マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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レッツ・ワーク

 鏡の前で自分の姿を確かめる。

 

 若干つり上がった目端は全体的に鋭い印象を与えるが、それをかき消す意味でも微笑を浮かべる。完全にだます事は出来ないが、それでもある程度誤魔化す事は出来る。短く切ってある赤い髪に触れ、それがぼさぼさになっているのを確認し、さっと櫛を使って整える。激しく動き回ればまた今の状態へと戻ってしまうが、初対面なのだから少しぐらい整えた方が良いに違いない。管理局指定の制服である事を確認し、そして髭も剃り残しがないことを確認する。これで身だしなみに問題はなし。

 

「これでいいな」

 

 洗面台に乗せておいたベーオウルフを右手に装着し、手を開け閉めする事でそのフィット感を確かめる……と言っても自分に合わせて毎年サイズを調整し直しているのだ、最適なサイズであることは疑いようがない。だからこれで準備は完了だと思う。洗面所から出て、廊下を抜けてリビングへと向かう。ソファの上に座って、コントローラーを弄っている同居人たちに向かって声を放つ。

 

「そんじゃ俺は本局の方に行ってくるから」

 

「誰かが来ても絶対に扉を開けない。勧誘は無視、勝手に外に出ない、そして合言葉を忘れない……ですよね?」

 

「王たる我が臣下の事を見ておる。イストは心配することなく仕事へと向かうといい」

 

「おう、任せたぞユーリ」

 

「だからそこで何で我の名前が出ないんだ!」

 

 ディアーチェを軽く弄った所でもうそろそろ出なくてはならない。基本的にこういう顔合わせは初日が大事なのだ。遅刻はしたくないし、最低でも10分前には現地についておきたい。その方が印象が向こう側によろしく通るからだ。ビシ、と決めたところでユーリからサムズアップが戻ってくる。どうやらそれなりに決まっているようだ。

 

「あ、ところでお兄さんさ」

 

 レヴィがテレビのスクリーンから顔をそむけ、此方へと視線を向けてくる。

 

「今日は何処へ行くの? しばらく家を空けるの?」

 

 嘱託魔導師という職業の都合上、二日、もしくは三日程家を空ける事はある。その場合はこの四人に家を任せ一人で出かけているものだが、チ、チ、チ、と音を鳴らしながら指を揺らす。おぉ、とレヴィが目を輝かせているのはおそらくその動作がかっこいいと思ったからだろう。

 

「これからしばらくは家を空ける回数は増えるだろうけど定時上がりだぞ!」

 

 まあ、とシュテルがスクリーンから目を離し、笑みを浮かべながら此方を見る。

 

「なんと、ついに定職に就いたのですか。前々から思っていたんですが嘱託魔導師という職は収入はまあまあですが、いつでも蜥蜴の尻尾の如く切り落とされそうで非常に不安定な職だと思っていたんです。そんな私の考えをくみ取ってもっと安全な職に就くとは中々ですね。さあ、安定した収入で私達に素晴らしきヒモ生活を約束してください。ゆくゆくは結婚して私が専業主婦になる事で更に安定した未来が」

 

「貴様一回拳で黙らせるぞ」

 

 本気じゃないって事はシュテルの態度からあからさまだが、まあ、定職につくってのはある程度正しいかもしれない。

 

「数日前に空戦A認定を受けたから仕事先が増えるつったろ?」

 

「そーいえばお兄さんそう言ってたね。正直空戦Aとかナニソレレベルだから僕忘れてたけど」

 

「貴様には帰ってきたらベルカ式スパンキングが待っている」

 

「助けてシュテル僕死にたくない……!」

 

 だが助けない、とレヴィへと笑顔で告げるシュテルはこの一ヶ月でだいぶセメントなキャラになったなぁ、と成長を喜びながらも、解説を続ける。

 

「まあ、つまりAって事は十分に空戦ができるって認定なんだよ。”お前は立派な戦力で優秀な人間です”ってな。で、優秀な人間ってのは基本的に本局にスカウトされたり引き抜かれたり選ばれたり」

 

「全部同じ言葉ではないか!」

 

 うん。そう、言葉を変えようと実態は変わらない。優秀な人間ほど中央へと集める悪癖が時空管理局には存在する。そしてその悪癖は何故だか悪癖として機能しない。その理由はいたってシンプルで、

 

「意外とミッド中央―――クラナガンでは反体制派のテロとか多いんだよ」

 

 ニュースにならないし、それこそミッドは飛行魔法でも使わなければ全体を回る事が出来ないぐらいに広い。クラナガンだけでも中規模文明国家一つの大きさに匹敵する。ともなればスラム街やら、隠れ家やら、そういう場所も必然的に増えている。首都を拡張し続けてきたツケがここに回ってきている。管理局がその理念を体現しようとした結果大きく広がり過ぎた弊害とも言う。だから妙なバランスが形成されている。

 

 中央へと戦力を集める本局。

 

 そして中央を崩そうとする反体制派。

 

 そのシワ寄せは様々な部署や別の管轄へと回ってくるのだが―――正直そういう政治は一般局員の考える事ではない。それよりも大事な事は契約だ。嘱託魔導師は簡単に説明するのであれば”便利屋”という表現が正しい。陸士でもいい、空士でもいい。とりあえず所属として名を管理局に渡しておく。あとは嘱託魔導師の資格を持っていれば管理局の方から仕事を持ってきてくれる。此方からお願いすれば貰える仕事の量を増やせたり、減らせたりもする。そうやって嘱託魔導師は管理局へと貢献しているわけだが、基本的に仕事のスタイルは”契約”の一言に尽きる。だから今回も新たな仕事の契約をしたに過ぎない。

 

「首都航空部隊にちょっくら空士として所属してくるわ。朝は8時、一応夜8時終業だから帰るのは八時半頃になると思う。契約内容が変わらなきゃ週四日で出勤、空隊の面子として出向扱いで働く事になってるわ。まあ、細かい所は聞かないでくれ。俺も考えるのも思い出すのもめんどくさい」

 

「なるほど、つまり安定した収入が得られるって思えばいいんですね」

 

「収入の安定は大事だからなぁ……」

 

 シュテルの頭の中は金ばかりか。……まあ、最近この娘たちが家計簿をつけたり貯金のチェックをしたり、金銭に関して意識を向けてきてくれている事を知っている。おそらく最初の頃の様な浪費はなくなるだろう。たぶんだが、金銭の価値を覚えてくれたのだろうと思う。何が高く、何が安く、何をすれば残り、何が失われるのか。

 

 お金を無駄に使った時に晩飯のおかずを二品ぐらい減らしたかいがあった。後ついでにデザート没収。

 

 ともあれ、

 

「んじゃ、俺は行くから大人しくしてろよー」

 

「はーい」

 

「あ、本局の近くに美味しいと評判のケーキ屋があるので買ってきてください」

 

「はいはい」

 

 騒がしく娘たちに背中を見守られながら、玄関まで移動し靴を履き、扉を開ける。ベーオウルフが表示する時間にまだ余裕はあるが、それでも早めに到着しておくことに越した事はない。ポケットの中のバイクのキーを確かめつつ、扉を開け、一回だけ振り返る。

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 

                           ◆

 

 

 顔合わせの時間、キッチリ五分前に到着する―――本局の空隊用のビル、その一階のロビーだ。自分が結構出入りしている地上本部と比べても遜色ない程に巨大な建物だ。此方も常に人が忙しそうに動き回っている姿がよく見る。待ち合わせ場所であるロビーの一角で柱を背にしながら待つこと数分、時計の針が上を指す頃に、

 

「すいません、イスト・バサラ二等陸士ですか?」

 

「はい」

 

 管理局の制服姿の男が近づいてくるのに気づく。此方へと近づいてくるのを見てすかさず手を出し、握手を交換し、歩き出そうとする男の横につく。ここら辺の流れは社会人となれば嫌でも慣れる事だ。

 

「貴方がフィガロ・アトレー三等空佐ですか?」

 

「おう、初めましてイスト陸士。といってもこっちの方で既に過去のデータやらを確認させてもらっているがな。かなり幼いころから嘱託魔導師として活動しているようだし、経歴も完全にクリーン。正直今の今まで何で空戦の昇段試験を受けなかったかが不思議なぐらい優秀じゃねぇか」

 

 予想に反して、割とフランクな対応の人物だった。

 

 フィガロ・アトレーという男は少しだけ歳を食った人物のように見える。髪には白髪が少し見え、顔の掘りも深い。握手した手は力強かったが、少し老いが見えていた。歳は四十か、その後半に入り始めたぐらいだろうか。管理局員としては珍しく”ベテラン”と呼べる部類の年代の人間だ。管理局が若い人間を際限なく雇用するため、そして歳を取れば死ぬ可能性が増える為、こういう人材は非常に珍しい。

 

「最近ちょっとした心境の変化がありまして、ちょっと行けるところは行ってみようかと挑戦したくなってきまして」

 

 その答えにフィガロは笑みを浮かべた。

 

「おぉ、若いうちは買ってでも苦労するもんだ。出来る事を諦めて挑戦しないってのは何時だってつまんねぇ事だからな。あー、あと俺にそんなにかしこまる必要はないぞ。何せ今日から一緒にメシ食って働く仲間だからな。よろしく頼むぜ”イスト一等空士”」

 

 このオッサン今とんでもない発言をかましてくれなかっただろうか。

 

「すいません」

 

「あ、所属と階級は気にするな。一応俺らは”エリート”って触れ込みになっているし、陸士が空隊に所属しているのもおかしな話だろ? お前らのそういうところは割と柔軟にどうにかなるからな、とりあえず所属をこっちに、階級を一つ上げておいた。訓練生ならいいがよ、流石に前線メンバーとして働いてもらうなら二等じゃあ此方も体面としちゃ悪いんだよ。それにそれだけの実力はある様に思える。違うか?」

 

 反論する事が出来ず、両手を上げてお手上げだ、というサインを見せる。それを気にいったのか、フィガロはよしよし、と頷きながら言葉を続ける。フィガロの横を歩きながら、ビルの中を進んで行く。軽く頬を掻き、少しだけ言葉を崩しながら答える。

 

「それ、返答求めてないっすよね?」

 

「そりゃあそうだろうよ。俺が上官で、お前が部下。俺の命令は絶対服従。ここで働いてもらう以上それだけは絶対だ。いいな? 命令違反なんてしてみろ、全裸でビルのてっぺんから吊るしてやるからな。そして俺はやるつったら絶対にやる。―――もう既に一回やっているからな」

 

 ―――やべぇ、仕事間違えた……! そうだよな、スピード昇進にいい事ばかりなんてないよな。とりあえず今夜はビールを片手にユーリに愚痴って慰めてもらおう。イストさん職場のプレッシャーに負けない様に頑張るよ。

 

「まあ、半年もここでやってりゃあ直ぐ曹長にでも准空尉にでもなれるだろ、その実力なら。あとは成績ってか成果次第だな。おら、テロでも鎮圧するか一人でアジトを殲滅して来い。それで点数数えてやるからよ」

 

 管理局の空隊の人間が予想以上に世紀末思考で流石に頭を抱えたくなってきた。おかしい。俺の方が本当はもっと破天荒なキャラなのになぜかお父さん扱いされるわオカン扱いされるわ、なんだか本来の自分からブレまくっているような気がしてならない。だが目の前の人物が自分よりも遥かに高い地位についており、そして尚且つ自分よりも実力が上のストライカー級魔導師であることは間違いはない。故に反論する事は出来ず、少々引きつった笑みを浮かべてはい、と返答をするしかない。

 

「というか早く出世しろ。そして早く俺のポストを取ってくれ。若いやつが育ってねぇと安心して引退ができねぇんだよ俺は。右を見てもガキ、左を見てもガキばっかり、何時から管理局は保育園になったんだよ! あ? あぁ、そういやあ最初からそうだったな。こりゃひでぇ。だから俺の引退の為にもここで盛大に出世してくれ。盛大に強くなってくれ」

 

 ビルの中を進む足を止める。一階の奥、ビル裏手へと繋がる廊下の途中の扉の前に止まり、フィガロが扉を開ける。

 

 その中にあったのは死屍累々とした魔導師の姿だった。部屋に転がっているのは十数人程の姿で、何人か魔力ダメージでノックアウトしているように思える。もうここまで来ると完全に頬が引きつる。選択肢を間違えたってレベルじゃなくて、騙されたってレベルに入ってきている。

 

「よーし、全員いるか? あぁ? まだ寝てるのか? だらしのない奴らめ。まぁいい。イスト・バサラ一等空士、目の前の死体どもが今日から一緒に首都の空を守る首都航空隊第6隊だ。5でも7でもない、6だ。覚えたか? 今日からこいつらと一緒に訓練し、チームを組み、そして次元犯罪者共をリンチする」

 

「ど、どーも、イスト・バサラ一等空士……です……」

 

 軽く自己紹介をすると、”ヴぉぉ”等という凄まじい返事が返ってくる。こいつら本当に大丈夫か、かと思うと、倒れていた魔導師の一人が立ち上がり手をあげる。

 

「うっす、アベラ空曹長です……」

 

 それに続く様に、死屍累々とした状況からぽつりぽつりと復活し、立ち上がり、挨拶する姿が増える。

 

「インディ空曹長だ、よろ……しく……」

 

「ティーダ・ランスター……二等空尉です……あ、あっちがクーダ・カマロ准空尉で、あっちで頭からバケツに突っ込んでいるのがキャロル・コンマース三等空尉。ちなみに人妻なので手を出すと本人が殺しにかかるよ」

 

「で、僕がシード・スピアーノ空曹長です」

 

 それからも次々と自己紹介が続くが、誰も彼もが最低で一等空士”以上”の階級の持ち主だった。改めて本当にこんな仕事を引き受けて正解だったのか、契約に不備がなかったかどうか自然と不安になってくる。

 

「ん? あぁ、気にするな。ここにいる連中は実力に関してはどっこいで高くても空戦AAA+が最大だ。お前に足りてないのは階級と功績だけだから半年もいりゃあ本当に上がるって。というかよくも嘱託魔導師なんて即金と趣味が全ての様なもんを9年間も続けてたな。もうちょい空戦昇段試験をよ……いや、それは嘆いていても仕方がないか。ともあれ、ようこそ管理局へ」

 

 フィガロは獰猛な笑みを見せてくれる。

 

「飛行魔法がそこまで得意じゃないんだったな? 安心しろ、今日は特別ゲストが来ていてな? ―――お前もこいつら同様、戦技教導隊に揉まれれば嫌でも上手くなる。あぁ、それは保証してやろう。良かったな。今日は別の隊が仕事をする代わりに訓練ができるぞ!」

 

 もうやだ、帰る。

 

「あ、すいませんクーリングオフで」

 

 一歩後ろへと下がろうとした体を、何時の間にか背後へと回り込んだフィガロが両肩を掴む事で動きを止める。

 

「残念、契約書にクーリングオフは通じないと書いておいたぞ」

 

 ―――管理局がブラック職場という本当の意味を、これから理解するという事だけは解った。


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