彼女は引き金を愛しすぎている   作:龍流

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「手を伸ばせば、銃に触れる世界。優しさより信じられるのがこんなモノとは寂しい限りだ」とは言うが、人の優しさは時に銃以上の凶器に成り得る

 話し込むにはまだ少し外は寒いということで、喫茶店に入った。

 

「迅さんが訴えられないのって、多分顔がいいからだと思うんだよねぇ」

 

 テーブルに頬杖をつき、改めて対面に座る実力派エリートの顔の造作を確認しながら、わたしは中々に身も蓋もないことを言った。いつも肌身離さずおでこにひっかけているサングラスに物申したい女子は多いだろうけど、それを差し引いても充分整った顔立ちだ。

 

「いとちゃん……人の顔じろじろ見ながらなんてこと言うの……」

「でも、もしも迅さんが「ハァハァ……ボクのお尻」みたいな感じで、荒い息を吐きながら迫ってくるブサイクだったら、ボーダーの女子はすでに迅さんを警察に突き出している気がする……ていうか、絶対にそう」

「えぇ……? おれ、そこまで変態じゃないよ……?」

 

 まあ、女子に悪ふざけとして許されるギリギリの触り方をしてくるこの人が、質の悪い変態だっていうのは間違いないのだけれど。

 

「それで、何か用ですか? べつにわざわざ、わたしのお尻を触りに来たわけじゃないんでしょ?」

「うん。今日はふつーにいとちゃんのお尻をさわりにきたんだけど」

「ヘンタイ」

 

 軽く睨んでそう言い捨ててやったタイミングで、ちょうどウェイトレスさんがやってきて、なんだかすごい表情で「……コーヒーとオレンジジュース、お待たせしました」と言って、やはり迅さんをすごい表情で見ながら去っていった。多分「今日はふつーにいとちゃんのおしりをさわりにきた」くらいから聞こえていたのかな? これだけ聞くとほんとに変態さんだね。

 

「……ねぇ、いとちゃん」

「なに? 迅さん」

「おれ、もうこの店来られない気がするんだけど」

「よかったですね」

「ああ、くそ読み逃した……」

 

 うむ。崩れ落ちる実力派エリートを見ながら飲むオレンジジュースは格別だ。

 

「で、何の用なんです? わたし、この後防衛任務あるから、大した用じゃないならこれだけ飲んで帰っちゃうよ?」

「あー、それはその、なんというか……まあ、いとちゃんに言いたいことはいろいろあるんだけど……」

 

 他の人がこの場にいたら珍しく思うであろう歯切れの悪さ。何から言えばいいか迷ってる迅さんに、わたしは先に切り出してあげることにした。

 

「そういえば、わたしも迅さんに言いたいことがあったんだ」

「え?」

 

 にっこりと、笑顔を添えて、

 

 

 

 

「玉狛第二、遠征部隊選抜おめでとうございます」

 

 

 

 

 それを、言う。

 迅さんはなぜか拍子抜けした様子で目をパチくりさせていたけど、すぐに気を取り直して首を縦に振った。

 

「……ああ、うん。ありがとう」

「予定通り、なのかな? これは、迅さんにとって」

 

 言葉の中に皮肉を織り交ぜているのは分かっているだろうに、迅さんは迷いながらも真剣な表情で言葉を紡ぐ。

 

「そう……だな。そうとも言えるし、そうとも言えない」

「はぐらかすねぇ」

「いとちゃんは、うちの遊真にこの前ちょっかいかけてたみたいだけど、どうだった?」

「うん、おもしろい子だったよ。ひさしぶりに楽しかった。機会があったら、またやりたいくらい」

「それは……多分、遊真の方が遠慮するんじゃないかな?」

「あはは。残念」

 

 本当はそこまで残念でもないというか、予想できてたことなんだけど、一応体裁を取り繕ってそう言っておく。遊真くんにはいまいち嫌われちゃったみたいだからなぁ……嫌われた、というよりも警戒された、って言った方がいくらか正しいかもだけど。どちらにせよ、距離を置かれていることに変わりはない。

 

「それにしても、よく二宮隊と影浦隊を倒せたね。あの謎のカナダ人の子が頑張っていたとはいえ、本当に大したものだと思うよ。あの試合の記録、3回くらい観返しちゃったもん」

「意外とやるでしょ? ウチの後輩達」

「うん。すごいすごい。まあ、遊真くん含めてあの『カナダ人』の子とか、本当に元一般人なのかはちょい疑問があるけど……」

「……はっははー。何のことかわからないなー」

 

 目をそらしてアイスコーヒーを口に運ぶ迅さん。少し落ち着いて考えれば、ランク戦の半ばに正隊員になったルーキー(しかもあやしい外国人)が、チームを支えるダブルエースになって活躍する……なんて、ありえないことだと分かる。今はわざとらしく誤魔化しているけど、わたしの目の前に座る実力派エリートは、やろうと思えば何食わぬ顔で腹芸をやってのけるので、そこまで隠し通したい情報でもない、ということだろう。

 

「まあ、そこらへんの話はべつにいいや。わたしに直接関係あるわけでもないし。いや……でも、一応関係あるっちゃあるのかな……?」

「……その口ぶりだと、上からの例の命令、受けた?」

「うん。受けた受けた~。特に断る理由もないし」

 

 迅さんは咳払いをひとつして、珍しく真剣な表情になって、

 

「実は、おれが言いたいのは……」

「うん、だから遠征のことでしょ?」

 

 言いかけた何かを、わたしは遮った。遮った上で、さらに告げる。

 

「言わなくていいよ」

「え」

 

 表情が、明らかな困惑の色に染まった。迅さんは……この人は、いつも会話のペースを握った上で話をする。だから、こうやって否定の言葉を突き返されることに慣れていないんだと思う。

 困惑した、ということは今の反応は迅さんの想定外だった……『選ぶ確率の低い未来』だったわけで。それをチョイスした自分を、わたしは自画自賛したくなった。

 

「ごめんなさい。でも、本当に言わなくていい」

「でも……」

「わたしに『それ』を伝えたら、どう未来が変わるのかは知らないけど。でも、わざわざ迅さんがわたしに伝えようとしてるってことは、多分伝えた方がいいって判断したんだよね?」

「……うん。そうだよ」

「それは、玉狛の子達に関すること?」

「……ちょっと違う」

「それは、遠征部隊全体に関係があること?」

「……そうとも、言える」

 

 一つずつ。答え合わせを重ねるように、確認をしていく。

 

 

「それは、私に関すること?」

「……もちろん」

 

 

 うん。

 やっぱり、そうだよね。

 

「じゃあ、いいや」

「ちょっと待って」

 

 迅さんの声のトーンが、一段下がる。

 

「そんなに、判断をいそがないでほしい。決めつけないでほしいんだ。まず、おれの話を聞いてほしい」

「お断りします」

「いとちゃん」

「わたしは」

 

 迅さんの言葉を無理矢理に断ち切る。ずるいことだと、自分でも分かっている。話を聞いてあげるべきだと、わたしの中に欠片くらいはあるであろう良心が囁いている。

 

「……わたしは、迅さんに感謝してる。風間さんと一緒に、わたしを助けに来てくれて。きっと、視たくもない相手の未来を視て、それでも必死にわたしに向き合おうとしてくれた迅さんに、本当に感謝してるよ」

 

 あの日。何もかも投げ出したくなって、自暴自棄になっていたわたしに手を差し伸べてくれたのは、迅さんだ。だから、その言葉に嘘偽りは一切ない。本当の本当に、わたしの本心。

 けれど、それとこれとは話が別だ。

 

「でも、感謝はしても信用はしない」

 

 はっきりと、告げる。

 他の人が、迅さんのサイドエフェクトをどう思っているかは知らない。上層部の対応を見る限り、迅さんの能力は間違いなく高く評価されているし、重用されている。それは城戸派や玉狛派といった派閥間の確執を超える共通認識であり、揺らぐことのない信頼だ。

 それでも、わたしは『未来予知』というサイドエフェクトを、丸ごと信用する気にはなれない。

 迅悠一は、未来を見通すことができる。見通した上で、その結果に介入し、改変させることができる。使い方によっては、多くの人を救うことができる。とてつもない力を秘めたサイドエフェクト。しかし、逆に言えば、

 

「迅さんが正しいと思った未来が、本当に正しいとは限らないから」

 

 選択される未来は、常に彼の都合と主観に基づいたものだということを、ボーダーに所属する大半の人達は失念している。

 

「それ、は……」

「もちろん、迅さんがボーダーのことをいつも考えてくれているのは知ってるよ。みんなのことをよくみて、選択肢を考慮して。最良の結果をなんとか招き寄せて。そうやって、大規模侵攻の被害だって、最小限に留めてくれたんだよね?」

 

 わたしには、とてもじゃないけどそんな器用なことはできない。与えられる情報量に呑まれ、何を優先し、何を切り捨てるべきか判断が追い付かず、致命的な未来を視て絶望する。もしも『未来予知』のサイドエフェクトを得たら、一ヶ月も待たずに発狂する自信がある。

 対象を直接『視る』必要がある。

 現在から未来への流れを『道』という形で認識し、その変動をある程度リアルタイムで把握できる。

 迅さんが自身のサイドエフェクトについて開示している情報は少ないけど、それでもこのサイドエフェクトを扱うということが、どれほどの負担か。想像するだけで背筋が凍る。

 

「でも、わたしは性格が悪いから、どうしても考えちゃうんだよ。もしも、自分が大規模侵攻で連れ去られたC級の子達みたいに、分かっていても切り捨てるしかない側だったら? もしも、三輪くんのお姉さんみたいに、そもそも視ることができず、助けるという選択肢が存在しない側だったら?」

 

 人間は機械ではない。顔も知らない誰かよりも、自分が交流を持つ人を……友人や家族、恋人を助けようとするのは当然のことだ。人として、当たり前の選択だ。だから、わたしは迅さんを責める気はこれっぽちもない。救える範囲で救う。救えないモノは救えない。そういう割り切りがなければ、きっと未来を視るという行為には耐えられない。切り捨てずにそれら全てを受け止めていたら、きっと心は擦り減って、摩耗して、いつか粉々に押し潰されてしまうだろう。

 だから、これは提言だ。

 

「わたしは……未来を知りたくない人だっていると思うんだ」

 

 未来を知った人間は、いくつにも枝分かれしている道の中で、選択肢を吟味し、きっと最良の道を選ぼうとする。だけどそれは、個人の主観による選択だ。他の人に与える影響、さらにその先の自分に与える影響までは、考慮していない。

 言ってしまえば。選択が視えるからこそ、選ぶべき道を狭めてしまう。

 

 それが『未来予知』というサイドエフェクトの『副作用』だとしたら?

 

「わがままな後輩で、ごめんなさい。ジュース、ごちそうさまでした」

 

 それだけ言って、立ち上がる。

 手早くブレザーを羽織って、マフラーを首に巻いて外に出る。座っていた窓際の席を外から見ると、迅さんはコーヒーカップを持ったまま、俯いていた。思わず、わたしは立ち止まった。深い影が差していた横顔が、ゆっくりと持ち上がる。

 目が、合った。

 にしゃり、と。何かを堪えるような笑みを浮かべ、手を振ってくれる迅さんにもう一度お辞儀を返して。わたしはボーダー本部に向かって、一目散に駆け出した。

 生身の体で走るのは、ひさしぶりだ。息が切れる。体温がみるみる上がっていく。熱を帯びる体と、頬を切る冷たい風のコントラストが心地いい。それでも、振り切れないものはある。

 

 やっぱりだ。

 

 わたしをはじめて視た、あの日から。

 迅悠一は、音海綸を決してみようとしない。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 いよいよだ、と三雲修は思った。

 地下へ降りるエレベーターには、なんとも言えない重い雰囲気があった。先日、ガロプラに襲撃を受けたという話だったが、その痕跡は特に見られない。

 

「それじゃあ、地下に降りようか」

 

 先頭を歩く迅が、こちらを振り返って言う。何故か、迅は少し疲れた様子だったが、修はその声にしっかりと頷いた。

 

「はい」

「いよいよ遠征艇とご対面か。楽しみだな、オサム」

「ああ」

「ふん。玄界の船など、たかがしれている。楽しみでも何でもない」

 

 楽しげに笑う遊真に、仏頂面のヒュースが釘を差す。しかし遊真は、それも笑ってヒュースの脇を小突いた。

 

「そんなこと言っても、遠征艇を見るのが楽しみ過ぎて昨日からそわそわしていたって、陽太郎から聞いたぞ」

「な……! アイツ、余計なことを」

「ほう、図星ですな」

「っ!? 貴様、かまをかけたな!?」

「ふっふふ。つまんないウソついたヒュースが悪い」

 

 ワイワイとやり合う遊真とヒュースを見て、馴染んだなぁ……と修は思う。加入当初こそ色々あったが、今ではヒュースもすっかり玉狛の一員である。

 

「だめだよ、遊真くん、ヒュースくん。ケンカはやめて」

「っ……えぇい……オサム! コイツになんとか言ってやれ。こんな浮かれ気分で遠征に出ていたら、敵に足元をすくわれるぞ、とな」

「そうだな。でも……」

 

 普通とは違う、エレベーターの扉が開く。修はそれに乗り込みながら、ヒュースに向かって笑いかけた。

 

「ごめん、ヒュース。正直ぼくもワクワクする気持ちが押さえきれそうにないんだ」

「お前……」

「だって、」

 

 全員が乗り込んだのを確認して、迅がコンソールを操作する。扉が閉まり、エレベーターがゆっくりと下降を始める。

 

「ようやく、ここまできたんだ」

 

 それぞれ、目的は違う。

 遊真は、レプリカを救うために。

 ヒュースは、主君を救うために。

 千佳は、消えた兄を探すために。

 

 そして修は、それら全ての目的を叶えるために。

 

 目的は違っても、全員が遠征部隊入りという同じ目標を目指して、頑張ってきた。その努力が、遂に実った。ようやく、スタートラインに立つことができたのだ。

 

「……正直、みんながここまで来れる可能性は低かった」

 

 ポツリ、と迅が呟いた。

 

「メガネくん達が遠征に出れるかどうかは、けっこう分の悪い賭けで、でも賭ける価値があると感じたからおれはそれにのっかった」

「ふん。質の悪いヤツだ」

 

 ヒュースがそう吐き捨てても、迅は反論しなかった。

 

「否定はしないよ。そりゃ、おれはこういう未来がくるように動いていたし、裏でいろいろと手を引いていたさ。実力派エリートは、趣味が暗躍なもんでね」

 

 でも、と迅は否定を接続詞にして、  

 

「この結果を……この『現在』を引き寄せたのは、おれの力じゃない。遊真が、ヒュースが、千佳ちゃんが、メガネくんが……みんなが頑張って、努力を重ねて、勝ち取った『今』なんだ」

「迅さん……」

「だから、誇っていいし、楽しみにしていいと思うよ」

 

 

 到着をしめすランプが点灯し、エレベーターのドアが開く。修はその最初の一歩を、感慨深く踏み締めた。

 

「風間さん風間さん! みてみてすごい! 前の遠征艇の上にでっかい箱みたいなのついてるよ!」

「ああ、そうだな」

「あれって、多分かなり広くなってるよね!?」

「ああ、そうだな」

「いやぁ、前々回、わたしが乗った時は狭すぎて女子のプライバシーを守れない感じだったからさ! 今回は最低限の個室はある感じでよかったよ!」

「ああ、そうだな」

「……風間さん、さっきから「ああ、そうだな」しか言ってなくない?」

「ああ、そうだぞ」

「風間さん!?」

「うるさいやつめ」

 

 ……踏み締めた、が。修が抱いていた諸々の期待や不安は、けたたましく騒がしいその声に出迎えられることになった。

 

「……風間さんと、あの人は……?」

 

 エレベーターの扉が開いた先。修達が乗り込む遠征艇の前には、風間蒼也にやかましく話しかけている1人の少女がいた。

 ウェーブがかかった茶髪に、すっきりと通った鼻筋が印象的な、美人というよりはかわいらしい顔立ち。着ている制服は宇佐美の高校のものと同じブレザーだったが、紺色のカーディガンの上にブレザーを羽織る着こなしは、より『女子高生らしい』イメージが強い。

 

「お?」

 

 くるり、と。

 修達に気づいたのか、彼女は体を遠征艇に向けたまま、首だけで器用に振り返った。

 

「……なるほど。この人もいるのか」

「……知っているのか?」

「うん。前に個人戦でやりあった人」

「前に個人戦でやりあった……!? じゃあ、もしかしてこの人が」

「はいはーい。三雲くんは、はじめましてだね」

 

 何の気負いもなく、気軽に距離を詰めてくる彼女はニコリと笑う。修の隣に立つ迅は、どうしてかバツが悪そうに顔を背けた。彼のその反応だけで、修は目の前で人畜無害に笑いかけてくる彼女に、何かあることを感じ取った。

 

「ボーダーNo.1銃手、音海綸。フリーのA級隊員として、今回の遠征に参加することになりました! これからよろしくね!」

 




迅さんのサイドエフェクトに関しては独自解釈含みます。というか、あのサイドエフェクトの詳細はわりとガチで『ワールドトリガー』という作品の根幹に触れる気が……
ここからは完全に原作外なので、作者が勝手に選抜した遠征部隊と絡みつつ、星の海へレッツゴーです。
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