Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第三節 くたばれアマゾーンⅠ

 アマゾネスの住処は地下空洞の西側に位置する広大なジャングルであったが、それ以外にも、幾つかの集落を落していた。森の東側にある、フランス革命期ごろのヨーロッパを思わせる外観のこの町も、アマゾネスが落とした町の一つであった。

 また、大空洞の東に支配権を持つ敵対勢力との覇権争い。その拠点となっているのがこの町であった。

 またハルモトエーをはじめとした立香やフェリドゥーンと戦った決して少なくはないアマゾネス達の生活の場でもあった。フェリドゥーンが炊いた火を見つけたのもこの町であり、無論彼女が帰るべき場所もここであった。

 満身創痍のハルモトエーと四人のアマゾネスはなんとか、その帰るべき場所にたどり着く。

 

「ハルモトエー様! 如何したのですか、その傷!」

 

 大通りを歩いていたアマゾネス達は彼女に気が付き、その身を案じ一斉に駆け寄った。

 自分達が、鎖で繋ぎ連れていた“ペット”を道端に放って。

 

「お前たち……」

「それに貴女の私兵は一体何処へ? まさか、先程見つけたといった者に……」

「残念ながらな」

 

 ハルモトエーは自分を心配する女に、自嘲交じりに笑みを返した。

 アマゾネス達は、顔面を蒼白とさせた。

 

「悪い、道を開けてくれ。行かなければならないところがある」

 

 ハルモトエーは、群がって来る女たちを掻き分けようとする。

 が、

 

「そんな体でどこに向かおうと言うのです! 急いで手当を!」

 

 最も若いように見えるアマゾネスにハルモトエーは止められる。

 腕の骨折に、体の所々には打撲痕。

 制止も当然であった。

 

「離せ! 私は女王に用があるんだ!」

 

 と、ハルモトエーが吠えたその時――。

 

「ほう、私に用向きか」

 

 遠くから声を掛けられた。

 ハルモトエーはそちらを振り返る。

 女戦士の一団が、かちりかちりと、石畳の道を踏みらしながら遣って来た。その先頭を歩く人物を見止めると、ハルモトエーは声を上げる。

 

「女王!」

 

 自分の周りにいた女たちを押しのけ、ハルモトエーは女王の前に跪き、生き残った他の女たちもそれに続く。

 周りの戦士と比べれば、随分に小柄でありながら、その体躯から溢れ出る闘気はどの戦士をも圧倒するその存在こそ、ハルモトエー達の女王ペンテシレイアであった。

 

「申し訳御座いませぬ。まさか、此方に足をお運び戴く次第になっていたとはこのハルモトエー、承知しておらず……。否、弁解の余地は御座いませぬな。この無礼、女王が望む処罰を以て、お詫び申し上げます」

 

 余りにも大袈裟なハルモトエーの振る舞いに、ペンテシレイアはクスリと、小さな笑みを漏らした。

 

「良い、許す」

「え?」

「許すと言ったのだ。その程度のことを咎めはしない。女王は寛大であるからな」

 

 ハルモトエーは、おおと、感嘆の声を上げる。

 

「寛容、誠に感謝申し上げます」

「そう畏まらなくとも良い。それより、ハルモトエーよ。お前は私に何か伝える事があるのだろう?」

「はっ! お伝え申し上げます!」

 

 女王の大洋の如き懐の深さに感涙しながら、ハルモトエーは先程の戦いのことを報告した。

 自分達を倒した相手、自分達の負け方、アマゾネスの誇りを穢されたこと、そしてフェリドゥーンの“宣戦布告”。

 話せる限り総てを。

 ハルモトエーは女王が怒ると思っていたが、意外にも女王は口を噤んでいた。

 

「成程」

 

 やっと口を出た言葉にも、聞く人間の背筋が粟立つ程、熱が籠っていなかった。

 

「それで貴様は自ら喉を斬ることも、敵に一矢を報いることもなく、敗走という恥だけを残して帰って来たというわけか」

「そ、それは……」

 

 ハルモトエーがそれに対し、申し開きをしようとした瞬間であった。

 熱がない顔の儘、ペンテシレイアは、ハルモトエーと生き残った女戦士達を思い切り蹴り飛ばした。

 

「あがっ……」

 

 真っ赤に染め上がった顔面を、ハルモトエーは手で覆うとする。

 その手を、ペンテシレイアは踏みつけた。

 

「弁明はしない――そう言ったのは貴様だろう?」

「イギィィィィッ!」

 

 ハルモトエーは悲鳴を上げる。

 踏みにじられた手の甲の骨が、粉砕したのだ。

 

「皆の者、この愚物共を“屠殺”に掛けよ!」

「そんな! 女王、それだけはお許しください!」

「五月蠅い」

 

 自分に縋りついてくるハルモトエーの顔面を、ペンテシレイアはもう一度蹴った。

 

「自ら誇りある死を選ばなかったのだ。最早、貴様等に死に方を選ぶ権利などない。嘲笑の中で哀れに逝け。死んで尚、痴者と蔑まれ続けよ。それが貴様等に唯一許された権利だ」

 

 ペンテシレイアはそう吐き捨てると、部下にハルモトエー達を捕縛するように命じる。

 

「お待ち下さい、女王」

 

 彼女の部下が行動を起こすよりも先に、一人の女が女王に懇願した。

 それはハルモトエーの身を案じた女であった。

 

「……何だ?」

「ハルモトエー様は、貴女と共にトロイア戦争を駆け抜けた掛け替えのない朋友の筈では」

「それが?」

「それがって……。貴女の大切な友なのですよ? 掛けるべき情は無いのですか?」

 

 女の問いに、ペンテシレイアは

 

「そんなものはない」

 

 と、断言する。

 

「情など不要。アマゾーンは強い戦士でなければならない。ならば、弱者は間引かねばならない。当然であろう?」

 

 微笑と共に女にそう告げると、ペンテシレイアは絶句する女の顔面に拳をねじ込む。

 

「……無論、弱さを許容する愚鈍も、アマゾーンには不要である」

 

 冷淡に、女の処遇を言い渡して。

 

「それも、処せ。我等には不要なものだ」

「はっ!」

 

 女王の勅命に、戦士達は力強く答える。

 その中にはペンテシレイアに心酔し嬉々として命令を聞く者、過激なまでの弱肉強食思想に疑問を抱きながらも我が身可愛さに従う者と様々であった。

 

「……さて、処刑を終え次第、戦の支度をせねばならんな」

 

 独り言つペンテシレイアの頭の中からは、既にハルモトエーの存在は失せていた。

 彼女の頭を占めていたのは、軍神の子たるアマゾネスにとっての存在理由。

 勇士たちの生きがい、若人の憧れ。

 血沸き、肉躍る強者との戦い――それこそペンテシレイアが最も好むものであった。

 

「フェリドゥーン……東方の邪竜殺し、か。果たして私を楽しませてくれるか」

 

 新たな得物を前に、ペンテシレイアは喜びを隠せなかった。

 

 †

 

 ――アマゾネス達を弔いたい。

 ハルモトエー達の姿が見えなくなってからフェリドゥーンは立香にそう願い出た。

 自分にはそんなことを考える資格はないと前置きした上で。

 立香は誰かを殺してしまった人にも――否、誰かを殺してしまった人だからこそ弔う権利があると持論を交えながら彼の願いを聞き入れた。

 燕青は、そんな彼のセンチメンタルな部分を窘めるように笑いながら、けれど殊更に否定せず、気が済むならと言った。

 二人は戦士というにはあまりにも甘い男に、何か出来る事は無いかと訊ねた。

 そして――

 

「フェリドゥーン、ここで良い?」

 

 立香は血だまりの外側からフェリドゥーンに大声で確認を取る。

 

「うん、そこまで離れれば大丈夫!」

 

 血だまりの中央――詰り戦場の只中であった場所に立つフェリドゥーンは満面の笑みと共に右手の親指を立てる。

 

「しっかし……結構、離れたな」

「そうだね」

 

 自分の隣に立つ燕青の感想に立香は同意する。

 フェリドゥーンと立香とを隔てる距離は凡そ百五十メートルといったところであった。

 

「でも、アマゾネス達を弔うのに、なんでフェリドゥーンから離れる必要があったんだろ?」

「さぁ? 俺には見当もつかねぇや」

 

 フェリドゥーンに出来ることはと訊ねた所、自分から離れてくれと答えられた燕青にはその理由がまるで思いつかない。

 

「陽のいと清き主よ――」

 

 二人が困惑している中、フェリドゥーンは詩を紡ぐ。

 両腕を広げ、天を仰いで。

 

「総ての智と、徳と、力を与えたもう輝きの王よ」

 

 それは立香が聞くことはなかった、アーラシュの最期の一矢の際に詠われる聖句に似ていた。

 

「我が愛する諸人の営み(アナーヒター)を守りたまえ」

 

 大地が輝く。

 女戦士達の血を吸った、草花から、蛍火のような光が、ふわり、ふわりと偽りの空へ向かっていく。

 

「汝が厭う穢れはこの腕(かいな)で引き受けよう。どうか、彼の者らに最後の安らぎを――」

 

 そして、その光は段々と増えて行き、

 

「葬送式実行――沈黙の楼閣(ダフマ・アータル)

 

 フェリドゥーンに与えられたその名が紡がれた瞬間、泡沫のように、空気に溶けて、消えた。

 立香と燕青は一瞬、何が変わったのだろうかと、疑問を抱いた。

 だが、

 

「え?」

 

 直ぐに、目の前で起こったことに驚くことになる。

 地を濡らしていた血、土を穢していた肉の一切が跡形もなく消えていたのだ。

 

「これが、俺の知ってる弔い方」

 

 フェリドゥーンは、立香に歩み寄り、何処か空し気な笑みを浮かべた。

 

『これは……ひょっとして、鳥葬や風葬の再現かな?』

「うん。俺が生きていた時代には何年かかっても肉が残ってしまっている人達がいたから。その人達の為に考えたんだ」

 

 ダ・ヴィンチは一人得心していたが、立香は何一つ理解出来なかった。

 

「“ちょうそう”とか、“ふうそう”って何?」

 

 その疑問にマシュは答えた。

 

『葬式の形態ですね。無くなった方の御遺体を、肉を啄む鳥に食べさせることを“鳥葬”。風にさらして、風化を待つことを“風葬”と言います』

「焼いたり、埋めたりするんじゃ駄目なの?」

『ゾロアスター教では人の遺体は悪魔の住処――穢れの源とされていたそうです』

「火葬や土葬じゃ、その“穢れ”っていうのは落ちないってこと?」

『いえ、寧ろ、火や土が清らかなものとして考えられていたから、汚せなかったという方が正しいかと』

 

 宗教に明るくない、立香はますますよく分からなくなった。

 そんな彼にダ・ヴィンチが助け舟を出す。

 

『ゾロアスター教は“善”と“悪”の二つではっきりと区分された神々で成り立つ、善悪二元論の考え方をしているんだ。そして、“土”も“火”も“善の神様”が作ったもので綺麗なものだと定義している。そして遺体に巣食うとされる悪魔は悪と付くくらいだから、汚いものだ。とすれば、簡単だ。綺麗なものを汚したくないから、そこに汚いものを近づけない。当たり前の考え方さ』

「卸したての真っ白いシャツに、泥まみれの手で触れて欲しくない……みたいな?」

『そういうこと』

 

 ダ・ヴィンチは肯定してくれたが、屹度細かいニュアンスは違うのだろうと、立香は思った。

 こういう機会があると立香はまざまざと思い知らされるのだ。自分が何も知らないということを。

 ――もっと知識を付けないとと、立香は強く思った。

 

『それにしても、変わった術だ。今、ちょっと解析したんだが、君の魔力で囲んだ空間の微生物の活動と増殖が異常値を示していた。それこそ、生きている人間であっても腐食が起こる程に。当然、神代にも原生動物や菌類はいただろうが、その概念がなかった時代によくこんな術式を思いついたものだ。一体どうやったんだ?』

 

 そんな彼の新たな決意をよそに、万能の天才の知識欲はまるで自重を知らない。

 フェリドゥーンの見せた魔術に興味津々の様子であった。

 

「あ、俺、そんなことしてたんだ。こう、なんか、“おりゃあー”って感じにやったら出来たから。自分が何やってるか、よく分かってなかったんだ」

 

 ハハハと、フェリドゥーンは笑い飛ばした。

 

『君は何を言ってるんだ! 大体、“おりゃあー”ってなんだ“おりゃあー”って!』

 

 理論もへったくれもない、魔術誕生の経緯に、ダ・ヴィンチが珍しく声を荒げる。

 

「はいはい、レオナルド。突っ込みたいのは、俺も分かるが、お口にチャックな。こっから真面目な話するから」

『君は無礼だな!? 燕青くん!? まるで私が真面目じゃないみたいじゃないか!?』

 

 ダ・ヴィンチのことを気の毒に思う立香であったが、彼女の普段の振る舞いだけを抜き取ると、擁護しづらい部分があった為、触れるのを敢えて控え、話を進める。

 

「真面目な話……っていうと、これからどうするかってことだよね?」

「そっ。今のところ、この地下空洞にいるって分かっているのはアマゾネスの女王ペンテシレイアだけだ。コイツの所を調査するか、若しくは戦うかってことさ」

 

 そこにマシュが口を挟む。

 

『今のところ、魔神柱のいる正確な位置は特定出来ていません。ただ、今まで特異点の忠心となっていたサーヴァントと共にしていたことが多かったですから、今回もそうだと仮定すると……』

「アマゾネスの女王が、そのサーヴァントでないと今の所は言い切れないから、調べる必要がある……ってことだね」

『はい、そのとおりです』

 

 現状、特異点を解決する上で“避ける”という選択肢は在り得ないということである。

 況して、ハルモトエー達の足跡がアマゾネス達の本拠地、ないしは何かしらの活動拠点の場所を示してくれている現状なのだから。

 

「つっても、攻めるにせよ、潜り込むにせよ問題はどっからって話だな。当然、入り口には見張りがいるし、それに何よりアマゾネスの町ってことは表立って歩けんのは女だけってこともある。いくら俺が色男だっつっても女装なんぞ無理があるし……」

 

 燕青は己の刺青に覆われた筋肉質な体を見て言う。

 

「俺だって、もう女装はこりごりだよ……」

 

 新宿での悪夢を思い出し、立香は震えた。

 やって下さいよと、マシュが言ったような気がしたが、立香はこれを幻聴ということで片付けた。

 どうあっても騒ぎは避けられない。二人が途方に暮れていると、

 

「上からとか?」

 

 フェリドゥーンが人差し指を天井に向けて、そんな提案をする。

 

「上って……どうやってそんなことやるんだよ?」

 

 燕青は冗談だと思ったのか笑いながら訊ねた。

 

「こうする」

 

 フェリドゥーンがそう答えた瞬間であった。

 立香と燕青は目を見開くことになった。

 ばきり、ばきりと、フェリドゥーンの体が音を立て、あっという間に五倍程の大きさに膨れ上がる。それだけではない。首は長くなり、腕は羽根に代わり、足は消え代わりに長い尾が生えた。

 牙の揃った咢。爛々と燃える金の眼。赤銅色の金属のような光沢を持った鱗。

 立香はこれを知っている。これをなんと呼ぶべきか分かる。

 

「ドラゴン?」

 

 立香が知る限り、それは間違いなく、そう呼ばれるもの。

 フェリドゥーンは竜に変じていたのだ。

 

「第二宝具“愛し子らよ、新世界へ飛翔せよ(サルム・トゥール・イラージ)”。これなら、上からって選択肢も出来るでしょ?」

 

 竜の口がつり上がった。

 得意げな顔をしているように、立香には見えた。

 




宝具設定

『愛し子らよ、新世界へ飛翔せよ(サルム・トゥール・イラージ)』
ランク:A++ 種別:対人(対己) レンジ:- 最大捕捉:一人

 第二宝具。
 フェリドゥーンが三人の子供達を試す為に竜に姿を変えた逸話の再現。竜という最強の幻想種になることによりステータスが大幅に上昇する。
 飛行能力や、A+ランク宝具に相当する熱量を誇る竜の吐息などの強力な能力を獲得する他、逃げる相手、フェリドゥーンと戦おうとする相手にはさらにステータスが上昇する。その反面、彼と対話を試みようとする者に相対すると強制的に竜化が解けるという致命的な弱点が存在する。(三人の子供の内、知恵を振り絞り説得を試みた子供に最大の讃辞とイランの統治権を与えたことに由来)
 勿論、竜化中は対竜能力を持つ宝具に弱くなる。

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