彼女は引き金を愛しすぎている   作:龍流

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そして、彼女はこわれた『序』

「……で、何か言いたいことはあるか?」

「ありません……何もありません……わたしが悪かったですごめんなさい……」

「反省したか?」

「それはもう、本当に大いに反省しました。わたし、うそつきません」

 

 遊真との模擬戦で派手に『やらかした』一件について。笑顔の嵐山から怒涛の詰問を受けた綸は、へなへなと頷いて、膝から崩れ落ちた。

 

「あまり反省している気はしないが……まあ、いいだろう」

 

「いいんですかっ!?」

 

 がばっ!と、まるで目の前に餌をぶら下げられた犬のように、ウェーブがかかった茶髪が持ち上がる。嵐山はもう何度めかも分からないため息を吐いて、綸に向かって500円玉を放り投げた。

 

「はぁ……ああ、もういい。お説教は終わりだ。それで、綾辻と飲み物でも買ってこい」

 

「やた! 遥ちゃんいこ!」

「はいはーい。ご馳走になりますね、嵐山さん」

「ああ、資料の整理、大変だっただろう? 綾辻も一息いれてくれ」

「はい。そうさせてもらいます」

 

 ぷるぷる……と、まるで生れたての小鹿のように立ち上がった綸は「あ、足が痺れた……遥ちゃん……ちょっと、ちょっとつかまらせて」と、綾辻に寄りかかり、綾辻も綾辻で「綸さん。つかまるのは構わないんですけど、わざわざ私の胸をわし掴みにする必要はないですよね?」「いやゴメン。そこに胸があったからさ」「山ですか」などと綸をあしらいながら、部屋を出て行った。

 それを確認した嵐山は、さっきまでのため息とはまた別の種類の、どこかほっとした様子で息を吐いて、それから大きく伸びをした。

 

「お疲れ様です、嵐山さん」

「言うなよ、充。なんだか、余計に疲れた気分になる」

「でもよかったでしょう? ひさしぶりに話せて」

「俺がよくても、向こうがどう思っているか……分からないからな」

 

「あ、あの」

 

 嵐山と時枝の会話に割って入る形になってしまったのは申し訳ないと思ったが、それでも木虎は聞かずにはいられなかった。

 

「ん? どうした木虎」

「前から気になっていたんですが……嵐山先輩と音海先輩は、どういった関係なんですか?」

 

 関係。漢字にしてしまえばたった二文字の熟語の説明に、嵐山の表情があからさまに渋くなる。常に明るく、皆を引っ張る嵐山准という隊長を見てきた木虎にとって、彼のその表情は非常に珍しいものだった。

 

「関係。関係、か……どう説明したものか。難しいな」

「そういえば、木虎は知らないんじゃないですか、音海先輩の『あの事件』」

「あの事件?」

「木虎。音海先輩が昔、一か月の謹慎処分を受けたって知ってた? 訓練生時代に」

「訓練生時代に!?」

 

 綸の武勇伝(もちろん、悪い意味で)についてはほぼ把握しているつもりだった木虎は、時枝の爆弾発言に堪らず目を見開いた。

 

「それは、隊務規定違反を犯したということですよね? 訓練生時代に、一体どんな……? 三雲くんのような、トリガーの無断使用ですか?」

「トリガーの無断使用、ってわけじゃない。事件が起きたのは本部の中でだし、音海先輩は規則事態は守っていたよ。とはいっても、当時はまだ隊員の数が少なくて『C級』っていう括りもなかったくらいだから、隊務規定そのものがきちんと整備されていなかったのも原因の一つだと思うけどね」

 

 言いながら、時枝はちらりと嵐山の顔を見た。

 

「どうします、嵐山さん? 木虎に話してもいいいですか?」

「……そうだな。木虎にも、知っておいてもらった方がいいだろう」

 

 音海綸は普通ではない、ということを嵐山准は正しく理解しているつもりだった。

 理解しているつもりだっただけで、欠片も彼女の本質を理解できていなかった。それは、音海綸を中心とした……現在のボーダーでは一種の『タブー』といってもいい事件を止められなかったことが証明している。一般の隊員に知られるには刺激が強すぎるが、木虎はまだ中学生とはいえA級隊員である。知っておくべきだと思うし、知っておいて損はないだろう、と嵐山は思った。

 

「木虎は、音海の同期を知っているか?」

「音海先輩の同期ですか? 出水先輩がそうだと聞いていますが」

「それ以外は?」

「え?」

「それ以外の同期については知っているか?」

「……いえ、あまり思い浮かびません。もちろん、綾辻先輩が同期入隊なのは知っていますが、それはオペレーターとしてで……あの2人は普段から仲がいいですし、嵐山先輩も綾辻先輩のことを言っているわけではありませんよね」

「ああ」

「……だったら、やはり思いつきません」

 

 軽く頷いて、嵐山は1人の隊員の名前を出した。

 

 

「天羽月彦」

 

「っ!?」

 

 

 唐突に登場したS級隊員の名に、木虎の表情はあからさまに固まった。立ち上がり、コーヒーを自分のコップに注いで喉を湿らせてから、嵐山は言葉を続ける。

 

「天羽も、音海の同期だ。とはいっても、あの2人は直接の関係があるってわけじゃない。完全に無関係かと言われると、それも違うが」

「……天羽先輩も、嵐山先輩が言う『その事件』に関係があるんですか?」

「いや? 言っただろう、直接の関係はない、って。天羽は無関係だ。ただ、音海の同期の隊員は、もう出水と天羽しかいない。それを、木虎には知っておいてもらいたかったんだ」

「そう。話の導入として、ね」

 

 嵐山と時枝の顔を交互に見て、木虎は僅かに首を傾げる。

 

「簡単な話だ。音海と同期入隊した隊員は出水や天羽を除いても10人以上いたが、今のボーダーには1人も残っていない」

「それは……どういう」

「潰したんだ」

「え?」

「まだ、訓練生だった時期にも関わらず……音海は、15人の同期をたった1人で潰した」

 

 コーヒーとはまた別に、苦いものを飲み干すように。嵐山は、目を伏せて呟いた。

 

「……どこから、話そうか」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「音海さんさぁ……最近、なんか調子にのってない?」

 

 

 

 結論から言えば、わたしは嵐山准という隊員の人望を甘く見ていたのだと思う。

 嵐山さんは一般的な価値観から照らし合わせてみても……もっとストレートに下世話な言い方をすれば、女子が如何にも付き合いたくなるような『イケメン』で『優しく』て『明るく』て『カッコいい』男の人だった。もちろん、わたし自身も嵐山さんに惹かれた女子の1人なので、あまり彼女達を偉そうに批判はできないのだけれど……まあ、その他大勢の女子からしてみれば、トリオンという才能があって嵐山さんに積極的に絡みに行っているわたしは1人だけ抜け駆けしているように映るわけで。敵意むき出しで一方的に絡まれるのは、仕方がないことなのかもしれない。

 でも、それはそれとして、いきなりわたしを男子を含む二桁以上の人数でぐるりと取り囲むのは、流石にどうだろう? ていうか、出水くん以外は同期がほぼ全員いる気がするし。これ、俗に言ういじめってやつじゃないのかな?

 

「なんか、トリオン量多くて先輩達からすごくかわいがってもらってるよねー?」

「嵐山さんとも、随分仲いいみたいだし」

 

 グループを仕切っているっぽい女子達が、ネチネチと文句を言ってくる。間違いない。これは確実に、面倒くさいパターンだ。

 しくじったなぁ……思い返してみれば、わたしは完全にボーダー内での人間関係の構築を怠っていた。全然トモダチコレクションしていなかった。銃を撃つことが楽しすぎて、個人戦(ケンカ)を積極的にふっかけに行った出水くんとか、一方的に切り刻んでくる風間さんをはじめとした先輩隊員のみなさんを除けば、全然コミュニケーションを取っていない。お昼も風間さんとカレーばっか食べてたしね!

 

「あはは……そんなことないよー。あ、わたしちょっと急いでるから、通してくれるかな? ごめんねー」

「そのヘラヘラした態度がムカつくんだよ!」

 

 ばん!と叩かれた壁に、思わず身が竦む。ちょっと品のない暴言と一緒に出てきたのは、リーダーらしき男女一組だ。こわいなぁ……もう。

 

「音海……お前、そうやって自分が特別扱いされるのが当たり前だと思ってんだろ?」

「正直、うざいんだよね。嵐山さんにも自分だけ取り入ってさ。嵐山さんも、あんたみたいなのに付きまとわれると、迷惑だと思うよ」

 

 いや、うざいのはいきなり難癖つけて取り囲んできたあなた達なんですけど……と、喉まで出かかったのを、なんとか飲み込む。いかんいかん。ここで感情的になって反論するのはよくない。こらえろ、わたし。

 

「で、なにそれ?」

 

 女子の1人が、わたしがなるべく隠そうとしていた小さな包みに目をつける。

 

 あ、やばい。

 

「ちょっと貸してよ」

「え!?」

 

 女子のリーダー格がさっと回り込んできて、包みが奪われる。地味ながらもなるべく丁寧にキレイに包装したそれは……わたしが嵐山さんに食べてもらうためになけなしの女子力を総動員して焼いてきたクッキーだ。

 

「なにこれ、手作り?」

「嵐山さん用?」

「うわ、おもっ!」

「ないわー」

 

 好き勝手に人の作ったものを批評しながら、わたしのクッキーは様々な人の手に渡って、

 

「マジキモいんだけど」

 

 女子のリーダー格の手によって、床へと落ちて……彼女の靴で、粉々に踏み砕かれた。

 

 

 踏みにじられた。

 

 くすくす、くすくす、と。

 耳障りな笑い声が響く。

 わたしの頭の中で、反響する。

 

「まー、今日はこれくらいにしておいてあげるけど。あんたもこれに懲りたら」

「トリガー、オン」

「え?」

 

 言い終わる前に。

 わたしはなにも考えず、ブレザーのポケットからトリガーを引き抜き、換装した。

 

 コイツは……この女は「今日はこれくらい」で、いいのかもしれないが

 

「はい、ドン」

 

 わたしは、無理だ。

 ホルスターから拳銃を抜き、発砲する。きっとこの場にいる誰よりも練習し、体に馴染んだ動作には、やはり誰もついてこれなかった。

 超がつくほどの至近距離。耳元での発砲。その唐突な衝撃に、女子のリーダー格は何も言わずにぶっ倒れた。

 空気が、一瞬で固くなる。ざわり、とわたしを取り囲んでいた円が、音をたてて広がる。一拍遅れて響いたのは、女子特有の甲高い悲鳴。

 

 ……うるさいなぁ。

 

「音海っ……」

「あんた、いきなりなにを!?」

「こ、殺す気?」

 

 倒れた女子は動かない。どうやら、見た目よりも繊細なハートを持っていたらしい。人は見かけによらないっていうのは本当だね。

 

「いちいち大袈裟な反応をありがとう。でも、大丈夫。当ててないし。そもそもボーダーの弾丸って生身に直撃しても気を失うだけで、死んだりはしないよ」

「テメェ……そういう問題じゃないだろうがっ!」

 

 激昂した男子のリーダー格が、弧月を引き抜く。

 

「なに、やるの? わたしはいいよ。べつにやっても」

「……いや、ちょうどいい。ここでやりあっても、問題になるだけだ。どうだ、音海? ここはきちんと、模擬戦で決着をつけるっていうのは」

「うん。いいね、それ。やろっか」

 

 これから先も、何かと難癖をつけられては面倒だ。はっきりと力の差を示しておく方が、後々わたしのためになるだろう。

 リーダー格の少年は満足気な笑みを浮かべて、弧月を鞘に収めた。

 

「よし、決まりだな。こっちからは、5人選んで出す。お前は1人になるけど……文句はないな?」

「ちょっとまって」

 

 ナチュラルに5対1の構図を確定させようとしたリーダー格に、待ったをかける。異を唱えたわたしに、彼はわざとらしく舌打ちを鳴らした。

 

「なんだよ? なんか文句があるのか?」

「もちろんアリアリだよ」

 

 5対1なんてふざけてる。そんな条件が、認められるわけがない。

 

「5人だけなんて、ありえないでしょ。この場にいる全員……まあ、ショックで倒れてるそこのおバカさんは仕方ないにしても……それ以外は全員参加してよ。じゃないと、わたしが満足できないもん」

「……なめてんのか? それはつまり……お前1人で俺達全員を一気に相手にする。そう言っているように聞こえるぞ?」

「だから、そう言ってるんだってば」

 

 ほんと理解力ないなぁ。

 

 

「キミ達全員、わざわざ束になってケンカを売ってきたんだから、まとめて買うのは当然だよ。そもそも、二束三文の有象無象しかいないんだから、もったいぶってバラ売りとかしないでくれない?」

 

 

 率直に言って、

 

 

「時間の無駄だよ」

 

 

 ぐっ、と。わたしに対して視線が集中する。

 混じり気なしの、純粋な敵意。それを一身に浴びているのを感じる。

 

 うっとうしい。

 

「……はは。おもしれぇ。分かった。その条件でやろう。後悔すんなよ?」

「後悔するのはキミ達でしょ」

 

 簡単に、ルールを決める。

 ステージは市街地。転送場所はランダム。使用するのは訓練用トリガーのみ。互いのチームに、オペレーターはなし。時間は無制限。敵を全滅させた方が、勝ち。シンプルで分かりやすい。

 訓練生チームは15人。対して、わたしは1人。中々に、イカれた条件だ。

 

「10分後に始める」

「おっけー」

 

 彼らとは反対方向の個人ブースに向かったわたしは、けれどふと思い直して。踵を返し、剣呑なやりとりをしたさっきの場所に戻った。無機質な灰色の床に、砕け散ったクッキーが散らばって、広がっている。

 

「……」

 

 膝をついて、手のひらで拾い集める。小袋の中身はほとんどがボロボロになっていたけど、中には1枚だけ、かろうじて食べられそうな状態のものが残っていた。砕け散って床に落ちた分をゴミ箱に入れて、その1枚だけ残ったクッキーと踏まれて汚れた小袋を、交互に見る。嵐山さんのイメージに合わせて選んだ赤い小袋は、やはりゴミ箱の燃えないゴミに突っ込んで。

 そして、最後に残った1枚のクッキーを、わたしは口の中へ入れた。

 

 

 

 

 

「…………まっず」

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