Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第二節 勇夫王の涙Ⅱ

 生き残ったアマゾネスの五人の内の一人が目を覚ます。

 女がまず感じたのは息苦しさであった。口を何かで封じられているようだった。

 心と体が分離したかのように、全身の感覚が掴めない。自分の置かれている状況もまるで分からない。目覚める前に何があったかも思い出せない。

――気持ち悪い。

 女は、心の内で毒づくと、脳味噌が浮遊したかのような漠然とした気持ち悪さに頭を押さえようとした。

 だが、それは適わなかった。腕が動かせないのだ。女は此処で、自分が縛られていることに気が付いた。

 当然、足も封じられているから立ち上がれもしない。出来る事と言えば、地面を這うことくらいか。

 そして、口にも猿轡のようなもの巻かれている。息苦しさの原因はこれであった。

 如何して、こんなことになってしまっているのか、と女が困惑したその時、

 

「目、覚めたみたいだね」

 

 声を掛けられた。

 赤い鎧を纏った優男が、自分と目線を合わせるようにしゃがみこんでいた。

 男――フェリドゥーンを見ると、女は思い出した。

 自分の仲間がこの男に殺されたことを。女は辺りを見渡した。血だまりだ。草原が血に染まり、熱気で上がった湯気までもが赤かった。そして、自分と同じように縛られている仲間を見た。

 ……五人しかいなかった。二百人はいた筈なのに。

 

「他の奴らはまだ目が覚めねぇか。ちょっと強く殴り過ぎちまったかな?」

 

 もう一人の戦士――燕青の言葉が殊更に女の癪に障った。

 仲間たちが死んだのは、フェリドゥーンや燕青が強かったからだ。強い者が生き、弱い者が死ぬ。当然の理である。だが、それでも女は怒りを抑えることが出来なかった。

剣があればすぐさま斬りかかっただろう。無ければ殴り掛かっただろう。それが出来なければ噛みついたに違いない。

 実際はそれすらも適わない。何たる無情。女は自分の無力を呪った。

 

「ごめん、自害なんてされたら嫌だからさ。体の自由を封じさせて貰ったんだ」

 

 フェリドゥーンのこの言葉が更に女の神経を逆撫でする。

 体の自由を封じるのは良い。勝った方が負けた方を自由に扱うことも成行きとしては当然である。だが、その理由が女にとっては気に食わない。

 反撃を恐れると言ってくれていたならば、女は鼻高々と笑っただろう。それは即ち自分が強いと認められているからだ。

 だが、自害を恐れるというのはその逆だ。フェリドゥーンは女を強いなどとは思っていない。寧ろ、取るに足らないと思っているのだ。

 屈辱だ。女は心の中で毒づいた。

 

『それにしても、彼女達のこの構図、大分マニアックだね。こう、ブーティカ女史とかに似合う感じな』

「おい、後輩ちゃん。ソイツの頬、ぶん殴れ」

 

 燕青は満面の笑みで、マシュにダ・ヴィンチを殴るように言った。

 

『慎重にと言った傍からふざけ出したダ・ヴィンチちゃんが腹立たしいのは分かりますが抑えてください、燕青さん』

「たっく……。こっちが真面目にやってんだから、そっちも真面目にやってくれよ」

 

 そう言いながら、燕青は、フェリドゥーンが名刺代わりに差し出してきた板を手に取る。

 そして、地面を探り、アマゾネスの持ち物と思われる短剣を拾うと、そこにアルファベットを彫り始めた。

 

「何やってるの? 燕青」

「そいつら、今話せないだろ。だから、視線で言いたいことを伝えて貰おうと思ってよ」

 

 立香の問いに燕青は得意そうに答えた。

 これは本来、何らかの病気など原因に発声が出来なくなり、また寝たきりでもある人との意思疎通に用いる手法だ。

 聞き手は文字――五十音であったりローマ字であったり――が書かれた板を用意し、話し手の目の前に持ってくる。そして、話し手の視線を辿り、本来発声したい音を辿る。それを何回か繰り返せば単語が、その出来た単語同士を組み合わせれば文章が出来るといった具合だ。

 本来ならば、視線と文字の交点が分かり易いように、文字は透明な板に書かれるが、燕青は武闘家である。相手の動き、ひいては視線を追うことには慣れている。故に、木の板であろうとなんら問題はない。

 

「さて、じゃあ質問な。と、最初は……」

「ドレイクとヘラクレスのことでしょ。若しかしたら知ってるかもしれない」

 

 立香はそれが最も気にしなければならないことだと思った。

 

「と、いうわけだ。ドレイクって名前の傷面(スカーフェイス)の女海賊と、ヘラクレスっつー鉛色の肌をしたゴリゴリマッチョのデカいおっさんについてなんか知ってるなら吐いちまいな」

 

 燕青は板を女の前に突き出し、板を用いた会話の仕方を説明する。

 だが、女からの返答は無かった。

 

「……知らないってことなのかな?」

 

 立香はそのように受け取った。

 

「他に何を聞くべきだろ?」

「俺らを襲った理由とか? 普通、人がいるってだけであんな軍勢差し向けねぇだろ」

 

 燕青の意見にマシュが同意を示す。

 

『そうですね。若しかしたらそこにこの特異点ならではの理由があるのかもしれないですね』

「よし、じゃあ俺達を襲った理由を吐け。三、二、一、キュー」

 

 再び燕青は女の眼前に板を突き付けた。

 だが、矢張り返答はなかった。

 

「燕青くん、次は俺が質問しても良いかな?」

「いいよぉ。でも、一体何を聞くんだい?」

 

 燕青から渡された板を受け取りながら、フェリドゥーンは答える。

 

「男について」

 

 そして、女の前に板を持ってきて、捲し立てるように訊ねた。

 

「この草原で死んだ男はみんな、過酷な労働と拷問の跡があった。魔獣に殺された者が殆どだったけど、中にはその労働と拷問の疲れが原因で衰弱したような人もいたんだ。君、それに心当たりはないか?」

 

 だが、フェリドゥーンに帰って来た視線は自身に対する敵意のみであった。

 

「全部だんまり。収穫ゼロかぁ……」

 

 燕青は落胆の声を漏らす。

 

「パラケルススのヤツがいりゃ自白剤の一つでも作って貰えるんだが……」

 

 病理学研究の祖であり、高名な錬金術師でもあるキャスターのサーヴァント、ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。特殊な霊薬を作ることに関してはカルデアのキャスターの中でも随一であり、その技術を用いたトラブルの構築能力も抜きん出た人物である。普段はその技術力が忌々しい限りであるが、こういった場面では頼りになることこの上ないだろう。

 ちらりと燕青は横目でフェリドゥーンを見る。

 神代の戦士であるフェリドゥーンならば、或いは魔術の心得もあるかもしれないと考えて。

 

「自白剤か……俺も魔術はそれなりに出来る方だけど、薬師の真似事は専門外だな。ごめん」

「謝らなくても良いって。フェリドゥーンが悪いわけじゃないんだからさ」

 

 無い物ねだりをしても仕方がないと、立香は気持ちを切り替える。

 

「他にどうにかして聞く方法はないかな? なかったら、この人達を解放するけど」

 

 立香はフェリドゥーンと燕青、そしてカルデアのマシュとダ・ヴィンチに意見を求める。

 フェリドゥーンは黙って首を横に振り、自分には方法がないと示した。

 燕青はここでアマゾネス達を殺さないことを選ぶ立香の甘さに溜息を漏らしながらも、それを否定することはしなかった。

 

『私には良い方法が思い浮かびません。すいません、先輩』

 

 マシュの申し訳なさそうな言葉の後、立香はダ・ヴィンチの答えを待った。

 だが、暫く待っても答えが返って来ず、立香はアマゾネス達を縛っていた縄を解こうとする。

 その時、

 

『待った』

 

 ダ・ヴィンチが大分遅れて、意見を口にする。

 

『若しかしたら、彼女達、英語が分からないんじゃないか?』

 

 立香と燕青は瞬きを繰り返す。

 考えもしなかった盲点であった。

 

『このアマゾネスがギリシャ神話のアマゾネスだとしたら、彼女達はスキタイ系の騎馬民族。ということは、ヘロトドスが“スキタイ語”と呼んだものを公用語にしていた筈だ。ならば彼等の使っていた文字は……』

 

 ダ・ヴィンチはぶつぶつと呟き出すと、今度は燕青に、

 

『燕青くん、今から私の指示通りの文字盤を作ってくれ給え』

 

 と命じた。

 

「へいへい」

 

 面倒臭そうに、受け答えつつ燕青はフェリドゥーンにもう一枚木板を要求し、黙々と作業に取り掛かる。

 そして、木をかりかりと削り、

 

「出来たぜ」

 

 暫く経って燕青はダ・ヴィンチに声を掛ける。

 

『じゃあ、その板をその娘(こ)の前に持って、さっきと同じ質問をしてくれ』

「ダ・ヴィンチちゃん、翻訳出来るの?」

『おいおい、愚問は止してくれ。私は大凡、万能だよ?』

 

 なら心配いらないと、立香は燕青に板を持って貰い、再び最初の質問を投げかけた。

 そして、答えは帰って来た。

 

『“こ”、“た”、“え”、“る”、“ぎ”、“り”、“は”、“な”、“い”』

 

 拒絶という形で。

 

「ダ・ヴィンチちゃん……」

『待って、まだ続きがある』

 

 立香の発言を遮って、ダ・ヴィンチは先を続ける。

 

『“は”、“や”、“く”、“こ”、“ろ”、“せ”。“こ”、“の”、“は”、“る”、“も”、“と”、“え”、“ー”、“を”、“ぎょ”、“せ”、“る”、“う”、“ち”、“に”。ハルモトエー?』

 

 ダ・ヴィンチが彼女の名と思われる名詞に反応を示す一方で燕青は、深い溜息を吐いた。

 

「とんだ骨折り損だよ……」

 

 と、燕青がごてると、

 

『イヤ、そんなことはないさ』

 

 とダ・ヴィンチが彼を激励する。

 

『運が良かった。君の徒労は報われたぞ。とても有益な情報を今、彼女は漏らした』

 

 その言葉に燕青は勿論のこと、立香や尋問を受けていたアマゾネス――ハルモトエーすら困惑していた。

 

『君――いや、ハルモトエーに質問だ。この地下空洞にいるアマゾネスの元締めは、ペンテシレイアだね?』

 

 ハルモトエーが目を大きく見開いたのが答えであった。

 ダ・ヴィンチの言葉は真実だった。

 このアマゾネスを率いているのは、ギリシャ最古の叙事詩“イリアス”に登場するアマゾネスの女王ペンテシレイアだったのだ。

 

「如何してそんなことが……?」

 

 だが、素朴な疑問が立香の中に湧いた。

 何を根拠にダ・ヴィンチがそう断定したかだ。

 

『ここは特異点だ。今までと同様複数のサーヴァントが召喚されているのは疑いようがないだろう。そんな中で現れたアマゾネスという存在。彼女達はあるサーヴァントに引き寄せられた存在だと仮定すれば、候補は二人に絞られる』

「ヒッポリュテとペンテシレイア?」

『伝承の勉強はきちんとしているようだね。正解だ、藤丸立香君。で、仮にその両方ではなく一人が現界しているとして、その答えの最大の根拠となるのは――ずばり、彼女が名乗った名前だ』

 

 立香はここで首を捻った。

 ハルモトエーなどという名前には、心当たりがなかった。

 

『ハルモトエーというのはね、ペンテシレイアがトロイア戦争に引き連れた十二人のアマゾネスの一人なんだ』

 

 加えてと、ダ・ヴィンチは更に論理を突き詰めていく。

 

『君らが会話している間、ずっとハルモトエー嬢の脳波を計測していたんだが……会話の中で出てきた幾つかの単語によって“P300”が計測された』

「P300って?」

『簡単に言うと、記憶にあるものを見たり聞いたりすると現れる脳波のことさ』

 

 サーヴァントやそれに連なる存在にそのようなものがあるか、立香には疑問に思えたが、ダ・ヴィンチ曰く、あるとのことであった。

 だが、説明を聞いて立香は納得した。サーヴァントといえど思考はするであろうし、そこに数値として観測できる動きが出るのも当然といえば当然である。

 

「カルデアの技術力ってすげぇ……」

 

 立香は素直に感嘆の声を漏らした。

 

『ですが、これの計測を頑張り過ぎると、索敵に充てるリソースが無くなってしまいます。ですから、あまりホイホイと使える手段でないことは理解しておいてください』

 

 マシュは注意点を説明したが、それでも有用な技術であるのは間違いなかった。

 

「ん? でもそのP300が出た単語って何?」

「話の流れ的に、“ペンテシレイア”じゃねぇの?」

 

 立香の疑問を解消すると、燕青はダ・ヴィンチに質問する。

 

「で、レオナルド。お前、“幾つか”のつったよな? どこに反応したんだ?」

『それではお答えしよう。まず、一つは“ヘラクレス”だが……これは保留だ。ギリシャ神話に連なる者で、知っていない方が不自然な名前だからね。次に“女海賊”。だが、ドレイクという部分には反応しなかった』

 

 立香はダ・ヴィンチの説明を聞き、可能性を口にする。

 

「この特異点に来てからドレイクを見たことはあるけど、名前は知らない……とか?」

『それか、ドレイクとは全く別の女海賊って可能性がある。まぁ、これも現時点では推測の域を出ない話でしかない。一先ず保留だ』

 

 ドレイクのことは心配でならなかったが、それを優先して特異点の解決をおざなりにしてしまっては意味がない。立香は自分にそう、言い聞かせる。

 

『そして、もう最後に一つどうしても見逃せなかったP300の反応があった』

「それは、一体……」

『フェリドゥーンの質問』

 

 の、一体何処で反応したのかと、立香は問おうとしたが、その必要はなかった。

 ダ・ヴィンチがすぐに答えてくれた為に。

 

『彼の質問内容の、ほぼ全て。P300が出ていた』

 

 尤もそれは知らされてあまり気持ちの良い真実ではなかった。

 

「待てよ、レオナルド。お前の言ってることがホントなら、奴隷にされて、拷問されて、過労死したり、逃げ出して魔獣に殺されたヤツがいるってことだぞ?」

『勿論、私はそう言っているんだ』

 

 燕青はギリと、音が鳴る程歯を軋ませる。

 

「燕青、押さえて」

「分かってる、分かってるけどよ……」

 

 立香は燕青を宥める。

 だが、悪漢ながらに義に生きた者としての性か。人道に反することには憤りを覚えるようで、燕青の拳は固く握られていた。

 立香が止めなければ、ハルモトエーの頭は今頃無くなっていたことだろう。

 

「……成程、これで俺達を襲った理由も想像がつく。奴隷が欲しかった。そういうことだったのか」

 

 フェリドゥーンは彼女達の行動理由に酷く落胆していた。

 

「立香くん、聞くことはもうないね」

 

 だが、その一方で彼の手は武器ではなく、アマゾネスを縛っている縄に掛っていた。

 立香がこくりと頷くと、フェリドゥーンはハルモトエーと、他のアマゾネス達を解放した。

 

「これで、君たちは自由だ。もう誰かを傷つけようだなんて考えるんじゃないぞ」

 

 まるで子供の悪戯を咎めるような優しい口調でフェリドゥーンは彼女達を諭し、微笑みを湛える。

 フェリドゥーンがアマゾネスから背を向けた、その瞬間であった。

 ハルモトエーはほくそ笑む。

 どこまでも甘い連中で助かったと。今ならば一人――立香という一番弱い男ならば殺せる。まだ戦える。武器はないが拳はある。少年の小さい頭を吹き飛ばすにはそれで十分だ。

 仲間を殺された怒り、戦士の誇りを散々に穢された屈辱を晴らさんと、ハルモトエーはゆっくりと立ち上がり、

 

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 

 立香に目掛け、一直線に飛びかかった。

 右腕を突き出す。それで脆弱な男は死ぬ。

 そう、心の中で高笑いしていたハルモトエーであったが、

 

「何をしている?」

 

 地獄の底から響くようなおぞましい声と、その後に自分の腕から聞こえてきた鈍い音に全てをかき消される。

 復讐を遂げる歓喜も、立ち上がった誇りも。

 ハルモトエーはふと、自分の腕を見た。もう一つ、関節が出来ていた。手首と肘の間にもう一つの――。

 

「うぎゃああああ! 腕がぁぁぁぁ!」

 

 すぐに自分の腕が折れていると認識したハルモトエーは、走る激痛に地面をのたうち回った。

 

「次に立香くんの優しさに付け込んでみなよ。あともう二、三個関節が増えるよ?」

 

 怒りはない。ただ、失望したような悲し気な顔で、フェリドゥーンは言い放つ。

 ハルモトエーはひぃと、短い悲鳴を上げ、後ずさりした。

 

「君たちの女王に俺がこう言っていたって伝えて欲しい。“さっさと、座に帰れ”」

 

 アマゾネス達は、フェリドゥーンの傲慢な態度に腸が煮えくり返りそうになる。

 併し、反撃は出来なかった。しても無意味なことはもう十分に理解出来たから。

 

「覚えていろ!」

 

 そう言い放って、逃げだすことが彼女達に出来る精一杯であった。

 

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