約29000文字、多すぎじゃね?
劇場版ということで、どうぞお一つお許しを……。
※誤字報告ありがとうございます。修正適応しました。
※誤字報告ありがとうございます。修正適応しました。0905
くそったれめ。
それが、今の私の正直な気持ちだった。
大洗女子学園が、戦車道全国大会でドラマチックな優勝を掴み取り一躍有名になった後、夏休みという長期休暇を利用した四校の戦車道チームが参加するエキシビジョンマッチが行われた日の夕方。
私達大洗戦車道チームメンバーは、封鎖線でぐるぐる巻きにされた校門前に集合し、角谷会長より衝撃の事実を突き付けられていた。
「大洗女子学園は、八月三十一日付で廃校が決定した」
周囲のメンバーは口々に異を唱え、反発する。
それを会長は表情を動かさず、受け止めていた。
いや、会長こそ声高に否と答えたいはずなのだ。
やや強引とは言え、西住流を知る私をチームのトップに据え、かき集めとは聞こえは悪いものの戦車を戦力化し、優勝までのか細い糸を手繰り寄せたのは、ひとえに会長の尽力によるところが大きい。
正確には、生徒会の三人と言うべきか。
全国大会優勝は、チームメンバーの誰ひとりとして欠けてしまっては成し得なかったが、学園艦存続はそもそも会長達がいなければ可能性すら無かったのだ。
その会長が、廃校を伝えている。
よほど事情がある。
私は、そのように考えながら、会長の話を静かに聞いていた。
会長の話をまとめると、廃校撤回はただの口約束で正式なものではなく、学校存続を考慮する程度のものだったらしい。
更には、私達がこの決定に反発するならば、艦内の一般住民の再就職の斡旋を白紙とするとの通達があったそうだ。
そして私達の戦車は、文科省預かりになる……。
皆、口々に抗議の声を上げているが、会長の一喝と小山先輩の呼びかけにシンと静まり返った。
分かっているのだ、皆。
会長に抗議をぶつけても、筋違いであることを。
そのままの流れで、意気消沈したままの私達は一旦その場を解散し、戦車をガレージに戻した後、それぞれの荷物をまとめるために帰宅することになった。
帰宅途中、いつものメンバーと別れた私は、再び校門前にいた。
未だに廃校という事実を受け入れられないのか、何となく足が伸びてしまったのだ。
校門には角谷会長がまだ残っていたらしく、校門脇の壁に背中を預けていた。
視線があった私は、会釈だけで挨拶し、特に何を見るわけでもなく校門から見える校舎を眺めていた。
会長も私に特に用は無いらしく、こちらを放って置いてくれている。
しばらく静かな時間を過ごしていると、戦車道チームで備品運びに利用している軽トラックが、校門へと横付けされる。
小野先輩だった。
そういえば、先輩は試合後に損傷した戦車を可能な限り修理した後、試合会場に残されている細々としたチームの備品を、最後に運ぶために陸に残っていたんだった。
会長が既に連絡していたのだろう、先輩は軽トラから降りると会長の元に向かい、何やら話している。
なるほど、それで会長は残っていたのか。
そういう私も、何となくここにいたわけであるが。
会長と話している小野先輩は眉間にしわを寄せ、腕を組み、足元は苛立ちを隠せないようにつま先で地面を叩いていた。
そして最後に大きく息を吐き出すと、腕組みを解く。
すると校門前に突っ立っていた私に気が付いたらしく、先輩がこちらに歩み寄ってくる。
その後ろの会長は何処かに移動するようで、片手をひらひらさせながらこの場から去っていった。
「隊長、廃校の話は聞いた?」
「……はい、急すぎてちょっと戸惑ってる感じです」
「俺は、腸が煮えくり返る気持ちだよ。隊長達が頑張ってきたのは、こんな結末のためじゃ無かったはずだ」
先輩は苛立ちを隠せないらしく、KEEP OUTのテープで封鎖された校門を睨みつけている。
まぁ、その気持ちは私も、そして皆も同じだろう。
約束を反故されたのだ、今はその事実を消化しきれていないだけで、怒りは後から更に湧いてくるはず。
「先輩、この後は帰るだけですか?」
「帰って荷物をまとめたら、生徒会の方に行かないといけない。色んな書類を、ダンボールに詰めてしまうんだと。会長が言うにはね」
「あぁ、それで会長が残ってたんですね」
それぐらい、メールか電話でもいいだろうに……。
いや、重要な事だからこそ、面と向かって伝えたかったのかもしれない。
「そろそろ、帰ろうと思うんだけど。隊長、軽トラで寮まで送ろうか?」
「いいんですか? 備品の私的利用は、風紀委員の取締りにあいますよ?」
「文科省が言うには、俺達は『生徒じゃない』らしいから、校則の適用外だろうさ。盗んだ原付じゃないだけマシってことにしようぜ?」
キーリングを指でくるくると回し、先輩はまるでイタズラをしようと言わんばかりの笑顔でそう言った。
ふふふ、それもそうだった。
生徒でないのなら、校則違反なんて存在するわけがない。
先輩のささやかな反乱に、私もノッたとサムズアップし、助手席へと乗り込んだ。
……あ。これって姉よりも先に、先輩の助手席に座ることになってないか?
へっへっへ、メールで自慢しちゃろ。
実際は、準決勝でも乗ってたけど、それはそれだ。
運転席でこちらを訝しむ先輩を宥めすかし、携帯で写真を取った私は、姉へのメールに添付して送信ボタンを押した。
送り先:西住まほ
差出人:西住みほ
件名:Nontitle
添付:IMG.jpeg
本文:
誰の助手席にいると思う?
………
……
…
ピロリンと、すぐさま返信が来た。
反応が早いな、姉は携帯打つの苦手だったと記憶していたが。
なになに、『うらやまけしからん』。
どっちだよ、いやこの場合両方で正しいのか。
そして間髪いれずに、携帯に着信が入る。
予想通り、姉からだ。
通話ボタンを押した私は、携帯を耳に当てた。
「もしもし、お姉ちゃん?」
『みほ……怪しいと思っていたが、やはり』
「やはりじゃないよ。お姉ちゃん、何言ってるの。そんなわけないでしょ」
『本当だな?』
「本当だよ。今日は遅くなったから、送ってもらってるの。何ならスピーカーにして、先輩と話す?」
『もちろんだ』
もうちょっと、疑うぐらいしてもいいんじゃないですかね。
まぁ、私だって含むところは無いので、全然構わないのだが。
面白がってるだけだ、本当だぞ。
携帯を操作し、スピーカーを起動させた私は、先輩にも姉とつながっていることを告げて、話し出す。
「お姉ちゃん、いいよ」
『小野君、私より先に他の女を助手席に乗せるとは』
言葉がストレート過ぎっとじゃなか?
だいたい女て、あたしゃ神様だよ。
違った、妹だよ。
私だって、自分の恋人が助手席に姉を乗せているなんて聞かされたら、心穏やかとはいかないけども。
先輩の方を見てみれば、少しまずったなという表情をしている。
「……西住さん、怒ってる?」
『怒ってない、小野君にやってもらうリストが増えただけだ』
「それは、怒っていると言うのでは……」
『怒ってない』
「アッハイ」
隙あらば攻め込むその姿勢、私も見習うべきだろうか……。
その後短い時間ではあったが、私の寮に辿り着くまで、二人は楽しそうに通話していた。
ちょっと、私の携帯ですよ。
二人だけの会話なら、自分のでやってくれ。
こちらからスピーカーにしておいて、言うのなんだけどさ。
全く、姉の言う『リスト』の内容も分からなかったし。
……これは私も『リスト』ってヤツを、作っていい流れでは?
いや流石にそれは、でしゃばり過ぎか。
寮の前で降ろされた私は、先輩と別れ荷物をダンボールへとまとめる作業を始めた。
まだ転校して半年ほども経っていないので、荷解きした時のダンボールが残っていて助かったのだが、如何せん増えてしまったボココレクションの分は入り切らない。
先輩との友好条約で入手したボコは一際大きく、布団用圧縮袋でも使わないとダンボールにすら収まる様子がない。
ふむ、流石にこれは欲張りすぎただろうか。
さてどうしたものかと思案していると、携帯に沙織さんからのメールが入ってきた。
なになに、『最後だし、一度ガレージに集まらない?』。
実際はもっと文面が長かったが、端的に表すならばこれに尽きた。
……うん、そうだった。
一緒に苦楽を共にしてきたのは、私達選手だけじゃなかったな。
沙織さんのことだ、恐らく他の皆にも似たようなメールを送っているのだろう。
最後にきっちり整備して、ピカピカに掃除をするというのもいいかもしれない。
私は返信に、『了解しました』と打ち込みながら、出かける準備を始めた。
ガレージにたどり着いた頃には、既に大半のチームメンバーが集まってきており、各々戦車の周りで話し込んでいた。
園さんは何故か校門の看板を持っているが、あれは力ずくで剥がしたのだろうか。
やはりタガが外れると、振り切れるタイプだったらしい。
このまま、校舎の窓を割りに行かないことを祈る。
周囲を見回してみればあんこうチームも揃っているし、他のチームも生徒会以外は揃っているようだった。
しかし、グラウンドの車はなんだろう。
何やら小野先輩が走り回って、ヘッドライトを付けて回っているが。
その様子を見ながらチームメンバーと話していると、声が聞き取れなくなるほどの大音量が空から降ってきた。
何処のアホだ、このクソ五月蝿い騒音を撒き散らしているのは!?
音の方角に目を凝らしてみれば、何やら大型飛行機がグラウンド目掛けてアプローチ体勢に入っているではないか。
すぐ隣では、優花里さんが大興奮に包まれているらしいが、騒音のせいで何も聞こえない。
着陸と同時に行われた逆噴射によって砂埃が巻き上げられ、視界が一瞬途切れた。
それが収まると、いち早くその飛行機が何なのか気が付いたらしい優花里さんが、興奮しながら駆け寄っていく。
「サンダース大付属の、C-5Mスーパーギャラクシーじゃないですかぁっ!!」
そうだね、凄いね。
全身に浴びる事になった、砂も凄いけどね。
パタパタと制服や髪についた砂埃を払い落とし、私達は飛行機へと近づいていく。
すると、いつの間にかいたらしい生徒会メンバーが、近くに並んでいた。
会長達の話によれば、どうやらサンダースのご厚意で戦車を預かってくれるらしい。
戦車は、すべて紛失したことにするとのこと。
そりゃあいい。
文科省としては面白くないだろうが、それはこちらも同じだ。
この程度の意趣返し、あちらからすればただの書類上の出来事だろう。
戦車をそのまま渡すという、約束をしたわけでもないんだから。
いや、文科省によれば約束は破られるのが当たり前らしいので、しない方がよっぽどいい。
いいぞ、もっとやれ。
そんなことを考えていたら、飛行機の頭の部分が大きく開かれていき、横からはタラップが滑り出して、中にいた人達が降りてきた。
「ハァーイ! お待たせッ!!」
降りてきたのは、サンダース隊長のケイさんとアリサさんだ。
そういえば、アリサさんは片思いの行方はどうなったんだっけ。
『うちの姉は上手くいきましたけど、アリサさんはどうですか?』って聞いたら、答えてくれるかな。
……いや、ダメだったら傷を抉ることになるし、止めとこ。
今度、こっそりケイさんに聞けばいいよね。
「ハァイ、みほ。元気してた?」
「はい、お久しぶりです。ケイさん」
こちらに気付いたケイさんは、片手を上げながら歩み寄ってくる。
しかし、どうやら私以外の人を探しているようで、あちらこちらに顔を向けていた。
「誰か探してるんですか? 会長ならあっち、優花里さんなら向こうですけど」
「ううん、そうじゃなくて。まほの彼氏がいるって、聞いてたんだけど」
ケイさんはそう言って、私に携帯の画面を向けてくる。
あ、スマホだ。いいなぁ。
いやいや、そっちはともかく。
その画面には、準決勝の後ダージリンさんから送られてきた画像が映し出されていた。
確かに口止めはしていなかったが、ここまで広がっていたとは……。
流石二枚舌……じゃなかった、英国風の学校の隊長さんなだけはある。
影響力が半端ない。
まぁ私も、そんなメールが流れてきたら興味津々だけどね!
ケイさんの表情を見れば、ワクワクが止まらない様な顔をしていて、未だに件の小野先輩を探している。
ごめんなさい、先輩。
私も心苦しい(大嘘)のだけれど、この善意(建前)の協力者のご機嫌のために、生贄(本音)になって下さい。
先輩ならあっちですよと、私は指差してグラウンドを照らしている車両の一つを示した。
「サンキュー、みほ!」
先輩の姿を確認したらしいケイさんは、私に一言礼を言うと先輩の方に足早に向かっていった。
先輩は不思議そうに相手をしていたが、スマホの画面を見せられて事情を察したらしく、私の方にジト目で視線を向けてくる。
おっと。私、知ーらないっと。
視線から逃れるようにそっぽを向いた私は、続々と積み込まれていく戦車の方へと進み、忙しい雰囲気を演出することにした。
いやいや、ホントに忙しいからね。
ほんなこつばい?(本当のことですよ?の意)
Ⅳ号へ向かっていると、先輩からのメールが携帯に届いた。
何だろうか?
送り先:西住みほ
差出人:小野忠勝
件名:Nontitle
本文:
訴訟
……、『訴えは棄却されました』っと。
ポチポチと文面を打った私は、送信ボタンを押しパタリと画面を閉じた。
学園艦とお別れをした日、私達はかつて陸の学校だった施設を間借りして、転校先の振り分けが決まるまで待機する事になった。
しかもどういうわけか、男子の小野先輩も同じところで寝泊まりするらしい。
寝泊まりと言っても、先輩は外でテント生活をするとのこと。
どうやら角谷会長から、数日間は生徒会の一員としてここにいて欲しいと言われたのだそうだ。
それに加えて、戦車道の備品を可能な限り載せた回収車をここまで運転してきたらしく、グラウンドの一角にその車両が鎮座していた。
会長のことだ、何か考えがあるのだろう。
先輩もそれには同意見だったらしく、特に疑問をぶつけること無く言われたとおりにしたと言っていた。
「小野殿、テントの設営はおまかせ下さい!」
「秋山、別にこれは普通のテントだから。ミリタリー物じゃないぞ」
「まぁまぁ、アウトドア趣味があると女子力があるっていうじゃないですか。あ、お菓子食べます?」
「沙織さん、アウトドアと女子力に何の繋がりが……」
「……暑い」
「あはは、は」
夕方に差し掛かる時間帯、私達は先輩のテント設営を手伝う事を口実にして、時間を潰していた。
先輩も皆の押しに負けたらしく、既に諦めた様子でテントのパーツを手渡している。
ある程度の形が出来上がりつつあった時、またしてもあの騒音が空から聞こえてくる。
あぁ、どうやら『紛失した貴重品』が戻ってきたようだ。
受け取りのサインを、しなければならないな。
先輩や皆も気が付いたらしく、一斉に走り出し配達便の元へと向かった。
途中で他の戦車道チームメンバーも集まってきて、歩道橋の上から上空をフライパスするスーパーギャラクシーを見上げる。
いつの間にか優花里さんが無線機を持ち出しており、コックピットのケイさん達と交信を試みているらしく、何度か目盛りをいじりながら周波数をあわせていた。
その間、もう一度低空を飛行した飛行機は、預けていた戦車達をパラシュート降下させて飛び立っていった。
茜色にきらめく姿が、かっこいい。
流石サンダース、やることがアメリカンスタイルだなぁ。
優花里さんに渡された無線機でお礼を告げた私は、歩道橋の上から眼下に見える道路上の戦車達を眺めた。
で、誰がこればなおすとね?(片付けるという意味)
車道を封鎖した戦車と、辺りに広がるパラシュート、そして戦車を乗せていた金属製の板が道路上にある。
少なくとも、小脇に抱えてというわけにはいかない。
町役場か警察から、苦情が来るんじゃないか。
早いとこ、移動させてしまわないと。
皆と同じように欄干に肘を乗せてパラシュート降下を見ていた小野先輩も、私と同じ考えなのか頭を抱えている。
「小野先輩、満タンでなくていいので戦車用のガソリンをここまで運んできてくれますか?」
「あぁ、了解。三式用の軽油もな」
「はい、お願いします」
流石に燃料を入れての降下はさせてないだろうから、必要になるはずだ。
これが空挺戦車であれば、また話が違ったんだが。
降下の影響で何処かにガタがきてないかも、確認しなくちゃならない。
寝泊まりする校舎に隣接する、グラウンドに運び込むまでに日が暮れてしまうし、そこから各車両を学園艦にあった設備なしに点検すれば……。
銭湯の営業時間が終わるまでに、間に合うかな?
最悪、シャワーも無しに日を跨ぐ可能性もある。
この時期に汗だくになった状態で、お風呂にも入らず一晩過ごすのは、女子高生として何か間違っている気がする。
もう、明日の午前中に回しちゃダメだろうか。
え、優花里さん。明日は明日でやる事があるから無理?
そんなぁ~、戦車触りたいだけだったら怒るからね。
ちょっと、なん目そらしとると?
こっちば、見んね。
辛うじて銭湯の時間に間に合った次の日、あんこうチームの私達はコンビニへの買い出しと、帰省の為のバスの時間を確認する為に外出しようと、角谷会長に許可をもらいに来ていた。
いつものことであるが、干し芋をかじっている。
それって、もしかしてご飯の代わりですかね。
「会長、戦車で外に出てもいいですか? コンビニで買い出しと、バス停で時間とか確認しに行こうかと思ってるんですが」
「あー、そっか。転校手続きの書類、保護者のサインと判子がいるもんね」
「はい、それで歩きだと流石に遠いので……」
会長はうんうんと頷き、いいよーと許可を出してくれたが、何か思いついたのか人指し指をピンと立て、少し待つ様に私達に言った。
くるりと椅子を回転させ、ガラガラと移動していく。
窓際に設置されていた校内放送用のマイクを弄り、ある人物を呼び出す。
『小野ちゃーん、あたしんトコまで集合。よろしくー』
ピンポンパンポーンと、耳馴染みの音を響かせ会長はマイクを切る。
そして椅子を反転させると、私達に向かって待機するように伝えてきた。
「小野ちゃん来るまで、ちょっと待っててねー」
「小野先輩も帰省ですか?」
「ついでだし、一緒に行けばってね」
「はあ、私は構いませんけど」
皆はどうかと、後ろを振り返ってみれば特に問題は無いようで、反対は出なかった。
すると二分としないうちに、先輩が扉をガラリと開けて入ってくる。
此方に気付いた先輩は、片手を上げて挨拶し、私達も会釈を返した。
「会長、あの呼び出しはなかろうもん」
「まぁいいじゃん。それよりさー、西住ちゃん達がバスの時間とか見てくるって。一緒に行ったら? どうせ、西住ちゃんとはルート同じっしょ」
「うーん、そうだなぁ。俺は船で帰るつもりだったから、そっちを見に行くなら一緒に行くかな。ついでに、チケット買えばいいし」
ん、んん?
今、何か変な事言わなかったか。この二人は。
先輩と私が、同じルート?
私は実家に帰省して、先輩も同じルートで帰省するってことは、つまり……。
先輩と私は、同郷って事で……。
「ええぇえっ!? 小野先輩、実家熊本なんですか!?」
「そうだけど、言ってないっけ。初めて顔合わせした時に、話してたと思ってたけど」
「伝えたはずだよー。転校したばっかりの頃だったから、同じ地元の人がいた方が話しやすいと思って紹介したんだし」
二人して何当たり前のことをと言わんばかりの表情で、私を見ている。
いやいやいや、聞いてな……聞いて……、聞いてたか?
あの時は会長に引き込まれた直ぐの頃で、裏方担当で手伝ってくれる人を紹介するって話だった気が……。
あれ?
「ちょっと、待って。今、思い出すけん」
「それはよかけど、時間あると?」
普通に、熊本弁で返された。
そう言われると、これまでもとっさに熊本弁が出た時に、先輩は聞き返してくること無く会話していた様な……。
「先輩、市内で待ち合わせするとしたら何処ですか?」
「角○ックかダ○エー前」
あ、これは熊本ですわ。
市内と言われて、熊本市内を連想している辺り間違いないね。
「ていっても、市内に遊びに行くことはほとんど無かったけどね。交通費かかるし」
「へぇー、実家はどちらで?」
「〇〇、県北の方」
「あぁ、あの大きなお祭りがある。私、中学の時家族で見に行きましたよ。父が競技火縄銃大会に参加して、ウチの門下生が戦車流鏑馬をやるってことになって」
「隊長のお父さんも? 会場であったかもしれんね、俺も競技火縄銃の大会出てたし……。ま、まぁその話はまた今度にしよう、よか?」
どうやら、この話は避けたいらしい。
あのお祭りの何れかの競技会に参加するのは、あの地域の子供たちにとってある種の憧れであったはずなんだけど。
参加条件が自分のお金で衣装や道具を用意することだから、お年玉を何年分か貯めてようやく参加できると聞いたことがある。
そのせいで大人も子供も、同じ条件で競い合うのだが。
偶に小中学生が上位入賞を果たしたりする大会なので、その辺は運営が上手くいっている証拠だろう。
最近は海外からの参加者も増えているらしく、先輩の参加していた競技火縄銃でも、骨董品のマスケット銃を持ち込み、空港で一悶着があったり無かったりだとか。
まぁ、スポーツチャンバラで足軽組頭とフルプレートの洋甲冑が戦うような大会なのだ。
その辺りのことは、許容範囲なのだろうなぁ。
ちなみに先輩の衣装は武者鎧なのだそうで、この数年で成長した分、サイズ直しにお年玉が消えているんだとか。
今度、写真みせてもらお。
「二人とも、何となくしかわかんないから。こっちに戻ってきて」
会長の言葉に、私の後ろにいた皆も同意するように頷いていた。
ちょっと、地元の話題で盛り上がりすぎたようだ。
私だって茨城ネタで盛り上がられても、蚊帳の外だろうから気持ちは分かる。
反省、反省。
その後、外に繰り出した私達と先輩は、移動中に発見してボコミュージアムで実に……、そう実に楽しいひと時を過ごした。
私は楽しかったぞ。
皆してなんだ、そのモノ言いたげな顔は。
ボコのきぐるみショーだって、手に汗を握る演出だったでしょうが。
え、手に握ってたのは携帯で、小説投稿サイトを見ていた?
ショーを見なさい!
今の私は、熊本へと航行する船の甲板でベンチに座っている。
船の周囲は完全な暗闇で、遠くに陸の灯りがポツポツと伺える。
結局、ボコミュージアムを堪能した私は、幼い同好の士との思いがけない遭遇に嬉しさを感じながらも、名残を惜しんでその場を後にし、当初の目的を果たしに行った。
先輩と私は同じルートで帰る事もあり、一緒にチケットを購入して、こうして船に乗っている。
学割も効いたし、廃校に伴うやむを得ない帰省でもあるので、領収証を取っておけば後から文科省に請求できるとは会長の言葉であったので、このことでお小遣いが消えてしまうこともない。
他の皆も私達と同じように、実家に戻っているだろう。
先輩と私は、実家まで些か距離があることもあり、移動手段が飛行機でも新幹線でも無い為、船で一泊しながらの帰省となった。
年頃の男女が、二人っきりで実家に帰省する。
誤解を恐れずに言葉を並べるならば、このような内容となる。
ふへへ、やば。
ちょっと、にやけちゃった。
姉の悔しがる姿が、目に浮かぶようだ。
何も伝えず、姉の前に私達が現れたら……。
たいぎゃ、たまがるどねっ!(とても、驚くだろう。の意)
まぁ、一泊と言っても当然部屋は別々だ。
私は女性専用スペースの個室で、先輩は共用スペースで殆ど雑魚寝同然。
その為、面と向かって会話をしたいのなら、食堂かこうして乗客用甲板などに上がる必要がある。
そして私の隣にいない先輩は、何をしているのかというと……。
甲板の手すりに体を預け、姉と電話で楽しそうに話している真っ最中だ。
心なしか、普段の先輩よりも声が弾んでいるような気も、しないでもない。
ファック!!
同行者の女子高生放ったらかして、何やってんだ!
恋人との電話優先かよっ、くそ、健全じゃねーか!
一人寂しい私は、皆に現状をメールで伝えるも、帰ってくる文面は冷たい限り。
『残当』、『むしろこの場合、お邪魔虫なのは西住殿では……』、『泥棒猫、ダメ、絶対』、『まず、ご飯を頂くのです』……。
言葉を選んでいるのが優花里さんだけなんて、恋愛が絡むと友情は無かったことになる理論は、こんなとこでも適用されるのか。
そもそも華さんのご飯理論は、どういうことなの……。
それが先輩の暗喩ではないことを祈っていますよ、私は。
大体先輩がご飯なら、この場合おかずは私。
美味しく頂くのは誰だ、……姉か?
そうなると、それってさんp……おっと。
ここからは、有料放送のようだ。
モザイクが掛かって見えないぜ、HAHAHA!
一通り会話を楽しんだらしい先輩は、携帯画面を閉じると私の座るベンチへ近寄り、隣に座った。
両手には甲板に設置されている自販機で購入した缶ジュースが握られており、紅茶缶をこちらへと渡してくる。
どうもと一言お礼を言って、私は一口ほど含み喉を潤す。
先輩もプルタブを開け、缶を傾けていた。
「……? 隊長、何か怒ってない?」
「まさかぁ、それとも私が怒るようなことでもしたんですか?」
してないけど……と、言葉少なになる先輩を見て、私はクスクスと笑みが溢れる。
先輩もそれを見てからかわれたと気が付いたらしく、嘆息しながらも表情を崩した。
「隊長、明日は隊長を家まで送っていくことになったから」
「それは……、またどうして。予定では、熊本駅で別れるって話じゃ……」
「電話で言われたんだけど……西住さん、あぁお姉さんのほうの西住さんね?」
「それは分かってます」
「西住さんに妹を送ってほしいって言われてね、ついでに俺も西住さんに会いたいし」
あぁそう言えば、姉には帰省するってメールで伝えていたっけ。
少し照れたように語る先輩に、私はため息を吐き出しつつも返事を返す。
まぁ、理解してはいましたけども。
「……どちらがついでなのかは、聞かないことにしておきます」
「はは、は。そうしてくれると助かる」
すまんすまんと答える先輩に、私も仕方がないなぁという態度で大仰に示す。
それがどうやらツボに入ったらしく、先輩は声を出して笑っていた。
私も、自然と笑みが浮かんでくる。
その後、食堂の料理が意外と良かっただの、コインシャワーのシャンプーが別料金でムカついただのと暫く会話が弾んだ私達は、深夜になる前にそれぞれの部屋に戻り就寝した。
熊本港に降り立った私と先輩は、バスに乗り交通センターまで移動して、私の実家のある方面の路線を走るバスに乗り換えた。
最寄りのバス停で降りて、私の荷物を肩に下げる先輩の隣で先導しながら、久しぶりの懐かしい道を歩いている。
先輩は周囲をキョロキョロと眺めながら、私の案内を聞いていた。
転校の直前はこのルートを一人で歩いていたが、今は先輩と二人で歩いている。
あの頃は、こんな事になるなんて夢にも思わなかったなぁ。
小学生の頃、いつも姉と通っていた駄菓子屋さんも見えてきて、懐かしい気分だ。
先輩も駄菓子屋さんに興味を惹かれたようで、ラムネでも買っていかないかと私に訊いてくる。
「先輩、ラムネとか買うタイプなんですね」
「実家の近所に無くてさ、あんな感じの駄菓子屋。小学校の行き帰りのルートにも無かったし、あっても逆方向でなぁ」
幼い頃にお小遣いを握りしめて、当たり付きの棒アイスを姉と一緒に買っていた思い出が蘇る。
そういえば、当たり棒を私にくれたこともあったっけ……。
私が昔を懐かしみながら店先で待っていると、買い物を済ませた先輩が出てくる。
手には表面に水滴が浮かぶラムネが二つに、色々と駄菓子を購入したらしい紙袋が一つ。
「はい、これ」
「あ、どうもありがとうございます。いいんですか、貰っちゃって」
「このクソ暑い中、一人だけ飲んでるのは外聞が悪過ぎる」
「そういう事なら、遠慮なく」
店先の草臥れたベンチに並んで座り、ラムネ瓶の封を開ける。
ポンという音と共に蓋となっていたガラス玉が落ち、シュワシュワと泡が零れて瓶を持つ手を濡らしていく。
慌てて流れ落ちるラムネを口に運ぶ仕草が、隣の先輩とシンクロしていた。
それがなんだか堪らなく可笑しくて、目が合った私達は声を出して笑いだし、冷たいラムネを傾ける。
ラムネを飲み干し店先の蛇口で手を洗ったら、私達は再び歩き出す。
この駄菓子屋さんを過ぎれば実家はもうすぐだ、その証拠に犬の散歩中だった姉の姿も見えるじゃないか。
……、……うん?
ばっ!? 怖っ、何でおっとね! (うわっ、怖い。どうしてそこに?の意)
「みほ、おかえり。小野君も、付き添いありがとう」
「え、あ、うん。ただいま、お姉ちゃん」
「久しぶり、西住さん。元気してた?」
「ふふ、昨日電話したばっかりじゃないか」
挨拶もそこそこに、先輩と姉の二人は楽しげに話し始めた。
足元では散歩を中断された西住家の忠犬・太郎丸がキャンキャンと主人に抗議しているが、当の本人は恋人との会話に夢中で気が付いていない。
あ、手を繋ぎ始めやがった。
握手じゃないぞ、姉の手に重ね合わせるような優しいヤツだ。
姉の方も、頬なんぞ染めやがってからに。
ちくしょう!
く、悔しくなんかないもんねっ!
私にだって、試合に勝てば肩を抱き合って勝利に涙する仲間が居るんだから!
う、羨ましくなんか……、うらやま……。
羨ましかっ!
心でハンカチを噛み締め、世の不平等を神に抗議して中指を立てていた私は、足元でへたり込む太郎丸と目が合う。
助けを求めるように私の方を見上げてくるが、私は力なく首を横に振るだけ。
ウチの姉がすまない。
いいってことよ。
想像上の会話が一人と一匹の間で交わされ、友情が生まれた気がした。
まぁ、気がしただけだったが。
「ところで小野君」
「どうかした?」
「私も、ラムネ欲しいんだが」
「……見てた?」
コクンと頷く仕草が、我が姉ながら可愛らしい。
これも恋する乙女の為せる技か……、いや素か。
「じゃあ、買いに行く?」
「うん」
うん、じゃないが。
駄菓子屋さんに歩き出した二人は、姉の方から腕を組み、先輩は照れたように反対の手で後頭部を掻くが、満更でもない様子で決して振りほどこうともしない。
これが噂の『当ててんのよ』か……、恋人繋ぎまでしやがって。
ああぁぁー、あっついわー。
木陰にいるのに、暑いなぁっ!
太郎丸もリードが放されているというのに、主人の後をトコトコとついて行っている。
くそっ、忠犬め。
友情はどこに行ったんだ、友情はよぉ。
お気に入りだったブラッシング、してやらんけんね!
姉が冷たいラムネに満足した後、私達は実家の裏口から敷地内に入った。
正面は戦車道用の入り口も兼ねているため、どうしても立派にしつらえる必要がある。
しかし、そのようなものは住人が日常生活を送る上で過剰なのだ。
そのため、私達家族やお手伝いさんなどは、このような裏口を主に利用している。
大体、郵便受けや呼び鈴もこちらに設置しているのだから、玄関はむしろこっちだろうと思わなくもない。
案内されながら姉の隣を歩いている先輩は、予想以上だったのだろう、我が家の敷地内の様相を興味深そうに見回している。
「はあー、大っきい屋敷だね」
「そうだな、元々戦車道の流派を立ち上げる前は合気道や薙刀道なんかの、主に女性が門下生の道場をやっていたと聞いている。もちろん、師範や流派の長は代々西住家の女性が担っていた」
「うん、それで第二次大戦後に戦車隊を率いていた人がお婿さんになって、西住流戦車道が始まったんだよね? お姉ちゃん」
「あぁ、帝国陸軍ではかなり名の通った指揮官だったようだ。身もふたもないことを言ってしまえば、戦車道を始めれば国の補助金が潤沢に投入された事もあったし、護身術の道場も門下生が時代とともに減少していたのも、家業の転換を迫られた理由だな」
その名残として私や姉も、護身術を納めているわけなんだけど。
戦車道をやる以上、鍛えておかないと大怪我をしかねない事もあるのだ。
そういう時に、護身術の体捌きが怪我を防ぐのに役に立つ、……場合もある。
キューポラから上体を晒して、調子に乗って機銃弾がかすめるなんてことには、何の役にも立たないけど。
姉が母屋を指差して、あっちが生活空間だなんだと説明していると、ふすまの向こうから声がかかった。
「まほ」
「はい」
姉は何の事はない様子で答えているが、私は少しばかり憂鬱であった。
とっさに先輩の影に隠れるように動いてしまったが、そこは許して頂きたい。
かつての先輩の言葉を信じるならば、母はそれほど怒ってないのかもしれないのだが、黒森峰を飛び出して行き、更には寄せ集めの新興チームで古巣を叩きのめしてしまったのだ、私は。
はたから見れば、完全に本家と元祖で争うラーメン屋みたいな状態だ。
保守派の西住流と、革新派の西住流、次世代の派閥争いに見えないこともない。
まぁ、私と姉の間にわだかまりなど無いので、派閥もクソもありゃしないが。
「お客様かしら」
「はい、小野君が来てくれました」
またんかこら、どこの世界に『彼氏、家に連れ込んだぜ。ははは!』って、実の母親に言う女子高生がいるのか。
……ここにおったわ、忘れてた。
「あ、西住さんのお母さん。どうも、お久しぶりです。小野忠勝です、お邪魔させてもらってます」
なに普通に挨拶してんだよ、いや挨拶は大事だけどさ。
そこじゃねーよ、そういう事を言いたいんじゃないんだよ。
もうちょっと、私の微妙に揺れ動く繊細な気持ちを察してくれませんかねぇ。
……って、あ。ふすま、開いた。
「いらっしゃい、よく来たわね。……あら」
「た、ただいま。お母さん……」
「……えぇ、お帰りなさい。みほ」
……結構、普通だ。
いや、私だって叱責されたくて来たわけじゃないから、これで全然良いんだけども。
あ、これお土産です。
私は、手に下げていた大洗のおみやげである、さつまいもを使ったお菓子を渡す。
それにつられたのか、先輩も荷物から似たようなお土産を取り出し、差し出している。
私のものより若干グレードが高い点に、恋人の家族に渡す賄賂も兼ねていると思ってしまうのは、私の邪推だろうか。
「ありがとう、頂くわ」
二つとも受け取った母は、姉に向かって私と先輩にお茶を出すように言った。
母はまだ仕事が残っているらしく、後で床の間に来るそうだ。
はぁ、とにかく危機は一旦去った。
母屋の上り口で靴を脱いだ私達は、言われたように床の間に移動して、姉の入れた冷たい麦茶で喉を潤した。
先程のラムネもいいが、夏はやはりこれだな。
お土産のお菓子も、お茶請けとして頂く。
うむ、うまし。
お菓子の甘さを、麦茶でさっぱりと押し流す。
はぁ、このまま寝てちゃだめかな。
「みほ、今年帰省しないと思っていたが。何か用があったのか?」
グラスの麦茶を半分ほど消費し落ち着いたところで、姉はこのように切り出してきた。
先輩の肩に寄りかかり手を重ねる姿は、全く様になってないけど。
……写メを撮って、逸見さん辺りにでも送ってやろうか。
いや、反応が面倒くさそうだ。やめとこ。
「えっと、ね。この書類に、保護者のサインと判子がいるの」
私は、リュックサックからクリアファイルに挟んでいた転学願の書類を取り出し、見えるように机に置きツイっと滑らせた。
これがなければ、確かに姉の言う通り帰省してなかったなぁ。
まぁ先輩という同行者が出来たことは、痛し痒しといったところだろうか。
姉がその書類を手にとり、詳しいことを知っていそうな先輩にも問いただそうとした時、ふすまの外から声がした。
「まほお嬢様、戴き物のお菓子をお持ちしました」
「あ、はい。菊代さん、どうぞ」
床に膝をついてふすまを開けたのは、ウチのお手伝いをしてくれている菊代さんだ。
かなり前の事だが、本気で菊代さんが本当の母親ではないかと疑っていた時期があったのだが、それは誰にも言っていない秘密である。
……実際、何度かお母さんと呼んでしまった事があるが、子供の失敗である。
許せ。
「みほお嬢様も、お帰りなさいませ」
「ただいま! 菊代さん」
「それで、そちらの方が……」
あ、忘れてた。
菊代さんには以前、先輩の事をメールで教えてたんだった。
そもそも、お茶請けはもうあるのだから、菊代さんが用意してくれる理由も無いのだけど。
……大方、肉食獣の獲物……じゃなかった犠牲者……でもないな、噂の彼氏を見に来たのだろう。
今も笑顔を絶やさないものの、興味深そうに先輩を品定めしている。
姿勢を正し、正座で菊代さんに正対した先輩は、頭を下げ自己紹介をする。
「初めまして、小野忠勝と申します。まほさんとは、真剣な交際をさせてもらってます」
「あら、これはご丁寧に。西住家で家政婦をしております、菊代と申します」
「はい、菊代さん。よろしくお願いします」
その挨拶に菊代さんも合格点を出したらしく、満足そうに頷いて挨拶を交わしている。
お茶請けを机に並べて、菊代さんは退出していった。
「いやぁ、家政婦さんがいる家って初めてで、緊張した」
先輩は胸をなでおろすように、安堵していた。
まぁ、そうそういないよね、家政婦さんていうかお手伝いさん。
身近にいるのとしたら華さんのお家だけど、知っているのは奉公人の源三郎さんだけ。
……奉公人って響きも、大概凄いけどね。
「? そうかな」
「俺の実家は田舎の方の農家だから、家は大きいんだけど。家族以外は当然、家にいないよ」
「ふうん」
そこからは先輩の実家の話が話題になったが、私が口を挟める雰囲気ではなく、殆ど姉と先輩だけで話していた。
薄々分かってはいたが、居心地の悪さを覚えた私は、一度自分の部屋を見てくると伝えて部屋を出た。
母の仕事ももう暫く掛かるだろうから、三十分ほど部屋でボココレクションでも見てこよう。
あのまま二人を見ていても、砂糖を吐きかねない。
決して蚊帳の外がムカついたわけではない、ホントだぞ……。
自室でボコ分を摂取した私は、ホクホク顔で床の間への板張りの廊下を歩いていた。
さてもう少しというところで、ふすまの隙間から中を覗き込んでいる菊代さんを発見する。
その姿を見た私に気が付いた菊代さんは、しぃーっと人差し指を口元に当て、手招きするように私を呼んだ。
嫌な予感がしつつも、静かに歩み寄り菊代さんが覗いていた隙間に顔を寄せ中の様子を伺う。
ワォ、こりゃあマジか。
膝枕されてるぜ、――姉が。
(普通、逆じゃね?)
ボブは訝しんだ。
いや、訝しんだのは私だけど。
柱のある壁に背中を預け、足を伸ばした先輩の太腿に、姉の頭が乗っている。
先輩は姉の手にそっと左手を重ね、髪を梳くように頭を撫でていた。
ふにゃりと安心しきった表情で、撫でられる感触を堪能している姉。
何かボソボソと話しているが、ふすま越しの廊下では聞き取れない。
自由な方の手で先輩の頬に添えた姉は、何事か言ったようで、先輩は恥ずかしそうにしながらも渋々といった様子で頷いた。
顔は満更でも無さそうなのが、イラつくぜ。
隣の菊代さんも、あらあらと口元を手で隠しつつ、ニヤける頬を隠せていない。
どんなに年齢を重ねても、他人の恋愛ネタは大好物なのだな、女って生き物は。
ほんの数瞬目を離した隙に、先輩は上体をかがませ姉と唇を重ねていた。
おいおい、おいおいっ!
マジ大胆だなっ、恋人の実家で家人がいる時間帯に口づけをかますなんてよぉ!
求めたのは姉なのは間違いないから、情状酌量は認めてやるけどさ。
あ、姉の手がガッチリ先輩の後頭部に回ってるわ。
この場合、どちらにワッパを掛けるべきだろうか……。
菊代さんは菊代さんで、私の隣で静かにガッツポーズしてるし。
……相談した相手が間違っていたかもしれないな、そもそも西住家の関係者の時点でアウトだったかも。
二人のキスシーンを廊下から盗み見ていた私は、直ぐ後ろで同じように覗いていた母の存在に、中の二人が舌を絡ませ始めるまで気が付かなかった。
肩を叩かれた私は、心臓が飛び出さんばかりに驚き、あと少しで声が出そうになったが、静かにするようにと指を立てる母の姿に、かろうじて我慢することが出来た。
菊代さんは既に立ち上がっており、母に場所を譲っている。
知ってたなら教えて下さいよぉっ?!
長女とその彼氏の逢瀬を見た母は、仕方ないわねと言わんばかりの表情で中を覗いている。
そしてボソリと、恐ろしい事をつぶやく。
(我が娘にしては、大人しいわね)
大人しいって、何ねっ!?
自分は大人しくなかったとでもっ!?
あー、言わなくていいです。聞きたくないので!
小学校低学年の頃の授業参観で、一人だけギリ二十代だった理由なんてどうでもいいです、マジで。
二人の濃厚な接吻が途切れ、ようやく終わったかと安堵した私は、そろそろ入ろうかと思い始めた時、姉の『まだ私のターンは始まったばかりだぜ』と言わんばかりの行動に身体が強張る。
膝枕から起き上がった姉は、先輩の太腿にまたがり正面から向き合う体勢で顔を近づけ始めたのだ。
流石の先輩もこれ以上のエスカレートはあかんやろと、姉の肩に両手を置き思いとどまらせる。
唇を尖らせ不満を露わにする、その表情が我が姉ながら可愛らしくも小憎たらしい。
もうさっさと入ってぶち壊してしまえば良いのではないか、私はそのように思い母の方を見やれば、表情を変えずに見守っているだけだ。
(お母さん、そろそろ止めたほうが良いんじゃ……)
(あら。みほは、二人を放っておけば、どこまでやるか気にならないの?)
(き、気にならなくは無いけど。見てること先輩にバレたら、恥かかせるだけでしょ!)
(自覚していないだけで、既に恥はかいているのでは)
(それはそれ、ですっ!)
仕方ないわねと、母は肩をすくめて見せ、喉の調子を整えると少しばかり声を張った。
「みほ! 床の間にいるように言ってたでしょう?」
はてなマークを浮かべる私に、クチパクで『トイレ』と伝えてくる。
あぁ、そういうことね。
意図を理解した私は、同じように声を大きめに出す。
「ちょっと、トイレに行ってたの! お母さんは、仕事終わったの?」
中から、バタバタと足音が聞こえてくる。
母はよくやったとサムズアップして、私の働きを讃えてきた。
……、家ってこんなんだったっけ。
もうちょっと、厳格だった気がしてたんだけど。
数拍ほど置いてふすまを開けたら、先輩と姉はそこそこ常識的な距離を取って座っていた。
先輩は少しばかり動揺しているようで、母の登場に目をパチクリとさせながら会釈をしている。
姉の口元に光る涎は、指摘しないでおいてやろう。
一先ず全員が集まったということで、私は今回の帰省の目的を母に告げた。
母は最後まで口を挟まず聞いてくれて、手元の転学願の書類を眺めている。
「そう、廃校ね……。私は、撤回されたと聞いていたけれど?」
「えっと、そのぉ」
私は母の視線から逃れるように、先輩を見た。
すると、助け舟を出すように、代わりに説明してくれた。
はぁ、助かる。
母を前にすると、まだ、何ていうか固まっちゃうっていうか。
「文科省に約束を反故された?」
「えぇ、簡単に言いますとそういうことになります。口約束は、約束ではないと言われました。廃艦を早めて、我々に反論の時間すら与えないつもりのようです。あちらは」
「そう……、先手を打たれたようね」
「はい……餓鬼だと思って、舐めたマネしやがる」
先輩は苦々しく思っていたらしく、少々似つかわしくない乱暴な言葉を口にした。
まぁ、私も気持ちは同じだけど。
「小野君」
「はい?」
そんな先輩に、母はたしなめるように語った。
「権威ある大人相手に噛み付いて、痛い目を見た事があったでしょう? だから、そう簡単にそのような言葉を口にしてはいけません。貴方だけではなく、貴方の周囲の人間の評価を下げる行為でもある。自分を律しなさい、貴方ならできるでしょう?」
「……はい、すみません」
「よろしい」
先輩は叱られた子供のように、肩を縮こませた。
何やら母は、先輩の過去を知っているらしい。
姉の方を見てみれば、既に知っていたようで心配そうに先輩の方に視線をやっていた。
何だよ、私だけ知らないのか?
いや、詮索したいわけじゃないんだけど、放置プレイは止めてくれ。
「それで、みほ。貴方は、どこに転学するのかしら」
「そこは、まだ分からないかな? 一度、全生徒の分をまとめてから、茨城県下の学園艦に割り振るって聞いてるけど」
「……熊本には、戻る気は無いようね」
「うん、あっちで仲のいい友達もたくさんできたし。……私の戦車道も、見つけられたから」
「そう……」
母は、否定も肯定もしなかった。
昨年度まで、私を叱責していた頃とは大違いだ。
まっすぐこちらを見ている母に、私もまっすぐと見返した。
ほんの数秒のことだったが、母は視線からふっと力を抜くと表情を和らげる。
そして少し待つように行って、書類を持って退出していった。
はあー、緊張した。
私は後ろ手に畳に手をついて、リラックスした体勢で息を吐く。
「みほ、だらしないぞ」
「だって、お姉ちゃん」
「俺も緊張したよ」
「膝枕をしてあげよう、さぁ」
「それは遠慮します」
気が抜けた私達は、それぞれに足を崩してお茶で喉を潤す。
私はそこで、ふと気になっていた先輩の過去のことについて、聞いてみた。
大人に噛み付いたっていうのは、教師に楯突いたってことだろうか
「先輩、痛い目を見たって、何かやったんですか?」
「それは秘密だ、黒歴史を簡単に言うわけ無いだろ」
「私は知っているぞ」
姉が何やら、胸を張っている。
いや、いいからそういうの。
姉も知ってて先輩に対する態度が変わらない辺り、暴力沙汰や先輩に非があるという内容では無さそうだが。
「西住さん、バラすのはだめだからね?」
「もちろん、私は口が堅いぞ。ただ……」
あぁ、この流れは知ってる。
トラップだ、獲物は先輩。
おいしく頂くのは姉、私は詳しいんだ。
「ただ?」
「帰る前に、一つ頼まれてくれたら、更に堅くなるんだけどなー」
チラッチラッと、先輩に視線を投げかける姉。
そうきたかと、顔を引き攣らせる先輩。
そのじゃれ合いにも似た攻防に、私は我関せずを貫きお菓子を頬張る。
あ、おいしーこれ。
母がサインと判子を押した書類を手に戻った時には、既に先輩のバスの時間が近づいていた。
正確にはもう少し余裕があるけれど、西住家から交通センターまでは少しばかり距離がある。
そして私も帰りの船に乗るために、一度駅まで向かいそこから熊本港へと行かなければならない。
母や姉は泊まっていけばと言ってくれたが、もともと長居するつもりがなかったのだ。
母との事もあったし、それに二学期開始まであと少しほどの猶予しかない。
その間に、転学の振り分けやら引っ越しの手続きやらを済ませなければならない。
これは私だけではなく、全学年全生徒、更に言えば中等部や学園艦生まれの初等部の児童たち、そして男子分校の生徒もだ。
先輩も今日は実家に泊まり、明日または明後日中には大洗の町へ戻るだろう。
男子分校の高校生は先輩しかいないが、中等部や初等部の児童には男子が複数いる。
そんな中、生徒会でもあり年長者の先輩がいないのは、彼等男子生徒を不安にさせかねない。
普段から年齢関係なく集まって遊んだりしているような、仲間意識の強い関係が出来上がっているのだ、男子の皆は。
先輩もそんなことは口に出したりしないが、後輩の面倒を最後まで見るつもりのはず。
全員の転学が決まるまで、生徒会の一員として活動するのだろう。
交通センターで先輩と別れた私と姉は、姉の運転する戦車で熊本駅まで向かった。
熊本の人は戦車が普通に道路を走っていることに違和感が無いらしく、大洗のように二度見される頻度が少ない。
まぁ、大洗の場合は二十年振りに戦車道が復活したばかりなのだ。
見慣れていないのは、どうしようもない。
「本当に、駅まででいいのか?」
「うん、そこからバスが出てるし。お姉ちゃんも、送ってくれなくて良かったのに。そうしたら、もう少し先輩と一緒にいられたでしょ?」
「ちゃんと送り届けると、小野君とも約束した。それに」
「それに?」
「小野君には、約束を果たしてもらった。だから私も、約束は守る」
そう言って、姉は唇を指先で撫でている。
実際には、キューポラにいる私からは見えないのだが、そんな感じのことをやっているのはこれまでの行動から丸わかりなのだ。
大体、交通センターで別れる時、先輩がそそくさと戦車を降りてバスに乗り込んで行ったのはどういうことだ。
先輩に手を振る姉の方も、何やら髪型が崩れて手櫛で直していたし。
え、なに?
凄かった?
なにが……いや、言わなくていいから。
これ以上は、年齢制限に引っかかるでしょっ!
(家族で見ていたら気まずくなる映画のワンシーンレベルなので、問題ないです。byまほ)
個人的なもやもやを胸に抱えながら大洗に帰還した私は、既に戻っていた皆の歓迎を受け間借りしている校舎へとたどり着いた。
聞くところによると、どうやら会長が不在らしく生徒会の河嶋さんや小山さんにも行き先を告げていないとのこと。
会長のことだから、全生徒の転学手続きで動き回っているのだろうと私は思っていたのだが、夕方になり戦車道受講者の非常呼集がなされた段階になって、それが思い違いであったことが分かった。
「皆、試合が決まった」
珍しく真面目な顔をして、話を切り出す会長。
文科省と取り決めを交わしてきたらしく、大学選抜チームと試合して勝利したら廃校は撤回されるという。
……おいおい本気かよ。
ウルトラC過ぎるだろうっ!?
大臣まで署名してんぞ、あの書類。
一介の高校生が、国まで動かしたってのか?
いや待て、高校戦車道連盟の署名は母のもの。
それじゃあ、昨日から今日にかけての短期間に、母や色んな人達を動かしたことになる。
なんでこんな人が、廃校が決まるような学園艦で、生徒会長してるんですかねぇ。
希望が繋がったことにひとしきり喜んだ後、生徒会と車長の皆が集まり作戦会議を行ったのだが、お先真っ暗な事態だというのには変化がなかった。
「三十輌、しかも社会人チームを破った大学選抜、かぁ」
そりゃ無茶だよ、こっちは八輌しか無いのだ。
『どっちのチームでやる?』って聞かれたら、もちろん選抜チームでよろしくって答えるね。
砲弾一発打ったら、三発乃至四発返ってくるとか、ムリゲーにも程がある。
……だからって、諦めるわけにもいかないが。
私は西住流から脇道を逸れているが、諦めるということは教わっていない。
なら、腹を括ってやるしかない。
「今のままでは、勝てません。しかし、この条件を取り付けることだって、困難だったはずです」
私は会長を流し見たが、いつものように飄々した顔をして椅子に背を預けている。
この流れも予定の内ってことか、敵わないな。
「普通は無理でも、戦車に通れない道はありません。戦車は火砕流の中だって、進むんです」
いや、実際は進ませないけどね、火砕流。
出来るのは、よっぽど覚悟完了した自衛隊員さんぐらいだよ、ホント。
「困難な道ですが、勝てる手を考えましょう!」
その私の言葉に、力強い返事が帰ってきた。
うんうん、気持ちで負けてちゃそもそも勝負にならないからね。
問題は、勝てる作戦を考えなきゃならないことなんだけど……はぁ、気合い入れてやるしかないか。
「西住ちゃーん、お疲れ。それと、ありがと。皆に喝を入れてくれて」
「いいえ、私だって不安ですし。自分のためにも、ですよ」
「ま、それでもだよー」
会長は私の背中を叩きつつ、干し芋を差し出してくる。
私はそれを遠慮しながら、自分の荷物が纏めてあるテントへと向かっていた。
既に試合会場のある北海道行きのフェリーが予約されているらしく、今日中にも出発しなければならないのだ。
熊本から戻って直ぐではあるので、リュックサックを持ち出す程度で終わるのが救いではあるが。
「そういえば、小野ちゃんは? 帰りは一緒じゃなかった?」
「先輩は、実家で一泊してくるらしくて……。戻るのは、早くて明日の夕方か夜だと」
「ふうん、それじゃ合流は試合会場でかなー」
電話しとかないとねと、会長は携帯を取り出し先輩にかける。
私はその場を離れて、テントの方へ。
自分の荷物以外にも、戦車だって準備しなければならない。
それに、普段は先輩が準備し運転する車輌もだ。
さぁて、忙しくなるぞ。
誰かあの七三メガネを割ってしまえ、私も参加する。
フェリーで北海道の港に降り立ち、試合会場に到着した私達は作戦会議を始めようとしていた。
そこに、紋付袴とスーツ姿の男性が現れたのだ。
あろうことか、殲滅戦にて試合を行うとのたまう始末。
ばっかじゃねぇーのっ?!
どこの世界に、三十対八で殲滅戦やるってアホがいるか。
……目の前にいたわ、くそったれ。
そこまでして、私達大洗女子学園の廃校撤回の可能性を摘んでおきたいのか。
いや、私達は今年度のサクセスストーリーの当事者と言ってもいい集団だ。
万が一の可能性さえ、無くしておきたいのだろう。
思惑が透けて見えるが、反論したところで事態は変わらない。
試合の運営も殲滅戦で動いているということは、既に出来レースの様相になっている認識なのだ、あちらは。
いけ好かないね、こんなやり口。
沈んだ空気の中、私達は一旦解散しそれぞれに明日の準備を行うことにした。
あのままの雰囲気では、憤りに駆られて短絡的な作戦しか立てられない可能性がある。
明日の早朝にでも、一度集まって最終的な会議を行えばいい。
私はそれまでに試合会場の地形確認と、作戦の草案を考えておかなければな。
満天の星空を臨む中、私は試合序盤のキーポイントとなりそうな高台の麓に来ていた。
地図で確認すれば、両チームにおける試合開始地点の凡そ中間地点にあたる。
ここを確保できるかどうかで、試合の流れが確定することは無いだろうが、態々相手に確保させて有利にさせる必要もない。
……確保したところでこちらは八輌、三十輌相手に囲まれたらジリ貧なのは変わらないか。
どうしたものやらと、星空を見上げていたところに角谷会長から声がかかった。
「苦労をかけるね、西住ちゃん」
「あ。会長……、いえ」
隣に並んだ会長も、私に倣うように夜空を見上げた。
「明日の試合、辞退してもいいんだよ?」
「まさか、それはありません」
学園艦の存続がかかっているのだ、それにここまで虚仮にされて、黙ったままではいられない。
「ここで引いてしまっては、道はなくなります」
「……うん、そうだね。そうだった」
会長は私の言葉に満足したらしく、口角を上げ頷いていた。
「それにしても、厳しい戦いだねー」
「私達の戦車道はいっつもそうだったじゃないですか、始めたときからずっと」
「アハハッ! そうだったねー、ごめんごめん」
「それに、戦うのは私達だけではありませんから」
遠くから、あんこうチームの皆の呼び声が聞こえてくる。
そういえば、後から皆で迎えに来るって言ってたっけ。
「会長、小野先輩から連絡ってありました? まだ、こっちで見てないんですけど……」
「あぁー、小野ちゃんね。電話して聞いたんだけど、こっちに着くのが朝になるって」
「じゃあ試合前は、ギリギリ顔合わせ出来ない感じですか」
「まぁね、なんか『お土産にサプライズがある』って言ってたけど、何だろうね。熊本のお菓子か何か?」
お土産にサプライズ?
食べ物だろうか、芥子蓮根なら鼻にツンと来るあれは、サプライズと言えなくもないけど。
馬刺しは生モノだし……、いきなり団子は言葉ほどのインパクトの有るお菓子ってわけでも。
うーん、いっちょん分からん。
試合当日、私は考えた末の作戦を思い返しながら、試合の挨拶に臨むため一歩一歩進んでいた。
結局、遊撃戦での各個撃破という結論に至ったのだが、それ以外の選択肢がないとも言えた。
基本的に戦車の質も、選手の練度もあちらが上。
更に数の上でトリプルスコアを付けられているんじゃ、手の打ちようが見当たらない。
古巣の黒森峰と戦った、あの決勝戦よりも分が悪いときた。
しかも殲滅戦だ、私達の得意戦術……というよりそれしか無い、フラッグ車斬首作戦が意味をなさない。
相打ち覚悟で『玉ぁ、取ったらぁ!』しても、その後滅多打ちに遭うだけでは、勝利は得られない。
「それではこれより、大洗女子学園対大学選抜チームによる試合を行います。……礼っ!」
審判長の蝶野教官が、試合の挨拶を始めてしまっている。
覚悟決めてたんだけど、いざ対戦相手を目の前にすると、プレッシャーでお腹痛くなりそう。
それもボコミュージアムで出会った、同好の士相手じゃなぁ。
私が腹を括り、挨拶をしようとしたその時だった。
『待ったぁっ!!』
どこからか、大音量のスピーカーを鳴らしながら乱入者が現れた。
しかもその声には聞き覚えがある、それもこの数日の内に聞いた相手だ。
黒森峰の戦車行進曲を大音量でかき鳴らし、どこかの防災無線用のスピーカーを取って付けたようなティーガー戦車とそのお供たちが、こちらに向かって走ってくる。
黒森峰に続くように、他にも続々と増援がやってきた。
サンダースに聖グロリアーナ、プラウダ、知波単、さらには継続高校まで。
私は零れそうになる涙を必死で堪え、その光景を見ていた。
だから……、そろそろその五月蝿いスピーカーを切ってくれませんか?
全部が全部スピーカーで鳴らしまくっているから、しっちゃかめっちゃかになってんだよっ!?
うるせーよ、限度があるだろ限度が!
ほら、審判長が青筋浮かべてんぞ。
10式で無双し始めない内に、さっさとボリュームを下げて、な?
一先ず、試合の挨拶を終えた私は、増援に来てくれた姉を隣に引き連れて作戦会議用のテントへと向かう。
姉はどうしてか大洗の制服を着ているのだが、短期転校の手続きをした手前、大洗の生徒っぽさを出すために用意したのだそうだ。
周りを見てみれば、背伸びをしすぎた子供みたいなことになっているカチューシャさんも、ウチの制服を着用している。
いや、それは一旦脇に置いて、だ。
どうして増援に来たのか、その理由を知りたい。
「お姉ちゃん、助けに来てくれたのは嬉しいけど。どうして? 私すら、試合を知ったのは熊本から大洗に帰ってからだよ?」
「ダージリンから、通信が来てな。それで、皆で少しずつ応援を出そうということになったんだ」
(小野君の帰りに合わせられたから、一緒の時間が出来たし……ジュルリ)
「何か、言った?」
「何も」
嘘をつけ、今ヨダレばふいたろが。
そのニヤケ顔、やめーや。
はぁ、小野先輩の言っていたサプライズとは、このことだったのか。
確かにサプライズで、嬉しくはありましたけれども。
「それで、スピーカーは誰のアイデアなの? 蝶野教官にすっごく怒られたんだけど、何故か私が」
大洗チームの代表なのだからと、増援のしでかしたことも私の責任とされたのだ。
恨めしく見つめる私に、姉は普段通りの声色で答えた。
「あぁ、小野君の考えだ」
「はぁっ!? なんで先輩がそぎゃんこつば……、たいぎゃうるしゃーたい、アレ」
「これは喧嘩なんだから、出会い頭に一発カマしてやったほうがいいと言われてな。他の学校の隊長にも伝えたら、何かノリノリで」
私は、頭を抱える思いだった。
考え方が、喧嘩っ早すぎる。昭和のヤンキーかよ。
そういえば先輩は、母の言ったことを真に受けるならばだが、権威ある大人に噛み付いた実績があるらしいからな。
……わざわざこんな時に、それを発揮しなくたって良かろうもん。
案外、先輩が高校から大洗学園艦に来たのは、そのあたりのことが理由だったりするんじゃ……。
問い詰めるのは、試合の後にしようか。
今は増援に来た皆と、最後の作戦会議をしなければ。
数が同じなら、勝機は充分にあるはず。
後はそれを、手繰り寄せるだけだ。
……あ、スピーカーは今のうちに外すように。
いいねっ!? 絶対ばいっ!!
『センチュリオン、Ⅳ号、走行不能! ……残存車輌、確認中……』
無線機から流れるその声に、私達は固唾を呑んで耳を傾けていた。
『……目視確認、終了。大学選抜、残存車輌、無し』
『大洗女子学園、残存車輌、一!』
皆で、顔を見合わせる。
やった……、やったんだ。
『大洗女子学園の勝利!!』
私達は、勝ったんだ!
狭い車内だというのに、私達は大声で勝鬨を上げるように声を張り上げた。
女子高生だとか、淑女がどうとか関係ない。
この喜びを表現するのに、そんなものは不要である。
勢いそのままに、キューポラから身を乗り出した私は、後方に鎮座するティーガーに向かって思いっきり手を振った。
私と同じように上体を晒している姉も、いつもよりかはどこか誇らしげな表情をして、手を振り返してくれる。
ハッチから抜け出した私達は、ティーガーの乗員とも肩を抱き合って勝利に湧いた。
「みほ」
「あ、お姉ちゃん! やったよっ、私達!!」
「あぁ、よく頑張ったな」
「うんっ!」
私の肩に手を置いて、姉は勝利を讃えてくれた。
私達、大洗女子だけでは到底成し得なかった勝利であるが、その賛辞は素直に嬉しい。
「さて、そろそろ皆の所に戻ろう。ティーガーで牽引する」
「うん、分かった。皆に、言ってくるね」
姉の言葉に頷いて、私はⅣ号の方へと歩んでいく。
不思議と足取りが軽やかだ、浮かれた気持ちが抑えられないぜ、ウェへへ。
観客席と巨大観覧モニターのある広場に帰ってきた私達は、我が大洗女子連合チームの歓迎を受ける。
一車輌辺り四人から五人いると考えれば、この場には片方のチームだけで百二十人以上は最低でもいることになる。
こうやって砲塔の上から見ると、この人数は壮観だなぁ。
私の予想が正しいのならこの辺で、姉による小野先輩の探索が始まるのだが、今日は何やら大人しい。
ふと気になってそちらに目をやってみれば、携帯片手に双眼鏡を覗いていた。
……不審者がおる、これで性別が違ったら下着覗いてると思って、職質かけてもらうところだぞ。
すぐ隣りにいる逸見さんや乗員の皆さんも、訝しげな目で姉を見てひそひそと囁きあっている。
一体何を見ているのやら、気になった私もⅣ号の中から双眼鏡を持ち出し、姉の視線の先を観察してみた。
観客席の一角に、大洗女子の生徒達や関係者用の席が設けてある。
その最前列で何やら大洗の校旗を振り回し、号泣している若者がいた。
周囲には、小中学生と思われる少年たちが一緒だ。
……小野先輩、何やってんすか。
いや、嬉しいのは分かりますけど。
先輩、そういうキャラでしたっけ。
携帯で姉と話してるっぽいけど、その状態でちゃんと会話出来てます?
周りの後輩達に、揉みくちゃにされてますけど。
姉は姉で、何か感じ入るものがあったのか、携帯を耳に当てたまま静かに涙を流し、指先で拭っている。
ダメだこいつら、変なとこで似たもの同士じゃねーか。
双眼鏡を覗き込みながら溜め息をつく私を心配してか、優花里さん達が声をかけてくる。
その言葉に何でも無いよと答え、私達は戦車を選手用ガレージに戻すために、撤収作業を開始した。
この試合は学園艦の存亡を賭けた戦いではあったが、大会でも何でも無いのだ。
当然セレモニーなどの、表彰だって無い。
観客席の一般客も、既に帰り支度を始めているしね。
謎の感動で涙する姉も、見なくていいものを見てしまったような顔をした逸見さんに引っ張られ、ガレージに向かっている。
はぁ、やれやれ。
各校の車輌がガレージに集まり、自走可能程度に整備中の頃。
私と角谷会長は各校の主だった人物を訪ねて、今回の支援についてお礼を言って回っていたのだが、隊長格の人達は何処かに行ってしまったらしく、その場にいた選手達にお礼を伝えるだけに終わっていた。
「うーん、皆いなかったねぇ」
「はい。継続高校の人達にいたっては、もう帰ってしまったらしいですし」
「ちゃんとお礼したかったんだけどね」
「……お礼って、その干し芋ですか?」
「そりゃあ、もちろん」
会長は、片手に下げた紙袋の中身を見せてくれる。
いえ、美味しいですけどね、干し芋。
「それにしても、何処に行ったのやら」
「ですねー、隊長さんたちだけいないってのも、気になります」
「そう遠くに離れてることは、無いと思うんだけど……、あっ」
「何ですか?」
なにかを見つけたらしい会長は、私の方に顔を向けて人差し指を立て、シィーと静かにするように伝えてきた。
足音を忍ばせてとあるガレージの一角に向かうと、そこには壁の張り付いて中の様子を伺う、ケイさんやダージリンさん、カチューシャさん、アンチョビさん、そして西さんがいた。
……怪しい、街なかで見かけたら他人のふりするぐらいには怪しかった。
その怪しい隊長さん達を伺っていると、ダージリンさんに気付かれてしまい、手招きされた。
何となくだが、面白くなってきたぞと考えてるようなその表情に、私は不安でいっぱいだ。
こんな時ぐらい、紅茶手放したらどうです?
無理? 知ってた。
(あら、みほさんに会長さんも。奇遇ね)
(それはこっちのセリフだよ、ダージリン。ここで何してんの?)
(ちょっと、静かにっ! そろそろ二人が動くよ!)
(ケイさん、二人って誰ですか?)
誰かを観察していたらしいケイさんに、私は疑問を投げつけるが、見てみなよと目線でクイッと示されるだけで、教えてはくれなかった。
カチューシャさんに至っては、片膝をついて壁の角から覗き込んでいるし、アンチョビさんや西さんは頬を染めて興奮気味にかぶりつきで誰かを見ている。
……薄々分かってはいますけどね、ここにいない誰かなんて容易に想像がつく。
しかも、華の女子高生が興味津々になるようなことなど、大抵決まっている。
会長と私は、覗き込んでいる皆の隙間から、件の人物たちを覗き見た。
やっぱり、姉と小野先輩だ。
向かい合って、何事か話している。
もう驚かなくなってきたよ、この程度のことじゃね。
キスでもハグでも、いくらでもしたら宜しいがな。
(ミホーシャ! 貴方のお姉さんって、恋人がいたの!?)
(え、えぇ。準決勝の直前には、お付き合いが始まってましたよ?)
衝撃を受けたらしいカチューシャさんは、静かにキャーキャーと盛り上がり、再び出歯亀に戻る。
アンチョビさんは何やらメモを取っているが、何に使う予定なのやら。
西さん、両手で視界を塞いでるようですけど、隙間開いてるのバレバレですから。
……まぁ、私もかぶりつきで見てるので、人のことは言えませんけど!
件の二人の会話は、そこそこの距離と周辺の整備に伴う騒音に掻き消されて、ほとんど分からない。
二人の仕草から、雰囲気を読み取る程度だ。
どうやら先輩の涙腺は、姉と二人になったことで再び張り切りだしたようで、静かに男泣きしている。
その様子を姉はオロオロしながらも、先輩の頬に手を伸ばし、涙の筋を拭ってやっていた。
(まぁっ! まほさんも、大胆だわ)
(ワォっ! まほ、そこよ。ブチュッと行けー!)
(まぁまぁ、二人のペースに任せようよ)
(角谷っ、それでいいのか! お前んとこの男子だろ!)
(うわわわ、は、破廉恥な……)
(ちょっと! 知波単の、うるさいわよっ。聞こえないじゃない!)
あなた達も、結構うるさいし大胆ですよ。
それとケイさん、そのキスコール止めてね。
気づかれるでしょ!
涙を拭われた先輩は、姉の手をそっと掴みとり、ゆっくりと下ろした。
姉の方は何やら期待したような顔つきに変わったが、目論見は外れたらしく、額をくっつけ合うだけで終わる。
こっちは大興奮で、ヒートアップしてますが。
仕草一つ一つに息を呑み、はぁと溜め息をもらし、食い入るように注視していた。
額を合わせた先輩はボソボソと話しており、姉は静かに聞いていたが、一言何か返事を返したら、先輩らしくないやや強引な抱擁が姉を包んだ。
顔を紅潮させた姉は、突然のハグに動揺したのかワタワタと両手をばたつかせ、恐る恐る先輩の背中へと回す。
ふやけきった顔で先輩の胸元に顔を押し付ける姉の表情は、見たことがないほどに緩んでいて、……幸せそうだった。
……あーあ、何であそこにいるのが私じゃないんだろう。
自分の気持ちに気付くのが遅すぎた?
姉の方が魅力的だった?
……いいや違うな、私に勇気が無かっただけだ。
たった一歩、踏み出す勇気が。
(……西住ちゃん、ほら)
隣にいた会長が、ハンカチを取り出しこちらによこした。
どうやら、私は無意識に涙を流していたらしい。
お礼を言ってそのハンカチを手に取り、目元に当てる。
(……ありがとう、ございます)
(辛いね、恋敵がお姉さんじゃ、さ)
(会長は、知ってたんですか? 私が、その、先輩を……)
(んー、そうかもなーってぐらいには)
(……自覚した瞬間、失恋しちゃいましたけど)
会長は静かに私の背中を、慰めるようにそっと叩く。
私はハンカチで目元を覆い、声を殺して泣いた。
多分周りの皆にも、おおよその事情が伝わってしまっただろう。
姉とその恋人の逢瀬を前に、妹が泣いているのだ。
どんなに鈍い人だって、察しがつく。
それでも、涙は止まってくれなかった。
ポンポンと肩を叩かれた感触のあと、一人一人立ち去っていく気配がした。
慰めてくれたんだろう、それに一人にもしてくれた。
会長はまだいるが、私が心配なだけだろうな。
目元を覆っていたハンカチを畳み、ポケットへしまい込む。
(ハンカチは、洗って返しますから)
(いーよー、気にしないで)
ひらひらと手を振る会長は、腕を組んだまま壁に背を預けた。
どうやら、ずっと私の側にいてくれるらしい。
この面倒見の良さが、会長を会長足らしめてる、そんな気がした。
さて、そろそろあの二人にも、現実に戻ってもらわなければ。
(西住ちゃん、もういいの?)
(良くは無いですけど、帰りのフェリーの時間だってありますし。……それに)
(それに?)
(あのまま放っておいたら、肉食獣に食べられるとこまで、行くかもしれないでしょう?)
その表現に、会長は頬を引き攣らせつつも、それはまずいねと同意を示した。
賛同を得られた私は、もう一度目元を拭い、準備完了と言わんばかりに颯爽と歩きだす。
「二人共っ! デートの時間はお終いですよ!」
「うわっ、隊長。いつからそこに」
「さっきからです。ほら、お姉ちゃんも黒森峰の皆が探してたよ」
「そうか、それならそろそろ戻ろう」
そんな言葉とは裏腹に、姉は名残惜しそうな顔を隠しもせず、何度も先輩に手を振りながら戻っていった。
「小野ちゃーん? 全く、皆が必死こいて整備してるってのに、恋人とデートとはいいご身分だねぇ」
「会長、悪かったって。戻るから、そんなに怒るなよ」
「怒ってるのは、私じゃないんだよねー」
チラリと私を見て、会長はそう言った。
そう来たか、いや確かに怒っていると言われたら、怒っているかもしれませんけど。
「隊長、すまん。この通り」
先輩は、私が本気で怒っていると感じたのか、さっと頭を下げている。
別にそんなことしてもらわなくても、いいんだけどなぁ。
おっと、ひらめいた。
私を失恋させたのだ、ちょっとぐらいのイタズラ、甘んじて受けて欲しい。
私は先輩の下げられた頭にそっと手を伸ばし、先輩の耳をつまみ上げる。
「イタタ、隊長。すまんって、そんなに怒ってたのか?」
「べっつに―、でもこのままガレージまで引っ張って行きますから」
「いやいやいや、それはマジ勘弁。恥ずかしすぎるんだけども!」
「会長?」
「いーよ、西住ちゃん。やっちゃって」
ほら、最高権力者から許可を頂いたぞ?
私は先輩の耳を引っ張り上げたまま、皆の待つガレージへと歩きだす。
先輩は痛そうな声を上げながら私に続き、そんな様子を会長は笑いながらついて来る。
こうして、私の高校二年生の慌ただしくも充実した夏が終わり、恋も終わった。
「お姉ちゃん? 先輩を放ったらかしたら、私が持ってっちゃうんだからね!」
「!?」
End.
ようやく、終わりました。
『私の姉が肉食系だった件・まほルート』これにて完結です。
最初は、ただの一発ネタだったのに、ここまで話が広がるとは……。
最後は調子を外したようなギャグと、シリアス?のギャップがイマイチな感じな気がします。
このSSの中心人物はまほ姉さんと先輩でしたが、ストーリーテラーはみほでした。
これはただのオリ主によるラブコメにするよりも、すらすら書けると思ったためでしたが、意外と難しくみほの内面がはっちゃけたものに変わってしまいました。
まぁ、これは意外と好評でしたので良かったですが。
熊本弁も書けましたし、そこは満足です。
小野先輩の設定をあとがきに書いてしまおうかとも思いましたが、ぶっちゃけ蛇足だなぁって。
拾えていない拙い伏線も、いくつかありますし、作者の実力不足が浮き彫りになってしまいましたね。
お恥ずかしい限り。
いずれIFルート(みほ)を書いてみたいと思っていますが、その時はまた読んで頂ければと思います。
それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。
できれば、またIFルートで!