Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第四節 お前は誰だ? Ⅱ

 併し、美しい斬撃は美しい女王を捉えることは出来なかった。

 

「おろ?」

 

 刃がそこを通り過ぎた頃には、ペンテシレイアはそこにはいなかったのだ。

 

「恐れ入った……神代の金属よりも強烈な氷から逃れるとは」

 

 ペンテシレイアは元居た場所よりも後方にいた。

 宝具の発動プロセスとなっている軍神アレスの力。これを自らの限界を超える形で起動したのだろう。

 

「流石は我らが女王!」

 

 傍で見守る配下の女戦士達は、レジスタンスのランサーの必殺の一撃を躱した女王に歓声を上げる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 その歓声に答えるように腕を天に突き上げるペンテシレイアであったが、まるで疲弊しきったように肩で息をしていた。自身の肉体の耐久を超えた膂力を発揮した為だ。屹度、体の内側は思い描くのすら恐ろしくなるようなミンチ状になっているのだろうとレジスタンスのランサーは想像した。

 

「でりゃあぁッ!」

 

 とどのつまり普通ならば戦闘行動の一切が行えない筈の重篤な状態なのだ。

 にも関わらず、ペンテシレイアは大地を揺るがす程の拳を足元に振り下ろした。めくり上がり、あるいは裏返りながら石畳が吹き飛ぶ。

 

「うわっ!」

 

 不意に立香は体の平衡を失った。

 ペンテシレイアの拳打の威力は、立香と燕青が立つ家屋にも伝播し揺るがす程のものであったのだ。

 

「ッ!? マスター!」

 

 咄嗟に燕青は立香の腕を掴み自分の体に寄せる。

 ――追い詰めたと思ったのになんて女だ! こんな力を残しているなんて!

 燕青の戦いを見守る目に、レジスタンスのランサーを見守る目に不安が灯る。

 

「拳圧で石を湿らせていた水分を散らしたかぁ。やりおるWoman(ヲマァン)

 

 だが、レジスタンスのランサーは未だに微笑みを崩さず、皮肉たっぷりにペンテシレイアを称賛する余裕を見せていた。

 

「笑っていられるのは今のうちだぞ、レジスタンスのランサー。いや、関羽雲長」

 

 不遜に笑うペンテシレイアの言葉に、レジスタンスのランサーはヒューと口笛を鳴らした。

 

「あ、分かっちゃった?」

「そりゃ分かんだろ……宝具まで解放しちまえば……」

 

 燕青はレジスタンスのランサーの吞気も極まった態度に呆れ果て、脱力した。

 

「関羽雲長って確か……その、三国志の髭の人?」

『そう、それだ。三国志の髭の人』

 

 貧困な知識と語彙力で以てひねり出された立香の回答に、ダ・ヴィンチが正解を与える。

 

『はい、関羽雲長は呂布さんと同じ時代――三国時代の中国の武将です。同時代に存在した三つの国の内、蜀を立ち上げ統治した劉備玄徳に仕えた人で武人でありながら知に富んだ人でもあったとか……』

「解説ご苦労Kitty(キツィー)。いやぁ、頭良いとか改めて褒められると照れるよねぇ」

 

 マシュの解説に浮かれたような笑みで頭を掻く関羽雲長のその姿には、微塵も知的さは存在しなかった。

 

『実際は見ての通りのクルクルパーだが。その知力から算術盤の産みの親ともされ財務神“関帝”としてあがめられているらしいけれど……私が言えたことじゃないがこんな男を信仰したら多分後悔すること間違いなしだ』

 

 ダ・ヴィンチの辛辣と言えば辛辣な評価に燕青は全くもってその通りと全面的に同意した。

 

「ホント、関勝の旦那になんて言って説明すりゃ良いんだよ、コレ」

 

 関勝とは燕青と同じ梁山泊の好漢の一人、百八魔星が一つ天勇星の生まれ変わりである。

 関羽の子孫を称し、伝承に於いて“美髯公”と呼ばれた関羽と同じように長い髭を蓄える程に関羽を崇拝した人物である。

 そんな男がこのイカレポンチを目にしたらと想像しただけでも燕青は寒気がした。

 

「つーか、どうすんだよ美髯公。真名知られたぞ」

「ついでに切り札も、な。この私に二度同じ技が通じると、まさか思ってはおらぬよな?」

 

 実際、状況的には関羽が有利とは言い難いのだ。

 身体的な外傷に於いて確かにペンテシレイアは追い詰められているのであるが、一方の関羽は最大の切り札と目される宝具を躱され更には真名と言う直接的な敗因になり得る情報を開示してしまっている。

 中国にあっては神と言えば関羽と言うほどには著名な英雄だ。それだけにその逸話は多く、その弱点も詳らかにされている。

 

「ああ、その点は大丈夫。だって、君には二度目なんてない」

 

 だが、それでも余裕を崩さない関羽は

 

「ここよく確認してみなよ」

 

 と言って、自らの鼻を人差し指で叩いた。

 訝しげにペンテシレイアは鼻に手を触れる。

 ほんの僅かに、薄皮一枚程ではあるが切れていた。

 

「これが如何した?」

Checkmate(ツェクメェー)ってヤツさ」

 

 関羽は勝利を宣言した。

 その根拠はペンテシレイアの鼻に出来た傷が先程の斬撃に因って出来たものであるからだった。

 “美塵葬・大紅蓮(チンロン・ユーメイレン)”。関羽の持つ“青龍艶月(チンロン・グアンダオ)”には本来対城規模――城塞を一つその中にいる人間ごと凍結させるだけの凍気を内包している。無論、それを普通に放てばただ強力なだけの広域破壊宝具に過ぎない。しかし、これを刃に押し留め敵の体に直接当てた場合は話が違う。

 城一つが凍結するほどの冷気がただ一人を殺すために全て使われることになるのである。その状態の青龍偃月刀の刃に触れた場合――それがほんの僅か、爪の甘皮ほどの微々たる接触であろうとも――その者は凍り付き、固まった肉体が割けまるで虞美人草のような赤い花が開いたかのような姿を晒すこととなるのだ。

 これこそが関羽が最も頼りにする宝具“美塵葬・大紅蓮”。決まったが最後逃れる術はない。

 

「そうか」

 

 例えば、宝具に因って出来た傷を体から取り除くといったことをしない限りに於いては。

 

「は?」

 

 ついに関羽の顔から余裕が消えた。

 あまりにも突然で、そしてあまりにも突拍子のない行動であった。

 

「それもどうせ嘘なのだろう?」

 

 アマゾネスの女王は真っ赤に染まった顔で関羽に問う。

 

「いや、おい待てよ」

 

 ペンテシレイアは自らの鼻をなんの躊躇いもなくえぐり取ったのだ。

 どこでペンテシレイアが宝具の効果に気が付いたかは見当も付かない。動物的な第六感か、はたまた戦士としての培った経験則なのか。

 いや、例えその前提があったとしてもその行動に移れるという点が関羽には信じ難かった。

 

「その美貌を手前で傷付けるか、普通!?」

 

 関羽の知っている中にも女の戦士というのはいる。彼が義兄として慕い仕えた王もまた勇ましい女戦士であった。それでもきっとその人物も己の顔を傷付けることだけは躊躇っただろう。

 一度は仕え、唯一無二の主にとっては不俱戴天の敵とも言える王にも女の臣がいた。その女はある戦いで目玉を射抜かれ隻眼となったが、そのことを揶揄されるとヒステリックを起こし、関羽が知る限りにあっては目に付く鏡という鏡を叩き割ってすらいた程だ。

 男である以上、その重みを理解しきれるわけではないが、それでも関羽は男女という性差に於ける顔の価値が違うということは知っているつもりであった。

 それがこのアマゾネスの女王はどうであろうか。

あまりにも軽い。それどころかことの次第を重く受け止めている関羽を軽蔑するように嘆息を漏らしてすらいた。

 

「貴様もあの男と……アキレウスと同じようなことを言うのだな……」

 

 怒り、歎き、或いは悲しみ。

色々な感情が内包された顔面は、大きくえぐられた傷と相まって見るも無残であった。

 

「美しい……その言葉は私の誇りを常に傷付ける。貴様一体、私の何を以てそう評した?」

「見た儘を、に決まっている。キミの顔は美しいと、ボクが心でそう思った! それが理由だ! ボクの心が決めたことにはボクだって逆らえないんだ!」

 

 そう答える関羽の顔には余裕ぶった笑みは一切ない。

 

「ならば貴様のココには何も詰まってはいないし、何も見えていないめくらも同然だな!」

 

 ペンテシレイアは自らの胸に手を当て叫んだ。

 

「私はまだ力も、生き様も、その全てを貴様に晒したつもりはない!」

 

 そして、女王は再び構えを取る。

 その姿は虎に似ていた。少なくとも関羽はそう思った。

 関羽に五虎将という肩書きが与えられた時のことである。自分に言い習わされる虎という生き物に興味を持った関羽は山に入り、虎を間近で観察したことがある。

 ペンテシレイアの姿は虎と称された関羽よりも虎に近かった。

 一見脱力しているように見えながらその身には力が蓄えられ、今にも獲物を仕留めんとする虎だ。

 ペンテシレイアは再び力を溜めているのだ。また宝具を発動するつもりなのだ。充満する魔力と込められる殺気は先程の比ではない。ただ殺すという意志による技ではなく、自分が死んでも必ず殺すという断固たる決意に因る正真正銘の訣別の一撃を放たれようとしている。

 そしてそれが向けられる獲物たるは、

 

「ボクだ」

 

 関羽雲長に他ならない。

 風が金切り声のように喧しくこちらに近づいてくる。獣の唸り声のような風が。

 関羽は後ろを振り返り、藤丸立香と燕青に笑顔を向けた。

 

「ごめん、地雷踏んだ。ここまでみたいだ」

 

 それは太陽よりも輝いた笑顔であった。

 あまりにも無邪気で、つい守りたいと思ってしまうような笑顔を見て立香は、

 

「このおバカァァァ!」

 

 と叫んだ。

 散々余裕綽々に相手を煽っておきながらその結果自分の窮地を招いているのだからそれを馬鹿と言わずしてなんと言おう。

 

「“瞋恚絶唱・英雄殺し(オールキリング・アマゾーン)”!!」

 

 尤もそれを呪おうが、時すでに遅し。

 ペンテシレイアは魔力を充填し切り、関羽に迫る。限界を超えた魔力はペンテシレイアの速力を極限まで高める。

 この時の彼女は、己を殺した世界最速の英霊を超えてなお速かったことだろう。

 関羽はその速度に反応できなかったし、反応出来たとして実際に躱すほどの速力がなかった。

 高められた膂力もかなりのものであり、直撃すれば関羽どころかギリシャ最大の英霊ヘラクレスが七度は死んでいたことだろう。

 だが――

 

「なぁんちゃって」

 

 その攻撃が関羽に当たることはなかった。

 ペンテシレイアの当て身は関羽の体をすり抜け、その後ろの家屋に直撃した。

 

「な……!?」

 

 突然のことにペンテシレイアは茫然自失となる。

 そして外壁に大穴が穿たれた為に家屋は自重を支えるだけの耐久力を失いそのまま瓦礫の山へと変わる。

 

「何故だ! 何故女王の絶技が効かぬ!?」

「不死身か、貴様は!?」

 

 女王の勝利を確信していたアマゾネス達は動揺を隠せなかった。

 そんな彼女らを宥めるように関羽は口を開く。

 

「不死身? 冗談はよしてくれ。ボクは首を切られたら死ぬ、普通に弱い人間だよ」

 

 突然、関羽の体が風に晒される柳の葉のようにゆらめき消えたかと思うと、すぐ隣に関羽の体が現れ、

 

「ただキミらの女王様が自滅したってだけのことさね」

 

 と嘲笑うような声で答えた。

 

「なんだ今の!?」

 

 話の合間に起きた現象。

 恐らく、これがペンテシレイアの攻撃を躱すことが出来た理由だというのは立香にも分かったが、それが何なのかまでは分からなかった。

 

『そうか! 蜃気楼! 関羽クンはあの槍を使って蜃気楼を起こしていたんだ!』

「大正解! 流石は万能の天才!」

 

 あっさりとからくりを見破ったダ・ヴィンチを関羽ははやし立てるように褒めた。

 

「蜃気楼って砂漠にありもしないオアシスが見えたり、車の排気ガスで景色が揺らめいて見えるってアレ?」

『その通り。温度差などで空気の密度の違いが起こると光の屈折が起こり、景色が揺れたり逆さまに映ったり、遠くにあるものが近くに見える現象のことだ』

 

 そこまで説明されれば立香にも分かった。

 関羽は突然消えてすぐ近くに現れたのではなく、すぐ近くに現れたと思った場所に元々ずっと立っていたのだ。

 立香や燕青、アマゾネスにペンテシレイアが見ていた関羽はそもそも幻影だった。そして、ペンテシレイアはその幻影に向かって玉砕攻撃を仕掛けた形になってしまったのである。

 

「策は二重三重に仕掛けるもんだってフクリュー先生も言ってたしね。ペンちゃんのことだから、多分腕だの脚だのもいで生き延びるかもって心配はあったし。そん時はそん時で口八丁手八丁で命賭けさせちゃえって」

「その癖に女王様が顔を抉った時には本気で狼狽えてたじゃねぇか」

 

 燕青の指摘に関羽はバツが悪そうに頭を掻いて苦笑を浮かべる。

 

「いやぁ、まさか顔に当たるなんてボクも思ってなくてさ。それなのに普通に対処しちゃうもんだから。あれはビビるよね、絵面的にも」

 

 そう言って関羽が阿呆のように大笑いを上げた時であった。

 パラリと瓦礫の山から、小石が転がり落ちた。

 その音に反応した関羽は笑い声を止める。積み重ねられた煉瓦の欠片からまず腕が突き上げられ、そこから這いずるようにしてアマゾネスの女王が出てきた。

 

「……殺す……殺す」

 

 呆れたように溜息を漏らしながら、関羽は偃月刀の穂先をペンテシレイアに向ける。

 

Stop(スツォプ)Srop(スツォプ)! もう止めときなって。君はさっき命を賭けての一撃を放った。もう現界しているだけでも苦痛だろう。じきに消滅が始まる。これ以上の流血は無意味だ」

 

 優しく諭すような口調で関羽はペンテシレイアを制止する。

 だが、

 

「まだだ……」

 

 その言葉に耳を貸すことはなく。

 フラフラと、糸の切れたマリオネットのような覚束ない足取りで尚も関羽に向かって行く。

 心の底から厭そうに眉間にしわを寄せながら、関羽は少しばかりずり落ちた眼鏡を中指で持ち上げ、

 

「……死体蹴りなんて趣味はないんだが」

 

 ゆっくりとした足取りでペンテシレイアに向かって行く。

 その時であった。

 ごうと、何かが爆発したような轟音が鳴り響いた。その音がどんどんこちらに近づいてくる。

 

「なんだ?」

 

 音がしている方向に燕青は首を動かし、

 

「これは、なんだ?」

 

 もう一度同じ言葉を繰り返した。

 

「アレだ! アレがやって来る!」

 

 アマゾネス達はそれの到来に慌てふためいていた。

 

「このタイミングで……だと!?」

 

 関羽は舌を打ち鳴らす。

 

「アトラスゥッ……!」

 

 ペンテシレイアはそれの名前を唱える。

 “アトラス”と。

 立香はその名に憶えがあった。それはギリシャ神話に描かれる巨人の名前だ。地球上に存在する山と同じ名を持つその巨人は、嘗て絶えず落下を続ける空を一人で支えていた、星の柱とも言える存在であった。

 しかし、立香の目に映るそれは別のものに見えた。

 本物のアトラスが如何なる姿であったか立香は知らない。しかしそれでも、煉瓦造りの家屋をまるで空き缶のように蹴散らしながら現れた巨人は立香の知る者と同じに見えた。

 大きさこそ違う。しかし鉛のような肌と巌のような面差しはそのままであった。

 

「ヘラクレス?」

 

 カルデアから姿を消したサーヴァントの一人。

 ギリシャ最大の英雄にして、不死身のバーサーカー。

 ヘラクレスその人であった。

 




瞋恚絶唱・英雄殺し(オールキリング・アマゾーン)
 アウトレイジ・アマゾーンのオーバーロード版。霊基を削り命がけで放つ通常のアウトレイジ・アマゾーンよりも段違いに威力が高い。大活性した肉体に因る攻撃である為速力も極限まで上がる為、回避も困難。
 ネーミングの由来は『EAT,KILL ALL』と『Armour Zone』。

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