそれを持って来ても良いが、とりあえず店を探してからでも遅くはないだろうが武器の値段というのがいくらくらいなのか俺は知らない。
…うーん…と腕を組みながら歩き始めた。
「…ん?」
ひとまず大通りに出れば、何かしら店が見つかるかもしれない。あるいは最悪そのままギルドに向かい、エイナに会えば何かしらいい店を教えてくれるだろう。
そう思い、俺は大通りの方向に足を向ける。
しかし…そこには箒を携え、「店」の前をせっせっと掃除している犬耳の女の子がいた。女の子は箒を巧みに縦横無尽に丁寧に動かして塵芥を飛ばし、店前を綺麗に清掃しているのだった。
…確かお隣さんだったか、ミアハファミリアの…名前は…。
「よぉ…えっと、ナァーザちゃん」
何とか名前を思いだした俺はテクテクとその女の子に近づくと、声をかける。
お隣のというか近所の薬屋の店は「ミアハファミリア」という…ヘスティアファミリアと同じ零細貧乏ファミリアだ。
そして言うなれば商業系ファミリア…のようなものらしい、ヘスティアファミリアと違いミアハファミリアはダンジョンに行って魔石で生計を立てているのではなく、薬を売って生活している。何でも神の恩恵には戦闘面だけでなくそういった生産系のスキルもあるらしく、ポーションの効果を高めるものなんかもあるそうだ。
…まぁそれ以上詳しい事は知らないのだが、そういうファミリアもあるのだとこの時初めて知った。
そしてこのナァーザ…エリスイスちゃんはそのファミリアの唯一のメンバーだ。
いつもは店番をしており、ベルなんかが良く店を利用するためついでに俺も店内に入ったこともあった。
…まぁ会話したことは殆どないのだが。
声をかけられたナァーザは丁寧に掃いていた道から目をあげると、その半分閉じたような眠そうな藍色の瞳をこちらに向ける。
そして極めて無表情のまま、だらしないとも言えるにへら顔で近づいてくる俺の顔を眺めると、箒を軽く握ったまま首を傾げてみせた。
「…何か?」
そばで立ち止まると、160cmくらいのナァーザを見下ろす形になる。
リリルカアーデ嬢程ではないが…二日酔いがまだ残っているせいか若干首が痛くなった。
逆に見上げてくるナァーザの薄灰茶色の緩くカールし編みこまれた触り心地の良さそうな髪と耳に思わず触れたくなるがアーニャ曰くとても失礼ニャそうなので何とか自制する。そしてこの世界特有の容姿の整い方に(いつも通り)嗜虐心を刺激されるが、嫌悪ならまだしもナァーザのあまりにも無表情なその顔に性欲が失せるレベルで思わず苦笑した。
「…いや、なんてことないただの挨拶だ」
「そうですか、ではおはようございます」
あれ、何で声をかけたんだろう。
…可愛い女の子が店先で箒をかけていたから思わず声をかけた、とか理由としてどうだろうか?
ともかくぎゅるぎゅる丸を失った寂しさを埋めるためなのかは知らないが、とにかくナァーザと何か会話をしたい俺は何か喋る話題が無いかと話のタネを模索する。
「…」
「…」
しかしこの子の事を何も知らないし、共通の接点があるわけでもない…何なら隣に住んでいるというだけでもはや関りが無いとすら言えた。
(…ふーむ)
差し障りない話題、といっても俺はこの世界に慣れかけてきたばかりだ。むしろ常識だとか雑学だとかで言ってしまえば俺の方が詳しくない。
…仕方ないのでそのままナァーザが掃除する様を、割と至近距離で観察する。
すると非常に丁寧に掃除をしていた彼女は、未だ立ち去っていない俺の足が視界に入ったのに少し眉をひそめ怪訝そうな顔をして俺の事を見上げてきた。
「…邪魔です」
「失礼」
数歩退くと、ナァーザはまた顔を落とし掃除を再開する。
完全に無表情というわけではなくただ表情が乏しいだけなのだなと解った俺は少し納得すると、その小さく箒を小刻みに動かしながら掃除を続けるナァーザの背中に、俺は何も考えずにただふと思ったことを尋ねてみる。
「もしかしてナァーザちゃんは俺の事が嫌いか?」
「…はい?」
質問の意味はそのままだ、何だかナァーザは俺の事が嫌いなように見えた…ので尋ねてみた、それだけだ。
そんな俺の単純な疑問に、先ほどより眉をひそめたナァーザは一度掃除をする手を止め顔を上げる。
(あ…いい表情…)
若干怒気が混じったような困惑と蔑視の混ざったような顔であっても美少女っぷりが崩れないのも良いが、そのふと抱いてしまう感情を見たからこそ苦痛に歪むような絶望に明け暮れるような他の表情を見てみたくなる。
…しかし今の目的はあくまで会話だ、苦悶を味わう暇はない。
渇いた食欲と性欲にも似た欲求を俺は口惜しくも飲み込むと、少し自らの発言の意味を考え(何も理由など無いのでは?と思いつつも)説明してみる。
「いやー…何かベル君とは対応違うなーって…」
「はぁ…」
そういって、何となく納得したナァーザは視線を落としあごに手を当てると少し思案する。
それからチラリと自らの家の方…つまり店内を見るとその後俺の事を見上げてきた。
「だってあなたは店の物を買っていかないから…ベルはいつも買っていくから客…」
「あー…そういうこと」
俺はバベル内のギルドがやっている店でポーションを買うのは済ましてしまっている。というか怪我をしても唾つけとけば大体治るので、使う機会も少ないので買う機会が珍しい。
それで対応が悪いのはつまり…ミアハファミリアの店にベル君の付き添いなどで行くものの冷やかしばかりで金を落とさないため、俺の事を客ではないと判断したというわけだろう。
…まぁこのミアハファミリアは下手をするとヘスティアファミリア以上の経済難らしいので、現金な性格なのは仕方ないことかもしれないが。
頷いた俺はそういうこと、と納得するとそれをそのまま話のタネにしてみる…対応について。
「しかし対応良くしたら、もしかしすると何か買っていく気分に変わるかもしれんぞ?」
「…なるほど、一理ありますね」
日本的な接客かもしれないが、例え物を買わない客でも最高級の対応を一応する。それは物を買ってもらう可能性を上げるという実利的な意味合いもあるが、継続的に通ってもらうために気持ちよく利用させるためだ。
お客様は神様だ…なんていう言葉でそれは解るだろう。
「…」
俺の言葉に一応の理解を示した様子のナァーザは一度顔を下げると、箒を一度手の中で回転させ――今度は顔を上げると、微笑んで見せた。
…所謂営業スマイルというやつだ、しかしそれは微笑みというには余りに変化に乏しく口角も精々2、3度くらしか上がっていない。まぁ元々が無なので微妙な変化であろうと笑っているのだと解るが。
しかし――
(それだけではつまらんな)
――微笑むだけで何も喋らず、見上げてくるナァーザに俺は少し悩む。
そして「頭」を見て対応を決めると、からかう為に意地悪く俺はニッと嗤う。
「『お座り』」
…。
犬、というか犬人なのだが、その耳を見ていると何だかそれが一番正しい対応のように思えてくるから脊髄反射というのは本当に恐ろしい。
とはいえナァーザがそれに応じるかというとそれはまた別の話だ、見下ろし爽やかな笑みでお座りを要求してくる俺に微笑みから驚愕、そして恥じらうように頬を染め表情を変えると――
――手に持った箒を一度地面に置き、その場で「お座り」するのだった。
「…ッ…」
頬を大幅に染めぷいと顔を背けるナァーザは、非常に恥ずかしそうな顔で俺の足元に手をつき、律義にも足をM字に開いてその場に座っている。
そのいでたちはシルクっぽい服、下は長いスカートなので例えそんな座り方をしても何も見えないが、つい気になった俺は腰を曲げて覗き込んでみる。
…するとまぁ案の定というか、恥じらいを強めたナァーザはハッと目を見開くと何も見えないように若干股を閉じた。
しかし曲げられた太もも、伸びた背筋、僅かに寄って強調された胸などその程度では隠し切れないエロさ…もとい恥ずかしさが滲み出ていた。
(やばい、楽しい)
朝っぱら婦女子を捕まえて何をさせているんだという声が聞こえてくる気がするが、というか早くぎゅるぎゅる丸を探しに行かなくてはならないのだが、常に欲望に忠実でなければ快楽殺人などやっていられない。
そのナァーザの恥じらう顔に思わずにやけた俺は、犬のようにお座りするその姿をゆっくりと観察し堪能すると、「次」を命令する。
「『お手』」
「…!」
今度こそナァーザは顔を真っ赤にする。最大限驚いたその表情は最大限恥じらいを称えており、泣き出しそうなその瞳は濡れ、とんでもない命令をしてきたその男の屈託ない笑顔を震える瞳孔で見上げていた。
…しかしナァーザは数舜考えた後、頬を染めたまま顔を背ける。
「いや…です」
まぁそうだろう、お座りとお手どちらが恥ずかしいかと言われれば確実にお手の方が恥ずかしい。なぜならお座りだけなら野生の犬でもままするが、お手は完全に屈服の証…人にしつけられた犬のみが行う行為だからだ。
とはいえ犬人の場合そこまでの意味はないとは思うが、恥ずかしい事であるということには変わらないだろう。
事実として頬は赤く上気しているし、物を買うかもしれないというだけではとてもじゃないが到底「お手」などしてくれないだろう。
故に――俺は「カードを切る」。
「あー…あっついなー…」
「!?」
ポンポンと胸元を擦りながら、パタパタとコートをはためかせる。
しかし朝、日本の夏でもないこの世界は寒くはあっても絶対に熱くはない。
――俺の手がコートを揺らすと、ジャラジャラと胸元に入った一万ヴァリスが鳴る。
それはきっとナァーザにも見えていただろう、丁度俺の触った辺りを見ていた彼女ははだけたコートの内側に、かなり大きめの袋が釣り下がっているのが見えただろうし、音と金属の匂いでその中身が全て金貨なのだという事を知って目を見開いていた。
…一万ヴァリスは俺にとってもそれなりに痛い出費だが、今の欲を満たすためなら全て投げ打とう。それにカードとしてこれ以上のものはない、彼女とミアハファミリアにとって1万ヴァリスはかなりの大金…言うなれば臨時ボーナスか、それ以上のものだ。
そんなものが目前をちらつけば――ナァーザも流石に目の色を変える。
一瞬、恥じらいすら忘れた彼女は一度だけリョナの胸元から見えたその袋とその中身がいくらばかりかを懸想し、手に入れたところを想像し…手に入れ方を思い出すとまた顔を紅に染めた。
「…さて何だっけ、お手する?しない?いや別に嫌ってんなら強制はできんが…ね」
「…!…」
手を差し伸べる。しかしそれは救いの手ではなく、言うなれば「いじり」の手で意地悪い手。
その手をとれば大金が手に入る可能性さえあるが、悪魔に魂を売るがごとく…恥ずかしい。
ナァーザは目の前に差し出されたそのやけに大きく感じる手をじっ…と、見つめる。
相変わらずその整った顔は赤く上気しており、藍色で横長の瞳は濡れて、唇は三角形のようにキュッと結んでいた。
それはまるで禁欲するかのような…必死に自らを抑え、我慢しているかのような様相だった。
しかし明らかに…もう心は折れかけている。
それは彼女の頭、そして背中から腰回りを見れば一目瞭然――彼女の頭についた小さな耳は可愛らしくピクピクと揺れ、背中周りの服は尻尾を振っているのかブンブンと膨れて揺れていた。
(あぁー…やばいかも)
良い表情だ。侵したくなるし、犯したくなるし、殺したくもなる。
まるで誘っているかのようなナァーザの堕ちそうなその顔に、俺は様々な欲を掻き立てるのを半ば抑えることができない。
というか抑える必要があるのだろうか、もうこうなれば今すぐに攫って――
――ぽん、と掌に柔らかい感触が乗ったのに気が付いて正気に戻った。
見ればナァーザは「お手」をしていた。
赤くなった顔を背け、目を背け、最大限恥ずかしがっていたが、その手でだけは差し伸べた俺の手の上にスルリと乗っていた。
若干湿ったようなナァーザの柔らかな指はぴとりと俺の肌に触れる。そして緊張しているのか異様に体温の高いその掌で俺の手を温めると、若干に擦れる度現れる異性特有の柔らかさに更にピリリと欲を刺激された。
(うん、攫おう)
例え俺じゃなくても我慢できないだろう、こんな可愛らしくお手をして瞳を濡らす犬人の女の子の様子を見れば。
恥じらい、真っ赤になって震える美少女を眺める。
すると鎌首もたげた性欲が、食欲がいますぐ行動を起こせと語りかけてくる。
体の芯が寒気でじん…と震え、指の関節が一人でに動いて疼く。
そして俺がどこに攫ったものかと悩み始めると――
「ナァーザ…おや?」
――『カランコロン』と音を立てて、ミアハの店の扉が開いたのだった。
中から出てきたのは紙袋を一抱えにした痩身の男。
その容姿はとてもこの世のものとは思えず、もはや美しい――つまり、神。つまりミアハという名そのものがそこには立っていた。
そして…扉を閉めたミアハは振り返ると、店の前で掃除をしているはずの自らの眷属に声をかけるのだった。
しかしご覧のあり様、見れば自らの娘が――隣に住んでいる男の前にお座り、あるいは蹲踞しており、ひどく赤くなった顔でその男の手に自らの掌を重ねていた。
それから…その娘が濡れた瞳で驚き振り返るのを見た日には、親としては怒ってもいいのかもしれない――
――だが、ミアハはそんな娘の様相に優しく笑うと、全て解っていると言わんばかりに大きく頷いて、自らの娘にゆっくりと語り掛ける。
「そうか…ナァーザにもついに想い人ができたのだな。てっきりそういった事には無関心なものとばかり心配していたが…親が心配する間もなく子供はいつのまにか成長しているもの、か…」
…。
…まぁそう見えてもおかしくないのかもしれない。
他者から見れば完全にナァーザの姿はオスに媚びるそれであり、濡れた瞳は少女の恋慕そのもに見えるだろう。
完全に勘違いしているミアハは、娘の成長に涙ぐむような素振りを見せるとコツコツとこちらに歩みこんでくる。
そして完全に固まったナァーザを一度置いておくと、俺の方を向き顔を覗き込む。
「おぉ…君はヘスティアのとこに来た新しい子…確か名前は…?」
「リョナと言います」
「そうだ、リョナだ。…ふむ、何と言ったものか、かけるべき言葉はいくつか見つかるが…まずはおめでとう」
「ありがとうございます?」
ノリで頭を下げてみる、すると固まっているナァーザは首だけ振り返り「何故!!?」と目で問うてくる。故に普通に考えて祝福されたら感謝の言葉を述べるだろう?と肩を竦めると、何となくはニュアンスは伝わったようで怒ったのか睨みつけてきた。
俺が頷いたのを見てうんうんと表情は乏しいが頷いたミアハは、「それに」と観察するように俺を眺めてくる。
「ヘスティアの選んだ子なら私も安心だ、異なるファミリア間の恋愛はあまり良くないがヘスティアと私は仲が良いし、何ならお隣だし問題はないだろう」
「ミアハ様!」
固まっていたナァーザがついに動き始める。
顔を真っ赤にさせたままとりあえずミアハの顔を見上げると叫んだ。しかし当のミアハは、よいよいとばかりにナァーザを制止するとまるで全てを解っているがごとく頷いてみせた。
「良いんだナァーザ、思えば俺が不甲斐ないばかりに生活に余裕も出来ず恋愛もままならなかったのだろう。何、ファミリアの事は気に病むことは無い、私が何とかしてみせるからお前はお前の幸せを掴め」
「いえ、そういう事ではなく…!…どこに!?」
「む、いつも通り営業だ。ナァーザもいちゃつくのも良いが、出来る限り店番を頼むぞ。…リョナ君も大人としての対応を頼む」
「い、いえですからそういうことでは…!…お待ちくださいミアハ様ァー!!」
じゃあ後は若いものに任せて…とばかりにスタスタと歩き去っていくミアハと、それに叫ぶナァーザ。
しかし必死なナァーザの制止にも関わらず、笑顔で手を振るミアハは足を止めずにそのまま大通りの方を見据えると優雅に歩を重ね、角を曲がりスッ…っと視界外に消えていった。
「…ぁ」
ナァーザの差し出した手が空虚を掴み、力なく萎れ…がっくりと肩を落とすと、うなだれた。
それから悲しみを全てせおったような小さな背中で――立ち上がると、両手で箒をグッと力強く握りしめた。
…そしてくるり、と振り返ると俺の顔を見上げてくる。
「ッ…」
恨めしい、が微笑ましい。
頬を染め、目じりに涙をため、いつもは眠そうな半目に精一杯な恨みを込めて、こちらを睨みつけてくる。
…しかし悲しいかな、「身長差」。20cmの高さの差ではどうやっても恨みこもった視線でも上目遣いにしかならず、全く怖くないというか…可愛い。
そして俺は本来なら恨みのこもったその表情に最大限のにやけ面で返し、ふとその頭を撫でようと――
――スパンと鋭い動きで弾かれたのだった。
・・・
「ふーむ…」
とはいえ数分後、カードを切った代償として俺はミアハファミリアの薬店の中にいた。
全体的に薬臭い店内は俺の鼻には少し刺激が強めだが、慣れればどうということも無くのんびりと棚に綺麗に並べられた薬瓶達を眺めていたのだった。
「…」
チラリと後ろを振り返ってみる、するとそこにはぼんやりと頬杖をついているナァーザの姿がある。
…よほどショックだったのかナァーザはあの後すぐに奥のカウンターに引っ込み足の長い椅子に座ると、先ほどまでの激情もどこへやらぼーっと虚空を眺めていた。
ついからかうつもりがエスカレートしたのは確かだが、ミアハ様の登場するタイミングが最悪すぎたのだから仕方ない。…しかし逆に完璧とも言える、あれ以上遅く登場していたらそもそも、ナァーザはあそこから忽然と姿を消すことになったのかもしれないのだから。
ふぅー…とまだ残滓のように残っている「火照り」をため息で体外に排出しつつ俺は商品の並ぶ棚に視線を戻す。
(つってもなぁ…)
胸元を探ると、ギルドで買った普通の回復ポーションが二つ。これ以上持っていてもかさばるだけだし、どうせあまり使わない。
…今買っても無駄な出費だというのは目に見えていた。
「うーん…」
目に入るのはポーション、そしてマナポーション…はそも馬鹿高いし魔法など使わないので需要が無い、それと状態異常を抑えるという魔薬が数個にそれらにハイがつく強化種そして――エリクサーあります、という紙の立て札。
悲しいのはポーションなど比較的安いものは入れ替えがまだあるからか真新しいものも多いが、値段の高いものに従い被る埃が厚くなっていること…相場で大体50万ヴァリスもするエリクサーの立て札にいたっては半ば風化していた。
(何か資金援助したくなってくるレベルだなぁ…)
俺も食費にだいぶとられ、最近ではヘスティア様に上納(という名のお小遣い)を上げたりしているので入りに対して残金が対して残るわけではない。
それでも今は何とか15万ヴァリスくらいの貯金はしているのでそのいくらかを――
(――あれ、というか今日の飯どうしよ)
ふと頭に浮かぶ。動けば動くだけ腹が減る性質なので、逆に温存していけば余りお腹は空かないのだが、いつもの様に馬鹿喰らえば貯金が一瞬で溶ける可能性があった。
思ったよりも、他人の心配をしている場合ではないのかもしれない。
…とりあえず俺は後で豊穣の女主人に寄って(いつも食べるものは決まっているので)暫くはあの量を出さなくていいと伝えなくてはと決める、ことあの店で無銭飲食などした日には最悪ヘスティアファミリアが燃える。
「はぁ…」
そして俺はため息をつくと目の前の薬の中から何を買うかを悩む。しかし欲しいものなど無く…悩んだ末に俺は一番安いポーションを2つ引っ掴む。
これなら最悪ベル君にプレゼントすれば良いだろう、そう高を括った俺は振り返るとナァーザのいるカウンターに近寄りその上にポーション2つを置いた。
「ポーション2つ、いくら?」
尋ねるとぼんやりとしていたナァーザは俺の顔を見て、眉を顰めると視線を落とす。
そしてカウンターの上に雑に乗っけられた2つのポーションを見ると少し落胆した後…少し考え顔をあげるといつものような無表情で俺の顔をじっ…と見つめて答えた。
「5000ヴァリス」
「ぼったくってんなぁ…」
相場の価格でポーション一個500~1000ヴァリス、一個当たり2500ヴァリスのポーションはどう考えてもやりすぎだ。
呆れと苦笑で口角を歪ませた俺に、しかしそれでも無表情なナァーザは全く悪びれることなく指を一本前に突き出すと、まるで当然のことと問いかけてくるように小首をかしげた。
「…サービス料です」
「なるほど…いや、お座りとお手だけだよね?高くない?」
「往々にして初物は値が高騰します」
「あっじゃあ俺ナァーザちゃんの初めての男だって自慢してくる」
「待ってください」
まぁ普通シアンスロ―プにお座り要求する変態はそうそういないし、お金のためにそれにホイホイ乗ってしまうシアンスロープもいない。ナァーザが今までお座りとお手をしてこなかったのも…というかその行為に値が付くというのが中々奇跡というか病的だ。
振り返った俺の手をカウンター越しにガシリと掴んだナァーザは、先ほどのお手を思い出したのかすぐに手を離す。
再度振り返りカウンターに向った俺はやはり睨んでくるようなナァーザの表情に、やはり笑い返すとナァーザは更に怒ったのかこちらを見ないように顔を背けた。
(…払ってやるか)
とはいえ俺は5000ヴァリス払うことにする。
俺も持っている金に余裕があるわけじゃないがサービス料というくらいには楽しめたし、何より可愛い女の子の目の前でカッコつけたいのは男の性だろう。
顔を背けているナァーザの横顔に苦笑した俺は胸ポケットに手を入れ、財布を取り出そうと――
「…!」
――カウンターに座るナァーザの、更に奥の柱にかけられたものに視線が吸い寄せられる。
それは――「直剣」だった。
鞘に収まった何の変哲もない剣が、木の柱に打たれた釘に鞘のベルトで吊り下げられ静かに壁にもたれかかっていた。
握りの部分は皮、鍔の部分は若干の流線型で何の飾りも無い。鞘も良く見かけるような茶色の革製で何の変哲もない。
本当にどこにでもあるような――ただの、何の変哲もない、直剣がそこにはかけられていた。
「なぁ、その後ろの剣なんだが…」
「?…あぁ、コレですか」
尋ねる、とナァーザは俺の視線を追って背後に吊られた剣に振り返る。
――それは至って凡庸ではあるが、「武器」であることに変わりない。
できるならば良い武器とも考えていたが、思えば貯金も心もとないしどうせぎゅるぎゅる丸を見つけるまでの合間だ…使い捨ての武器でも構わないだろう。
(武器の良し悪しとかわかんねぇけど、これなら絶対安いよな…)
思い直した俺は壁にかけられたその剣を観察する。
本当に特徴のない剣だ、注意して見なければ…というのは大げさだが、例え武器であってもその剣は柱にかけられていることが何も違和感が無く、鞘や柄部分に目を引くものが何一つない。
…そしてナァーザが剣を手に取り振って返り、カウンターの上に置くまで目で追う。
コトリ、という音とともに木目のカウンターに鞘の背が落とされるとナァーザは疑うような視線で俺の顔を見据えてきた。
「…コレが何か?」
そういって尋ねてくるナァーザに俺は目の前に持ってこられた直剣を見下ろしてみる。
…やはり特徴が無い。何かしらの刻印も見受けられないし、大量生産されてばら売りされた剣の一振りと考えるのが妥当だろうか。
「これって…売ってるのか?」
「…この剣ですか」
尋ねてみるとこちらをぼんやりと眺めていたナァーザの瞳がキラリと輝いたのが見えた。
それから計算するように一瞬だけ目を下ろし置いてある剣をチラ見すると…至って『悲しそうな』顔になって視線をあげてきた。
「この剣は…昔、ファミリアにいた子が使っていた剣なんです。しかしその子は不慮の事故で死んでしまい、この剣だけが形見として残りました…」
…嘘くさい話、というか今瞬間的に考えている話くさい。
しかし断定する要素も無いわけだし、俺は表面だけ驚き悲し気な顔を演技すると、目を伏せながら話を続けるナァーザに言葉を促す。
「そんな剣を私は売ることもできず…ちなみに今おいくらお持ちですか?」
「あ?1万ヴァリス」
「ですが苦渋の選択と言いますか、お金の無い私はこの拾ってk――形見の剣を売ろうとしました…しかし、ご覧の通り特徴は無いこの剣は取り扱ってもらえず…」
露骨というか、むしろ楽しんでいるとさえ感じる。
恐らく「俺がどうしてもこの剣を手に入れたい」という事を食いつきぶりから察したナァーザは、この「何の価値もない剣」に無理やり価値を付けようとしていた。
…それからナァーザは涙を拭うそぶりを見せると――訴えかける。
「しかし!私とミアハ様にとってこれはあの子の形見…!値段など本来つけられませんが欲しいという人がいるのであれば、売ってあげたほうがあの子も本望のはず…!」
「あぁ…じゃあいくら?」
「ポーション二つと合わせまして1万ヴァリスです」
酷い、というか惨い。
俺の疲れたような笑みにナァーザはぬけぬけと答える、きっとさっきの事のやり返しの意味もあるのだろう…単純にぼったくっているだけなのかもしれないが。
(まぁ買うけど…何かなぁ)
とはいえ寸劇を入れられなくても、別にポーションを付けられなかろうが一万ヴァリスでこの剣を買ってもいいのだ。…良し悪し関係なく、値段は手持ち以内ならば関係ないのだから。
それに俺は早いところ武器を買いたい訳だし、それを見抜かれたからこそ…というか所持金を聞かれてその通りにぼったくられたというわけだ。
…しかしわざわざ騙されにいくというのは…あんまり気に食わない。とはいえ別に値段に不満はないわけで――
――何だかなぁ。
「…買った」
「まいどあり」
釈然としない俺は、先ほどの悲し気な演技、もとい表情から一転したナァーザの笑みにため息を漏らすと胸の内に手を滑らす。
そして硬貨の詰まった硬い袋を掴むと、結んでいた紐を指先で解き机の上に置いた。
…俊敏な動きでナァーザが袋を掴むと、その中身を確認する。
「あー…釣りはイラネ」
「!…どうも」
厳密に1万きっかりあるとは思っていない、多分1万とちょっと多いくらいの金貨が中に入っている事だろう。
失礼にならないレベルで嬉しそうに目を見開いて、軽く頭を下げたナァーザに俺は苦笑する。それからまずカウンター上に置かれたポーションを胸の内に、それから――
――直剣を掴むと肩紐を腰のベルトに絡ませ、括り付けた。
「…!」
しっかりと括り付けられているかどうか確認するために俺は軽く腰を振る、するとまずは落ちないという事を確認でき…ぎゅるぎゅる丸とは違う重さが纏わりついてくる事に若干の新鮮さを覚えた。
そして腰に手を回し握りに手をかけてみると――
(あれ何か楽しくなってきた?)
――新しいおもちゃを買ってもらった少年の如きワクワクが襲ってくるのを感じる。
思えばこんな状況ではあるが現世で真剣など扱ったことなどなかったし、武器として使うことは無かった。こちらの世界に来てからも触ったことなど無かった。
「む…」
そして体が疼く。
今すぐに剣を使いたいという衝動が肉を滾らせ、にぎにぎと握りの部分を揉ませる。
「じゃあ…じゃあな」
「またのお越しを」
振り返った俺の背中にナァーザの声がかけられると、軽くそれに手をあげて返した。
しかし頭の中はそれどころではなく、早く剣を振るいたいという思いしかなった。
そして――店の扉が『カランコロン』と鳴り終えたタイミングで遠くに見えるバベルに向かって軽く走り始めたのだった。
・・・
あああああリョナりたいけど結構難しいんです許したまへェ!!
…それとステイタスを次回書くと前回言ったな、テキトーな切り方をした結果今回書く予定のものが次回にずれ込んだ!すまねぇ!!
更新遅れてすまねぇ!
謝ってばっかですまねぇ!
…ゲシュタルト土下座?強そう()
では、ばいにゃー