Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
立香と燕青が管制室に遣って来ると招集されたサーヴァント達が既に勢揃いしていた。
「おお、皆さん。お早いお付きで」
へらへらと平時と同じ軽口を叩く燕青であったが、
「……軽口は良いからさっさと並びなさいな」
最初に返って来たエレナの言葉に、棘があるのを感じ取り、ふざけていられる場面ではないことを察する。
更に周りを見渡せば、機械を弄っているカルデアの職員達は皆、ぴりぴりと気を張り詰めている。
成程、確かにこれはふざけてはいられないと、燕青は気を引き締め、フェルグスの隣に並ぶ。
「一体何があったの?」
立香はカルデアスの前に立つマシュとダ・ヴィンチに訊ねた。
「うーむ。一体何から話すべきか。正直色々なことが起こり過ぎて迷っているんだ」
ダ・ヴィンチは本気で困った顔をしていた。
それが現在進行形で起こっていることの胡乱振りを如実に物語っている。
「時系列順に説明したら如何だね?」
と、エミヤが提案した。
「そうですね」
マシュは頷くと、説明を始めた。
「まず昨夜、黒髭さんと先輩がレイシフトをしたのは皆さんご存知ですか?」
件の二人を覗いた他の四人に訊ねる。
「ドレイクの姐さんを探してたんだろ?」
立香以外の全員が彼に注目した。
「……さっきマスターに聞いて俺もビックリしたんだが、カルデアの職員さん方の様子を見るに、見つかったってわけじゃあねぇな、こりゃ」
面倒くさそうに燕青は頭を掻いた。
「理解が早くて助かるよ。そして、事態は好転するどころか、寧ろその逆だ」
ダ・ヴィンチは神妙な面持ちで、告げた。
「黒髭と立香君がレイシフトを終え、カルデアに戻って来てから気が付いたんだが……ヘラクレスの姿がカルデアから消えた」
一同は息を呑んだ。
「そ、そういえば……」
エレナが躊躇いながら口を開く。
「如何したの?」
「いえ、今朝ちびっこ達がヘラクレスを探していて。若しかしてあれってそういうことだったの?」
立香と黒髭の捜索は、カルデア内の時間に換算して“夜通し”であった。当然その間、カルデアのスタッフ達にはヘラクレスの存在に気を配る余裕はなかった筈だ。レイシフト先での藤丸立花の存在確定や機械諸々の操作に人員が割かれたのは勿論のこと、その時間帯は丁度仮眠や食事で管制室内のスタッフが少なかった。
故に、エレナの発言は有難かった。これでヘラクレスがいなくなった時間は今朝から昨晩ドレイクがいなくなってからの間となる。
「他に誰か、昨夜から今朝に掛けてヘラクレスさんの行動を目撃した方はいませんか?」
マシュの問いに、エミヤは首を横に振る。
「昨晩はほぼキッチンに籠りきりだ。無論、バーサーカーが訪れたということもない」
ティーチも、同じく首を横に振った。
「フェルグスさんは?」
「うーむ。関係があるかどうかは分からんが、ヘラクレスと言えば金時のヤツが……」
フェルグスは顎に手を当て、昨夜の出来事に思い浮かべる。
「確か表に出てヘラクレスと相撲を取ったんだ。どうにもヘラクレスのヤツは強敵だったらしく、山の中腹辺りまでフッ飛ばされたそうだ」
「おい、いきなり与太話になったぞ」
燕青が会話に横やりを入れると、立香は自分の唇に人差し指を当てた。
――ちょっと静かにしてて。
そう伝えるように。
「で、命からがら頂上まで戻り、ヘラクレスに再戦を挑もうとしたのだが……」
「したのだが?」
「ヘラクレスのヤツはいなくなっていた。金時は“チクショー! 勝ち逃げされた!”とぼやいていたが……どう考えてもこれは関係ないな。すまん」
フェルグスが話した内容はどの方向から攻めてみても突っ込みどころしかなかったが、立香やマシュはそこを敢えて置いておいた。
「って、言ってるけどどう思う?」
「無関係には思えませんね。あと、今後カルデアに於ける相撲行為の一切は禁止にすべきかと」
ダ・ヴィンチも、二人と同様にフェルグスが語った出来事にヘラクレス消失との因果関係を見出し、更に彼に訊ねた。
「それは一体何時のことだった?」
「確かアレは俺が鍛錬を終えた直後であったから……」
フェルグスが語った時間から、金時が相撲を開始した時間と雪山の中腹まで吹き飛ばされてからカルデアに戻って来るまでの時間を割り出し、そこからヘラクレスが消失した時間を求めた結果、どうやらドレイクがいなくなった時間と重なるということが分かった。
「成程……」
と、ダ・ヴィンチが興味深げに唸った時だった。
「おい、ダ・ヴィンチ。それが一体俺達が集められたこととどう関係があるってんだ! 説明しろ!」
今まで無言を決め込んでいた黒髭が怒鳴り始めた。
オタクを絵に描いたようなふざけた口調すら置き去りにして。黒髭はそれだけ気が立っていたのだ。
立香もその気持ちは痛い程よく分かった。だからこそ、
「黒髭、落ち着いて」
立香は黒髭を宥め、
「話を続けて、ダ・ヴィンチちゃん」
とダ・ヴィンチにそう促す。
「――本題に入ろう。君たちを呼んだのは、魔神柱の現出――詰りは特異点の発生を確認したからなんだ」
黒髭も、他のサーヴァント達も、また立香も衝撃に目を見開いた。
「そして、現時点で断定は出来ないが、二騎のサーヴァントの消失と特異点発生時期がほぼ重なることから大きな関係性が疑われる」
ダ・ヴィンチの答えに燕青は頷く。
「確かにこれだけ証拠があって無関係つーわきゃねぇな」
続いて、フェルグスが掌の中で拳を打ち鳴らした。
「詰まり、魔神柱の討伐と仲間の捜索――同時に行うということだな」
「うん。そういう認識で構わない」
依然にして特異点の修復は困難を極めることではあり、真剣に事に当たらなければならないのは当然であるが、それに加え、今度は仲間の存在が掛かっているかもしれない。そう考えると、一層、気を引き締めなければならないと、立香は奮い立った。
「――所で、今回の特異点が出来たのは一体何処なのだね?」
「それが……」
エミヤの問いにマシュは恐る恐る口を開いた。
――恐れたのは、観測結果の誤り、また自分達の観測の誤りを疑われると思ったから。カルデアスが示したのは、そんな場所だったのだ。
「地底……です」
「何の冗談だ?」
真っ先に胡乱そうに眉を吊り上げたのは黒髭であった。
一九九九年の新宿も特異点の発生場所として奇妙と言える場所である。併し、今回の発生場所に比べればまだ現実的であるといえるだろう。
そもそも特異点とは人類史に出来た染みのようなものだ。当然、それらは予め定められた正しい歴史の中では異物でしかなく、故に歴史のターニングポイントにそれが発生した結果人理焼却の要因となったのだ。
然う――特異点は人類史に発生する。裏を返せば、人間の歴史が存在しない位相に特異点は生まれる事はないのである。
だからこそ、地底に特異点が生まれる筈はない。オカルト小説の世界ならば話は別だが、歴史上、人間が“文明”と呼称し得る時間を地底に刻んだ痕跡はないからだ。
「嗚呼、勿論そんなことは在り得ないと思ったさ。併し、観測結果は変わらない。西暦二〇〇〇年の中央アジア――そこに出来た地下大空洞だ」
アジア、地下空洞……。
それらのファクターを耳にした時、立香は“既知”を覚えた。何処かで誰かが、そんな話をしていたような気がする。
その答えは直ぐに齎された。
「まるで、アガルタね」
今、そのように評したエレナから聞いたのだ。
地球は岩石や金属で出来た幾つかの層が積み重なり球となった、言うならば“中身の詰まったボール”であることは論ずるまでもない常識であろう。
併し、そのような姿が明らかでなかった時代、地球はゴム毬のような“中身の詰まっていないボール”だとした説があった。
そして“アガルタ”というのは、そんな説の上で成り立っていた概念である。超能力や超人的な能力を持った人と異なる人、自然界を超越した生命体が生息する神秘主義者たちの理想世界。それがアガルタだ。
そして、その中空世界の地表の入り口――所謂シャンバラがあったとされる場所こそ、此度特異点が発見された中央アジアなのだ。
「……成程、アガルタか。確かに。亜種特異点Ⅱという呼称では長いし、“此処”という呼称も幅が大きすぎて訳が分からなくなる。これからこの特異点を“アガルタ”と呼称しよう。その方が分かり易い」
「うん、確かに」
これには立香も同意を示す。後で記録に残すにしても、名前があった方が何かと都合が良いとも思う。
「あと、俺達がやらなきゃいけない、このオーダーにも名前を付けるべきだ」
更に立香は自分からそのような提案をしていた。
如何してそう思ったかは――矢張り気分の問題であった。
ロマニ・アーキマンが総てを掛けて作ってくれた未来《あした》を生きる為の、使命につけるべき題名が欲しかったのだ。
ダ・ヴィンチも、マシュもそれは屹度同じ気持ちであったから。
「では、レムナントオーダーとしよう」
斯くて、亜種特異点の消滅作戦の名は決定した。
嘗て時間神殿でカルデアと争い、その隙間を縫うように『七十二の悪魔』の軛から外れた者達。
自我を得、魔術式ゲーティアが求めた結末とは異なる命題を獲得した魔神柱。
冠位指定のやり残しであり、カルデアの、そして最後のマスター藤丸立香の不始末の結果。
やり残し《レムナント》。
「レムナント」
此処に集まったサーヴァントや、カルデアの職員もまた同じように繰り返した。
如何やら此処にいる誰にとってしてみても――最終特異点の戦いを乗り越えたわけではない燕青にも――相応しい名称のようであった。
只、“生きる目的がやり残し”なのかそれとも、“生きる為のやり残し”なのか。どちらにせよ、やり残しが先に立つ時点で皮肉でしかないと立香は苦笑した。
立香と英霊達はコフィンに着いた。
仲間がいなくなったというのに――不謹慎ではあったが、子供の時分、遠足を前にした時のような流行る気持ちを立香は確かに感じた。
すると、マシュが、立香がいるコフィンの傍に立った。
「先輩」
何時もと変わらない、立香のことを指す、彼女特有の呼び方。
けれど、この時の響きにあったのは、無力感と悲しみ。
「今回もお役に立てなくて、ごめんなさい」
最終特異点を超え、そこで死んでしまったと思われていたマシュはけれど生きていて――代わりにデミサーヴァントとしての力を失ってしまっていた。
それは、新宿を乗り越え、また別の亜種特異点に乗り込もうとしている今も変わらない。
――最後に一度ぐらいは、先輩のお役に、立ちたかった。
大熱量を前にした、彼女の言葉がリフレインして、立香はとても厭な気持になった。自分はマシュがいたからこそ、あの場所に立てていたのに、あんな言葉を言わせてしまった憤り。役に立つ所か、過剰なほど返すものは貰った筈なのに、それでも返そうとした彼女の姿が、見えない槍のように、藤丸立香を抉る。
「大丈夫。マシュがいるから、俺は戦えるんだ。此処に戻れるんだ。此処にいられるんだ。大丈夫、大丈夫――」
大丈夫を何回だって繰り返す。
マシュ・キリエライトは優しい女の子だから、那由他を積み重ねたって届かないことは、誰であろう藤丸立香が知っているのに。
「アンサモンプログラムスタート。霊子変換を開始します――」
そうやって、大丈夫を繰り返している内に、世界は暗転した。
この物語は藤丸立香の主人公力に重きを置いた描写をしております。
故に所謂、ぐだageに近い状態になる場面もあるやもしれません。そうなってしまった場合、それは作者の力不足です。
どうぞ、おかまいなく石をお投げ下さい。
そして、謎の燕青推しですが、これは作者の好みです。