Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
「オエェェェェッ!」
「フォロロロロォ!」
フェリドゥーンの乗り心地は最悪であった。
リニアモーターカーにも迫る速度で走る上に、生物である特性上どうしても体が上下にブレる。
所謂ブレ球として知られる野球のナックルボールは球速が大きくなればなるほどそのブレが大きくなるものだがそれと同じだ。
藤丸立香と彼について来たフォウは疾走する英雄の為に頭蓋部を大きくシェイク。結果として嘔吐した。
今まで多くの特異点を踏破して来た藤丸立香であったが“英雄酔い”の経験など初めてのことであった。
「ごめん、フェリドゥーン」
背中に吐瀉物がかかれば不快感を示すのが当然というものだが、フェリドゥーンは気に留める素振りすら見せなかった。
「立香君、このまま走り続けてれば、あと二〇秒で羿が宝具を使ってくる」
何故なら彼の啓示スキルがそれ以上の火急を告げていたから。
「ちょっと怖いかもしれないけど、気張ってくれ!」
宝具の迎撃の為に、フェリドゥーンも宝具をその手に呼び寄せた。
牛の頭を模した大振りの
「やっと来たか! 竜殺し!」
迫る大王が得物を構えたのを見て取ると、待ち構えていた羿は紅の大弓に、白い矢を番えると渾身の力で弦を引き絞る。
「手前ェは確かに強かった! この羿が真なる射を以って滅ぼさなければならない程に!」
入力する。
矢に殺意を。竜殺しの死という目的を。
そして、大英雄后羿の五体を巡る魔力を。
「だから死ねェ! 旭日天墜“
真名解放と同時に羿は弦を解き放った。
フェリドゥーンが視界の中に羿を捉えたのは彼が宝具を発動したのとほぼ同時であった。
そして、その前提に於いて極めて不可解なことが起こった。弦を弾くや否や番えていた時には見えていた筈の矢がにわかに消えたのである。いや、消えたのではない。残像すら、その矢の奇跡すら残さない程速い為に、また不滅の矢が羿の射に因る光化を許さなかった為に消失したかのように見えただけだ。
矢は確かに存在し、フェリドゥーンを襲わんとしている。
そうである以上はフェリドゥーンにも対処が出来た。
視認不能な速度で風の間を通り抜ければ、矢が耳を劈くような金切り声を上げる。竜人態であれば聴覚も強化されている為、これである程度の位置と距離感は分かる。
魔力も既に充填されている。
であるならば迎撃し、逆に后羿を倒すことも可能である。
「“
フェリドゥーンは急停止し、槌矛を振りかぶる。
充填された魔力が穂先から溢れ出し、曙を思わせる茜色の光を放つ。
今、この瞬間再現されるのはこの世総ての悪の化身たる
「“
振りかざした槌矛と共に放たれた光は牛の姿を象っていた。
それもその筈だ。この宝具の原理とは例えるならば、“波”である。音や光といった物理現象に於ける“波”は同振幅、同周波数の二つがあったとしてそれらがぴったり半波長分ずれると消滅するという性質を持つ。フェリドゥーンの振るう鋼鉄の神牛もそれと全く同じことである。半波長分、詰り一八〇度違うだけの
それこそがこの宝具の正体。
拝火教に於ける善悪二元論の悪側にとっては天敵たる“対悪宝具”。牛の形をした巨大な熱量の塊であるそれは純白の矢を飲み込み、そのまま后羿に襲い掛かる。
「グァァァァアアアアッ!!」
神牛は羿を矢と同じように飲み込んだ。
だが羿の宝具もまたさるものであった。
放たれた純白の矢は“鐵の牛よ、新世界を起こせ”を貫通しフェリドゥーンへと迫る。
「そいッ!」
迫る矢をフェリドゥーンは槌矛で払いのける。
「やったの?」
立香はフェリドゥーンの背から降りながら、羿の生死について訊ねた。
「いや」
フェリドゥーンは首を横に振った。
「なんらかのスキルの補正を受けたんだろう。戦闘から離脱してギリギリ直撃しなかったみたいだ。あの弓兵は生きている」
そのスキルの名を“狩人の極意”と言う。
獲物に対して絶対安全圏を保持する為の戦闘離脱能力、狩人にとって必要不可欠である弓と矢を作成する能力、更には
それら全てを内包した、羿が
それによって羿は竜殺しの再現たる曙光に焼かれずに済んだ。
済んだのであるが――
「ド畜生が……! こんなに痛ェのは久しぶりだ……!」
無謬の草原を離れ、アマゾネスの支配域である草原を歩く羿は全身血塗れであった。身に纏う鎧は完全に砕け、額から胴にかけてを切り裂かれていた。
見た目よりは浅い傷であるが、それでも羿にとっては動揺するだけの理由となった。
羿の生のなかで肉体の傷というのは忘却の彼方にあったものであったから。
だが、死ななかっただけでも僥倖である。
――悪なる存在に対する粛清が滅びを望むこの身に届かなったことは不可思議だが。
疑問を抱きながらも、羿は笑った。
「次はちゃんと勝つからよォ。だからちょっと休んで良いだろう? なぁ? 嫦ォ~娥ァ~」
ふらふらと力弱くよろめきながら、
「あの竜殺しに次があるかは分からねェけどなァ? キハッ! キハハハハハッ!」
高笑いを上げる。
だが、一体どうして満身創痍の羿が笑ってられるのか。
その理由がフェリドゥーンに降り注いだのは、まさに狩人が哄笑した瞬間だった。
「危ない立香君!」
咄嗟にフェリドゥーンは近くにいた立香をはねのける。
その行動に困惑した立香の目に、
「え?」
宙を舞う鱗に覆われた腕が映った。
それは竜人フェリドゥーンの右腕であった。
そして次の瞬間、フェリドゥーンは見えない何かから逃れるように突然辺りを眼蔵滅法に飛び回った。
「一体どうしたの!?」
フェリドゥーンの行動は立香の目には極めて不自然に映った。
それもその筈だ。ただの人である立香の感覚は英霊であるフェリドゥーンとは共有しえないものなのだから。
「宝具だ。羿の矢が俺を追いかけて来てる」
「羿の矢!? それならさっき弾いたんじゃ……」
立香にとってはそれが真実である。
だが、今も右腕から血を撒き散らしながら辺りを飛び回るフェリドゥーンにとってそれは虚実でしかなかった。
「ああ! その筈だった! 確実に防いだ! だが、いなした筈の矢が戻ってきた! これはそういう宝具だ!」
啓示がフェリドゥーンに中華に伝わる后羿射日の真相を伝える。
そも羿が射日の再現に“太極”と名付けているのは伊達や酔狂などではない。
彼は本当に射に於ける“太極”に至っているのだ。“太極”というのは中華の思想に於ける万物の根本――魔術という学問に於いては“根源”と定義されているものである。そして、それらは万象の発起であると同時に結果でもあるとされている。
では、射に於いての始まりであり終わりであるものとは何のか?
言うまでもなく、『中てたいものに中てたいように中てる』ことである。
そして、その到達点にある羿が、その力に耐え切るだけの弓と矢を用いて射を行うということは即ち何があろうとも放った矢が羿の望んだ結果を導き出すということに他ならない。
たとえどれほど遠い場所に逃げようとも鴻鵠の目が届く範囲であれば、どのような防具、回避手段、生命力を持とうとも羿が殺すと望んで放った矢はその対象の息の根が止まるまで止まることは有り得ないのである。
「美事、中原の偉大なる弓引きよ。だが、それではこの勇夫王は殺せない!」
だが、幸いにしてフェリドゥーンにはこの矢を防ぐ手段があった。
“
その正体は固有結界に似て非なる大魔術。
フェリドゥーンはそれを使おうと地面を滑走しながら急停止し、迫り来る矢に向き直る。そして、禿鷲の断末摩のような甲高い風切り音を上げるそれに向かい勇夫王は左手を翳す。
「
彼の王の心象への扉を何処に築くかは王自身が決める。この時王が定礎した場所は己の左手の平であった。矢が直撃するのとほぼ同時に穿たれた風穴は羿の宝具を丸吞みにした。
「……フゥー」
目の前から驚異が去った安心感からかフェリドゥーンは全身の力が抜けたかのような深い息を吐いた。
こうしてしまえば、
羿の鴻鵠の眼がフェリドゥーンの心象風景までもを捉えられない以上、そこに彼の殺意が及ぶことは有り得ないからだ。
一先ず驚異が過ぎ去ったのを見て、フェリドゥーンは変身を解除し人の姿に戻る。そして、ぴんと立てた左手の親指と満面の笑顔を立香に見せた。
それを見ると立香は顔を綻ばせ、フェリドゥーンに駆け寄った。
「良かった……生きてて」
「心配させちゃってたか。その点は安心して! これでも気合いだけで五〇〇年生きた男だから! しぶとさには自信があるんだ!」
からからと笑いながら、フェリドゥーンは切り落とされた右腕を拾い上げる。
「……腕、治るの?」
「治癒魔術も使えるからな。多分、治ると思うんだけど……」
そう言ってフェリドゥーンは上腕の切断面に切り落とされた部位をあてがうと、
「フンヌゥゥゥ!」
と奇妙な唸り声を上げた。
しかし、何も起こらなかった。
「あちゃあ……マズイな……」
「治せない?」
「矢に込められた殺意が不治の呪いみたいになってるらしい」
そういうことならばと立香は右手をフェリドゥーンに翳す。
「令呪を以って命ずる。右手を治せ」
カルデアのマスターの令呪は通常の聖杯戦争に於ける令呪とは違い絶対命令権ではなく至極単純な魔力リソースに過ぎない。
だが、令呪である以上はその仕組みは変わらない。
そして令呪は『命令が短期的であり』『具体的であり』『手向ける者にとって都合の良い命令であればあるほど』その力が強く働くものである。
「やった! くっついた!」
であれば、フェリドゥーンの治癒魔術が太極射の呪詛を跳ね除けるのも必定であった。
彼は元通りになった腕を立香に見せながら、子供のようにはしゃいだ。
「……本当に大丈夫なの?」
「うん! この通り!」
クルクルと腕を振り回しながら、フェリドゥーンは治癒をアピールする。
訝し気に目を細めた立香であったが、
「そっか。なら良かった」
とすぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「フォウ」
その様子を見守っていたフォウがフェリドゥーンの足元にすり寄った。
フェリドゥーンはフォウを見下ろすと、左手の人差し指を己の唇に当てた。
そして、自身の全く動かなくなってしまった右手を見ながら藤丸立香の能力を評価する。
――流石に英霊を多く見てきただけのことはあるな。このくらいの嘘はお見通しか。
と。
実際のところ、フェリドゥーンの右腕は治ってなどいなかった。ただ、くっついたというだけであった。放っておけばいずれは動くようになるだろうが、暫くの間はまともに動くことはないだろう。
問題としては対悪宝具を発動するには、両腕で思い切り“
フェリドゥーンはフゥーと大きく息を吐いた。
前途は、極めて多難であった。
『太極(タイチー)』
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:測定不能 最大補足:1
太極とはあらゆる現象事象の根本を指す。また逆説的に事象の結末でもある。魔術世界では根源と定義されるものこと。
アーチャー・后羿が誇る最大宝具こそ、射の太極――始点にして終点。一射入魂、ただ矢を番え、弓を引く。たったそれだけ。併し、ただそれだけが九つの太陽を穿った逸話の再現となる。
威力はA++ランクの宝具としてみれば平凡――寧ろ弱いくらいであるが筆舌すべきはその性質。流れる星の速さと威力で放たれた矢は、后羿が中てたいと思った対象に中るまで、殺したいと思った対象を殺すまで決して止まることはなくその速さと威力が衰えることもない。
この絶技は『真紅』に『純白』を番えなければ成り立たない。故に、なんらかの方法で放った矢を回収しない限りは一度の聖杯戦争で十回しか使用できない。
これを防ぐには后羿の目には映らない場所に――世界の裏側や並行世界に逃げるか、時空断層か魔法域の転移を以て矢そのものをアーチャーの目には映らないこの世界とは別の場所に飛ばすしかない。
何を言っているか分からない?
絶対殺すマンの劣化版みたいなものだと思えば良いよ。