必ずうまくいく……とまではいかないまでも、今回の襲撃には充分な勝算があると、ガロプラ遠征部隊隊長、ガトリンは思っていた。
入念に下準備と調査を重ね、アフトクラトルが寄越してきた不確実なデータも加味して計画を練り込んだ。ロドクルーンの不参加は少々予想外だったが、その代わりに文句のつけようがない数のトリオン兵の提供を受けた。最終的な戦力の総数は、当初予定していたものよりも上だと断言できる。
事実、開戦序盤は全てこちら側の思惑通りに事が運び、敵の基地内への進入もスムーズに進んだ。玄界の黒トリガーの性能もアフトクラトルからの証言通りであり、対処を誤ったつもりはない。
どこから、流れが変わったのか?
それを考えるとやはり基地へ進入した直後の戦闘……敵の『黒トリガー使い』との接触から、全てが変わったように思えてならない。
「結局のところ、手詰まりに近い感は拭えませんね」
もう何度重ねたか分からない議論に終止符を打つように、コスケロは一言でそう切って捨てた。
「打てる手がないわけではないですが……率直に言って、どれも決め手に欠けます」
手慰み代わりに形だけ対戦の形を取っているボードゲームの盤を見下ろして、ガトリンが信頼を寄せる副官はさらに溜め息を重ねる。
「こちらが飛び込んでいるのは、あのアフトを退けた敵の本拠地。ロドクルーンから譲ってもらったトリオン兵も、今回の戦闘でかなりの数を消耗してしまいました。手持ちのモールモッドやイルガーは前回の戦闘で損耗していないので、次の襲撃で投入は可能です。しかし……」
「戦力としては不足、か」
「はい。しかも、こちらの手も割れてしまっていますから……」
ガトリンの『
情報はアドバンテージだ。こちらのトリガーの性能を……特に脱出用の『新型』の存在を知られてしまった以上、それを念頭に入れた迎撃プランを敷かれるのは当然のこと。
「同じ手で切り崩すのは不可能。となれば、最後のチャンスは……」
「敵の遠征艇が、出発するタイミングですね」
複数体の『アイドラ』を突貫させ、その内の数体に擬態して基地内へ侵入する、という前回の手は一応の成功を収めている。しかしこれは、ロドクルーンから提供された物量に頼りきった作戦。数が売りの『ドグ』も相当数損耗している以上同じ戦法は使えないし、そもそもうまくいくわけがない。
基地内への侵入はもう難しい。ならば、取り得る手は限られてくる。それは、迎え撃つ相手もよく理解しているはずだ。
「出航のタイミングで、こちらが再度仕掛けてくる、と。玄界の連中も、当然そう考えるだろう」
「警戒は前回以上に厳重。それを踏まえた上で、打てる手を考えなければいけませんね……とはいえ、それまでこちらが待てるとは限りません。べつの作戦案も考えないと……」
ガトリンが駒を進める。取られた駒を渡しながら、コスケロは狭苦しい室内の出入り口を見た。
「やはり、全員集めた上で作戦案を出し合った方がいいのでは? レギーは、前回の襲撃の失敗でへこんでいますし、元気づける意味でも……」
「コスケロ」
「はい?」
「ラタから、前回の戦闘の内容は聞いたか?」
「ラタリコフから、ですか? 聞いたも何も……前回の戦闘に関するデータは、一通り目を通しましたよ? まあ、ウェンが敵の『曲がる弾丸使い』にやられているところを繰り返し見ていたので、軽く小突かれましたが」
コスケロは苦笑混じりに言う。ガトリンは、奪った駒を盤上に再配置しながら、重ねて問いかけた。
「基地内部の戦闘は?」
「もちろん、ヨミと入念に確認しました」
「どう感じた?」
「隊長の『
「違う」
「え?」
「俺が聞いているのは、玄界の連中の個人の技量について、じゃない」
単体で強力な働きをする駒を、一気に進める大胆な手を取りながら。ガトリンは部下に、この問いの核心を説く。
「戦闘全体の流れをみて、どう感じた?」
「……妙だ、と思いました」
顎先に手を添えて、有能な副官は思案する。
「敵の配置は、完全にこちらの動きを読んでいるようでした。遠征艇が重要な防衛対象であることを差し引いても、あのレベルの精鋭を一カ所に集めていたことには、どうしても違和感を覚えます。……隊長、まさか」
「そうだ」
敵陣に突貫させたガトリンの駒は、待ち構えていたコスケロの駒にあえなくはじかれる。
「もし、敵がこちらの動きを全て読んでいたとしたら?」
口にした可能性に、コスケロが沈痛な面持ちになる。
「……内通者がいる、と? アフトか、もしくは我々に命令を出している本国の上層部に?」
「玄界は、他国との国交が極端に少ない。その可能性は薄いだろう」
「では、一体どうやって?」
「サイドエフェクト」
ガトリンが言ったその言葉に、今度こそコスケロは固まった。
「……まさか」
「有り得ない話ではない。昨日の戦闘でも、ヨミが遠隔操作したアイドラはすぐに捕捉されていた。玄界には、高位のサイドエフェクトを持つ兵士が複数人いるとみて、間違いないだろう」
「その中に、こちらの動きを読む類の能力者がいる……そう隊長は考えているわけですね」
「ああ」
可能性は、あくまでも可能性だ。だが、ガトリンはその可能性に対して確信に近い感情を抱いていた。長年の経験で培われた、勘とでも呼ぶべきものが警鐘を鳴らしているのだ。
本当に、馬鹿馬鹿しい話だが。
もしも、そのサイドエフェクトが『未来予知』とでも呼ぶべきものだとしたら?
「ガトリン隊長?」
「……我々は精鋭だ」
勝つことだけが、戦いの目的ではない。特にガトリン達の祖国は……ガロプラという国は、アフトクラトルの従属国となってから、そもそも勝てない戦いや勝っても意味のない戦いを強いられることが当然となった。他国との抗争が起これば今回のように便利に使い潰され、苦心して得た資源は巻き上げられ。アフトクラトルに敗北した直後よりも、敗北して従属国となった今の方が、自国の敗戦という現実を強く認識するようになったのは、何の皮肉だろうか?
このまま戻っても、アフトクラトルからみたガロプラの印象は悪くなるだけ。使えない、と判断すれば神の国は自分達を容赦なく切り捨てるだろう。
「何もなしでは帰れない」
「……では」
「少々危険だが……使える戦力はまだある」
先日の戦闘では投入を見送った手持ちのトリオン兵。モールモッドが13体にバンダーが10体。
それに奥の手を加えれば……
「偵察を出す。やはり、仕掛けるのは玄界の連中の出航タイミングだ。まずはそこを見極める」
「……先ほども言いましたが、待てるとは限りませんよ? 我々が接触軌道にいられるのは一か月が限度です。その間に敵が出航しなかった場合……」
「ああ。そうだな。最悪、それでも構わない」
「隊長、それはつまり……?」
「ヨミに遠距離通信の用意をさせろ。まずはウチの上に。それからロドクルーンに」
立ち上がり、駒を握りしめる。
「不本意極まりないが……アフトクラトルにもお伺いをたてる」
どうやら、戦場は盤外にまで及びそうだ。