ついに勇者は新たな歴史を作り出すことに成功した。その先に待っている未来は、希望か絶望か
「アレル、入るわよ」
扉を軽くノックして私は寝ているだろう息子の部屋の扉を少し躊躇しながらも開ける。
今日はとても大切な日だ。それは私の息子が16歳になる記念すべき日でも有るし、私の手から離れて外の世界に旅立っていく日でもある。あの子の母としては、できれば息子にはずっとそばに居てほしい。もしこの子が主人と同じような結末を辿るようなことがあれば、私はもう立ち直ることができないだろう。
最愛の夫をなくしたと聞いた日、わたしの世界は魔王に支配された様に闇に包まれた。それでも、今私がこうやって明るく振る舞うことが出来るのは、あの人との間にできたアレルがそばに居てくれたから。
あの子だって辛いはずなのに、王様の前で覚悟はできていたなんて嘘をついた時、それを察したのかあの子はただ黙ってその後もずっと私の傍に居てくれた。本当なら16歳になる前にこの街を飛び出すことだってできたはずだ。私にとってあの子はこの真っ暗な世界に残されたただひとつの光だ。
だから、私はあの子を送り出さなければいけない。
夫がなくなったときに言った言葉、この子が夫の意思を継いでくれる。その言葉がきっとあの子を縛ってしまったのだろう。あの日以来、あの子はほとんど喋らなくなった。只々ストイックに私の願いを、夫の意思を継ごうと、城の兵士に剣術の手ほどきを受けたり、ルイーダの酒場に集まる冒険者たちに外の世界の知識を、生き抜くための知識を黙々とつけてきた。
そんなあの子の旅立ちの邪魔なんて出来るはずがない。
開いた扉の先、昔は主人が使っていた部屋のベットにあの子が寝転がっているのが見える。私は、ゆっくりそのベットに近づいていき声をかけた。
「起きなさい。起きなさい、私の可愛いアレルや」
いつものあの子なら、ただ無言で眠たい目をこすりながら起き上がり、すぐに下に降りて朝食を食べて訓練に行くだけだった。けれども今日だけは違った。それは、今日が旅立ちの日だからなのか分からないが、既にベットの中起きていたらしいあの子が、私の顔を見て声をかけてくれたのだ。
「おはよう、母さん。今までごめん。本当はもっと母さんと話すべきだった。母さんだって辛いのに、僕はそんなことを考えないで父さんの意思を継ぐことだけを考えてた。だから、これだけ旅立ちの前に言わせてほしいんだ。お母さん大好きだよ」
その言葉に思わず私は涙を流してしまった。気がつけば嗚咽を漏らしベットの上のあの子を両手で力強く抱きしめていた。離したくない。今まで我慢していた感情が溢れて止まらない。
ゆっくりと深い海の底から浮かび上がるような感覚。見慣れないベットの上で目を覚ました俺の最初の感覚がまさにそれだった。あたりを見れば久しぶりに見る森以外の光景に思わず笑みが漏れる。もはや元の世界の自分の部屋の風景など諦めていた。そう思えるだけ今まで居たあの夢の中の世界は現実味があって、夢なのに夢じゃないという言い方があっているかは分からないがまさにそんな感じだった。とりあえず、部屋のレイアウトは昔見たゲームの中の部屋とだいたい同じだ。大体というのはゲームである以上簡略化されている部分もあるからで、実際あの部屋を現実で見たらこんな部屋になるだろうというそのままの光景が目の前に広がっていた。これで家の外、アリアハンの町並みを見たらどうなるのだろう? そんな好奇心が湧き出し始めたときに思い出す。
そういえば、此処がDQ3の世界なら、魔法が使えるんじゃないか?
勇者って最初何か魔法を覚えていたっけと? 序盤の記憶を「思い出そうと」した時、頭のなかで一つの言葉が出てきた。そう、文字通り「おもいだす」だ。たしかあれはMP消費もないので、魔法というよりも特技の部類になりそうだが、それでも物は試しと俺は心のなかで「おもいだす」を使うと意識してみる。
結論から言うと、それは失敗だった。
思い出すを使うと意識した瞬間、俺の頭のなかで、今まで俺が現実世界で暮らしていた記憶とは違う記憶。つまり、この世界で今まで生きてきた勇者の記憶が流れ込んできたのだ。あくまで思い出すだけなので、その映像を俺は当事者ではない第三者視点で見ているだけのような感覚なのだが、それでも思った以上に色々「心に刻んでいた」らしい。感情までは再生されないが、それでもやっぱり気分のいいものではなかった。
と言うか、この勇者素直すぎだろ! ああ、素直じゃないとこんな事できないか。勇者になるって心に決めてから、ただ魔王を倒すことだけを考えて生きてきた。文字通り、勇者の役割だけを全うしようとした人生。それは元々一般人の俺からは理解できない生き方だ。もっと楽がしたいはずだ。同じ世代の他のことも遊び回りたいはずだ。でも、この勇者にはそんな思い出が殆ど無い。……まあ、ゲームの主人公で勇者になろうとしたらそうなってしまうのは仕方がないだろうが。
それにしてもお母さんが不遇すぎるだろう。俺は知っている。このまま勇者が世界を救えば、この勇者は地底世界に閉じ込められる可能性がある。なぜならあの大穴が塞がれてしまうからだ。まあ、ロトの紋章ルートとかだと行き来は出来るはずだが、お母さんと再会できないエンドのほうが圧倒的に多い。実際俺もゲームやってたときはお母さんのことをただ宿としか考えていなかった。けど、こうやってこの勇者の記憶を見てしまえばそうも言ってられないぐらい感情移入してしまう。と言うか、お母さんが美人すぎる。何だこのきれいな人は!? 羨ましいなこんちくしょう。一体何歳で結婚したんだ? こういう世界だと結婚は早かったりするしな……。
「あ~、もうこの人を絶対不幸にしてはいけないよな」
気づけば俺は、ベットの中頭を抱えながら転がっていた。言っておくが俺はマザコン属性はないからな! 人妻属性は持っているが……。それにしても、この後どうしよう。そういえばこのあと、オレの記憶通りなら母がこの部屋に入ってきて、俺のことを起こしに来るはずだ。思い出してみたこいつの記憶の中でも毎日同じように起こしにきてくれていたし。……ていうか、こいつもっと喋れよな。起こしにきてもらっているのに殆ど喋らないとか、こいつマジでコミュ障かもしれない。とりあえず、この思い出してしまったせいで無駄に溢れた気持ちを息子の体をして伝えてしまおう。そう思って俺はベットに寝転がってその瞬間をじっと待つことにした。
そして、この現状である。
どうしてこうなった? まあ、美人のお母さんに抱きしめられてるので、満更でもないのだが……。むしろ嬉しいのでもう少しこのままでいいか。しかし、これでは話も進まないのではないのか? 思っていた以上にあの精霊が手ごわかっただけで、ゲーム内イベントの強制力は其処まで強くないのかもしれない。
少しして、母も落ち着いたのか抱きしめていた手を緩め始めた。
「ごめんなさい、アレル。母さん少し取り乱したみたいで。今日は大切な日だったわね。アレルが王様に旅立ちの許しをいただく日だったでしょう?」
そう口にする母の顔が心なしか近い気がする。勇者の記憶の中では母は此処まで近づいて来ることはなかった気がするが。
「そうだね。僕も王様に真剣に父さんの意思を継ぐことを伝えないといけない。今までただ黙々と行動してきたけど、それじゃあ駄目だって思ったんだ。」
不思議に思いつつも、俺も言葉を続けた。
このまま一人の勇者として旅立つと王に伝えるだけでは駄目なのだ。此方が本気であるということを伝えなければ、待っているのは50Gと服と3本の棒である。
ただ、その言葉を聞いた母はどこか悲しそうに、だけど何かを決意したように言葉を続けた。
「そう…真剣なのね。なら、かあさんも準備しなきゃ。アレル、あなたも出発の準備をしなさい」
それだけ言うと、母は部屋の外に出ていってしまった。
残された俺はと言うと。
「あんなセリフ無かったよな……確か。まあ、準備……準備かー」
とりあえずベットから起き上がり、寝間着から服を着替える。青い寝間着から同じように青色の旅人の服に、そして、タンスに立てかけてあった銅の剣を装備する。初めて着る服、剣では有るが体が勝手に使い方を理解しているのか、うまく鞘も背負うことができた。
「あとは……そうだ」
ポツリと独り言を呟くと、部屋のタンスを無造作に漁る。
其処には現実世界には見たことがない謎の種が入っていた。
そう、これこそゲーム世界によくあるドーピングアイテム、力の種である。俺はそれを何の躊躇もなく口に含み飲み込む。するとどうだろうか、飲み込むと同時に体中に力が溢れ出す。食べただけで理解できるほど身体に活力が増している。
「あはは……半信半疑だったけどマジですごいな、これ。まあ、味は流石によろしくないけど。でも、これは使える。どうにかして自分の手で集めるんじゃなくて、人に集めてもらうことが出来れば」
そう、例えば王様に頼むとか。
思いつきでは有るがそれも今後の行動の選択に入れる。ゲーム外の行動ができるのだからこういう発想は柔軟な方がいいだろう。俺は一通り準備が整うと自分の部屋の出入り口に向かう。確か、ゲームでは母が扉の向こうで待っていたはずだ。準備をすると行っていたのが少し気になるが此処で深く考えても仕方がない。そう思い俺は扉を開けた。だが、その扉の前で待っていたのは。
「さあ、母さんについてらっしゃい」
其処には、笑顔を浮かべながら俺のことを待っていた大きな荷物を背負った母の姿だった。
さて、母さんの職業何にしようかな。