何時頃からの性分かは知らないが、古ぼけた物が肌に合うやうになつた。イヤ、何方かと云へば古ぼけた家の古ぼけたものに囲まれてゐた幼少時から持つてゐたものであらう。黄ばんでやはらかく成つた畳や、修繕の跡に花の形のあて紙をされた障子やら、埃の積もつた熊の鮭を咥へた置物やらに馴染みがある故の、自然な成長の結果と云へる。兎に角そんな理由で、一年程前の私はその古物屋に足繁く通つてゐたのである。
中々
皆私の心にノスタルヂアを興させるものであつたが、私の目当ては硝子器だつた。
硝子器は店中でも特に大きな面積を占めており、其れらを眺めていると店主はにはかに饒舌になるのが常であった。幾度聴いたかも知れぬ説明を又繰り返しては、何処ぞより仕入れた新らしい古い器(妙な云ひ方だが)を愛ほしげに私に見せるのだつた。気泡の混ぢつた厚底の剣先コツプや、ウラン硝子の氷コツプ、型押しの硝子皿等、様様だがどれも極普通の家庭にあつたやうなものばかりであつた。然し其れが又懐しく思へた。
此処で私は、今迄三度硝子器を買つてゐた。一ツ目は店主が京都で仕入れたと云つていた焦茶の江戸切子だつた。京で仕入れた江戸切子とは妙だが、マアさうな物はさうなので仕方が無い。光に透かすと銅色に光るのが粋な品だつた。三ツ目は、と云つても此れは二ツで一ツの品なので厳密に云へば三ツ目と四ツ目だが、此れは小いさな瑠璃色のシヨツトグラスであつた。ウヰスキーや日本酒に遣つてゐる。
最後に此れを買つてから二年程経つた日、私は久方振りに此の店の前を通り掛かつた。都合で暫く地元へ帰つていた為のblankである。兎に角久々な凱旋に勇み足で、私は店の戸を潜つたのだつた。
一年を空けたと云ふのに店主は何気なく私を迎へた。同じやうに何気なく応へて、私は硝子器の棚の前に陣取った。何時もの通りに店主が出て来ては、横で聴飽きたやうな説明を始めた。硝子の黄ばみや乾ひて破れ易い事、此の時代の硝子はかういふものだとか何とかの講釈を聞き流しながら、私の眼は昼下がりの陽光の中の硝子器達を這い廻つてゐた。
「お兄サン、めづらしいのが此の前入つたんですヨ。」と店主が云ひ、棚の一角に置かれた一つのグラスを指差た。
私は釘付けに成つた。そのグラスにでは無い。店主が「此れは黒足の氷コツプで、綺麗に残つたのはほんたうに中々出回らないんです。」等と云つている横で、私の眼はその黒足の某とか云ふコツプの隣の、硝子の猪口に注がれてゐた。
先程私が、二ツ目の説明を飛した事にはお気付きであらう。と云ふのも恥かしい話、私は其れを洗ひ桶へ落して割つてしまつたのである。其れも例に漏れずかなりの古物であり、百年は下らぬと云はれてゐた。己れの五倍は息をしてゐた其れを此の愚かな若造が割つてしまつた事が口惜しくて成らず、庭に丁寧に埋葬した物である。
今、驚たのも無理は無い。眼の前にある其れは、私が割つてしまつた猪口その物だつた。透き通る肉厚の身にsimpleな梅の花の模様が刻まれた其れは、懐しいアノ猪口そのままである。
私は其れを非常な感動を以て見てゐた。街なかで不意に、死に別れた筈の旧い友人に出つ食わしたやうな、奇妙な感動であつた。まるで筋書めいた運命ではないか。早速私は其れを手に取らんとした。
然し、手の届く前に私は、其の猪口に刻まれた模様に、僅かにずれのある事を見つけた。良く良く見れば、フチにも見覚えの無い歪みがついてゐる。
私は、今更のやうに店主があの猪口を買い求めた時に云つてゐた事を思ひ出してゐた。此の時代の物は、一ツ一ツ手作りで成形と模様入れもやつてゐるのだと。詰り、同ぢ器等無いのだ。眼の前の此れは言はば、あの猪口の兄弟と云へるものなのだ。
始めの内其れは私に、寧ろ一層の感慨を抱かせるものであつた。「そうかい、君が兄サンかい。」等と思つた刹那、然し私は怖しい事に気づいた。
私は、彼の旧い友人でも運命の相手でもなかつた。私は只兄弟殺しであるのみだつた。彼の兄弟を手を滑らせて落して割つた。息の根を止めたのだ。そう思ひ至つて、口の奥に苦い物が湧く心持になつた。棚に目を遣る。百年が私を睨んでゐた。
私は猛烈に恥ぢ入つた。目を向けてゐられなかつた。
店主は未だ其の隣のコツプについてペチヤクチヤと講釈してゐる。私は如何にも其れに感じ入つたと云ふやうな顔をした。「ぢや、此れを呉れ。」誤魔化すやうにさう云ふと、私は其の黒足の某を手に取つた。