彼女は引き金を愛しすぎている   作:龍流

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ワートリ連載再開だああああああああ!!


「砂糖でできた弾丸では子供は世界と戦えない」というが、鉄をも穿つ弾丸で大人は何と戦うのだろう?

 わたしから見ても、実に分かりやすく、明確に。

 雨取ちゃんの動揺は、発砲に伴って吹き出る火を見るよりも明らかだった。

 

「どうしたの? ほんとに、大丈夫?」

 

 呼吸が荒い。体は小刻みに震え、瞳は不安に染まっている。べつに、わたしは弱いものいじめが趣味なわけではないが……そそられるかそそられないかで言えば、間違いなくそそられる。

 

「ねぇ、雨取ちゃん」

 

 静かに。染み込ませるように。隅々まで意識を割いて、言葉を紡ぐ。

 

「雨取ちゃんには、才能がある。トリガーを使う才能が。でもどんな才能も、そもそも活かして使おうとしなければ、宝の持ち腐れ。何の意味もない」

 

 後天的努力では絶対に追いつくことができない、先天的な才。神の国に贄の候補として見初められるほどの、驚異的な力。それが、この華奢な身体の中に詰まっている。仮に、倫理観や立場、手段を含めて可能かどうかを一切無視したとして……欲しいか欲しくないかで言えば、間違いなく欲しい。

 残念ながら、奪う手段はないのだけれど。

 

「ひとつ、質問をするね。雨取ちゃんにとって『トリガー』ってなに?」

「わたしにとって……トリガーは、人を守るための」

「ちがう」

 

 ボーダー隊員としてみれば花丸をあげたくなるような回答を、即座に否定して突き返す。

 

「これは『引き金』だよ」

 

 言いながらポケットに手を入れ、抜きだしたそれを雨取ちゃんに突きつける。

 許さない。わたしは、わたし自身のアイデンティティとも言えるそれから、逃げることを許さない。

 

「トリガーは武器だ。使えば、人が傷つく。撃てば、風穴が空く。雨取ちゃんが使ったら、文字通り敵が吹き飛ぶ」

 

 たとえ、命のやりとりではなくても。その瞬間に、トリオン体は間違いなく死ぬ。相手を斬り、相手を撃ち、相手を殺す疑似的な感覚に耐え切れず、ボーダーをやめていく隊員は数え切れないほどいる。

 

「だから、雨取ちゃんは人を撃てないんだよね?」

「は、い……」

 

 俯きながら、彼女は弱弱しく頷いた。もちろん、分かっているつもりだ。今さらわたしが偉そうに言うまでもなく、きっとこの子は『撃てない自分』に悩んできた。他でもない、自分自身に追い詰められてきたはずだ。

 

 わたしが『撃たずにはいられない自分』に殺されかけたように。

 

 だから、理解はできる。けれど、擁護はできない。肯定など、以ての外だ。

 挫折していれば、それでよかった。諦めていれば、そこまでの話だった。だけど現実に、今こうして雨取ちゃんは『撃てない』まま、ここまで来てしまった。来れてしまった。

 故に、誰かが教えなければならない。

 

「でも……」

 

 はっきりと。

 

 

「それじゃ、いつか死ぬよ?」

 

 

 その現実を。

 

「……っ」

 

 死。そう、死だ。

 戦場に赴くにあたって、改めて口にするにはあまりにも今さらな言葉に、けれど雨取ちゃんの体は目に見えて強張った。

 

「雨取ちゃんが……じゃあないよ? 雨取ちゃんくらいのトリオンがあれば、敵は迂闊に殺そうとはしない。絶対に、捕らえようとしてくるだろうから」

 

 とはいえ、捕虜になった後に『母トリガー』にぶち込まれてしまえば、それは死んだも同然なのだけれど。そのあたりの事情は割愛して、もっとシンプルに。着実に。心を抉る言葉を、わたしは彼女に贈る。

 

「でも、三雲くんは死ぬ」

 

 ピクン、と。小さな体が震えた。

 

「あれはダメだね。トリオン量は少ないくせに、頭だけは無駄に回るタイプ。敵からしてみたら、厄介なのに捕まえてもリターンが少ない」

 

 これは、半分ホントで半分ウソだ。あっちの世界ではトリガー使いは総じて貴重だし、戦力や資源にならなくても、捕虜交換などで利用価値はいくらでもある。でも、わたしは性格が悪い女だから、それを言わない。

 

「だから死ぬ」

 

 言ってあげない。

 

「三雲くんだけじゃないよ。空閑くんも、ヒュースくんや栞ちゃんも」

 

 そして、わたしも。

 

「雨取ちゃんが撃たなかったせいで、みーんな死んじゃうかもしれないよ?」

 

 もう言葉はなかった。

 何も言わずに、何も言えずに、雨取ちゃんは床に尻餅をついて、俯くだけだった。わたしは、それを情けないとは思わない。むしろ、泣かないだけこの子は強く気丈だと思う。

 

「……」

 

 人の心を折るのは簡単だ。弱みを突いて、開いて、広げて、そこに手を捻じ込めばいい。情け容赦なく、徹底的に、どこまでも非常に残酷に、あげつらってやればいい。

 けれど、今のわたしの目的はこの子の心を折ることじゃない。

 

「……トリガー、オン」

 

 この子の心を、立ち直らせることだ。

 トリオン体に換装したわたしは、小さな肩に手をかけた。

 

「音海、先輩……? 一体、なにを……?」

「大丈夫だよ、雨取ちゃん。キミのそれはたしかに明確な弱点だけど、弱点は恥ずべきことじゃない。だって、そうでしょう? 弱点っていうのは……苦手っていうのはさ」

 

 ホルスターから抜いた拳銃を、

 

「克服するためにあるものなんだから」

 

 わたしは、彼女に握らせる。

 

「さぁ、雨取ちゃん」

 

 小さな掌を両手で包み込んで。グリップをしっかりと保持させて、引き金に人差し指をかけさせて。何よりも誰よりも丁寧に、彼女に拳銃を握らせて。わたしはその銃口を、自分の胸に押し当てた。

 

 

 

 

「わたしを撃って」

 

 

 

「え」

 

 その瞬間。はじめて。

 こちらを見上げる両の瞳が、何か『得体のしれないモノ』を見る目に変わった。

 そう。それでいい。

 にんまり、と。口を三日月に歪めて、わたしは震え始めた手を、さらに強く握る。

 

「大丈夫。人を撃つことは、確かにこわい。でもそれは、一度も撃ったことがないからこわいだけで……『はじめて』さえ捨てちゃえば、すぐ楽になるよ」

「お、音海先輩……」

「不安? だから、大丈夫だよ。雨取ちゃんは、ほんの少し指先に力を入れて、トリガーを引くだけでいいんだよ?」

「でも……でも、そんなことしたら、音海先輩が」

「死なないよ」

 

 言い聞かせる。

 

「わたしは、死なない」

 

 逃げることは許さない。

 

「だって、トリオン体だもん。雨取ちゃんが撃っても、死なないよ」

 

 目を背けることも許さない。

 

「深く息を吸って。呼吸を整えて。グリップをしっかり握って、わたしの顔をよーくみて」

 

 甘えることも許さない。

 

「今からコイツを撃つ、って意識して。殺意をのせて、自分の意志で指先を動かして」

 

 ただ、言い聞かせる。

 

「さぁ、トリガーを引いてごらん」

 

 お膳立ては完璧だ。ここまですれば、猿だろうがチンパンジーだろうが、百発百中で心臓を撃ち抜いて、わたしを殺せる。

 だというのに、この子はまだ撃てない。わたしを撃ち抜けない。殺せない。

 

「……先輩、は」

「ん?」

「音海先輩、は、こわくないんですか……?」

 

 その問いは、不意打ちだった。

 呼吸が止まるのを自覚した。体が強張るのを自覚した。

 すがるように。ねだるように。潤んだ瞳が、こちらを見詰めていた。分かってほしい、理解してほしい、と。手を伸ばしていた。

 

 

 "共感"を、求めていた。

 

 

「…………………………アハッ」

 

 

 だから、言ってしまった。

 

「なんで?」

「……え?」

「なんで、こわいの?」

 

 質問に疑問を返す。

 

「わたしは、楽しいよ?」

 

 分かってほしい。理解してほしい、と。彼女が求めてきた慰めを、最悪な形で突き放す。

 

「わたしは、銃を撃つのが楽しい。ううん、もっと分かりやすく言った方がいいのかな?」

 

 でも、仕方ない。

 

「わたしは、人を撃つのが楽しい」

 

 これが、わたしだ。

 

「心臓を撃ち貫くのが楽しい。頭が吹き飛ぶのを見るのが楽しい。撃たれた肩を押さえて、表情が歪むのを見るのも最高だし、どこを撃ち抜いてやろうかって、考えるだけでも堪らない」

 

 もともと白かった肌が、さらに蒼白に染まっていく。震えそうな、ではなく、完全にガタガタと震えだした雨取ちゃんの手は、少しずつ冷たくなっていた。

 

「理解できない? 意味が分からない? もしかしたら、気持ち悪いかもしれないね?」

 

 膝を折ってしゃがみこみ、目線を合わせる。片手は震える手を保持したまま、わたしはもう片方の手で前髪をかきあげて、引き上げた銃口を額に押し当てた。

 

「ごめんね。多分、おかしいのはわたしの方だよ」

 

 でも、きっと戦場では。

 狂ってるくらいの方が、ちょうどいい。

 

「撃ちなよ、雨取ちゃん。わたしを撃って、撃つことに慣れて」

「わ、わたし、は……」

「今、撃たなかったらいつ撃つの? いつまでも撃たないの? それとも、仲間がピンチになったら撃つの?」

 

 遠征任務は厳しい。それこそ、風間隊が死体を平気な顔で漁れるようになるくらいには。

 

「三雲くん達がピンチになったら撃つ? おかしくない? それって言い換えると、仲間がピンチにならないと撃たないってことだよね? 命の危険に晒されないと、助けないってことだよねぇ?」

 

 辛辣に、悪辣に。言葉を重ねていく。

 

「わたしなら、撃てるよ」

 

 狂っているのは、わたしの方だ。人として、普通の善良な人間としては、きっと雨取ちゃんの方がわたしよりも何倍も正しい。

 でも、戦場で味方を助けることができるのは、彼女ではなくわたしだ。

 

「もしかしたら、遠征に行った先で……トリオン体じゃない、生身の人間を撃つ機会があるかもしれない」

 

 ボーダーで用いられる弾丸は、流れ弾による被害を考慮して、生身の人間に着弾した場合は気絶程度の衝撃しか与えないようにセーフティーがかけられている。しかし、どうしても。やむを得ず、生身の人間を撃たなければならない時がくるかもしれない。

 

 命を、奪わなければならない瞬間がやってくるかもしれない。

 

「それでも、わたしは撃つよ」

 

 覚悟、なんて安っぽい言葉を使うつもりはない。

 まだ中学生の少女に、生殺与奪の権利を握らせることは、疑いようもなく正常な倫理に反して間違っている。だからわたしは、この子に『人を殺せ』と強要する気はない。その役割は、もっと責任を持てる上の人間や、わたしのように元から歪んでいる人間が受け持てばいい。それでいい。

 

「殺せ、とは言わない」

 

 言うなれば、

 

「でも、撃たなくていいわけじゃない」

 

 これは、義務だ。

 こことは違う世界で。戦場に立つ上で。負わなければならない、最低限の義務。自分自身を守るために、絶対に必要な心。

 

「撃ちなよ」

「……」

「撃とうよ」

「……」

「撃ってよ」

「……」

「撃てるよ」

「……」

 

 トリガーは、動かない。

 

「…………仕方がないなぁ、雨取ちゃんは」

 

 本当に、仕方がない。

 わたしがやっていることは、崖で竦む彼女の背中を押しているようなものだ。でも、どれだけ勇気を説いても、断崖絶壁の下に素晴らしいものが待っていることを伝えても、この子は絶対に飛び降りようとはしない。

 だったら、残る手段は唯一つ。

 手を引いて、一緒に。

 

 

「撃てよ」

 

 

 落ちてあげることだけだ。

 指を重ねて、呼吸を重ねて、気持ちだけは一方的に覆い尽くして。ねじ込んだ指先を押し込んで、わたしは強引にトリガーを、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでにしておけ、音海」

 

 引かせることは、できなかった。

 不意に開いたドアの音に、ゆっくりと振り返る。

 

「……風間さん。三雲くん」

「意図は理解するが、やりすぎだ」

「な……何をしているんですか!? 音海先輩!」

 

 風間さんの、最初からわたしが何をするつもりか分かっているような口振りとは対照的に、室内にずかずかと踏み込んできた三雲くんは慌てた様子でわたしを雨取さんから引き剥がした。

 

「千佳! 大丈夫か!?」

「修くん……」

「音海先輩……これは一体、どういうことですか!? 千佳に何を!?」

 

 おー。地味な印象しかなかったけど、なるほどね。三雲くんは、人のために怒れるタイプか。

 

「んー? 先輩からの、ささやかな教育的指導ってやつかな。とりあえず、わたしを撃ってもらおうと思って」

「撃つ……って……そんな、馬鹿なこと」

「馬鹿なこと?」

 

 こてん、と。仕草だけはかわいくおどけてみせて、まだ中学生の隊長に、わたしは問う。

 

「これから戦場に行くっていうのに、人を撃てない。それ以上に馬鹿なことなんてあるの?」

「それ、は……」

 

 押し黙る三雲くんに、畳み掛ける。

 

「随分、過保護に戦ってきたみたいだね。まさか、ここまでとは思わなかったよ。まあ、撃てないなりに工夫はしてきたみたいだし、ただの外付けトリオンタンクとしてみても、充分存在意義はあると思うけど」

「っ……たしかに、千佳は人を撃てません。それを千佳の弱点だというのなら、責任は隊長であるぼくにあります。でも、ぼく達は選抜試験をパスして遠征部隊に選ばれました。それを、否定してほしくはありません」

「……ふーん」

 

 食ってかかってきたその手を、逆に強く掴む。

 

「言うじゃん」

「……っ!」

 

 怯んだその気配ごと、押し潰してもよかったけど。風間さんの目の前でそんなことはできないし、そもそも乱入された時点で興が削がれた。

 

「余計なお世話かもしれないけどさ、三雲くん」

 

 だから、忠告だけに留めておく。

 

「キミが雨取ちゃんのために積み重ねているその優しさは、いつかこの子にもっと重いモノを背負わせるかもしれないよ?」

 

 雨取ちゃんは、お兄さんと親友を失っている。彼らを取り戻すために、戦場に赴こうとしている。だけど、取り戻すという行為には、決して少なくないリスクが伴う。それは同時に、戦場で大切な人を失うかもしれない可能性を含んでいる。

 

「……音海先輩が言っていることは、たしかに正しいのかもしれません」

 

 レンズの奥の瞳は真っ直ぐにわたしを射抜いていた。重ねて、またなるほどと思う。

 

「でも、ぼくは……それでも、千佳に人を撃つことを強制する気はありません」

「それは、どうして?」

「ぼく自身が、それが正しいと思うからです」

 

 このメガネ……結構強いかもしれない。

 

「三雲、雨取を連れていけ」

「で、でも……」

「音海とは、俺が話をしておく」

「……はい」

 

 まだ納得がいってないような。疑念を孕んだ視線をわたしに向ける三雲くんだったが、怯えきった雨取ちゃんの様子を見て逡巡し、そのまま震える手を取った。やっぱり、自分より他人を優先するタイプか。

 

「……失礼します」

 

 2人が出て行き、たっぷり10秒。充分過ぎる間を置いてから、風間さんは深く深く、とても深いため息を吐いた。

 

「随分、荒療治をしたな」

「あはは。また忍田さんに何か言われそうですねぇ」

「多少、やり方に問題はあるが……少なくとも、お前の言うことは間違っていない。忍田本部長も、この件を強く咎めるようなことはしないだろう。雨取が、お前のことを一方的に悪く言うとも思えんしな」

「……いっそ、一方的に目の敵にしてくれた方が楽なんですけどね」

 

 思わず漏れ出た呟きに、風間さんは目を細めて、

 

「あいた!?」

 

 ぽかり、と。わたしの頭を軽く叩いた。身長差的に、少々無理をして背伸びをしながら、だ。

 

「……もー。何するんですか?」

「そうやって、達観したようなふりをするな。お前のそれは悪い癖だぞ」

「……べつに、憎まれ役を買って出ているつもりはありませんよ。わたし、自己犠牲とか大嫌いですし。さっきのだって、言いたいことを言っただけです」

「だとしても、だ。言っていることが正しくても、受け入れる側にそれを正しく理解する準備ができていなければ、意味はない」

 

 ため息を吐きながら、風間さんは言葉を続ける。

 

「嫌われても構わない、というのは『逃げ』だ。三雲達と確執を作るよりも、三雲達に歩み寄る努力をするべきだと、俺は思うぞ」

「……さっき、わたしは間違ってないって言ってくれたじゃないですか」

 

 少々むくれて頬を膨らませてみせても、風間さんにそんなポーズだけの抗議は通じない。

 

「ああ。お前の言っていることは正論だ。だが、人に正論だけ言っても、正しい関係が築けるとは限らない」

「……耳が痛いですね」

「なら、少しは反省しろ」

 

 それに、と。つけ加える形で、

 

「正論の中に私情を混ぜ込んでも、それは争いの種にしかならん」

「……そうですね」

 

 やっぱり、この人は鋭い。

 

「でも……わたし、ワガママですから。雨取ちゃんにも、ちゃんと直接言いましたよ」

 

 撃たなくても、受け入れてもらえる。ありのままの自分で、必要だと言ってくれる仲間がいる。それがわたしは、すごくすごく……

 

「うらやましいって」

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