マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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プラクティス・オン

「こんちくしょおおおおおおお―――!!」

 

 叫ぶしかなかった。もうホント、叫ぶしかない。なんだアレ。なんなんだアレ。全力で走りながらそう叫ぶしかなかった、魔導要塞。相手の事を評価するのであればそれが正しい。それこそ頭がおかしいと言う事は教導を見ていれば容易に解る事だったはずだ。それでもまだ、相手を己の尺度で測っていたのかもしれない。それがいけなかったのだと完全に反省する。反省はここまで。次は反省を生かして次の成功へと繋げる事が大事だ―――成功する可能性があるのであれば。

 

 背後、ビルが桜色の砲撃を受けて穴を生みながら吹き飛んでゆく。貫通したビームの残りでその先のビルさえも吹き飛ばすのだからやはり規模も頭もおかしい。その桜色のビームの中に何か見覚えのある馬鹿が混じっているような気がするが、彼女を心配する様な暇は自分にない。収束の技能をフル回転させながらフェイクシルエットに使った魔力を回収できるだけ回収してみる。その感触からしてフェイクシルエットは全て破壊されてしまっているらしい。まだ展開してから二十秒も経過してないのに正確にシルエットだけを破壊している現状に彼女が完全に手を抜いているのが解る。もうここまで圧倒的過ぎるとふざけるな、何て言う事も出来なくなって逆に感心してしまう。

 

 そして、出た。

 

「ティアナみーっけ。駄目だよスバルを盾にしちゃあ。スバルは適性的にそっち方面は似合わないんだから―――だからティアナも一緒に罰ゲーム受けようね?」

 

「来たなラスボス……!」

 

 その様子からして本命であるエリオとキャロはまだ見つかっていないようだ。だがこの砲撃の乱舞具合を見るからにここそのものが更地になるのもそう遠くない話なのかもしれない。いや、更地になる前に多分全滅するのだろうが。

 

 こんなシューティング・イベイションが存在してたまるか。

 

「はい、ドーン!」

 

 予備動作無しでなのはが砲撃魔法を叩き込んでくる。太い桜色の砲撃が此方を飲み込まんと迫ろうとした瞬間、素早く転移魔法を発動させて砲撃の範囲外へと体を飛ばす。自分の実力では普通になのはの砲撃を回避するのは不可能だと理解しきっているので、あらかじめ設置していたマーカーを頼りに体を転移させる事にしている。視線を転移前の方向へと向ければ桜色のビームが道路を薙ぎ払うのが見えた。

 

「ティア!」

 

 足元にウィングロードが出現し、そこに着地するのと同時にフェイクシルエットで自分の姿と近寄ってきたボロボロのスバルの姿を隠す。素早くこっちまで追いついてきたスバルはこっちの腰を掴むと、そのまま体を持ち上げて全力で加速し始める。次の瞬間には先ほどまで立っていた場所をビームが貫いていた。

 

「魔力の流れが見え見えで姿を隠しても意味がないなぁ」

 

「ちょっとガチすぎやしませんかね!」

 

「ガチだったら開始数秒で終わってるって」

 

 ですよねー、と呟くと同時に再びビームが放たれてくる。スバルが更にスピードをいれて加速を開始する。いい感じにスバルの足元、ローラーブレードから異音が鳴り響くが、これが途中で壊れたりしたら今すぐ死ぬ。なので爆発してもいいから壊れるのは最低でもこの訓練を突破してからにしてほしい。もはや突破できるのは全てエリオとキャロからどれだけ意識を逸らせるかの問題なのだが―――。

 

「ティアナとスバルが相手してくれなくてつまらないしエリオとキャロを潰しに行こうかなぁ」

 

「スバル特攻よ……!」

 

「ティアヤケになってるなぁ……」

 

 これでヤケにならない理由がどこにある。あったら教えてほしい。

 

 だがスバルは忠実に此方の言葉に従ってくれる。スバルに解放してもらい、体をウィングロードから落とす。落ちた所で適性が低く、あまり意味もない飛行魔法を一瞬だけ発動させる。ほんの一瞬だけ、空に浮く事も出来ないが、速度を殺す事は十分にできる。そこへ着地するのと同時にタスラムをハンドガン状態のまま、素早く魔力弾を三連射する。何時の間にか自分に接近していたアクセルシューターを迎撃しながら壁の出っ張りを掴み、体を上へと、屋上へと向かって投げる。

 

「―――はい、これで5分リセット!」

 

 開いたホロウィンドウからはスバルが吹き飛ばされる光景が映っていた。しかも今回は完全にノックアウト、目を回しながら屋上へと落下する姿が見える。その姿にお疲れ様と心の中で告げながら、演算と魔法陣の展開を完了する。中空に身を飛ばしながらなのはへと視線を向ける。この相手に手加減とか考えて居られない。非殺傷設定オンにしていればセーフだよね、と心の中でつぶやき、

 

「なのはさん、覚悟!!」

 

 回避、防御不可能な弾丸―――一撃必殺の弾丸をなのはの体の内側へと叩き込む。非殺傷だからセーフ、セーフと脳内で叫びながらその結果を見ると、なのはの体が弾丸を放った次の瞬間には横へとブレて、腕が中空に現れたオレンジ色の魔力弾を掴んでいた。それはまず間違いなく自分が放った魔力弾だった。

 

「嘘ぉー……」

 

 直接習ったわけではないが、何年も前の事件ではバリバリエースクラスを暗殺しまくった最終奥義をなのはは片手で掴んで握りつぶしていた。もうこれは人間を止めていると言われてもしょうがないレベルの様な気もしてきた。

 

「これなら四年前に対策済み―――純粋にデバイスなしで私との演算勝負に勝てなきゃ成功しないよ」

 

「まさに魔王」

 

「魔王って最近じゃヒロインって意味なんでしょ? ありがとう、褒め言葉だよ」

 

 褒めてない。そんな言葉が口から吐き出せる前に、目の前には桜色の壁が存在していた。それが砲撃だと気づくのは体に命中して、大地へと叩きつけられる途中だった。シミュレーターの保護機能のおかげで肉体的なダメージは全くないが、それでも大地へと落ちた衝撃と魔力ダメージで全身は痺れる。治療を受けるまでは動けそうにないなぁ、と思いつつも出現しているホロウィンドウを見て確認を完了する。

 

 役目は果たした。

 

「―――役割は―――」

 

 ホロウィンドウ越しに見えた。

 

 考えられる限りの支援魔法を全て受け取った限界まで強化されたエリオの姿が。もはや自分の視界では正しくとらえられない程の速度を持って一直線になのはへと接敵する。それに笑って反応するのがなのはだ。片手を持ち上げ、シールドを展開してエリオの突撃を止める。なのはがレイジングハートを握ったもう片手を動かしてエリオへの迎撃を行おうとした瞬間、再びエリオが姿が加速する。自分が捉えられないそれをなのはの視線は確実に捉えられているという事実を伝えてくる。

 

「流石にフェイトちゃんが連れてきただけあって早いね。けど体も技量もそれに追いついていないね。無茶推奨派としてはこう問うておこうかな―――いけるの?」

 

 それにエリオが答える。

 

「―――果たします!」

 

 再びエリオとなのはが衝突する。だがなのはの方が上手だ。再び槍の一撃を弾き、エリオと間に距離を生む。そしてその瞬間には既にアクセルシューターを十数個ほど浮かべる。その全てをエリオへと向けて一秒ほど動きを静止し、そして放つ。桜色の尾を引きながら魔力弾はエリオへと向かって殺到する。飛行魔法ではなく、アームドデバイスが放っている魔力のジェット噴射を推進力にエリオが弧を描くような動きで大きく回避しつつ再び正面になのはを捉える。正面から全力の加速をエリオが叩き込みに行く。

 

「だけど正面はあまり良い選択肢じゃないかな」

 

 レイジングハートを構えたなのはは正面から襲い掛かってきたエリオを迷うことなく迎撃した。だがそれは間違いなく両手の動作。レイジングハートを二本の腕で握って、そして支えている。エリオが撃墜されるのはいい。なぜなら本命は、

 

「―――フリード!!」

 

 なのはの頭上からフリードが炎をなのはへと向けて吐き出す。エリオを叩き落としたなのはがレイジングハートをそのまま上へと向けて、素早い砲撃を繰り出して炎をまき散らす。だがその瞬間にはなのはの下から伸びる銀色が存在する。

 

 アルケミックチェーン、キャロが保有する数少ない攻撃にも使える魔法。なのははそれが足元から伸びてくるのを認識しながらも動けない。いや、動けるのかもしれないが、避ける動きを作ってない。故に素早く迫った銀色の鎖がなのはへと接近し―――そしてそのバリアジャケットに叩き込まれる。

 

「うん、命中したしこれで終了かな」

 

 太い鎖が叩きつけられたのになのはのバリアジャケットには傷らしい傷が全く見えなかった。それどころか汚れすらあまりない。本当に人間か疑わしく思えてくる教官の姿に、若干の恐怖と疑いを覚えながらも、これだけは絶対に言っておかないと後悔すると思い、口を開く。

 

「シューティング・イベイションって絶対こんなんじゃない……!」

 

 昔、陸士隊でやった時はもっと、こう……平和だった気がする。

 

 

                           ◆

 

 

「はい、お疲れ様。皆いい感じに死線を彷徨ったかな?」

 

「彷徨い過ぎて答えられない状況ですよー?」

 

 シューティング・イベイションという名目の地獄を乗り越えると空間シミュレーターの中央へと集められる。そこにはあそこまでハッスルしていたのに汗一つかいていないなのはの姿、そしてニコニコと笑みを浮かべるシャーリーの姿があった。ツッコミが適切過ぎるがなのははそれを気にすることはないらしい。無敵かこの女。キャロ以外は自分含めて全員床に倒れて何とか体力を整え直している。

 

「流石にこの状態はちょっと辛いか」

 

 そう言うとなのはは片手を持ち上げると、此方に向けて魔法を放った。少しずつだが疲労の熱がからだから抜けて行くこの感じ、回復魔法をなのはは此方へと使っていた。おかげで数秒後には普通に立つ程度には全く問題の無いレベルには回復していた。

 

「まあ、回復魔法なんてものは自然の摂理に逆らう回復だから後で色々と皺寄せが来るんだけどね。だからあんまり回復魔法に頼っちゃ駄目だよ君たちは? 学会では回復魔法は細胞の再生速度を促進させているなんて論文もあって早く歳を取るなんて話もあるからねー、まあ本当か解らないんだけど」

 

 回復魔法をかけつつそんなおぞましい事を言わないでほしい。キャロがガチで引いてる。この高町なのはという女はやる事やる事で人間を恐怖に陥れなきゃ気が済まないのか。

 

「ま、激しくムリゲーだと思ったけど結構気合込めれば何とかなるでしょ? 基本的に誰かを犠牲にして勝利する事は敬遠されるというか、凄い嫌がられるんだけど―――最終手段の一つとして覚えておくのは決して悪い事じゃないよ? やったら超怒るけど」

 

 怒るのなら教えるなよ、と言いたい事だが―――犠牲にしてまで勝利しなきゃいけない時があるんだろうな、と思う。そしてその手段を知らなければ全滅する。一人を生き残らすのと、全員が死ぬ。その選択肢を取れるような教育をすることもまたなのはの仕事なのだろう。だとしたら―――犠牲を強いる事を教えるのはまた、辛いのかもしれない。

 

「ま、私みたいに超強くて超可愛い教導官と実戦に近い環境で戦闘する事は経験を積むって意味では物凄く良い事だからこれからもちょくちょくやるよー。あぁ、その代わりに耐久訓練はなしにするから安心してね」

 

「先生、それ訓練内容がパワーアップしたっていいません?」

 

 そこでサムズアップを返してくるのでちょっとというか滅茶苦茶困る。まあ、今の所チームワークや集団戦闘の仕方とか基本的な部分ばかりだが、ちゃんと自分の成長を肌で実感しているので文句は一切ない。彼女が言っている事の意味も理解しているし。

 

「うんじゃ、そろそろかな」

 

「お、やっちゃいますか」

 

 そう言ってなのはに頷くシャーリーを見て、キャロが片手を上げながら質問する。

 

「―――まだ何か吹き飛ばすんですか?」

 

 キャロの中でなのはのイメージが固まったなぁ、と思っているとなのははキャロの発言を無視して背中を向けた。シャーリーも同時に背中を向け、そして背後を向けた二人が何か、魔法を発動させる。その内容は見た事のある術式から転移だと気づけるが、その細かい所までは把握できない。だから次の瞬間、

 

 手に大量のデバイスを握る二人の姿を見て驚いた。

 

「じゃんじゃじゃーん、私がここ数週間、徹夜しながら作ったデバイスです! ファンデーションで隠していますが実は目の下に隈ができています! 超眠いですよ!」

 

「寝ようよ!」

 

 反射的にツッコミを入れるがシャーリーは満足そうな表情を浮かべている。この人仕事で充実感を得るタイプなんだろうなぁ、と確信した所で、なのはがデバイスを此方へと渡してくる。

 

「エリオのがストラーダ、キャロのがケリュケイオン、スバルのがマッハキャリバーで、ティアナのがクロスミラージュ。それぞれの特性とか機能は口で説明するより自分で実際に調べた方が早いと思うから、今から一時間あげるから休憩ついでに把握しておいてね」

 

「あ、あと一応デバイスには皆さんの実力に合わせてリミッターをかけてありますので、みなさんが相応の実力を発揮できるようになったらこっちから外す形で段階的に解放します―――なんかRPGっぽいですよね?」

 

 人が言わない事をこのデバイスマスターと教官はズバズバ言うなあ、と思ったところで銃型のデバイスのクロスミラージュに触れる。ホロウィンドウを出現させてその内容を確かめると、アームドデバイスとしての役割がかなり強いタスラムとは違って、使用者のサポートを目的とするインテリジェンスデバイスとしての役割に特化しているデバイスだ。……これならば魔力運用や演算代理がもっと楽になるだろう。率直に言って有難いものだった。

 

「あ、ちなみにこれの制作費の一部は給料からマイナスです」

 

「嘘ぉ!?」

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

「冗談です」

 

 シャーリーが舌をだしてかわいい子ちゃんぶっているが今の発言には心臓が止まるかと思った。このクラスのデバイスを作るのには1個十数万ではなく、数百万、数千万レベルもかかるのだ。それが給料からマイナスされるとしたら一体何年タダ働きをしなくてはいけないのか計算する所だった。

 

「最悪タスラム売り飛ばそうかと思ったわ……」

 

『What!?』

 

 タスラムの浮かべるホロウィンドウを迷うことなく叩き折る。そうした後で自分のチームの他の面子を確認する。エリオは新しく手に入れた槍型のデバイスを振るってたしかめ、キャロは手袋型のデバイスを装着し、そしてスバルは既に装着してそこらへんを既に爆走していた。ヒャッホー、と奇声を上げながら加速している辺りかなり嬉しかったらしい。

 

 単純だなぁ……。

 

 先ほどまでの疲れは一体どこへ消えたんだ、と言いたい所だが、自分もこれだけのデバイスを貰って嬉しい事に間違いはない。まあ……数日は微調整と機能把握かなぁ、と思ったところで、目の前、なのはの表情が変化するのが見えた。楽しむ様な表情から―――何か嫌な予感を感じさせるような笑顔へ。

 

「じゃあ、折角デバイスを手に入れたんだし―――」

 

 なのはがサムズアップを向けてくる。

 

「―――ちょっと実戦で使ってみようか」

 

「……は?」

 

 なのはのスマイルに嫌な予感を感じ、誰もが動きを止めた。―――ただ一人、少し離れた位置で爆走しているスバルを除いて。




 少しずつ全員頭おかしい。

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