Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第四節 お前は誰だ?Ⅰ

「ふーん」

 

 心底どうでも良いとでも言いたげにレジスタンスのランサーは懐を探り始めた。

 そこにあったのは“BLACK STONE”と印字された煙草の包み紙であった。

 そこから煙草を一本取って咥えると、レジスタンスのランサーはマッチを一本取って火を点し、煙を呑み始めた。

 

「何のつもりだ?」

「一本」

 

 レジスタンスのランサーは人差し指をピンと立てて、それをペンテシレイアに見せつける。

 

「キミを殺すのに必要な時間だ。ボクが煙草一本吸い尽くす間にキミは死ぬ」

 

 煙と共に吐かれた言葉は明らかにペンテシレイアを侮蔑する意図が含まれていた。 

 

『このランサー、物凄く馬鹿なんじゃないのか?』

 

 怒髪天を衝くと形容すべき様のペンテシレイアを見ながら、突然通信を繋げてきたダ・ヴィンチはレジスタンスのランサーについて結論した。

 

「お前はどこまで、軍神の子たる私を愚弄すれば気が済むのだ!」

 

 案の定、ペンテシレイアは怒りに任せレジスタンスのランサーに飛び掛かり、鉄拳を振り下ろした。

 レジスタンスのランサーは飄々とした調子を崩すことなく後ろに体を引いた。

 瞬間、石畳が大きく削られた。

 

「第一今まで私を殺せなかっただろうが!」

 

 腰に帯びた山鉈を引き抜き、レジスタンスのランサーの首を薙ぎに行った。

 

「軍神の子ってならそりゃ愚弄もするってばさ」

 

 刃の軌道上に匕首を当てると、レジスタンスのランサーはその勢いを利用し左に飛んだ。

 それを好機と見たペンテシレイアは鎖を振り回し、鉄球を飛ばす。

 両手に繋いだ二つの鉄球がレジスタンスのランサーへと襲い掛かる。

 だが、レジスタンスのランサーはここで驚くべき行動に出た。

 なんと手に持っていた唯一の得物である匕首を鉄球の片方に投げつけたのだ。

 誰もが気でも違ったかと考えた。併しながら、意外、匕首は砕けることなく鉄球の軌道がズレたのだ。軌道が変わった鉄球がもう片方の鉄球を弾き飛ばす。

 ペンテシレイアは何が起こったのか理解できないのか、目を丸くし、ほんの一瞬だが立ち尽くした。

 その一瞬の間をレジスタンスのランサーは狙ったかのように行動を起こす。自由落下に委ね地面に足が着くや否や鉄球の落ちた地点に走り、鉄球を繋いでいる鎖を握った。

 

「フン……ヌッ!」

 

 そしてそのまま鎖を引っ張り、体の周りでグルグルと回し始めた。

 宛ら、プロレスリングのジャイアントスイングのように。

 ペンテシレイアは鎖を自ら千切って逃げ出そうとはしなかった。否、出来なかった。

 アマゾネス達もこのような状況になっているにも関わらずそれでも女王を助けようとはしなかった。否、出来なかった。

 それほどまでにレジスタンスのランサーの回転が速かったのである。

 

「オリャァァァアア!」

 

 その回転の勢いを乗せレジスタンスのランサーは背負い投げの要領で、立香達がいる家屋とは真反対の家屋の壁にペンテシレイアの体を叩きつけた。

 石造りの建物が瓦礫の山に変わるほどの威力と速度で以て。

 

「だって、ボク、その軍神だし?」

 

 レジスタンスのランサーは顔をくしゃくしゃにして笑った。

 

「な、なんだこれ」

 

 目の前で起こっていることに対して立香がまず持った感想はそれであった。

 

『絵面が笑劇(コミック)過ぎて気の毒になるな、これは』

 

 ダ・ヴィンチも苦笑していた。

 

『ですが、この膂力は凄いです』

 

 一方でマシュは至って素直にランサーの力に驚き、そして称賛する。

 間抜けにしか見えない光景であるが、事実を分析するとバーサーカーという特に腕力に優れたクラスで召喚され、しかも軍神の血を引くペンテシレイアよりもレジスタンスのランサーは腕力が上であるということになるのだ。

 

『一体、彼は何者なのでしょうか?』

 

 ランサー本人が言うには軍神そのものであるという。

 軍神として祀られる英雄というのは意外に多く、候補を絞り切ることは難しい。

 併し、

 

「なんとなく、誰か分かった」

 

 中華の義侠はその正体に気が付いたようだった。

 

「誰? 同じ国の人?」

 

 ランサーの鎧の意匠から立香は中国の英霊であると踏んで、燕青に訊ねる。

 

「ああ、多分そうだ。多分、そうなんだけど……」

「けど?」

「正直そうであって欲しくねぇ」

 

 立香には燕青がそのように願う理由が理解出来なかった。

 

「俺の知り合いに、その英雄がめっちゃ好きなヤツがいてね。もし会った時にどう説明したら良いか……」

 

 なるほどと、立香は燕青が言わんとしていることを理解した。

 燕青の知り合いが一体どれほどその英雄を好いているのかは分からないが、実物がふざけた言葉で相手を散々に愚弄しおまけにコメディ宛らに戦うとあってはショックを受けるかもしれない。

 例えば本物のアルテミスを見たアタランテのように、である。

 だが当のレジスタンスのランサー本人が燕青の心配を知る由などある筈もなく、吞気に煙草を吹かし、

 

「こんなモンかね、アマゾーンのQueen(コゥイーン)? 他愛無さ過ぎるぞ?」

 

 火種を突き付けるように、瓦礫の中に埋もれたペンテシレイアに向けて更なる挑発をした。

 

「ほざけ!」

 

 自身の背にのしかかった瓦礫をまるで綿か羽根かと言わんばかりに払いのけ、ペンテシレイアは立ち上がる。

 

「ハァァアアアッ!」

 

 そして、ペンテシレイアの体から殺意を伴った膨大な魔力が立ち上る。

 それは神気だ。彼女の体に巡る軍神の血。それが起動したのだ。

 立香はサーヴァントのマスターとしての経験からペンテシレイアが切り札を――宝具を発動するのだと結論した。

 併しレジスタンスのランサーはそれに対し微塵も身構える様子を見せない。

 それどころかレジスタンスのランサーはニタリと、口角を釣り上げた。強い力を前にして喜ぶといった類の笑い方ではない。強敵との戦いを至福とする英霊はカルデアにも多く存在するが、立香の直感が正しければレジスタンスのランサーはそういう英霊ではない。

 立香が近いものを覚えたのは子供の頃の記憶であった。まだ就学前の幼少期、近所にいたずら好きのガキ大将がいた。その子のいたずらに付き合わされ仕掛けをし、物陰に隠れていた時のことだ。大人が仕掛けに気が付かずに罠に近づこうとしていた。ふと立香が横を見るとその子は笑っていたのだ。

 丁度、今のレジスタンスのランサーと同じように。

 

「殺ス、殺す、殺すゥゥゥッ!」

 

 闘争本能に呑まれたペンテシレイアの目には悲しいかな、その笑みは映らない。

暴風のような速さと圧を以て、レジスタンスのランサーに突進する。

 レジスタンスのランサーは咥えていた煙草を地面に吐いた。そしてその瞬間にランサーのすぐ隣の空間が揺らめき、次の瞬間には何か重たいものが空高くから落ちたような轟音が鳴った。

 それは、ペンテシレイアには使わないと宣言していた筈の得物であった。形状は薙刀だ。それもかなり大きく、身長一九〇センチ近い長身を持つレジスタンスのランサーよりも長大だ。そして筆舌すべきはその刃渡りだ。見ているだけで切り裂かれそうな白銀の刃は、ランサーの片腕ほどの長さはあるだろう。

 立香にも理解出来た。これこそランサーが最も頼りにする兵装。その英雄を証左する宝具であると。

 

「“青龍艶月(チンロン・グアンダオ)”」

 

 レジスタンスのランサーが宝具の真名を告げた。

 

「アキレウスゥゥゥ! “我が瞋恚にて果てよ英雄(アウトレイジ・アマゾーン)”!」

 

 もう遅いとばかりにペンテシレイアがレジスタンスのランサーへと迫る。実際、ペンテシレイアは鼻先三寸のところまでレジスタンスのランサーに近づいていたのだ。あとは一歩踏み込んで手に装着した鉄爪を振り下ろすだけ。

 それだけでランサーは死ぬはずだった。

 

「惜しい。あとちょっとだったね」

 

 しかし、ペンテシレイアはたった一歩を踏み込むことが出来なかった。

 足が石畳ごと凍り付いてしまった為に。

 薙刀――“青龍艶月”の刃が付き刺さった場所からペンテシレイアに向かって手を伸ばすように凍っていた。石畳を濡らした雨の跡を伝って。

 

「貴様、一体何をした!?」

「見ての通りだ。ボクの宝具で足を凍らせて、地面に縛り付けた」

 

 得意げに両手を広げ、ランサーは語り出した。

 

「“青龍艶月(チンロン・グアンダオ)”――ボクが振るうコイツは刃に本物の青龍が、星が宿った神造兵器だ。風と気象の全てを司る青龍の神気は、この大刀に冷気を与えた」

 

 故にランサーは薙刀を――正確な分類にあっては大刀を介して冷気を操ることが出来る。それどころか冷気の操作によって気象現象に介入することすら可能とし風や雨、雷すら起こすことが可能だ。

 立香と燕青の前に姿を現した際に雨を降らせてみせたのもこの宝具の効果に因る。

 

「キミはもう少し、周りの状況に気を配るべきだった。Crazy(コゥルェイズィー)か、Mad(ムァド)でなきゃ雨なんて戦う前に降らさないってばさ」

 

 最初から掌の上で転がしていたと言わんばかりのランサーにペンテシレイアは底知れぬ怒りを覚える。

 

「槍など使わずとも倒せるなどと嘯きながら出来なかった癖に! 何を得意になっている!」

 

 結局ランサーはこの状況に持って来るのに得物を使った。

 痛い所を付いてやったとペンテシレイアは嘲笑った。

 併し、ランサーは

 

「HAHAHAHAHAHA!」

 

 突然、壊れたように哄笑した。

 

「何が可笑しい!?」

「イヤイヤ! これが笑えなかったら、何に笑えば良いのサ!」

 

 レジスタンスのランサーは両手の人差し指をペンテシレイアに向けてこう訊ねる。

 

「ペンちゃんひょっとして、乗せられちゃった?」

 

 そこで立香は漸く気が付いた。

 

「もしかして、ランサーの言葉は……」

 

 もしかしたらと疑ってはいた、しかしそこまでランサーが見下げた男だと思っていなかったペンテシレイアは怒りの灯った声で真実を言いあげた。

 

「全部嘘か!?」

 

 端からレジスタンスのランサーには大刀を出さないという選択肢など無かったのだ。

 今までの戦いを匕首だけで乗り越えて来たのも、今この戦いでペンテシレイアを見下すような言葉で匕首を振るっていたのも全てはこのたった今の為。

 

「サーヴァントの宝具ってのは攻略法を見つけられたらそこでThe end(ズィエェン)。だから、他の陣営に見られず、対する敵には次なんかないという場面で切るべきなのさね」

 

 そう語りながらランサーは匕首を鞘に戻し、“青龍艶月”を握る。

 

「……例えば、こんな場面で」

 

 明るい声色を崩さなかったランサーの声色に冷気が帯びると、街一帯を振るわせるような魔力が刃に集中した。

 その輝きの色は翡翠のような緑。さらによく見ればその輝きはあるものを象る。

 

「龍?」

 

 立香の目には今まで見て来た中でも最も力強く、最も美しい龍が白銀の刃に刻まれているのが見えた。

 

「青龍偃月刀……やっぱり確定か……」

 

 刃に描かれる龍を見て、燕青は諦めたような表情で呟いた。

 そもそも“グアンダオ”とは青龍偃月刀の別名である。そして青龍偃月刀がそのような名で呼ばれる所以とは刃に青龍が描かれているからだ。

 

「紅く凍って、咲いて、散れ! これこそ覇王をも下す氷の華、虞美人草なり!」

 

 そして刃を天高くに振りかざし、絶技の名を高らかに唱え、

 

「“美塵葬・大紅蓮(チンロン・ユーメイレン)”!」

 

 美しき女傑達の女王に刃を振り下ろした。

 “振れば玉散る氷の刃”という言葉があるが、ランサーの振るう大刀が描く軌跡はまるで星を砕いて飾り付けたかのように美しかった

 




 お久しぶりです。
 前回も同じこと言いましたが、それでもお久しぶりです。

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