Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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 俺に言わせればな、更新っていうのは呪いと同じなんだ。
 呪いを解くには完結させなきゃいけない。
 でも、途中でエタった人間はずっと呪われたままなんだ。


第三節 くたばれアマゾーンⅢ

 立香と燕青は落ちていく。

 喧しく横切っていく風の音を聞きながら。

 麦粒のようだった街の景色が少しずつ遣って来る。立香は心臓が喉の裏側に登ってくるような嫌な気持ち悪さを覚える。

 その時、豪と風が叫び、立香の体が大きく流されかける。

 

「クッソ……ッ!」

 

 燕青は咄嗟に彼に手を伸ばし、腕を掴み、抱き寄せた。

 

「ありがと……」

「礼なら後にしてくれ。舌咬むぞ」

 

 主を離すまいと燕青は両手に込める力を強くし乍ら、大声で叫ぶ。

 

「レオナルドォ! 早くなんとかしろ! 策があるんじゃなかったのかァ!?」

『ごめんごめん。刺激的な構図にちょっと思う所があってね。まだ何も知らない画用紙のような少年主と、色々と知り過ぎている美形の従者。良いと思わないかね?』

「それをこのタイミングで思うんじゃねぇよ……」

 

 燕青は米神に確かな痛みを覚えてそこを押さえた。

 立香は空気を読まないダ・ヴィンチの言動に先ほどまでの恐怖を忘れ、マシュは彼が言っている内容の意味を察して恥ずかし気に目を伏せる。

 

『そう怒らなくても良いじゃないか。本気だけど冗談さ』

「その冗談をやめろと……まぁ、良い。テメェに言っても無駄だな。兎に角速く秘密兵器とやらを出してくれ」

『仕方ないなぁ。では、立香君、ベルトのバックルを“押して”みてくれ』

 

 不審げに立香はダ・ヴィンチが言う場所を見つめる。

 何の変哲もない、衣料品店或いはホームセンターでも買えてしまうようなシンプルなデザインのGIベルト。それを留める鈍い銀色のバックルを。

 

「これを押す?」

『ああ。ポチッとなって感じで』

 

 恐る恐る、立香は目を閉じて“スイッチ”を押した。

 瞬間、徐々に速度を上げて近づいて来ていた地面が、その歩みを緩めた。まるで、紙風船のようにフワフワと、ゆっくりと落ちていく立香と燕青。

 

「凄い……」

 

 驚嘆しながら立香は頬に当たる風の感触が柔らかくなったのを感じていた。

 通信越しにダ・ヴィンチの愉快そうな含み笑いが、立香の耳に届いた。

 

『ビックリした? 驚いた? そうだろう、そうだろう! 何せ天才の発明だ! 喝采したまえ!』

 

 爆発したようにダ・ヴィンチが自画自賛を始める。

 

『ボタン一つで流体操作と質量軽減の魔術が出来るようにするこの技術力は天災ならでは! 礼装の仕様上、一度使うともう一度使うのに時間が掛ってしまうという弱点はあるがそれはそれだ!』

「有難うダ・ヴィンチちゃん。流石、万能の天才だ!」

『そうだろう、そうだろう。いやぁ、第六特異点から向こう落下することが多くなっていたからね。ヒロインかよってくらいに。君にはこれが必要だと思っていたんだ。役に立てたというならそれは何よりだ』

 

 これからもこの“秘密兵器”は役に立つ。立香がそんな確信を抱いた。

 

 

 †

 

 

 立香を抱えたまま燕青は民家の屋根の上にふわりと着地した。

 

「なんつーか、アレだな。マスターから聞いた第一特異点の街並みそのままみたいな」

 

 燕青は凸に手を当て周囲を見渡しながら所感を述べる。

 

「この座標の年代、確か二〇〇〇年ごろつってたよな? それなのに中世ヨーロッパってのは……」

「燕青」

「知れば知る程訳が……」

「燕青!」

 

 ぼそぼそと独り言を始めた燕青の名を大声で呼び掛ける立香。

 半ば億劫そうに、燕青は自身の腕の中に目を遣る。

 

「どした?」

「下ろして下さい……」

 

 あまりにも気軽に訊ねる燕青に訴える立香は耳を真っ赤にしていた。

 

「ん? 良いよぉ?」

 

 燕青は顔をくしゃくしゃに崩し、白い歯を見せると、立香を自分の隣に降ろした。

 瞬間、カルデアから通信が入る。

 

『そういうの、よくないと思います』

 

 マシュのその一言で通信は途絶えた。

 

「え? 何? 今の?」

「さぁ?」

 

 二人は困惑したが、自分達がいる場所が敵の領域であることを鑑み、後輩の珍妙な行動については置いておくことにした。

 

「……ホントに誰もいないね」

 

 立香は街にアマゾネス達の姿が見えないことにまず感想を漏らす。

 道を歩く者はおらず、また生活の営みの音も全く聞こえて来なかった。

 

「街の真ん中に集まってるつっても、まさかホントに全員とはな」

 

 燕青は視線を上に移す。その先にあったのは街の四方に立っていた背の高い塔のような建物であった。

 

「……街の外を監視するやぐらにも人員が割かれてねぇ。マジの総力戦か……どうやら女王様、大分キレてなさるぜ?」

「フェリドゥーンに仲間を倒されたから?」

「そういう情みたいなモンでキレてるならまだ良いがな。てか、キレてる以外の感情があるならそれはそれで厄介か?」

 

 楽しそうに笑いながら語る燕青を立香は不思議そうに思いながらも話を続ける。

 

「ねぇ、燕青。ホントに街の中に人はいないのかな?」

「どういうことだよ?」

「フェリドゥーンは、奴隷にされた男がアマゾネスに連れられてたって言ってたけど、それって全員なのかな?」

「ああ、成程」

 

 燕青は目を細め、自分達がいる場所の向かい側に立つ建物を見た。

 そして、次に屋根の際まで移動し、体を乗り出す。

 

「そうかそうか」

 

 立香の方に向き直ると燕青は結論を出す。

 

「窓がないな、この街の建物」

「……もしかしたら」

「本当に逃したくない奴隷なら戦場に連れていかない。連れてっているのは奴隷としては無価値な盾代わり。そう考えてるってことかい?」

 

 立香は蒼褪めた顔で、こくりと頷いた。

 そうあって欲しくはないと言わんばかりに。

 

「……従順な奴隷の作り方だな。外界の刺激を極端に減らした空間で、飢餓と暴行で徹底的に追い詰める。そんで弱みを見せてちょっと優しくすればお気軽にご主人様になれるつーアレだな。ああ、よく知ってるさ」

 

 燕青はそう言ってケラケラと愉快そうに笑った。

 まるで昔を懐かしむかのように。

 

「それで、主。ちょっと悪いお知らせなんだが……多分、アンタの想像当たってるぜ?」

 

 意地が悪そうな笑みを浮かべると、燕青は親指で足元を指差した。

 

「こっから音が聞こえてくる。人の呼吸だ。衰弱って程でもねぇが、大分弱ってる」

 

 それを聞いた立香は、

 

「助けられない?」

 

 と燕青に訊ねた。

 何の迷いもなく、間髪も入れず。

 すると、燕青はにこりと笑った。

 

「“助けられない?”じゃねぇ、“助けろ”だ。アンタは俺の主で、俺はアンタの従者。ならなんでも俺に言って良いし、俺は命を懸けても成し遂げるまでさ」

 

 そう応えると燕青は膝を屈み、屋根を粉砕すべく拳を振り抜こうとした。

 だが、

 

「ストップ!」

 

 立香が彼の腕を掴んだ為に、止めざるを得なかった。

 

「ん?」

「そこは流石に忍び込もう。いくら向こうはこっちに気付いてないからって派手に物音を立てるべきじゃない」

 

 燕青は鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開いた。

 

 †

 

「ああ、ハイハイ。こんくらいなら楽に外せるな」

 

 一端下に降り、その家の玄関に来て燕青は鍵穴を覗き込み、そう結論する。

 

「開けられるの?」

「まぁね。ちょっと見てな」

 

 そう言って燕青は籠手の隙間から十センチほどの長さの針のようなものを二本取り出し、鍵穴に差し込む。

 カチャカチャと何度か鍵穴の中で音が鳴ると、

 

「開いたぞ」

 

 扉はあっさりと開いた。

 

「こんなことも出来るんだ」

「まぁな」

 

 燕青は誇らしげな顔をすると針を籠手の中にしまう。

 

「よし、じゃあ行くか」

「うん、そーっとね」

 

 蝶番の軋む音すらを気にしながら、立香達は部屋へと踏み込む。

 そこに広がっていたのは、ありふれた風景であった。

 立香はそれを見た時、日本にいた頃にやっていたテレビゲームを思い出していた。ありふれた、剣と魔法の世界を舞台に怪物と戦うようなRPGゲーム。そこに描かれるような民家をそのまま立体に起こしたようなものというのが受けた印象であった。

 木を敷き詰めたフローリングというには雑な床と、木製のカップボードがあり、ダイニングセットがあり、簡素な立香が生きる二〇〇〇年代で言う所の流し台のようなものがあった。

 異質と言えたのは猛獣を入れるような檻か、或いは害獣を生け捕る為のような罠のようなものが置いてあったこと。その中に、首に鎖を繋がれた裸の男がいたことであった。

 痩せ細っている。寝ていないのか、深い隈が刻まれている。そして、頭髪が薄く、また脂ぎっていた。獣のような、饐えた臭いが漂っていた。

 

「あれ、アナタ達は?」

 

 その男が立香と燕青に気付き、虚ろな目を向けた。

 

「ご主人様に御用ですか? ですが、ご主人様は戦に出掛けています。いつ帰って来るかは分かりません。心苦しいのですが此処はお引き取り下さい」

 

 並べられる言葉は機械的で、精気が感じられない。

 

「ご主人……様?」

 

 それがとても不気味に映り、立香は図らずも鸚鵡返しに男の言葉を繰り返した。

 

「はい、ご主人様です。時々、殴ったり蹴ったりすることもありますが、優しく逞しく強く美しい方です。毎晩のように愛して貰っています。眠れない日々が続いていますが私は幸せです」

 

 そんなわけが無いと、立香は思った。

 目の前の、この有様が幸せである筈がないと。

 

「貴方に……」

 

 憤ったのか、それとも憐憫を感じたのか。

 立香は自分でも分からないまま、口を開く。

 

「貴方に家族は?」

 

 支離滅裂な質問であった。

 如何してこんなことを聞いてしまったのか、藤丸立香自身ですらも責めてしまいたくなるほどに。

 

「私にはご主人様がいます。ご主人様がいればそれで良いのです」

 

 そう応える男の柔らかな笑みは疲れ切っていた。

 

「そうじゃねぇよ」

 

 苛立ちと共に呟くと、燕青は男の首を鷲掴んだ。

 

「あぐっ……!」

「そうじゃねぇ。テメェを消費するだけの物とかそういうんじゃなく、愛を注ぐ対象として見てくれるヤツはいなかったのか? テメェがそう思えるだけの誰かはいなかったのか? そう聞いてるんだよ!」

 

 本当に絞殺しそうな勢いで燕青は男を捲し立てる。

 燕青の怒気に、立香はたじろぐ。

 

「答えろ! 家族じゃなくて良い。恋人でも、友達(ダチ)でも、恩師だって構わねぇ! テメェにそういうのねぇのかよ!」

「燕青、止めて! それ以上やったら死ぬ!」

 

 立香は燕青を男から引き剥がそうとする。

 サーヴァントと人間の力の差は大きく、本来ならばそんなことは出来ない筈だった。併し、結果として燕青を男から引き離すことが出来たのは、激情に駆られ乍らも主の言葉だけは逃すまいとする義侠としての在り方故であった。

 

「悪い、マスター」

「謝る相手が違うよ、燕青」

 

 目を伏せる燕青を立香は叱責し、男の方に向き直る。

 

「ごめんなさい。遣り過ぎました。でも、俺も知りたいです。貴方にそういう人がいるのか」

「……如何して?」

「だって、もしいるなら会わせてあげたいから」

 

 これといって取り立てるでもない、並み一通りの回答であった。

 だが、その人としてありふれた言葉が、同じく極ありふれた人である男の心に響く。

 

「……います」

 

 男はゆっくりと口を開いた。

 

「私には、家族が、います! 妻が、娘が、帰りを待っています!」

 

 男は泣いていた。

 望むことに疲れ、諦め、受動的に生きて、流されて死ぬことしか選べなかった。そんな中で齎された立香の言葉は、希望のように聞こえたから。

 それを感じてか、立香は困った顔をした。荷が重いとすら思いながら。

 

「燕青、この人を解放して」

 

 だが、それでも立香はマスターとしてサーヴァントにオーダーを下す。

 自分のやりたいことを押し通す為に、他人の意志を剣に変える身勝手を遂行する。

 

「良いよぉ」

 

 そんな彼の在り方を全肯定するかのように、燕青はオーダーに応える。

 手刀を檻に一閃。

 たったそれだけで、格子がバラバラに裁断され、親指程の大きさになった鉄棒がごとごとと音を立てて床に転がった。

 

「これで自由だ」

 

 その光景に驚き、瞬きを繰り返す男を燕青は愉快そうに見下ろした。

 

「有難う御座います!」

「礼なら主に言いな。俺の意志で助けたんじゃないんで」

 

 燕青は嘯いたが、立香は首を横に振った。

 

「違うよ。燕青がちゃんと俺が言いたいことを言葉にしてくれなかったら、何にもなってなかった。この人が助かったのは燕青のお蔭だ」

 

 自分ですら名状できなかった感情の形をはっきりさせてくれた、従者に感謝を述べる。

 

「有難う」

 

 と――。

 燕青は気恥ずかしそうに、

 

「んなことより」

 

 と、話を逸らした。

 

「これからどうするよ? コイツと同じ状況のヤツ、まだいると思うけどさ」

「助ける」

「まぁ、そう言うと思ったよ」

 

 当初の目的が早速変わったことを面倒くさそうに感じながら、燕青は頭を掻いた。

 

「あと、女王と――ペンテシレイアと話がしたい。なんでこんなことをするのかその理由が知りたい」

「知って如何するんだよ?」

「……勿論、納得できなきゃ止めさせる。全部諦めるまで、人を追い詰めるなんて、俺がやられたら嫌だから」

 

 とどのつまりは、自己保身である。

 若しかしたら自分がそうなるかもしれないから止める。其処には倫理や正義が如何といった理性が挟む余地は無く、唯嫌という個人的な感情のみだ。

 立香はそれを、理不尽で残酷なことだと思った。

 

「了解。アンタの思う通りに」

 

 併しそれすら嫌がらず、燕青は嬉々として答えた。

 ――まぁ、お話の舞台はちょっとお膳立てさせて貰うけどな。

 悪意を含んだ一言を呑み込んで。

 

 

 

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