戦女神×魔導巧殻 第三期 ~新たなる理想郷~   作:Hermes_0724

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第四話:太陽の民

【赤き太陽神アークパリス】

 

 光の現神アークパリスは、ディル=フィリーナ世界にある四つの太陽のうち「赤の太陽」を司る第一級神であり、主神アークリオンの息子である。アークパリスは若さと自信に漲る王子であり、白き天馬に乗って大空を駆け抜ける騎士として描かれることが多い。剣と体術においては軍神マーズテリアに及ばないが、それを補って余りあるほどに強大な魔力を有しており、魔術を駆使して戦うとされている。三神戦争においてはマーズテリアと共に最前線で活躍し、古神の中でも特に高位の存在を封じたといわれている。「三神戦争叙事詩」では、剣と体術で荒れ狂う古神を魔術によって封じる場面が描かれており、「魔術の優位性」を示すものとされている。

 

 アークパリスは、その姿や経歴から主神アークリオンと共通する部分が多く、西方の大国テルフィオン連邦などはアークリオンとともにアークパリスを国教としている。アークパリス教の教義はアークリオン以上に正義に厳格で、教義で定める「正道」を貫くことを求めている。アークリオンは、特に社会的地位のある者に対して厳しい自律心を求めるが、アークパリスは姦淫や怠惰などの誘惑に対する自己規律を万人に求めるもので、西方諸国を中心に兵士や騎士、役人のみならず平民にまで大きな影響を与えている。冒険者の神として崇められる「嵐神バリハルト」は、関所通過や冒険先での振る舞いとして「袖の下(賄賂)」なども認めており、その点でアークパリスとは反りが合わないといわれている。

 

 アークパリス神殿総本山がある「リパレード」は、テルフィオン連邦の西方にあり、「歪み地帯」といわれる「エテの街」に近い。そのためエテでは、夏に太陽神の祭り(夏祭り)として騎士達が舞いを踊る祝い事がある。その際、家々には紅炎の木から作った飾り物を飾り、夏の太陽の祝福を受ける風習がある。

 

 

 

 

 

 リプリィール山脈東部は、切り立った山々の間に湖が点在している。その湖の畔に「太陽の民」たちの村落がある。アークパリスの眷属である太陽の民は、人間離れした身体能力によってメヘル盆地との行き来ができるが、イルビット族などの常人では、村に行くことさえ苦労をした。切り立った谷を上り、森を抜け、河を遡ってようやく辿りつく。紅色や蒼色の屋根が連なる美しい村を見た時、ディアンは思わず口笛を吹いた。しっかりとした村がそこにあったからである。

 

『村の裏にそびえる山には、岩塩坑があります。狭い集落ですが、野菜や穀物、家畜なども育てています。目の前の湖からは魚も獲れます。私たちはこの地で二千年以上を過ごしてきました』

 

『ここで二千年か・・・』

 

 集落に入ると子供たちが駆け回っていた。売店などは無いが、皆で物産をしながら暮らしてきたようである。

 

『なるほどな。三神戦争から二千年以上、外界と隔絶した場所で暮らしてきたのだ。言葉に違いが出ても仕方がないだろう。文字もそうだな。古代のファスティナ神聖言語をそのまま使い続け、微妙に変化をしていった。ペトラが読めなかったのも当然だ』

 

『つまりここは、三神戦争当時の文化がそのまま残っているということですね?なんて素晴らしい発見なんでしょう!早速、調査しましょう!』

 

 ペトラは燥いで駆け出そうとしたが、ディアンが肩を掴んだ。

 

『余計な接触はするな。彼らには彼らの文化がある。我々がいたずらに接触すれば、その文化が汚染される。本来であれば、こうして村に来ることすら問題なのだ』

 

 ディアンに止められ、ペトラたちイルビット族は渋々、頷いた。その様子を不思議そうにフィーナが見ている。

 

『私たちはこの山から出たことはありませんが、外の世界はそれほどに変化をしているのですか?』

 

『この場では申し上げられません。「太陽の民」全員に伝える必要は無いと思います。宜しければ、どこか部屋をお貸しいただけませんか?』

 

『解りました。では、私の家に来てください。それほど広くはありませんが、皆様を持成しするくらいはできます』

 

 他の家とそれほど変わらない大きさの、赤い屋根の家にディアンたちは入った。

 

 

 

 

 

『改めてお詫びを申し上げます。予言された「解放者」だと勘違いし、皆様に危害を加えてしまいました。私には謝罪をすることしかできません』

 

『お気になさらず。実害は何もないのです。こうして村まで案内をしてくださいました。こちらこそ、感謝を申し上げます。改めて名乗らせていただきましょう。私の名はディアン・ケヒト・・・どうぞ、ディアンとお呼び下さい』

 

『有難うございます、ディアン殿。では、私もフィーナと呼んでください』

 

 レイナやイルビット族たちも名乗る。家の中はあまり物が無く、質素であった。ミントを浮かせた水を飲み、ディアンは話し始めた。

 

『まずは現状をお話しましょう。周囲の種族たちはこの山を「リプリィール山脈」と呼ばれています。皆様と邂逅したあの盆地は「メヘル」という地名です。かつて、あの盆地は竜族が管理をしていたと聞いていましたが・・・』

 

『それは事実です。アークリオン神が、竜族にあの地の管理を委託したと伝わっています。とはいっても、私たちは竜族と関わってはいません。お互いに無関心なのです』

 

『初耳ですね。竜族からはそのような話を聞いていません』

 

『失伝したか、あるいは言う必要がないと判断をしたのでしょう。いずれにしても、私たちと竜族は長きに渡って、あの地・・・メヘルを護ってきました。いつの日か現れるであろう「封じられし神を解き放とうとする者」に備えてきました。ですが、二千年の平穏の中で、私たちも使命の意義を見失っていたのかもしれません。一年前、あの地に何者かが入ったと聞いたときは、私も驚き、そして恐怖しました。気を引き締め直し、厳重に監視している中で、貴方がたがやって来たのです』

 

『おそらく、竜族は失伝をしていたのでしょうね。もしアークリオン神の使命を忘れていなければ、メヘル盆地の監視を続けているはずです。フィーナ殿。この二千年でこの山の周囲は様変わりをしています。人々は「国家」と呼ばれる、大規模な集落なようなものを形成し、生活圏の拡大を図っています。より豊かさを求めて、未踏の地を切り開いているのです。この村にも、そしてメヘル盆地にも、人々は必ずやってくるでしょう。そうなる前に、我が国が山脈の管理を引き受けます』

 

『エディカーヌ王国、という名前だそうですね?「闇夜の混沌」ということは、闇の現神を信仰しているのでしょうか?そうであれば、私たちとは相容れません。この村からも立ち去っていただきたいのですが?』

 

『名前は確かにそのような名前ですね。実際、闇夜の眷属たちが多いのも事実です。ですが闇の現神を信仰している国家、というわけではありません。例えばここにいるイルビットたちは、光の神ナーサティアを信仰しています。彼らも普通に暮らしているのです。エディカーヌ王国は「神の道」と呼ばれる信仰体系を持ち、光も闇も現も古も関係なく、全ての神を祀っています』

 

 フィーナは首を傾げた。

 

『それは、光の神と闇の神とを一つにする、ということでしょうか?アークリオン神とヴァスタールを一緒に考えていると?』

 

 あえて「神」をつけないことからも、フィーナの内心が読み取れる。ディアンは言葉を選んだ。「神の道」は自分が設計したものだが、彼らには彼らの信仰があるのだ。

 

『我が国・・・私たちの集落では、光の神を信仰する民もいれば、闇の神を信仰する民もいます。ですが、それを良し悪しでは考えていません。信仰とは「個人の心に帰結するもの」なのです。自分がヴァスタールを信仰しているからといって、アークリオンを信仰する者に対して、自分の信仰を押し付ける権利はありません。人はそれぞれ、様々な生き方があります。畑を耕す者、牛を飼育する者、魚を獲る者・・・多様な生き方があれば、多様な考え方があるのです。異なる生き方、考え方を持つ者同士が集まり、支え合うのが「社会」です。この村にも「社会」はあるでしょう。ヒト同士が集まれば、必然的に意見の相違などから、時として争いに繋がることがあります。それを調停するには万人を均しく統治する「決まりごと」が必要になります。それを「法」と呼びます。我が国では、神殿の教義よりも、法が優先されています。法の下に各神殿の教義が存在し、法に認められる範囲で、各神殿はそれぞれの信仰を行っています』

 

『つまり「法」という主神が存在し、その主神によってアークリオン神やヴァスタールの存在が認められている・・・ということでしょうか?』

 

ディアンは首を振った。二千年以上も一つの神を信仰し続け、生き続けた民から見れば、そう見えても仕方がないだろう。

 

『「法」は神ではありません。ヒト同士が集まって生きるための「共通の取り決め」が法なのです。貴女にこう申し上げるのは気が引けるのですが、解りやすく申し上げましょう』

 

ディアンは言葉を一旦切った。相手が受け止める姿勢を見せてから続ける。

 

『私たちはこう教えています。「神のために民がいるのではない。民のために神がいるのだ。信仰とは、民が日々を平穏に生きるための、ただの「道具」に過ぎない。どの包丁が良いかで争うなど、愚かしいこと。自分にとって使い勝手の良い包丁をそれぞれが選べば良い」・・・』

 

『・・・・・・』

 

 フィーナは黙ったままであった。だが複雑な表情を浮かべる。ディアンは若干の後ろめたさを持っていた。彼らに接触をするのは「早すぎた」と思った。

 

『・・・お許しください。やはり、話すべきではなかった。明日の日の出とともに、私たちは立ち去ります。どうか今の話は、聞かなかったことにしてください』

 

『待ってください』

 

 フィーナは慌てた様子で、ディアンの手を握った。手を通じて、神気を感じる。それは怒りでも焦りでも戸惑いでもなく、興味に近いものであった。

 

『・・・もう少し、詳しく聞かせていただけませんか?貴方様の話は、私にとって目を見開かされるものになるかもしれません』

 

 ディアンは戸惑いを感じながら、頷いた。

 

 

 

 

 

 太陽の民の村落は、山羊や羊を育て、山で畑なども耕しているが、小麦は採れないようである。稗や粟などの雑穀を煮て主食としているようだ。ディアンたちは自分たちが持ってきた小麦粉は出さず、彼らの食事に合わせた。岩塩が採れるようだがエディカーヌ王国が必要とする量はまかない切れない。マスの岩塩焼、雑穀を煮た粥、畑で採れた野菜などの質素な料理である。村の人口は五百人程度であるが、全員がアークパリスの眷属である。

 

『「神々の大戦」の直後に、アークパリス神が人間との間に成した半人半神「サイラス」と、神格者「エルフィーア」との間に生まれたのが私たちの始祖です。それから二千年以上が経ちましたが、恩寵はまだ私たちの中に残っています』

 

『「恩寵」とはなんでしょう?大変興味があります』

 

 マスを齧りながら、ペトラは眼を輝かせて尋ねた。食べながら喋るなど品がないが、イルビット族にとって知識の前では「品」など無意味である。

 

『私たちは人間族ですが、普通の人間よりも長く生きることができます。かつてはエルフ族ほどに長寿であったと伝わっています。ですが今でも、二百年近くを生きるのです』

 

『なるほど、集落に子供が少ないのはそういう理由ですか・・・』

 

 ディアンは頷いた。口元を拭いて説明する。

 

『閉鎖された小集団では、必然的に近親婚が繰り返される。太陽の民の当初の人数は不明だが、二千数百年間も近親婚が繰り返されたとは思えん。おそらく最初は千年近くを生きる「不老の民」だったのだろう。だが、生まれてくる子供の恩寵は、親よりも少ないものであった。その結果、徐々に寿命も縮まった。この盆地に古神が封じられているという風聞を流し、あの洞窟に神聖文字を刻んだのは、貴方がたですね?』

 

『・・・正確には、前々の長です。二千数百年を待ち続ける・・・私たち人間には、余りにも長すぎたのです。いかに恩寵を受けようと、いつ来るかも知れないという「解放者」を待ち続けることに、耐え切れなくなる者もいました。彼らは主張しました。「外界に出て、この地を意図的に報せることで、解放者を誘き寄せよう・・・」 当時、長であった私の祖父は反対しました。太陽神の眷属として、己の信仰を疑ってはならない。待つこともまた、太陽の民の使命であると・・・ 言い争いは決裂し、何人かがこの村を出ていきました。祖父は止めなかったそうです。きっと、祖父の中にも迷いがあったのでしょう。残った者たちを宥める意味で、あの文字を刻んだそうです』

 

『アークパリス神は、教義の中で正道を定め、その遵守を厳しく求めています。「与えられし使命に忠実たれ。たとえそれが、如何に過酷な試練であろうとも・・・」 ですが、その教えを護り抜くことは困難です。貴女の祖父も、出ていった人を責める気にはなれなかったのでしょう』

 

 フィーナは目尻を抑えた。光も闇も関係なく、こうした健気な話にはディアンは弱い。数瞬、瞑目して意を決した。彼らの信仰は尊重する。だがこの使命は余りにも過酷である。少しは軽減させるべきだと。

 

『フィーナ殿、宜しければ「使命の一部」を、エディカーヌ王国にも担わせていただけませんか?私は女王よりメヘルおよびこの山の一部を管理せよ、と命じられています。メヘル盆地は精霊種も多く、良質な土もあります。私が創造体を作りましょう。創造体は疲れを知らず、昼夜を問わず監視を続けることが可能であり、また戦闘力も優れています。数十体も作れば、あの地を護ることができます。その上で、エディカーヌ王国と交易をしませんか?この山からは岩塩が採れるようです。エディカーヌ王国は内陸国であるため塩が得られず、困っているのです。この山の塩は、エディカーヌ王国で高く売ることが出来るでしょう。肉や野菜、あるいは衣類などと交換できます』

 

『ですが、私たちはアークパリス神を信仰しています。貴方がたの国の信仰とは違いますが・・・』

 

『いいえ、違いません。エディカーヌ王国が管理しているのは「神殿」であって「信仰」ではありません。どうぞアークパリス信仰を続けてください。アークパリス神殿は「神の道」を祀る総本山「神宮」の下位組織として扱われますが、そのようなことは個人の信仰には関係ないでしょう?なぜなら貴方がた太陽の民は、「アークパリス神を信仰しているのであって、アークパリス神殿を信仰しているわけではない」からです』

 

 フィーナの瞳が輝いた。何か答えを得たようである。ペトラも頷いて、ディアンの意見を推した。

 

『エディカーヌ女王は、多種多様な信仰と、その文化を尊重される方です。皆さんの暮らしや習慣、考え方は最大限に尊重されます。極端な話「アークパリス神を信仰する者以外は立入禁止」などという取り決めすら、認められるでしょう。ですがあの遺跡の守護は、貴方がただけでは無理です。私はファスティナ創世記前期を研究していますが、歴史の節目で「解放者」の存在が見え隠れします。七古神戦争を引き起こしたのは「オメラスの解放者」ではないかとすら、考えられるのです。彼らは皆様の想像以上の力を持っています。どうか私たちにも、遺跡の守護を手伝わせてください』

 

『皆とも相談をしなければなりません。私たちのこれからの話ですから… ですが私個人としては、こちらからお願いしたいくらいの有り難いお話です。前向きに考えたいと思います』

 

 自分の主人に「感謝以上の眼」を向ける美女をレイナは黙って見つめた。

 

 

 

 

 

 土精霊を呼び寄せ、創造体を生み出す。先日のアース=ゴーレムではない。精霊体が入っているため、自律判断が可能であり、魔力を生み出すこともできる。さらに一体は一回り大きく、土精霊をさらに集中させて生み出した。表層部に砂鉄を集中させ、錬金術を応用して強固な甲冑を浮き上がらせる。ディアンの後ろには、大きな木箱が積まれている。創造体に持たせるためのものだ。

 

『名づけるなら「アース=ガーディアン」とするかな。さて、お前たちは「何故、生まれたのか」を知りたいだろう。これからオレが説明する。どうか力を貸して欲しい・・・』

 

 古神を封じた遺跡、その遺跡を護り続けてきた太陽の民、それを侵そうとする解放者について説明する。五十体のガーディアンは五列に整列し、ディアンの説明を聞いた。

 

『この地を護って欲しい。魔物も入ってくるかもしれない。盗賊なども来るかもしれない。邪な存在から、この無垢の土地を守護して欲しいのだ』

 

『承リマシタ・・・我ガ(あるじ)ヨ…』

 

 一回り大きなガーディアンが一礼する。土精霊を基礎とした新たな生命体である。五十体のガーディアンを束ねる守護将軍「ガルガンチュア」は手を挙げた。木箱が開けられるとドワーフ族が鍛えた「大剣」が並べられている。一体に一振りずつ配られる。

 

『遺跡ノ入リ口ニハ、二人ヲ貼リ付ケヨ。四方ノ山々カラノ獣道、主要ナ水飲ミ場ナドモ監視スル。邪ノ反応ヲスル者ニハ、遠慮スル必要ハ無イ・・・』

 

 ガルガンチュアの指示でガーディアンたちが動き出した。ディアンは腕を組んで頷いた。同じ土地で生まれた精霊を使っているため、意思疎通は完璧である。ズシズシと足音を立てながら、ガーディアンたちは森に消えていった。サーヤとレオンの姉弟は、その様子に目を瞠っていた。

 

『凄いね、姉様。あんな魔法、初めて見たよ?』

 

『あれが「召喚魔法」ね。本当に凄いわ。私たちも学べるかしら・・・』

 

…「太陽の民」は永きに渡って、外に出ませんでした。私たち大人は、もう外に馴染むことはできないでしょう。ですが、この子たちなら・・・

 

 フィーナの頼みを受け入れ、ディアンは二人を引き受けた。まだ王都スケーマには連れて行っていない。少しずつ外に馴染ませるつもりであった。

 

『いずれ教えてやる。だがまず、お前たちには「文字」と「計算」を教えなければならんな』

 

 まだ幼い「新しい弟子たち」の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 リプリィール山脈東方、メヘル盆地から少し入った場所が、太陽の民とエディカーヌ王国との交流の場となった。大規模なものではない。太陽の民たちは二千年以上も自給自足を行っており、外から何かを輸入する必要はない。イルビット族が中心となった「情報交換」が主な目的となっていた。考古学者のペトラ・ラクスはメヘル盆地に簡易住居を建て、太陽の民の調査に没頭していた。

 

『言い伝えでは「解放者」は、神々の大戦以前から結成されていたそうです。世界が融合する以前の人間族の中に、新世界で自分たちが生き残るために動いていた者たち、とのことです』

 

『それは「メルジュの門」に科学知識を封じた「先史文明期の科学者」「機工女神アリス」のことでしょうか?』

 

 フィーナは首を傾げた。聞きなれない用語が多数、入っているからだ。ディアンが噛み砕いて教える。フィーナは少し考えて首を振った。判断ができないのだろう。ディアンは自分たちの情報を述べた。

 

『「解放者」・・・私たちは「オメラスの解放者」と呼んでいますが、彼らの目的は不明です。ただ、「古の神々を蘇らせ、世界を混乱に陥れること」などは、彼らの目的ではないでしょう。手段としての「古神の利用」はあっても、目的ではないはずです。なぜなら、彼らもまた人間だからです』

 

『解放者は、やはり人間族なのですか?』

 

『全員がそうとは限りませんが、最初に結成されたときは、人間族が中核にいたはずです。各地の種族、特に竜族、龍人族、エルフ族の伝承を調べましたが、三神戦争・・・つまり「神々の大戦」後の世界には、幾つか説明できない事象があります』

 

『具体的には、何でしょうか?』

 

『まず第一に、言語と文字の統一性です。貴方がた太陽の民は、二千年以上も外界と隔絶していました。つまり貴方がたの言語は、二千年以上も前のものということです。にも関わらず、さして不自由なく意思疎通が出来ています。つまり、現在の世界で使用されている言葉は、三神戦争直後には使われていたということです。一方で、イアス=ステリナ世界の遺跡から発見された「先史文明の文字」は、現在とは全く異なるものです。つまり、三神戦争直後に「何か」があって、言葉と文字の統一が図られたということです』

 

『ディアン殿。その謎については、現神神殿が回答しています。ファスティナ神聖言語を生み出した神々によって、言葉の統一が図られた、とされていますが?』

 

 ペトラが口を挟んだ。ディアンは頷きながらも疑問を提示した。

 

『確かに、そう回答しているな。だがオレは疑問を持っている。何故なら、そんなことが出来るのであれば、そもそも神々の大戦なんて起きないからだ。「文字と言葉の統一」は、「意志表現の手段の統一」という程度ではすまない。我々は思考する生き物だ。その思考において、言葉は重要な役割を果たす。そして社会を創り、文化を生み出し、習慣・思想・価値観・感情までも形成する。文字と言葉というものは「ヒトの存在そのもの」を左右するのだ。そんなものを自在に操れるならば、戦争なんて起こす必要はないだろう』

 

『・・・では、一体なにが起きたのでしょう?』

 

『解りません。だからそれが疑問その一です。そしてそのニですが、それは科学技術の伝承です。たとえば太陽の民たちは「蝋燭」を使っていました。蜜蝋は、蜜蜂の巣から作ります。それ以外にも、オリーブ油や獣脂などからも作ることができます。私たちはそれを知っています。ですが、知っていることと作れることは、全くの別物です。三神戦争以前まで、人間族は高度に発達した科学世界を形成していました。数百人の人間を載せた乗り物が、音を超える速度で空を飛び、世界の果てまで一瞬で人を運んでいたのです。それほどに発達した文明が、三神戦争で一瞬で失われました。当時は、科学技術を支えていた「知識」は、すべて機械によって管理され、機械の中に貯蔵されていました。人間族は、数千年以上に渡って蓄積した「知識」を一瞬で失ったのです。おそらく、当時の人間族は「蝋燭の作り方」など知らなかったでしょう。ですが太陽の民の村には、蝋燭があり、車輪があり、水車がありました。鉄の包丁があり、鉄の釘があった。麻の服があり、それを作る針がありました。フィーナ殿、それらを一体どこで手に入れたのです?』

 

『包丁は、村に鉄を加工する職人がいますし、麻は畑で育てていますが・・・』

 

『包丁を作るには、鉄を加工する技術が必要になります。鉄鉱石あるいは砂鉄を採り、それを炉に入れて鉄を熔解させて取り出し、さらに高温の中で鍛えて、鉄が生み出されるのです。その技術はどこから来たのでしょう?旧世界イアス=ステリナでは、そうした製造は全て機械によって自動化されていました。イアス=ステリナ人の殆どが、鉄の鍛え方など知らなかったはずです。つまり「誰か」が教えたのです。「誰か」が、人間族が原始人にならず文明人でいられるようにしたのです。その一方で、二千年以上も科学文明は形成されていません。現神および西方神殿勢力が科学知識の普及、科学的思考を規制しているからです。その結果、二千年以上も技術革新が進まず、人間は未だに空を飛ぶことすら叶いません。一定程度の技術を持った文明社会、しかし神々への信仰を忘れるほどには発達せず、他種族の脅威にもならない程度で留める・・・ 二千年以上もこの「絶妙」な、ある意味で「神々にとって都合の良い」文明世界が続いているのです』

 

『・・・・・・』

 

 ペトラもフィーナも沈黙した。ディアンは咳払いをして、水を飲んだ。

 

『話が少し逸れましたが、私はこの世界の形成そのものに疑問を持っています。そして「オメラスの解放者」は、その疑問に対する答えを持っている。あるいは答えの一端に関わっているのではないかと考えています。三神戦争以前、二つの世界が重なる際に、イアス=ステリナの一部の人たちが、世界の消滅を防ぐべく「結界」を形成しました。その結界の形成と管理、そして世界融合を実現させる役割をしたのが「機工女神」です。彼らは人間族の滅亡をなんとか防ごうと、必死でした。ですが大多数のイアス=ステリナ人は世界融合など気づきもせず、ノホホンと暮らしていた筈です。そしてある日突然、世界が一変しました。世界を救った者たちはその存在すら知られず、歴史の闇に消えたのです。そしてここからが私の仮説ですが、彼らとは別の動きをしていた者たちがいたと考えています。つまり、二つの世界の融合を果たすのではなく、二つの世界を引き離そうと考えた集団がいたのではないでしょうか。それが「解放者」の原型ではないかと考えています』

 

『ディアン殿、その証拠はあるのでしょうか?メルジュの門に封じられていた「遺産」の中には、そうした存在を示すものはありませんでしたが?』

 

『無いな。できればメルジュの門に戻って、女神アリスに直接尋ねたいくらいだ。まぁ二度と開けないと言っていたから、無理だろうな。他の機工女神に聞くという方法しかないだろう』

 

『機工女神そのものが、謎の存在ですからね。探しようが無いでしょう』

 

 ディアンは一つの可能性を考えていた。あの「青髪の魔神」なら何か知っているのではないか。だがディアンはその考えを途中で止めた。彼女はおそらく機工女神だろう。だが彼女はそれを否定した。否定する理由があるからだ。ならば触れないほうが良い。気を取り直したように、話題を変える。

 

『お預かりしている二人についてですが・・・』

 

 フィーナの顔に笑みが戻った。

 

 

 

 




【次話予告】
 黄昏の魔神は、メヘル盆地に「新たな住居」を建て始めた。一方、ディジェネール地方では亜人族たちが慄いていた。暫く落ち着いていた「歪み」が、再び発生したからである。ディアンは単身、調査に赴く。そこで「ある再会」を果たすのであった・・・

 戦女神×魔導巧殻 第三期:第五話『腐海の歪み』
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