このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。 作:みころ(鹿)
あとねこパラやってたら猫人の良さに目覚めたので必然的にアーニャが酷い目にあいます()
理不尽?愛ゆえにですよー
・・・
「おぉいリョナ君!起きろ終わったぞ!」
「Zzz…解った、解ったからヨスガとか馬鹿な事抜かすな…」
「何を言ってるんだい君!?」
ぎゅるぎゅる丸紛失から4日後の朝、ヘスティアファミリアホームの大きなベッドの上にて。
全裸でうつ伏せになったリョナの腰の上には茶色のブランケットがかけられ、その上には神ヘスティアその人(神?)が腰かけていた。
そしてヘスティアの手の中には一つの儀礼用ナイフ、僅かに刃先が
同時にヘスティアの右指の腹には赤い雫が数滴分膨らんでおり、その美しい無垢な指に朱の水路を作り出している。
…赤、赤と言えばリョナの背中もそうだ。
筋肉質なその背中には神聖文字で彩られたホログラフのような「ステイタス画面」が赤く浮き出ており、半透明に輝いていた。
脈動するそれは機械仕掛けのように折りたたまれていくと、リョナの背中に戻る。そしてやがて赤熱した鉄が冷めていくかのように赤は黒に変わると単調な文字列に戻っていった。
(ねむ…)
ここのところの無理な探索に流石に疲労が溜まっているのかリョナは、前まで普通に起きれていた時間に自らのベッドに横たわり…つつも、ヘスティアの(朝っぱらからよくもまぁ)元気なツッコミに瞼を重く上げ「うー…」と唸る。
「ベル君を待たせてるんだろ!?」
「あっそうだわ、おはようございます」
しかしそう長い事眠っている訳にはいかない、相変わらず早起きなベル君は先に表に出ており…待たせてしまっている急がねば。
ヘスティアの柔らかな重みがリョナの上から離れると、リョナはゆっくりと身体を起こし頭をボリボリと掻く。
そして同じベッドに座り何やら紙を一枚眺めているヘスティアに視線をやると、次に自らの服に手を伸ばし着始めた。
…同時にベッド脇に座ったヘスティアを見やれば何やら肌色の紙を手に持っているのが見えた。
「んー…はぁ…リョナ君、はい」
「む、あざす」
ヘスティアが手に持って眺めていた紙を手渡してくる。
リョナは最後のコートを羽織り終えるとその紙を受け取る。
そこには――
リョナ
Lv.1
力:E483
耐久:D566
器用:E492
敏捷:E452
魔力:H10→H10
[魔法]
[スキル]
・斬れば斬るだけ、武器の鋭さと攻撃力が増していく。
・増加された攻撃力は日が変わると共に初期化される。
・そして神を屠る刃となる。
――リョナのステータスの写しがそこには書かれていた。
…低い、と思う。
ステータスはレベル1の段階で0~999が上限、この一か月ほどで貯めにためたその
何せEは下から数えて4個程度だ、それにあまりゲームはやらないので解らないがレベル1など(期間にするとOPムービー挟んでチュートリアルでレベル2ぐらいの)一瞬の踏み台であることは知っていた。
「んー…やっぱり君は常軌を逸脱してるよ、いい意味でね」
「…」
しかし…異常らしい。
困ったような表情を浮かべたヘスティアは口元にだけ笑みを浮かべると、首を傾げた。
「えっと…今は17階層だったか、強いモンスターを倒せればそれだけ上質な
「む…おっしゃる通りで」
つまり普通の駆け出し冒険者とリョナでは食っている「もの」が違う。
カスみたいなものを食べて細く成長するのと、美味くてデカいものを満足に食べた方が早く太く成長できるというものだ。
…リョナとしては過食気味だった割に思ったより成長していない事に疑問を感ぜざるを得ないが。
「まぁ17階層じゃあ紙に等しいですけどねっ」
「だから僕は心配なんだけどッ!?…あぁ流れで止める事の出来なかった過去の僕を叱りたい…!」
「まぁー…今に始まったことじゃないですからねー」
「他人事だな君は!!?」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず?」
「随分と広い
ひとしきり怒鳴り散らしたヘスティアはむっすーと不貞腐れ顔で頬を膨らませる。
その様子にリョナは「たはは」と笑うと立ち上がり、ベッド脇に乱雑に立てかけられていた「直剣」を手に持ち腰のベルトに納めた。
…この三日間でこの剣にもだいぶ慣れた、それに――
そしてふとヘスティアを見やればぽてりとベッドに頭を落とすと、リョナに背中を向けていた。
「…二度寝ですか?」
「ふぁ…言っておくけど今日僕はいつもより2時間は起きるのが早いからね?全く、帰って来てからすぐ寝てしまうからって早朝に起こされる僕の身にも…!」
「はいはい、ありがとうございます神様…では、おやすみなさい」
「いってらっしゃーい…」
その声をリョナは背中に受けながら、上にいるベルに追いつくために教会を後にした。
「…」
…人気のなくなった
それはヘスティアが捨て置かれたリョナのステータスを確認する音。
横になったヘスティアはまだ暖かさの残る寝床の中からそのきめ細やかな肌をした腕を伸ばし、リョナの投げ捨てた紙を仰向けに仰ぎ見ていた。
肌色をした紙に書かれた我が子の成長を眺めながら彼女は既に眠くなりつつある瞼を緩慢に動かしながら思案する。
そして――
「ん…」
――『ごそごそ』と手を伸ばしベッド脇に置いてあった紙束を漁ると「もう一枚の紙」を取り出した。
「…はぁ」
それから手の中にある二枚の肌色の紙を見上げ、比べるとヘスティアはため息を吐く。
何と言うか…その内容はどちらも稀有過ぎた。
それは――片方は『ベルのステータスの写し』。
耐久以外400オーバー、敏捷に至っては500もあるステータス。
何でもリョナとは違い未だ「低階層」を普通に攻めているはずの少年は、この異常なまでのステータスの伸びを見せていた。
――
とてもじゃないが一か月そこらで到達しえないそのステータスは彼がある日習得したスキルによって成され…現在も(悲しい事に)爆発的に稼働していた。
…とはいえ今はそんな事は問題ではなく――
(――僕の眷属って二人とも変だなぁ)
「ふぁ…」
なんて、そう吞気に考えながらヘスティアは欠伸をすると、睡魔に毒された脳みそから意識をするりと抜け落としたのだった。
・・・
――美が横たわっている。
白く純白な絹の上、一糸纏わぬその姿はルネサンスの元祖であり、現在であり、全てが目指し志すが未来永劫を費やしても決して辿りつけぬ完成系、至極であり、美麗であり――このような言葉が霞むほど美しい。
…実際、今までどれほどの男達が彼女のことを言葉で飾ろうとしただろう。
その中にはきっと巨匠と言われる文豪や、愛の言葉で女性を口説く事に長けた軟派な男もいただろうし、彼らの囁く珠玉のような言葉は洗練されて女性の心に彩を飾り持たせただろう。
しかし――
「くだらないわね」
――微笑みと共に一蹴。
何故か、それはそもそも「言葉」という前提が間違っているから。
彼女が美の最高峰であり、たかだが人の創り出した言葉程度では表現することすら能わない。
…生憎と理解はできる、しかし人にも時に神にもそれを表現する術は持たないのだ。
その上で彼女の寵愛に預かりたいというのであれば、「気まぐれ」彼女がこちらに興味を抱くぐらいしかない。
その上であえて言葉で表現するならば彼女の「名」こそが美の象徴だろうか。
…ゆっくりと目が開かれる。
微睡むような瞬きが数度行われ、美しい肌が滑らかに動く。
ただそれだけ、瞼を動かすだけのその動作に世界は感嘆する…それは当然のこと、美の化身である彼女の事を
美しい彼女が猫のように優雅に身体を伸ばし起こすと、身体にかかっていた絹のかけ布がするりと落ちていく。
美しく付いた筋肉、滑らかな肢体が露わになり白妙の肌にかかった白銀の美髪はそのゆるりとした動きに合わせてさらりさらりと零れ落ちた。
「ん…ふ…」
淡い吐息が漏れる。
ゆっくりとした伸び、豊満な双丘が僅かに広がり突先が軽く揺れた。その口からは実に気持ちよさげな声が漏れ、常に絶えない微笑の中に悦が混じる。
「…ふぁ」
瞼尻に珠のような涙が浮かぶ。
それにはたと気が付いた美は笑うとスラリとした指先で拭った。
「…」
――「スタリ」と脚がベッドから下ろされる。
そしてもはや芸術品に等しいその両足に負荷がかかるとゆっくりと立ち上がった。
僅かに肌寒い外気に全身が晒されるが美はあくまでも優雅に、その身体を動かす。
それにこの身体に恥じるところなど無い、全く躊躇いのないその所作さえ美しく…とはいえ誰もいない部屋において彼女は全裸だった。
「…」
――窓がある。
上ったばかりの朝日が静かに差しこむ壁全面に張られたガラス窓、曇り一つないそれは少し眩しすぎる程だが見通しは十分に良い。
そしてその窓の前に立った彼女は白い光を全身に浴びながら眼下に広がる広い世界を見渡す、かつては狭いように感じていた世界だがここに降りてからは本当に広く感じる…故に面白いものがすぐに見つからない、つまり見つける楽しみがあるというものだ。
とはいえ…美は一度その星のような瞳を絹のような瞼で隠す。
それは物理的な事で言えば2秒ほど、しかし余りに美しいそれが隠れている時間にしては長すぎる。
そして――今ひとたび開かれたその瞳は僅かに虹色に輝いていた。
「…!」
世界の印象が彩となり溢れる。元見えた世界も十全に美しいが、この淡く縁取られた様々な心達の移ろいを彼女は愛してさえいる。
…とはいえ早朝、まだその色はまばらであり、この広いオラリオの町において小さな蓮の葉のように浮かぶだけ。
しかしそれ故に――
美がこの時間帯に起きたのはそれなりに理由がある、それは最近気にかけている子もまたこの時間に起きるから。
――美の神フレイヤは、いつもの冒険者通りに白兎を発見する。
…綺麗だ、無垢な白さは雪花のごとくはっきりと縁取り、余りにも小さく掌の上に乗る。
可愛らしい、という一言に尽きるその少年は瞳の中でちょこちょこと動き、こちらに向かって小動物のように歩く。
そうあの子「ベル・クラネル」は冒険者だ。
今日もきっとダンジョンに向かい、ヘスティアの元に帰るのだろう。
…冒険者の中に置いてあの子は優しい…つまり「異質」だ。
荒々しい、雄々しいが代名詞の冒険者の中で対極である冒険者、それは様々な色を見てきたフレイヤにしても鮮やかに見え興味を引いた。
つまるところ、新しいもの好きなだけかもしれないが…美しいもの、綺麗なものに心惹かれずしてなんとする。
「…♪」
フレイヤは心の色を見る。
…そして今日も今日とて少年の綺麗な穢れのない雪のようなその心に食指が動く。
(汚すもよし、そのまま食べるもよし…あぁ本当に楽しみね)
選択肢こそ一番の魅力、とも思っていないがフレイヤはあの少年を手に入れた時の事を想像すると思わず「濡れる」。
もう暫くは泳がせておくつもりで、それまでに少しは汚れてしまうかもしれないが…上手く誘導してしまば問題はないだろうし、清い身体を手に入れられるだろう。
…フレイヤは純白のような清廉な美しい色を性欲に塗れた美しい「捕食者」の笑みを浮かべるのだった。
しかし――
「…!」
道を歩く少年の顔がにわかに明るくなった。
石造りの道を歩いていたベルは後ろから呼ばれたかのように振り返り、誰に呼ばれたか気が付くと嬉しそうな顔を浮かべる。
そして少年が腕を振る…その先には疾走する黒い影。
…全くもって比喩で無い「心の色」を女神の瞳は識別する。
(…!?)
それは…黒く粘つくような漆黒が渦巻いていた。
表面は泡立ち、周囲に漏れだそうと躍起になるように器を揺らし今にも零れんと飛沫を飛ばす。
それは総じて――「欲」だ。
人の心に様々な形はあれど、みな暗き欲を持つ。
…しかし所詮「人の欲」、黒いものが心という器に一滴垂れても黒一色に染まるわけがない。
その上ここまでの欲に染まることが出来るのは「狂気」かあるいは…「怨嗟」に
――「白」は「黒」にいとも容易く汚される。
追い付いた黒い男はベルの隣に並ぶ立つと、一緒にダンジョンに向って歩いていく。
…腹立たしい。
心は隣り合うと侵食する。それがただでさえ黒…しかも周囲を喰らわんと猛るそれ。
(私より先に
怒りが噴き出る。
眼下の黒く、醜く、私の獲物を汚そうとする獣をフレイヤは睨みつける。
見慣れぬ服をしたその男は気持ち悪いほどの欲を、彼女自身ですらバラバラになり耐えきれないはずの黒い激流をその身に宿したままベルの隣で笑っていた。
フレイヤは自分の獲物に泥を塗る闖入者を睨みつける、許さない…憎悪をフレイヤは視線に込め美しい笑みの端に黒いモノが混じった。
そして煮えるような欲の海を眺めると黒い感情そのままに見下し、醜いそれを「消す」方法を想像し始めた。
しかし――ふと「欲海の波」が収まる。
まるでそれは嵐の海が巨大な気まぐれな神の掌で強制的に押さえつけられたように、不自然な程平らになると黒い粘性の湖と化した。
――そして、フレイヤが驚く間もなくその湖面に「穴」が空く。
ぽっかりと開いた穴の中に欲が流れ込んでいき、静かにとめどない粘性の液体をその中に溜めこむ。
奈落のようなそれの底は見えず、引きずりこまれてしまうような暗闇が広がっていた。
それはまるで貯めこんだ液体の栓を抜くように、しかしそれでいて粘ついたタールのような液体はゆっくりと内側にめり込んでいく。
…心に様々な形はあれど、穴が空くなど見たことが無い。
突然の容の在り方の変化にフレイヤは思わず目を見開き、ざわめくような不安に顎を触る。
しかし――好奇心、フレイヤにも存在するその感情は「穴の底」を見たいと囁き撫ぜた。
…フレイヤは今も流れ落ちていく暗闇の底を虹色に輝く瞳で覗き込む。
「はッ…!!?」
――『
唐突に、突然に穴から熱気が吹き上がるかのように錯覚した後穴の底で青い炎が揺らいだ。
まるでロウソクのようにか細く立ち昇ると、穴の底でのみゆっくりとその小さな炎の姿を見せる。
まるで見られたから見返した、とでもいうようなその小さな炎の出現にフレイヤは驚き――「恐怖」した。
…余りにも小さな、ちっぽけなその炎にフレイヤが恐怖する謂れはない。
しかし――その炎を見ているとどうしようもなく心がざわめく、本来なら安堵を与えるはずの炎がこんなにも身体を竦ませた。
「…ふ…ぅ……ぁ…」
眩暈を覚えたフレイヤは窓際に置いてある赤のバッキンガムチェアに倒れるように座り込む。そして熱く疲れを覚えた瞳を閉じて、額から噴き出る冷や汗を拭った。
気持ち悪い、吐き気がする、頭が痛い、生理的に受け付けない…苦しくて、視界が揺らいでまともに立っていられない。
強烈な熱に当てられたようなフレイヤは内臓がかき混ぜられたような不安に苦い息を吐きだすと、舌の根に残った粘つくような感覚を乾かすために口を開け新鮮な空気を取り込んだ。
――『コンコン』。
部屋の扉が二回、決まったリズムで叩かれる。
この時間、
…それも音からしてきっと彼だ、フレイヤは少しドアをノックした存在に落ち着くと椅子から振り返り「いいわ」とだけ力なく答えた。
「失礼いたします」
ガチャリとドアが開く。
…茶の漆が塗られた扉が開かれそこから姿を現したのは――「巨躯」。
筋骨隆々、背丈は2mも超えようかという強面の猪人が扉から顔を覗かせていた。
朝の鍛錬からの上りなのか僅かにその髪からは湯気が立ち上っており…朝の給仕をするためこの部屋にやってきたと見えた。
そして武人は自らの主人が窓際の椅子に腰かけていることに気が付くと、部屋を横切るようにしてその重厚な歩みを進める。
「おはようございます、フレイヤ様」
「…えぇ、おはようオッタル」
猛者、オッタル。
このオラリオにおいて最強であるLv7の彼は、その荒々しい巨体で、かいがいしくもフレイヤの脇で頭を下げる。…フレイヤは眩暈を覚えながら軽く手を振りそれに軽くこたえた。
オッタルは軽く頭を下げたまま、チラリとフレイヤの顔色を確認する。
そして明らかに青く、汗が珠と浮かんだ様相を見るとその厳めしい顔の眉根を寄せた。
「…今朝はいかがなされましたか。失礼を承知で申し訳あげますが、お顔色が優れないように見受けられますが…?」
「構わないわ、オッタル。でも風邪というわけではないの」
「…ですが」
「…そんなことよりオッタル、見なさい」
余りに具合の悪そうな主人の様相にオッタルは反論しかけるが、フレイヤがあくまで優雅に窓の外を指さしたのに口を噤み…振り返る。
といってもどこを指さしているかをオッタルは既に知っている、その猛獣じみた視力でオッタルは眼下を見渡すと噴水のある通りの一つを見つけた。
…そこには楽し気に連れ歩く二人の小さく矮小な…主人の獲物とそれに纏わりつく羽虫。
「…」
見つけたオッタルは特に表情を変えるでもなく主人に振り返る。
オッタルが見たのを確認し、その表情が変わっていない事に少し安堵したかフレイヤは少し落ち着くと、一度大きく息を吐く。
そして穏やかな、いつも通りの笑みを見せるとオッタルに問いかける。
「解るかしら、アレは…『刺激が強すぎる』もの、きっとあの子の成長を歪ませるわ――それに…私より先に汚すなんて許せない」
「…では」
「えぇ、あの子には健やかに育ってもらうつもりなの。だから――」
厳つい表情のまま尋ねるオッタルにフレイヤは笑う。
そして歪んだ瞳に恨みを込めて――
「――付いた虫は潰さないと…ね?」
「御意」
その言葉だけで充分、主神の命令にオッタルは深く頭を下げる。
そして――自らの最強の膂力をもって
・・・
「388―…389-…」
『ギャアッ!?…ギィッアッ!!?』
剣を振り下ろす度、踏みつけたコボルトが痛みで鳴き吼える。
しかし死ぬことすら許されない刺突は肉を抉るのみで止まることは無く、その度僅かな血が撥ねた。
――「カウント稼ぎ」。
一言で表現するならばそれだ。
ダンジョン3階層の広けた空洞、そこにはリョナと「手足が踏みつけられたコボルト」の姿がある。
「はぁ…」
一度剣を振り下ろす手をリョナは休めると、眼下のコボルトを眺めた。
…コボルトの手足は折られ、身動きがとれないようになっている。そしてそれにマウントをとったリョナは剣を振り上げ、その切っ先を勢いよく突き刺していた。
しかし――急所を外している。
決して殺さず
コボルト程度であればリョナでも一撃で殺せる、しかしそれではあまり効率が良くない…ので生かさず殺さず、のが一番良いのだ。
「よっ…390!」
『ギャアアアアア!』
「…うるせぇ!」
『ガッ…!?』
剣をコボルトの左肩に振り下ろすと丁度神経の密集している場所だったらしい、薄く鳴いていたコボルトが一際大きく吼える。
思わず煩いその声に俺は剣を抜き下ろすと、コボルトの喉奥に突き入れた。
そしてかき混ぜると舌や喉奥を切り裂く。
瞬く間に血が溜まっていき、コボルトの毛や地面を濡らすと…やがてカチンと地面を突いた。
「ふんっ…!」
切断する、すると『ブチリ』と筋肉の裂ける音と共に口から上が分断された。
それから半分になった頭が地面を転がり…黒い靄となり蒸発すると淡い紫色をした魔石がコロンと落ちる。
「カウント…392?いや393か…」
切り裂き魔の高揚、攻撃の度鋭さと速さが増す俺のスキルはカウント数が全て、故に俺は攻撃数とどれだけ鋭さが増すかを確認してきた。
そして今では「どれだけ増すか」が感覚で解るようになったほどだ、握りしめた拳の感触を確かめた俺はそろそろ行くかと剣についた血を払う。
しかし…攻撃、というのが判定として「どこからどこまで」なのか解らない。
切断、刺突、爆破、殴打、関節を折るなどはカウント数に確実に含まれる。
しかし…例えば軽く小突く、だとか怪我をさせることもない行為はカウント数に含まれるのか。まぁその程度含まれないのは確認済みだが、境界線は曖昧だ。
加えて先ほどコボルトの口内に剣を突き入れた時、それは
――まぁ大体で構わない、今は600程稼げば17階層のミノタウロスでも何とか殺せるのだから。
「ん…」
つまりあと300程度、一日をまたげば消えてしまうカウント数なのだから時間との勝負だ。
剣を一度鞘に納めたリョナは鼻を鳴らすと
そして重ねたカウント数の身体を慣らすため一度跳び――走りはじめたのだった。
・・・
「あー…もうホントどこいった…」
ダンジョンからの帰り道、悪態をつきながら俺は重く身体に纏わりついてくる霧を掻き分けつつ歩む。
今日は…14、13階層を探したが探しつくしたがどこにも臭いすら残っていなかった。
ここ数日間、徐々に階層を上げてぎゅるぎゅる丸を探しているのだが「見つからない」、いるのはモンスターばかり…いい加減、肉体的にも精神的にもキツイし不安が募る。
「はぁぁ…」
ため息を吐いた俺は周囲を警戒しながら警戒しながら、疲労した身体で引きづるようにまばらに草の生えたダンジョンの乾いた地面を歩く。
…それと一応道すがらぎゅるぎゅる丸が落ちていないものかと探しはするが、既に帰路…疲労した身体と頭では見つけるのは中々困難だ。
――加えて、この「霧」。
現在10階層。濃霧の立ち込め始めるこの階層は今までの階層の構造とは変わり、草原にまばらに木が生えているような地形になっている。
しかし霧のせいで3m先も見渡せない視界、加えて深く生えた雑草のせいでモンスターの足音は聞こえない。
…つまるところモンスターの奇襲パラダイス、前後左右どこから襲ってくるか解らないモンスターの陰に怯えながら冒険者は進むことになる。
それに――
「…相変わらずくっせぇなぁここ」
――鼻が利かない。
何と言うか階層全体に沼みたいな霧臭い…霧臭いというのが何なのかは解らないが水の腐ったような匂いがしているのだ。
故に悪臭で鼻が詰まったようになっており、単純に気分が悪い上に嗅ぎ分けも困難を極める。
「うーん…」
やっぱりこの階層は嫌いだ。
臭いし、周囲は警戒しなければならないし、先が見渡せないと生えている木にぶつかったりも(中々ないが)たまにする。
そしてこの階層において――パープルモス、多分こいつが一番ヤバイ。
だいたい七階層に入ってぐらいから目にするモンスター、パープルモスは紫色をした蛾のような見た目のモンスターなのだが、まず見た目と能力からして嫌いだ。
デカい複眼はハッキリ言って気持ち悪いし、毒性のある鱗粉をまき散らす翅は痺れと毒状態を起こす危険があり…空中からそれを冒険者の頭の上に振りかけてくる。
――それをこの霧の中でされると本当に「解らない」。
考えてもみて欲しい、まず霧の中を微音で飛び回り見つけられた冒険者の頭上にパープルモスが寄ってくるとする。
この際他の階層ならば少しでも見上げればその姿はすぐに見つけられるだろうし、降ってくる禍々しい紫色の毒の粉も見えるだろう。
しかし霧の満ちたこの階層、上を見たところでパープルモスが飛んでいるのはまず見えないし、周囲の警戒を念頭に置いている冒険者たちは顔の横を通り過ぎていく粉に中々気が付かない。
それはまさしく暗殺者…気が付いたときには毒の粉をたっぷり吸いこんだ冒険者は毒状態になっており、内臓に響くような毒に苦しむことになる。
「…」
チラリと上を見上げてみる。
覆うような濃い霧を注意深く睨みつけ…ひらりと舞うような影が無い事を確認すると、ひとまず安心し視線を下す。
(…もうそろそろ上か?)
ご覧の通り危険だし、嗅いだこの臭いはキツイし堪える…早く通り過ぎるが吉。
何となくは上に行くための道は解るので俺は霧の中を進んでいた。9階層から霧は無いのでほぼ何の注意もしなくても進めるが、疲れている身としては早いとこダンジョンから出たかった。
「…腹減ったしな」
腰につけた魔石入れを俺は握るように触る。ぎゅるぎゅる丸を持っていた時ほどではないがそれでも道中出てきたモンスターを屠るだけで相当魔石が集まった。
勿論前のようにはいかないが…これならば豊穣の女主人でも食事ができるだろう。
もはや慣れた空腹の虚無感に俺は半ば自嘲気味に…というか辛すぎてか自然と漏れてくる笑みに任せて見せた。
そして少し無理してでも走るか、そう決めると――
「あいだッ!!?」
――思い切り鼻を打った。
悲しきかな、恐らく生えている木にでもぶつかったのだろう。
…そんな影は見えなかったと思ったのだがこの霧だ、犬が歩くだけでも棒に当たるのだから走ったら木にぶつかるのは必然といえた。
鼻血などは出ていないようだが、岩に打ち付けられたような痛みに俺はその場にうずくまると鼻頭を押さえて耐える。
そして痺れるような痛みが引くのを待つと、反射的に少し零れた涙を拭った。
「…ん?」
視界が晴れると地面が見える。
灰色をした長草が付いた片手の指の隙間から伸びており、乾いた感触が素手を撫でていた。
そして――丁度俺がぶつかった先、そこには「黒と黄土色をしたブーツ」の先が覗いていたのだった。
「うおおお!!?」
つまり、「人」がいる。
まさか人にぶつかったとは思わなかった俺はその場から数歩飛びのくと、尻もちをつく。
そしてブーツから足、腰、胸、顔と見上げると――
「――デッカ!?」
2mはあろうかという巨躯の男。全てが太く、見ただけで鍛えつくされた筋肉を纏っていることが解り、胸には心臓のみを隠した赤のライトプレートを装備していた。
しかし…それ以外はただの布、まるで自らの身体こそ鎧だと言わんばかりのその体躯に俺は圧倒されるとただただ驚愕し、困惑していた。
(何だコイツ…!?)
厳めしい顔に茶髪、そして何やら動物の耳がついた頭。
睨みつけるように見下ろしてくる男は無言でただただその場所に立っており、壁のように屹立しており…その背中には剣の柄が見え、手には赤い篭手がはめられていた。
というか――
「あー…もしかしてお前にぶつかったか?」
――てっきり木にぶつかったと思ったのだが、コイツにぶつかったのだろう。
この筋肉だとぶつかった時の硬度は(筋肉硬度とか言葉にすると中々だが)相当のものだろうし、それこそ鉄に殴られたのと変わらないだろう。
とはいえ何でこんなところに突っ立っているかは解らない訳だが…走ってぶつかってしまったのはこちらだ、もしかすると厳しい視線を送ってきているのはこいつも痛くて怒っているのかしれない。
霧のせいで僅かにぼんやりとした男の顔を見上げた俺は、パンパンと汚れを払い謝りながら立ち上がる。
「いやーすまん、急いでたもんでな。それにこの霧だろ?ぶつかったのにも少しは情状酌量の余地はあると――」
「――
「は?……ッッ!!?」
短く、低く呟いた男から瞬間的な殺意が放たれる。決して大きくない殺意、しかしそれは鋭く俺の全身を撫でると何の抵抗もなく切り裂いた。
上級者の殺気はそれだけで人に死んだ錯覚させると聞く、傷口が冷たくなりバラバラになって落ちる感覚に俺は全身総毛だち、筋肉全て竦むと内臓全てがひっくり返るような感覚を覚える。
それから男が動き出す。
巨腕が背中に伸び、背負った剣の柄を掴むと一切の無駄が無い動きで引き抜いた。
それからそのまま最上段、天を指した巨剣がその姿を現し――全身の筋肉が圧縮された後、振り下ろされる。
「はッ…あッ…ッ!!」
空間を裂くような一撃…といっても詳しく俺にそれを観察するような余裕は無い。
極長のリーチの外に逃げるように俺はなりふり構わず飛びずさると地面を転がる。
――『ドゴォォッッ!!!』
地面が大きく揺れる。それは圧倒的な破壊の音、一切合切の躊躇なく振り下ろされた極大剣は大地を容易く砕きクレーターのごとく大きく穴を開け、ひび割らせる。
…そして地面を転がっていた俺にも間接的に強大な衝撃が伝わり跳ね上がらせた。
「…!?」
軽く浮いた空中からその破壊の痕跡を見る。とても人業とは思えないその一撃は大地を深く切り裂き、めくりあがらせていた。
巻きあがった土埃が霧に混ざり、剣圧によって風となった霧は大きく対流すると渦を巻く。
「よっ…はっ」
落下を伸ばした腕で軽く受け止めると、バク宙の要領伸ばした反動で距離をとる。
そして両足で軟着陸すると男の剣によって割れた大地に数歩よろめき、破壊の中心にいる男の姿を凝視した。
今はもう殺意を感じないその男ではあるが先ほどの明らかな敵意と殺意…確実に「殺しに来ている」。
「…お前、誰だか知らねぇが俺を襲う理由は何だ?」
「…」
尋ねてみる、が男からの返答はない。
振り下ろした剣を僅かにズシリと地面から持ち上げ、男はその厳めしい顔を俺に向けた。
最初に見上げた時から一切変わっていない表情は睨むようで、感情の起伏を感じない。
(何で攻撃してきた…?)
気になるのはそこだ、ダンジョンで襲われる理由はめったにないが他冒険者への略奪や怨嗟しかない。しかし前者は一人でやるものではないし多分この男「強い」…それこそ他者を襲う必要など無いはずで、先ほどの一撃などカウント数を600稼いだ俺がギリギリ避けれたくらいのものだ。
とはいえ後者は…こちらの世界に来てから恨まれることはしていない、あるいは足の付くような真似はしていないはずなのだ。
それに何故だろう、俺に
「――…待てよお前確か…!?」
否、見たことは無いが「聞いたこと」がある。
というのも似顔絵――この前アイズに会った後少し気になった俺はオラリオの冒険者の中でも「トップランク」と言われる者たちをエイナに頼んで教えてもらったのだ。
といっても詳しい事を教えてもらったわけではなかったし、殆ど忘れてしまったのだが、「一番」だけは覚えていた。
「最強」――レベル7冒険者「オッタル」。
確かこんな顔の巨漢だったし、剣を使うということだけは覚えていた俺は――更に困惑する。何故ならこちらから一方的に知っていることはあってもオッタルが
「フレイヤファミリア、オッタル…最強冒険者様が一体俺に何のようだ?」
何も言わずオッタルは巨剣をズシリと持ち上げ、獣のような視線でこちらを睨んでくる。
しかし自らの破壊、到底人の為せない現象には「当たり前なのだろう」驚く節もなく眉の一つも上げない。
そして片手で巨剣を軽々しく持ち上げると、肩にガチリとかけ口を小さく動かす。
「…答える必要は無い」
「…ということは何か『理由』はあるのか、無目的ではないんだな」
「…!」
理由が無ければ答えることは無いが、何か隠し事があるならばはぐらかす。
嵌められたオッタルは少しムッとした顔をすると、更に表情を険しくした。
とはいえ理由まで解ったわけではない、俺は疲労した頭で「何かしたか」と思案すると再度頭を捻る。
「俺恨まれるようなことしたか…?…まだこっちに来てからは何もしてな…あ?」
そういえばこちらの世界に来てから一番最初、弁当を奪うために殺した冒険者のパーティがいた。まさか…いや、ダンジョンで殺したしあれからだいぶ時間も経った可能性は低い。
「だから違う…それに…」
それに――ならばわざわざ最強の戦力を単騎で派遣する意味が無い。
そう「最強の戦力」、「一人」というのには何かしら意味があるはずだ。
自らのファミリアに害為すものあれば大々的に、見せしめという形で滅ぼすのが最適解のはずだ。
しかしこの状況は真逆、目立たず静かに――
「――暗殺?いやそれこそ解んねぇけどなぁ…」
暗殺というのが正解に思える、それにこの霧もその一助となるはずだ。
…それはそれで暗殺される理由も解らないが。
「…考え事は終わりか?」
「…あぁ、まぁな」
と考えたところで状況は変わらない。
訊いてくるオッタルに俺は頷くと――目の前に立つ巨大な武人に視線を向ける。
纏うような殺気は極限まで薄く鋭く、鍛え抜かれた鉄のような筋肉と、明らかに業物と解る巨剣の存在感と圧迫感は思わず足を震わせ身じろぎするもの。
余裕を漂わせたオッタルが一歩踏み出し、ニジリと足元を踏みつける。
反射的に腰に手を回した俺はそこにぎゅるぎゅる丸が無い事を思い出すと、余りにも心もとない直剣を掴み引き抜き、構えた。
「では――」
更に一歩、オッタルが歩みを進める。
剣を掴む腕に力が込められ、踏みしめた足に血管が浮き出た。踏まれた地面が網目状に更に砕かれ、ピンと張った気そして獲物を真っ直ぐに射止めた視線が俺の動きに注視されていた。
そしてゆっくりと肩にかけられた剣が小さな弧を描くように持ち上がったのを確認した俺は、腰を低くし剣を構えると衝撃に備え歯を食いしばる。
「――死ね」
瞬間的にオッタルの身体が膨張する。
少なくともリョナの視界ではオッタルの全身が瞬く間に霞み、まるで水蒸気のごとく爆発的に大きさを増した。
同時に巻き上がる圧力、抑えつけられるような重力に身体が動くことを忘れ竦む。
そして――「1歩」。
捉えきれない瞬歩の後に繰り出された一歩は俺のだいぶ前の地面をやけにゆっくりと砕き石片をまき散らすとグリと踏み込んだ。
それから視界の端で銀色が輝き、瞬く…流動的に動くオッタルの手に握りしめられた巨剣が滑らかに、横薙ぎに動き、俺の身体を裂くただその一転に特化した最適化された動きを実行する。
(あ、これ死んだ)
余りに早く、余りに強すぎる。強制的に分泌された大量のアドレナリンによってだいぶ遅延した世界で剣を観察する。
まず速さ、避けることも芯を捉えることも出来ないその動きは半ば輪郭がぶれており辛うじて軌道が解る程度。
次に力、何とか構えていた剣を受けることは可能かもしれないのだが…まともに受けれる気がしない。この剣で受けようものなら小枝を折るより容易く真っ二つ、身体ごとへし折られぶった切られるだろう。
そんな単純な二つの要因。しかし二つにして全、圧倒的な基礎能力差は覆せるものではない。
――「レベル7」。
たった6違いの数字の差など俺は大したことは無いと思っていたし、切り裂きの高揚で600は稼いだ今ならば殺せるかもと思っていた。
しかし…足りない、どれだけ稼いだら追い付くのかも解らない程の高みがそこにはあり比べることも出来ない実力差があった。
(…)
避けることも受けることも出来ない、つまり…詰んでいる。
確実で簡単な死は軽く運ばれてきて、上半身と下半身をぱっくりと別つ。
…死ぬ。
(…嫌だ)
ここにきて初めてというわけではない、はっきりと「嫌だ」と思った。
ベル君とかヘスティア様に別れの言葉を言えてもいない、アーニャとか豊穣の女主人の面々は待っているだろうし、ティオナとは次の約束をしてしまっている。
こんなところで、あっけなく、道端にいた虫を踏んでしまったが如く殺されるなど御免だった。
だから――
「…ッ!」
――何とか、思いつく。
『剣を盾』に、横に薙ぐようなオッタルの巨剣に合わせるように俺は直剣を縦に合わせる。
豪風のような破壊に対して余りに無力なその剣は簡単にへし折れてしまうだろう。
しかし――両足で支えてみてはどうだろう?
腕ではダメだ、両足で支えてのみ何とか生き残る可能性が生まれる。
故に、計算した。
丁度剣がぶつかる一瞬の、極めて難しいタイミングを目で何とか測った俺はそれに合わせ――
『ガギィィンッッ!!!』
――『
ようはドロップキック。片手で剣を持った状態で足を浮かせ、曲げ、盾にした剣を蹴りつける。そしてそれをオッタルの振った巨剣のぶつかるタイミングにコンマ単位で合わせる。
…火花が散る、鉄と鉄が合わさり噴き出るような火花が空中を舞った。
それから――
「うおおおおおおおおおおおおお!!?」
――
必定、蹴りつけたことで剣が折れるのは防げたが、それ以外の力は全て俺の身体への推進力に変わる。
ただでさえ支えていない身体は一直線に『バフン』と空気の壁をぶち抜いて飛ぶ。
空中を舞っていた真っ赤な火花、白い霧が俺の身体を包んでは攪拌した。そして視界が前に流れていき、全身に風を浴びた後のコートがバサバサと揺れたのを見た。
(バットで打たれるボール…つってもそれを飛ばすバッターの方の力がなけりゃとばねぇが…)
空中を飛ぶ、距離は稼げたしこの霧だ…「逃げれる」。
防御と脱出、二つを兼ね備えた一手はレベル7冒険者の一撃をもって為す。
問題は着地がかなり痛い事だがここまでの速度だ、とてもじゃないが人に追いつけれるものでは――
「なるほど、考えたな」
「ッ!――…は!!?」
――
空を切り裂きながら一直線に飛ぶ俺の隣を、左手に持った剣を軽く肩にかけたオッタルは「ズドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!!」と猪突猛進といった様子で走る。
…それに平然と言った顔はこちらに向いており、まだまだ余裕が満ちていた。
スタートダッシュといい反応速度といい正に化け物…否、それができるから最強なのか。
実力差を痛感した俺は何もすることが出来ずただ目を見開く。
「おまッ…!?」
「発想は良い、しかし――足りんな」
――言葉と共に腕が伸びてきた。
凶悪なまでの右腕、そして赤い篭手のつけられた巨大な掌が、全く動くことのできない俺の喉を『ガシリッ!!』と捉えると――
『ッッズドォン!!』
――まるでボロ人形のように軽く、直角に、地面に叩きつけ止められた。
「ガッ…はッ…!!?」
痛みと衝撃が全身を打つ、喉奥から血が溢れ口の端から流れ出る。
呼吸が出来なくなり見下ろすようなオッタルの顔が霞んだ。
(ッつーかやべぇこのままだと首折られる!!!?)
グググ…!…と途方もない膂力が俺の首にかけられる。それにマウントで2mもある巨体の全体重をかけられては抵抗の余地も無い。
酸素を取り込むことも出来ない俺はオッタルの右腕を振り払うため身をよじり、掴み抵抗するが鉄のようなそれは揺らぎすらしない。
「かはッ!…ぐッ…!!?」
押し付けるようなオッタルの手が一度引かれる。
そして無言のままもう一度殴りつけるように『ドスンッ!!!』と地面に打ち付けられた。
…頭を打った俺は意識が更に遠のくのを覚え、痺れるような感覚に思考能力が落ちるのを感じた。
段々とオッタルの腕を払おうとする力も弱まっていき、オッタルの無慈悲なまでの力はどんどんと強まっていった。
「あァ…はッ…!」
苦しい、落ちる。ミシミシという首の軋む音をどこか遠くに聞きながら俺はブラックアウトしそうな意識を必死に繋ぎ止める。
ギュ…ギュッ…とかけられる圧力に残った力を振り絞り何とか抵抗した。
「あ…ぁ……」
しかし――無駄な抵抗、永遠のように感じる時間が過ぎた。
オッタルは足元に転がる長身の男の顔を見下ろすと、その厳めしい顔の表情を変えぬまま、かけていた手の力を緩める。
「…落ちたか」
オッタルはリョナの首から手を離すと、蔑むように男の顔を見下ろす。
口から垂れた血と涎、完全に剥いた目にぐだりと横たえられ弛緩した全身。
首を折る前に気絶したのは無為と思えた抵抗のためか、しかし結果に変わりない。
「惜しいな、だが我が
ガチャリ、と左手で持っていた巨剣を両手で掴み直す。
そして今度こそとどめを、眼下に気絶した男の心臓部に向け――オッタルは振り下ろす。
――『ガッ』!
「…!…」
「あー…今の避けるとかホントふざけんなお前バケモンかよ…」
オッタルの顔に突き上げた直剣は
しかしいい加減見ていて腹の立つ顔に突き上げた直剣は紙一重的に顔を逸らされ躱される。
流石のオッタルも落ちていたはずの意識からの反撃は予期していなかったのか眉を上げて驚いた。
…気絶は確かにした。しかし瞬間的に強制的に起きた、というか「起きれた」。
そこから手元に落ちていた剣を掴んで真上に突き上げるのは方法に難くない。
「…レベル1でこれか、実に惜しいと思うぞ貴様」
ぐしぐしと顔についた血や涎や涙を拭う眼下のリョナにオッタルはすぐには剣を振り下ろさずに声をかける。
その顔には先ほどの驚きと微かな悩みが混ざったような表情――そして大きく息を吐いた。
そして元の厳めしい表情に戻ったオッタルは、「ギチリ」と両手に持った巨剣を構え直す。
「悪いとは思わん、我が主のためその命もらい受け――」
「――どうでもいい」
「…何だと?」
顔を拭い終えたリョナは赤く腫れた瞳を見上げ、剣を突き上げ続ける。
そして噛み締めた口に力を込めたまま開けると熱い息を吐きだし、睨んだまま声に出してみた。
「そもそも理由なんて解りきってた――
「…何の話をしている?」
狂ったか、オッタルは眼下に寝ころんだ瀕死の男を見下ろす。
しかし――今際の際にありながら、リョナは殺意と生気に満ちた瞳で空を睨んでいた。
この状況で、最期の一撃すらも躱された…絶望を覚えて然るべき、生を懇願し死を嫌悪して…殺意を抱くはずが無い。
それに――「笑う」。
リョナは口端に歪んだ笑みを浮かべると、やけに理性的に静かな声で答える。
「お前が俺を殺す理由なんてどうでもよかったって話だよ、オッタル。お前が誰の命令で殺しに来たのかは知らねぇが――
リョナの瞳孔が収縮する。
顔は憤怒に塗れ、頂点に突き上げた剣を掴む腕が僅かに震えていた。
食いしばった口からは漏れるように熱い息が漏れ、死をもたらすものへの怨嗟が殺意に混じる。
しかし…それは『オッタルに向けられたもの』ではない。
――通り過ぎた、向けたる視線の先は天頂に。
だがそれは剣を構えたオッタルの顔ではなく…剣の先、
…精々、あるのは濃く流れる霧と木々から伸びた枯れ枝の先くらいのもの。
流石のオッタルもチラリと振り返り見た、どうせこの男へのダメージは相当のものですぐに逃げ出せれるような物ではないし、今コイツの持っている剣で斬りつけられても傷つけられるはずが無い。
しかし…そこには何もなく、あるのはただの「虚無」のみ。
無を睨む、など狂人のそれだ。
オッタルは「やはり狂人の戯言か」と吐き捨てるとリョナに視線を――
「――…ッ!まさか貴様ッ…!!?」
狼狽する。レベル7、オラリオの最強冒険者であるオッタルが。
目を見開き、無を睨んでいるだけのレベル1冒険者に驚愕する。
そして…リョナの殺気はやがてより濃く凝縮されると、言葉に乗せて…放たれた。
「―――…殺すぞ、
『
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!???』
突如、女の悲鳴が響き渡る。
絹を裂くような、耳をつんざく悲鳴が耳朶を叩き、意識を鮮明に刺すような雷光が走った。
…同時に如何に必死かも解った、今にも殺されそうな女の悲鳴は聞くものの心を無意識下で不安にさせる。
「なっ…!?まさかこれは――」
悲鳴に、オッタルは立ち上がった。
天を仰ぎ、耳で無く頭の中で鳴いたその悲鳴の主が――「見ていた」場所を仰いで叫んだ。
「――フレイヤ様ッ!!?」
レベル7冒険者の咆哮が階層全体をビリビリと強く揺らす。
その振動を背中で受けながら俺は殺意を「本当に何も無くなった」虚空に送るのを止める。
――バベル、フレイヤの私室。
赤いソファにくつろぎながら「羽虫の虐殺」の様子を眺めていたフレイヤは…絶叫していた。
その虹色の瞳に浮かぶのは恐怖、怯え、混乱…パニック状態になったフレイヤは目を剥き細い洞から通り過ぎるような悲鳴を、額から珠のような汗が噴き出しては垂れ輝きながら床に落ちた。
…恐慌、正しくそれ。理由は――
――「未知」、今まで見たことの無い伝えられたことのない感情を彼女は知る。
美の神フレイヤは「世界」に愛されている。
何の誇張でもない、彼女を愛さないものはいないし、嫌うものなど存在するはずが無い。
…増してや「殺意」など今まで向けられたことも無かった。
「はぁっ…はぁッ…ぁ…!」
荒く、乾いた呼吸で涙を零しながらフレイヤは先ほど見たものを思い出す。
見上げていた、男の視線に混じった、濃く青い炎。
目を焼くようなそれは轟々と剣先から噴き出し、終いには私の視界全てを燃やし尽くした。
そして…理解させた――「殺しうる」と。
神威を纏わずとも、死ぬことの無いはずの
死ぬはずが無かった…人間しか、生物しか持ちえない「死への恐怖」を彼女は理解してしまった。
「貴様ァァッ!!何をしたァァァッ!!!」
怒号が俺の身体を貫く。
「最強」の真の憤怒、惜しみない感情の発露に俺は生存本能ごとブルリと震えると何とか身体を起こすと…笑う。
そしてひび割れた大地の上に胡坐を掻くと、激昂し今にも跳びかかってきそうなオッタルの振り上げた巨剣に心底恐怖しつつ制止した。
「何をしたか、ねぇ。もしかすると今すぐ助けに行かないといけない事態かもしれねぇぞ?それこそ俺に構ってたら手遅れになるかもしれない事態――そんなことしてる場合かよ?」
ブラフ、俺もオッタルも信じる必要のない明らかな嘘。
しかし――
「…グ…!」
――少しでも可能性があるならば、オッタルは今すぐに戻らずにはいられない。
巨剣を肩に戻しつつ、オッタルは俺への憤怒に満ちた視線を外さずに堪えるようなうめき声を漏らす。
そして…背を向けた。
それから――首だけ振り返ると殺意のこもった燃えるような視線を見せる。
「いつか…必ずッ…!」
「おー怖、二度とくんなよー」
バイバイ、と手を振るとオッタルは走り出す。
ドドドドドドドドドッ!…と荒々しく走り出したオッタルは瞬間的に知覚外の外に出ると、霧の中に消えた。
…そして残すような大地を揺らす爆音が消え去った後――「静寂」が訪れたのだった。
「…生き残った?」
静寂に問いかけてみる。…返答が無い、ただの静寂のようだ。
「はは…」
嵐が過ぎ去ったような静寂に俺は心底安堵する。
というかあの暴虐の化身を前に生き残ったのだ、と考えると涙が出る思いだった。
「ふー…」
ダンジョンの中に横たわる。
ここも安全な訳ではないが、アイツがいないというだけでもはや天国のように思えた。
背中に当たるひび割れた少し痛い地面と乾いた草、閉じた瞼の裏の暗黒が心地いい。
(…結局、何だったんだろうな?)
眠るように、考える。
最強の武人と、虚空から盗み見ていた女神。俺を殺す理由…何故?
退却させられたのは完全に運が良かった、今も握ったままの剣の感触を確かめるが何だか生の感覚は薄い。
それに――さっき視界で瞬いた
「答えは出ず…か」
解らない、がアンサーだ。悲しいまでに人間は神の用意した現状を受け入れるしかなく、その理由など説明されるはずもない。
…呟いたリョナは考えることをやめ、目を開ける。
「…あ」
ぱらぱらと降り注ぐ紫色の粉と、上空を旋回する淡い影。
霧の中をゆっくりと飛ぶそれは何だか天使のように、ここで終わりだと言わんばかりに死を告げていた。
…って死んでたまるか、全く気が付かなかった俺は笑うと――
――霧の満ちた階層の中に舞う影に直剣を投げつけるのだった。
・・・
パープルモスとか状態異常系の敵が一番嫌いってことを伝えたかった、そんな作品でした(大噓)
いやーしかしオッタルに狙われるとか生きた心地しねぇなぁ、肌に切りつけても刀が折れそう。
んでま、多分次回が年最後ですかねー?
待たれよー