戦女神×魔導巧殻 第三期 ~新たなる理想郷~ 作:Hermes_0724
ディル=リフィーナ世界には、多種多様な知的生命体が棲んでいる。代表的な種族だけでも神族、竜族、人間族、獣人族、ドワーフ族、エルフ族、イルビット族、龍人族、悪魔族などであるが、悪魔族だけでも飛天魔族や歪魔族など分岐しており、獣人族に至っては「犬歯族」「猫爪族」のみならず「人魚族」なども存在することから、知的生命体の分類は百を超えると言われている。この多種多様な知的生命体はそれぞれに文化を形成し、外見も異なっている。生物学的に見れば全く異なる生物である。
後世の生物学者たちは、ディル=リフィーナの多種多様な生物を体系化しその生態を調査しているが、一つの疑問に対して未だに解を得ていない。それはディル=リフィーナ世界における最大の謎とも言われている。すなわち「種族間の混血」の存在である。例えば神族と人間族の間に誕生した「半神半人」は、三神戦争叙事詩にも謡われ、その後も複数回に渡って歴史に登場している。具体的には魔神グラザと人間族の女性との間に生まれた「半魔神」であるメンフィル帝国初代皇帝「リウィ・マーシルン」などが挙げられる。だが「神族」と「人間族」では、生物学的には全くの「異種」である。魔神グラザは神核を持つ不老の存在であり、筋力も魔力も人の域を遥かに超えていた。神族は、骨密度や筋繊維の違いは無論、肉体の構成物質そのものが人間とは異なると考えられている。生物学的に考えるならば、神族の男性が人間の女性を妊娠させるということは、人間の精液を使って鶏に雛を産ませることと同程度の「有り得ないこと」のはずである。実際、後世の生物学者の中には、犬に人間の精液で種付けを行う、という実験をした者までいる。その実験は見事に失敗したが、その一方で人間族と獣人族、エルフ族と人間族などの混血は誕生しているのである。この事実が、生物学者たちを大いに悩ませているのである。
後世においても、異種族間の混血については「謎の事象」のままとされている。西方諸国内には、倫理上の問題から研究そのものを禁忌とする風潮がある。その一方で、国家形成期以降は種族間の交流も活発化し混血者も僅かずつではあるが、増え始めていた。それらの事例の多くが「人間×他種族」という組み合わせであったことから、人間という種族そのものに「異種族と混血する土台」がある、と唱える生物学者もいる。無論、後世においてもこの学説は仮説の域を出ていない。
目の前に降りてきた黒衣の男を見て、アンデルセンは一瞬驚き、そして急速に覚めた。数歩離れた二人の間に微妙な空気が流れる。両者とも黒い外套を纏い、背に剣を刺している。だが両者が立っている地点は、決して交わらないものであった。再び雷光が疾走った。降りてきた黒衣の男ディアン・ケヒトは笑みを浮かべた。
『・・・雨足が強くなりそうだ。部下を追わなくて良いのか?』
マーズテリア神殿対魔特務機関長ドレッド・アンデルセンは目の前の男を睨みつけた。目の前の男の気配は忘れられるものではない。四年前、必中を期して放たれた聖女の一撃をものともせず、魔神を逃した男である。あの時は黒い影と後ろ姿しか見ていないが、こうして対面すると魔神には見えなかった。泰然とした眼の前の魔神に、アンデルセンは臨戦態勢のまま返事をした。
『何故、貴様がここに居る?ターペ=エトフの黒き魔神、主に逆らいし魔なる者、我らが神殿の「怨敵」、ディアン・ケヒトよ』
『アンタと同じさ。あの魔術師を追っている。最近、ランヴァーナで行方不明者が出ると聞きつけてな。奴の仕業だと直感したよ。拐われたのは皆、若い男女だ』
アンデルセンは両手をゆっくりと上げ、剣を構えた。躰から殺気が立ち上る。そこには、魔術師を逃した苛立ちもあった。
『貴様があの
『やれやれ、狂信者って奴は・・・』
ディアンは苦笑しながらも背中の剣に手を掛けた。瞬間、アンデルセンが動いた。両腕が消え、凄まじい速度で斬りかかる。躱したディアンは背の剣クラウ・ソラスを抜剣し、撃ち下ろした。アンデルセンは二本の剣を交差させ、それを防いだ。剣同士が火花を散らす。雨の中、黒衣の二人が顔を突き合わせる。
『良い動きだ。力も速度も聖騎士より上だな。これが対魔特務機関の力か』
『貴様は何故、本気にならない?上級魔神を超える力が、この程度のはずが無い。それとも主に伏して許しを請いたいのか?』
両者が同時に後ろに退いた。アンデルセンは息を吐き、剣を降ろした。殺気も抑えている。
『貴様が知っていることを一切合切すべて話せ。それで今回は見逃してやる』
『あの魔術師についてなら、話してやっても良いぞ。だがこの雨の中、むさい中年男を相手に語るのもな・・・』
『・・・着いて来い』
大神殿の方角に向けて、アンデルセンは歩き始めた。
マーズテリア大神殿の一室、ディアンの目の前には対魔特務機関長ドレッド・アンデルセンが腕を組んで腰掛けている。扉の外には、完全武装した騎士四名が気を張り詰めて立っている。マーズテリア大神殿に魔神が入ってきたのである。有り得ない事態に、神殿上層部は大混乱をしていた。だがディアンは平然と椅子に座っていた。
『おい・・・ この雨の中を歩いてきたのだ。茶ぐらい出すのが礼儀というものではないか?』
『フンッ 礼儀とは、秩序を維持するために人々が守るべき行動様式のことだ。秩序の「破壊者」である貴様に対して、礼儀など不要だ。さっさと教えろ。あの魔術師は何だ?マリアは何処にいる?』
ディアンは首筋を掻いて溜息を吐いた。
『奴の名は「アビルース・カッサレ」という。現在は人間から魔人へと変貌する過程だが、魔力だけなら既に魔神級だろう。ディジェネール地方の亜人族たちは、奴のことを「腐海の大魔術師」と呼んで恐れている。奴は、より強大な力を手に入れたがっている。具体的には「神族の肉体」を欲している。そのためなら、どんなことでも平然とやるだろう。高い知性と才能、強い魔力を持ちながらも完全にイカレた男だ。「有能な狂人」ほど、タチの悪いものは無いな』
『イカレているのは貴様も同じだろう?主に対する信仰心を持たぬばかりか、あろうことか主を含め神々に闘いを挑もうなどと、狂人の所業以外の何物でもあるまい』
『おいおい、オレのことは良いだろう。今は部下を助けたいんじゃないのか?あんまりオレを逆撫でするな。此処の連中を皆殺しにして帰ってもいいんだぞ?』
『・・・まぁ良いだろう。先ほど貴様は「何故、転移ではなく地脈魔術で逃げたか」と言っていたな。詳しく聞かせろ』
『まず考えるべきことは、奴が使っている魔術だ。結論から言えば、アレは魔術と科学の融合だ。魔導技術の道具も使っているがそれだけではない。「蜃気楼現象」といった光学の科学知識も利用している。魔術による幻影と科学による屈折現象の組み合わせだ。さっきも言った通り、奴は転移ではなく地脈魔術を使って逃げた。理由は二つだ。まず第一に、魔力の問題だ。人を抱えた状態での転移は、単体転移よりも遥かに魔力が必要になる。底までの魔力を持っていないのさ。魔人へと移行する途中段階にいるからだろう。第二は、奴の目的にある。奴は生体を欲しがっている。死体では意味が無いんだ。床に術式を描き、転移門を開放していれば問題ないが、魔力で空間に転移門を開けようとすれば、下手をしたら異界に飛びかねない。本来、そうした転移は緊急回避手段なのさ』
『奴の目的は何だ。何故、生体を欲しがっている?そして何故、それをお前が知っている?』
『奴はディジェネール地方北部に「茫熱病」という疫病を撒き散らした。問題はその目的だ。茫熱病は、高熱が続くことで生命力が徐々に弱くなり、やがて死に至る病気だ。最初は死の病を流行らせ、死体を利用するつもりかと思っていた。だがそうだとすると、あまり賢いやり方ではない。死体が欲しいのであれば自分の手で殺戮したほうが早いからな。何か別の目的があるはずだ。オレはそれを調べていた。行方不明になった亜人族たちを調べるうちに、奴が「強い生体」を欲していると気づいた。連れ去られた者の共通点は、疫病に罹らなかった強い免疫力を持つ者か、疫病を克服して生き残った者だからだ。疫病の発生箇所、そして目撃証言などを調べるうちに、奴の居場所がある程度まで絞れた。この街で行方不明者が出ていると聞いて、奴を見つけて尾行するつもりだった。そんな時にアンタらが出てきた。連れ去られたアンタの部下は、女だったな?奴のことだ。ロクな目的じゃないだろう。さっさと救出に向かったほうが良い』
『俺の部下に死を恐れる者など居らん。マリアはマーズテリア神に全てを捧げた歴戦の魔術師だ。簡単に死ぬはずがない』
『解っていないな。いいか、死というものは時として救いですらあるんだ。奴は何かしらの目的から、アンタの部下を連れ去った。目的を達成するまで死なせると思うか?想像を絶するほどの悍しい目的の為に、アンタの部下は無理矢理に生かされ、その生命を利用され尽くすだろう』
アンデルセンは腕組みを解くと立ち上がった。
『貴様が絞り込んだ場所を教えろ。対魔特務機関は、全員が体内に「魔晶石」を埋め込んでいる。マリアが意識を取り戻していれば、魔力を流しているはずだ。ある程度の距離まで近づけば俺は気付く』
『手を貸してやろうか?』
『貴様に借りは作らん。早く場所を教えろ。そしてさっさと神殿から出て行け。次に貴様を見つけたら、必ず殺す』
『・・・ディジェネール地方北部の遺跡「勅封の斜宮」の近くだ。そこはもともと龍人族が棲んでいたが、全員が行方不明だそうだ。おそらく龍人族の棲家だった場所を根城としているのだろう。斜宮から北に一里ほど行ったところに洞窟がある。恐らく、奴はそこにいる』
そう告げ、ディアンは立ち上がった。部屋の扉を開け、立っていた騎士の肩を叩く。
『ご苦労さん』
魔神が立ち去ると、アンデルセンも動き始めた。鎖帷子を纏い、両腰に短剣を刺す。神聖属性の呪符を外套の中に仕込み、二振りの剣を背負う。神殿を出ようとするアンデルセンの前に、上位神官が現れ、文句を言った。
『待て、アンデルセン殿!何故、魔神などを引き入れたのか説明をして・・・グヘェッ』
男の腹部に拳がめり込んでいた。アンデルセンの瞳には怒りが浮いていた。
『貴様らが政治ごっこにうつつを抜かしていなければ、俺の教え子も部下も無事だったのだ。貴様らに比べれば、あの魔神のほうが幾分でもまだマシであろうよ。大人しく此処で震えていろ。総本山から審問官が来るまでな・・・』
・・・己が心のざわめきに、心の声に耳を傾けよ。さもなくば汝の心は口を閉ざし、汝は暗闇へと堕ちるであろう。真に悪しく救い難き者とは、己が声を聴けなくなったものなのだ・・・
黒い外套を靡かせ、銀髪の男は大神殿を出た。その背中には決死の覚悟が滲んでいた。
目を覚ましたマリア・セレンティーヌは、自分が危機に陥っていることを自覚していた。両手両足は革紐で石台に縛り付けられていた。紐には何らかの術式が描かれているようで、手から魔術を繰り出すことができない。いざとなれば舌を噛んで死ぬ覚悟はできているが、猿轡を嵌められており自決もできない状態であった。首を捻って周りを見たわす。何処かの洞窟のようであった。壁には等間隔で蝋燭が灯されている。ギィという音と共に、何かの気配が入ってきた。だが寧ろそれ以上に、扉の向こう側から聞こえた叫び声や呻き声のほうが気になった。だがその音もすぐに消えた。コツコツという足音が近づいてくる。やがて漆黒の目をした老人が自分を覗き込んだ。
『おや、お目覚めでしたか。では早速、始めましょうか・・・』
何かの魔力が自分の中に流れ込んでくる。男が説明を始めた。
『いま、貴女の下腹部・・・「子袋」部分に、ある魔術を掛けています。再生魔法の一種と考えてください。これで二、三日後には妊娠できる状態になります。あぁ、貴女はエルフ族の血も流れているので、もう少し早いかもしれませんね』
マリアは呻きながら首を横に振った。小男は頷いて説明を始めた。
『何をされるか知りたいでしょう?ご安心ください。きちんとご説明します。私は常々、疑問だったのです。例えばエルフ族と人間族は、その寿命は十倍以上も違います。つまり身体の代謝機能や老化の仕組みなどが全く異なるということです。にも関わらず、貴女のように「混血」が誕生している。犬とカラスの混血なんて想像できますか?普通は有り得ないでしょう。しかし何故か、神族と人間族、獣人族と人間族といったように、人間族が関わる混血が生まれやすいのです。では、人間族と犬、人間族と蛙などで混血は誕生するのでしょうか?実験をしたのですが誕生しませんでした。何処かに線引きがあるのです。私はそれを知りたいのです。そこで、貴女にはある種族の子種を受けていただきたいのです。種族名は
マリアは目を見開き、激しく首を振った。だが男はそれに気づかないように説明を続けた。
『蜥蜴人種は極めて面白い生態をしています。二足歩行で知恵を持ち、言葉を喋るという意味では獣人族やエルフ族と変わらないのですが、彼らは卵から生まれてくるのです。赤子に乳も与えません。その蜥蜴人種の子種を受けた人間族の女性は、どのような妊娠の仕方をするのでしょう?卵を生むのでしょうか?それとも赤子を子袋に宿すのでしょうか?どうです。興味深い実験とは思いませんか?』
男は引き痙ったような嗤い声をあげた。だがいきなり冷静になると、沈痛な表情を浮かべた。
『実は・・・既にこの実験は何度かしているのです。残念ながら、普通の人間族の女性では妊娠しませんでした。最初は精液のみを子袋に注入していたのですが、妊娠しない。そこで仕方なくオスの蜥蜴人種に幻術を掛け、人間族の女性と性交させることで注入したのですが、それでも妊娠しないのです。私の仮説では二足歩行で脳がある程度発達をした知的生命体が相手であれば、人間族の女性は妊娠できるはずなのですが・・・』
ひとしきりブツブツと呟いた男は、再び笑顔に戻った。短刀を取り出してマリアの服を切り裂く。白い下履きを履いた下腹部が露わになる。
『そこで、貴女に協力をお願いしたいのです。エルフ族の血を引いた貴女なら、人間族よりもより広範の種族と交われるのではないかと考えました。もし貴女でも妊娠しないようであれば、人間族と蜥蜴人種との間での混血は不可能という結論を出しましょう。どうか、ご協力をお願い致しますよ?ヒヒャヒャヒャヒャッ!』
皺だらけの手で、マリアの下腹部を撫で、笑い声をあげた。男の狂気に、マリアは初めて恐怖に負けそうな気がした。
ディジェネール地方北部の各集落に荷車が到着する。絹布で口と鼻を覆い、清潔な手袋をした者たちが、一斉に降りた。
『我々はエディカーヌ王国から来た救急隊です。流行り病の特効薬を持ってきました。これから各家を訪れます。どうかそのまま動かず、我々の手当を受けてください!』
茫熱病の正体は、悪意や怨念といった瘴気、魔術的儀式などによって高濃縮された穢れなどが何らかの理由で浄化されず、大地に蓄積されたからであった。体内に取り込まれた穢れを浄化するには、エルフ族の薬を更に精製し、血管内に直接注入をする必要があった。エビルモスキートの針で造られた「注射器」で特効薬を射っていく。
『フム・・・やはり土が穢れている。土壌の改良が必要じゃ。このままではこの地は、本当に「腐って」しまうわい』
イルビット族の学者が土を調べる。土壌改良薬は、下手をしたら生態系を破壊しかねない。時間を掛ける必要があった。こうしたエディカーヌ王国の尽力もあり、ディジェネール地方北部は辛うじて、全滅という最悪の事態を逃れることができた。報告を受けたソフィアは安堵の溜息をついたが、まだ決着はついていない。窓際に立ったソフィアは怒りと苛立ちの表情で親指の爪を噛んだ。
(当面の危機は脱しそうですが、決着はまだついていません。現神神殿はまだ理解できます。新しい世界を目指す私たちに対して、従来の世界を護ろうという主張は成り立つでしょう。ですが腐海の大魔術師は、まるで「破壊することが目的」のようです。目的の為には手段を選ばないという言葉がありますが、「手段の為には目的を選ばない」というのは狂気以外の何物でもありません。ディアンが追っている以上、いずれは補足できるでしょう。この償いは、必ずさせます!)
無意識の行動に気づき、口元を離した。ギザギザになっている親指を見つめる。
(今更ながらに改めて思い知らされます。インドリト王は・・・兄様は、なんと偉大だったのでしょう。その背中を追っている私ですら、これ程に悩んでいるのです。その足元に届くのに、どれ程の時が必要なのでしょうか・・・)
王とは孤独な立場である。王国の象徴として振る舞い、平和と繁栄の為に苦悩を一身に背負うことが求められる。多くの歴史家が「名君になることより、名君で在り続けることのほうが難しい」と指摘する。ソフィアはその重責に疲れを感じていた。その姿を見ていた護衛役のザボンが、静かに語りかけた。
『女王よ。今回の騒動が一段落したら、少し休まれては如何でしょうか。お疲れのご様子です』
『そうね・・・ ディジェネール地方西岸に、ディアンが別荘を建てたそうです。女王という肩書を外して、少しゆっくりしようかしら・・・』
グレーターデーモンの気遣いに、ソフィアはようやく笑顔を見せることができた。
※申し訳ありません。夏季休暇でアップが遅れました。現在、次話を書いています。少しお待ち下さい。