Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
藤丸立香はカルデアに来る以前は神秘の“し”の字すら知らない普通の高校生だった。
カルデア最後のマスターとして、人理を救う未来など予測もしていなかったのだ。
そして、カルデアの職員達は人理焼却を解決した後藤丸立香が再び元の日常に戻れるようにと、神秘に関する知識をなるべく開示しないようにしていた。
「根源って何?」
故に根源について知らないのも無理はなかった。
『“根源”というのは全ての事象の因果となっているものだ。魔術師はそれを目指している為に魔術を扱うのだが……今はどうでも良いだろう。問題はこの根源には本当にありとあらゆる情報が内包されているということだ』
「よく分からないけど、そこに行くとなんでも出来るってことで良いの?」
『その認識でも間違いはない』
ダ・ヴィンチの言葉を受けて立香は再び后羿が何を言っていたかを思い出す。
「……例えば、世界を滅ぼしたりとかも?」
『可能だろうね。あの睨み野郎はそんなことを言ってたの?』
「なんか世界を殺すとか、そんなことを」
その仮説を聞きながら関羽は白煙を吐いた。
「だが、根源に至るって言っても、それでどうしてアトラスを使うことになるんだい?」
『アトラスとはどういう英霊――いや神霊かな?』
「ゼウスに空を支える役目を負わされた巨人だろう?」
『その通り。そして空を支えることが出来るということは空に張られたテクスチャに触れることが出来るということだ』
ここまで聞いて立香は顔を痙攣させながら首を傾げた。
何を言っているのかまるで分からなかった。
「えっと、テクスチャってことは、俺たちが普段見ている空は何かに貼り付けられている一枚の布みたいなものってこと?」
ダ・ヴィンチの発言を嚙み砕いて言い直し、その考え方が正しいのか確認を取るかのように周りの英霊達に視線を投げる。
燕青は自分もよく分からないとばかりに顔を顰め、フェリドゥーンも分かっているのだか分かっていないのだが分からない笑みを返す。
「それであってる……術師でも知識人でもないボクが言ってるんじゃ、信用にゃちょい欠けるけどね」
関羽だけが吸い終わった煙草を地面に捨て、次の煙草を咥えながらそう答えた。
「話を続けてくれ、レオ嬢」
『ん、了解。で仮にそのテクスチャを剝がすと何が出てくるかなんだけど、多分根源が現れる。そうすれば根源に到達することも可能だと思うんだ』
待ってくれと口を挟んだのはフェリドゥーンだった。
『どうしたんだい、勇夫王』
「根源への到達っていうのは本来星にとって不都合なことだから抑止力が働く筈だ。そこに至った後に為すことが世界を滅ぼすことならなおさらだ。上手く行くとは思えない」
『これがまともの状況だったらそうだろうね。でも今は人理焼却のあれこれで世界の修正力がまともに機能しない可能性がある。こんな雑な方法でも根源に至れてもなんらおかしくはない』
関羽は煙草を吹かしながら一つ疑問を口にする。
「なるほどお嬢さんの考えは分かった。でも、気になるのことがある。羿は一体どうやってそんなことを思いついた?」
いくら神代の中華に雷名を響かせた大英雄といえども羿は射手でしかない。
魔術的な逸話は一切なく、根源云々の概念に長じているとは関羽には到底思えなかった。
『あの、これは私の考えなのですが。もしかしてあのアーチャーがこの特異点を発生させた魔神柱の宿主なのではないでしょうか?』
マシュの考えにダ・ヴィンチは
『確かにあのアーチャーにはもう一つ分、おかしな数値の霊基が含まれていた。数字上は死んでいるおかしな霊基が。それが魔神柱である可能性は大きい』
同意を示した。
「魔神柱って君らが戦ったゲーティアとかいうヤツの一部だろ? 確か。死んだとか消滅したって聞いてたんだけど」
「それがどうも一部は生き残っていたみたいで……」
レムナントオーダーの詳しい発生経緯を知らない関羽に立香は自分たちカルデアが置かれた状況を説明した。
「皆様方も随分と面倒を抱えちょりますな」
「彼らだけの問題じゃあないぜ、周倉。世界がかかってる以上ボク等の問題でもある」
「すいやせん、旦那。そうでしたな」
他人事のように言う周倉を関羽は窘める。
『無論、この特異点も問題の一部だしねぇ。と、話が大分逸れてしまった。この特異点の状況について話してくれ関羽クン』
「おう、任された。と、その前に酒を……」
と言って関羽が立ち上がろうとすると、
「へい、旦那」
と言って周倉は立ち上がり凄まじい速さでレジスタンスの面々の宴の中に突入。
あっという間に赤ワインの瓶を取って来てそれを関羽に差し出した。
「相変わらず気が利くねェ。そういうところは
関羽は素手でコルクを引っこ抜くと、血のように赤黒い液体を煽り出した。
「んで、どこから話せばいいかな?」
「レジスタンス、アマゾネス、までは話した……羿とアトラスについては他に何か話せることはあるかな?」
「
「じゃあ、不夜城とさっきの酷吏とかいう人達のことから話して」
そもそも立香が訊ねようとしていたのはそのことであり、関羽はそれを思い出し、
「そういえば、まだ話してなかったね」
とワインを口に流し込んだ。
そして少しばかり濡れて赤くなった口元を拭うと、
「不夜城ってのはこの巨大な洞窟の北側くらいにある常に明るい城のことだ」
「城っていうのは城壁に囲まれた街って意味の城か?」
「その意味で間違いない」
燕青の問いに答え乍ら関羽は吸い終わった煙草を足元に捨て、再び煙草を吸い始める。
「一見は普通の、大体ボクが生きていたくらいの文明レベルの街で人々は比較的穏やかに暮らしている。ただ所詮は見せかけだ。住んでいる男は皆地上からこの地下世界に迷い込んだ哀れな男だし、四六時中その街の女におべっかをつかってなきゃいけない。もしそれに反感を抱いたりすれば……」
「すれば?」
「殺される」
「え?」
関羽の言葉に立香は自分の耳を疑った。
「本当だ。嘘じゃあない。女を誉め続けてなければいけないなんて嫌だ、思ってもいないことを言い続けるなんて嫌だ。そう思ったら処刑されるんだ」
「なんで思っただけで殺されたりなんて……」
「同じ奴隷である筈の男同士で監視し合ってるんだ。反逆者がいることを伝えた者は不夜城を支配する皇帝とやらから恩賞を預かることが出来る」
立香はその不夜城のあり方をあまりよく思わなかった。
この異聞帯に落とされた人達は地上で送るべき日常がある筈だった人達でそれを前触れもなく奪われた被害者である筈だった。その被害者同士で騙しあい、足を引っ張り合い、いがみ合っている。
これほど悲しいと思うことはなかった。
「んでさっき戦った酷吏っていうのは、男達の処罰や粛清を任された不夜城の処刑人達。特異点に落ちた男達をかどわかすことも仕事の一部だが、住民に恐怖を見せるのが仕事の大部分と言って良いだろう。弱い者イジメが本分だからあんまり強くないが常に冷静で機械的、そして完璧に統率された動きをする中々に厄介な連中だよ」
『その不夜城を支配する人は誰か分かっていますか』
マシュの問いに関羽は首を横に振る。
「不夜城についてはボクたちが助け出せたりなんとか逃げだせたってのがほぼ
『それは残念だなぁ』
ダ・ヴィンチの声は沈んでいた。
「ないものねだりをしてもしょうがないでしょ」
「勇夫王の言うとおりだぜ、画家先生。それに次に教える勢力についちゃ、
人を食ったような笑みを浮かべながら関羽は紫煙を味わう。
「最後の勢力っていうのは?」
「東に存在する海の上。そこに浮かぶ都市“イース”を本拠地にする女海賊達の軍団」
「女海賊!?」
その語句に思わず身を乗り出した立香と燕青に、関羽はたじろいだ。
「もしかしてそのリーダーの名前ってドレイクだったりする?」
「
「今は良いから、そういうことは!」
立香の必死さが関羽としてはやりづらく、思わず視線を泳がせた。
「……でも本当に違うんだよなぁ。イースの元締めの名前はダユーっていうんだよ」
「ダユー?」
立香はその名前に心当たりがなかったのでマシュに訊ねた。
するとマシュはすらすらとイースとダユーの伝説について語り始めた。
イースというのは、五世紀頃のフランスに存在したと言われる伝説上の海上都市である。洪水から都を守るための水門が象徴的だったその都市は、そこを横切る船に海賊行為を行い巨万の富を築き上げたという。
だが、人々はやがて享楽におぼれ、街には背徳が蔓延り、最後には悪魔の悪戯で水門がこじ開けられ街は一夜にして海の底に沈んだ。
これが伝説の顛末である。
そしてその伝説の海上都市の支配者だったのがダユーという女性である。彼女の持つ富と美貌は誘蛾灯のように多くの貴公子達を惹きつけたが、彼女を満足させる男はいなかった。皆一夜にして飽きられると殺され、海に捨てられたという。
「良い後輩を持ったねぇ、立香
『恐縮です……』
関羽に褒められるとマシュは恥ずかし気に声を揺らした。
屹度、顔を赤らめているのだろうと、立香は思った。
「まぁ、ここでの勢力争いに参加してるイースも概ねそういう連中だよ。唯一伝説と違うのは、男を一夜で捨てるのはダユーだけじゃあないってところだ」
「それってつまり……」
「その
立香が想像したのはダユーの部下の女海賊達もまたダユーと同じように一夜で男を捨てた挙句に殺すといったものであった。
フェリドゥーンはそれを聞くと体を小刻みに震わせ、血の涙を流していた。
「ちょ、大丈夫かよ。フェリドゥーン」
「大丈夫。ちょっと目にゴミが入っただけだから」
燕青の心配に対しても笑顔とサムズアップで答えるフェリドゥーンであったが、その豹変ぶりはとても尋常といえる状態ではなかった。
「フォウ……」
フォウですらフェリドゥーンを気遣うかのように手元までやって来て、彼の指をペロペロと舐めた。
『勇夫王が怒るのも無理はないな。今のところ、そのイースって連中が一番この特異点に落ちた一般人の害になってる』
「もし攻めるとしたらそこだね」
周倉は関羽を無言で見つめていた。
彼の決断を待っているかのように。
「……君らに求められるまでもなく最初に滅ぼすならそこだと思ってたさ。でもちょっと時間をくれ。問題があるんだ」
「問題って?」
「闇雲に攻めると、羿が現れる。そうなるともう攻略どころの話じゃなくなる」
ペンテシレイアを倒そうとした土壇場に割り込んできたのと同じように、ダユーを倒そうとしても横やりを入れてくる可能性は考えられる。
であれば、やることは一つである。
「羿の注意をイースとは別の所に向けながら、イースを攻略する?」
「
指を鳴らして関羽は燕青を褒めた。
「……で、その方法ってのは具体的にどういうモンだ?」
「それは……」
関羽は天を仰いだまま押し黙った。
そして突然立ち上がると、
「アジトに戻りながら考える! てか、みんなにボク等のアジトを見せておきたいし」
と満面の笑みで答えた。
残念ながら、策などなかった。
葵尋人、実はTwitterをやっとるのですが、ヘラクレス=アトラスのアイデアっていうのは結構ありふれているんだなと痛感してます。
(結構前にその発想をしている人をTwitter上で見た為)