Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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 エイプリルフールは過ぎた。

 この更新は噓じゃないぜ。


第六節 猪鍋 Ⅱ

 結局一同は鍋の他に包丁や調味料を見つけ、街の外れで和やかな炊き出しが行われた。

 

「美味ェ! こんなに美味いモンを食ったのは久しぶりだ!」

「生き返る! 生きててよかった!」

「ほらほらもっと食え。沢山あるぞ」

「酒もあるぞ、どんどん飲め」

 

 虐待に近い冷遇を受けていた奴隷達は暖かな食事に感涙し、レジスタンスの男達はそんな彼らを優しく迎え入れる。

 とても和やかな楽しい宴の席であった。

 

「この野郎! なんだその包丁使いは! そんなギシギシ切ったら切断面が汚くなるでしょうが!」

「サー、すいません、サー!」

「もっと素早く! 流れるように! お前の包丁には速さが足りない!」

「サー、イエス、サー!」

 

 一部を除いては。

 猪鍋を囲む男たちの楽しい宴のすぐ傍では関羽による地獄の料理教室が開かれていた。

 生徒はフェリドゥーン一名。

 肉を一切痛めぬ為に、包丁の鋭さを生かし切る為に、与えられる包丁術の速さは人智を超えている。

 振るう刃どころか腕すら見えない。その衝撃たるや凄まじく、肉の下に敷いたまな板が粉微塵に吹き飛んでもおかしくない。にも関わらず、肉を破壊してはならないというのだ。

 成り立つ筈のない道理を無理で成立させる為にフェリドゥーンの腕は悲鳴を上げていた。腕がまるで毒を盛られたかのように二の腕が不自然に振動している。

関羽の要求はそれほどまでに苛烈なものであった。

 

「これは、本当に料理教室なの?」

 

 その様子を見ながら鍋をかき混ぜる立香は目に映る光景に“料理教室”などという柔らかな表現を用いることを拒んだ。

 

「なんというか……レオニダスの兄さんが引くレベルだろ、コレ」

 

 肉を切り分ける燕青もげんなりとした顔をした。

 

「驚かせてしやいやしたか?」

 

 そんな二人に後ろから声を掛ける者がいた。

周倉である。

 

「いや、皆まで言わんで下せぇ。アレを見たら誰だって度肝ォ抜かれるんでさぁ。分かっとりやす」

 

 嘗てユーラシア大陸のほぼ全土を支配した大英雄を相手にエキサイトする関羽を見つめる彼の顔は甚く沈んでいた。

 

「おっと、自己紹介をしとりませんでしたな。あっしの名前は周倉と申しやす。何のことはない、そこの関羽の旦那の子分でござんす。頭にとどめておくほどでもねぇ。呼ぶときゃおいとかお前で構いやしやせん」

 

 恭しく首を垂れる強面の男は関羽の従者であったから。

 関羽のこういったわがままな上に良そうも付かないような頓狂な一面には悩まされているのだろう。

 

「おいおい、やめてくれよ。アンタに頭を下げさせたとあっちゃ、梁山泊の仲間の何人かを敵に回すことになっちまう」

 

 慌てて燕青は周倉に近付き顔を上げるように促す。

 

「……そんなに凄い人なの?」

 

 立香は周倉の名を知らない為、燕青が狼狽する理由がまるで分からない。

 

「大刀の旦那の言葉を借りれば“関雲長にその人ありと言われた従者の中の従者”だそうだ。関帝廟と関羽信仰はこの人の遺言を聞いた子孫が世に広めたってほどの凄い人らしい」

 

 へぇと、立香は分かっているのか分かっていないのか判別できないような声を上げた。

 

「お褒めに預かり恐悦至極」

 

 自分はそこまでの器ではないと赤面する周倉の代わりに喜びを露わにしていたのは、いつの間にか燕青の隣に現れ、彼の肩に手を回していた関羽であった。

 

「なんであんたの方が嬉しそうなんだよ……」

「そりゃNatural(ヌァツラー)でしょうよ。だって、周倉が褒められてるんだぜ? いっつも褒められるのはボクばっかりだったんだ。ボクは褒められるのは好きだけど、ボクの周りの人間だって頑張ってるしボク以上に成果を上げてるのに、そんな人達が褒められるってことはなかった。だから嬉しいんだよ、ボクの好きな人達が認められている瞬間に立ち会うのは」

 

 これと並ぶくらいに喜んだ瞬間があるのだとしたら、それは屹度終局特異点からカルデアに戻った後で、マシュの生存を知ったあの時だろう。

 立香がそんなことを思ってしまうくらいに関羽の喜びようは凄まじかった。

 

「つーか、いつまで引っ付いてんだよ。アンタ、そういう趣味なの?」

 

 いい加減に鬱陶しくなったのか燕青は関羽をはねのける。

 関羽は手をひらひらとはためかせると、

 

「本当にボクがそういう趣味ならいいところのお嬢様が鼻血を吹いて卒倒するだろうさ」

 

 と冗談交じりに笑って見せる。

 その時だった。

 

「フォウフォウ!」

 

 ふとどこかでフォウが鳴いた。

 立香は、

 

「どうしたのフォウ……くん?」

 

 彼の名を呼びながらその方向を見た。

 ――途中言葉が詰まったのは、それを見て呆然自室としてしまったから。

 フォウがペロペロと舌で舐めていたのは横たわった一人の男。

 

「えええええッ!? フェリドゥーンさん!?」

 

 ペルシャの大英雄。神代きっての龍殺しフェリドゥーンであった。

彼は包丁を振るう速度を速め過ぎた為に肉体に負荷をかけ過ぎた為に気を失ったのである。

 

 

「生存率5percent(ペーセン)、関羽さんの厨房の試練。矢張り勇夫王でも超えられなかったか……」

「何言ってんだアンタは!?」

 

 何故か真面目な顔で語る関羽に燕青は声を荒げてつっこむ。

 

 

「……いつかいらんの人達に謝って下せぇよ」

 

 周倉は頭痛に頭を押さえていた。

 

 †

 

「いやぁ、ホントに焦った。死ぬかと思ったよ」

 

 なんとか命を繋ぎ止めていたフェリドゥーンは、猪鍋をたらふく食べたことで復活を果たした。

 

「大英雄ってスゴイ」

「てか、冷静に考えて調理で死にかけるってなんなんだよ」

 

 フェリドゥーンと同じテーブルで鍋をつつく立香と燕青はそれぞれ所感を述べる。

 

「旦那は反省して下せぇ。生前、アンタの料理教室のせいで何人の兵卒が辞めてったと思ってんですか」

「いやぁ、面目ない」

 

 周倉から椀に盛られた肉を受けとりながら、関羽は頭を掻いた。

 

「旦那、全く悪びれとらんでしょう?」

「おいおい周倉。今この時だけはSpeak(シュペク) Child(チャアド)なしで行こうゼ」

 

 見てみろと、周倉に言いながら、関羽は猪鍋の酒精に盛り上がる、レジスタンスとアマゾネスに捉われていた男たちに目を向ける。

 

「これだけ盛り上がってるんだ。ここでお説教なんて酒と飯が不味くなる。粋じゃあないだろ、そういうの」

 

 と言いながら、関羽はアマゾネスが置いて行った蜂蜜酒を豪快に瓶ごと煽った。

 

「いやぁ、Mead(ミド)って言うんだっけ? 相変わらずコイツは美味いねぇ。よく益徳が飲んでるヤツを貰って飲んだモンだが、麦や米で出来た酒とはまた違った面白味があって良いよなぁ」

 

 関羽は周倉の苦言を煙に巻くつもりであった。

 それを分かってか、周倉は重い嘆息を漏らす。

 

(なんというか、大分苦労させられているみたいだね)

(まぁ、上司がアレじゃあなぁ。気持ちは分からんでもない)

 

 立香と燕青は周倉に心から同情し、

 

「フォウ……」

 

 猪肉を鼻でつつく白い栗鼠なのか犬なのか判然としない小動物ですら憐みの目を向ける始末であった。

 

「そういえば、話は変わるけど」

「なんだい立香Boy(ブォイ)?」

「立香ボーイ? いや、そんなことよりさっきの酷吏って人達と不夜城っていうのは? 状況が状況だったから有耶無耶になっちゃったけど」

 

 その言葉を聞くと関羽の眼鏡の奥の目が鋭く細目られた。

 

「……そうだね。ここの現状については話しておくべきか」

 

 そう関羽が言った時であった。

 

『ごめん、突然通信を切ってしまって。こっちは復旧した。安心してくれたまえ』

 

 カルデアからダ・ヴィンチの通信が届いた。

 

「良かったそっちは無事だったんだ」

『ナイチンゲールさんとフィンさんが頑張って下さいました。お陰様でカルデア職員は誰も掛けることなくこうして先輩の存在証明に当たれています』

 

 通信から聞こえてくるマシュの声は弾んでいた。

 后羿の不射の射の脅威を見事カルデアが打ち破ったのだからそうなるのも当然ではある。

 

「復旧がVery(ヴェリ) Speedy(シュペディ)! いやぁすげぇなカルデア。流石は古今東西、色んなHero(ヘロォ)が集うだけあって医療チームも粒ぞろいだ。しかもかなり良いTiming(トゥアミン)! 二度同じ説明をする手間が省けるってモンだ」

 

 関羽の感激と称賛は立香にとっては誇らしいものだった。

 何故なら自分が終局特異点を乗り越え、新宿を生き残れたのはカルデアのスタッフ全員の活躍があってこそだから。

 成程、関羽が周倉を褒められたことを自分のこと喜んだのはこういう感覚なのかもしれないと立香は実感した。

 

『うん? 今からこの特異点の状況を説明するところだったの? 本当に良いタイミングで復帰出来たなぁ』

「ああ、有史以来最大のLucky(ルァッキー) Girl(ガル)だぜ? レオ嬢さんや」

『レオ嬢……なんか良い響きだな、それ! 気に入った! と、喜んでる場合じゃなかった。それで、この特異点――アガルタは今どういう状況にあるんだい?』

 

 関羽は蜂蜜酒を喇叭飲みに一気に空にすると、アガルタの状況について話始めた。

 

「君らがアガルタと呼ぶここは現状五つの勢力に分かれて争っている。言うまでもなく一つはボクが率いるレジスタンスだ。これはこの地下世界に落ちてきた男達、不幸にもその後他の陣営の女に捉われた男達とボクの従者たる周倉、それとボクの息子の関平で構成されている」

『待って下さい。この特異点には、地上の人達が落ちてくるんですか?』

 

 マシュの問いに関羽はこくりと頷いた。

 

「ああ、定期的に物凄い頻度で落ちてくる。そして彼らは間違いなく二〇〇一年を生きている人間だ。それもどういうわけか男ばかりが落ちてくるって始末だ」

『それ、地上では大問題になってるだろう。魔術協会は? これについての調査はしていないのか?』

「そこら辺の事情はボクには分からないなぁ。ただ、現状魔術師と思われる人間を見たことはない」

 

 関羽はそう言いながら、煙草を咥え、火を点けた。

 

「あと、現状ボクたちは問題を抱えている。一つはボクの魔力消費。使える人材は多い方が良いってことで常時結界宝具を展開し、周倉と関平を現界させてる所為で青龍艶月(グアンダオ)の連続開放が出来ない。その所為で今の今まで戦いをいたずらに長引かせるくらいのことしか出来なかった」

 

 ペンテシレイアに対し圧倒的な実力を見せた関羽が今の今まで戦いを長引かせていたのはこういった理由であった。

 関羽が万全の状態であれば、呼び出されている土地が中国に比較的近い場所であることも手伝い美塵葬・大紅蓮(チンロン・ユーメイレイ)は魔力消費が少なく連続使用も可能なのだが、別の宝具を使用し続けてというのが前提になると話が変わってくるのである。

 況して種が知れるとこういった一撃必殺、初見殺しの属性を内包する宝具は一気に弱体化してしまうのだから、『確実に殺せる』状況まで出し渋るのも無理はなかった。

 

「すまねぇ。あっしが関羽の旦那の助けなく現界出来ていればこんなことには……」

「いんや、謝る必要なんてないさ。ボクの資質が圧倒的に足りないってのが君をボクに紐付けさせる形でしか召喚出来ない原因なんだから」

 

 自棄に陥りそうな周倉を関羽は煙を吐きながら笑ってフォローした。

 

『一つということは他にも問題を抱えてるということですか?』

「まぁ、その通りなんだが……これについちゃ、実際にボクらのアジトを見て貰った方が早いな。百聞は一見に如かずってヤツ」

 

 マシュの疑問を一端保留にし、関羽は次の話題に移った。

 

「さて、他の勢力についてだ。まず皆さんご存知のアマゾネス。女王ペンテシレイアを頂点にした武力で男を支配する女傑の集団だ。一人一人が強い上、諦めも悪いししつこい兎に角厄介な奴らだ。苛烈なまでの実力主義者だから奴隷にされた男が弱いと平気で殺したりもするし、目下の胃痛ですらあった。正直ほぼ壊滅してくれたのは助かってる」

 

 立香も燕青も、そしてフェリドゥーンでさえも痛いほどそのことについて理解していた。

 

「ほぼ壊滅っていうのは、ペンテシレイアしか残っていないから?」

 

 立香にそう問われると関羽は首を横に振り、

 

「ペドロ」

 

 と宴の中にいた少年に声をかけた。立香がいた日本の基準でいえばまだ小学生の高学年くらいの年齢である。

 

「僕に何か用ですか、ランサーさん」

「君のゲームボーイアドバンスを貸してくれないか?」

「良いよ、でもあんまり長くは遊ばないでね」

 

 ペドロと呼ばれた西洋人らしき少年は関羽に白い色をしたゲーム機を差し出した。

 それは立香にとってはあまり馴染みのないゲーム機であった。

 

「さて、このゲーム機には今、“ピキムン”というソフトが入っている」

 

 ゲーム機のスイッチを入れると関羽は解説を始めた。

 

「あ、それなら知ってるよ。Wiiのダウンロードでやったことあるから」

 

 ピキムンというのは不慮の事故にあった宇宙飛行士が別の惑星に降り立ち、そこでピキムンという植物的な生命体と出会い元いた星に戻る為に宇宙船のパーツを集めるというゲームである。

 

「知ってるなら話が速いね。ではこのピキミンでピキミンが全滅するとどうなる?」

「ゲームオーバーになってゲーム内時間が“次の日”になる」

Exactly(イグザクチュリー)。では、その後はどうなる?」

「確か、その後はまた新たにピキムンが生まれて……あ」

 

 そこで立香は関羽が言わんとしていることの意図を掴んだ。

 

『先輩、何か分かったんですか』

「いや、もしかしたらアマゾネスはペンテシレイアさえ生きていればいくらでも復活できるんじゃないかなって思って」

 

 突拍子のない想像――というよりそれは妄想の域に入っていたものであった。

 だが、関羽はそう思っていると肯定する。

 

『何か根拠はあるのか?』

「ヤツら増えるのを見た。分裂と言えば良いんだろうか? 一人のアマゾネスが二人のアマゾネスになる。んでどうやらそれには男の遺伝子情報つーもんが欲しいみたいってところまで分かってる」

 

 ダ・ヴィンチの問いに関羽はそれを上げた。

 

『だが、根拠としては弱いんじゃないのかい?』

「じゃあ、もう一つ。あの后羿がペンテシレイアを生かした上で連れて帰った。なんかちょっと意味ありげじゃないか?」

 

 燕青も確かにと肯定する。

 

「あの男、興味のわかない相手には(えもの)を構えることすら面倒くさがった。そんな物臭なヤツが瀕死もいいところな女王を連れて帰ったことには何か意味があると見るべきなんだろうな」

「そういえば、羿はヘラクレスに魂を食わせて、アトラスにするとかって言ってた。もしかしたらその為に必要なことだったのかも」

 

 立香は羿の言葉を思い出して言った。

 そう考えれば、ペンテシレイアが残ってさえすればアマゾネスはまた復活するという説も信憑性を帯びる。

 状況証拠に過ぎないが警戒して損ということはないだろう。

 

「でも、一体アトラスを使ってあの弓兵は何がしたいんだろう?」

 

 フェリドゥーンが疑問を向けたのはその目的の更に先にあるものだった。

 

「ボクとしては万能の天才の意見を聞いておきたいね」

 

 関羽に話を振られるとダ・ヴィンチはこのような考察を述べた。

 

『根源に至る……とか?』

 




ゲームボーイアドバンス……二〇〇一年、任天堂から発売された携帯ゲーム機。アガルタの時系列は二〇〇一年の為、発売したての新作ゲーム機ということになる。立香の年齢を加味すれば触れたことのない可能性は有り得ない話ではない。

蜂蜜酒……古代ケルトでの一般的な酒。張飛は葡萄酒と並んでこの蜂蜜酒を好んで飲んでいた……というよりも麦や米の酒が一切飲めなかったらしい。

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