戦女神×魔導巧殻 第三期 ~新たなる理想郷~ 作:Hermes_0724
イアス=ステリナとネイ=ステリナという異世界同士の融合は、神々や動植物が一緒になったといった単純なものではない。この両世界は時間の流れや物理法則などが異なっていた。そのため本来であれば、同一の世界となり得ないのである。この異世界同士を融合させたのは、旧世界の科学技術によって生み出された人造の神=機工女神エリュアである。「異質同士を融合させる」という特異能力を持っていたエリュアは、膨大な魔力を科学技術によってさらに増幅させ、二つの時空間そのものを融合させることに成功する。異なる世界同士が重なることによる「世界崩壊」を避け、「
機工女神エリュアの名は、永くに渡って殆ど知られていなかったが、新七古神戦争以後にエディカーヌ帝国によってその名誉が回復される。帝都スケーマの神宮には「機工女神の一柱」としてエリュアの石像が置かれるが、いささか露出が多い生々しい姿は神宮に相応しくないという意見も存在している。いずれにしても、これによりエディカーヌ帝国を中心にエリュアの名は知られるようになる。石像の足元には以下の説明文が刻まれている。
「機工女神エリュア:旧世界の科学によって生み出され、ディル=リフィーナを創世した機工女神の一柱である。外見は「蒼髪」の美しい女神だが、その性格は苛烈で残酷である。その一方で卑怯を嫌い、交わした約束は守り、正々堂々とした性格である。弱者の立場に甘える者を嫌い、自らの足で立ち上がろうとする者を好む」
後世、「エリュアの石像」については都市伝説のような噂が存在している。その内容は「エリュア像が動く」というものである。エリュアは「右手を腰にあて、豊かな胸を張り、挑発めいた笑みを浮かべ、艶めかしい肢体を露出させている」という姿で彫られているが、数十年単位で比較をすると、左手や足の位置、口元などが微妙にズレているというのである。これが一市民の話であればただの与太話で終わったであろうが、皇立魔導大学院の名誉教授が長年の計測結果に基づいて唱えたため、神宮を巻き込んだ一騒動となった。ついには大司祭であるエディカーヌ皇帝自らが、騒動を鎮めるために動いた。皇帝ソフィア・ノア=エディカーヌはただ一言で、この騒動を沈静化させたといわれている。曰く
「あら、別に構わないではありませんか。神宮に祀られる「神」なのですから、動くこともあるでしょう?」
機工女神エリュアの力をもってしても、異世界同士の融合は「完全」とはならなかった。それが「
後世の歴史家たちは、この一連の事件に一つの疑問を提示している。女神ヴァシーナが主根の守護者となってから三百年以上、歪みはある程度に安定していた。それが突然、歪みが活性化し始めた理由は何であったのだろうか。魔神アストラールをはじめとする歪魔族が原因とする研究者もいるが、時系列で観るならば、むしろ活性化したために歪魔族たちを呼び寄せたと考えるのが自然である。ちょうどこの時期、ケレース地方においても歪みの発生が確認されている。マーズテリア神殿の元聖女であったルナ=クリアが歪みに飲み込まれ、行方不明となったのである。遥か離れた二つの地帯で、ほぼ同時期に歪みが活性化した背景には何があったのか、様々な説が出ているがどれも仮説の域を出ていないのが実情である。
獣人族の子供オルガは、森を駆け抜けた。草木が生い茂る鬱蒼とした森であっても、獣人族である自分にとっては庭のようなものだ。躓くこと無く、集落に駆け戻る。
『父ちゃーんっ!出たよっ、またあの雲が出たっ!』
息を切らして、父親に報告した。近年、不定期に得体の知れない雲が発生する。そのたびに森の獣たちが騒ぎ、見たこともない魔獣が暴れたりする。獣人族の戦士ギフンは分厚い剣を手にした。
『今度こそ正体を見極めてやる。子供たちを家に入れろ。男は魔物に備えてヤリを持っておけっ!』
『待て、ギフン。ディアン殿に知らせたほうが良い。「東の国」の力を借りよう』
仲間の呼びかけにギフンは止まって少し考えたが、首を振った。
『いや、これは我が部族の問題だ。他族の手を借りる必要はない。俺が様子を見てくる。皆はここで待っていろ』
仲間が呼び止めるのも聞かず、ギフンは駆け出した。
『父ちゃん、大丈夫かな…』
不安げな表情を浮かべるオルガの頭を撫で、仲間内で話し合う。
『ギフンは気にしているのだろうな。なにしろ「
『俺だってそうさ。だが、あの国を訪れた連中の話では、彼らはベルーラ神殿を立て直したそうじゃないか。彼らの集落には魔族もいるそうだが、人間族やドワーフ族、龍人族もいるって聞いたぞ?そんなに警戒する必要は無いと思うがな』
『いずれにしても、ディアン殿には伝えたほうが良いだろう。「雲が発生したら教えてくれ」って言われているしな。族長のところに行ってくる』
話を聞いた族長は頷き、懐から黒い水晶を取り出した。
リプリール山脈中央部にあるメヘル盆地には、静かな変化が起きていた。盆地の四方を屈強な創造体「アース=ガーディアン」が取り囲み、警戒に当たっている。その一方で、盆地の南部では建設が進んでいた。リプリール山脈に続く緩やかな斜面には畑が作られ、平屋の家が建てられた。地脈魔術によって温泉を発掘し、広めの露天風呂も造られている。家の間取りなどは「以前」と同じにしているが、一回り広く造った。また、弟子を取ることを想定して空き部屋も用意している。使徒たちは昔を懐かしむように家の中に入った。
『…ファミと別れてからもう七年になるわね。元気にしているかしら?』
レイナは懐かしそうな表情を浮かべる。ディアンは笑って頷いた。
『庭の一角に小屋を設けて転送機を複数台、置くつもりだ。ティナやソフィアも、夜になればこの家に戻ってくる。ディジェネール地方西方海岸や、モルテニアとも繋げるつもりだ。今はまだ、かつて程の賑わいは無いが、いずれここが楽園になる。今度こそ、絶対に護りきる…』
ディアンの表情に一瞬だけ影が射した。だが子供たちの声ですぐに明るくなる。新たに引き取った弟子、サーヤとレオンが燥いでいた。
『凄い凄い!姉様、こんなに広い厨は初めてです!それに、見たこともない鍋があります』
『レオン!あまり騒がないで!もう…先生に怒られるわよ?』
弟の面倒を見る姉も、新しい生活の始まりに興奮している様子であった。折角だから、今夜はご馳走にしようと思っていた時、ディアンの脳裏に電流が走った。レイナも敏感に感じたようだ。
『ディアン?』
『レイナ、悪いが二人を頼む。どうやら「異界」が出現したようだ。すぐにディジェネール地方に向かう』
『わかったわ。ティナとソフィアには、私から伝えておく。気をつけてね』
漆黒の外套を羽織り、魔神剣クラウ=ソラスを背負う。穏やかな表情が一変し、闘いに臨む戦士の貌になる。サーヤとレオンは、ディアンの一変に少しだけ怖がっているようであった。レイナが二人を後ろから抱きしめる。
『先生はこれから、ちょっと用事があるの。何日かいなくなるけど、心配しないで。今夜はあなた達のお姉さんが、あと二人も来るのよ?五人でご馳走を食べましょう』
ディアンは黙って頷くと、庭から一気に飛翔した。凄まじい速度で西に向かう。初めて見る「飛行魔術」に、二人の弟子は呆気にとられていた。
『ハァッ!』
凶暴化した巨大蟲を斬り倒す。戦士ギフンはその体躯を遺憾なく発揮していた。分厚い剣の糧になった魔物は数知れない。息を切らしながらも、雲を追いかける。雲に近づくに連れ、濃霧が立ち込めてきた。まるで乳のような濃さである。
『なんだ?この霧は…』
霧をかき分けながら、ギフンは慎重に進んだ。一刻ほど進んだ時、目の前に巨大な石壁が出現した。天に届くほどに高く、圧倒的な存在感である。
『こ、これは一体…』
有り得ない光景であった。この辺りは一面が森となっている。こんな巨大な建物が出来れば、嫌でも気づく。壁に近づくに連れ、ギフンの疑問はさらに膨らんだ。壁がまるで点滅しているように見えた。目をこする。自分が可怪しくなったのではないかとさえ思った。壁に沿って周囲を歩くと、やがて入り口と思われる巨大な扉が出現した。
『一体、何なんだ?この建物は?』
『この建物は「狭間の宮殿」と呼ばれるものです…』
いきなり背後から声を掛けられた。ギフンは飛び上がって振り返り、剣を構えた。黒い外套を頭から被り、杖を持った男が立っていた。見たところ、魔術師のようである。俯いているためか、顔は見えない。
『誰だ、アンタは!』
『誰?ふむ、私は誰だったかな… もう随分と昔のことなので、自分の名前も忘れてしまいましたよ。だが、この中にある炎だけは忘れない。そう、彼女を…愛しき女神を手に入れるという炎だけは…』
気が触れたようにブツブツと呟く「黒い魔術師」に、ギフンの警戒心はさらに上がった。剣を構えたまま、ジリジリと後ろに下がる。魔術師は思いついたように顔を上げた。
『そうだ。いま、一つ実験をしているのであった。人間でやってみたが、上手くいかなかった。見たところ、躰が強そうな獣人… 良い実験材料です』
その言葉ではなくその顔に、ギフンは凍りついた。気がついたときには、ギフンは悲鳴を上げていた。
『ディジェネール地方の「異界」については、私の使い魔に調査を一任しています。アレは余りにも危険です。彼以外の者に任せるわけにはいきません』
エディカーヌ王国女王ソフィア・ノア=エディカーヌは、元老院で説明していた。王国を取り巻く状況は、決して楽観視はできない。物産は増えているが、かつてのターペ=エトフほどのオリーブ栽培は気候的に困難であった。また麦栽培も同様である。品種改良などの研究を進めているが、現状では王国北部での栽培に限られている。何より、塩が取れないことが問題であった。最初の友好国であるバリアレス都市国家連合から輸入をしているが、その単価は決して安くはない。新たに発見した「太陽の民」の集落で岩塩が産出されるが、その量は全体必要量から見れば微々たるものであった。かつて「腐海の地」と呼ばれた混沌の状況から見れば、遥かに治安は良くなり、暮らしも楽になっているはずだが、それでもターペ=エトフとは比べようもない。
そして何より、最近はその治安を脅かすような事件が起きていた。その最たるものが「歪みの発生」である。女王の言葉を受けて、獣人族長が立ち上がった。
『陛下、確かにあの歪みは魔神殿でしか対処できないでしょう。ですがそれ以外にも、最近はディジェネール地方北部で事件が頻発しています。未知の疫病、人攫い… あの地には、我々の同胞も多く棲んでいます。王国としても対処をお願いしたいのですが』
『解っています。最新の調査では、どうやら「腐海の大魔術師」と呼ばれる者が暗躍しているようです。歪みの発生自体に関わっているかは不明ですが、疫病の原因はその魔術師にあるのは間違いないでしょう。「茫熱病」と呼ばれる病だそうで、穢や瘴気が原因のようです。現在、特効薬を開発中です。ですが、それは対処療法に過ぎません。その魔術師を除かなければ、同じようなことが起きるでしょう』
ソフィアは爪を噛みたい衝動に駆られていた。経済問題だけであれば、自分の智慧でも対応できる。だがこのような「
(せめて、ディアン・ケヒトに匹敵する力を持つ「良心的魔神」がもう一柱でもいれば…)
後ろに控えて立っていたグラティナの咳払いで、ソフィアは我を取り戻した。いつの間にか、爪を噛んでいた。
濃霧の中を黒衣の男が歩く。複数の魔物の気配が漂っているが、異質な気配も感じていた。やがて石壁が見えてきた。
『なるほど。現在の建築技術ではこの大きさは建てられないな。これが「神の御業」か・・・』
ディアンは頷き、入り口を探すために歩いた。大きな扉を見つけるが、その前に得体の知れない存在が二つあった。黒い外套を頭からかぶった魔術師らしき者と、魔物である。ディアンの姿を見た魔術師は狂ったような笑い声を上げた。
『ヒヒャヒャヒャッ!素晴らしい!実に素晴らしい!まさか狭間の宮殿に「神族」が現れるとは!これで中に入れます!』
『なんだ、お前は?』
ディアンは訝しげに魔術師を見て、そして魔物を見た。タテガミや腕の毛から、元々は獣人族であったのだろうか。何かしらの呪術によって「
『コイツは私が召喚した「異界の魔物」と獣人族を掛け合わせて造ったものです。人間で試したら、躰が弱くて爆発してしまいまして・・・ いやいや、やはり獣人の肉体は強い。これで研究が一段と進む』
『・・・お前は誰だ?最近、耳にする「腐海の魔術師」とやらがお前なのか?』
『んん~?』
魔術師が貌を向けてきた。その顔は皺だらけで一見すると老人である。だが異様なのはその眼であった。白目は一切なく、全てが漆黒の闇である。その中に、紅い光が霞んでいた。ディアンの話を聞いていないのか、魔術師は勝手に説明を始めた。
『この建物は「狭間の宮殿」と呼ばれています。三神戦争より遥か前、「ある異端の神」を封じるために現神たちが造ったものです。ゆえに、この建物は「神族」しか入ることを許されません。融合体で扉を開けようとしたのですが、どうも上手くいかない。そんなときに、なんと神族が出現してくれました。なんという幸運!これも日頃の「善行」によるものでしょう』
『「善行」だと?疫病を流行らせ人々を苦しめ、種族・性別・老若を問わず人攫いをし、泣き叫ぶ者たちを嘲笑いながら異形の魔物を生み出すのが「善行」だと言うのか!』
『なにが「善」で、なにが「悪」かは見方次第・・・ 私にとっての「善行」が、貴方にとっての「悪行」であるに過ぎない。善悪とはそれぞれの立場から見たものです。たとえば「強姦」・・・ 犯される女から見れば、犯す男は悪でしょう。ですが男から見れば、自分の性欲を晴らす行為として善なのです。むしろ抵抗する女が悪なのです。善悪とは「己の都合」によって変わるのです。それとも貴方は、自分が「絶対的に正しい」とでも思っているのですか?』
ディアンの眼が細くなった。目の前の魔術師には反吐が出た。口元が嘲りの笑みで歪む。
『そうか・・・ ならばオレも、オレの善行をしよう。お前をここで抹殺することが、オレにとっての「善行」だ!』
剣の柄を右手で掴む。前かがみになって構える。瞬間、その姿が消えた。魔術師の懐に入り、剣を振り下ろす。だが・・・
バチンッ!
剣は魔術師の躰に触れること無く、弾かれた。ディアンは眼を見開いて、飛び退いた。「物理障壁結界」であるが、あり得ない程の強度を持っていた。比較するなら、かつて華鏡の畔に張られていた「魔神の結界」に匹敵した。
『・・・お前、人間ではないな?魔人か?』
『さてさて、どうでしょう?今はまだ「途上」の身ゆえ、断言はしかねますな。いずれ「女神」を手に入れたときに、改めて自己紹介をさせていただきますよ』
ディアンの眉が動いた。自分はかつて、どこかで、この魔術師と会っている。この魔力を感じている。遠い記憶を辿る。やがて数十年前に遭遇した「老化した青年」を思い出した。
『お前・・・まさかアビルース・カッサレか!あの時、神殺しとなった「セリカ・シルフィル」の肉体を奪おうとして魂の操作を誤った、あの青年か!』
魔術師の動きが止まった。中空に視線を向ける。ディアンのことなどまるで無視して、両手を広げた。
『おぉ・・・女神よ・・・その麗しき瞳、その愛おしき口元・・・貴女の全てを私のモノにしたい。貴女が欲しい・・・』
下半身の布が膨れ上がっている。ディアンは思わずツバを吐いた。これほどに胸糞悪い思いをしたのはいつ以来だろうか。かつて殺した「バリハルトの狂信者」のほうがまだマシであった。左手に「メルカーナの轟炎」を込める。目の前のゲスを焼き尽くすつもりであった。だが放つ前に、強烈な力で吹き飛ばされた。
グルルルッ・・・
異形の魔物が唸り声を上げる。ディアンは舌打ちをして剣を抜いた。アビルースが発狂したように嗤う。
『ヒヒャヒャッ!素晴らしいでしょう?異界の魔物の他に、召喚したグレーターデーモンまで掛け合わせているのです。力も魔力も、魔神級ですよ?どうです?そろそろ本気にならないと、危ないですよ?』
『フンッ!お前の狙いは、オレに「神の力」を発揮させて、扉を開くことだろう?狭間の宮殿が神族しか入れないのであれば、その扉は「神の気配」に反応するはずだからな。だが・・・』
魔物が振る腕をかい潜り、懐に入る。腹部に手を当てた。
『お前、バカだろう?』
魔術が打ち込まれると異形の魔物は飛散した。グレーターデーモンと獣人の男、そして黒い瘴気のような煙に分かれる。ディアンはすかさず、瘴気を火炎魔術で燃やし尽くした。アビルースは口を開けて呆けた声を出している。
『構成要素さえ解れば、錬金術の応用で分解することが可能だ。グレーターデーモンと獣人さえわかれば、後は未知の要素だけ摘出すれば良い。「錬成式」を相手に伝えるとはな。これだから狂人は度し難い』
連続して純粋魔術を打ち込む。だがアビルースは結界を張ってそれを弾いた。滑るように後ろに下がっていく。
『これはこれは、驚きました。魔神とは「膂力と魔力を持て余す存在」と思っていたのですが、どうやら貴方は例外のようです。これほどに魔術に精通していらっしゃるとは・・・』
『それはこちらのセリフだ。その結界は、これまで見たこともない術式だ。「大魔術師」というのは、あながち誇張では無さそうだ。頭はイカレているがな』
アビルースはクシャクシャに嗤い、そして一礼した。
『貴方との会話は中々に面白そうですが、そろそろ歪みが動き始めます。今日はこれで失礼をいたします。またいずれ・・・』
『させるか!』
ディアンは純粋魔術を放つと、同じ速度で斬りかかった。魔術障壁と物理障壁の結界を同時に張ることは出来ないはずである。どちらかが当たるはずであった。だがアビルースの結界は想像を超えていた。ディアンの剣も純粋魔術も弾き返した。
『なんだと?』
驚愕するディアンを見ながら、アビルースは嬉しそうに嗤う。
『ヒャヒャッ・・・ 魔術師は「タネ」を教えたりはしません。せいぜい、悩んで下さい。では・・・』
トプンッという音と共に、アビルースの肉体は地面に飲み込まれた。地脈魔術の応用であろうが、既に元の地面に戻っている。その時、背後で異変が発生した。歪みが元に戻ろうとしていた。
『いかんっ!』
グレーターデーモンと獣人族の戦士ギフンを担ぐと、急いでその場を離れる。歪みに空間が飲み込まれていくようであった。一瞬の閃光と共に、異界「狭間の宮殿」は消滅し、元の森に戻った。ディアンたちは辛うじて、飲み込まれずに済んだ。
『・・・それで、この方が私の新たな護衛になると?』
両手を腰にあて、ソフィアは睨むように見上げた。七尺近くある赤銅色の悪魔は、思わず仰け反る。ディアンが助けたグレーターデーモンは、召喚契約も消滅していたため本来であれば自由である。だが何を考えたのか、ディアンのために働きたいと申し出てきた。グレーターデーモンは上位悪魔であり、知性も高い。筋を通せば、一定の信用もできる。ディアンはソフィアの身辺警備役として、グレーターデーモン「ザボン」を連れてきたのであった。だがソフィアからすれば寝耳に水である。「上位悪魔の出現」によって、神殿内は最大警備体制となっていた。ザボンの背後では、剣の柄に手を掛けたグラティナが、鋭い殺気を放って立っていた。ザボンは頬を掻いて、ディアンに泣きついた。
『・・・ディアン殿、先ほどから背中がやけに「痛い」のだが?』
『まぁ、グレーターデーモンが出てきたら、そうなるだろうな。ティナ、殺気を抑えろ。いざという時は、オレが対処する。それに途中で言葉を交わしたが、ザボンは「
グラティナはようやく、剣から手を話した。ザボンは安心したように息を吐き、ソフィアに跪礼した。
『女王よ、我が姿を前に一歩も退かぬその器量、感服致しました。どうか我が主として仕えさせたまえ・・・』
ソフィアは腰に手を当てたまま暫く考えたが、やがて納得したように頷いた。
『解りました。今日から私付きの護衛として仕えなさい。ですが、その姿は少し問題ですね。グレーターデーモンは外見を変えることも可能と聞いています。人間の姿になることは出来ますか?』
『出来ますが、躰の大きさまでは変えられません』
『結構です。その大きさはむしろ護衛としての頼もしさになるでしょう。人の顔に変わりなさい。あと、王国の法は必ず護るように。もし悪さをしたら「お仕置き」です!』
どう見ても二十歳前の美少女が凄む。ザボンは一瞬で外見を変えた。口髭を生やした、些か無骨な「武人」の顔になる。ソフィアは嬉しそうに頷いた。
『あら、中々イイ男ですわね。ドワーフ族が鍛えた剣と鎧を下賜しましょう。それと神宮内に、貴方が詰める部屋も用意する必要がありますね』
その様子を見ながら、グラティナはディアンに囁きかけた。
『なぁディアン・・・ なんだか嬉しそうに見えるのだが?』
『フム・・・ あの外見が似ているからだろうな。「かつての保護者」に』
確かに人間の外見をしたザボンは、かつて東方で名を馳せた「大将軍」の姿に似ていた。力もそれに匹敵するだろう。現金なもので、人間の姿になった途端、周りの者たちも安心した様子であった。
『ザボンは護衛として信用できそうですが、やはりまだ人材が不足しています。私は行政官などは育てられますが、護衛などの育成は門外漢です。王国は私一人では回せません。宰相や主要な官僚たちの警備を考えると、まるで人材が足りないのです』
メヘル盆地に建てられた「新たな住居」で、ソフィアは酒を飲みながら悩みを漏らした。ディアンも腕を組んで考える。「暗殺」を防ぐことは絶対に不可能だ。暗殺者はいつ、どこで、どのように襲撃するかという主導権を握っている。どんな人間も、生きている以上は油断する。結界に護られたこの家でさえ、絶対に安全とは言い切れないのだ。
『「身辺警護」を担当する専門部署が必要だな。バリアレス都市国家連合は、傭兵派遣業をしている。当面はそこから警備役を雇入れると同時に、重要人物の身辺警備を担当する「近衛部門」を用意したほうが良いだろう。だが、暗殺を完全に防ぐことは不可能だ。市井の治安維持を強化することで、発生確率を減らすことは出来るだろうが、外部から暗殺者が流入することは止めようがない』
『ディアンが遭遇した「腐海の大魔術師」とは、どの程度の力なのでしょう?』
『正直言って、驚いた。流石は「カッサレの血筋」だな。オレが見たこともない術式を繰り出し、必中を期して放った魔術も上手く躱された。才能だけなら、下手をしたらブレアード・カッサレにも匹敵するぞ。頭は完全にイカレていたがな』
『惜しいですわね。イルビット族は魔術研究を禁忌としています。そのためターペ=エトフ時代から、魔術研究は遅れがちでした。それ程の才能があれば、我が国に招きたいくらいです』
ソフィアも、アビルースの危険は百も承知である。だが国王としては、有為な人材は喉から手が出るほどに欲しい。ターペ=エトフでは、ファーミシルスが軍事的側面を支えていた。身体と心を鍛えた中堅将校たちを育て、少数ながらも強力な軍隊を作り上げていた。だがエディカーヌ王国にはそうした人材がいない。グラティナが代役を務めているが、それでも限界がある。本来であれば口にすべきではないが、一つの可能性をソフィアは提示した。
『ディアン・・・ 「あの遺跡」に眠っている古神は、どのような神なのでしょうか?』
第三使徒が何を求めているのか、ディアンには正確に読めていた。
【次話予告】
腐海の異変は、マーズテリア神殿総本山にも伝わっていた。レルン地方とディジェネール地方の境界で、未知の魔獣が暴れだし、行方不明となる人間が続出していたのである。
総本山は報告を受け、「退魔特務機関」を出動させた。
戦女神×魔導巧殻 第三期:第六話『ベルリアの怪』