Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第九節 “邪竜殺し”対“射の太極”

 流れ星が翔ける。

 星がないはずの地下空洞(アガルタ)の空に。

 紛い物の昼の空を疾走するその星の名は“赤兎無塵(チィェンリーシィン)”と言った。

 それは愛紗と名付けられた関羽の愛馬がその力を最大に発揮した状態――真名解放でもあった。

 時速四〇〇㎞にも及ぶ速度で以って飛翔する天馬がその勢いのままに地に墜ちれば、その目的物の如何によっては塵すら残さないだろう。

 故に関羽はその速さに無塵の名を付けた。

 立香達のいる草原から不夜城まで僅か十数秒。

 

「うわぁぁぁぁ! 不敬過ぎてビックリするゥゥゥ!」

 

 悲鳴を連れて流星が戻って来るまで僅か数十秒の出来事であった。

 赤兎馬から飛び降りた関羽の肩の上で暴れているのがまさに不夜城の主であった。

 併し、それは――

 

「子供?」

 

 立香の目には童女にしか見えないものだった。

 いかにも高価そうな着物に身を包んでいるが如何せん背丈が小さい。関羽が比較的長身であることも相まって野うさぎのように見えてしまう。

 拍子抜け、というのが立香の抱いた率直な感想である。

 

「めんこい姿だからって油断しない方が良い」

 

 だが、嘗てユーラシアのほぼ全土を支配した大王たるフェリドゥーンの目は彼女の本質を捉えた。

 彼女の持つ気風はまさしく王であると。

 故にこの童女に対して警戒はせねばならなかった。

 しかしそれは適わない。

 フェリドゥーンの意識は空を覆いつくす光線に釘付けになってしまっていたから。

 人間の眼球と同程度の太さの光の筋が此方に向かってくる。筆舌すべきはその数は凡そ二万。そして恐ろしいことにそれは、ドーム状にフェリドゥーン達を囲む形で迫って来ていた。

 

「うわぁぁぁ!! なんじゃこれはァァァァ!?」

「羿の、宝具か!?」

 

 その規模と想定される威力から関羽はこれが対軍宝具であるものと予測する。

 

「この羿の(かいな)が宝具か。キハハハハハ!! 燕雀にはそう見えるか!!」

 

 その想像を一笑した后羿の言葉が関羽の耳に届くことはなかった。

 それもその筈だ。羿は約二〇㎞も隔てた場所から彼らを迎撃しているのだから。声が届いている筈がなかった。

 況して羿は標的との間に遮蔽物が存在すれば気配を絶つことが出来る特殊スキルを持っているのだからなおのことである。

 そして、逆に羿からは彼らが見えている。アーチャークラスのサーヴァントは多くの場合恵まれた目を持っているが羿の目は射手として最高峰であると言えた。視界は三六〇度、天体望遠鏡クラスの遠視能力と電子顕微鏡クラスの分解能を併せ持ち、遮蔽物を無視する透視能力、極まった動体視力による疑似未来視も可能とする。

 そして羿にはこの視力を腐らせないだけの射の技量があった。二〇㎞先の目標物を矢の軌道を自由自在に捻じ曲げ、取り囲んだ上で的中させるだけの技量が。二〇〇〇〇本の矢に因る死の牢獄を宝具無しで作り上げる技巧が。

 否、宝具無しというのは語弊があった。羿の手に握られている赤い弓。その銘を“紅蓮(ホン)”。これは羿の最も有名な逸話“射日”を為した時に使われた弓であり、丹弓とも呼ばれる。そして、その性質は絶対不破。全霊を以って矢を射続けるだけで弓を壊してしまう羿が、二〇〇〇〇本の矢を五秒で打ち尽くす無茶をやっても壊れることがないというただそれだけの弓である。

 ただそれだけの弓であるが、羿が最も頼りにする武具であり、それだけ羿が本気になっているという証左でもあった。

 誰であろう東方の邪竜殺したるフェリドゥーンに対して。

 だが、、そこまでしてもフェリドゥーンは落ちなかった。矢を見るや否やフェリドゥーンは宝具を開放し、竜人形態に変化。そして、口から炎を吹きドーム状に展開し矢を焼き尽くしたのである。

 

「……言動に騙された。あんな傲岸不遜なヤツがまさかこんな慎重な戦法で来るなんて」

 

 矢を防ぎながら、フェリドゥーンは羿の人物像を見誤ったことを実感していた。

 神秘殺しの逸話を持つ中華の大英雄という前提と尊大な言動から彼が戦士であるという前提をフェリドゥーンはなんとなしに持っていた。

 だが、実像は違う。彼の本質とは全霊とは殺し屋であり、弓兵(アーチャー)としての在り方は狙撃手(スナイパー)であった。

 そしてその狙撃手(スナイパー)は標的が生き残っていることを見て取ると歯ぎしりした。

 ――この距離ではアレに到達する前に矢の威力が死んじまうか。

 羿の実力に問題点があるとすれば、それはその技量に耐え切るだけの武具がないという点であろう。絶対不破の弓を用いても、番える矢は弓矢作成の矢で生み出したただの矢である。

 光と化した矢は一見強力そうに見えるが所詮は華拳繡腿。実際は矢をプラズマ化する為に無駄なエネルギーが消費されている為、羿の射の威力が完全に乗り切っていない状態なのである。

 これを打開するには矢も弓と同じく壊れないものを使うしかないのだが、羿の手にそれは十本しかない。鏃も矢柄も全てが雪のように白い矢でその銘を“純白(パイ)”。九つの太陽を落とすために用いたまさにそれである。

 羿はこの純白(パイ)紅蓮(ホン)に番えようとした。この二つが揃って初めて成立する宝具を、射日神話の再現を行うつもりで。

 だが、羿は番えようとしただけに留まった。この宝具は羿の持つ宝具の中では最大の威力を誇る宝具であり放たれたが最後外れることはまず有り得ないという代物である。しかし羿はフェリドゥーンが一度なんらかの魔術か宝具を用いて矢を消したのを見ている。

 

「確か、“ドーズ・イン・ダマーヴァンド”とか言ったか」

 

 羿の切り札はその性質上、初見の敵に対して使うのが最も有効であり、もし仮に防がれてしまった場合二度目以降は一切通じないという可能性も孕んでいた。

 その上“純白(パイ)”は十本しかない。矢を回収しないという前提であれば羿は切り札を十回しか使うことが出来ないのである。

 であれば遠距離からの宝具使用は極めて危険だ。

 では、羿の側から近付くのは? 確かに、彼の切り札は中・近距離であれば防ぐのはまず不可能な代物ではある。

併し、羿は接近について論外という結論を下した。竜人形態のフェリドゥーンは高い機動力と膂力を持つ為、接近戦に持ち込まれれば羿の方が圧倒的に不利である。加えて先ほど矢を防ぐのに使われた竜の吐息(ドラゴンブレス)。あれには、Aランク宝具相当の火力がある。熱の及ぶ範囲に近付くことは自殺行為に等しいと言えるだろう。

 それにもう一つフェリドゥーンが持つ最大と思われる宝具。竜殺しを成し遂げた牛頭の戦槌(グルザ・イ・ガウザール)。これの存在がネックであった。

 

 ――矢張りこの距離で射を以って戦うしかねェか。

 

 羿は戦術を決定した。

 その方策とは持久戦である。竜種というのは呼吸しただけで魔力を生成可能な永久機関のような存在だ。その形質を持ち合わせるフェリドゥーンもまた例外ではないだろう。だが、羿は知っている。竜種であろうと魔力が枯渇するということがあり得るということを。例えば、息をする間もなく吐息(ブレス)を吹き続けた場合などは例え竜種であっても枯死を招く可能性がある。

 羿はそれに掛けることにした。

 羿の矢の作成は魔力消費が少なく、自身の保有している魔力の量も極めて高い。勝ち筋があるとすればそこ意外に他はない。

 

「関羽くん。今の攻撃どっから来たか分かる?」

 

 一方でフェリドゥーンは羿が何処から攻撃しているか分からず関羽の頭脳にその答えを求めた。

 しかし関羽は首を振った。

 

「矢に一切の時間差が無い。加えてボク等を取り囲んだのも大分遠くと来た。余程良い目を持った英霊か、フクリュー先生並みの頭でもなきゃ場所を割り出すなんて不可能だ」

「じゃあ、もう一つ質問。羿の攻撃何度防げる?」

「さっきの掃射と同じヤツなら良くて二回が限度だ」

「なら、その二回全力で防いでくれ」

 

 そう言うとフェリドゥーンは仏教で言う智拳印のように手を結ぶ。複眼からは光が失せまるで瞳を閉じているようにも見えた。

 

「一体何を……ってうわ来た!」

 

 フェリドゥーンの真意を聞くより先に羿の掃射がまた一同を取り囲む。

 迷っている暇はないと関羽は宝具を発動した。

 

「“君美・永劫氷柩(ヨンユェン・シエンドゥ)”!!」

 

 それは対城宝具であった。城一つを凍り付かせる冷気を以って襲いかかって来る矢の全てを凍り付かせつつさらに分厚い氷の壁で自分達の周囲三六〇度を覆う。

 

「封印を四つまで解いて作った氷壁だ。並みの対軍宝具くらいならもう一度耐えられる」

 

 関羽の顔は汗に塗れていた。何せ対城宝具の開放である。魔力消費も半端なものではない。連発するのは困難と見て、関羽は青龍艶月(チンロン・グアンダオ)の能力で空気中の水分を操作、起こした凍気を利用し氷の壁を生み出したのだ。

 苦肉の策とはいえ、これでフェリドゥーンの要求に答えられたと関羽は気を緩ませた。

 

「キハハハハハ! 燕雀の頭はどこまで行っても燕雀だな」

 

 だが、羿はそれを見ると失笑した。

 

「デカいだけで隙だらけの力だ! 砕くのは容易い!」

 

 物体もエネルギーも、それが大きくなればなるほど綻びや脆い個所というものが生まれる。況して羿は特殊な目の持ち主であると同時に歴戦の勇士である。当然の如くそれを見切り、

 

「ぶっ潰れろォォォオオッ!!」

 

 羿はそこに向かって矢を放つ。寸分違わぬ軌道で一〇〇〇〇本の矢を氷壁の同じ個所に。

 

「なんだと!?」

 

 関羽は啞然とした。いとも容易くは壊れないと疑っていなかった防壁が簡単に砕かれてしまった為に。

 そして防壁を砕いた矢の後ろには九九九九本の矢が待ち受けている。

 

「マズ……」

 

 やられると、関羽は目前に迫る矢を前にして思った。

 だが――

 

「Gaaaaaaaa!!」

 

 関羽に矢が的中することはなかった。

 一発一発がDランク対人宝具にも値する威力を持っていると目される矢は総て燃やし尽くされていた。

 フェリドゥーンの竜の吐息(ドラゴンブレス)である。

 

「時間稼ぎありがとう。お陰で分かった」

「そいつはどうも。何が分かったの?」

「羿の居場所さ」

 

 声こそ届いていなかったが羿には口の動きが見えているから何を言っているかは分かる。故に羿は驚きに目を剝いた。

 

 ――ハッタリか?

 

 羿は疑った。

 それは立香も同様であった。

 

「分かったって一体どうやって?」

 

 しかし関羽は、

 

「多分説明出来ないよ。理屈が本人にも分かってないんだ」

 

 フェリドゥーンが何をやったのかを理解したかのような口ぶりであった。

 

「キミ、啓示スキルを持ってるでしょ?」

 

 関羽の言葉にフェリドゥーンはこくりと頷いた。

 啓示とは天からの声を受け取り、目標に到達する為のあらゆるものが示されるというスキルである。

 生前から魂に宿るこの力は幾度となくフェリドゥーンを助けた。例えば、その身に蛇を宿す人喰いの王と戦った際にはその声の為に殺めずに封印を選ぶことが出来た。もし殺めていればその体から数多の悪獣が厄災と共に飛び出し人の世は混沌に陥った可能性が伝承に於いて示唆されており、もしそれが現実となっていたのならばフェリドゥーンにとっては何より苦痛だっただろう。

 そして、今この瞬間にも啓示はフェリドゥーンを助けた。羿のいる場所を示すという形で。

 

「羿はあっちにいる」

 

 指を指した方角は南の方角であった。

 

「場所は川の中だ」

「川の中って!? じゃあ、羿は……」

「潜水しながらずっとこっちに向かって矢を放ってたってことだ」

 

 関羽は口笛を吹き、Amazing(ヤメイズィン)と驚嘆した。

 

「……でも場所が割れればどうってことない。こっちの速度なら、一気に詰めてぶっ叩ける!」

 

 そう言ってフェリドゥーンは陸上競技のクラウチングスタートのような態勢を取り走り出そうとした。

 

「待って」

 

 と立香はそんなフェリドゥーンを呼び止める。

 

「俺も一緒に連れてって」

 

 そんな立香の発言を、

 

「馬鹿を言うな、死ぬぞ」

 

 関羽は一蹴した。

 誰の目から見ても明らかである。竜種であるフェリドゥーンの機動力を以ってすれば立香が死ぬ可能性だってある。しかも、機関砲の如き羿の射に対し前に出るという前提まで存在する。この時点で既に生きている方が難しい状況である。

 

「分かった、立香くん。俺の背中にしっかり掴まってくれ」

「フェリドゥーン、君まで何を言って」

「冷静になれ、関羽くん」

 

 己を諫めようとした関羽の肩にフェリドゥーンは手を置いた。

 

「この子は今までだって生きるために何度も死ぬ目に遭ってきた。その度に何とかしたし、周りの人達がきっと何とかしようとして来た。そして、今は俺が何とかする。だから、大丈夫」

 

 フェリドゥーンはそう言って力強く親指を立てた。

 

「さぁ、そうと決まれば行こう、立香くん。俺と一緒に!」

「ああ、行こう!」

 

 最早、二人を止めることは出来なかった。

 立香を背に乗せるとフェリドゥーンは風のような速さで走り出した。

 

「HAHAHAHA……マジかよ……」

 

 関羽はそれを見送りながら力なく笑声を上げる。

 

「キハハハハハ! 悪くねぇ判断だ! 人類最後のマスター!」

 

 一方で羿はその行動に高らかな大笑をしていた。

 羿が敵と定めた相手には藤丸立香も含まれているのは依然未だ変わりない。それだけですでに生きるか死ぬかも定かではないのだ。

 ならば安全を確保するのは当然だ。そして、その安全圏とは羿の猛攻を凌ぐことが出来るフェリドゥーンのすぐ傍に他ならない。

 

「余裕を装うのはよせ、射手よ」

 

 それは羿の口を借りた魔神柱の声であった。

 

「あ?」

「あの竜殺しはここを言い当てている。それは貴様も分かっている筈だ」

「だから何だ?」

「震えているぞ?」

 

 歯が砕けたかと思うほど、羿は激しく歯を鳴らし、

 

「五月蠅ェ! 黙れェ!」

 

 と苛立ちのままに叫んだ。

 終局を逃れ未だ死に体に等しい魔神風情に図星を付かれてしまったから。

 

 ――糞がァ! まさか、あの竜殺しに羿の生き方に、鴻鵠たるに耐え得る器があるとは思わなかった!

 ――山戯(ザケ)ンじゃねェ! これは羿だけのものだ! 無敵の頂は、怪物は俺だけだ!

 ――でなければ俺に価値は無い。君にとって意味が無い。

 ――そうだ! 羿は無敵でなければならない! 君を許さなかった総てを許さぬ為に!

 

 逡巡、葛藤、焦燥、追憶。

 あらゆるものが羿の内を駆け回る。

 

「ぶち殺す! 君の願いを認めなかった世界を! 東方の竜殺しを! 星見最後のマスターを! 引き裂いて、引き毟って、襤褸切れのように!」

 

 そして忘我するほどに怒号を上げ、

 

「ハァァァァアアアッ!!」

 

 川底を蹴り上げ、水面を破り、空へと舞い上がった。

 そして、羿は弓を後ろ手に構えると矢も番えていないそれを打ち始めた。弦がはじき出した空気が砲弾になって飛び出す。そして驚くべきことに――羿はその反作用を以って飛翔した。

 きっとそれは此方に向かってくるフェリドゥーンの速力にも匹敵していただろう。

 羿は翔ける。まさしくそのフェリドゥーンに向かって。

 

「十把一絡げに死にやがれェェェェエエッ!!」

 

 切り札である宝具を、羿の持ちうる最大の射でフェリドゥーンを滅ぼすために。

 




華拳繡腿……魔法少女の台詞としてあまりに有名な言葉。本来は武術用語であり、見た目ばかり華やかで中身がない技の例え。羿にとってビーム化した矢は華拳繡腿である。
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