『アレル…私の声が聞こえますね?』
何度目かになる問いかけに、俺はため息混じりに小さく頷く。
あれから何回この会話をしただろうか。最初は片道15分かかったこの崖っぷちへの移動も、今では慣れて体感時間5分で行き来できるようになり、最初の問いかけのテンプレートである自分の名前すら省略されて、一度だけ呼ばれるだけになった。何でそういうところだけ融通がきくのだろうか。
ただ、はっきりしたことが有る。俺はどうやらこの夢から醒めることができないらしい。というよりも、もしかしたら本当にドラクエの世界に来てしまっているのかもしれない。どうせ行くならFGOの世界にしろよ! 俺の可愛い眼鏡後輩にあわせろ!
「……早くこんな夢から覚めたいのにな」
『なら、私の質問に…』
「こ・と・わ・る!」
『用心深いというよりも、何故そこまで素直に……』
「強制して自分のことを喋らせようとするよりはいいと思いますけどねぇ……」
『なら、私は待つことにしましょう』
「あのさ、此処まで会話してたら僕の性格ぐらいわかると思うですけどぉ!」
素で出たその言葉とともに、また俺の視界が暗転し、意識が眠りに落ちていく感覚が襲う。最初は、此方の拒否に戸惑っていた相手も、今は慣れたもので、脳内に聞こえる声に憐れみが混じっている。早く諦めればいいのにというそんな感情。
でもさ、世界を救う勇者が簡単に諦めたらいけないでしょう? 此処で諦めて相手の思い通り動く人間を勇者にしてはいけないと俺は思います。これがプロローグで声の主が味方だってわかってる俺ならばいいけど。実際これが本当に魔王の甘言で、此処で答えることによって魔王に呪われてしまうかもしれないわけですよ。相手のことがわかればわかるほど呪いはかけやすいって聞くし、嫌だよ俺? 夜以外馬の姿になる呪いとかかけられるの。水がかかると女になる呪いとかなら考えるけど…。
え? 味方だとわかってるなら俺はさっさと諦めればいいじゃないかって? あいにく俺は捻くれてるんだよ! 自分から折れることは意地でもしてやるもんか! なんて、自分の中に独り言を垂れ流す程度には心が荒んできている。
それにしても向こうは此方の夢の世界をある程度自由にできるらしい。相手の声を聞こえるな否や目の前の崖にアイ・キャン・フライしたことが有るが、謎の浮遊感とともに気がつけばまた同じ森の中で眠っていたのである。感覚で言うなら夢の中で階段から落ちる夢を見て、危なっと思った瞬間浮遊感とともに目が覚める感覚だ。飛び降りがだめなら、森の中彷徨ってみるかと思って、森の奥へと進んだことも何度か有るが、結果は『無限ループって怖くね?』である。
「あー……よく寝た。此処が部屋なら最高の目覚めだったんだけどなぁ。あれだけ嫌だった翌日の仕事が懐かしく感じるぞぉ、こんちくしょう!」
一瞬の眠りから覚める感覚とともに、どうやらまた始まりの場所に戻ったらしい。俺は倒れている身体を起こして、とりあえず次はどうするかを考える。今までの変な意地で収穫があったとすれば、相手も此方が折れるのを待っている節が有ること。ゲームと同じで同じ言葉しかしゃべれないというわけではなく、少なくとも心や感情が有るNPCとは非なるものであること。つまりある程度の会話ができ、このまま頑張り続ければ向こうも折れる可能性があること。正史で言えば絶対回避不可能なイベント故に、テンプレート道理の「いいえ」選択と同じ行動ではごく僅かな可能性であると思う。
それに、正直言えばこのまま持久戦をするのは辛い。此方は向こうまで行かなければ会話もできないが、向こうは待っていればいいだけだ。ぶっちゃけ5分の移動がつらすぎる。既にかなり時間の感覚が麻痺してきているのを感じる。精神が消耗しているのを感じることになるとは思わなかったが、できればもう味わいたくない感覚だ。これを味わい続けたオカリンってすげぇななんて考えていると、ふと有ることを思いつく。
うまく行けば何か違う会話ができる。失敗してもただの独り言で済む…ならばやるしか無いだろう。つまりは、結果的に「はい」「いいえ」以外になるような会話を作り出せばいいのだから。
「精霊の祠……」
そう思い、この夢の中で彷徨っているうちに必死に思い出したゲームの記憶から一つの場所名を呟いた。
だが、それは思った以上に効果があったらしい。一瞬夢の中の森がざわついたかと思うとゆっくりとだが、いつも崖の手前で感じる何かの気配が近づいてくる。
『……あなたは 何者ですか?』
聞こえてきたのは、あの崖の上からの上から目線の言葉ではなく、此方を怪しむ明確な警戒感が含まれるそんな言葉。そりゃそうだ、これは俺がゲームをプレイして知っているこの声の主が今いる場所の名前である。目の前のアリアハンから出たことがない16歳にもなっていない小僧にその場所を言い当てられたのだから。……だからといって真面目に答えてやるつもりはないけど。
「やっと、あの場所以外で声を聞けた気がしますね。えっと、僕の名前はアレル……だっけ、知っているでしょう?」
反撃とばかりにおちゃらけた調子で答える言葉。それに対して明らかに怒気の含まれる声が頭の中に響く。
『そういったことを聞いているのではありません。あなた 私のことを知っているのはどういうことでしょうか?』
「言いましたよね?僕はどこの誰だかわからない人の質問には答えないって」
『どの口がそのようなことを……』
「早く起きたい僕をさんざん夢の中に閉じ込めてる人に対して辛辣になるのは当たり前でしょう?それに、僕の言葉が合ってるかどうかもわからないのに。……その様子だと本当に精霊の祠という場所にいるみたいですね」
もちろんこの言葉はブラフである。それでも情報として知っていたが、相手のほぼ肯定とも取れる言葉で此処がドラクエ3の世界であることは確定した。それにゲームでは絶対に起きないであろう会話の成立。それはつまり、たとえゲームの強制イベントだとしても、そのシナリオ以外のことを起こすことが出来るという証明。他のゲームで例えるならドラクエ5なら、パパスを救うことが出来るかもしれない。ドラクエ4なら恋人を救えたかもしれない。なら、ドラクエ3なら何が出来る?そう考えた時、思わず俺は笑わずには居られなかった…。ああ、先に起こる出来事を知っている世界で生きる。そう考えると悪いことだらけではないかもしれない。
思わず漏れた笑みに、どうやら相手は更に不機嫌になったようで
『…試したというわけですか?』
徐々に膨れ上がる敵意。流石に意地の為に相手の敵意を買い過ぎたか?これは不味いと思い俺はなんとか相手のその敵意を削ぐような言葉を考える。
「勇者としての能力、いえ何かの加護かはわかりませんけど。時々未来で起こるであろうことを夢に見るんですよ」
実際に先に起こるであろうイベントを夢の中で思い出したのだから嘘ではない。そして、最初から問答を繰り返していたからこそわかる、相手は此方の心を読むことができない。ならばと、さらに俺は都合のいい嘘を考える。
『……それに私のことが見えたと?』
「あなたのおかげで、ずっと長い時間夢の中に居ましたからね。見たくもない未来を色々と。僕が断り続けた単純な理由としては、僕が見た未来を変えたかった。僕が答えれば、あなたは僕に性格を知るために質問をする。真なる名前を聞いて誕生日も聞く」
『……』
「その質問に対して、僕ははいと答え続ける未来。最後の質問で、夢の中で僕が怪物になり、村を襲わなければいけない未来。誰が好き好んで、筋肉モリモリマッチョマンを焼き殺したいと思いますか?」
此処で言う未来とはゲームの中での進行である。俺の記憶が確かなら、まず間違いなくすべての質問にそう答え、ごうけつを取っている。というか、何周もプレイして毎回そうしているのだから印象に残っている。女勇者にした場合? そんなのセクシーギャルに決まっている。そう答える俺に対して、相手は少し考えるような間を置いてから、最初と同じようにゆっくりとした口調で脳内に語りかけてきた。
『私は すべてを司る者。今 あなたが どういうひとなのか わかったような気が します』
何故わざわざ最初と同じように話しかけるのかはわからなかったが、今考えてみるとこれが相手なりの威厳のある喋り方なのだろう。俺は黙って相手の言葉に耳を傾ける。
『アレス あなたはすこし いえ、かなり捻くれているように 見えます』
あ、まずい。ひねくれものはかなりステの成長補正が悪い。誰だこんな質問の答え方したのは!
『それに かなりがんこものでも あります』
ひねくれものにがんこものが合わさり最強に見えるな……もはや此処まで来るとゲーム的なステータスを考えると諦めにもにた感情にもなる。やっぱりあれなのだろうか、素直な方が人の話をよく聞き成長しやすいということだろうか? だけど俺はくじけない、なぜなら此処はゲームの世界であっても、どうやら全てがゲームに縛られているわけではないのだから。
『……私は あなたの話を すべて信じることができません。私には わかります。あなたが 少なからず嘘をついていることを』
流石にすべてを鵜呑みにはしなかったのだろう。むしろこの話をすべて鵜呑みにするような相手が世界を守っているのなら既に世界は滅んでしまっているだろう。いや、もう地下の世界は闇に包まれているのだったか。
『あなたは危険です。精霊の加護がある 未来を見ることが出来る人間。ですがあなたが この世界を救う可能性が 一番高いのも事実です』
黙って聞いていればかなり持ち上げられている気がする。確かに相手からすれば、未来が見れる人間が世界を救うのなら、それが一番確実なのだろう。
『さあ そろそろ夜が明ける頃。あなたも この眠りから 目覚めることでしょう』
「やっと目覚めることが出来るのか……そろそろって、僕は何時間此処にいるのかもう覚えていないんだけど……」
『私は すべてを 司る物 いつの日か あなたに会えることを 楽しみに まっています……』
「その点はスルーですかそうですか……。地下であった時、覚えてろよこのやろう!!」
相手の最後の言葉にかぶせるように叫べば、瞬間目の前がまた真っ暗になっていく……眠りに落ちる慣れきってしまった感覚に俺は身を任せた。