Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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 お久しぶりです。
 覚えてますか?



第三節 くたばれアマゾーンⅤ

 ――山が動いている。

 鉛の色をした巨大な巌がズシン、ズシンと地底空洞を揺るがしながら動く様をこの目で見た人間がいたのならば、屹度そのような感想を抱いただろう。

 併し、これは山ではない。

 否、或いは山と言えたのかもしれないが。

 何故ならそれは、嘗て地に落ちてくる蒼い天蓋を支えていた槍の柱、現在も地名としてその名を人類史に残す山の巨人の代替を果たした英雄なのだから。

 アガルタの“空”を支配する筈のワイバーンも、その英雄を認めるや否や一目散に失せていく。

 怖いのだ、それが。

 そしてそれ以上に怖かったのだ。それの肩の上に坐した男が。

 男の姿は頭の上からすっぽりと覆れており、その容は判然としない。

 暗んだ顔の中でも白く爛々と光る、鏃のような異様な視線を除いては。

 

「告げるは我が困惑。

不測の事態/異物/義侠。

交戦せし者/戦闘女王。

未だ欠いてはならぬ者/道理/巨英疾走!」

 

 男は歌っていた。

 焦燥に駆られるように、尋常な精神構造では到底理解出来ない韻文を。

 

「優勢・女王/拳士・防戦/不確定事象

急、急、急!

まだ死なせてはならぬ!/魂魄不足!/増殖必須!」

 

 屹度、この男を観測出来る者がいたならば、精神分裂症と診断してもおかしくはなかっただろう。

 狼狽え切った様子から、秒も立たない内に泰然自若――それどころかどこか気怠に欠伸をする始末であった。

 

「なぁ、燕雀」

 

 男は何かに向かって話しかけた。

 巨人ではない。

男は知っている。巨人にされたその英雄は狂乱の首枷を嵌められている為に、言語能力の一切を失っていることを。

 

「俺の口を使ってピーコラピーコラと意味の分からん歌を歌うんじゃねぇ。舌が腐り落ちるだろうが……!」

 

 故に言うまでもないだろう。

 男が話しかけているのが、己の内にだということは。

 

「不死鳥だか鳳凰だか知らねぇが、俺の体にへばりついてねぇと朽ちる燕雀が誰の許可を得て囀っている? 忘れるんじゃねぇ。俺の気まぐれで手前の自我を、もみ消すことだって出来るってことをよォ!」

 

 結論から言えば男の中にいるのは、この特異点を起こした元凶であった。

 即ち魔神柱――その階梯は三十七位。

 エジプトに於いて混沌より出で創生の丘に降り立ったとされる神鳥ベンヌを起源とする不死鳥。

 詩歌と散文の才を与える偉大なる悪魔――その名もフェニックス。

 

「ヒィィィ! 嫌だァ……! 消さないでぇ……! 死にたくない消えたくない嫌だ嫌だ嫌だァァァァ!」

 

 なんということか。

 恐るべき悪魔の名を冠し、事実超越存在であるはずの魔神柱は怯えていた。

 それは消えることになのかもしれないが、何よりも取り憑いている筈の男にだった。

 そんな魔神の心が分かって嬉しかったからなのか、

 

「キッハハハハハッ!」

 

 男は大笑した。

 

「そうだ。それで良い! お前に俺を自由にして良い権利はねェ……俺の体は嫦娥だけのものだ……」

 

 †

 

「如何した! その程度か!」

 

 アマゾネスの女王は嘲けながら、鎖鉄球《ハンマー》を振り下ろす。

 

「クソッ……!」

 

 紙一重の所を燕青は横に飛んで躱す。

 瞬間、石畳が抉れ裏返宙を舞った。

 先程からこの調子である。燕青はペンテシレイアの両腕に巻き付いた鉄球に因る嵐のような連撃に防戦状態となっていた。鎖付きの鉄球は射程が長い上に、一撃一撃が重い。破壊力に対して近づきながら戦うのはカウンターによる致命傷が付きまとうことになる。それが燕青を機動力と体裁きでもってなんとか致命傷を防いでいたが、拳打と蹴撃の間合いに入れない。

 無論それでは不利になっていくばかりであり、近づかざるを得ないわけであるが、そうすればそうしたで、今度は手の甲に装着した爪が待っている。

 何しろペンテシレイアは超重の鉄球を護謨毬(ゴムマリ)であるかのように軽々振り回し、アスファルトの建築物を粉微塵に変えるような剛力の持ち主である。

 ただ肉体から放たれる一撃が必殺となり得る。

 

「マジで厄介だな……」

 

 意図せず、燕青の口から毒が漏れる。

 光明が見えない闘争ほど、戦士として苛立ちが募るものもない。

 ――救いと言えば、この数の部下にマスターを襲わせないことくらいか。

 逃走経路を塞ぐ形で陣取りながらも、闘いを遠巻きで見守るアマゾネス達を燕青は一瞥する。

 男たちの扱い、自分に仕えている筈の戦士への仕打ちなどからは到底想像出来ないことであったが、アマゾネスの女王は戦いに美学を持つ人種であるようだった。

 それを証拠に、ペンテシレイアは配下を戦闘に投入しようとする素振りを見せないし、部下たちもしないことをよく分かっているのか小指の一寸足りとも動かそうとしない。

 また未だに屋根の上にいる立香に襲い掛かろうと、建物をよじ登ろうともしない。

 このことから、

 ――舐めてるってわけじゃねぇな。一対一の闘いに余程拘りがあると見た。

 と、燕青は判断し次の行動を決める。

 それは“時間稼ぎ”――。

 情けなく映るかもしれないが、燕青は第三者の介入に賭けた。

 命を賭けることに恐れがあるわけではない。寧ろ一人の戦士として戦って果てられるというのならそれは無上の幸福である。

 併し、それは自分の命がベッドされている場合のみである。己の感情を優先させ、主の命を危険にさらすのであれば、それは侠客としての名折れであり、恥だ。

 故に燕青は他のサーヴァントの介入を待つ。

 フェリドゥーンはその気質から言って、傷つけてはいけない無辜の民が多くいる場所では戦えないだろうから、期待するならレジスタンスのランサーである。

 

「如何した! 反撃してみよ! 女王を超えてみよ!」

 

 鉄球と共に放たれるペンテシレイアからのあらゆる挑発をいなしながら、

 ――問題はレジスタンスのランサー……桃園のランサーとも言ったっけか? ソイツが実際どれだけやれるかだ。

 冷静に燕青は思考を巡らせる。

 否、実際は冷静なふりをしているだけだ。胸の奥で炎が燻っている。武芸者として、戦に臨むときに発生する宿痾のような熱が。

 この熱に溶かされてしまえれば、どんなに良いのか。だが、義侠は義である為にその熱を振り払い、攻めに転じようとする心を嚙み砕いた。

 だが、防御に徹したからと言って無傷というわけにはいかない。

 鉄球が何度も肉を裂き、その度に流血する。

 

「はぁはぁ……良い、とても良い。女王の硬いものが、美人の体に食い込んでるぞ!」

「嗚呼、分かるとても良い! 血の色が映えるなんて良い男なんだ!」

「むしゃぶりつきたいなぁ! 半死半生くらいになってくれないかな!」

 

 囃し立てるアマゾネス達の声は、大地が揺れているのではないかと錯覚するほどであった。

 

「ッ! 令呪を以て……」

 

 自身のサーヴァントの不利を見て取った立香は、状況を打開するために令呪を一画切ろうとした。

 と、その時だった。

 トゥルルルートゥルルルールール……――。

 アマゾネス達の歓声を縫うように、旋律がやって来た。

 それはむせび泣くような、何処か物悲し気なハーモニカの音――。

 アマゾネス達は先程の興奮は何処へやら、気もそぞろに周囲を見渡した。

 ペンテシレイアすらも不意に攻撃の手を止める。

 

「この音は……!」

 

 すると、今度は車軸のような豪雨が起こる。

 

「ヤツだ……」

「ヤツが来る……!」

 

 アマゾネス達の動揺に、立香と燕青も得体の知れない期待にも似た胸の騒めきを覚える。

 そして、ヤツは現れた。

 目も眩むような雨を引き裂くように、眩暈がするような赤い星が墜ちてきたのだ。

 

「赤い……ペガサス?」

 

 残像としてギリギリ留めたその姿に

 その正体は血のような赤い体毛を持ち、天使を思わせる二枚の翼を有した駿馬であった。

 流星のように空を疾走する天馬から騎手が飛び降りた。

 ――依然として、ハーモニカを奏でながら。

 艶やかな腰まで伸びる波打つ黒髪が印象的な男性であった。知的な雰囲気を醸し出す黒縁の眼鏡が、春の訪れを告げる薫風を思わせる優美な顔によく映える。龍を象った肩当てを有する翡翠に似た輝きを放つ重鎧を纏うその姿は、男が優れた戦士であることをありありと示していた。

 男は不意に演奏を中断し、

 

「HAHAHAHAHAHAHA! 待ったかい? 待ちかねたかい?」

 

 狂ったような調子で吠え始めた。

 

「レジスタンスの……ランサー!」

 

 忌々し気な口調でペンテシレイアが告げたその名に、立香は『えっ』と困惑したような声を上げ、燕青は頭痛に苛まれているかのように頭を抱えた。

 併し、そんな二人の気持ちにはまるで関心を示さず、レジスタンスのランサーは大仰に腕を広げ見栄を上げる。

 

「そう! ボクだ! 誰もが待ち望んだ、レジスタンスのランサーだ! FUHAHAHAHAHA!」

 

 かと思うと、今度は柔和な笑みを浮かべて、立香と燕青のいる場所を振り返った。

 

「君らがカルデアから来たっていうマスターとサーヴァントだね? アマゾネスに囲われていた()()()を開放してくれたのは君たち?」

 

 立香と燕青が解放した奴隷は一人ではなかった。

 広場に着く前に、二人は目についた家屋に片端から侵入し檻を破壊して男たちを助けていたのだ。

 

「そうです」

「まず、礼を言おう。ありがとう。そして、安心してくれ。君たちが救った命は我々レジスタンスの保護下にある」

「……良かった」

 

 ほっと胸を撫でおろす立香に、レジスタンスのランサーは満足そうな笑みを湛えた。

 

「さて、街から僕の率いる軍団が奴隷達を連れて完全に退けたら、フェリドゥーンが降りてくる手筈になってる。それまでちょいとばかり暴れさせて貰おうか」

 

 そう言うとレジスタンスのランサーは、燕青首根っこを片手で掴んで、

 

「そいッ!」

 

 と立香のいる屋根の上に放り投げた。

 

「のわぁぁぁぁぁ!」

「えぇぇぇぇ!?」

 

 いきなり飛ばされた燕青も、突然空からサーヴァントが降ってきた立香も慌てふためくことになる。

 なんとか立香は燕青をダイビングキャッチし、抱きかかえると、

 

「いきなり何するんですか!」

 

 レジスタンスのランサーに抗議する。

 

「Oh(ヲォ),Sorry(スゥヲルィ)! でも許してくれよ。手負いを庇って戦える程、ボクってば器用に出来てないから」

 

 ぺろりと舌を出してレジスタンスのランサーがお道化てみせたその時だった――。

 

「潰れて死ね!」

 

 鉄球(ハンマー)が彼めがけて飛んできた。

 

「Oops(ヲプス)!」

 

 あからさまに驚いたような顔をしてランサーは鉄球をはじき返した。

 腰に帯びた匕首で以て。

 

「馬鹿なんじゃないか、キミは! 話の途中で凶器を投げてくるヤツがあるか!」

「敵を前に話す貴様が悪い」

 

 ペンテシレイアは冷淡に切って捨てた。

 何故ならば彼女には、それ以上に話題にすべき事柄があったのだ。

 

「そんなことよりも、貴様の得物だ。どういうことだ?」

 

 指差したのはランサーの手に握られた匕首である。

 

「これまでも私と貴様は幾度と無く争ってきた。そして貴様は、最初に相対した時からランサーを名乗りながら一度として槍を使っていない。何のつもりだ?」

 

 その問いに、レジスタンスのランサーは肩を窄め、ため息を吐いた。

 

「何が可笑しい?」

「……ペンちゃんさぁ、Lion(ルィオン)がRabbit(ルァビトゥ)を狩るのに全力を尽くすって聞いたことある?」

「聞いたことがない。そもそも貴様のふざけた言葉づかいでは元の言葉が何だったかすら分からん」

「まぁ、良いさ。そういう言葉がある。それを前提に話そう」

 

 大げさな身振りで自分の胸に手を当てるレジスタンスのランサーのその姿はまるで舞台役者のようんであった。

 

「良いかい? ボクを讃えた人達はね、ボクを獅子ではなく虎と言ったんだ。虎と獅子の違いとはなんだと思う?」

 

 ペンテシレイアからの返答はなかった。

 

「怠けられる戦いで怠けられる所――だよ。森に潜み、山に混じりゆるりと得物を捕らえる虎は、地を駆け回る獅子のように無駄な汗を流しはしないんだよ。Can(カン) you(ウィウ) understand(アダーストゥァン)?」

 

 メキリメキリとペンテシレイアの面容が、鬼のようなものへと変貌しようとしていた。

 レジスタンスのランサーの言葉の意味を理解したからだ。

 

「もっと力を抜けというのなら、ソイツは出来ない相談だぜ? だって、これ以下の刃物の持ち合わせがないんだもん」

「貴様ァ!」

 

 女王への無礼に対して激怒した配下の一人が、レジスタンスのランサーに向けて矢を放った。

 併し――

 

「弱いと言われて怒るなよ。女王様が弱く見えるだろ?」

 

 レジスタンスのランサーは横合いから放たれた矢をあっさりと掴んで、ばきりと握り割った。

 

「ボクの言葉が間違いだとおっしゃりたいなら、女王様の細腕に委ねるべきだよ。だって女王様自身の誇りとやらの問題だからね、コレは」

 

 穏やかで余裕を含んだ微笑みのままレジスタンスのランサーはペンテシレイアに問いを投げる。

 

「それで君は如何したいんだい?」

 

 答えは決まっていた。

 

「貴様は殺す! 戯れにアマゾネスを侮辱したことを後悔させてくれる!」

 

 軍神アレスの子たるアマゾネスの女王の五体からは、それを象徴する殺気を孕んだ凄まじい魔力が溢れ出した。

 




 何があったかって、仕事とFGOが忙しかったんですね、コレが。

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