戦女神×魔導巧殻 第三期 ~新たなる理想郷~   作:Hermes_0724

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【ラウルバーシュ大陸 中原某所】

『もし現神たちが「我を信仰せよ」と人間たちを弾圧した場合、「元人間」である貴女はどちらを味方するつもりだ?』

 黒衣の男の問いかけに、聖女は答えることが出来なかった。切れ長の美しい瞳を閉じ、首を振る。

『そのようなことは考えられません。マーズテリア神は元々は地方神でした。民と共に生きることを願う筈です』

『ならば我々を否定する必要はないでは無いか?ヒトの心から信仰心は消えない。だが「神に縋る」という甘えは捨てなければならない。信仰と「盲目的依存」は違うのだ。「神の道」は、己の命の主人は己自身であれ、と教えているだけだ。その前提の上で、それぞれが信仰を持てば良い。現神たちも、生きる余地があるではないか?』

『「己を主人として生きる」、簡単に言いますね。それが出来るのは、一部の者たちだけです。大部分のヒトは、そこまで強くありません』

『そうだろうな。だが「強くないから」といって、甘やかしたままで良いのか?「己の足で大地に立ち、己の足で歩み続ける」…たとえ今すぐでは無理でも、そこに向けて成長しなければならない。このままでは千年後も、ヒトは神に依存したままだろう』

『貴方に、そのような事を決める資格はありません』

『あるさ。何故ならオレは「ヒトとして生きている」からだ。ヒトの歴史は、ヒト自身が決めるべきだ。現神にこそ、ヒトの歴史を左右する資格など無いだろう』

『…やはり、私たちは相容れませんね。貴方の思想は解りますが、その途の果てに、本当に世界の幸福があるのでしょうか?』

『さてな…それもまた、ヒト自身が決めることだろうよ』

 暫しの間、二人は見つめ合い、そして別れた。







第一話:リプリィール協定

 エディカーヌ建国歴二十二年、ターペ=エトフの滅亡から四年が経過したこの年、エディカーヌ王国王都「スケーマ」においてアヴァタール地方の歴史を決める重要な会議が開かれようとしていた。リスルナ王国宰相「トマス・ウートゥルス」は、リプリィール山脈内にある「紅き月神殿」まで出ると用意されていた馬車に乗った。殆ど遺跡に近かったはずの神殿は綺麗に掃き清められ、石工たちが崩れた柱を補修している。護衛の竜騎士や部下も、その様子に目を見張っていた。

 

『宰相閣下、これから訪れる国は「闇夜の眷属の国」と聞いていましたが、何故、闇の現神ではない「紅き月神ベルーラ」の神殿を補修しているのでしょうか?』

 

『いや、聞くところによると、エディカーヌ王国は別に、闇の現神を国教としている訳では無いようだ。何でも「神の道」なる教えを定めており、現神も地方神も古神も関係なく、全ての神々を祀っているらしい』

 

『私もその噂は耳にしている。だが、そんな教えは聞いたことがないぞ?』

 

 部下たちの会話を聞きながら、トマスは馬車の外を眺めていた。道は綺麗に整備され、馬車や荷車の行き交いもある。獣人族の集団が歩いている。神殿への参拝者だろう。エディカーヌ王国は建国からまだ二十年、リスルナ王国よりも若い。その割には、驚くほどに建設が進んでいる。緩やかな斜面にオリーブ畑が造られている。その間を抜けてリプリィール山脈を降りると、田園が広がっていた。宿場街を兼ねた農村で一泊し、王都スケーマを目指す。宿はそれほど大きくはないが、清潔な部屋であった。どうやらこの集落は獣人族の集落のようで、農牧業で生計を立てているらしい。宿主に暮らしぶりを聞く。

 

『建国間もないこともあり、耕作地などを拓かなければなりませんから、そういう意味では仕事は山ほどありますね。ですが王国から支援金も出ていますし、何よりやり甲斐がありますよ』

 

『物資などは不足していないのですか?』

 

『まぁ贅沢を言ったらキリがありませんからね。麦、野菜、肉は十分にありますし、暮らしはそこまで困っていません。強いて言うなら、塩が少々高いことですかね』

 

『高い…エディカーヌ王国でも通貨を発行していると聞いていましたが、皆さんもそれを使っているのですか?』

 

『えぇ、もちろんですよ』

 

 素材が異なる貨幣が机に置かれた。エディカーヌ王国の通貨「ガルド」のことは、もちろん知っている。だがトマスにとって意外だったのは、それが一民衆にまで浸透していることだ。リスルナ王国でも通貨は発行されているが、市井では未だに物々交換の取引も多く見受けられる。「商取引」の文化において、エディカーヌ王国はリスルナ王国を既に超えているのである。

 翌朝、集落を出て王都スケーマを目指す。街道は広く、石畳で整備をされている。腐海の地は魔獣が多いと思っていたが、見渡す限りの麦畑であった。トマスは思わず唸った。これほどの畑はリスルナ王国には無い。穀物は国家の生命線である。山岳地帯の多いリスルナ王国では「段々畑」などで小麦栽培などを行っているが、必要量を賄い切れず、レウィニア神権国からの輸入に頼っている。だがこの国はレウィニア以上に豊かかもしれない。部下の一人が小声で話しかけてくる。

 

『閣下、今回の交渉が上手く行けば、エディカーヌ王国からの麦やオリーブ油の輸入も出来る様になるのではないでしょうか?』

 

『そうだな。レウィニア一国に頼ることは、将来を考えれば危険だ。それにこれほどに整備された街道があれば、安価で大量に輸入することも可能だろう。交易協定は是非、結びたいものだ』

 

 やがて王都スケーマが見えてきた。トマスたちはその威容に開いた口が塞がらなかった。城壁は高く、およそ二十間(36M)はあるだろう。リプリィール山脈から流れる河を引き込み、城を取り巻くように堀が形成されている。跳ね上げ式の桟橋を渡る。白い城壁はただの石造りではない。正確に積まれた石は、純白の漆喰で接着されている。堀に排水などの生活臭は全く無い。底まで見えるほどに透明で、小魚が群れをなして泳いでる。巨大な城門を通ると、熱気が襲ってきた。多種多様な種族が行き交う。客を呼び込む店員の大声、子供たちの笑い声など様々な「声」が聞こえる。竜騎士が左右から守っているため、さすがに近づいてくる者はいない。

 

『これが、エディカーヌ王国か…』

 

思わず呟いた。

 

 

 

 

 

 ラウルバーシュ大陸中原アヴァタール地方南方に突如として誕生した国「エディカーヌ王国」は「闇夜の混沌(ウェ=ディ=カーン)」という国名もあり、建国当初は他国から警戒されていた。唯一の例外は、バリアレス都市国家連合であった。バリアレス都市国家連合はブレニア内海に面しており、塩業が行われている。内陸国であるエディカーヌ王国にとって「塩」は最重要の輸入品であった。連合の中核都市「レンスト」の代表者であるセリオ・ルビースはエディカーヌ王国と交渉し、必要量分の塩を輸出する代わりに、交易路をレンスト経由に一本化させることに成功する。これにより、レンストは大きな利益を得ることになるのである。

 

 一方、ルビースの申し出はエディカーヌ王国にとっても有り難いものであった。エディカーヌ王国は建国当初から「人の流入」を制限していた。レンストにはエディカーヌ王国の領事館が設けられ、外部からの流入者はこの領事館で氏名を登録し、滞在許可証を得ることが義務付けられた。後世において「ビザ」と呼ばれる査証制度は、エディカーヌ王国が最初に始めたものと言われている。

 

 だが当然、交易路の一本化は不利益も存在していた。エディカーヌ王国から見れば多人口地帯であるアヴァタール地方北部への輸出路を握られることになる。アヴァタール地方への輸出路の複線化は、建国当初からの課題となっていた。そこで女王ソフィア・ノア=エディカーヌは、光側の国でありながら、同時に西方神殿勢力が進出していない国「リスルナ王国」に目をつけたのであった。

 

 

 

 

 

  王都スケーマの中心にある「神宮」において、リプリィール山脈の領有権を巡る外交交渉が始まろうとしていた。円卓にはリスルナ王国宰相トマス・ウートゥルス、リプリィール山脈北部「意戒の山嶺」より竜族代表としてラド・シアル、そしてエディカーヌ王国からはヴァリ=エルフ族ながら国務大臣を務めるパウル・オーベルジュが座る。それぞれが身分を名乗る。パウルは温厚な表情をラド・シアルに向けた。

 

『会議を始める前に、まずお祝いの言葉を述べさせて頂きたい。ラド・シアル殿には、御子がお生まれになられたとか… 竜族は長命ながら子が生まれにくいと聞いています。心より、お祝い申し上げます』

 

中年の人型に変異をしていた雄竜ラド・シアルは、少し驚いた表情を浮かべた。

 

『ほう… 耳が早いな。先月、娘が生まれた。中々に強い力を秘めており、将来(さき)を楽しみにしている』

 

『それはそれは… 御名前は、なんと付けられたのですか?』

 

『気高く、美しく天を飛翔して欲しいとの思いから「(エア)」と名付けた』

 

『エア・シアル殿ですか。素晴らしいお名前ですな』

 

 ラド・シアルの口調は、外交の場であれば非礼とも言えるものであった。だが他の二人は気にしていない。トマスは人間族、パウルはヴァリ=エルフ族である。竜族であるラド・シアルから見れば、外交交渉を持つこと自体が異例であり、畏まった口調など使う必要はないと考えている。二人の方もそれを当然と受け止めていたため、摩擦の原因にはならなかった。挨拶が終わり、具体的な交渉が始まる。リスルナ王国とエディカーヌ王国とでは、既に担当者同士での下案を打ち合わせていた。問題は竜族がそれを認めるかどうかである。

 

『フム…リプリィール山脈西方はリスルナ王国、南部をエディカーヌ王国というのはまぁ良い。問題は中央部から北部、そして東部だ。北部は「意戒の山嶺」として、古来より我らが棲んでいる。この地を譲ることは出来ぬ』

 

『当然でしょうな。我らリスルナ王国は竜族を崇める国… 現在、我らが暮らしている西方部を公式に認めて頂くだけでも、王国としては有難く考えております』

 

『我がエディカーヌ王国も、南方に突出した山地をお認め頂き、嬉しく思います。そうなりますと問題は…』

 

リプリィール山脈の全体図が壁に貼られる。他の二人は、ほうと声を漏らした。リプリィール山脈の全体像を初めてみたからだ。

 

『これは、女王陛下の使い魔が遙か上空から描いた下絵を参考に、行商人や狩人などの話なども取り入れて描いたものです。リプリィール山脈は東西に長い山脈ですが、この通り南北に突出している部分があります。西部はリスルナ王国が、突出した南部はエディカーヌ王国が、そして北部は竜族が治めるとして、問題はこの「中央部」および「東部」です』

 

『竜族としては、上空を通ることを認められるのであれば、中央部や東部に関心は無い。西部については、リスルナ王国とは既に暗黙の境界線もある。東部に至っては元々、我らは縄張りと意識をしておらん。人間族が勝手にそう思い込んでいるだけだ』

 

『なるほど… となれば、中央部についてはリスルナ王国と、我らエディカーヌ王国との交渉となりますな。トマス殿、その認識でよろしいか?』

 

『結構です。リプリィール山脈中央部は「メヘル盆地」と呼ばれる盆地帯があります。これまでは「意戒の山嶺」と我が国とで共同管理をしていた地帯です。出来ればそのまま、我が国が管理を引き受けたいが…』

 

『「管理」とは、具体的にはどのような内容でしょうか?我が国もメヘル盆地を調査しましたが、あの地帯は完全な無人地帯のようですが…』

 

『……』

 

 トマスは沈黙した。メヘル盆地は水源も豊かな森林地帯だが、リスルナ王国は開発に着手していない。その最大の理由は、あの地の「遺跡」にあった。下手に開発を進めようものなら、あの地に眠る「巨大な力」を目覚めさせる危険性がある。現在は、遺跡に邪な者が入り込まないよう、見張りをしているだけであった。だがこの事実を伝えるべきかどうか、トマスは迷った。遺跡は滝の奥に隠されている。エディカーヌ王国が把握していない可能性も十分にあった。ラド・シアルも同じ考えを持ったようで、沈黙をしている。両名の沈黙に対し、パウルが札を切った。

 

『我が国としましては、中央部および東部をお任せいただけるのであれば、その見返りとして、貴国との交易協定を正式に結びたいと考えております。小麦やオリーブ油、各種香辛料や南方の名産品など、我が国の物産品と、リスルナ王国の豊富な鉱石類とを交易すれば、両国とも豊かになるのでは無いでしょうか?僭越ながら、貴国はレウィニア神権国とメルキア王国に挟まれており、両国からの輸入に頼っておられるとか… 現在、メルキア王国はレウィニア神権国経由でなければ、南方物産を輸入できない状態であり、極めて高価になっていると聞いています。交易協定によって、エディカーヌ=メルキアの新たな交易路が貴国内に通ることになります。この利益は、無視できないものと思いますが…』

 

 トマスは小さく息を吐いた。こちらの期待を完全に読み切られていた。そもそもメヘル盆地の「監視」は、費用は掛かるが何の利益も無い。出来れば、エディカーヌ王国に押し付けたいくらいであった。交易協定の話は、本来こちらから要望すべきものであり、エディカーヌ側から切り出されたのは僥倖であった。考えるトマスに対し、パウルが意味ありげな言葉を述べる。

 

『貴国は既に「封鎖地」をお持ちでしょう。二箇所を持つのは、些か負担ではありませんか?』

 

トマスは観念した。

 

 

 

 

 

 リプリィール山脈の権益を巡る話し合いは終わった。竜族代表であるラド・シアルは、その後の晩餐会には出席せず、そのまま「意戒の山嶺」へと戻っていった。パウルとトマスが見送る中、別れ際に、警告に近い言葉を発する。

 

『これだけは覚えておくが良い。我らは意戒の山嶺に棲むが、この山全体を見守っていると自負している。山を穢し、そこに棲みし生き物を蔑ろにするならば、協定があろうとも我らは黙っておらぬ』

 

『ご安心を…』

 

 二人の後ろから、女性の声が掛けられた。エディカーヌ王国女王ソフィア・ノア=エディカーヌが純白と緋色のドレスを纏っている。トマスは一礼し、パウルは跪いた。ラド・シアルの前に進み出たソフィアは、ドレスの端を持って一礼し、言葉を続けた。

 

『我がエディカーヌ王国は、生命を粗末にはしません。エディカーヌ国民は食事の前に「頂きます」と言葉にします。これは「生命を頂く」という意味です。私たちは独りではない。独りでは生きられない。皆で助け合いながら、大いなる自然の中に棲まわせて頂いている… これが神の道の教えです。リプリィール山脈という「大いなる自然」に対する畏敬を忘れることはありません』

 

『貴女がエディカーヌ女王か。なるほど、確かに「神格者」だな。その殊勝さを忘れぬ限り、我らは貴国に関わることは無いだろう。では、さらばだ…』

 

 ラド・シアルは頷き、飛翔した。人型から竜へと変身する。竜族は本来、変異の場面を人に見せることは無い。信頼の証であり、ラド・シアルなりの「礼」であった。竜が北に消えると、ソフィアは振り返り、トマスに語りかけた。

 

『リスルナ王国宰相トマス・ウートゥルス殿ですね?私は、エディカーヌ王国女王ソフィア・ノア=エディカーヌです。本来であれば晩餐会で御挨拶をすべきでしたが、竜殿がお帰りになるとのことでしたので、慌てて見送りに来たのです』

 

 輝くような笑みを浮かべる黒髪の美少女に、トマスは顔を赤くして畏まった。

 

(これが女王?なんと気軽で行動力があるのか。この方は、自分が「偉い」などとは毛ほども考えておられぬ…)

 

 ソフィアは手を叩いた。

 

『さぁ、晩餐会の準備が整っています。ウートゥルス殿は我が国の賓客、最高のご馳走を用意しましたわ』

 

 およそ女王とは思えぬ燥ぎように、トマスの部下たちも目を白黒させる。パウルは慣れているようで、笑いながら女王の後ろに続いた。

 

 

 

 

 

 エディカーヌ建国歴二十二年、後に「リプリィール協定」と呼ばれる国境および交易に関する協定が締結された。リスルナ王国とは「紅き月神殿」を国境線を定め、積極的な相互交易を行うことが決められた。メヘル盆地についてはエディカーヌ王国直轄地と定められ、実質的に「立入禁止区域」となる。アヴァタール地方とニース地方とを隔てるリプリィール山脈南部、アヴァタール地方東方域とニース地方を隔てる山脈東部もエディカーヌ王国の権益となるが、この当時のエディカーヌ王国はニース地方北西部に進出している程度であり、山脈東部の開発は当分先のことである。一見するとエディカーヌ王国が最も得をしているように見えるが、「山脈の管理」を引き受けることにもなり、小国のリスルナ王国、意戒の山嶺の竜族も十分に納得した協定となっている。

 リスルナ王国宰相トマス・ウートゥルスは、報告の中でこう述べている。

 

『エディカーヌ王国は、その名の通り「闇夜の眷属の国」である。しかし、それが即ち「悪の国」を意味するものではない。確かに、エディカーヌ女王を始め闇夜の眷属が多い国であることは確かだろう。だがそこに暮らす人々は明るく純朴で、我が国以上に豊かな生活をおくっている。エディカーヌ女王との会話の中で、大きな気づきがあった。そもそも「闇夜の眷属」についての明確な定義は存在していない。アークリオンやマーズテリアといった「光側の現神」以外を信仰する種族を闇夜の眷属と呼ぶのであれば、竜族を信奉する我々もまた、闇夜の眷属に入ってしまうのではないか。「光と闇」という単純な二項対立は、なるほど信仰上では成立するであろう。だが現実社会においては、単純な二項対立で区分をするのは害にしかならない。先入観を捨て、エディカーヌ王国を「対等な友好国」として相互発展を目指すことが、我が国の国益に繋がると考えるものである』

 

 リプリィール協定の締結後、国務大臣パウル・オーベルジュは協定締結および今後の外交議題について、女王および元老院に報告をした。エディカーヌ王国内に棲む六大種「人間族、イルビット族、ドワーフ族、獣人族、ヴァリ=エルフ族、悪魔族」に加え、ディジェネール地方代表として龍人族が加わっている。この時期の元老院は、その構成も役割もターペ=エトフと大きくは変わらない。後に帝国となった段階で、ここに各街の代表者を集めた「議会」が立法府の機能を果たすことになるが、それは少し先の話である。

 

『リスルナ王国および竜族との交渉は、概ね我が国の要望が受け入れられ、まずは重畳でしょう。リスルナ王国からは早速、オリーブ油の大量注文が来ています』

 

 パウルの報告を受け、各元老が話し始める。

 

『リプリィール山脈南部を完全に押さえることが出来たのは大きい。ドワーフ族の街「レミ」とを結ぶ「山越えの道」」を整備すれば、ニース地方への新たな道が開けるだろう』

 

『レミを鉱工業の中核都市とすれば、ニース地方への経済的な影響力を更に持つことも出来る。また山脈にオリーブ園を作れば、再びターペ=エトフに匹敵する生産力を持つことも出来るかもしれない』

 

『だが問題もある。リプリィール山脈は魔獣の多い山脈だ。山越えの街道を整備するとしても、その道をどうやって維持するかが課題になる。また中央部の盆地の処置についても検討せねばならないだろう』

 

『史料研究および探索隊の調査により、メヘルの遺跡が古神に結びついているのは確実です。あの盆地を開発すれば、災厄を呼び起こしかねません。立ち入り禁止区域にすべきでしょうが、それを管理する者が必要になります』

 

『それは大丈夫です』

 

 女王ソフィア・ノア=エディカーヌの発言に、元老たちが注目した。

 

『メヘル盆地および山越えの街道については、私の使い魔に管理をさせます。「魔神D」であれば、万一の事態が発生したとしても、確実な対処が出来るでしょう』

 

『それは良い。陛下の前で申し上げるのは何だが、「魔神殿」をどうするかについては悩ましい課題であった。何しろスケーマの住民の中には、魔神と聞くだけで恐怖心を持つ者も多いからな。街道および盆地の管理に当てれば一石二鳥であろう』

 

『うむ。今でこそ「Dは魔神」という認識が広がっているが、時の経過と共にそれも薄れるであろう。ただでさえ、新王国は「闇夜の国」として警戒されているのだ。無論我々は、Dは信頼に値する人物であることを知っている。しかし、あまり表舞台に出て来られると、大きな問題に繋がるだろう。当分は大人しくしてもらうしかない』

 

『…一言、宜しいですか?』

 

 ディジェネール地方の代表者である龍人族リ・フィナが手を挙げた。

 

『この会議に幾度か参加をさせて頂く中で、ディジェネール地方の状況について、皆様にもお伝えしていると思います。「彼」は元々、ディジェネール地方出身であり、彼に対して義理のある種族、集落も多いのです。ディジェネール地方としては、彼に引き続き、貴国の窓口となってもらいたいのですが?』

 

 女王以下、全員が頷いた。元々、ディジェネール地方とエディカーヌ王国とを結びつけたのは「D」である。ソフィア個人は、ディジェネール地方は「尊重」という姿勢を持っている。だが国家として向き合うためには、具体的な姿勢の明示と政策形成を行わなければならない。それを国内に浸透させ、守らせるための法も必要になる。女王として、ディジェネール地方への国家方針を明示する必要があった。

 

『エディカーヌ王国女王としての、私の決意を述べさせて頂きます』

 

 女王は立ち上がり、全員を見渡した。

 

『我が国には、ディジェネール地方を支配する野心などありません。ディジェネール大森林はその存在だけで、我が国にとって西方に対する防壁の役割を果たします。彼の地に棲む様々な種族、文化・風習を尊重し、未来永劫に渡って相互扶助の関係を保ちたいと願っています。「D」は既に、大森林西方沿岸域までの「転送網」を形成しています。彼が中心となって、今後も種族間の交流を深めていくでしょう。一方、我が国は今後、国内法による規制を考えています。ディジェネール地方への入り口「エフタルの集落」を中心に、大森林への立ち入りを厳重に制限します。大森林への立ち入りを「D」独りに任せるわけにはいきませんが、彼の地の御意思は可能な限り、尊重します。どうか信じて頂けませんか?』

 

 後世においても、エディカーヌ帝国はディジェネール大森林地帯への立ち入りを厳重に規制し、アヴァタール地方からはディジェネール地方北部のブレニア内海沿岸域しか立ち入ることは出来ない。エディカーヌ建国歴三百年頃、西方諸国の大国「神聖フェルシス帝国」は、外海進出の第一歩としてディジェネール地方西方沿岸域への侵略を企図する。しかし、その野望は果たされることはなかった。ディジェネール遠征軍を載せたフェルシス帝国船団は、ラウルバーシュ大陸中原西方「ルノーシュ地方」の沖合を航行中に、尽く沈没したからである。当時、南方の「絹の海」からリガーナル半島西方「翡翠の海」までを縄張りとした大海賊「ガウテリオ・ボネッツィ」は、この大海戦を勝利したことにより「珊海王」と呼ばれることになったのである。

 

 

 

 

 

 リプリィール協定の締結、そして元老院での会議を終えたソフィアは、侍従たちに「瞑想する」と伝えて神宮奥の自室に戻った。内側から鍵を掛け、隣接した部屋へと入る。部屋には三台の転送機が置かれている。厳重な結界を形成すると、そのうちの一台に手を置いた。足元から光に包まれ、一瞬で転送された。

 

『…以上が、協定の内容です。リスルナ王国との交易協定については、詳細を詰めていく必要があるでしょうが、概ねは満足出来る結果です。リ・フィナ殿が残念がっていました。ディアンに会いたがっていたようです』

 

 エディカーヌ王国某所にある「魔神の研究所」に、ソフィアは戻ってきていた。報告を聞きながら、ディアンは書類に眼を通している。壁一面が本で埋め尽くされ、もう一面は全面が「黒壁」となっている。そこには様々な走り書きが貼り付けられ、棚は未知の素材で埋め尽くされていた。

 

『リプリィール山脈南部「山越えの路」の管理か…ようやく、あの路が整備できるな。元々が無人地帯だし、道が整備できれば国も豊かになる。利益相反の心配は無さそうだな。この四年、お前にばかり苦労をさせて済まないと思っていた。オレもそろそろ、動き始めるぞ』

 

『魔焔研究のメドはついたのですか?』

 

『あぁ、ようやく完成した。本当はあと一つ残っているが、この開発だけでも歴史が大きく変わるだろう』

 

 木箱を開け、人差し指程度の長さの水晶を取り出した。魔焔ではあるが従来のものと色味が違う。蒼い光が内部から発していた。

 

『「蓄魔焔」と名付けた。魔力の吸収、貯蔵、放出を行うことが出来る。これで魔導技術は飛躍的に進歩をするだろう』

 

『「汎用型魔導技術の三大難問」のうち、二つは解決できたわけですね?魔導技術研究所で、さらなる研究を進めさせます。我が国は今後、魔導技術を中核とした「新たな社会」を実現します。ハイシェラ魔族国の滅亡によって、西方にも魔導技術が広がるでしょう。「技術革新による社会体制の変革」…新世界が見えているのは、恐らく私たちだけでしょうね』

 

 嬉しそうに蓄魔焔を眺めるソフィアに対して、ディアンは首を振った。

 

『いや…あと一人、見えている人物がいる。オレたちが「わざと残した」理由を彼女なら見抜くはずだ。だが、彼女一人で食い止めるのは限界があるだろう。利便性がある技術の普及を止めるのは、誰にもできないのだ』

 

『止めたところで、どうせディアンが広めるのでしょう?』

 

薄暗い部屋の中で、魔神とその使徒はお互いに笑った。

 

 

 




【次話予告】
 ハイシェラ魔族国を滅ぼした聖女ルナ=クリアとマーズテリア神殿軍は、ベテルーラに戻ると歓呼の嵐で迎えられた。誰しもが、光神殿によって平和で豊かな時代が来ると信じていた。だが聖女の顔色は憂いが浮かんでいた。教皇以下、枢機卿たちへの報告において、その理由を語る。

 戦女神×魔導巧殻 第三期:第二話『魔導技術の未来』

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