戦女神×魔導巧殻 第三期 ~新たなる理想郷~ 作:Hermes_0724
第0話:美神と聖女の対談
七古神戦争によって形成された「ブレニア内海」は、その後の中原に大きな影響を与えた。オウスト内海に匹敵する大きさの塩湖の誕生は、大陸中原アヴァタール地方を多人口地帯に変えた。その後、レウィニア神権国の誕生によりアヴァタール地方の発展は決定的なものとなる。東西を結ぶ交易路「大陸公路」が走り、ヒトとモノが動くことで産業が発達し、西方諸国にも匹敵する大国が形成されていくのである。無論、その歴史は決して平穏なものではない。特に「エディカーヌ王国」「神殺し」の登場は、中原の歴史を大きく左右した。ここで、整理の意味で大陸中原の歴史について、振り返っておきたい。
大陸中原に国家が形成され始めた頃、最初の激震が走る。震源地は中原北部「レスペレント地方」であった。光の現神「姫神フェミリンス」と、闇の魔術師「ブレアード・カッサレ」による光と闇の大戦「フェミリンス戦争」である。この大戦の直接的影響はレスペレント地方に限定されていたが、歴史的に見ればこの大戦こそが「ファスティナ創世記の終焉」と「大陸黎明期の始まり」を象徴するのである。「神が人間に封じられた」という大事件によりラウルバーシュ大陸、とくに歴史に対する神々への影響は急速に小さくなる。「神々および神殿」が歴史を動かしていたのがファスティナ創世記であるとするならば、フェミリンス戦争以降は「名も無き人々の意思」が歴史を動かすようになっていくのである。その一例が「メルキア王国」である。メルキア王国の建国者「ルドルフ・フィズ=メルキアーナ」は、神殿のためでも信仰のためでもなく、「平和な世界を創りたい」という「自身の信念」に基いて建国をしたのである。ヒトの意思が歴史を動かした端的な例であろう。その一方で、隣国に「ファスティナ創世記の名残」が建国されたのも面白い。「神の意志」によって生み出された最後の国、それがレウィニア神権国である。西方諸国は国教を定め、それ以外の宗派を(原則的には)禁じているが、レウィニア神権国においては、他宗教も禁じられていない。「水の巫女」と呼ばれる地方神を信仰しているが、これは民衆による「自発的信仰」に近い形態であり、国家は「教義」と「法」によって統治されている。ファスティナ創世記と大陸黎明期の、ちょうど中間で建国された国らしいといえるだろう。
次の激震は、一般的にはエディカーヌ王国の登場といわれているが、私はそれに疑問を提示する。歴史を観察するとエディカーヌ王国以前に、大きな衝撃が大陸に走っているからだ。それが「ターペ=エトフ」である。ターペ=エトフは、その存在自体が半ば伝説となっているが、各種史料から「大陸一の富裕国」であったことは間違いない。ターペ=エトフで生み出される膨大な物産は、中原の発展に大きく寄与している。もしターペ=エトフが無かったら、後の中原の勢力図は大きく変わっていたはずである。少なくともスティンルーラ女王国、エディカーヌ帝国、メンフィル帝国は現存していないだろう。レスペレント地方、ケレース地方、アヴァタール地方の三大地方の歴史を左右した国家の存在は、決して無視はできないのである。
そして、ターペ=エトフの「思想的衝撃」は、おもに西方諸国に影響を与えている。ターペ=エトフは「光と闇の共生」を掲げていたとされている。西方神殿に残されている当時の記録では、光神殿からはガーベル、ナーサティア、イーリュン神殿がターペ=エトフの首都プレメルに神殿を建て、神官を派遣している。闇神殿からはヴァスタール、アーライナが神殿を進出させている。一国の首都に、光と闇の神殿がこれほどに並び、共通の法によって統治された例は、ターペ=エトフをおいて他にはない。後のエディカーヌ王国においてすら、あくまでも「神の道」という信仰体系の中で並列させているのみであり、西方各神殿に承認されているわけではない。ターペ=エトフの登場は、政治と宗教を分離させ、教義ではなく法によって秩序を作り上げるという「法治」の概念に光を当てたといえるだろう。
ターペ=エトフの登場と滅亡は、アヴァタール地方をはじめとする中原諸国に激震をもたらした。何しろ三百年にわたって生活基盤を支えていた「オリーブ油」が無くなったため、各国では物価が一気に高騰し、バルジア王国やメルキア王国内では、集落単位での国家からの離脱や暴動などが発生している。レウィニア神権国内でも、複数の貴族が殺害されるなどの事件が発生しており、スティンルーラ王国でも、男女でオリーブ油配給量の差をつけたため、男たちが不満の声をあげている。ターペ=エトフの滅亡が中原に与えた「経済的影響」は計り知れなかった。大陸中原は物価が高騰し、東西の商人にとっては格好の「稼ぎ場」になったのである。しかし、この稼ぎ時を利用したのは意外にも商人ではなかった。マーズテリア神殿の新たな聖女となったルナ=クリアは、マーズテリア信仰を東方に広げるために、この稼ぎ時を利用した。大量のオリーブ油を仕入れ、マーズテリア神殿で無償配給をしたのである。貴族も平民も関係なく、椀一杯のオリーブ油を平等に配給したため、ともすると騎士層に集中していた信者層が、平民にまで一気に拡大したのである。当時の商取引の記録を見ると、ルナ=クリアは商人としても凄腕であったことが伺えるのである。
そして、この稼ぎ時を利用したもう一つの勢力が「エディカーヌ王国」である。「闇夜の混沌の国」という国名からレウィニア神権国をはじめとする各国は、当初はエディカーヌ王国に対して必ずしも好意的ではなかった。エディカーヌ国王は中原の物価高騰を利用して、アヴァタール地方南部からニース地方で生み出された大量のオリーブ油、食糧を安価で供給した。それは「エディカーヌ産」への抵抗感を払拭して余りあるものであった。リスルナ王国、スティンルーラ王国をはじめ、光神殿の影響が強いアンナローツェ王国ですら、エディカーヌ王国を認めざるを得なかったのである。ターペ=エトフ滅亡を利用して、マーズテリア神殿は信者層を得て、エディカーヌ王国は国家としての認知と信用を得たのである。
エディカーヌ王国の建国については、幾つかが謎のままとされている。オリーブ栽培の技術をどこから獲得したのか、建国から短期間で多くの建設事業を行っているが、その資金はどこから得たのか等は不明のままである。エディカーヌ王国の建国以降、中原は束の間の平穏が保たれる。再び歴史が流れ始めるのは、エディカーヌ王国建国から百四十年後に起きたメルキア、レウィニア、エディカーヌの各国を巻き込んだ混乱「神殺しの登場」を待たなければならない・・・
メルキア帝国皇立博物院 院長 アーダベルド・D・マリーンドルフ著
「ラウルバーシュ大陸歴史大全 大陸中原編」序文より
ハイシェラ魔族国の討伐に成功したマーズテリア神殿聖女ルナ=クリアと聖騎士エルヴィン・テルカそして四千の精鋭部隊は、ケレース地方からアヴァタール地方に入り、レウィニア神権国王都プレイアに戻っていた。往路は機密性を確保するため、市井の宿すら取らなかったが、復路では迎賓館が用意されていた。いかに神格者とはいえ元々は人間である。魔族国討伐の疲れが無いといえば嘘になる。ルナ=クリアは素直に感謝し、迎賓館の一室で深い眠りについた。翌朝、朝餉を取った後に外出をする。この遠征を締めくくる重要な会談を行うためだ。
『この先は、水の巫女様が住まわれる「奥の泉」となっています。泉には桟橋が掛かっています。橋を渡り、中央の亭にて水面に手を入れてください。水の巫女様がお姿を顕します』
扉が静かに開かれると、眩しい光が目に入ってきた。どこまでも透明な泉が広がっている。中に入ると扉が閉められる。強い神気を感じた。水の巫女は滅多に姿を現さず、西方諸国ではその存在すら疑う声もある。だがルナ=クリアは頷いた。
(なるほど・・・ 「本物」ですね)
桟橋を渡り、亭に入る。美しい亜人を象った石像が置かれている。その側で、水面に手を入れた。石像が光り輝いた。冷たい石像は、美しい女神への変わった。
『よく来てくれました。マーズテリア神殿聖女ルナ=クリア殿・・・』
殆ど無表情に近く、冷たく感じる。だがルナ=クリアは瞬時に悟った。これは「そういう神」なのだと。跪礼して名乗る。
『マーズテリア神に仕えし聖女ルナ=クリアで御座います。水の巫女様への御目文字が叶い、光栄の極みで御座います』
『・・・私はただの地方神、貴女が仕える神ではないのです。そうした跪礼は不要です』
『いいえ、たとえ仕える神とは異なれども、人々から慕われ、安寧を齎す神へは、敬虔なる気持ちを持つべきでしょう』
水の巫女の表情が少しだけ変化をする。ルナ=クリアは表情には出さなかったが、疑問を感じた。
『失礼・・・少し、昔を思い出しました。貴女の前の聖女殿も、同じようなことを言っていました。きっと、貴女の後の聖女も、同じなのでしょうね』
水の巫女は少しだけ微笑み、すぐに無表情に戻った。実際は、相当に愉快だったに違いない。ルナ=クリアは疑問に思った。先ほどの言葉は「冗談」のつもりだったのだろうか。神が「冗談」を言うのだろうかと。促されて着席する。水の巫女は無表情のまま、聖女を見おろす。
『それで、聖女殿は私に聞きたいことがあるそうですが?』
『この度のケレース地方の混乱、正確にはマクルの崩壊、魔族国の登場、ターペ=エトフの滅亡に至る五十年の歴史を生み出す契機となった「赤髪の神殺しセリカ・シルフィル」のことについてです。彼は蒼髪の魔神ハイシェラに、その肉体を乗っ取られていました。そしてハイシェラは、魔神でありながら建国という行動に出ました。国造りを行っていたことも解っています。およそ魔神とは思えぬ行動です。率直にお尋ねします。魔神ハイシェラに古神の肉体を持つ神殺しの存在を教え、さらに魔族国建国という智慧入れをしたのは、水の巫女様・・・貴女様ではありませんか?ターペ=エトフの黒き魔神ディアン・ケヒトを止めるために・・・』
水の巫女は無表情のままであった。美しき女神と聖女が、沈黙の中で見つめ合う。しばしの沈黙後、水の巫女は口を開いた。
『ヒトは、どのように生きるべきでしょうか?どのように在るべきでしょうか?』
それは、聖女の質問への回答とは思えぬ、呟きにも似た言葉であった。だが聖女は、黙って耳を傾けた。
『この地を生み出したのは私だといわれています。悠久の時の中で、人々は忘却をしてしまいました。遥か昔、ブレニア内海の岸辺に力いっぱいに振り下ろされた鶴嘴… たった一人の人間の、とても熱い夢から、レウィニア神権国が始まったのです。私はただ、それを見ていることしかできませんでした。雨の日も風の日も、人々は力を合わせて土を堀り、堤防を整え、五十年の歳月と百名以上の犠牲を費やして、この地を生み出したのです。河川の氾濫に苦しんでいた彼らは、神に祈ることはしませんでした。己自身の力で、現状を変えようと立ち上がったのです。それがヒトが持つ力、ヒトが持つ可能性なのです。私は見たのです。魂が生み出す眩い光を、その光が持つ力を。神に祈るのは良いでしょう。ですが神に縋り、神に依存してしまっては、その輝きは得られません。どれほど過酷な試練であっても、ヒトは己の力で立ち向かい、己の力で克服すべきなのです』
『・・・・・・』
この神は、あの魔神と同じものを見ている。同じ地平を目指している。ただ時間軸が違うだけだろう。水の巫女は遠い遠い歴史を見据えている。あの魔神は、それを短期間で実現しようとした。だから水の巫女は止めるために動いた。ルナ=クリアは口を開いた。
『水の巫女様のお話は、私にも理解できます。ですがマーズテリア神の教義も、ヴァスタール神殿の教義も、努力によって苦難を克服する姿勢を推奨しています。神に縋る、神に依存すると仰りますが、敬虔な信徒であれば、努力を怠ることはしないでしょう』
『「教義で推奨されているから努力をする」・・・それ自体が「縋っている」のです。この地を生み出した人々は、教義に定められていたから立ち上がったのではありません。たとえ今は苦しくとも、子のため孫のため、未来のために苦難に立ち向かったのです。神を信じるのは良いでしょう。教義に影響を受けるのも良いでしょう。ですが「教義に頼って」行動を、判断をしてはいけません。己の主人は、己自身なのです』
『・・・そう仰られますが、己の主人は己自身と言い切り、人生のすべてを自己責任で生きるなど、並大抵のことではありません。ごく一握りの強者だけの生き方に感じます。多くの人々は教義の中で、教義に沿って生きることで、平穏と幸福を得ているのです。ヒトの心は、そこまで強くありません。いたずらに混乱をもたらすだけに思えますが?』
ルナ=クリアは信じられなかった。これは一市民の言葉ではない。百万人以上の人々から信仰を受ける「神族」の言葉なのである。水の巫女は再び沈黙すると、ふっと笑みを漏らした。
『・・・ごめんなさい。今のが、かつて私との問答でディアン・ケヒトが語っていたことです。彼は「ヒトは神に頼らず、己自身の足で歴史を歩むべき」と考え、ターペ=エトフを通じて思想的な革命を起こそうと考えました。ですが、その取り組みは余りにも急進的でした。光も闇も関係なく広く知識を普及させ、科学的思考によって世界を解き明かし、技術発達によって暮らしを豊かにし、民主という政治体制によって民衆自身が歴史を動かそうという取り組みでした。私は危惧しました。理由は、いま貴女が言ったとおりです。ヒトはそこまで強くない。ましてこの世界には、人間族以外にも多くの種族が生きている。彼らにも、同じことを求めるのでしょうか。ターペ=エトフは余りにも進みすぎました。それが、私が動いた理由です』
『・・・では、水の巫女様はディアン・ケヒトとは違う意見をお持ちなのですね?』
『いいえ・・・ 先ほど貴女が感じたとおりです。彼の歩みは早すぎました。ですが目指した地平まで間違っているとは言えません。私には、彼と同じ地平が見えています。ですが、貴女の懸念も理解しています。旧世界のヒトは、行き過ぎた技術によって破滅を呼びました。現神たちは意図的に技術的進歩を停滞させ、光と闇という対立軸を構築することで、種族間の争いを抑えながら、平穏な社会を構築しようと考えました。三神戦争から二千数百年、幾つかの災いは起きれども、多くの人々は信仰の中で平穏に暮らしてきたのです。その世界を護り、変化の少ない中で平和と幸福を求めるという考え方もあるでしょう』
ルナ=クリアは理解した。この神は「どちらも正しい」と言っているが、それを決めるのは自分では無い。それぞれが選ぶべきだと言っているのだ。そしてルナ=クリアは既に選択していた。この世界は二千数百年、平穏を保ってきた。七古神戦争などはあったにせよ、いまも現神のもと、人々は暮らしている。それを変えようとすれば、どれほどの犠牲が生まれるだろうか。あの男を止めなければならない。光と闇の違いはあれど「神への信仰」を基盤とした社会秩序を護らなければならない。それが聖女としての自分の役割であろう。ルナ=クリアはもう一人の「可能性」について尋ねた。
『・・・水の巫女様のお考えは解りました。お尋ねしますが、魔神ハイシェラの元々の肉体は・・・ セリカ・シルフィルが殺した古神は、いったい何という神なのでしょう?』
『それは教えることはできません。いずれ彼が目覚めたときに、直接聞けば良いでしょう。少し先になるでしょうが・・・』
『バリハルト神殿騎士であったセリカ・シルフィルは、神殺しとなった後にマクルを襲撃しています。その様子は正に殺戮です。彼は、破壊神になったのでしょうか?』
『既に解っていることを聞くのですね?彼は破壊神ではありません。迷いと苦悩の中で己を見失い、やがて心が弱りきった時に、蒼髪の魔神に肉体を取られてしまったのです。いまはオメール山で静かに眠っています。いずれ目覚めし時は、現神からも古神からも狙われる、平穏とは程遠い「過酷な途」が待っているでしょう。本人の意志とは関係なく、災厄の方から襲い掛かってくる。一時の休みもなく剣を奮い続ける「戦女神」となる運命・・・ 彼をそこまで追い詰めた一端に、私が関わっていたことは事実です。その償いは、しなければなりません。彼を庇護し、激動の中でどのような生き方をするのか、見守りたいと思っています』
『ディアン・ケヒトは、ある意味で破壊神です。目に見える破壊ではなく、目に見えない方法で世界を変えようとしています。私は「力には力で」「言葉には言葉で」と考えています。ディアン・ケヒトが言葉で世界に関わる限り、私はそれを全力で止めます。ですが、彼が力を奮うようになったら・・・』
『・・・大きな災厄ですね。その時は「神殺し」が動くでしょう。たとえ本人が望まなくとも、運命がそのように流れるでしょう』
『解りました。私は西方に戻ります。いずれ来る「新たな激流」に備えることに致します。水の巫女様、いずれまたお時間をいただきたく存じます。オメール山が動く頃に・・・』
水の巫女は頷き、元の石像に戻った。ルナ=クリアは数瞬瞑目し、立ち上がった。振り返り、そこで止まった。桟橋の向こう側に、黒い外套を纏った男が立っていた・・・
外伝最終話で出てくる、ルナ=クリアと水の巫女との対談場面です。「第0話」として投稿しました。8月1日22時に、第一話がアップされます。
【次話予告】
ターペ=エトフ滅亡から四年後、リプリィール山脈の利権をかけて、隣接する勢力との外交交渉が行われた。後の歴史にも大きく関わることになる、重要な取り決めが成されるのであった。
戦女神×魔導巧殻 第三期:第一話『リプリィール協定』