マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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アンダー・アタック

「―――なるほどね」

 

 怖い。

 

 直感的にティアナの声をそう判断した。声の色ではなく、ティアナがこの声を出す時、どういう感情を抱いているのか。それを思った場合に怖いと思うのだ。まるで憎しみを詰め込んだような声の色だ。ティアナが前これと同じ色を、感情を抱いたことは一度だけあった。それは前に所属していた陸士隊でティアナの活躍を、才能を妬んだやつがあの人たちの事を馬鹿にした時の事だった。その時、殺意にも似た感情をティアナは抱いていた。その件の結果は思いだすまでもない。ただ自分に理解できるのは―――これがティアナの逆鱗という事だ。

 

「あぁ、なるほどなるほど……こういう気分だったわけね」

 

 そう言うティアナは憎しみの籠った目をノーヴェへと向けた。そして言う。

 

「―――兄さんを殺したときはつまりこういう気分だったわけね」

 

 ゾクリ、と背中を悪寒が撫でる。ティアナと一緒に暮らしていたから自分も事件の顛末は聞いている。だから今ティアナが誰の事と、何のことを言ったのかを理解している。だからこそ今、ティアナが考えている事を理解できる。そして、それをいけないとティアナを止める権利が自分にはない事も理解する。幸せな家族を持って、平和に育った自分にはティアナを止める権利なんて一つもない。だから、昔からティアナを見ていて決めている事がある。

 

 ティアナを支え、守る。

 

 姉妹の様に一緒に育ってきた。ティアナを本当の家族だと思っている。だけど危ないのだ。ティアナは冷静に見えて、誰よりも危ういものを持っているように思える。どっかで”擦り切れている”、もしくは”振り切れている”様に感じるのだ。だから危うい。誰かがティアナの横に立って支えてあげなくちゃいけない。そしてそれはたぶんコンビである自分にしかできない。

 

「ティアナ」

 

「解ってるわよ。感情に任せて特攻かます程に馬鹿じゃないわよ。ただ―――容赦は無くすわよ」

 

「うん、解った」

 

 仕方がない、で済ませたくはない。だけどティアナの考えは大体わかっている。昔、師匠がやった事と同じことをやるつもりだ。無理やり蘇らされて働かされているのなら―――殺して楽にしてあげなきゃいけない。たぶんそれがティアナの考えだ。空港の火災で何があったのかは知っている。胸を貫かれて普通の人間だったら生きてはいない。

 

 うーん、師匠だったらなんか気合で生き残りそうな気もしないんでもないんだよなぁ……。

 

 まぁ、普通なら死んでる。そしてティアナのお兄さんも昔殺され、再利用されている。その時終わらせたのは師匠だ。だから今度は―――という事なのだろう。だとするのであれば全くもって救われない。ランスター家はどれだけ呪われているのだ。そしてどれだけ救いが無きゃいいのだろうか。こんなのはあまりにもひどすぎる。

 

 だからせめて、自分だけは変わらず、ティアナの心を守り続けないと。

 

「行くわよ」

 

「うん……!」

 

「相談は終わったか?」

 

 前に出る。結局の所、それしか自分には出来ないのだから。接近と同時に蹴りをノーヴェへと向かって放つ。ノーヴェはそれを片腕でガードしつつ、空いている右手でジャブを繰り出してくる。自分であれば全く同じ動きを取っているだろうから、相手がガードしている左手に更に足を込め、そこを軸に体を持ち上げる様に回転させ、踵落としを繰り出す為に持ち上げる。瞬間、ショートジャブを途中で止めたノーヴェがスウェイで後ろへと軽く移動する。それで踵落としは不発に終わり、身体が屋根の上へと着地する。

 

「そこっ」

 

「っ!」

 

 スウェイで後退したノーヴェの顔に驚愕の表情が浮かび上がり、そして胸を抑える。非殺傷設定でおそらく弾丸を内部へと叩き込んだのだ。殺傷設定は六課によって封印されている為、使用はできない。本当なら迷うことなく解除していただろう。だから、

 

「痛覚カット―――これで行けるな」

 

 ノーヴェがそう言って胸を抑えるのを止め、ティアナの舌打ちの音が響く。一撃必殺の奥義も殺せない状態へと持ち込まれているのであれば無意味に近い。一番の敵は非殺傷設定だなぁ、と思いつつ拳を構える。なのはにタンクファイターとしての適性が低いと言われて正直落ち込んだが―――まぁ、自分の持ち味を生かした方がここではいいのだろう。そう簡単に割り切れるものでもないが。ともあれ、なのはに言わせれば自分の領分はパワー型のスピードファイター。素早く打撃を叩き込む事が一番合っているスタイルらしい。近接での打ち合いの場合は技術よりも多少強引に迫った方がスタイルとしては正しいらしい。

 

 なら、キャロの支援が体から消える前に多少強引にでも打数を稼いだ方がいいのかもしれない。

 

 踏み出すのと同時に体がティアナの支援により姿を消失するのを理解する。有難いと思う反面、相手にこれがどれだけ通じるか怪しい。既に相手がこれを破れるというのは先ほどの交戦経験から理解している。だがそれとは別に、意味もあると思う。だからティアナが満足に戦えない分、それを拳に込めて、

 

 ダッキングからのステップで踏み込む。

 

「っ」

 

 ノーヴェの拳が空ぶる。接近は解っていても流石に詳細な位置は解らない、という感じだと把握する。だとすればこの幻影による保護はもっと意味を持つと理解する。だから踏み込みに成功するのと同時に拳を振りかぶり、

 

「必滅ッ!」

 

 奥義を叩き込む。師匠の謳い文句は竜の頭さえ吹っ飛ばす一撃、だった。自分の未熟な拳ではそこまでは出来ないし、完全に再現も出来ていないが、それでも十分な威力は出せている。命中と同時にノーヴェの体は吹き飛ぶ。そしてノーヴェが吹き飛んだ瞬間、念話を通してティアナの指示が飛んでくる。それに従う様に自然と体は動く。

 

 ノーヴェの背後にウィングロードを出現させ、それを壁の様にしてノーヴェの体を止める。そのまま前進から跳躍、正面からの攻撃を警戒してガードに入ったノーヴェの頭上へと移動し、縦に回転しながら踵落としを繰り出し、列車の屋根へと体を叩きつける。そうして跳ね上がったノーヴェの体を掴み、ティアナへと向けて投げる。

 

「そーれっ!」

 

「コンタクト!」

 

 そこに、ライフル型に変形済みの、そしてチャージ済みのタスラムをティアナが突き当て、零距離から砲撃魔法を叩き込む。コンビネーションが決まったノーヴェの体が砲撃に吹き飛ばされ、屋根を跳ねながら転がり、止まる。

 

 そして―――立ち上がった。

 

 体にダメージの様子はある。血も少しだけだが流している様子だった。だがそれをものともせずに、軽く肩を回しながら首を横へと傾けて音を鳴らし、視線を真直ぐ此方へと向けてくる。

 

「はっ、所詮この程度かよ。当たって来いって言われて少しは期待したがなぁ」

 

 ダメージを全く見せない様子でノーヴェは拳を構えた。

 

「これ以上見せるものが無いなら死ぬぜお前ら」

 

 

                           ◆

 

 

 爆発する。

 

 それを最速の動きで回避する。狭い車内ではあったが、何度も爆破が発生するたびに列車内の障害物はクリアされて行く。ある意味、それは結果としてよかったのかもしれない。最初は全く回避のために動けなかった空間も爆破によって大分広くなったので、今では十全に槍を振り回し、そして動き回れる空間となっている。唯一の幸いがそれであろう。だからと言って状況が好転している訳ではない。

 

「IS”ランブルデトネイター”。能力自体はそう強くはない。シンプルに金属を爆破させる。それだけだ」

 

 知っている。

 

 だからこそ金属に触れる時間を最小限にまで減らしている。壁を、天井を、床を、全てに触れている時間を一秒以下にして飛び跳ねる様に空間を跳躍し続ける。跳躍した次の瞬間には爆破が発生し、爆炎が背中を焼いているのが解る。戦闘が開始してからキャロが常に回復魔法をかけ続けているおかげでダメージは少しずつだが回復と蓄積を繰り返し、一定の位置から変化がない―――とはいえ、集中力は無限に続かない。どこかで絶対に途切れてしまう。故に、勝負はその前だ。此方がまだ回避できている間に勝負をつけないといけない。だからこそ思考する。

 

 攻めなきゃ……!

 

「来るか」

 

 此方の意識の変化に相手が敏感に反応する。こう狭い空間ではフリードは動かせないし、キャロもアルケミックチェーンでの支援はできない。だから支援を抜けば実質一対一になる。相手は自分の技量を上回っている。行けるか? いいや、

 

「通します」

 

 跳躍と同時に接近する。爆風が肌を焼くのと同時に癒えてゆく。それが痛みだと知りながらも止まる訳にはいかない。初陣で無様を晒したくはない。―――男の子なのだから女の子の前ではかっこつけたい。

 

「通します」

 

 再び宣言して意志を確固にする。そうして正面から相手へと向かってゆく。それに相対する様に敵はナイフを投擲してくる。危険だと判断する。なぜならこれは突き刺さるし、切り裂くし、そして何より爆破する。ナイフという武器自体が近接戦闘における一、二を争う凶悪な武器だ。それに爆破能力を付与する事はシンプルながら厄介だ。だが、未熟な己に何ができるのだろうか。早く動く事は出来る。だがフェイトと比べれば圧倒的に劣る。敵を貫く事は出来る。だがその爆発力はスバルと比べれば低い。

 

 なら何ができるのか。

 

「―――通します」

 

 ナイフが体に突き刺さった。

 

 槍を通した。

 

「ほぉ」

 

 自身の体に届いた槍を興味深そうに眼帯の相手は見ている。届いた、と言っても切っ先が僅かに突き刺さった程度だ。大きなダメージではない。だがこの戦闘を始めて初のダメージを与えることに成功した。この新人フォワード勢の中で唯一の男は自分だ。

 

 だったら張りたい意地というものがある。

 

「多少の被弾覚悟でも……!」

 

 接近すれば爆発は使えない。至近距離での爆破は己を巻きこむ。だからこそ使うことはできない。そう判断して被弾覚悟で相手へと一気に接近し、そして一撃を叩き込む。それが己の判断だ。そして爆破できない距離へ接近したのであれば、あとは槍を振るうだけ。相手の肩に浅く突き刺さったストラーダを引き抜き、踏み込みつつ回転で薙ぎ払う。その動きに反応する様に相手はバックステップを取る。だが距離を生まれれば爆破を繰り出されてしまう。故に相手の動きに合わせて踏み込む。絶対にクロスレンジから相手を引き離さないように。

 

 が、

 

「エリオ君!!」

 

 衝撃を感じる。気づけば体が爆炎に包まれ吹き飛ばされていた。馬鹿な、と口から言葉が漏れる。自分の位置は間違いなく敵の目の前だった。であるのに相手は迷うことなくナイフを爆破させた―――それは間違いなく自分自身を攻撃範囲内に巻き込む行動だ。常識的に考えればやらない事だ。だが、爆炎に巻き込まれる己の視界の中で、相手は片目で此方を見る。

 

「その程度の対策をしないわけがないだろう」

 

 少しだけ傷がついてはいるが、あまりダメージを見せない相手の姿がいた。相手に至近距離での爆破に対する防御方法があるらしい。であるならば、至近距離での爆破も可能という事だ。自分の判断があっさりと覆された事に対する憤りがあるが、それよりも悔しさが先立つ。

 

 ―――負けたくない。

 

 爆炎と爆破が体を焼くが、キャロが必死に回復魔法を使ってくれているおかげでまだ体は問題なく動く。だから吹き飛ばされながらも体勢を整え、壁に着地する。次の瞬間には眼前へとナイフが迫っていた。気づけば相手は先ほどまで一歩も開始地点から動いてはいない事に気づく。悔しいとは思うが、彼我の戦力差は絶大だ。それでもあきらめるわけにはいかない。避けようと動きに入った瞬間、

 

『―――そこは右ですねー』

 

 どこか能天気にも思える声が頭の中に響いてきた。だが知っている声だ。だから体は反射的に右へと避けた。そして、

 

『左、下、そこで薙ぎ払ってからダッキングで接近してみましょう!』

 

 体は声に従って動く。

 

「ほう」

 

 迫ったナイフを回避しつつ、薙ぎ払いで相手の攻撃を叩き落とし、その背後に隠れるように迫ってきたいた刃を潜り抜け―――敵の前へと到達した。それと同時に槍を前へと付きだすが、それをバックステップで相手はあっさりと回避した。驚くほどあっさりと出来た動きに驚愕していると、その声の主が誰かを思い出す。

 

『空曹長ですか!?』

 

『はぁーい、私ですよー』

 

 姿は見えないが、彼女は此方の事を把握しているようだった。ストラーダを構え、相手を睨みつつ意識を一部、念話へと傾ける。

 

『ちょっとガジェットさんの相手で忙しくてそっちは行けませんけど、やっている事は把握しているのでご心配なく。お姉さんがちょっとだけアドバイスしますので―――えぇ、男の子の意地、見せてもらいましょうか?』

 

「……はい!」

 

 此方の変化に相手が目を細める。おそらくこちら側の変化を察したに違いないのだろうが、

 

 ここからが本番だ、とツヴァイの言葉を聞きながら思考する。




 ピンチになるのは主人公の基本スキル。

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