世界はシャボン玉とともに(凍結)   作:小野芋子

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お久しぶりです。
生きてますよ。ええ、生きてます。


それは届かぬ理想の世界

万年霧が立ち込める霧隠れの里はお世辞にも日当たりがいいとは言い難い地形に位置している。戦略的に考えれば1メートル先も分からない濃霧が周囲を覆い隠していることは大きな利点ではあるが、日常生活においては不憫と言わざるを得ない立地である。住人が一般的な感性を持ち、尚且つこの世界が平和であればまず間違いなく苦情の絶えない土地といえよう。もっとも、大戦と呼ばれる大規模な戦いこそ一人の忍びの尽力により終結を迎えたものの、未だに小規模の戦いは続き、平和とはかけ離れた日常が今日と明日と続いているこの状況で日当たりの悪さを理由に霧の有利を捨てるものはいるはずもないが。

「霧のせいで布団が……乾かない」

否、いるのである。そんな馬鹿げたことを霧隠れの里長である水影に対して正面切って言うことのできるバカが。異世界に渡るにあたって変なものを吸収し、必要なものを捨ててきた大馬鹿が。

 

太陽は既に天高くまで登り、後は降るだけの単純作業へと移行し始めた時間帯。昼食を終えた後の書類仕事に手を出すのが僅かに憚られるこの時間、突然響いた来客を知らせるノックの音に眠気を堪えながら書類に目を落としていた水影——やぐらはほんの少しの警戒と、言葉にし難い不安感を抱きながらもそれをおくびにも出さずに入室を促した。

少しの間をおいて入室して来たのは現在やぐらがこの霧隠れで、どころかこの忍びの世界全体でもっとも注目している一人の少年——ウタカタだった。齢は5歳かそこらと幼いながらも将来は美青年に育つであろうと予想される整った容姿に、ぱっちりというよりかは少し切れ長のオレンジ色の瞳。茶色っぽいストレートの黒髪は少年の左目を隠す程に長く、頭のてっぺんに立つ俗にアホ毛と呼ばれるぴょんと立った髪の一部はウタカタの今の心情を表しているのか、普段ほどの元気さ(髪の毛に元気ということが正しいのかは不明だが)も無く萎れている。

その普段の元気と気合いとよく分からない自信からくる力強さを完全に忘却の彼方へと投げ捨てた姿に、何事かと身構えるやぐら。しかしてウタカタのその重々しい口調から告げられた冒頭の言葉は、口調に反して余りにも軽々しく、やぐらが今日一番のため息を吐いたことは至極当然の反応だった。

「布団が……乾かないんだ」

「それは聞いた」

「霧を何とかしてくれ」

「帰れ」

ひどい!鬼!チビ!と現状持ちうるあらゆる罵倒の言葉を投げかけてくるウタカタであるが、罵倒のセリフがあまりにも子供染みていて逆にほっこりしてしまったのは余談である。だが、それでも里長であるやぐらに罵詈雑言(笑)を向けられる度胸のある子供が果たしてこの里にいるのかと問われれば、霧の忍びは皆一様に首を横に振るだろう。

基本的に理知的で温厚であるやぐらではあるが、彼もまたかつて血霧の里とまで言われた霧の暗黒時代を生きた忍びである。度を超えた行いをする者にかける慈悲は当然持ち合わせてはいないし、一度戦場に立てば霧隠れ随一の実力を持って戦場を駆け抜け誰よりも多くの屍を築き上げる。その上現在は三尾の尾獣をその身に封じる人柱力でもある。

少々危険な容姿と思考をしている忍びの多い霧隠れの水影というだけでも畏怖の対象であるのに、その上化け物たる三尾をその身に封じたと聞けば、やぐらの容姿を知らぬものならば如何に屈強な益荒男だろうと恐怖を感じることだろう。実際は年齢詐欺を地でいく見た目であると知れば更なる驚きも禁じ得ないだろうが。

 

話が逸れたが、簡潔に言えばやぐらは見た目に反してヤバイ。そのやぐらに対して対等に接するウタカタもヤバイ。そんな二人が室内で秘密の会議?里の上層部どころか、下忍から上忍、果ては一商人ですらそれを聞けば、果たしてどれほどの危険な会話をしていることだと戦々恐々とすること間違いなしである。実際は井戸端会議よろしく洗濯物云々の会話しかしていないが、それでもきっと周囲の者は日常会話に思わせる暗号によるやりとりに違いないと信じることだろう。加速する勘違い、隔絶して行く周囲との差。ウタカタがやぐら以外に友達どころか、会話相手すら存在しないのは今では彼が人柱力だからというだけではあるまい。

そんな周囲に当然気づくこともなく、なおも会話は進む。結局洗濯物に関しては水遁忍術を利用した脱水でなんとかしろという結論で収まり、今は別の話題に突入している。尚、やぐらの書類に関しては優秀な部下(分身)が請け負っている模様。当然不満タラタラであるがそこはそれ、分身体だから(暴論)という理由で不満は黙殺されている。いつの時代も仕事に理不尽はつきものである。

因みに今は、水影が思う優秀な部下について話題はシフトしている。

「偏に優秀といっても意味合いは違うが、戦闘面で言えば一番優秀なのは鬼鮫だな」

「秋雨?」

「鬼鮫だ。最近忍刀七忍衆に任命されたあいつだ」

あいつと言われても、と困った顔するのはやはりウタカタ。基本的に部屋の中で仙術を練るか、シャボン玉を飛ばすか、犀犬と遊ぶかのいづれかしかしない彼だ、加えて人ではやぐら以外に会話相手のいない彼だ、当然ながら世情には疎い。時たま食料の調達に外に出ることもあるが、大抵外に出れば奇異の目で見つめられるのが現状、最近ではいい加減嫌気がさして逆口寄せによって湿骨林に食料調達(狩り)に行くようになったが、それも仕方のないことだろう。それによってさらに周囲と距離ができたがこの負の連鎖だけはウタカタ一人の手でどうこうなるものでもない。そんなウタカタの近状を何となく察したのか、少しバツの悪そうな顔をしたやぐらはこれから少しでも里の者がウタカタに歩み寄れるように対策をたてようと密かに決意しながら、最近起こった出来事について簡単に噛み砕いて説明していく。

「——っで、クーデターを企てていた前任の鮫肌の使い手を仕留めた褒美として鬼鮫が鮫肌を得て、晴れてあいつは忍刀七忍衆に任命されたってわけだ」

「前任って確か、あのデブだったよな?」

「……まあそうだな。恐らくお前の思うそれであってる」

「鮫肌ってあの生き物みたいな刀だろ?それを背負ってたデブがよく俺を睨んでたからそれも含めてよく覚えてるよ」

「ってか、クーデターに関して助言をしたのはお前だろ?」

「ゑ?」

因みにその当時の会話を再現するとこんな感じになる

『ウタカタ、西瓜山河豚鬼についてどう思う?』

『(どう思うって何?質問が漠然とし過ぎじゃない?)…裏切りそうな顔をしてるな』

『…それは、腹に一物抱えてるって意味か?』

『一物どころか丼サイズで食ってるだろ』

『(食う?)…成る程、分かった。そうだな、本格的に調査してみるか。それで何も出なければよし、そうでなければ……』

(調査って何?食の調査でもすんの?健康管理なの?意外にホワイトなんだな)

勘違い(いつものこと)である。ウタカタからすれば日常会話程度のことだ、覚えてないのも無理はない。勿論、そんなことで捕らえられた者からすればたまったものではないが、そもそも疑わしい行動をしていなければやぐらは話題には出さないし、西瓜山に関しては、クーデターにあたってウタカタを最大の敵だと警戒するあまり睨みつけてしまったことがウタカタの印象を悪くしたそもそもの原因だ。結論から言えば自業自得である。他にもそう言ったことで何人か捕らえられてきたが、全員が全員ウタカタを警戒するあまりミスを犯している。それによってやぐらのウタカタに対する評価が鰻登りに上昇し、逆に周囲のウタカタへの警戒度もまた上昇の一途を辿るのだが、それは完全な余談である。恐らくウタカタが周囲と手を取り合うことが出来る日は永劫来ない。

「—そういう訳だから、戦闘面では鬼鮫が一番優秀だな」

「なら、やぐらの次に水影になるのは鬼鮫さんなのか?」

「戦闘力が高いのと、人を率いる能力が高いことは一致しない。そうだな、次の水影候補と言うのであれば、……照美メイ。彼女が一番だろうな」

「誰それ?」

「十代の若さですでに血継限界を二つ操る天才だ。今回の戦争の戦果で最近上忍に上がった奴だな」

「へー」

質問しておきながらおざなりな返事を返されたことに少しばかり苛立ちが募るが、重いため息とともに吐き出すやぐら。仕方がない、戦果という事であれば戦争を止めたウタカタ以上の者はいない。にも関わらず、ウタカタが受けたのは賛歌でも恩賞でもなく、強すぎる力故の畏怖。ウタカタに比べれば取るに足らない戦果しかあげていない照美が周囲から褒めそやされているのに対してのこれだ。不満もあるだろう。もっともウタカタからすれば何を考えているのかも分からない大人に賛美の言葉をかけられるより、掌返したような態度を取られるより、やぐらの何気ない一言の方が嬉しいのだが。因みにやぐらにそれを伝えたところ、翌日赤面して顔を覆いながら布団にくるまる水影がいたとかいなかったとか。真偽のほどは定かではない。水影の出勤が遅いため補佐官が休憩室を訪れたところ、布団にくるまりながら転げ回る水影が発見されたそうだが、現在その補佐官は長期休暇中のため、真偽のほどは定かではない。最近霧隠れでその補佐官に似た男が一部記憶が欠如した状態となって発見されたそうだが、真偽のほどは定かではない。きっと外で子供のような外見をした忍者に襲われたのだろう。

「お前は、興味のないものにはとことん関心を示さないな」

「興味が無いというか、知識がない。知らないことを次々言うやぐらが悪い」

「……そうか」

拗ねた顔をして、僅かに唇を尖らせるウタカタに、やぐらは何かを言いかけて口を閉ざす。ウタカタならば何でも知っているだろうと勝手に思い込んでいた自身を少しばかり恨みながら。同時に、ウタカタのそういう表情を見てやはり子供なんだと嬉しくも思いながら。頰が緩むのを感じ慌てて表情を引き締めるがもう遅い、拗ねた自分を笑われたとでも思ったのか非難の目を向けてくるウタカタ。居たたまれなくなって視線を逸らすがこの場は水影がほぼ毎日利用している仕事部屋、見慣れた景色をいつまでも眺めてはいられず、結局は視線を正面に戻して、あいも変わらずやぐらを見つめる非難の眼差しと視線を交差させる。

逸らされることのない視線。沈黙は数秒だけで、どちらからとも無く笑い出す。くすぐったいような、嬉しいような、楽しいような、そんな笑い。

「やっぱ俺、やぐらが好きだなぁ〜」

花が咲くような笑顔で、この瞬間が幸せだと言わんばかりにウタカタは笑う。

 

翌日、布団にくるまりながら奇声を発する水影が目撃されたとか、していないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ます。

お世辞にも寝心地がいいとは言えない、落ち葉を掻き集めただけの布団で眠った為か、何とも言えない悪夢を見たものだ。言葉にならない空虚な感情だけが胸をよぎる。頰を伝う雫を無造作に拭い、痛みを訴える心を無視して起き上がる。或いは、この現実の方が悪夢なのだろうか、だからこそ幸福な夢を悪夢と感じたのだろうか。いや、それはないな。大袈裟に首を振って否定する。態々首を振るのは、そうでもしないと月の眼計画に加担しそうな弱い自分を否定する為。ああそうだ、この世界は決して地獄ではない、悪夢でもない。所詮は人の価値観。自分の主観で左右されるようなものが悪夢であるはずがい。滅茶苦茶な理屈だが、あくまで自分自身を納得させる為だけの言い訳。それが正しいかどうかなんて実際はどうでもいい。

重くなった両足を動かしながら、進む先は一つの結界。九喇嘛や犀犬の知る中で、最も強力な結界。結界内部と外部を空間ごと遮断する時空間忍術の応用で、内部の時間軸を外部から完全に切り離すとかなんとか。早い話が結界内の時間が外部に比べて極端に遅くなる。その分発動と維持にかなりの量のチャクラを必要としたが、一度発動すれば術者である自分が死なない限り絶対に解けない強力な忍術である。当然俺を殺す以外に解除する方法はないし、俺以外に空間内と干渉することは出来ない。九喇嘛が言うには絶体絶命のピンチで自身を守る為に考案された忍術だが、燃費も効率も悪い為に禁術指定になったとか。

人並み外れたチャクラをもち、尚且つチャクラの塊である九喇嘛や犀犬、それに磯撫(・・)が協力してくれている為発動できているが、そのせいで戦闘に用いることの出来るチャクラが制限されてしまったのは痛い。もっとも、だからと言って術を止める気も、術に割くチャクラ量を減らす気もないが。

知らず止まっていた足を動かし、右手で軽く結界に触れる。途端に人一人分だけ空いた穴から結界内へと足を踏み入れる。対して大きくもない空間内には湿骨林で採取した色とりどりの花が所狭しと並んでいる。花々を傷つけないように細心の注意を払いながら慎重に歩を進めると、目につくのは一際美しいスイレンの花とそれに囲まれながら横たわる一人の少年。

ああ、やっぱり先ほどの夢は悪夢だ。見るも無惨な地獄そのものだ。頭が痛む。心が痛む。頰を伝う雫を拭うのも億劫で、顎まで流れた雫は足元の花々を濡らす。眠る少年は何も言わない。何も言えない。

 

ああ、悪夢だ。

 

 

やっぱり悪夢だ。

 

 

 

やぐらは今も眠ったまま。

 





ここに至るまでの経緯は次回投稿します。
シリアルの仮面を被ったシリアスがいよいよ顔を出し始めますね。

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