戦女神×魔導巧殻 第三期 ~新たなる理想郷~ 作:Hermes_0724
ターペ=エトフ王国の滅亡、そしてハイシェラ魔族国の崩壊というケレース地方の激動が過ぎると、レスペレント地方やアヴァタール地方には「束の間」の平穏が訪れる。ターペ=エトフ滅亡により、ケテ海峡防衛という軍事的負担が軽減したカルッシャ王国は、隣国であり休戦中であったフレスラント王国への侵攻を再び開始する。フレスラント王国はブレジ山脈北端の要塞を防衛線とするが、兵数および補給力に勝るカルッシャ王国に押され、ついに要塞は陥落する。カルッシャ王国はフレスラント王国の完全併合を目指して更なる侵攻を企てるが、この機に動き始めたのがグルーノ魔族国である。グルーノ魔族国を束ねる魔神ディアーネは、フェミリンス神殿の占領を悲願としていた。ターペ=エトフの滅亡により武器や食料の供給が途絶えていたとはいえ、悪魔族を中心とする強大な力に対抗するためには、カルッシャ王国の総力を傾ける必要があった。カルッシャ王国で長年に渡って総司令官を努めた「アリア・F・テシュオス」はすでに他界し、姫神フェミリンスの呪いを引き継ぐ「新たな将軍」は、まだ誕生していなかった。そのためカルッシャ王国はフレスラント併合を諦めざるを得ず、ブレジ要塞の引渡しを条件に講和条約を結ぶのである。滅亡の瀬戸際であったフレスラント王国はこれを快諾し、ここにレスペレント地方二大国の紛争が終結した。
一方、西方諸国でも大きな動きがあった。西方の大国テルフィオン連邦は、神聖フェルシス帝国やベルリア王国との軍事的協調を進めながら、周辺領域への経済的併合を進めていた。テルフィオン連邦歴百五十年、西方北部の小国「ヴァシナル」が連邦に加わる。北方の小国であったヴァシナルは自然豊かではあったが、「歪み」と呼ばれる現象によって魔物が出現しやすく、経済発展が遅れていた。テルフィオン連邦は、国教であるアークパリス神殿および同盟関係であるマーズテリア神殿に、ヴァシナルの辺境域「エテ」にある歪みの調査を依頼する。アークパリス神殿はその要請に応え、
テルフィオン連邦歴百五十一年、後に西方諸国に衝撃を与えることになる「歪みの主根」を巡る最初の騒動が、始まろうとしていた。
大封鎖地帯の南西にあるマーズテリア神殿総本山ベテルーラから北に進むこと二十日、テルフィオン連邦首都テルフィスに馬車が到着する。前後左右を六名の騎士に囲まれ、一際ひと目を引いた。馬車はそのまま王宮に到着する。騎士たちが整然と並ぶと、馬車から一人の女性が姿を現した。美しい黒髪を風に靡かせ、その瞳は蒼く澄んでいる。マーズテリア神殿聖女ルナ=クリアは、聖衣の上に白い外套を羽織っていた。
『もう「狭霧の月(十一月)」も終わりですね。そろそろ雪が舞い散る頃でしょうか…』
騎士たちの間を歩く。テルフィオン連邦は、幾つかの王国によって構成されているが、その中でも最大のアルゴラン王国の国王フェリップ三世との会談に臨むべく、ルナ=クリアはテルフィスを訪れていた。王宮に入ると気温が変化する。銅製の管に薪で温めた湯を通し、王宮内全体を温めていた。白い外套を脱ぐと、些か露出の多い「聖衣」の姿となる。神々しいほどの美女の揺れる豊かな胸の谷間に、衛兵たちは眼のやり場に困った。謁見の間に通される。主だった重臣たちが左右に並んでいる。その中を悠然と歩き、玉座に座る王に挨拶する。
『マーズテリア神殿聖女ルナ=クリアにございます。陛下に於かれましては御機嫌麗しく、お慶び申し上げます』
『テルフィオン連邦筆頭にしてアルゴラン王国国王、ウィリヴァルト・フェリップである。遠路遥々足をお運びいただき、痛み入る。後ほど、聖女殿を歓迎する晩餐会を開く予定だ。面倒な政事の話は、さっさと片付けたいものだ』
ルナ=クリアは微笑んで一礼した。来訪の要件を伝える。
『この度、
『無論、承知している。有り難いことに、アークパリス神殿の神聖騎士殿自らが軍を率いて、魔物討伐に乗り出すとのことだ。遠からず、ヴァシナル周辺は安定するであろう』
聖女は頷き、言葉を続けた。
『
フェリップ三世は手を挙げて、聖女の話を止めた。
『先年、アークリオン神殿にて神託が下りた。ヴァシナルを組み込んだのは神託によるものである。かの地の更に北にて、冬を司る氷結の女神「ヴァシーナ」の御力を借り、歪みを安定させよとな』
『では、ヴァシナルを直轄領とはなさらぬ御積りでしょうか?』
『無論だ。地方神とはいえ、現神が棲まいし地を直轄領にはできぬ。とは言え、人が住む以上は統治が必要となる。形式上は、余の従兄弟であるリッテンハイム公爵の責任下とするが、神殿神官および行政官の派遣のみとするつもりだ。ゆくゆくは行政官も土地の者を使うことになるだろう』
『御慧眼でございます。歪みが係る場合、闇神殿の蠢動にも留意が必要となります。混沌を好む彼らは、あるいは水面下で動くやもしれません』
国王は深く溜息をついた。実際、この首都テルフィスにおいても「貧民窟」が存在し、そこではヴァスタールやアーライナなどの闇の現神が信仰されている。圧政によって貧民を追放したとしても、新たな貧民が誕生するだけなのは、王国の歴史が証明していた。現時点は、表立った信仰をしない限りは黙認するという方法で対処するしかない。闇神殿の動きを止めることは、現実的に不可能であった。ルナ=クリアは、テルフィオン連邦のそうした影の部分を承知の上で、ある案を提示した。
『闇の信仰は、貧民などを中心に広がっています。彼らは決して、自ら望んで貧しくなったのではありません。様々な事情により、貧民窟に駆け込まざるを得なかった人たちです。そこで、彼らが貧しさから脱する機会を設けては如何でしょうか?』
『ほう?具体的には、どのような方法なのか?』
『ヴァシナルの中でも、エテと呼ばれる地が、特に歪みが強いと聞いています。このエテを中心に街を造り、魔物討伐や歪みの調査をする専門機関を設け、誰しもが参画できるようにするのです。討伐した魔物から得た素材、あるいは歪みの情報は、その機関が適正な価格で買い取るようにします』
『なるほど、いわば貧民たちを「冒険者」にしようというわけか』
『はい。ただ、連邦の行政組織としてしまっては貧民窟からの参画者は少ないでしょう。連邦はあくまでも支援に留め、民間で運営する「冒険者互助組織」とするのです。こうした組織を「ギルド」と呼びます』
『ふむ。早速、連邦内で検討しよう。貧民とはいえ連邦に生きる民であることに変わりはない。彼らが自らの力で貧しさから抜け出そうと努力するのであれば、それを援けるのは国の責任であろう。いや、良いことを聞かせてもらった。礼を言う。して、聖女殿はこの後は、どのようなご予定か?』
『女神ヴァシーナに向かう神官たちと話をするつもりです。諸神殿の中でも、神と対話をした経験を持つものは少ないでしょうから…』
国王は頷き、悠然と立ち上がった。対談の終わりを意味していた。聖女は黙って、一礼した。この対談において、ルナ=クリアは全てを語らなかった。女神ヴァシーナによって歪みが安定した場合、どのような事態が起きるのかを知れば、フェリップ三世はこれほど泰然とは出来なかったであろう。
晩餐会の後、迎賓館の一室に通されたルナ=クリアは、日誌を書き始めた。転生の門に行くのはずっと先であろうが、自分が何を見て、何を想ったのか。聖女として、己の記録を後世に遺す必要がある。
『ヴァシナルにある「歪みの主根」は、遥か七古神戦争以前にまで遡ります。一説には、三神戦争の原因となった世界融合の衝撃を緩和するため、イアス=ステリナ人たちが張った結界の名残りとも言われています。いずれにしても、異界へと繋がる歪みは早く鎮めなければなりません。ですが、女神ヴァシーナの方法が気になります。主根を凍結し、闇の干渉を排除した上で主根を成長さえせ、光側の力だけで歪みを管理する… これが成功すれば、光側の現神たちの勢力が伸長するのは間違いないでしょう。ですがその結果、ヴァシナルの地はどうなるでしょうか。神の力で凍結された土地、そして急速な主根の成長… エテを中心に、未来永劫に人が住めない地になりかねません』
聖女であるルナ=クリアは、良くも悪くも現神のことを常人以上に知っている。現神は光と闇に別れ、神骨の大陸で争っている。その勝敗の鍵が、ラウルバーシュ大陸における信仰上の対立であった。光と闇の神殿が争っているのは、神々の代理戦争とも言える。光の現神であるマーズテリアは、こうした争いには一歩引いた姿勢を持っていた。あくまでも、マーズテリアの教えを信仰する者たちを庇護することに徹している。現神として世の治安を護る使命はあるが、それもできるだけ、人間たちの手で行うことを善しとしていた。
『あの魔神が、私達の神殿と直接対立をしようとしない理由は、主の御姿勢にあるのでしょう。確かに、もし主とあの魔神が互いの立場に関係なく出会ったとしたら、きっと気が合うことでしょうね』
ルナ=クリアは日記に今後のことについて書き始めた。
(エテの主根を完成させるには、時期尚早と判断する。神の力で主根を完成させるのではなく、ヒトの力で歪みを克服できないだろうか。この大陸から見れば小さな土地であっても、そこに生きる民がいる。大きな幸福のために小さな悲劇を甘受するという考え方もあるが、もう少し、人間の力を信じてみるべきではないか。女神ヴァシーナをエテに置けば、主根はいつでも完成させることができる。未来の可能性に、ヒトの成長に賭けるという選択肢も、考慮すべきだろう)
聖女の使命は、神の下僕として人々を導くことにある。神の手先となって、人々を害してはならないのである。アークリオン神殿に降りた神託は、現神側の都合によるものであった。ごく稀ではあるが、こうした神託が降りる時がある。それを調整し、神々の信仰を守りながら、同時に人々を未来に導くのが、神殿の役割であり聖女の役割であった。
(「黒き魔神」は神殿の役割を誤解している。正確には、理解しているが見ようとはしていない。神が存在するこの世界で、神とヒトとを調和させるためにも神殿は必要なのだ。もし神殿の機能が低下し、人々から信仰が希薄になったらどうなるか。神々は再び、ラウルバーシュ大陸にその影響を広めようとするだろう。人々は神という強大な存在の前に、平伏す者とそれを除こうとする者に分かれる。神と信仰を巡って、人々の間で悲劇的な対立が生まれる。不作となるのは神を信じぬから。病となるのは神を信じぬから・・・ そのような風潮が生まれ、狂気の暴走が生じかねない。神殿は、信仰を通じて人々を導くとともに、信仰のあり方そのものを管理する役割も果たしているのだ)
ディアン・ケヒトとエディカーヌ王国、そして「神の道」について思索を巡らせる。西方諸国では、光と闇に分かれて神殿が乱立した状態となっている。だが「神の道」は、創造神を頂点に置くことで一本の体系としてまとめ上げている。確かに面白い思想である。信仰を巡る神々の対立、神殿領や喜捨を巡る神殿の対立を解消する一手となりうるだろう。だからこそ、ルナ=クリアは「神の道」を危険視した。今後、この体系を模倣した国家が次々と出現してくるのではないか。
「とんでもない人物が、同じ時代に生まれたものですね・・・」
ルナ=クリアは溜息をついて小さく笑った。
テルフィオン連邦首都テルフィスにあるアークパリス大神殿で会合が開かれる。アークパリス
『アークパリス神殿騎士ナイトハルト・ウォフォードです。マーズテリア神殿史上最高とも称される聖女殿と、斯様な重要な会議を同席できること、終生の慶びと致します』
『マーズテリア神殿聖女ルナ=クリアです。
互いの挨拶を終え、席に座る。アークパリス大神殿神官長クルフォード・ライザックが議長となり、エテの歪みに対する会議が始まる。アークリオン、アークパリス、パルシ・ネイの三大太陽神、軍神マーズテリアの重要人物が顔を揃えている。
『さて、西方を代表する各神殿が一堂に会したこの会議、目的は北方の地「ヴァシナル」の歪みへの対処についてであることは、共通の認識だと思います。先日、恐れ多くも主神より神聖なる神託が降り、氷結の女神ヴァシーナによる「主根の形成」が我らが使命となりました。しかしながら女神ヴァシーナはヴァシナルの更に北方の山岳地帯「霜天の盆地」に棲みし地方神・・・ 御力をお借りするためには北方に赴き、女神に祈願せねばなりません。険しく、困難な途になることは容易に想像できます』
ライザックの言葉に、神聖騎士ウォフォードが挙手する。立ち上がり自分の考えを述べる。
『女神を動かすとなれば、その威光に動じぬ強い心と、女神に届く言葉の力が必要でしょう。聖女ルナ=クリア殿は東方の神権国で地方神と対談され、その言葉は億の民を涙させると聞きます。聖女殿以外に、その任に耐えうる者はいないでしょう。護衛については、私自らが聖女殿の盾となり、道中の魔物、魔獣共から御守り致します』
ウォフォードの横に座る女性が咳払いをした。パルシ・ネイを主神とする「蒼き太陽神殿」の
『貴殿には、歪みより生まれし魔物たちを討伐し、ヴァシナルの地を安定させるという役目があるであろう。聖女殿に赴いてもらうことには異論はないが、道中の警護は私がその役を担おう』
『いかに
『なに?貴様、私が女だからと見くびるか!今すぐに私の力を思い知らせても良いのだぞ!』
『そのように殺気立っては、女神ヴァシーナも機嫌を損ねるでしょう。乙女を動かすのは男子の務め。ここは私に任せて頂きたい』
『・・・表に出ろ。貴様の粗末で穢らわしい
剣呑な空気に、アークリオン神殿の大神官「エンリコ・マッケイ」が諌める。
『御二方とも止められよ!我らは一丸となって、迫る危機に対処せねばならぬのです。ここで争ってどうするのですか!そもそも、聖女殿の意見も聞いていないのですぞ?』
全員の視線が美しき聖女に集まる。ルナ=クリアは立ち上がった。
『それでは、バレンタイン殿に道中の警護をお願いしましょう』
『聖女殿、それは・・・』
戸惑うウォフォードに、ルナ=クリアは丁寧に返事をする。
『私たち神殿は、民のために在らねばなりません。ましてテルフィオン連邦は、アークパリス神を主神とする大国です。神聖騎士ウォフォード殿にはヴァシナルに生きる民の安寧のために、剣を握っていただきたく存じます。バレンタイン殿も
両者を尊重しつつ、神殿の大義を説かれてしまっては、これ以上の異論を唱えようがなかった。二人の騎士はお互いの顔を見ずに、椅子に座った。ルナ=クリアは全員の顔を見て、そしてヴァネッサ・バレンタインに顔を向けた。
『ただ、女神との対話については私一人に任せていただきます。光側の現神とはいえ、女神ヴァシーナは霜天の盆地を護りし地方神です。ヴァシナルの地に遷って頂くためには、慎重な説得が必要となります』
『構わんだろう。もとより私は、それほど言葉が上手くない。聖女殿のような流麗な説得など、出来ようはずもない』
クルフォード・ライザックやエンリコ・マッケイも頷く。ウォフォードは、聖女と同行できないことが不満な様子であったが、それについてはルナ=クリア以下全員が無視した。「三英傑物語」「セフィットの冒険」などの物語の契機となった「女神と聖女の対談」の序幕は、こうして始まったのであった。「霜天の盆地」に向けて出発する前夜。聖女ルナ=クリアは、日記を認めていた。
(女神ヴァシーナの力を用いて闇側を排除し、歪みを光側で独占するという考え方は、「神骨の大陸の都合」を持ち込むということに他ならない。神々の都合を調整することもまた、神殿の役割である。主根の成長を意図的に遅らせるべきだ。神の力に縋るのではなく、人々の力によって歪みを克服する日が来ると、私は信じたい。ヴァシナルの中心地「エテ」に冒険者ギルドを設置し、歪みを探索する者たちを育てるべきだろう)
『エテの冒険者・・・ 「異界守」とでも呼ばれるかしら?』
そう呟き、日記を閉じた。