Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
マイトガイという言葉を知っているだろうか。
日本のとあるプロレスラーに付けられた綽名であり、意味合いとしては“ニトログリセリンを用いた爆弾のような極めて強烈な人格を有する男”といった具合になる。
「ウォォォォオ!! お疲れ様ですッ!! 父上ェェェェ!!」
例えば藤丸立香の目の前にいるこの男のように。
容姿は髪が短いこと以外は関羽と極めて似通っており、そしてその性格は関羽とは別ベクトルで最悪であった。
やたらと声を張り上げる。それこそ喉にダイナマイトでも仕込んでいるのではないかと疑われるほどに。
さて、現在藤丸立香がいる場所は巨大な岸壁に空いた洞窟の中である。当然フェリドゥーンや燕青、レジスタンスの面々も一緒だ。狭い空間で爆音を響かせれば一体どのような結果が待っているだろう?
「ぐああ耳がぁぁぁ」
「頭が痛ぇぇぇ」
一同が鼓膜をやられのたうち回る地獄絵図が出来上がるのは当然の成り行きであろう。
「一体どうされましたァ! 皆様方ァ! 何やら初めて見る方もいらっしゃるようですが!? どうも、お初にお目にかかります!! 蜀が誇る大英雄、五虎将筆頭関羽雲長が子息ゥ!! 姓は関、名は平、字は坦之!! 以後ォ!! お見知りおきをォ!!」
周倉と二人耳を塞いで音波攻撃の難を逃れていた関羽は、
「今日も元気だねぇ。うんうん、人間やっぱり元気が一番だよ」
バシバシと肩を叩いた。
「ボクがいない間に敵襲はなかったか?」
「いえッ!! 今日も“桃源郷”は平和でございまする!!」
「そうかそうか、ソイツは良かった」
そして関羽は後ろを振り返りカルデア一同に、
「ボクからも紹介しておこう。この子は関平。ボクの息子でボクに似てとても優秀なんだ」
と、改めて紹介した。
頭を押さえながら立香と燕青は立ち上がると、
「それよりも先に言うことあるよね!?」
「特異点攻略前に死ぬところだったぞ、こっちは!?」
と抗議する。
『か、管制室が再びロストするところでした……』
『この親にしてこの子ありだな……耳が痛い』
カルデアのスタッフ達も九死に一生を得たような様子である。
そして彼ら以上に驚き四肢が乱雑に絡んだ名状しがたい態勢で地面に仰向けになったフェリドゥーンは、
「一体、何が起こったんだ? 俺は今、何をされた?」
と前後不覚に陥っている。
これほどの惨状にも関わらず、
「さてそれじゃあ、我がアジトをお見せしよう」
と何事もなかったかのように関羽は歩き出そうとした。
「おいこらふざけるな! 後でちゃんと謝れ!」
だが結局、此度の不慮の事故が取り沙汰されることはなかった。
†
さて、レジスタンスのアジトは岸壁にぽっかりと小さく空いた洞窟の向こう側にあった。
高い岩山に囲まれた盆地であるそこは桃の花が咲き乱れる美しい花園だったが――
「なんだ!? この臭いは!?」
しかしそこに漂うのは華の甘い芳香などではなかった。
立香が思わず鼻を腕で庇った異臭。その正体は人間の糞尿であった。
地面を見ると掘り返されその後で何かが埋められた跡がある。それが至る所に存在していた。
立香はこの中に排泄物が埋まっているのだろうと想像した。
そして埋まっているだけならばまだ良かったのだが――現物が木の根元に放置されていた。
腹を壊す時に出すとこのようなものが出る――というのが、立香が黄褐色で幾ばくか液化しているそれに対して抱いた感想である。
そして、糞尿臭い桃園の至る所に、男達が腰を落としていた。
彼らの顔はどこか虚ろで、皆項垂れ、覇気がなかった。ここがレジスタンスのアジトというのならば、アマゾネス、不夜城、イースのいずれかに捉われていた男達であろう。
併し、捉われの身になった為に消耗している――とはまた違うような疲弊の仕方をしているように立香には見えた。
「ここがボクたちのアジト。ボクにとって最も大切な風景に、似ているから“桃園”―と呼んでいたが正直このあり様になったこれをそうは呼びたくはないので“桃源郷”と呼んでいる」
桃園とは言うまでもなく三国志演義などに描かれる蜀の創始者である劉備が後に彼に仕える関羽と張飛、二人の豪傑と義兄弟の契りを交わした桃の花が咲き乱れる園のことである。故に関羽にとってその名自体に特別な意味があったのだろう。
そしてその特別な名を汚さない為に代わりに与えられた桃源郷という名前。これは中国のある詩人の作に登場する俗世から離れた場所、または精神的に至る境地とされるものである。
とはいえ、その名にしても現状とはほど遠いことには違いはない。
「関羽、ここの問題っていうのは……」
「ぶっちゃけ“下痢”だね」
関羽も漂う悪臭には耐え難いのか、堪らず煙草を吸い始めた。
「ここは見ての通り高い岩に囲まれていて敵の侵入はない。唯一の出入口であるあの洞窟も
そう言いながら関羽は手近な木から実を一つもいだ。
丸々と大きく肥えた桃である。
「食料がこれしかないってことだ」
「桃だと何か問題があるの?」
立香の疑問に関羽が答えるより早くマシュが答えた。
『桃というよりも果物であることが問題なんだと思います。果物に含まれる甘味成分のフルクトースには食欲を増進させる働きがありますから』
「……中々お腹いっぱいにならなくて食べ過ぎる?」
立香が説明を嚙み砕いて出した回答をマシュは肯定する。
「これだけ汁っけの多い桃を食べ過ぎりゃ、そりゃ腹も下すわな」
近くの木からもいだ桃をもきゅもきゅと咀嚼しながら燕青は答えた。
「関羽くん、流石にこの桃だけを食べていたということはないと思うが……この人達はここにどれくらいいるんだ?」
「ざっくり一ヶ月。ちなみに
関羽の答えにフェリドゥーンは、ゾッと顔を白めた。
『一ヶ月下痢が続いてる状態か……精神衛生的にも、公衆衛生的にもよくないな、これは』
ダ・ヴィンチの言う通り、下痢という状態は精神的にあまりよくない状態である。
“ストレスで胃に穴が開く”などという比喩がよく使われるが、実際に胃に穴が開くまではいかなくとも胃壁が爛れるということは十分あり得るし、ストレス性の下痢や便秘といったものは医師の診断として存在する。
人間の活動において消化器官と精神状態というのは密接に絡んでいるのである。
加えて見知らぬ土地に突然連れて来られたこと、捉われの身になり生かさず殺さずの状態が続いたことも重なっているのだ。
鬱病を発症したとしてもおかしくはない。
いや、断じてしまえばここに残された男達は皆、軽度重度に差はあれど抑うつ状態にあった。
『関羽さん、こんな状態で一ヶ月もあったということは、この地下空洞に出入口は……』
マシュの問いに脱力した顔で関羽は首を振った。
「なかったよ、どこにも。ここに最初に招かれて囚われになっていた男達を助けてからすぐにそれを探して、その後も探し続けてるけど結局見つけられなかった」
そして関羽は、
「
と灰がすっかり長くなってしまった煙草を見せながら周倉に灰皿を要求する。
「そんくらい自分で取って下せぇ。へい」
と文句を言いながらも周倉は言われるよりも早く桃源郷のどこからか灰皿を取りに行っていたようで、それを関羽に差し出した。
「
灰を落としながら、通信機越しにダ・ヴィンチを射抜くように関羽は目を細めた。
「
『ご明察。ここはヒマラヤ山脈のほぼ真下に存在する』
「あ、分かった。上から山が落ちてきて
『それどころか地上で大規模な土砂災害になってたかも』
フェリドゥーンは重い溜息を漏らす。
「何なんだここは? 男を奴隷にする女達がいて、それから逃げようとすれば、殺意の高い魔獣に餌にされる。上手くここに逃げ着いたとしても最終的には精神を削られる。脱出する手段はない。無理矢理脱出しようとすればやっぱり死ぬ」
「あ、勇夫王も気づいちゃった感じ? すっごい趣味悪い
このアガルタは男を苦しめるための監獄のようなものであると言えるのかもしれない。
その事実を今まさに詳らかにしてしまった為か、
「俺たち本当に元居た場所に帰れるのか?」
レジスタンスの男の一人から疑問の声が上がった。
「もう何日も妻の顔を見ていない」
「息子の誕生会を開く予定だったのに……」
「母ちゃんのスープが飲みてぇなぁ……」
帰り方が分からないという事実を今まで考えないように努めていたのだろう。男達は突然泣き出したり、発作のようにホームシックを起こしたりした。
大の男が人目もはばからず、である。
「大丈夫だって!」
そんな彼らを関羽は笑って励ました。
「君たちは絶対帰るべき場所に帰す。それは約束するって言ったろ?」
「でも……」
「ああ、確かにこんなことを言い続けてもう一ヶ月だ。でも言い続けて、明日はきっと良い日になるって思って頑張ってたら事態は変わった。頼もしい仲間が加わっただろ? だからきっと大丈夫だ。駄目だったら荊州にあるボクの像を破壊したって構わない」
関羽はヒステリックに陥りかけた男たちに親指を立てて誓った。
「おい、関羽くん、それは俺のポーズだ。盗ったら駄目だろ」
サムズアップにアイデンティティーを見出しているのか、フェリドゥーンが膨れた顔で関羽の前に割り込み、
「俺も誓うぞ。みんなを絶対に助ける」
と見本を見せると言わんばかりに親指を立てて男達に向けた。
ほんのりと男たちの顔色が明るくなる。
「……分からねぇな」
二人の行動を見て呆れような顔で燕青が言った。
「何が?」
「二人ともどうしてそういうことが出来んだ? 知らない人間だろ?」
関羽は燕青の答えが意外だったのか眼を丸め、フェリドゥーンはすぐに答えを返した。
「俺は夢を追う王様だから。この人達も俺の夢の中にあるから、だから助けるんだ」
「夢?」
「みんなを笑顔にしたい。昔、約束したんだ。“この星を笑顔で溢れさせる王様になる”って。それが俺の夢」
まるで子供のような、具体性もない願いだった。
――この王様は、頭に雲か霞でも詰まってんのか?
燕青の中でフェリドゥーンの評価が下方修正された瞬間であった。
此方にならば望む答えが得られるのではないかと、次に燕青は関羽の方に目を遣った。
「簡単だよ。ボクの王様だったらこの人達を見捨てない。ボクの王様だったらきっとボクに助けろって言う。だから、言われなくても助ける」
関羽は春風のような柔い笑みを燕青に返した。
「それはキミだって同じだった筈だろう?」
「あん?」
「梁山泊百八魔星の一人、燕青。同じく魔星の一人、盧俊義の従者。キミだって主人に命じられて誰かを助けて来たんだろう?」
燕青からは答えがなく、彼は突然心がなくなってしまったかのような漂白した顔で立ち尽くしてしまった。
「燕青?」
立香の呼ぶ声にもまるで反応が無い。
関羽は煙草の吸殻を灰皿に捨て、突然燕青の鼻先三寸の所まで顔を近づけた。
「うわっ! と、突然どうしたんだよ?」
そこで漸く意識を覚醒させた燕青を関羽はなおも無言のままで見つめ続ける。
「なるほど」
何かを悟ったかのような顔をして関羽は遠ざかると、眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げ、
「作戦が決まった」
と突然言い始める。
『はぁ? 今ので?』
天才を自称する奇人ですらも驚く、奇妙な思考であった。
「うん、最強のボク達が、最強のままに戦える方法」
関羽は燕青の顔を指差す。
「
そして彼の打ち立てた作戦は――
「単独行動。キミ一人でイース攻略ね」
関羽自身の正気と、それを聞いた人間の耳の調子が疑われるようなものであった。
・関平について
史実では関羽の実の息子、演義では養子という扱いの彼ですが、この作品においては両方が正解です。実は彼は戦場に落ちていた関羽の血液から黄巾党が作り出したホムンクルスで、黄巾党崩壊から時が経ち暫くして関羽に養子として迎えられた――という設定になってます。
だから実子でも養子でも両方正解なんです。
・荊州の関羽像について
こんなもんぶっ壊そうものなら大事件になります。読者の皆様はくれぐれも絶対にやらないで下さい。