Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
『霊基パターン九七パーセント一致。俄かには信じられないが、この巨人はカルデアのヘラクレスである可能性が高い。予想はしていたがまさか本当に特異点にいたとは……』
管制室のモニターに映される天を衝くと言うにもあまりに大き過ぎる巨人をダ・ヴィンチは解析した。
導き出された結論に、
『ですが、何故ヘラクレスさんはアトラスと呼ばれているのでしょうか? それに、この姿は一体……』
疑問を呈したのはマシュだ。
『関羽さん、あのヘラクレスさんについて知っていることを話して下さいませんか?』
恐らくこの場で最も地下世界の事情に詳しい人物にマシュは答えを求める。
「実はボクもよく知らない。この地下世界で戦が起こると時折やって来て、戦場を滅茶苦茶にして帰って行く。そして、なんでアトラスっていうと……」
関羽は巨人を見上げ、その肩に視線を向け、
「アイツがそう呼んでいたからだ」
と答えた。
立香と燕青は視線を上に向け、カルデアの管制室ではダ・ヴィンチが映像を切り替えその人物を映した。
その場所があまりにも高過ぎた為に立香の目には人の形をした黒い影としてしか映らなかったが、サーヴァントであり目が利く燕青と管制室のスタッフ達はその姿を捉えた。
その布のようなものを顔からすっぽりと被り、姿を隠した謎の人物であった。
その人物がサーヴァントであることは燕青や機械に因る観測を行うカルデアにいるスタッフ達は勿論、立香にも理解出来た。
どうしてここまで近づいて初めてその存在に気が付いたのか不思議で堪らなくなるほどに圧倒的な威圧感を有していたからだ。
それをより実感したのはサーヴァントとしてサーヴァントの気配を探知出来る燕青だ。その気配はあまりにも巨大過ぎた。人間としては常識的な範疇の体躯である筈なのに、アトラスよりも巨大な何かとしてしか認識できない。
カルデアの管制室でそのサーヴァントを数値化している者達は絶望に近いものを感じていた。最上位のサーヴァントであるフェリドゥーンと同等かそれ以上の霊基。しかも霊基の中には何か別の反応も存在する。極めつけにそんな存在があの不死身の大英雄ヘラクレスを引き連れているのだ。絶望するなと言う方が難しかった。
「……おい、そこのお前」
だがそんな絶望と死に浸されたような緊張感の中でも立香は行動する。
「答えろ! この巨人は本当にカルデアのヘラクレスなのか!?」
敵意を向けてはならない相手に敵意を剥き出し、問わねばならぬことを質す。
「……何処の阿呆だ、貴様は。この俺に対して口を利こうだなどとは」
億劫そうに男が口を開いた瞬間、カルデアの管制室にいた職員の一人が短い悲鳴を上げた。その理由は悲鳴を上げた本人にすら分からなかった。ただ無性に怖いという気持ちが湧き上がってきたのだ。
男は立香に視線を向けると、
「嗚呼、お前はカルデアの……そうか、お前が……」
ブツブツと空気に溶けてしまいそうな声でそのように呟き始めた。
そして暫し押し黙りると、つい今しがた起床したかのような緩慢な動きで自身を覆っていた布をはぎ取りその姿を晒した。
現れたのは異様な男であった。無造作に伸ばされた血のように赤黒い髪は顔を覆う程乱雑に伸ばされ、雪よりも真っ白い肌と合わせて幽鬼のような印象を与える。白内障でも患っているかのような白く濁った眼は併し、その中に宿る光は鋭利であり、見つめられているだけで鏃を喉元に突き付けられているかのような感覚に襲われる。ルビーのような赤い鉱石で作られた鎧は罅割れ、また血や泥に塗れ、その男が装備を整える時間すらない程戦いに明け暮れていた者であることを示していた。
この男の姿を見た一同はもう既に意識していた筈の感情を深めた。
――この英霊は危険だと。
「手前ェは藤丸立香だ。ゲーティアとかいうつまらんヤツの企みを破ったあの藤丸立香だ。それが分かったから、このゲイが姿を晒してやったぞ。有難く思え?」
見下したような、嘲るような声色で男は言った。
「俺の質問に答えろよ!」
一方的に話すだけの男に立香は怒りを覚える。
だが、その怒りもどこ吹く風と言った様子で男は、
「それを決めるのはゲイよ。ゲイの意志を決めるのはこの俺であるが故に」
とそれがまるで至極当然であるかのように語った。
そして男はその言葉通りに自分の心が赴くが儘に喋り続ける。
「そして、このゲイの体を晒すと決めたのは藤丸立香のみ。一体誰の許しを得て俺を見ている、燕雀?」
そう男が言葉を紡いだその瞬間であった。
アマゾネスの一団から不意に赤い雨が降った。
「ぎゃああああ! なんだコレ、なんだ!? 血が、血がァ!」
「私の腕が! 何処、何処ォ!」
「お、お前、頭無いぞ!? アレ? 私の体? いやぁぁぁぁ!」
彼女たちは一斉に体から血を吹きだしたのだ。その部位は胴体からだったり、四肢からだったり、頭からだったりと様々だ。体のパーツが吹き飛んでいる者までいた。
「貴様ァ!」
同胞たちが呑まれた地獄に、アマゾネスの女王は絶叫した。
「遠くから俺を覗き見ている連中もだ! ゲイを見るなァ!」
一体どうやってカルデアから監視されていることを気が付いたのか、男は怒り狂ったように叫んだ。
すると、
『グアァァァァッ!』
通信機越しに叫喚が響いた。
「今の声はムニエル!?」
燕青は声の主をそう判断した。
それは立香と燕青がよく知るカルデアのスタッフの一人であった。
『ムニエル!? 大丈……ウアアアアアッ!』
『いやぁぁぁぁ! 目が、目がァァァ!』
『痛ェ、痛ェよォ!』
カルデアの通信から聞こえてくるのは激痛を奏でる嗚咽のみであった。
『みんな落ち着け。一旦通信と映像を切るぞ……ウグッ……』
痛みに耐えながらダ・ヴィンチは所長代理としてスタッフ達に指示を下していた。
「マシュ! 一体そっちで何が起こってるんだ!?」
『ッ……せん……ぱい……私達は、大丈夫……です……』
後輩がそう言い残した所で通信は完全に切れた。
「大丈夫って……」
「後輩ちゃんがそう言ったんだ。多分、そうなんだろ。あの子は嘘を吐くような子じゃないってアンタ知ってんだろ?」
燕青は不安そうに顔を曇らせる主を鼓舞しようとしたが本心では、目の前でたった今起こったことがカルデアの管制室で起こったのではないかと内心では考えていた。
そもそも燕青の言葉はマシュの事実からはかけ離れていた。確かにマシュは清廉で真面目な少女ではあった。だが、立香の知るマシュは同時にこういう場面で平気で嘘を吐くような少女でもあったからだ。
「テメェ、一体何やりやがった?」
燕青の問いに男はニヤニヤと笑みを浮かべるだけであった。
自分で考えてみろと言わんばかりに。
「弓兵なんだから、射でやったに決まってるでしょうよ」
それにあっさりと答えてみせたのは関羽であった。
「弓兵……だぁ?」
「“羿”って言ってるんだから弓兵だろうさ」
「まさかこいつが言ってた“ゲイ”ってあの“羿”!? 自分の真名だったのか!?」
驚いた顔をする燕青に、関羽は呵呵と笑った。
「サーヴァントが自分の真名を名乗るなんて……とは思うけど、普通に考えて戦いにあって自分の
英霊の真名についての話だということだけは立香には分かったがそれ以上のことは分からない。
「“羿”って何だ?」
「俺と関羽がいた国の古い時代の英雄だ」
燕青が答えた。
「羿って名前の弓を引く中華の英霊は二人いるが、この力の巨大さなら恐らく“后羿”の方だな。古代の中原に在って、数多の魔性を葬った幻想殺しにして太陽を落とした男。それが“羿”だ」
「太陽を落としたってドレイクみたいな比喩だよね?」
「いや違う」
立香の問いに燕青は首を横に振った。
「后羿は文字通りの意味で太陽を落としたんだ」
そして中華最大――いや、全世界の中でも最大級の射手の最も有名な伝承について語る。
「神代の中国で太陽を生んだ神様ってヤツはこれを十個も作っちまってな。取り敢えず、最初は毎日代わり番こで太陽が現れるってことで上手く行ってたんだが、ある日を境に太陽が十個一遍に現れるようになっちまってな。当然、太陽が十個もあったら熱いどころの話じゃねぇ。作物は育たなくなるわ、水は枯れるわのてんやわんやだ。そこで当代の最高神は弓の名人であった羿に一つだけを残して太陽を射落とすように命じた。羿は最高神の勅命を果たし以後、最大の英雄として人々や神々から讃えられるようになった。これがあの男に纏わる伝承だ」
男は燕青が話したことを、
「如何にも」
と肯定した。
「羿はその羿だ。中原に於いてただ一つ――否、天地にあって並ぶ者無き、蒼穹を翔ける鴻鵠よ」
鴻鵠という言葉に立香は不遜なものを感じた。
“燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや”――偉大な人物の考えはただの人には理解出来ないといった意味合いの言葉があるように鴻鵠というのは大人物、取り分け英雄的な行いをする人物を指す言葉だ。
この羿という弓の英雄は自分がただ一人の英雄であり、並ぶ者などないと言っているのだ。
「力もそうなら態度のデカさもギルガメッシュ級かよ……」
立香が思っても口には出さなかったことを、燕青は忌々し気に口に出した。
併し、その在り方は同じく弓兵の器に在り最強の英霊でもあるギルガメッシュとは異なる在り方だ。
ギルガメッシュが弓兵とは言い難いアーチャーとして最強であるならば、羿は生粋のアーチャーとして最強であった。
燕青が立香に聞かせた逸話もまさしく弓兵と言ったところである。
また立香は知らないことではあったが、羿は魔性退治に於いても殆どの戦いを弓で解決しているほど弓の腕を頼みにした英雄だ。
その最大の戦闘力は当然弓兵に於いて発揮されるのが道理だ。
「でもよ、美髯公さんよぉ。羿が弓兵なのは分かったがこの惨状が射に因るものだってのには首を縦に振りかねるね。だって、こいつは弓も矢も構えちゃいない」
だが、そんな弓兵らしい弓兵である羿は意外にもその姿を現してから今に至るまで、弓も矢も構えてはいなかったのである。
その両手は弛緩したようにぶら下がったまま無手であったのだ。
「“射を思い射之射をしているうちには真の射には至らず。射を思わず不射之射をしてこそ真の射手足り得る”」
その答えを示すように関羽はそんなことを言い出した。
「なんだそりゃ?」
訝しげな顔をする燕青に対して立香は、
「名人伝?」
とある作家の短編のタイトルを口にした。
話の筋書きとしては弓の名人を目指した紀昌という若者が、弓の名人である仙人に弟子入りをし、修行の末に仙人の住む山を下山。晩年は弓を持たない弓の名人と言われ、そして遂には弓という名前すら記憶から消え去ってしまう――といったものだ。
さてその名人伝に登場する仙人は矢を放つことなく空を飛ぶ鳥を落とす技を見せるのだが、その時に言った言葉が確か関羽が言った言葉と似ていたと立香は記憶していた。
「その名人伝ってヤツは
まるで昔を懐かしむかのように関羽は語り始めた。
「その男はまぁ、とんでもない弓の名手で矢を番えずに矢を放つという正直説明していて自分でも何言ってんだか分らん
関羽は不意に乾いた笑声を上げる。
「納得できなかったね! いくら友達と言えど舐めたこと言ってっとぶっ飛ばすぞとい思ったよ! 悔しくて悔しくて、必死になってそのからくりについて考えたさ!」
「で、答えは見つかったのか?」
「勿論!」
燕青に対し、関羽は自信たっぷりに答えた。
「その正体、それはズバリ“思い込み”だった」
「思い……込み?」
立香は関羽の言わんとしていることが分からなった。
「例えば熱した鍋に手を触れて火傷をした人間がまた別の時に熱していない鍋に手を触れたら火傷する……こういうことがあるんだ。鍋に触れると火傷するという先入観が本当に火傷を起こさせるワケだね」
「ということは、張遼って人が矢を放たずに矢を放っていたっていうのは……」
「アイツの弓を鳴らす音を聞いたヤツが“矢を射られた”と思い込んでいた。そういう話だったというわけさ」
似たような事例というのは他にも存在する。
ある監獄に於いてこのような実験があった。刑の執行が迫った死刑囚をベッドに縛り付け、まずメスを見せつけ『今からお前の手首をこれで切りつける』と言って目隠しをする。実際のところメスは手首に当てられているだけで、手首には血と似た感触を与える水がしたたり落ちているだけであったのだが、その死刑囚は絶命したのだ。
それだけに人間やサーヴァントといった存在は思いこむことに弱いのだ。
否、サーヴァントこそこういった思い込みに弱いのかもしれない。現に立香は思い込みだけで竜になった少女や、性別を自由に変えることが出来る騎士を知っている。
「張遼はちょっと変わった出自の所為か独特な殺気を持つ男だったが、キミの場合思い込みを起こさせているのは弓の腕を鍛えた末に身に付けた闘気だろう。“コイツに見つめられてるだけで、矢に射抜かれたような嫌な緊張感に苛まれる”……それがアマゾネス達やカルデアの職員さん方に本当に矢傷を生じさせたんだ」
羿はその答えににちゃあと、粘り気のある笑みを浮かべた。
「ご名答」
そう言って彼は自身の手を天に翳しうっとりと見つめた。
「この羿の腕は射を極めた末に射の究極に至った。即ち、真に射を極めた者に! 弓も! 矢も! 必要ないという答えになァ!」
ギャハハハハハと羿は下卑た大笑を上げる。
「で、その答えを暴いた手前ェら燕雀に一体何が出来る? まさかそれでこの羿を超えられると嘯くわきゃあねぇよなァ!?」
羿の言葉の通りであった。
不射之射という羿の技を解明して見せた関羽であったがその具体的な攻略法は存在していないも同然だったからだ。