彼女は引き金を愛しすぎている   作:龍流

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そして、彼女はこわれた『破』

 やはり、出水公平と音海綸は、他の隊員と比べて頭ひとつ抜けている。

 場所は作戦室。時刻は午後に差し掛かる頃。イスに深く座り込んだ嵐山は、手元のデータを閲覧しながら改めてそう思った。トリオン量だけではない。もちろん、この2人のトリオン量は正隊員と比較しても目を見張るものがあるが、それだけではない高いセンス……月並みな言葉になるが『才能』と呼ぶべきものを、出水と綸は持っていた。

 出水は射手として。綸は銃手として。それぞれ、違う形で射撃用トリガーの扱いに秀でている。

 

「俺も、負けてはいられない、か……」

 

 自然とそんな呟きが漏れる。嵐山は端末を操作して、別の情報を表示させた。映し出されたのは、2人分の顔写真。1人は、年齢にそぐわない冷静な立ち回りと判断力が注目されはじめた銃手。もう1人は、明るい性格と破天荒な狙撃で話題を呼んでいる狙撃手だ。嵐山が出水達とは別に注目している……目をかけている隊員達だ。できれば、自分のチームに欲しい、と。嵐山は、そう考えていた。スカウトがうまくいけば、今いる柿崎を含めて戦闘員の人数は4名。ちょうど、上層部が1チームの規定人数に定めようとしている数になる。

 しかし、やはりと言うべきか。嵐山は、最近よく懐いてくる少女の顔を思い浮かべた。再び画面を戻し、彼女のデータを見る。まだ訓練生だが、実力的には申し分ないと太鼓判を押せる。正隊員に上がってくるのも、そう遠い話ではないだろう。

 

「話だけでも……考えてくれ、と相談しておくべきかもな……」

 

 善は急げ。思い立ったが吉日という言葉があるように、嵐山も思いついた行動はすぐに実行に移すタイプだ。すぐにイスから立ち上がり、準備を整えはじめたところで……来客を告げる電子音が鳴った。

 

「……? はい」

「嵐山さん! よかった! ここにいたんすね!?」

「出水?」

 

 扉を開けると同時に飛び込んできたのは、白い隊服姿の出水だった。息が切れないはずのトリオン体で、荒く息を吐いている。何か精神的に焦ることがあったのだろうか……と、嵐山は眉根を寄せた。

 

「どうした? そんなに慌てて、何かあったのか?」

「はやく……はやく来てください」

 

 嵐山がまだ一度も見たことがない、焦燥に満ちた表情を伴って。

 出水は、嵐山の手首を引っ掴んだ。

 

「綸さんが……音海先輩がっ!」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 どうして、こんなことになったのか。

 リーダー格の少年は、意味が分からなかった。その理不尽に、震えていた。こちらは15人。対して、あちらはたったの1人。どちらが有利なのかは考えるまでもなく、それこそ火を見るよりも明らかで、明白だった。

 

 なのに、どうして、こんな。

 

「そっち行ったぞ!」

「なにやってんだよ! 回り込んで挟みこめ!」

「分かってるわよ! 何人かこっちついてきて!」

 

 集団でいる、という安心感からくる余裕は、もう彼らにはなかった。既に彼らの間には、自分達が狩る側ではなく狩られる側なのだという自覚が、芽生えつつあった。

 事実、それを証明するかのように。

 不意に横合いから降り注いだ銃撃が、弧月を構えていた1人の頭部を粉々に撃ち砕いた。

 

「前田!?」

「アサルトライフル!? アイツはハンドガンしか持ってないはずじゃ……」

「ボサッとすんな! あそこだ!全員撃ちこめ!」

 

 射点と思わしきビルの窓に向けて、銃手と射手がありったけの弾丸を叩き込む。窓ガラスが割れ、壁面が穿たれ、それでも彼らの銃撃には手応えがなかった。数秒間の全力射撃の後、不気味な沈黙が場を包む。

 

「気をつけろ、まだやれてな……」

「うん、やれてないよ」

 

 たんっ、と軽やかに窓枠を踏み込んで。

 四階の高さから自由落下する華奢な少女は、右手の突撃銃と左手の拳銃を乱射しながら、自分を包囲していた集団のど真ん中に飛び降りた。

 華奢な肢体を、訓練生の白い隊服に身を包み。ミディアムカットの艶やかな茶髪が、ふわりと揺れる。柔らかな外見の印象とは裏腹に、彼女の口元には隠しきれない嗜虐色の笑みが浮かんでいた。

 

「音海っ……!」

「これで、四つ」

 

 突撃銃で弾丸をばらまきながら、それでも狙いは正確に。正確無比な、人間技とは思えないヘッドショットが、さらに2人を脱落させる。

 リーダー格の少年は目を見開いて、彼女の使用する武器を見た。

 

 突撃銃。即ち、アサルトライフル。

 

 今日、この状況を作り出すために、彼は綸の行動パターンや使用する武器を事前にリサーチしていた。そもそも、考えなしで取り囲んで彼女に突っかかったわけではないのだ。

 綸は最近、上位の攻撃手と模擬戦を行うために、拳銃タイプの装備でいることが多い。事実、先ほどトリガーを起動した際に装備していたのは、突撃銃ではなく拳銃だった。彼女の高いトリオン量を活かせない絶好のチャンス。そう判断したからこそ、綸の発砲という最大の挑発に、今日のったというのに……

 

「しかもなんで、トリガーを同時に……またお得意のズルかよ!」

「ズルじゃないよ」

 

 リーダー格の言葉を笑顔で否定しながら、迫りくる攻撃手達の斬撃を避けて、かわして、弄び。

 綸は仲間と照準が被って撃つことを躊躇っている1人に狙いをつけ、突撃銃を持つ肩口を重点的に撃ち抜いた。

 

「うわっ!?」

「それも、もらおっかな」

 

 くん、と上体を沈めた綸は攻撃手達の包囲から素早く抜け出し、右腕ごと落ちている突撃銃を奪い取った。当然、尻餅をついて倒れ込んだ銃の持ち主の頭に弾丸を叩き込んでいくのも忘れない。

 

「くっそ……撃て!撃て撃て撃て!」

 

 再び集中する銃撃から身を隠した……そう見えた次の瞬間。再び飛び出してきた彼女の手にあったのは、二丁目の突撃銃だった。

 

『トリガー、臨時接続』

 

 無機質な機械音声と、その満面の微笑みに、少年達は凍り付く。

 

「倍にして返すよ」

「か、隠れろ!」

 

 弾丸の雨が、飛来する。

 臨時接続とは、自分のトリガーが何らかの理由で使用不能になった緊急事態の際、他の人間が出力した武器を利用する目的でトリガーに搭載されている機能である。うまく利用すればトリガースロットに搭載されていない武器も使うことができるが、他人の武器にトリオンを流し込む、あるいは他人を通じてトリオンを供給する、という行為は、どうしてもトリオン循環に障害をもたらす。故に、この機能はあまりメジャーではなく、隊員の間で認知されていなかった。ましてや、まだ訓練生の隊員なら知らない方が当然というもの。

 そんな機能を、音海綸はまるで当然のように、倒した敵の武器を奪うという形で悪辣に利用する。

 

「キミ達、勉強不足なんじゃない?」

 

 綸の射撃は、彼らの集中砲火とはそもそもの質が違った。両手で重いライフルを同時に操るという常識外れ。それを見事にやってのけながら、彼女の射撃には躊躇いも情けもなかった。ただただ、目標である敵を撃つ。どこまでも正確に、どこまでも冷酷に。銃手としての効率を追及した強烈な連射は、シールドがない訓練用トリガーで防ぎきれるものではない。

 

「あっはははは! これで、八つ! ようやく半分折り返しって感じだねぇ」

「野郎っ……」

「なめんなよ!」

「散れ! 固まってたらやられるぞ!」

 

 綸の射撃の正確性と火力を理解しはじめた訓練生達は、建物をうまく利用し、射線を切りながら散開。目標を取り囲む動きを取った。周囲を見回し、口の端を三日月に歪めながら、綸は両手の突撃銃をこれみよがしに構えなおす。

 

「ふーん。あんまり自惚れたことは言いたくないんだけど、やっと力の差を正しく理解してくれたみたいだね。感心感心」

 

 油断しているわけではない。綸にはただ、余裕があった。興奮でアドレナリンが滲み出ていても、冷静に敵の人数と装備を考察する自分がいる。だからこそ、頭上から襲い来る新たな敵にも、すぐに気がつくことができた。

 足元に、ふっと影が差す。

 反射的に見上げた先で、視線が交差した。ポニーテールが特徴的な少女……たしか、攻撃手の中でもそこそこの有望株……が、落下の勢いを活かし、直上から孤月を振り下ろしていた。鋭い風切りの音を伴って、刃が光る。

 

「もらった!」

「いや、あげないよ」

 

 しかし、風間の斬撃に比べれば、この程度の攻撃。綸には止まって見えた。

 右手の突撃銃を手放し、弧月を握る手元を掴み、捻り、回して、背負い込み、そして投げる。ポニーテールの少女は、自身の落下エネルギーをもろに利用され、そのまま地面に背中を叩き込まれた。

 

「かっ……は」

「風間さん直伝、一本背負い!なーんて。いや、上から降ってきてくれたから楽に投げれたよ。ありがと」

 

 落下の衝撃で弧月を取り落とし、動けなくなっている彼女に、綸は再び引き抜いた拳銃の銃口を突きつける。

 

「させるかよ!」

「およ?」

 

 響いた声。咄嗟に少女の体を引き起こし、盾にして構える。前方から、明らかに息を飲む気配が伝わってきて、そのあまりにも素直な分かりやすさに、綸は失笑を漏らした。

 

「あー、そういえばアレだっけ。キミ達、たしかカップルだったよね?」

「ぐっ……」

 

 嫌味を多分に含んだ指摘に、突撃銃を構えたスポーツ刈りが押し黙る。彼も彼で、たしか銃手の中では綸に次ぐ有望株と目されていた1人のはずだ。優秀な者同士でくっついた、という感じだろう。そういう話題には積極的に入っていかなかった綸も、顔くらいは記憶していた。

 とはいえ、

 

「まー、名前覚えてなくて申し訳ないけど……彼女さん殺されたくなかったら、そのまま撃たないでくれるとうれしいなぁ」

「テメェ……オレだって、オレだって、お前さえいなければ……」

 

 どうやら、スポーツ刈りの方は綸に対して嫉妬心を抱いていたらしい。そんなものをここで向けられても、何とも思わないが……

 

「いやいやいや。そういう三下染みたセリフいらないから。というか、この子と乳繰り合っている時点で、キミ、上を目指そうっていう気概が足りないよ」

「ふざけんな! お前だって嵐山に媚びを売って……」

 

 言い終わるよりも、はやく。

 

「……わたしはともかく、嵐山さんを呼び捨てにするとか」

 

 少女の肩に固定した突撃銃で、

 

 

「ないわ」

 

 

 綸はスポーツ刈りの頭のど真ん中を撃ち抜いた。

 

「あ、ああああ……」

「はい、九つ。いやぁ、やっぱり『固定台』があると射撃が安定するね。助かったよ」

「こんのっ……!」

 

 振り向き、果敢にも素手で組み付いてきた少女の両膝を一発ずつ。拳銃で壊す。

 

「あっぐ……」

「知ってた? トリオン体も、関節壊すと動けなくなるんだよ」

 

 豆知識を教えるように言いながら、綸は少女の両腕も潰して完全に動けない状態にする。

 

「ダルマさんだねぇ。悪いけど、もう少し付き合ってちょうだいな」

「う……うぅ……」

 

 もはや完全に戦意を喪失した彼女の襟首を掴み、ずるずると引きずっていく。少々重いが、シールド代わりだと考えれば悪くない。少なくとも、弾避けくらいにはなるだろう。

 それに……男というものは、女の子が人質に取られていると、助け出したくなる生き物である。

 

「音海!」

「どこまで卑怯なんだお前は!」

 

 そら……ゴミにたかるハエみたいに寄ってくる。

 綸は軽く鼻を鳴らして、出てきた4人を見据えた。射程持ちの銃手と射手は優先的に潰したので、残っているのは全員攻撃手。弧月使いだけだ。

 分かりやすく、楽しく。蹂躙できる。

 

「卑怯になって勝てるなら、わたしはどこまでも卑怯になれるよ。正々堂々だけで勝てるほど『近界民』は甘くないだろうし」

 

 突っ込んでくる男達を見て、綸は笑う。

 

「そんな馬鹿正直な突撃で、わたしを倒そうなんて……」

 

 1人、2人、3人、4人、と。人数を数えて。

 ああ、成る程――

 

 

「……とかなんとか、そんな感じで油断してほしかったのかな?」

 

 

 ――1人、足りない。

 

 ぐるりと後ろを向いた銃口に、綸の背後へとにじり寄っていたリーダー格は、目を見開いた。完璧に注意をそらした……そう思いこまされ、誘い出されたという事実に全身が凍り付く。

 だが、止まれない。

 

「馬鹿にするなよ……この化け物女がっ!」

「ほんと失礼」

 

 銃弾は彼の右肩を抉り取ったが、その鋭い踏み込みを伴った斬撃は綸にはじめてのダメージを与えた。切り裂かれた白い隊服からトリオンが噴出し、黒のインナーが見え隠れする。

 

「ちっ……伊達にお山の大将は張ってない、か!」

 

 吐き捨てながら、リーダー格の男の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばし、前方から向かってくる集団に向かって銃撃。1人目と2人目の胸をハチの巣に。3人目の頭を潰したザクロに仕上げたてて、

 

「死ね!音海!」

 

 最後の1人は、迎撃が少し間に合わない。

 

「あー、致し方なし」

 

 故に綸は、体を転がして後退という選択肢を取り……地面を転がりながら動けないポニーテールの少女に銃弾をプレゼントするという曲芸をやってのけた。

 

『戦闘体、活動限界』

 

 すでに大量のトリオンを失っていた彼女の体は一発の弾丸で簡単に崩壊し、

 

『緊急脱出』

 

「んなっ……!?」

 

 その脱出の衝撃の余波は、孤月を振り上げ突撃する少年を気後れさせるには充分すぎるものだった。

 そして、綸の前で立ち止まるということは、

 

「ベイルアウト目くらまし……は、ちょっと語呂悪いか」

 

 的になる、ということだ。

 心臓に風穴を穿たれ、少年の体が後ろに倒れる。

 

「これで十と四。あとは……」

「俺だけだぁ!」

 

 少し、油断した。

 予想よりも遥かにはやく。背後から振り下ろされた弧月は綸の右肩を一刀両断し、切り飛ばした。突撃銃を握りしめた腕が重い音を伴って地面に落ちる。リーダー格の少年は荒い息を吐きながらも、得意気に口元を釣り上げてみせた。

 溢れ出すトリオンは止まらず、その出血のような勢いに綸の体は大きく立ち揺らぐ。

 

「気を抜いたな音海ぃ! これで条件は五分だ!」

「うん、お揃いだね」

「あ? がっ……!?」

 

 学習能力の足りないアホな頭の顎先に、膝蹴りを一発。倒れこんだ拍子に取り落とした弧月を蹴り飛ばしておくのも忘れない。リーダー格の体に馬乗りになった綸は膝でリーダー格の腕をがっちりと抑え込み、マウントを取った。

 

 これで、ゲームセットだ。

 

「くっそ……お前に……お前なんかに!」

「残念無念、また来年ってね。今度、わたしに喧嘩を売る時は人数を倍に増やすといいよ」

 

 頭に拳銃の銃口を、押しつけるというよりは強く激しく捻じ込んで。

 

「じゃ、おつかれさま」

 

 綸はトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 弾丸は、出なかった。

 

「あ、れ……?」

 

 カチ、カチカチ、と。

 乾いた、頼りない音だけが響く。

 

「あ……?」

「ちょっと、ウソ? なんで……? わたしのトリオンは、まだ……」

 

 呆然と手元の拳銃を見る。注意深く見なければ分からないほど、手のひらからほんの僅かに。接続不良を主張するような青白いスパークが漏れ出ていた。

 

「機能、不全……? トリガーの出力が? どうして……?」

 

 思わず、うわごとのように呟く。しかし、原因は明白だった。他人のトリガーを臨時接続しての連続使用。それも長時間、高出力で運用したことによる弊害。頻繁な武器の入れ替えも手伝えば、こうして機能不全を起こすのは当然といえた。

 言葉を失って、綸は固まる。呆然と、整った顔立ちが蒼白に染まる。

 

「……くくっ! はっはははは!」

「っ……きゃっ!?」

 

 立場が、一瞬で逆転した。

 拘束が緩くなった瞬間、顔面に対して容赦なく殴打を繰り出して脱出。羽交い締めから抜け出したリーダー格は、悲鳴をあげる綸の体を押し倒した。

 

「ははは……あっはははは! ざまぁみろ! ざまぁみろ! あれだけ俺達をいたぶっておいて! 結局、調子にのって自滅か!? バカみたいだな!」

「くそ……こんのっ……!」

 

 目尻に、涙が浮かぶ。右腕はなく、左手のトリガーは故障。自分の手の中から武器が失われたという現実に、体から力が抜ける。

 綸は、信じられなかった。

 

 あれだけ頼りにしていた銃が。

 自分を、強くしてくれた銃が。

 最後の最後に、自分を裏切った。

 

 その事実を、認めたくなかった。

 

「あきらめろよ。武器なしじゃ、俺には絶対に勝てない。お前の負けだ、音海」

 

 少年の頬が不意に緩む。

 

「降参しろ。みんなに頭を下げるなら、今なら許してやってもいい。調子にのってすいませんでした、ごめんなさい、ってな!」

 

 その提案に、綸は背けていた顔を上げた。

 

 降参?

 たしかに、降参してしまえば楽になれる。謝れば……プライドを投げ捨てれば、この惨めな状態から解放される。

 ああ、そうだ。自分は喧嘩を振られて、ちょっとムキになっただけだ。べつに、好き好んでヒールを演じたわけじゃない。ただ少しだけ、自分のことを異常者のように扱う彼らに腹がたっただけで、本当にそれだけで。

 

 

「謝れよ」

 

 

 間違っているのは。

 謝罪しなければならないのは。

 

 

 ――――どちらだろう?

 

 

 やはり、普通とは違うわたしが間違っているのだろうか? わたしが、悪いのだろうか?

 

 違う。仕掛けてきたのはこいつらだ。

 

 やはり、人を撃っても何とも思わないわたしは、普通ではないのだろうか?

 

 違う。わたしはボーダーに向いている。必要な人材だ。

 

 やはり、わたしは誰にも理解されないのだろうか?

 

 違う。嵐山さんなら、きっとわたしのことを分かってくれる。理解してくれる。受け止めてくれる。

 

 やはり、わたしはこのまま降参するべきなのだろうか?

 

 違う。

 

 わたしは、もう負けたのだろうか?

 

 違う。

 

 

 

「つらいか? 苦しいか? けど、それは俺達が味わってきた屈辱だ。これに懲りたら、お前も」

 

 

 

 違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶちり、と。

 何かを、引き抜いた音がした。

 

「トリオン体って」

 

 少年の口の中に手を差し込み、掴み取り、

 

「トリオンの武器でしか傷つけられないらしいけど」

 

 引き抜いた、柔らかく、赤く、けれど小さいそれを、

 

 

 

「ちゃんと、脆いところは脆いんだねぇ」

 

 

 

 手の中で、握り潰した。

 リーダー格の少年の目が、止まる。自分の口の中から何が引き抜かれ、何が潰されたのかを、脳が遅れて認識する。自分が押し倒しているはずの女に、何をされたのかを、ようやく正しく理解する。

 

 

 

 

 

 舌、だった。

 

 

 

 

 

「ぉ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあおあおああおあおおあお!?」

 

 声にならない叫びが、木霊する。

 声にならない恐怖が、爆発する。

 

 ――コイツ……コイツコイツコイツコイツコイツ!?

 ――俺の……俺の舌を、引き抜きやがった!?

 

 口から噴出するトリオンが止まらない。痛みはなくても、本来体にあるはずのモノを手で毟り取られたという異常は、彼から戦意を奪うには充分すぎた。

 

「おごっ……ふごっ……ごご」

「ああ、うん。口うるさい声が消えて、ちょうどよくなったね。キャンキャンうるさい負け犬は、やっぱり躾けてあげないと」

 

 それこそ、犬のように。四つん這いになって、口からトリオンをまき散らしながら逃げようとする少年。そんな彼の横っ腹を蹴り飛ばし、綸は笑う。

 

 

 

 

 嗤う。

 

 

 

 

「トリオン体である以上、同じトリオン体なら干渉できる。それは当然のことだけど」

 

 全身をくまなく。舐めるように観察しながら、

 

「あと、脆い場所ってどこかな?」

 

 どこなら、潰せるのか。

 どこをもぎ取れば、ダメージに繋がるのか。

 そんなことを、熱に浮かされた頭の中で思考する。

 

「眼球、とか?」

 

 不思議な気分だった。熱いのに冷たい。昂っているのに覚めている。苛立っているのに気分が良い。恐ろしいのに、楽しい。全ての矛盾を無視して、自分の中の感情をまとめてミキサーでごちゃ混ぜにしたかのような。

 もっとシンプルに、簡単に、言葉の修飾を排除して、言ってしまえば、

 

 

 

 

 気持ちが、よかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

『上位アクセス権限を認証。仮想戦闘空間の設定変更、介入が可能です』

 

 こんな時でもマニュアル通りの音声を返してくる音声システムに、そういうものだと分かってはいても舌打ちが漏れる。手元のコンソールを叩きながら、嵐山はポケットに手を突っ込み、自分のトリガーを取り出した。

 

「アクセス権限、嵐山准! 緊急脱出の制限を解除。戦闘モードを強制終了。外部からの介入を許可!」

『認証。介入可能です』

「よし……トリガーオン!」

 

 トリオン体への換装と同時、一瞬の浮遊感を伴って、嵐山は仮想戦闘空間に飛び込んだ。広がる空はどこか薄暗く、市街地には戦闘の爪痕がありありと刻まれていた。

 そして、走り抜けた先で。嵐山は、彼女を見つけた。

 

「あ」

 

 傷だらけの少女が、振り返る。

 

「嵐山さん……」

 

 右腕は肩口からなく、髪は乱れ切って頬に張りつき、目尻には涙の筋が浮かんでいた。

 

「よかったぁ……」

 

 心の底から、ほっとしたように。

 彼女は、笑顔を浮かべて、

 

「助けに、きてくれたんですね」

 

 すとん、と。

 力を抜いて、膝をついた。

 

「わたし、もう限界で。銃も……もう、弾も出なくて、心細くて」

 

 よかった。こわかった。きてくれて、うれしい、と。そう呟く彼女に、嵐山は手を伸ばそうとした。駈け寄らなければと思った。

 

 

 けれど。

 

 

 足が止まる。

 彼女の横で、ぴくりとも動かない少年に、嵐山の視線は釘付けになる。

 

「…………」

「嵐山、さん?」

 

 足が、自然と。

 一歩、下がった。

 

「音海……お前、は」

 

 そして、嵐山准は、

 

 

 

 

 

「本当に、――――――――――――――――――――――」

 

「………………………………え?」

 

 

 

 

 

 

 致命的に、なにかをまちがえた。

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