私の姉が肉食系だった件   作:ナツイロ

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時系列は決勝戦です。
第一話で菊代さんに、メールを送った後でもあります。
今回は、あまりキレがないかもだなぁ。
※タグにオリ主とありますが、視点はみほで進みます。


私の姉が肉食系だった件・続き その2

 いよいよ、ここまで来てしまったか。

 本日は戦車道全国大会の決勝戦、我らが大洗女子学園対私の古巣である黒森峰女学園の試合である。

 これに負ければ、私達には学校を諦めるしか選択肢は無くなる、少なくともそう聞いている。

 負けるつもりもさらさら無いが、じゃあ勝てるかというと、それも困難というものだ。

 黒森峰は確かに、昨年度の優勝を逃した。

 しかしながら、それは黒森峰が弱体化したという意味ではない。

 むしろ、昨年の雪辱を果たすために、強化されていると表現した方が正しいと思う。

 私の姉で、西住流戦車道の後継者でもある西住まほが、引き続き隊長として指揮を取っていることも、その懸念を裏付けているだろう。

 我が大洗女子の戦車道チームも、選手一人一人の技量については決して劣りはしないと見ているが、如何せん戦車の質と量は覆しようがない。

 

 ……何度考えた所で、現実は変わらないか。

 頭を切り替えよう、今は試合前の選手用戦車ガレージで最後の点検と砲弾や機銃弾の積み込み、燃料補給を行っている。

 既に皆慣れたもので、それぞれの戦車について作業を行っている。

 私も、あんこうチームの皆と作業しなければ。

 そのように考え歩みを進めていると、前方から小野先輩の姿が見えてきた。

 皆に水分補給を促しながら、ペットボトルを手渡しているようだ。

 確かに今日は猛暑というほどではないが、日差しも照りつけており、試合中ともなればエンジン全開の戦車の中にいることになる。

 熱中症にでもなれば、大変だ。

 ただでさえ、戦車道は激しい武道で、戦闘機動中ともなれば汗などいくらでも噴き出してくる。

 花も恥じらう女子高生(ここ大事)としては、制汗スプレーの一つでも戦車に置いておきたいところだが、流石に何かの拍子に破裂しかねないものを、戦車内にいれるわけにもいかなかった。

 だから沙織さん、持っていくのは保冷剤を包んだタオルで我慢してね。

 

 つらつらとそのようなことを考えていると、既に小野先輩が目の前にいた。

 大きめのクーラーボックスを台車に乗せて、右手に持った水滴の浮かぶペットボトルを、こちらへと差し出している。

 

「あ、どうも。ありがとうございます」

「水分補給は、小まめにな」

「分かってますよ、戦車の中はここよりもっと酷くなるんですから」

「だろうね、ハッチをいたずらに開けるわけにもいかないしな」

「えぇ、まぁ。……あれ? 先輩は、戦車の中がどんな感じになるか知ってたんですか?」

「あぁ、ほら。俺は、戦車の整備も手伝ってるだろう?」

「はい、自動車部の皆さんと一緒にやってるんですよね。確か」

「そうなんだ、最初の頃は整備マニュアルの読み方すら、分からなかったぞ。一つのボルト外すごとに印つけたり、携帯で写真取ったり……、大半は自動車部の皆の補助で終わってたなぁ」

「あはは、お疲れ様でした」

 

 その言葉で思い出したが、練習後何度も整備について聞かれたなぁと、私は以前の先輩の様子を思い浮かべていた。

 角谷会長から紹介されて直ぐの頃に聞いてみた話によると、似たような機械いじりは実家にあるらしいハイパーカブのオイル交換を手伝った程度、なのだそうだ。

 機械系の学科かよっぽど興味がある人でもない限り、戦車の整備に手を出す男子はそうそういない。

 共学の学園艦の戦車道チームであれば、小野先輩のように裏方として参加することもあるらしいのだが。

 大抵は女子だけで充分な人数が揃ってしまうので、男子がわざわざ入り込む余地も少ない。

 そもそも、男子は選手として登録されないので、門戸そのものが閉じられていると言っても、まぁ間違いではないのだ。

 その点ウチだと、選手だけでもギリギリの人数なので、小野先輩のように裏方専門で頑張ってくれる人は非常に有り難い存在だ。

 

「どういたしまして。そう、整備が終わった後の話になるんだけど、整備したからにはきちんと動くかどうか確認がいるだろう? 当然」

「まぁ、そうですね。本番で動かないんじゃあ、困りますし」

 

 先輩は少し辺りに目配せして、私の方へ顔を寄せてきた。

 そして自身の口元を隠すように手を当て、小声で続きを語る。

 

「ここだけの話、自動車部の皆と戦車乗り回してた」

 

 はぁ、そうですか。

 私の淡白な反応に、先輩の予想と違ったのか、こちらを不思議そうに見ている。

 

「隊長は、男が戦車に乗るなんてって、言わないんだな」

 

 私は原理主義者じゃないんだぞ、全く。

 ……試合に出たいとか言い出したら、空気読めよと言っちゃうけどさ。

 

「いえ、私はその辺のことに特に拘りはないので。こう言っては何ですけど、公式戦にこそ出られませんが、趣味で戦車乗り回してる男性は一定数いますし。そもそも自衛隊には、普通に戦車に乗っている男性隊員さん、いらっしゃいますから」

 

 以前、母から聞いた話になるのだが。

 戦車が好きな男性が戦車に乗るためには、自分で買うか、自衛官となるか、大体その二つぐらいしか選択肢が無いのだと言っていた。

 幼かった私は、『じゃあ、お父さんがお母さんと一緒に戦車の中にいたのは、お父さんが自分で買った戦車だから?』と聞いてしまい、母を慌てさせてしまった記憶があるが……、あれは中でそういう事に及んでいたからだろうなぁ。

 あんな狭苦しい中で、何やってんだか……そりゃナニだよ、分かってるよ。

 私だって、心に決めた相手がいるのなら、そういうシチュエーションもありだと思うけども。

 そう思いながら、私はちらりと最も身近な男子である先輩を盗み見る。

 先輩は、売約済みだしなぁ。

 ……戦車の重量で揺れが消えて、外からでは分かりづらかったりするのだろうか。

 後でメモっとこ。

 いやいや、この話はもう止めよう。

 このままでは私まで、姉みたいな思考になりそうだ。

 私は遠い記憶の残滓に、大人になった哀しみを覚えつつ、先輩との会話を続けた。

 

「そういえば、今日はお姉ちゃんと会ってないみたいですね。押しかけて来そうですけど」

 

 先輩はびくりと身体を強張らせ、私の方を見やる。

 ダメだ、笑うな私。

 普段は私が受け身で、困惑させられっぱなしなのだ。

 ニヤつく口元が隠せていないが、たまには此方から先に困らせても許されるだろう。

 

「隊長、面白がってるだろう?」

「まさかっ! とんでもない、本当です」

 

 さも心外だと言わんばかりの表情で、私はそのように答えたが、先輩にはお見通しのようだ。

 

「はぁ、……まぁ言っちゃうけど、連絡は来てたよ。試合前に会おうって」

 

 ですよねー、知ってた。

 こんなチャンス、見逃すような姉じゃないもの。

 でも、先輩の口ぶりではそうはならなかったようだ。

 

「それで? どうしたんです?」

「そりゃ断わったよ、試合前に対戦相手の隊長と密会するなんてな、出来るわけない。チームに対する背信行為になりかねん、そのつもりが無くても情報を流したなんて思われたらたまらないよ」

 

 意外と、しっかり考えての行動だった。

 いや、それほど意外でもないか。

 姉からのホテルへの誘いを、断るような男子高校生なのだ。

 それにどうも、フェアプレイを好んでいるような節もあるし。

 姉の方で問題が起きないようにとの、配慮かもしれないな。

 仮に試合前に密会していたとして、試合で負けてその後逢瀬の事実が洩れたら、事前に情報を流したスパイのような扱いをされるかもしれない。

 チームメイトはともかく、OGなどからは特にその手の追及がしつこい可能性があるのだ。

 どうもあの手のOGは、黒森峰戦車道をブランド物のバッグか何かと勘違いしているような、そんな印象を受けることがある。

 彼女達OGを着飾らせるために、勝利しているわけじゃないんだぞ。くそったれが。

 おっと失礼、戦車道女子にあるまじき、淑女らしからぬ言葉だった。

 この場合は、『排泄物をお召し上がりくださいませ、ご婦人方。いや失敬、まだ一輪の花でございましたな。既に、干からびておられるようですがね。あっはっは!』、がふさわしいか。

 いやぁ、毒だ毒だ。

 口に出さんとこ。

 

 全く、姉は人生のターニングポイントを着々と攻略しつつあるというのに、あの行き遅れ……じゃなかった、ハズレくじ……でもない、ワゴンセール……とも言えない、……訳あり商品。

 そう、あの訳ありセール品共ときたら。

 私達が去年負けたせいで、あなた方が負け続けているわけじゃないんだぞ。

 それだと言うのに、去年はガレージにまで乗り込んできてグチグチと……。

 あんたらの、潰れたクリスマスの予定なんざ知るかよ。

 ぬしゃあ、うたるっぞ、こら。

 ……いけないな、少し頭に血が上ったようだ。

 もう過ぎたこと、忘れて今日の試合に専念しようじゃないか。

 

 おっと、先輩とも会話中だったのを忘れてた。

 怪訝な表情で、こちらを見ている。

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと、姉がそれで諦めたのが不思議だったので」

 

 とっさの取り繕いであったが、思った以上に説得力が感じられる。

 それだけ姉の行動が、突き抜けているということなのだろうが……。

 そこまで前のめりになる恋をしているのを見ると、正直羨ましいとしか言いようがない。

 まぁ、それはまた今度考えるとしよう。

 

「あぁ。西住さんには変わりに、試合が終わった後ならいくらでもって言ったから」

「そういうことですか……」

 

 とっさに天秤に掛けたんだろう、姉は。

 試合後、黒森峰が勝てば先輩を慰める事が出来るし、負ければ姉が慰めてもらえる。

 一粒で、二度美味しい。一挙両得、一石二鳥、濡れ手に粟、ギャンブルするなら胴元になれ……いやこれは違うか。

 どっちに転んでも勝利条件を達成するって、そりゃないよ。

 私だって慰めてほしいわ、ホント。

 具体的には、去年の夏頃だったらもっと良かった。

 なんなら、今からだって良いんですよ?

 

 その後、あれやこれや話していたら、沙織さん達に積み込みを手伝うように呼ばれた私達二人は、会話を中断し元の作業へと戻っていった。

 さぁ、そろそろ本番だ。

 チームの士気も高く、変な気負いも見られない。

 今までで一番のコンディションだと言っても、過言ではないはずだ。

 姉よ、我が怒りの徹甲弾を楽しみにしているといい。

 

 ……優花里さん、どうしたの?

 え、『悪の女幹部』みたいな目つきだった?

 そんな馬鹿な、どっちかと言えば戦隊モノのピンクやホワイトポジションでしょう?

 華さんも沙織さんも、首を振っちゃって……もう、麻子さんまで。

 解せぬ。

 

 

 

『黒森峰、フラッグ車、行動不能! よって、大洗女子学園の勝利!!』

 

 損害著しいⅣ号のキューポラから頭だけを出した私は、目の前に鎮座する黒森峰フラッグ車の白旗と、Ⅳ号車内の無線から聞こえてくる大洗女子学園の勝利宣言に、ようやく力を抜くことが出来た。

 ティーガーから上体を出している姉の姿も見えるが、あちらも似たようなもの。

 お互いが全力を尽くした結果が、ほんの僅かの差を生み出し、私達大洗女子学園に勝利をもたらしてくれた。

 たとえ一つでもボタンを掛け違えていたら、このような結果ではなかっただろう。

 それだけ、薄氷の勝利であった。

 

 ずっと踏ん張っていたためか、ふらつく私を見かねて皆が支えてくれる。

 その助けを借りて、ようやく地面へと降りることが出来た。

 そしてあんこうチーム皆で、武勲車であるⅣ号を眺める。

 履帯などすべて吹き飛び、転輪だって無事なものの方が少ないくらいだ。

 シュルツェンも無くなっているし、最後のティーガーの砲弾が掠めた装甲も酷いダメージを受けている。

 

 本当に、お疲れ様でした。

 そう心の中でつぶやき、私はⅣ号の装甲にそっと手を当てた。

 ……うん、感傷はこの辺でもう良いだろう。

 今は、この勝利と優勝と。そして、学園艦の存続を諸手を上げて喜ぼう。

 

 しみじみと心地よい疲労感を感じていたところで、小野先輩が回収車に乗ってやってきた。

 フロントガラス越しに見える先輩は、こちらを見つけたようで笑顔で手を振っている。

 私達あんこうチームもそれに答えて、手を振り返していた。

 目の前に駐車した回収車の荷台には、Ⅳ号の予備転輪や履帯、そして種々の工具類が積まれていた。

 恐らくモニターで見ていたのだろう、準備が良くて助かる。

 今のままでは回収車に載せることも、牽引することも出来ない。

 大会運営側に任せることも出来るのだが、ここまで一緒に戦ってきた仲間なのだ。

 ここに放置していくのは、忍びなかった。

 小野先輩が運転席から降りてきて、私達に近寄ってくる。

 

「隊長、皆。お疲れさまでした」

「先輩! お疲れ様でーす! 私、頑張りましたよー!」

「小野殿、お疲れ様です! それと、予備の部品ありがとうございます!」

「はい、お疲れ様です」

「おつかれー」

「小野先輩、回収車ありがとうございます」

 

 それぞれが口々に返事をする、体力こそ使い果たす寸前であるが、勝利に浮かれている私達はまだまだ元気いっぱいだ。

 先輩もその声を聞いてか、満足そうに頷いている。

 そしてどうしてか、私の方へ一歩近づいてきて、私の両肩に手を置いた。

 ちょ、ちょ、ちょっと!

 それはまずいですよ、先輩には姉という恋人が……。

 いや、でも、先輩にその気があるのなら、私もやぶさかじゃないっていうかですね?

 いやー、マジ困るばい!

 モテる女はつらかねー!

 かぁー、つれーわー!!

 

「隊長、お疲れ。そして……ありがとう」

 

 言葉少ない内容であったが、そこには万感の思いがこもっている気がした。

 先輩の瞳には薄っすらと涙が滲んでいるようで、潤んでいるのが見て取れる。

 ……なんだ、違うのか。

 まぁ、そんなことだろうとは思いましたけどね!

 沙織さん、そして皆も、キャーキャー言っても何にも無かったから。

 だからその携帯をしまいなさい、いいね?

 

 

 

 そんなこんなの青春の1ページを刻みつつも、私達は茜色に空が染まる前に最低限の修理を終え、選手用のガレージへと戻ってきていた。

 そこには既にチーム全員が揃っていたようで、盛大な歓迎を受ける。

 あの角谷会長でさえ、涙を滲ませながら私に抱きついてくる始末。

 色々と無茶をしてきた会長も、ようやく肩の荷が降りたのだろう。

 学校の存続が崖っぷちという中、ずっと奔走して来たのだ。

 その苦労も報われた、ハッピーエンドとは正にこの様な最後の事をいうのだと思う。

 回収車を少し脇に止めて来た小野先輩も、この勝利に湧く私達の輪に加わった。

 私から離れた会長と、何か話している。

 そういえば、あの二人は同じ生徒会役員なせいか、意外と仲が良い。

 既に二年と数ヶ月は、一緒に生徒会にいるのだ。

 よっぽど反りが合わないでもない限り、そうなるのは普通だと思うが。

 あ、ニヤニヤしながら拳をぶつけ合ってる。

 いいなぁ、ああいう男女の友情って。

 私には無いものだなぁ。

 

 さて、もう一時間もしないうちに表彰式が始まる。

 そろそろ行かなければならないが、少し離れたところに黒森峰の選手達が見える。

 その中には当然姉もいて、あちらも私に気付いたらしい。

 私は、チームの皆に少し待つように伝えて、姉の元へ歩いていった。

 

「お姉ちゃん」

「みほ……優勝、おめでとう。完敗だった」

「そんな事ないよ、ギリギリだったもん」

「フラッグ車を仕留めきれなかった、そうさせてくれなかったみほの勝ちさ」

「そうかな?」

「そうだよ」

 

 姉の顔を見れば、いつもとは違う柔らかい表情をしていることに気づく。

 そんな姉に私も自然と口元がほころび、笑顔となって相対できた。

 転校した直後だった頃は、こんな風になれるなんて思ってもみなかった。

 

「私、見つけたよ」

「うん?」

「私の戦車道!」

「あぁ、そうだな」

 

 そうしてどちらとも無く右手を差し出して、お互いの健闘をたたえて握手を交わす。

 グッと握りしめる掌から、姉の気持ちが伝わってくる気がした。

 私の想いも、伝わっているといいけど。

 ……、……ちょっと、長くないですかね。

 そろそろいいだろうと、私は力を緩めるが姉にその気配がない。

 

「お姉ちゃん、ちょっと……」

「何だ」

「手をそろそろ離してくれると」

「……小野君は?」

「ええぇ~?」

 

 ここでそれね!?

 たいぎゃよか雰囲気だったばいっ、今んとは!

 このままエンドロールとスタッフロールが流れても、おかしくなかったじゃんよ。

 そして大洗町を凱旋しながら、学園艦に戻るシーンが最後に差し込まれるんだよ、最後の締めに。

 それが、いつの間にコントに……。

 NGシーン集か、これは。

 おう、ミスったスタントシーン出してみせんか。

 ポップコーン片手に、笑い飛ばしてやるから。

 遠慮すんな、私はしてない。

 おい、私の背後をちらちらと覗いてんじゃない。

 先輩は皆を載せたトラックの運転席にいるから、こっちからは見えやしないよ。

 

 そうこうしていると、戻らない私が気になったのか背後のトラックの方がざわつきだし、とうとう先輩が代表して様子を見に来た。

 こら、そこ。

 やったぜ、みたいな顔しやがって。

 誰のせいだよ、誰の。

 直ぐ後ろに見える黒森峰の人達も、困惑顔だよ。

 ほら、逸見さんもどうしたら良いのか分からない表情しちゃってる。

 

 歩いてくる先輩を振り返ってみれば、どうも困惑しつつも気恥ずかしいようで鼻の頭を触っている。

 へぇ、緊張したりするとあんな感じなんだ。

 いやいや、それは置いておいてだ。

 いつの間にか、握手解かれてるし。

 私は、まんまとダシに使われたらしい。

 くそ、全く予想がつかねぇ行動しやがりますね、我が姉は。

 

 すぐ隣にたどり着いた先輩は、まず黒森峰の選手たちに会釈していた。

 あちらも、『あ、どうも』みたいな反応を返している。

 大洗女子のチームに男子生徒がいることに、ちょっとした驚きがあったのだろう。

 こちらにもかすかに聞こえるくらいには、ひそひそと先輩について話しているのが伝わってきた。

 まぁ、黒森峰のチームにはいないもんな、男子。

 自分が話題にされていることを知ってか知らずか、先輩は私達二人に話しかけてきた。

 

「隊長、西住さん。そろそろ、表彰式に向かわないと。時間が迫ってきてる」

「私もそうしたいのは、やまやまなんですけど……」

 

 返事を返した私は、そう言ってちらりと姉の方へ視線を向けた。

 少し頬を膨らませた顔で、先輩の方を若干不満そうに見ている。

 おいおい、まじかよ。

 どこでそんなスキル磨いてきたんだよ、雑誌か、あの怪しい雑誌か?

 案外、ウチの沙織さんと話が合うんじゃねーの、姉は。

 そんな姉の表情に、先輩もタジタジな様子で、後頭部に手を置きながら何やら謝っているようだ。

 いや、内容は丸聞こえですけどね。

 二人共、隣に私がいるの忘れてやしませんか。

 姉よ、貴方の部下達もすぐそこにいるんですよ。

 さっきよりざわつきが大きくなってまっせ、おーい。

 

「小野君、私は連絡を待ってたんだが」

「そうは言ってもね、西住さん。ほら、ウチの戦車回収したりしてたし。もうすぐ表彰式もあるしさ、色々動き回ってたら空き時間が見つからなくて……」

「私は、約束通り待ってたのに」

 

 腕組みをして、拗ねたようにじわりじわりと攻める姉に、先輩も打つ手なしの様相だ。

 

「うっ、そう言われると返す言葉もない」

「一つ、お願いを聞いてくれるなら、許してもいい」

 

 あ、これは罠ですわ。

 私は詳しいんだ、間違いない。

 ほら、目つきが完全に獲物を狙う肉食獣だもん。

 選手達を乗せているトラック運転席の逸見さんも、姉と先輩の間を視線が行ったり来たりして、オロオロしっぱなしである。

 諦めてくれ、私はもうお手上げだ。

 だから、助けを求めるような目でこちらを見るな。

 

 姉は一歩先輩に近づいて、少し背伸びしてから先輩の耳元で、ボソボソと何事か呟いた。

 先輩は口元をひくつかせ、私や黒森峰の選手達を流し見るが、仕方あるまいと諦めたように行動に移す。

 姉は、すっとまぶたを閉じ唇を小さく突き出しているが、先輩はそれを避けてそっと腕を広げた。

 姉の背中に腕を回し、優しく抱きしめ、『お疲れさまでした』と耳元で囁いている。

 選手達からは黄色い歓声と、困惑の声が入り交じる騒音が発生した。

 逸見さんの方は……うわ、顔が劇画みたいになって固まってる。

 ハンカチを噛みしめるようなマネだけは、止めてくれよ?

 

 少し離れた大洗チームからも、やんややんやと囃し立てる声やピュイ―と指笛が聞こえてくる。

 盛り上がりすぎだろ……、いや私も関係ないなら、そっちでキャーキャーやってるだろうけど。

 目の前で、抱擁シーンを見せられるこっちの身にもなってくれ。

 しかも身内だぞ、むしろ私が恥ずかしい。

 

 少し不満気な様子を見せていた姉も、ポンポンと背中をあやすように当てられて、その先輩の精一杯の慰めに満足したのか、表情も緩み切って先輩の胸に顔を埋め、自身の両腕を彼の背中に回した。

 だらしねぇ顔しやがる、ちくしょう。

 私と変われ。

 いやいやそうじゃない、時間が押してるって言われたでしょうが。

 ほら先輩も、姉の胸部を楽しんでる場合じゃないでしょう。

 さっさと行きますよ!

 

「隊長、耳を引っ張らなくたっていいじゃないか……」

「へぇ、お姉ちゃんのおっぱい楽しんでた人の言うことは、違いますねぇ」

 

 私はそう言い放って、早足で皆の待つトラックへと向かう。

 振り返れば、表情の固まった先輩が私を見ていた。

 私は、べぇーっと舌を小さく突き出し、怒った風を装ってまた歩き出す。

 先輩は何やら釈明しながら後ろをついて来るが、後ろからではしてやったりとした顔の私に気づかないだろう。

 これはお返しです、これぐらいしたってバチは当たらないでしょう?

 

 

 

 なお、学園艦に凱旋してから数日後、この時の抱擁シーンが校内新聞にすっぱ抜かれたが、角谷会長によって差し押さえられた模様。

 さす会。

 

 




・ハイパーカブ
いわゆる、ゴイスーなカブのこと。
働く人の強い味方であり、その姿をかっこいいと思い始めたら、少し年を取った気分に浸れる凄いやつ。
伝え聞いた話によると、エンジンオイルをサラダ油にしても、問題なく走ったことがあるらしい。
あり得なくはない、そう思わせる伝説の二輪車。

・黒森峰OGが云々
この作品の独自設定。
聖グロリアーナではOGの影響が強いらしいので、黒森峰もそうじゃなかろうか、と。
イメージは、卒業した部活の先輩が、やたら高校の部活に参加してくる感じ。
大学に友達おらんの?

・喧嘩腰な熊本弁
『ぬしゃあ』とは、お前という意味の『主(ぬし)』が訛った……と思う。
はっきり意識して使ってないので、ちょっとあやふやです。
というより、日常会話で使うような人とはお近づきになりたくない。
『うたるっぞ』とは、『殴るぞ』とかそんな意味。
関西でいう、『しばく』に近いかも。
大体は、体育教師が調子に乗る生徒をビビらせる時に使ってるイメージ。

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