Pixivに投稿した作品の転載。爽×揺杏です。
シーンごとに分けて読みたい方はPixivでどうぞ。

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Style

 けだるく生温かい空気、ため息の会話、リズムをとるような口づけ。テンプレ通りの指の動きに、お決まりの「てっぺん」。

 今日も変わらぬ啼き声あげて、はいおしまい。

 現実逃避からの逃避に飽きがきて、結局私は相方の指に爽のそれを重ねてしまう。かさぶたを無理に引き剥がしたとき、痛みの奥にあるわずかなここちよさを探すみたいに。

 ダメだってわかっているはずなのに。

 

 

 火照った体は冷やしたいけど、裸ではいたくない。ブラウス1枚だけ羽織る中途半端さがまさに私だな、苦笑いを浮かべて煙草をくゆらす。

 煙草は良いものだ。嫌なことも、砕け散った恋も、全部押し流してくれる。

「はー、暑いと酒がうまいわ」

 相方は腰まで布団にもぐり込み、オンザロックのグラスを傾けている。相変わらずでかい胸だ、少しでいいから分けてほしい。

「つーかあんたねー、人としてるときに他の女のこと考えんのはやめなさいな」

 カンの鋭い女だ。なんでもお見通しか。

「あたしはいいけど、そーゆーの嫌われるんだからね。…人の話聞かないとこも!」

 聞こえてるよ、聞き流してるだけ。

 返事がわりに煙をふうっと吐き出すと、さっきまでの指の感覚はもう消えていた。

 

 ★

 

 東京へ出てきて幾年経ったろう。ラッシュ地獄のやり過ごし方も、少しは板についてきただろうか。

 引きつった作り笑顔が自然になるまでには、まだ少しかかりそうだ。

 会社では、相方は鬼上司に変貌する。新卒のペーペーだって2年もしごかれれば立派なキャリアウーマンの出来上がり。後輩たちは今日もミスしては泣かされる。

 

 

 

「江藤主任、ホント鬼だよねー」

「あんたが何度言われても書式ミスるからでしょうが」

「でもあたしあんな風になりたいなー」

「仕事できるし美人だしねー」

「でも主任ってレズらしいね」

「マジ!?」

「噂だけどね。岩館先輩とデキてるとか」

 おいおい、あのアマ脇ゲロ甘かよ。ロッカーから漏れ聞こえる後輩たちの雑談に顔をしかめつつ、ドアを開ける。

「お疲れー」

「ぅわ!?お、お疲れ様です!」

「廊下に全部響いてたよ」

 沈黙。懲りたら今後井戸端会議はボリュームを考えてお楽しみいただきたい。

「…えっと、その、噂は本当なんですか?」

「なにが?」

「江藤主任とデキてるって噂です」

「んー、ご想像にお任せするわ」

 きゃあ、と盛り上がる後輩たち。じゃあね、と声をかけてロッカーを出たが気づく様子もない。

 

 ★

 

 正確に言えば相方との関係は恋人ではないのだけれど。あえて否定しなかったのは、プライベートでは隙だらけの残念女にちょっとした嫌がらせをしたかったからだ。

 都会のざわめきから逃れるように、耳元で平井堅に歌わせる。

 

 

 なまぬるい指先に 感じるふりをするくらいなら 苦い蜜洗い流し 激しく燃える恋へ走りだそう

 

 感じるままに踊ればいい つじつま合わせはそのあと

 

 Break Your Style…

 

 

 あんまりタイムリーな歌詞すぎて、つい笑ってしまう。

「まあ、なんだな。その指は私がほんとに欲しい指じゃないってことかな」

 つぶやいて、あわてて首を振って打ち消す。

 言っちゃだめ、言っちゃだめ。

 

 

 

 雑踏の中に見覚えのある姿を見た気がして、なんとなく視線を飛ばす。その先に1組のカップルを見つけて、私は思わず天を仰いだ。

 

 なぜ彼女らがここにいるのだろう。

 

 ここは東京、巨大都市。ふるさとの緊密すぎるネットワークから逃げた者たちが集う街。私が北の大地を捨ててここへ来たのは、目の前の現実から目を背けるためだったのに。

 おお神よ、あなたはどうして私にばかりこうも試練を科すのです?天に問うても答えはもちろんない。

 視線を外し、気づいてないふりをしてすれ違う。よし、たぶんバレてない。

 

 

 

 背中になにかを感じたのは、きっと…気のせい。

 

 

 

 

 ★

 

「揺杏ってば!」

 JUJUの歌声が遠ざかり、相方の怒鳴り声が脳を揺さぶった。

「電話!鳴ってる!」

 寝ぼけ眼の前に突き出されたスマホに表示された番号は、アドレス帳に登録されていないのにどこか懐かしさがあった。

 

 

「はい、もしもし」

 誰の番号だったかな、かすかに引っ掛かりを感じつつも電話に出て、すぐに己の浅はかさを悔いた。

「おー、番号変えてなかったね。良かった良かった」

 いま一番聞きたくて、聞きたくなかった声がする。

「爽か…」

 札幌を発つとき、未練を断ち切ろうと真っ先に消したアドレス帳の1ページ。結局諦めはつかないままだったけれど。

「久しぶりー。いや実は今東京に来ててさ」

 知ってるよ。すれ違ったの、気づいてたんだから。

「どうしたの急に。旅行?」

「まあ、そんなとこ。せっかくだし揺杏と飲もうかなーと思ってかけてみたのさ」

「ふーん?いいね」

「でしょ?んでさ、どっかサシ飲みに向いてる店知らん?」

「あれ、チカセン一緒じゃないの?」

 言ってから、マズったな、と思う。爽は連れがいるなんて一言も言ってない。

「いや、あいつ飲めんし。…一緒に来てるって言ったっけ?」

「や、なんとなくそう思っただけ。じゃ、明日の晩に新宿でいい?」

「オッケー。積もる話もあるし夜中空けといてね」

「ん。じゃ明日」

「はーい」

 電話を切る。なんとかごまかしきれた、気がする。

 

 

 しかし、爽とサシ飲みか。いつもの店を押さえるつもりだけど…酔って変なこと言いそうで怖いな。

「揺杏、メスの顔になってるよ」

 相方がにやにやしている。そんなに変かと鏡を見れば、恋する女がそこにいた。

「本命ちゃん?」

「ええ、まあ」

「頑張って」

 

 

 ★

 

 キスされた。

 

 

 酒がまわった頭は、事態を理解できないままで。

「揺杏さあ、私のこと好きでしょ」

「え?そりゃあね」

「ちーがーうー、友人としてじゃなくて一人のオンナとしてだよー。私気づいてんだからね」

 爽はいったい何を言い出すんだ。私をからかってるんだろうか。

「昼間すれ違ったとき気づいてたんでしょ?なんで知らんぷりしたのさ」

「ちょっと爽、大丈夫?酔ってない?」

「酔ってるけど本気だかんね。なんでわざわざサシ飲みにして夜中空けといてって言ったか、わかるでしょ」

「わかんない…わかんないよ、爽」

 嘘。ほんとはわかってるくせに。

 これはチャンスだ。私の中の悪魔がささやく。

 ダメだって、チカセンを裏切る気?私の理性が悪魔と綱引きを始める。

「チカのことなら心配しなくていいからさあ」

 爽がつぶやいたとき、ちょうど有線から平井堅の歌が聞こえてきた。

 

 感じるままに踊ればいい つじつま合わせはそのあと

 

「つじつま合わせは…そのあと…」

 

 理性が焼ききれる、音がした。

 

「ん?どした?」

「爽…ごめんね」

 言って、私は爽の唇にむしゃぶりつく。

 

 閉じ込めた花びらが咲き誇る時 君が僕の悪魔になる

 

 平井堅の歌だけが、私の耳に響いてる。

 

 

 

 チカセンごめん。私やっぱり我慢できなかった。

 だってこれもう人間的な感情超えてる。誘われてなおメスの性欲抑えられるほど私はできた人間じゃない。

 私のおなかが叫んでる。「爽の指が欲しいよ!」って。もう耐えられない。

 

 ★

 

 玄関のドアを閉めるなり背中をドアに押しつけられた。

 なにか言う暇も与えられず、唇を塞がれる。爽の舌が口内を蹂躙していく。

「…煙草くさっ」

 顔をしかめられた。

「悪ぅござんしたね」

「ほどほどにしとかないと体壊すよ?ほら、脚広げて」

 そう言って、爽は指先をぺろりと舐めた。

 ああ、とうとう一線を越えてしまう。真っ白になった頭の片隅で、私の中の悪魔がつぶやく。

 

 

 するりと入ってきた指は、はじめは優しく、やがて荒々しさを増した。

 どうしてこのひとは、私がほしいものを的確にくれるのだろう。歓びと切なさがない交ぜになった、ぞくぞくする感覚が背中を駆け上がる。

 私は愛の言葉ひとつ囁けず、ただ声をこらえることしかできなかった。

 ああ、好きってなんて大変なことなんだろう。慣れたはずの行為でさえ、感情のあるなしでこんなにも違うだなんて。

 嬉しくて、悲しくて、気持ちよくて、でも、とっても苦しい。

 

 

 ★

 

 コーヒーの香りで目が覚めた。なにかを焼いている音がする。

 普段閉じたままの寝室のカーテンは開け放たれていて、粘り気のあった夜の闇はすでに立ち去っていた。

 キッチンに爽が立っていて、私を見てにぱっとした笑みを浮かべた。

「おはよ。よく眠れた?」

「おかげさまでねー…」

「あはは、朝ごはんにハムエッグ作らせてもらったけど材料とか大丈夫だった?」

「いいよ、特に足りなくなるものもないしさ。わざわざありがとね」

「これぐらいなら毎日やってることだから。はい、おまちどお」

 爽の作ったハムエッグは私が作るのより形がきれいで、少し味が濃かった。トーストによく合う。

「揺杏ってセンスがいいよね、コーヒーとか家具とかさ」

 そういう細かいこだわりに気づいてくれるところも好きだ。

 

 

 激しい夜と穏やかな朝を共に過ごして、一人きりの昼を迎えるのはつらい。

 一夜限りの逢瀬だったけれど、また逢おうねと言ってくれたのはそういうことだと信じたい。

 知りたいと焦がれることは確かに苦しかったけれど、知ってしまったあとのほうがはるかに苦しいというのは、きっとこんな心情なのだろうな。今なら、和歌に詠まれた昔の人たちの恋の苦しみが少しはわかるような気がする。

 

 部屋でひとり物思いにふけっていると、スマホが鳴って画面にチカセンの名が表示された。

「はい、もしもし」

 呼び掛けるも、返事はない。

「あれ?もしもーし?」

 問い直しても、電話の向こうは沈黙を保ったまま。

 これは変だ。しばらくそのまま待っていると、やがて電話の向こうからすすり泣きが聞こえてきた。

 

 

「ごめんね…」

 

 

 その一言だけで、すべてを理解した。

 

 三人は親友。間に余計な言葉はいらない。

 たとえ、それが裏切りと呵責だとしても。

 

 

 電話を切り、壁にもたれて目を閉じる。

 ああ、好きって…暴力だ。

 つぶやくと、涙がひと粒こぼれ落ちた。


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