戦女神×魔導巧殻 第三期 ~新たなる理想郷~   作:Hermes_0724

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第二話:魔導技術の未来

【汎用型魔導技術の普及における課題について】

 

 ディル=リフィーナが形成される以前、人間族の世界「イアス=ステリナ」は「科学技術」によって、その社会が形成されていた。科学技術とは、自然界の様々な現象を観測し、その構造を明らかにし、普遍的な「理論化」を行い、その理論を技術として応用したものである。彼らはこの技術により、数百人を載せた「空を飛行する乗り物」や、「衛星」と呼ばれる機械を遥か天空に打ち上げ、世界全体を観測したりしていた。現在のディル=リフィーナとは比較にならないほどに「技術的発展」を遂げていたのである。だが無論、これには弊害があった。イアス=ステリナの人間族は、機械の動力として「電力」と呼ばれる力を利用していた。動力とは、水車に例えれば「川の水」のことである。水車は水の流れを受け止めて回転し、その回転を利用して麦を脱穀したりする。電力があれば、水がなくとも水車を回すことが出来るのである。簡単な例であるが、これが「電力の作用」である。

 彼らは様々な手法によって電力を生み出し、信じ難いほどの「物産量」を誇っていた。だが「大量生産・大量消費」という社会形態は住環境を汚染し、人間族以外の種族を苦しめ、ついには人間族自身すら、生活できない程になってしまった。彼らは魂が生み出す「魔力」という動力を知らなかったのである。もしイアス=ステリナ人が魔力を知っていたら、あるいはディル=リフィーナは誕生しなかったかも知れない。魔力は魂を持つ種族であれば誰しもが持ち、一定の教育によって発現する。電力を生み出すと環境が汚染される。だが魔力であれば、そうした汚染は発生しない。

 

「電力ではなく、魔力によって機械を動かせば、環境を汚染せずに豊かな生活が出来る」

 

 そう考えたのが「ガーベル神」である。ガーベル神は、魔法石を利用することで「魔力を発現していない者でも魔法が使える」ことを目指した。その代表例が「魔導火付け石」である。魔導火付け石は、魔法石と術式を描いた銅板を繋ぎ、誰しもが火炎魔法を使うことが出来るようにした装置である。こうした、「電力に代替して魔力を利用して機械を動かし、物産に役立てる一連の思想・技術体系」のことを「魔導技術」と呼ぶ。

 魔導技術の誕生から二千年以上が経過しながらも、この技術は普及をしていない。魔導火付け石は高価であり、貴族の好事家などが、道楽で所有している程度である。「古の宮」の魔導巧殻などの例に見る通り、ドワーフ族内でのみ魔導技術は伝わっているが、社会の中核となったことはない。確かに魔導技術は、科学技術が実現した「より早く、より多く、より安く、より高品質に」という欲求を叶える可能性を秘めている。だが、魔導技術の普及には大きな課題が立ちはだかっているのである。それが「汎用型魔導技術の三大難問」である。

 

 まず第一に、魔力の不安定性である。魔導技術は魔法石を利用するが、魔法石はその結晶純度により、含有する魔力に差異がある。また魔力の放出量にも違いが出る。魔導火付け石程度であれば問題にはならないが、魔導技術を社会に普及させる上では、この不安定性は致命的である。魔法石に代替する「新たな魔力供給素材」を開発する必要がある。

 

 第二に、費用の問題である。魔法石は産出量が限られており、単位重量あたりの価格が極めて高い。現在の魔導技術は魔法石を「使い捨てる」ことが前提であるため、これではごく限られた富裕層以外には、魔導技術を利用することは出来ない。また、魔力が切れた魔法石の処分の問題もある。魔導技術普及のためには、低価格化を進めると共に、この「使い捨て」を解決しなければならない。

 

 第三の難問は、「術式保存」である。「魔法」とは、魂あるいは神核などが生み出す魔力を使って様々な現象を起こす「技術」および「現象」の総称である。魔力自体は誰しもが持っているが、目的達成のためには魔力を正しく操作しなければならない。一に対してニという回答を得たければ、一を加えるかニを掛けるかをしなければならない。求める結果を得るための魔力操作方法を「術式」と呼ぶ。この術式こそが、魔術師にとっての研究課題であり、新たな術式は「秘奥」させるのが一般的である。術式を得たければそれなりの魔術師に弟子入りをし、長い時間を掛けて学び取らなければならない。ガーベル神は魔導火付け石を発明する際に、魔法石からの魔力抽出方法を確立するとともに、極小火炎魔法の術式が描かれた銅板によって、この課題を解決した。しかしこの方法では、より複雑な術式を組むことは困難である。例えば「日が沈むと点灯する街灯」を魔導技術で実現するためには、単純な「光魔法の術式」以外にも「外部からの照度を計測する術式」「光魔法の発動を制御する術式」など、様々な「組み合わせ」が必要となる。これらを銅板で行おうとすれば、巨大な装置となってしまう。複雑な術式を一括して保存する「術式保存の新方法」が必要なのである。

 

 この三つの難問を解決する方法は、残念ながら発見されていない。この難問の解決方法を発見した国家は、世界最大の「魔導技術大国」となるであろう。三神戦争から二千年が経過した今日においても、技術的革新は停滞している。後世において、志有る者がこの難問を解決してくれることを切に願うものである。

 

Blaird Kassere

 

 

 

 

 

 ターンッという音が響く。見守っていた兵士たちが慄いた。二十歩離れた鎧には、弾がめり込んでいる。その様子を見ていた聖騎士エルヴィンは顎を擦りながら呟いた。

 

『驚いたな… この武器が広がれば、戦場のあり方が一変するぞ』

 

 ハイシェラ魔族国を滅ぼしたマーズテリア神殿軍は、レウィニア神権国を通過し、ブレニア内海を渡ってベルリア王国に来ていた。プレメルの王宮の武器庫で発見した「謎の道具」を調査した結果、魔導技術によって生み出された新型の武器であることが判明した。空気抵抗を抑える術式を刻印した弾、純粋魔術の爆発力を一定方向に向ける新たな術式版、そして小さいながらもかなりの魔力を蓄えている水晶、これらはいずれも、西方諸国には無い新技術であった。

 

『総本山に到着次第、技術者をかき集めろ。コレの複製を研究させる』

 

 聖騎士の指示を横目に、ルナ=クリアは沈思していた。武器としての性能もさることながら、ルナ=クリアを悩ませたのは「未知の魔法石」の存在である。通常の魔法石とは異なり、これは人工的に作られたものであった。つまり魔力貯蔵量と出力に安定性を持っている。この人工魔法石は、魔導技術を飛躍的に広げる可能性を秘めていた。それは即ち、「誰もが魔術を駆使できる世界」に近づくことを意味する。戦場のあり方もそうだが、それ以上に「社会全般の革新」に繋がるだろう。

 

(牛や馬で耕していた畑を地脈魔術で耕す。水系魔術で砂漠を肥沃な大地に変える。光系魔術で夜の街頭を明るく灯す…これが実現すると、ヒトは…)

 

 ルナ=クリアは魔導技術の可能性と、それがもたらす「新世界」に対して、ある種の不安を持った。

 

 

 

 

 

 マーズテリア神殿総本山ベテルーラの街には、歓呼の声が響いていた。民衆たちは一斉に大通りに出て、マーズテリア神殿魔族国討伐軍を迎えた。ルナ=クリアの姿が見えると、その声は頂点に達した。クリアは手を挙げ、微笑みながら前に進む。だがその内心では複雑な思いであった。教皇庁に入ったクリアはさっそく、教皇ウィレンシヌスおよび枢機卿たちへの報告を行った。

 

『聖女ルナ=クリア殿、イソラを回復させ、魔族国を討伐されたこと、実に見事でした。カルッシャやフレスラントからも国王直筆の感謝状が届いています。また、ヴィルト・テルカ殿も無事に回復をされているそうです。いずれシュミネリア王女も、イソラ王国に戻り、王国の再興を果たすでしょう』

 

『猊下御自らお褒めを下さるとは、光栄の極みです。私の働きなど微々たるもの。全ては、兵士一人ひとりの奮闘によるもので御座います。どうか彼らにも、慰労のお言葉をお掛けください』

 

『もちろんです。今宵の戦勝祝賀会で、私自身が声を掛けていきましょう。本当に、良くやってくれました』

 

 枢機卿たちも安堵の表情を浮かべている。だがルナ=クリアの表情は、とても勝者のものでは無かった。

 

『聖女殿、先程から表情が晴れないご様子ですが、何か気になることでもあるのですか?よもや、何処かお怪我をなされているとか』

 

『いいえ…今回は戦勝と言っても、魔神ハイシェラ、宰相シュタイフェを取り逃がし、西ケレース地方の占領には至りませんでした。魔族国を滅ぼしたとはいえ、得るものは多くなく、申し訳なく思う次第です』

 

『何を言われますか。「ヒトの力で魔族国を滅ぼした」という事実は、何物にも代え難い功績、さらには新たな魔導技術も手に入れたと聞いています。確かに魔神を滅ぼすには至りませんでしたが、十分な戦果ではありませんか』

 

『猊下。その魔導技術のことですが、技術者による研究は進めるとしても、その成果については機密情報として扱っていただきたいのです』

 

『ほう?それは、なぜでしょう?』

 

 聖女は少し沈黙し、説明を始めた。

 

 

 

 

 

『魔族国はその滅亡に際して、「全ての記録」を消去していました。ターペ=エトフ、ハイシェラ魔族国、そしてエディカーヌ王国とを結びつける証拠は、残念ながら何一つ残されていません。プレメルの大図書館、魔導技術研究所、オリーブ油精製場など、ターペ=エトフの主要産業のほぼ全てにおいて、その技術も使用されていたであろう魔導機械類も、跡形もなく消されていました。ハイシェラ魔族国の仕業とは思えません。彼らは我々との戦いにおいて魔導技術を使用していませんでしたし、時間的にもこれほど徹底して消去することは不可能だったはずです。このことから、ターペ=エトフ滅亡時点で、魔導技術は完全に失われていたものと、私は確信しています。これほどまでに徹底的に痕跡を消し去ったにも関わらず、王宮の武器庫に魔導兵器が残されていた…あまりに不自然です。何者かが、意図的に魔導兵器を残していたとしか思えません。このようなことを画策するのは唯一人、ターペ=エトフの黒き魔神ディアン・ケヒトの仕業でしょう』

 

『「神からの自立」を掲げる思想家ですね?ですが、ディアン・ケヒトは何を考えて、わざわざ魔導兵器を残したのでしょうか』

 

『「神からの自立」とは具体的に何か?彼はこう言っているのです。「神殿は歴史の舵を握るな。国家の政治に関わるな。神殿領も神殿軍も持つな。人々の暮らしは教義では無く法によって治められ、人々自身の責任によって、その歴史を紡ぐべきなのだ。神殿は宗教団体として、信仰したい者が自主的に集い、身内で慎ましく修行をしていれば良いのだ。自分たちの信仰を絶対として、他者に押し付けるな」と…この思想は、現在のディル=リフィーナとは全く異なる世界を描いています。我々とは決して相容れない思想です。では、彼はどのようにして、自らが思い描く世界を実現しようとしているのでしょうか?その答えが、魔導技術なのです』

 

『……』

 

 教皇以下、枢機卿全員が深刻な表情を浮かべていた。これまでは枢機卿の中に、ディアン・ケヒトの思想を軽んじていた者も少なからずいた。だがルナ=クリアが語った「新思想」の具体的世界観を聞いて、その場の全員が沈黙した。その世界観はまさに、ターペ=エトフそのものであった。豊かで平穏で眩い光に溢れた国…人々が夢に描く理想郷の実態は、各神殿勢力に対して「滅びろ」と宣言しているに等しい「危険な国家」だったのである。枢機卿たちが頷きあう。

 

『…「ターペ=エトフだけでも滅ぼす必要があった」 以前、聖女様がそう言われた理由が、やっと得心できました。それで魔導技術が答えというのは、どういうことでしょうか?』

 

『魔導技術とは、魔術体系の中に、旧世界の思想「科学」を組み込んだものです。その最終目的は、魔術が使えない者でも、魔術と同じ効果を得ることが出来る、というものです。ガーベル神自身は純粋に、人々が豊かになるようにと願われたのでしょうが、魔導技術が広がればどうなるでしょうか。魔導技術によって生まれた「魔力で動く道具」を誰でも安定して使うことが出来るようになる。そうなれば、もっと効率をもっと効果をと、人々は豊かさを求め、技術研究に没頭するでしょう。その行き着く先は、旧世界の思想「科学」の復活です。国家、そして社会の基盤は、神々に対する信仰心ではなく、魔導技術を中核とした科学思想が担うことになります』

 

『ですが人々が豊かになれば、それは神殿にとっても利益となるのではないでしょうか?聖女様が仰られる「魔導技術を中核とした世界」とやらが、私には想像できないのですが?』

 

 枢機卿の一人が手を挙げて疑問を提示した。皆も一様に頷く。当然だろう。枢機卿とはいえど人間である。言葉だけの概念で具体的な世界を想像するには限界がある。ルナ=クリアは言葉を選ばざるを得なかった。前聖女と同じ轍を踏むわけにはいかない。

 

『科学思想では、「事実を客観的に観測し、そこから法則を見出す」という手法が採られます。例えば、私は神格者として不老長寿を得ています。もし魔導技術が普及すれば、研究によって同等の現象を起こせないか、と考える不敬者も出てくるでしょう。神への信仰心があれば「禁忌」と考え、歯止めにもなるでしょうが、それにも限度があります。一たび刺激された人間の欲望は止められません。「魔人」という存在が事実としてあり、魔導技術によって簡単に誰しもが魔人になれる可能性が示されたらどうなるか。数十年の寿命を数百年に延ばせるかもしれないと知れただけで、各国の王や貴族はこぞって、魔導技術研究に明け暮れるはずです』

 

 枢機卿たちはまだ納得がいかないようで首を傾げていたが、教皇は理解をしたようである。

 

『黒き魔神が西方諸国に魔導技術を広げるために、意図的に魔導技術を残した…そう言いたいのですね』

 

『そうです。彼の魔神はわざと、魔導技術によって生み出された「武器」を残しました。確かに、魔導技術は社会を豊かにする可能性を持っています。ですが使う者次第では、大きな災厄を引き起こしかねません。いたずらに各国に教えれば、間違いなく戦争で使われるでしょう。その悲劇は、これまでの戦争とは比較になりません』

 

 この説明は、枢機卿たちも理解が出来たようである。教皇ウィレンシヌスは頷いた。

 

『他の神殿とも相談をしなければなりませんが、この技術は私たち神殿によって管理をしましょう。魔導技術が普及した社会という点については、まだ解らない部分もありますが、戦争で使用される可能性は十分に理解できました。マーズテリア神殿の機密として、厳重に保管しましょう』

 

『私の言葉が足らず、申し訳ございません。いたずらに危機感を煽るようなことを申し上げたこと、お詫びいたします』

 

『未知の技術が齎す、遠い将来の可能性を話されたのです。言葉にすることが難しいことは理解しています。さぁ、そろそろ支度をせねばなりません。聖女殿、本当にご苦労様でした』

 

 聖騎士エルヴィンはホッとした表情を浮かべた。何が語られているのか、殆ど理解できなかったからである。ルナ=クリアもそれ以上は語らず、一礼して部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 戦勝祝賀会を終えたルナ=クリアは、聖女の館に戻ると湯殿に入った。侍女たちも手伝って、白い礼服を脱ぐ。口には出さないが、ルナ=クリアはこうした礼服が嫌いであった。元々が活動的な彼女は、胸を締め付ける堅苦しい服よりも、多少は露出が多くても、普段着を好んでいた。白い足が大理石の床を進み、湯に浸かる。深く息を吐き、緊張を緩める。男たちの中には、自分に対して「別の視線」を向ける者もいる。酒の入る祝賀会では特にその傾向が強かった。それも男の性とは思うが、舐め回すような視線には不快感を抱かざるをえない。湯に浸かることで、そうした視線が洗い流されていくように感じた。

 

(あの男も、私に対してそうした欲情を抱いたのだろうか?)

 

 ふと、黒衣の魔神を思い出す。対面して言葉を交わしたのは僅かに二度、だがそれでも強く印象が残っている。十三歳で聖女として見出されてから、聖女ルナ=クリアとして生きてきた。自分の本名「クリア・スーン」の名を知る者は殆どいない。皆が「マーズテリア神の聖女」として特別視する。その期待に応えるように、多くの言葉を吐き続けてきた。マーズテリアの教えを広め、生きる指針、価値判断の基準を提示してきた。闇夜の眷属など、自分を拒絶する存在はあったが、対等に反論してきた存在は無かった。あの男だけが、真っ向から別の思想をぶつけてきた。

 

『同じ時代に生きる者同士、お互いにしがらみなく現在(いま)と未来について語り合ったら、きっと面白いでしょうね』

 

 ありえない可能性を夢想して、聖女は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 ベテルーラに戻ってから一週間後、総本山の中にある「魔術研究所」にルナ=クリアの姿があった。魔族国から持ち帰った未知の魔導技術に、研究者たちは興奮していた。

 

『聖女様、この水晶は驚異的です。魔法石と同じ効果を持っていますが、蓄えている魔力は桁外れです。製造方法はまだ不明ですが、おそらく魔法石の結晶と思われます。私たちはこの水晶の名を「魔鉛」と名付けました。これが量産できれば、魔導技術は一変します』

 

『「魔鉛」ですか… それで、量産化のメドは立ちそうですか?』

 

『現時点では何とも… 一口に魔法石と言っても、その種類は多岐にわたっております。また、破砕した場合は魔力も喪失してしまうのが普通なのです。どの種類の魔法石をどうやって結晶化したのか、現時点では全く解りません。研究をさらに進めたく思います』

 

『持ち帰った筒状の武器はどうですか?純粋魔術によって、金属の弾を打ち出す仕組みのようでしたが…』

 

 研究者は嬉しそうに聖女を案内した。部屋の一角の机に、分解された魔導銃が部品ごとに整理されていた。

 

『まず驚異的なのは、この術式です。魔導技術は術式を描いた金属板に魔力を透過させる仕組みですが、純粋魔術の爆発力を一定方向に流す術式など、見たことも聞いたこともありません。よほどの大魔術師が長い期間を掛けて研究した成果なのでしょう。この術式一つで、魔術師たちは大騒ぎです。さらにはこの金属、鉄でも銅でも鉛でもなく、全く未知の金属です。ドワーフ族の技術と思われますので、ガーベル神殿に協力を仰ぐべきでしょう。よく見ていてください…』

 

 棒を立て、その先端に術式が描かれた金属板を挟む。同じく、棒に魔鉛を括り付け、慎重に金属板に近づける。接触した瞬間、ボンッという音が響いた。

 

『ご覧の通り、この未知の金属板は魔鉛から魔力を吸収する性質を持っています。この金属で他の術式を描けば、薪に代わって炎を安定的に発生させたり、ロウソクに代わって夜を照らしたりと、応用の可能性は無限に広がります。人々の生活が劇的に変わるでしょう』

 

『そうですね。そして、戦場の在り方も一変するでしょう…』

 

 燥ぐ研究者たちを尻目に、ルナ=クリアは憂鬱な心境であった。

 

(この技術を封印したとしても、いずれ必ず漏れ広まるだろう。それが「あの男」の狙いに違いない…)

 

 聖女はそう確信していた。

 

 

 

 

 

 一方、黄昏の魔神ディアン・ケヒトと二人の使徒は、リプリィール山脈に来ていた。三百年以上前に、行商隊の護衛として山越えをしたことがある。あの頃と殆ど風景は変わっていない。少し感傷に浸りながら、魔獣の縄張りなどを調査する。魔獣は餌を得るためか、縄張りを護るために襲撃をしてくる。狩人から聞いて予想はしていたが、魔獣の警戒域は通っているものの、縄張り自体を侵してはいないようだ。夜道に注意を払えば、比較的安全に通ることが出来るだろう。

 

『フム… これなら山道を整備しても魔獣(先住者)たちを追い出すことは無さそうだな。それに、ここは景色が良いし、なにより湯が出るようだ。ここに宿場を造るか』

 

 所々に蒸気が噴出している。ディアンは地脈魔術を走らせた。瓦礫が一斉に破砕され、地面が均されていく。それなりの広さを水平にし、一気に固める。僅かな時間で大理石のように堅い地面が出来上がった。

 

『まずは山道の瓦礫を除去し、荷車が通りやすいように道幅を広げよう。水飲み場の整備も必要だな。行商隊が山越えをするには、三日は必要だ。朝、麓を出発したら初日は野宿し、二日目の夕刻に宿場に入るように整備する。宿場で一泊し、翌朝に山を降りる。迂回をしたら二十日以上掛かる道が、わずか三日で超えられるのだ。この山道はエディカーヌ王国の基幹道になるだろうな』

 

『初日に野営をしてもらうなら、その場所も整備をしておく必要があるわね。万一にも魔獣に襲われないよう、弱めの結界を張っておいたらどうかしら?』

 

『そうだな。だが、この山に棲むレブルドルを始めとする魔獣、洞窟に暮らすミノタウロスなどの亜人は先住者だ。縄張りには入っていないが、山で暮らす者同士、しっかりと筋を通しておく必要がある。だがいずれは、別の地に移住をしてもらう必要もあるかもしれん。遠い将来、この山道は片側二車線以上の大道路になるだろう。魔導技術によって自走式となった「荷車」が行き来するようになる。より速く、より遠く、より多く…これが「文明の必然」だ。ディル=リフィーナの大自然と共に生きながら、どうやってその必然を達成するかが鍵になるな』

 

(ブレアード・カッサレは偉大な大魔術師であったが、やはり科学世界を知らない。魔導技術の三大難問はいずれ解決できるだろう。だがそれ以上の難問がある。電力は「送電」できるが、魔力はそうではない。魔導社会を実現するには、大魔力を安定的に生み出し、それを社会の隅々まで送る仕組みが必要だ。その仕組みが完成した時に、真の魔導社会が実現する)

 

 ディアンの脳裏には、遥か未来になるであろう「魔導科学世界」が広がっていた。

 

 

 

 




【次話予告】
 リプリィール協定により、山脈中央部「メヘル盆地」はエディカーヌ王国の直轄領となった。管理者を任されたディアンは、盆地の調査に赴く。滝の奥で発見された「古神の遺跡」の正体とは…

 戦女神×魔導巧殻 第三期:第三話『メヘルの遺跡』
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