戦女神×魔導巧殻 第三期 ~新たなる理想郷~   作:Hermes_0724

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第三話:メヘルの遺跡

 国家勃興期(後世の歴史家は「大陸黎明期」と表現)以前のディル=リフィーナの歴史は、七古神戦争前後で二つに分けられる。三神戦争から七古神戦争までの千数百年間を「ファスティナ創世期前期」、七古神戦争から国家勃興期までの一千年を「ファスティナ創世期後期」と呼ぶ。国家勃興期が始まる時期については歴史家によって意見が分かれているが、「フェミリンス戦争の終結」をもって国家勃興期の開始とするのが定説となっている。フェミリンス戦争以降、ラウルバーシュ大陸の歴史に対する現神の関わりが希薄になり、大陸各地に国家が誕生し始めたからである。

 

 ファスティナ創世記前期については、各神殿に記録が残されており、また民間においても様々な民謡、詩歌によって謡われている。ファスティナ創世記において現神は科学を封印し、それに替わって魔術を広めた。その原動力となったのが「ファスティナ神聖語」の誕生である。ファスティナ神聖語は、魔術の術式を文字形式に置き換えたもので、それまで複雑な技法であった魔術を人間族にも扱えるほどに簡易にした。これにより人間族にも魔術が普及し、科学知識は失われていったのである。ファスティナ神聖語は現神神殿によって広められ、言語の普及とともに現神信仰も広まった。国家勃興期以降、各国はこぞって「魔術師養成」の学校を建てるが、逆に考えればそれほどに、ファスティナ神聖言語が普及していたとも言えるのである。

 

 ファスティナ神聖言語は魔術の術式を文字として簡易化したものである。そのため、発動する魔術には自ずと限界がある。秘印術および純粋魔術、また農耕など日常で使用される魔術については、ファスティナ神聖言語によって不自由が無くなったが、マーズテリア神殿が持つ極大神聖魔術「軍神の鉄槌(Mars Hammer)」などは、明らかにファスティナ神聖言語の限界を超えており、ディル=リフィーナ誕生以前の「古代魔術」に属すると考えられている。また、召喚術や生命融合、創造体創出などの術式は、ファスティナ神聖言語と古代魔術を組み合わせたものであり、後世においても「高度魔術」として分類されている。特に一瞬にして数百里を飛び越える「転移魔法陣」は、社会に混乱を齎しかねないことから、その術式は神殿において厳重に管理されている。例外としては、レウィニア神権国にある「転移の遺跡」であるが、これは七古神戦争において古神たちが使用したものと考えられており、水の巫女神殿によって立入禁止地区となっている。小規模な転移を可能とする「転送装置」においてすら、ブレアード迷宮で確認できる程度である。

 

 

 

 

 

 リプリィール山脈中央部にある盆地帯「メヘル」は、山脈から清流が流れ込み、広葉樹が茂る豊かな土地である。この盆地が古来より手付かずであった最大の理由が「メヘル遺跡」である。リスルナ王国誕生以前から、メヘル盆地は竜族およびその眷属たちによって厳重な管理がされてきた。しかし山脈南方にエディカーヌ王国が建国されたことにより、この盆地の管轄権はエディカーヌ王国が持つことになった。先遣隊によって遺跡の存在は確認しているが、本格的な調査となればファスティナ神聖言語、およびそれ以前の古代文字を読めるものがいなければならない。エディカーヌ王国は正式な調査団を結成し、護衛役兼言語解読担当としてディアン・ケヒトに仕事を依頼したのである。

 

『おぉっ!これは松露だ!それもこんなに大きなヤツは初めて見た。持ち帰って食べよう!』

 

 イルビット族の植物学者プルルとマルコは、メヘル盆地の自然環境を調査するため、今回の調査団に加わっていた。これまで盆地を管理していた竜族やリスルナ王国は、盆地帯の植生には興味がなかったようである。手付かずの自然がそのまま残されており、二人は興奮していた。

 

『プルルさん、目的を間違えないで下さい。今回は遺跡の調査です。動植物の調査は別の機会でお願いします』

 

 調査団長を務めるイルビット族の考古学者「ペトラ・ラクス」は苦笑いをした。休憩中にも関わらず、イルビットの研究者たちは周辺調査に余念がない。イルビット族は好奇心の塊である。メヘル盆地という「未知の土地」に興味が沸かないはずがなかった。ペトラは溜息をつき、自分の好奇心を抑えながら先に進もうとした。しかし肝心の護衛役の姿が見えない。

 

『あら?ディアン殿はどちらに?』

 

『彼なら…』

 

 レイナは笑いながら指差した。黒い背中が見えた。いつの間にか池沼の縁に立って釣り糸を垂らしている。ペトラは思わず叫んだ。

 

『ディアン殿ッ!なにを遊んでいるんですか!』

 

『ん?いや、これは遊びではないぞ。この池の生態調査だ。見ろ。鯉とナマズがいるぞ。これなら魚料理が食える。しまったな… 塩は持ってきているが、味噌や醤油は無いぞ』

 

 ペトラは腰に手を当ててディアンの後ろに立った。瞳を怒らせている。

 

『…ディアン殿、この魚をどうするつもりですか?まだ日が高いのですが?』

 

『フム… 比較的、綺麗な池だからすぐ食えるかとも思ったが、やはり泥抜きは必要かな?小川の縁に岩で囲いをつくって、暫く置くか』

 

『そんなことを聞いているのではありません!未知の魔獣がいるかも知れません。魚を放して、すぐに護衛に戻ってください!』

 

『大丈夫だろう。「魔獣の気配」は全く感じない。この盆地にいるのは熊、鹿、猪などだ。実に豊かな土地だな』

 

 植物学者のプルルが駆け寄ってくる。手袋をした手に「鮮やかな紅色」の茸を持っている。

 

『ディアン殿、この細長い茸は新種だぞ。少なくともケレース地方やディジェネール地方には無い!』

 

『フム… 一般的な茸のような傘はなく、細長い棒状か。その紅色… ひょっとして「カエンタケ」の一種ではないか?試しにすり潰して、そこのナマズに食わせてみようか。カエンタケなら「間違いなく」死ぬ』

 

 燥ぎあう二人の背後で、丸眼鏡の女性は拳を震わせていた。

 

『いい加減にしなさいっ!!』

 

 怒鳴り声が森に響いた。

 

 

 

 

 

 メヘル遺跡は盆地の北東部にある。中央部の池沼を通り抜け、調査団は北東部に入った。リプリィール山脈から流れ込む滝の音が聞こえる。遺跡までもう少しというところで、ディアンが立ち止まった。

 

『ディアン殿?どうしたのですか?』

 

『…レイナ、お前は何か感じたか?』

 

 ペトラの問いに答えず、ディアンは自分が信頼する第一使徒に問い掛けた。だがレイナは首を横に振った。

 

『いいえ、特に気になる気配は感じなかったわ。ただ、どことなく気持ちが落ち着かないわね』

 

『お前もそうか。オレも気配は感じていない。だが…』

 

 粘りつくような視線に近いものをディアンは感じていた。森の動物たちも異邦者である調査隊を見ている。そんな視線はいちいち気にしていられない。だがその中に「観察の眼」を感じた。ほとんど直感にも近いが、ディアンは慎重を期した。

 

『ペトラ殿。滝に到着したら、調査を始める前に野営の準備をして欲しい。こちらも結界を張っておきたい。どうも「変」だ…』

 

『なにか感じているのですか?』

 

『いや、感じていない。だから変なんだ。このメヘル盆地は植生が豊かで、餌となる動物も多い。一方で、人間に襲いかかるような魔獣はいない。これは気配からも明らかだ。これほどの餌場に魔獣がいないなんて、可怪しいとは思わないか?誰かが魔獣を狩っているとしか思えん』

 

『我々が気づいていないだけで、先住民族がいると?』

 

『恐らくな。そもそも、古神の遺跡でファスティナ神聖言語が見つかったっていうこと自体がな… 何か可怪しい』

 

 調査隊はやがて、滝壺にたどり着いた。ディアンの進言を受けて、野営の準備を始める。ディアンは地面に魔法陣を描き、己の血を滴らせた。描かれた文字が、黄色い光を放つ。

 

『…眷属創造「アース=ゴーレム」!』

 

 魔法陣が描かれた地面が変形する。七尺以上の背丈を持つ人型の魔物「ゴーレム」が生み出される。精霊魂を入れていないため、自己判断力が弱いという欠点はあるが、創造主の命令には絶対的に従う。

 

『イルビット族の護衛を務めろ。特にペトラ殿のテントの護衛だ。襲撃者がいたら無理に撃退せず、護ることに集中しろ』

 

 ゴーレムは一礼し、ペトラのテントの前に立った。ディアンは更に念を入れて、木々に自分の地で結界の紋章を描いた。エルフの杜と同種の結界で、相手の力が強いほど、結界も強くなる。

 

『これで大抵の魔物は近づかないはずだ。ペトラ殿、少し早いですが、ここで野営をして明日から調査としてはどうでしょう?もう少し、周囲の様子を探っておきたい』

 

『随分と警戒をされていますが、それ程に危険なのでしょうか?』

 

『古神が封じられた遺跡だ。それを護ろうとする存在がいても不思議ではない。これだけ豊かな地帯に魔獣がいないこと、そして先ほどから感じる「観察者の視線」… 「何かがいる」と想定しておいたほうが良い。オレの役目は「護衛」だ。慎重の上に慎重を期すべきだろう』

 

 首を傾げるペトラに対してというよりは、自分自身で確認するようにディアンは呟いた。

 

 

 

 

 

『…サーヤ姉様。あの人、魔物を召喚したよ?人間じゃないのかな?』

 

 リプリィール山脈東域の「とある場所」で、二人の男女が話をしていた。栗色の髪をした美少年は、不思議そうな表情を姉に向けた。同じく栗色の髪をした姉は、険しい表情を浮かべていた。弟と同様に美しい外見をしているが、眼元が少しだけキツイ。

 

『どうやら「奴ら」が来たみたいね… レオン、そのまま監視を続けて。私は皆を呼んでくる』

 

 弟は頷いて瞳を閉じた。自分の霊体を野鳥に移して観察しようとする。その時、レオンは思わず退いた。黒衣の男と視線が合ったからだ。木枝に留まり、葉陰から観察していたはずなのに、男は気づいたようであった。だが鳥を飛び立たせる訳にはいかない。そもそも、そんな隙が無かった。レオンは額に汗を浮かべた。

 

『姉様、早く戻ってきて…』

 

 

 

 

 

『ディアン、どうしたの?』

 

 二十歩ほど離れた木を見上げているディアンに、レイナが声を掛けた。だがディアンは微動だにしない。口元だけが微かに動いた。

 

(レイナ…メルカーナの轟炎を調整して、あの木だけを一瞬で燃やし尽くせるか?)

 

 言い終わった瞬間に、見上げていた木は凄まじい炎に包まれ、瞬く間に燃え尽きた。普通の人間では、魔術を放つ素振りすら見えなかっただろう。三百年以上、魔術の研鑽を続けている第一使徒にとっては、この程度のことは児戯である。完全に燃え尽きてから、レイナは首を傾げた。

 

『あら… 何か気配が消えたみたいね』

 

『あぁ、視線の元はこの木からだった。恐らく鳥や栗鼠などの小動物を媒介して、観察していたんだろう。いるぞ。このメヘルには、何かがいる。今夜はオレが徹夜で見張る。お前はペトラ殿と同じテントで寝ろ』

 

『解ったわ』

 

 木は完全に灰になっていた。ディアンはその跡を見下ろし、周囲に鋭い視線を送った。視線は消えているが、予感は消えていなかった。

 

 

 

 

 

 翌朝、調査隊は朝から動き出した。ディアンの警戒を余所に、夜に襲撃は無く、ペトラたちも安心した様子である。だが、熟睡したペトラが見たものは更に三体増えた「アース=ゴーレム」の集団であった。

 

『…ディアン殿、いくらなんでも警戒し過ぎでは?』

 

 ペトラの疑問にディアンは真顔で答えた。

 

『予告しておく。オレの勘が正しければ、今日にも襲撃があるだろう。未知の相手だ。アース=ゴーレムは物理打撃には強いが、雷系魔術には弱い。だが一体でも消えれば、オレは気付く。野営地を四体に警備させる。必要な物を持って、遺跡に向かおう』

 

『ティナがいないのが痛いわね』

 

『ソフィアの警備役が担えるのは、オレかお前たちだけだからな。ベラを頼るわけにはいかないし、あの芸術バカは役に立たん』

 

 レイナも苦笑いをして肩を竦めた。この三百年間、魔神ディアン・ケヒトは自らの使徒を増やしていない。ターペ=エトフではそれで良かった。だが新国家は広大で、ただでさえ人手不足の状態だ。その上、女王ソフィア・ノア=エディカーヌは神殿勢力以外からも命を狙われる可能性があった。自分がもっとも信頼する者を警備に充てるしかなかったのである。

 リプリィール山脈東側の山から滝の裏手に回る。魔導飛行ができるディアンたちとは違って、ペトラたちはロープを使って降りるしかない。滝の裏には洞口があった。前回の調査隊は、この洞窟の入り口に描かれた紋章を確認して撤退をしている。考古学者ペトラは、興奮を抑えるのに苦労していた。

 

『驚きました。これは初期のファスティナ神聖言語です。二千年以上前の文字で、解読できる者も殆どいません』

 

 ペトラは己の研究ノートを持ちながら、文字の解読に当たった。ディアンならすぐに読めるが、それでは「好奇心の充足」にならない。自分の力で文字を解読したいのである。

 

『えぇと… 旧き神なれどその力を称え、此処に封じるものである…かしら?それから…あら、この先は読めないわね。見たことも無い文字だわ。ディアン殿ッ!』

 

『どれどれ…』

 

 ペトラが示した場所をディアンは読み始めた。だがその表情が険しくなる。

 

『…参ったな』

 

『ディアン殿?』

 

『ここには、こう書かれている。…眠りを妨げんとする「解放者」に告ぐ。我らこの地の「護手」也、世を乱さんとする汝らの悪意を誅さん… 「解放者」と来たか』

 

『どういうことでしょう?』

 

『簡単に言えば、オレたちは誘い込まれたんだ。ここに古神が眠っているかは分らんが、どうやらその話を意図的に流布し、尤もらしく見せていたようだな。「古神の復活を企む連中」を一網打尽にするために…』

 

『まさか…「オメラスの解放者」!彼らを誘い込むための罠ということですか!』

 

 その時、ディアンの脳裏に電流が走った。自分が創造した警護兵四体が「同時」に消えた。ディアンの顔つきが変わった。

 

『レイナ、来るぞ。お前はイルビットたちを護れ。オレが迎え撃つ』

 

 ディアンが先導し、洞窟の奥に入る。レイナは最後尾を護る。少し奥に入ると広い空間があった。岩壁に大きな扉がある。ディアンは舌打ちした。前後から挟まれる可能性もあった。これでは取り囲まれてしまう。その時、レイナが張っていた結界が反応した。洞窟の入り口から、純粋魔術が撃ち込まれてきた。

 

『皆は壁によりそって固まっていろ。オレの姿を見るなよ』

 

 ディアンの指示で、研究者たちは岩壁に寄り添い、しゃがんで頭を抱えた。ディアンはレイナを下がらせると、全身を覆っていた魔力を消した。人間の気配から、魔神の気配へと変貌する。

 

≪人の話も聞かずに、いきなり攻撃か。それもたかが「レイ=ルーン」だと?どうやら舐められているな。レイナ、ペトラたちを護れ。ここはオレ一人で十分だ≫

 

『気をつけてね』

 

ディアンは眼を細めた。

 

 

 

 

 

『どうだっ!レイ=ルーンの雨を浴びせてやったぜ!これなら…』

 

 金髪の幼い少年が自慢げに胸を張る。その頭にサーヤの拳が落ちた。

 

『バカッ!いきなり攻撃しちゃダメだって、フィーナ様に言われたでしょっ!』

 

 頭を抱える少年を栗色髪の美少年が介抱する。

 

『で、でも姉様、いきなり攻撃したのは向こうだよ?木を燃やすなんて…』

 

 レオンがオドオドしながらも姉に意見する。サーヤが何か言おうとしたとき、洞窟の奥から凄まじい気配が漂ってきた。

 

『え…嘘っ!』

 

『な、なにこれ…姉様、怖いぃぃ!』

 

 それは「魔の気配」の暴風であった。その気配の強さは、とても魔神の域ではない。サーヤは両足を開いて踏ん張るように洞窟に立ち、結界を描いた。嵐が多少、収まる。そこにようやく、武装した大人たちがやってきた。

 

『なんだ、この気配は… まさか、古の神が復活したのか!』

 

『そんな馬鹿な!あの封印を解けるのは現神アークパリス様だけだ!』

 

 男たちは頷き、サーヤの前に立った。

 

『サーヤ、子供たちを下がらせなさい。どうやらお前たちが言っていた通りのようだ。「奴ら」が来たらしい』

 

 剣を抜いた男たちは、雄叫びをあげて洞窟内に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 魔神ディアンは斬りかかってくる男たちの表情に眉を顰めた。その表情は何かを必死に護ろうとする者のそれであった。自分たちは侵略者ではない。ただ調査に来ただけである。ならばここで殺す必要はない。背中の剣は抜かず、無手で戦う。男たちは次々と、首筋や腹を打たれて倒れた。だが誰も死んではいない。十人程度が倒れる。だが次々と武装した男女が入ってきた。ディアンは魔神の気配のまま、問い質した。

 

≪オレの名はディアン・ケヒト… 白と黒・正と邪・光と闇・人と魔物の狭間に生きし、黄昏の魔神だ。お前たちに問う。何故、いきなり襲ってくる。オレたちはこの遺跡を調査しに来ただけだ≫

 

『黙れっ!この世界の秩序を乱し、混沌を望む「解放者」めっ!「太陽の民」の名に賭けて、貴様を誅してくれるっ!』

 

『・・・?』

 

 ディアンは眉を顰めた。言葉の音程が微妙に異なる。訛のようであるが、意味不明の単語も混じっていた。魔神の気配を収め、岩壁を指差す。相手に伝わるよう、ゆっくりと喋る。

 

『…お前たちの目は節穴か?「解放者」がイルビット族を連れていると思うか?』

 

 取り囲んでいた者たちが顔を見合わせる。ディアンが言葉を続けた。

 

『お前たちが言っている「解放者」とは、「オメラスの解放者」のことだろう?オレたちも、連中のことは調査している。確かに奴らは、古神を解き放ち再び三神戦争を起こそうとしているようだな。オレたちをそんな「アホ」と一緒にするな。傷つくぞ…』

 

『だ、だけどお前は魔神だっ!』

 

 金髪の少年が叫んだ。ディアンは笑って問い返した。

 

『ならばお前たちは何なんだ?打ちすえた時に解ったが、微かに神気を発しているな。お前たちは「現神の眷属」だろう?先ほど「太陽の民」と言っていたな。アークリオン、いやアークパリスか?』

 

『……』

 

 「太陽の民」たちは沈黙した。栗色髪の少女サーヤが問いかけた。

 

『で、ではあなた方は一体…』

 

 ペトラが立ち上がり、ディアンの前に進み出た。さすがは「元族長」だけあり、胆が据わっている。

 

『どうやら行き違いがあったようで、お詫びいたします。私はイルビット族の研究者ペトラ=ラクスと申します。このメヘル盆地の南西部にできた新興国エディカーヌ王国より依頼を受け、この地の調査に来ました。以前、この地を管理していた竜族及びリスルナ王国も承知をしています。私たちは、ただ調べに来ただけです。この遺跡に古神が封じられているのであれば厳重に管理し、何人も立ち入らないようにすると、エディカーヌ女王陛下も断言しておられます。また万一の事態に備え、こちらの「魔神殿」をメヘル盆地に置き、眼を光らせてもらいます。皆さまもお気づきの通り、ディアン・ケヒトは魔神の域を超えるほどの強さを持っています。一方で、彼は争いを好まず、余計な血を流すことを忌避しています。そちらに死者がいらっしゃらないことからも、ご理解いただけると思います』

 

 明らかに空気が弛緩していくのが判った。

 

『…何てことだ。要するに「勘違い」か』

 

『我らの存在を外部に知られてしまった。これはマズイぞ…』

 

 サーヤが慌てたように言い訳をする。

 

『だ、だって変な魔物を召喚するし、いきなり木を燃やしたりするし…』

 

『アレは創造体といって、生命を持たない土人形だ。未知の土地での野営だから、警備をするために創ったものだ。木を燃やしたのは、監視者がそこにいたからだ。察するところ、どうやら君のようだが?』

 

『あ、あれは私じゃなく弟が…』

 

 ディアンの説明に、サーヤがしどろもどろになる。その時、背後から足音が聞こえてきた。白髪だが美しい肢体をした美女が姿を現す。強い神気を発していた。

 

『お下がりなさい、サーヤ…』

 

『フィーナ様…』

 

 サーヤが一礼してさがった。取り囲んでいた男たちも下がる。フィーナと名乗る女性が頭を下げた。

 

『この度は、私どもが大変なご無礼を働き、申し訳ありません。この責任はすべて、族長である私にあります。責めるのであれば、どうか私を責めてください』

 

 ペトラは慌てて手を振った。知らなかったとはいえ、縄張りに立ち入ったのは自分たちなのだ。ならば非はこちら側にある。互いに謝罪し合うというかたちで落ち着くと、フィーナはディアンに質問をした。

 

『貴方は「魔神」なのでしょうか?先ほど感じた気配は、魔神の域を超え、神々にも近しいものでした。その一方で、今は人間のようにも見えますが…』

 

 ディアンは慇懃な姿勢で返答した。「太陽の民」と「エディカーヌ王国」との接触である。外交交渉の場に等しい。

 

『「人と魔神の間を行き来している者」… そうご理解ください。それ以上は、申し上げられません』

 

『「人と神」ですか… わかりました。これ以上は尋ねません。殺意を持って襲いかかった者たちに対し、手心を加えてくださり、感謝申し上げます。それと、貴方を監視していた者ですが…』

 

 人垣の中から二人の子供が出てきた。姉のサーヤが頭を下げる。弟のレオンもそれに倣う。

 

『以前、複数人があの地に侵入者し、この遺跡まで辿り着きました。いま思えば、あなた方の先遣隊だったのですね?この遺跡を護る使命を受けてから二千と余年… 私たちの中にも油断があったのでしょう。部族内は大騒ぎになりました。そのことがあって以来、監視を強化していたのです』

 

『小動物を利用しての遠方からの監視、見事な術でした。まさか子供がやっていたとは… 判っていれば、いきなり燃やしたりはしなかったのですが… ところで、先ほどの言葉に気になる部分がありました。「遺跡を護る使命を受けてから二千年」… つまり三神戦争終結時に、この遺跡を護るように使命を託された。誰にです?』

 

『貴方は既に、お気づきのようですが?』

 

『やはり、アークパリス神ですか。なるほど…』

 

 ディアンは納得したように頷いた。ペトラが疑問を提示する。

 

『ディアン殿は、彼らの存在に最初から気づいていたのですか?』

 

『最初にこの依頼を受けた時に、違和感は感じていた。古神を封じた遺跡、その歴史は古く三神戦争まで遡れそうだ… そう聞いた時の最初の疑問は、なぜ「ファスティナ神聖言語」が描かれていたかだ。ファスティナ神聖言語の原型は、三神戦争以前にもあっただろう。だが現在まで伝わる言語は、人間族が魔術を駆使できるよう三神戦争後に整備されたものだ。三神戦争の遺跡にファスティナ神聖言語が描かれていたという時点で、何者かが後から書いたのではないかと仮説できた。その違和感は、この地に来て確信へと変わった。この盆地は自然豊かで、魔獣にとっては格好の餌場だ。リプリィール山脈はただでさえ魔獣が多い。にも関わらず、この地にはそうした捕食者が皆無だ。誰かが魔獣を狩っているとしか思えなかった。そこまで考えると、あとは簡単だ。この地を管理している「未知の存在」がいるのなら、オレたちを監視していて当然だろう。監視者を想定すれば、あとは見つければ良い…』

 

『では、この遺跡は偽物ということでしょうか?』

 

 ペトラは焦った表情を浮かべた。自分の好奇心を満たすアテが外れそうだからである。だがディアンは首を振った。

 

『いや、それは無いだろう。アークパリスが自らの眷属を二千年以上もこの地に置いていたのだ。それなりの理由があるはずだ。「解放者」への罠ってだけでは、説明ができないな』

 

 ディアンは扉の前へと歩を進めた。後方でざわめきが起きる。フィーナは手を挙げてそれを鎮めた。扉には三神戦争の様子が描かれているが、その縁には未知の文字が刻まれている。ディアンはペトラを呼んだ。

 

『ペトラ殿、あの文字を見たことがあるか?』

 

 ペトラは眼鏡を拭いて、さらに扉に近寄った。じっくりと観察する。呼吸が少し荒くなっている。興奮しているのだ。

 

『凄い… これは… この文字は「神代文字」です!神々のみが使うといわれている文字で、アークリオン神殿の聖遺物「黄金の大剣」に刻まれている文字と同種のものです!私も本でしか見たことがなかったのですが、まさかこの眼で観ることができるなんて…』

 

『当然、読めないよな?なら、オレが解読するか』

 

『お待ち下さい!それ以上、この遺跡を知ることは認めません!』

 

『…何故です?』

 

 振り返ったディアンが理由を尋ねる。フィーナの声に、太陽の民たちが再び戦闘の体制を取った。

 

『この地は、私たちの聖地です。遥か昔、古の神をアークパリス神がこの地に封印し、私たちに守護を命じました。その時、神はこう仰られました。「いつの日か、この神を解放しようとする輩が現れるだろう。この戦いは終わってはいない。古の神を解き放ち、自らの野心を果たさんとする邪悪なる者たちを討ち果たした後に、真の意味で戦いは終わるのだ」と… 私たちはその言葉を胸に、この地を護り続けてきました。何人も、この遺跡に触れることは許しません!』

 

『二千年…か…』

 

 ディアンは瞑目し、ペトラの肩を叩いた。

 

『ペトラ殿、諦めよう。この遺跡は触れてはならない。調べようとしてもならない。それは「彼らの信仰」を穢すことになる』

 

『…そうですね。ならばせめて、あなた方の話を聞かせていただけませんか?「太陽の民」はどのような歴史を持ち、どのような言い伝えが残っているのでしょう?』

 

 ディアンは苦笑した。好奇心を触発されたイルビット族は、ある意味で厄介である。遠慮というものを知らない。

 

『それは後にしよう。今は、彼らの聖地から出ることが優先だ。だがその前に…』

 

 ディアンは瞬間的に短剣を抜き放った。天井付近に止まっていた蝙蝠が落ちてくる。片膝をつき、両手で翼を掴み、赤黒い瞳を自分に向けた。怒りの表情で蝙蝠に言葉を吐きかける。

 

『…オイ、観ているか?警告しておくぞ。この遺跡には手を出すな!歴史の影でコソコソと蠢きやがって。なにが「解放者」だ!貴様らは古神を利用して「自分たちの世界」を造りたいだけだろうが!』

 

 蝙蝠は炎をあげて燃え尽きた。立ち上がったディアンに、フィーナは青い顔を向けた…

 

 

 

 

 

【ラウルバーシュ大陸某所】

 

…貴様らは古神を利用して「自分たちの世界」を造りたいだけだろうが!…

 

 鏡に映った男が言葉を吐きかける。男が指を鳴らすと、その光景は炎に包まれて消えた。元の鏡に戻ったことを確認し、机に向き直る。

 

『さて諸君… 今の男が、ターペ=エトフの黒き魔神ディアン・ケヒトだ。現在はエディカーヌ王国に拠点を遷しているが、中々に慎重な男で、隙きが無い。それにどうやら、我らのこともある程度は気づいているようだ…』

 

『困った男だな。魔神なら魔神らしく、己の欲望に忠実に生きれば良いものを…』

 

『だが、我らにとって脅威になり得るのは事実だ。いっそ、こちら側に引き込めないか?』

 

『無理だろうな。あの男はエディカーヌ王国の建国にも関わっているはずだ。あの王国の思想「神の道」は、我々とは相容れぬ。エディカーヌ王国もろとも、あの男を消すべきだろう』

 

 中央に座る男は、百出する議論を黙って聞いていた。やがて意見が出尽くしたところで、口を開く。

 

『ディアン・ケヒトなる魔神の思想は、「二つの回廊の終わり(ディル=リフィーナ)」を前提として組まれている。我らが求める「一つの回廊の始まり(ペルソア=リフィーア)」とは相容れないのは確かだ。だがあの魔神と正面からぶつかれば、こちらも無傷では済まない。ここは新たな同士に動いてもらってはどうか?』

 

『なるほど。では「腐海の大魔術師」殿に…』

 

『時は無限にある。まずはエディカーヌ王国を弱体化させることから始めよう』

 

 薄暗い部屋の中で、男たちは低く嗤った。

 

 

 

 

 




【次話予告】
 メヘル遺跡を守護してきた「太陽の民」は、二千数百年ぶりに「他種族」を迎え入れた。ディアンたち調査隊は、リプリィール山脈東部にある集落を目指す。それは「光の眷属」と「闇夜の眷属」という奇妙な交流であった。

 戦女神×魔導巧殻 第三期:第四話『太陽の民』
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