オールマイトの年齢はどこかで見た考察を参考にしております。
今回も楽しんでいただけると嬉しいです。
まどろんでいた意識がゆっくりと覚醒していくのを感じた。
今までにないくらい穏やかな気分で目を開けると、見慣れない天井にどこか甘い香りのする部屋にいた。
視線だけで周りを見渡すと寝ているベッドの隣の椅子に座って、本を読んでいる女性がいた。
「……神綺君……?」
「目が覚めましたか、オールマイト」
ぽつりと呟いた声が聞こえたのか、神綺君は本を閉じて私を見た。
なぜ彼女が隣に……?とそこまで考えて、治療を頼んだことを思い出した。
「どうですか? 気分は悪くないですか?」
「……少しぼうっとする」
私がそういうと、神綺君は可笑しそうに笑った。
「それは寝起きだからですよ。私の施術はそういった副作用はありませんから」
寝起きが悪いんですね。と笑われて、どこか気恥ずかしい。
言い訳させてもらうなら、最近は寝起きが良いとかはなかったんだがな。
何せ傷が痛くて熟睡なんてあまり……?
そういえば、傷からまったく痛みを感じない。
それどころか、今まで辛かった呼吸が普通にできる。
「まさか、傷が!」
急いで体を起こして、来ている病衣をめくった。
目に入ったのは醜い傷跡……ではなく、少し薄くなったが鍛えられた胸筋。
見たことが信じられなくて、確かめるように傷を負った場所へ手を当てた。
そこにあるはずの醜い傷跡を手で感じ取ることはできない。
手から伝わる肌の感触は、あったはずの傷跡が完全に消えていることを感じさせた。
夢ではないのか。
思わず頬を思い切り引っ張った。
「…………痛い」
神綺君に視線を向けると、彼女は優しく微笑んでいた。
今まで息をするのも苦しかった。
だが今は……なんの苦も無く、当たり前の様に呼吸ができるという事に、思わず涙が溢れた。
人前で涙を流したのはいつ以来だろうか……そんなことを頭の片隅で考えながら、神綺君に問いかけた。
「神綺君……施術は……」
こんなにも弱い姿を晒した私に、彼女は変わらず微笑んでいた。
「当然成功しました。半壊していた呼吸器官、切除された胃も全て復元させました。貴方の個性に関しても、活動時間は以前と同じ様になっているはずですが、これに関しては少し経過を見なければいけませんね。……ちゃんと、貴方の人生も救けて見せましたよ」
得意げに笑う彼女の姿に、心のどこかで張り詰めていたものが緩むのを感じた。
「……ッ……ありがとッう……神綺君……ありがとうッ!」
嗚咽交じりに彼女に礼を言う。
「フフッ……どういたしまして」
優しく気遣う声が、私の鼓膜に響いた。
神綺君が「食事の用意をしてきますね」と言って、部屋から出ていくのを見送り、私は頭を抱えていた。
「…………」
もう元には戻らないと諦めていた体が治った感動のあまり……恥ずかしい姿を晒してしまった。
いつもの笑顔はどうした私!?
逆に彼女の笑顔に安心感を感じてどうする!?
「……NOッ!!」
私をオールマイトという一人のヒーローではなく、患者として見ていたのだろう。
あの見守るように優しい笑顔が何故か頭から離れない!
……なんだかすごく気恥ずかしくなってきた……考えない様にしよう。
ベッドの上でリクライニングを起こして、外を眺める。
体が治ったからか、見える景色ですら今までと違ってみえる。
今までよりも世界が煌めいているようだ。
そんなことを思っていると、コンコンというノックの音が響いて、扉が開いた。
それと同時に香ばしい香りが部屋を満たした。
「失礼します。久しぶりにがっつりと食べたくないですか?」
そう言って笑う神綺君の傍には、ステーキセットが浮かんでいた。
同時にお腹がぐぅとなって、口の中に唾液が溢れ、ごくりと喉を鳴らした。
「それは嬉しいが、いいのかい? 私はまだ施術して一日も経っていないのだが……」
胃を摘出した時は数日は何も口に出来ず、ようやく口に出来た食事も消化しやすい流動食で、それすらも吐いてしまう時もあった。
「ふふふ、私が施術したんですから大丈夫です。昔と同じように食べられますよ」
神綺君は近くにあった台座を私の前に用意して、その上にサラダ、スープ、白米、それから1ポンドステーキを目の前に置いた。
「私好みのドレッシングしかないですが好きな物を使ってくださいね」
ゴマ、シーザー、中華ドレッシングが目の前に置かれる。
「順番など気にせずに、お好きなようにお召し上がりください」
にっこりと笑って置かれたフォークとナイフと今までの言葉に、食欲が一気にわき出る。
クゥ!これは耐えられん!
震える手でフォークとナイフを手に取って、ステーキを切り分け、眺めてから口に入れた。
「……あぁ……美味い!」
口に広がる肉の味に、ニンニクの香り。
食事を楽しむ……今までできなくなっていた事が……またできるようになった。
気を抜けばまた泣いてしまいそうになるが、サラダにゴマドレッシングをかけて頂く。
シャキシャキとした触感、玉ねぎの辛み、キャベツの瑞々しさ、コーンの甘味、パプリカのちょっとした苦み。
なによりもそれを自分の糧に出来るという事。
気が付けば、夢中で食べていた。
当たり前を失って、当たり前を取り戻した。
それが何よりも幸福なのだとわかる。
最後の一口となったステーキを飲み込んで、フォークとナイフを置いた。
久しぶりのがっつりした食事に、心と腹が一杯だ。
「良い食べっぷりでしたね、お代わりしますか?」
そんな様子の私を見て、クスクスと笑いながら聞いてきた。
「いや、大丈夫だ。ありがとう、ご馳走様だ」
「お口に合った様でよかったです」
「あぁ、すごくおいしかったよ。病院でもこんな美味しい物を出せるんだね」
私が食べた病院食はまずかった。
いや、まぁ胃袋が無いし、施術後だったから当然なのだが。
そう思って聞いたのだが、返ってきた言葉は思ったものと違った。
「いえ、流石に病院ではこんな食事はないですよ」
「……? では今の食事は?」
「私が作ったものですよ?」
首を傾げる彼女に改めて礼を言う事にした。
「そうだったのか、では改めて、非常に美味しかったよ、ご馳走様でした」
「お粗末様でした。デザートもありますが食べます?」
「それは嬉しいが……いいのかい?」
治療に、食事に、デザートまで……至れり尽くせりで申し訳ないな。
「せっかくオールマイトの為に作ったんですから、むしろ食べてほしいですね」
ふむ、態々準備してくれているのなら断る理由もない。
むしろ食べたい。
「ぜひとも頂きたいな」
私の言葉に彼女は綺麗に笑う。
「はい、畏まりました。飲み物はどうします? コーヒーと紅茶がありますよ」
「ではコーヒーを頼むよ」
まるで喫茶店にいるようなやり取りに少し可笑しくなる。
「では」
神綺君がパチンと指を鳴らすと六芒星の円陣が浮かび上がり、ステーキセットの食器がその中に溶けるようにして消え、良い香りのするホットコーヒーが置かれていた。
思わず目を丸くして、台座を触ってしまった。
ふむ……恐らく先程のは魔法で言う転送陣みたいなものかな?
個性を知らなければまるでマジックでも見せられている気分になるな。
「凄い個性だね。物語の魔法の様な個性だとは聞いていたが、想像以上だ」
「そうですね、私自身かなり便利な個性だと思っています。
本当にいろいろできますからね、ミルクとシュガーいります?」
「あぁ、一つずつ頼むよ」
私がそういうと、先程と同じようにコーヒーの上に魔法陣が現れて、ミルクとシュガーが流れ出た。
魔法陣がそのまま回転すると、中身がゆっくりと混ざり合った。
それを思わず凝視する。
「とまぁこんな風にもできますよ?」
私の様子を見て、クスクスと笑う神綺君に思わず感嘆のため息が出た。
「……本当に何でもできるものだね」
入れて?もらったコーヒーは非常に美味しかった。
「ヴィランッ!! よくも子供達を怖がらせてくれたわねッ!!」
「神綺君! 落ち着き給え!! 君、ヴィラン殺しそうな勢いなのだが!?」
「この雷の手で引導を渡してやるわ!! 離してオールマイト! そいつらコロセナイ!!」
「物騒だな!? 私がヴィランを捕まえるからその魔法を止めないか!!」
神綺君は非常にご立腹だ。
掌からは凄まじい勢いで紫色の雷が走り、バリバリという凄まじい音がなっている。
しかも彼女の足元は凍り付き、ヴィランたちの首から下を氷漬けにして動きを止めていた。
彼女はそのまま引導を渡すべく、掌に雷を纏っていたわけだが、何とかそれを止めていた。
と言うか、神綺君を止めることに全力を尽くしていた。
何せ彼女は転移もできる。
魔法陣が出てから転移する時のタイムラグのおかげで、私は何とか彼女がヴィランに手を下す前に止めることができていた。
と言うか、君、本気すぎるだろう!!
転移した彼女に追いつき、すぐさま手を掴んで止めて、転移されてを繰り返すという完全にイタチごっこ。
しかしこのままにしたら彼女はヴィランを殺してしまうだろう。
オールフォーワンの様な
よもや私がヴィランを守ることがあるとは思わなかった。
「頼むオールマイト!! 俺らの命はあんたに掛かってる!!」
……そして、ヴィランに応援されるとは思わなかった……こんなことは二度と経験できない……と、良いなぁ……
思わず遠い目になりそうだったが、気を抜いたら抜かれてしまう。
それから少しして、ようやく神綺君の動きが止まった。
「……わかった、私はこれ以上なにもしない」
どうやら私は神綺君なだめることに成功した様だ。
「HAHAHAHA、安心したぞ、神綺君! ……ふぅ……」
神綺君の言葉に、この場にいた全員が安堵のため息をついた。
「流石オールマイトだ!」
「あぁ、俺たちはオールマイトの事を信じてたぜ!」
「俺、出所したらまっとうな仕事に戻るぜ」
「「「俺もだ」」」
ヴィランたちの声援と更生の言葉にどこかがっくりしながらも、社会復帰ができるなら良い事だと思いなおした。
この現場に来てから私がしたのは神綺君を抑え込んだだけなのだが……。
天を突けとばかりに燃え上っていた炎は、神綺君の魔法によって一瞬で鎮火し、建物からあがっていた黒煙もまた、神綺君の魔法で払われた。
……私は本当にNo1ヒーローなのだろうか?
彼女のできることが凄まじすぎて、私の存在が霞んでいるというのがよくわかる。
そう思っていたら、パキンという音と共にヴィランを拘束していた氷が壊れた。
「「「え?」」」
後は警察に引き渡すだけだなと思っていたら、予想外の出来事が起き、駆けつけてきたヒーローや一般人のみならず、拘束されていたヴィランの声も重なった。
私はそっと拘束している神綺君を見下ろした。
彼女は私を見上げて実にイイ笑顔を浮かべた。
「じゃあ
「「「え?」」」
またもやこの場にいる全員の声が重なった。
何故か理解できた神綺君から聞こえた言葉と違う副音声に思わず冷や汗が流れる。
「いやいやいやいや!! 俺たちもう抵抗するつもりないから!!」
「あぁ! 絶対にもうヴィランになんてならねぇ!! 約束する!!」
「迷惑かけてすいませんでした! 二度と人に迷惑かけません!!」
「俺は抵抗する気はないぞ!! 五体投地だ! さあ! 捕まえてくれ!!」
ヴィランたちはその場に土下座して、許しを請い始めた。
「……神綺君、彼らも反省しているようだし」
「
実にイイ笑顔でヴィランを指さし、私を見上げて来る。
「し、神綺君」
「
「お、落ち着きたまえ!」
手からまた紫電が走り始めた。
それを見たヴィランは目から光が消えた。
神綺君の目からも光が消えている。
私は投降したヴィラン達に軽く拳骨をした。
その時のヴィラン達の尊敬の目と、神綺君の光のない目はしばらく忘れられないだろう。
その後、ヴィランを警察へ引き渡し、治療のお礼として孤児院の子供達の面倒を見て一日が終わった。
それからしばらくして、ネットにある動画が上げられた。
神綺君の救助の様子が映された動画で、巨大な魔法陣が空港の上空で回転し、火を消し止め、黒煙を払い、救助者を転移で助け出す動画だった。
その動画は非常に評価され、神綺君の評価を大きく上げる事となった。
だが、上げられた動画はもう一つあった。
それは神綺君がヴィランを発見してから、警察に引き渡すまでの一連の流れを全て記録した動画だ。
投稿者が閲覧注意とした上で、上げられた動画を見た者は絶対に彼女の逆鱗に触れない様にしようと思ったとか。
この動画が上げられてから、彼女の活動地域では犯罪率が一気に落ちた。
一部の地域では、もう一人の平和の象徴だと言われており、私も一緒に映っていたからか、平和の双璧とささやかれているらしい。
……直正……それをなぜわざわざ教えに来たんだい?
他意はない?
ならば何故そんなにもにやけている!?
直正!直正!!
ええい!一体何を考えているのだ!?
どういうことか説明してくれ!?
と言う訳で今回はオールマイト視点でのお話でした。
日記の方では軽く書いて、関連した人物の視点でどんなことがあったか掘り下げていく形にしようと思います。
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