密入国が成功した事で軽く体を伸ばす。
周りを見渡して見えてくるのは一面の瓦礫と廃墟。それが延々と存在、広がっている光景。ミッドチルダでそんな光景を見る事が出来るのは一箇所だけで、その広大なエリアを説明する言葉は一つ、廃棄都市区間だ。広大過ぎる元街だった場所は場所によっては管理局の魔導師に利用されたり、他の場所は犯罪者の巣窟になっていたりする。
そう、たとえば自分たちの様な犯罪者に利用される。
転移が完了して全員が到着すると、長距離転移技能持ちの魔導師が軽く頭を下げてから姿を消す。そうやって関わらず、静かに、そして興味をもたれないようにしているからこそこのビジネスは続いているのだろうなぁ、と思いつつ軽く体を捻る。数ヶ月ぶりのミッドの空気だが―――別段美味しい何てことはなく、むしろ前にいた世界の方が汚染は少なくて空気は美味かった。この微妙に淀んだ感じの空気を感じるとあぁ、ミッドに戻ってきたなぁ、と感じさせられる。ベルカの本国よりもこの淀んだ空気を感じて安心する辺り、自分はたぶんミッドチルダの方を強く居場所として認識しているのだろう。
あー……そういえば両親が俺の事死んでるって思っているんだろうなぁ。
まあ、悪い事はしているが反省する気はさらさらないのでこれでいいと思う。ともあれ、後ろを見れば他の皆がちゃんと存在している事は確認しているし、荷物なども消えていない。ともなれば転移に問題はなかった、という事だ。ごくわずかながら転移に失敗する可能性もあるので、やはり非合法にはそれなりの理由がつく事が察せられる。
ともあれ、
移動が終わったのであれば何時までもここに留まっているわけにはいかない。廃棄都市区間の中でも安全なエリアと、危ないエリアの区分けは出来ている。そして同時に人の寄ってこないエリアというものも存在している。体を軽く動かしながら辺りを警戒していると、転移後の確認を全員終らせたようだ。バリアジャケット機能を使い、全員がフードつきのマントを装着する―――もちろん身を隠すためだ。ミッドで見つかる可能性は他の世界でよりも遥かに高い、今までの様に気軽に外を歩ける事もなくなる。
目指すのはスカリエッティが所有するセーフハウスだ。
◆
ここもまた、廃棄都市区間に存在する。一体どれだけのセーフハウスやらシェルター、犯罪者の巣がこの広大な廃墟に存在するかは解らない。それだけの人員もお金もない、と言うのが管理局側の建前と本音だろう。廃棄都市区間を調べたいと思うのは本音だが、その金と人員は圧倒的に不足しているだろうし、触ってはならない所もある。故に廃棄都市区間はどうしようもなくそのままの状態で、犯罪者の巣窟になっている。同じ場所へと降りればこそ、どういう場所なのか更に解るようになった。
そんなスカリエッティのセーフハウスは廃棄都市区間の西部に存在する。昔はデパートとして機能していたであろう建造物、そのエレベーターはまだ稼働中で、それに乗って地下へと進むことができる。三十秒間ほど地下へと落下を続け、扉が開くと、掃除用ロボットによって綺麗に保たれているセーフルームに到着する。到着と同時に持っていた荷物を床へと投げ捨てて、ソファへとダイブするルーテシアの光景に苦笑し、壁際まで彼女が投げた荷物を運ぶ。
「そこで拾わせないから駄目だと思うんだけどなぁ」
「そうなのか?」
ゼストへと視線を向けると、ゼストが首を横に振って解らないと答える。
「いや、旦那も兄貴も甘やかしすぎなんだよ。もっとほら、あっちみたいに」
見ると何時の間にかルーテシアを確保したイングがルーテシアの腹を膝に乗せて手を振り上げていた。あぁ、何か懐かしい光景だなぁ、とスパン、と響く音を耳にしながら思う。昔はやったもんだけど忙しくて相手したりできなくなってツッコミやら罰はもっと物理的なものへと進化していった事を思い出すと、ケツ叩きは中々に懐かしい光景だ。
「鎧通しでバリアジャケットを貫通しているな」
「バリアジャケットでケツを守ろうとするルーテシアも何気にセコイがな」
「ルールーをどうにかしなきゃいけないって思ったけど何で旦那たちも姐さんもやることが両極端なんだよ……」
まぁ、平和な光景だ。ルーテシアを甘やかしているって解っているんだけど、我が家のマテリアルズを見れば自分の教育方針がどういうものなのかは大体見えてきてしまっている。なので間違っているとはわかっていても、如何直せばいいのか解らないので対応のしようがない。ゼストも同じく子育て経験がないのでそこらへんは駄目だ。
「女に任せるしかないな」
「あぁ、男には無理だ」
「旦那たちが諦めた!」
アギトがふよふよ浮かびながらがくり、と項垂れていると、スパン、と音が響くのが停止し、屍の様に動かなくなったルーテシアをイングが持ち上げる。小脇に抱える様に軽々とルーテシアを持ち上げると、マントを消して此方へと向く。彼女が求めているものは大体わかっているので、荷物から彼女たちの分の着替えを出し、タオルを出して、それを放り投げる。
「では動かない内に風呂で洗ってきますので」
「容赦ねぇ」
「アギト、容赦がないのではない―――相手を思って行動しているのだ」
「言葉を変えれば綺麗に聞こえるよなぁ!」
そしてナルがアギトへとドヤ顔を向けている。その光景を見てまた平和だなぁとしか思わない。アギトがナルへと突っかかる光景を無視して、イングがルーテシアと風呂から出たら今度は自分が借りるか、と思いつつ荷物を適当に置き、マントを解除して上着を脱ぐ。先ほどまでルーテシアの処刑が行われていたソファに座ると、視線の先にテレビがあるのが見える。ここ、電波通じているのか、と軽い驚きと共に近くにリモコンが置いてあるのを確認し、それでテレビをつける。
『マドウシ死すべし……!』
「あ、マドウシスレイヤーの再放送か、懐かしい。これ、シュテルとかレヴィが毎回見てたなぁ……」
テレビの中ではモツ抜きを決めている主人公の姿があった。相変わらずアクションがダイナミック過ぎて何故お昼の時間で放送出来ていたのかさえ謎の番組だ。面白い事には面白いのだが、それでも……こう、確実に我が家の娘達の教育に悪かったな、と今更ながら認識させられる。面白いには面白いが、それでも今更興味がある訳ではない―――あの中でやれることは大体できるようになったし。
チャンネルを変える時にアギトがあっ、と声を漏らすのは興味を持っていたからだろうか。まあ、アニメよりも大事なものがある―――ニュースだ。スカリエッティ側から最新のニュースや情報を送ってもらっているが、それでもテレビで確認した方が早い時なんてザラにある。だからなるべく余裕があるのであれば、テレビをつけて流しっぱなしにするのが良かったりする。そういう意味でもテレビをニュースチャンネルに変えると、見た事のある姿がテレビに映し出されていた。
『―――私はそこで強く、質量兵器の使用と所持許可を推進したい!!』
強い感情と、そして思いを感じる声で主張するのはかなり歳を取った男の姿だった。だが”陸”の超重要人物である彼を見間違える人間はおそらくこのミッドチルダには存在しないだろう―――レジアス・ゲイズ、地上本部の防衛長官だ。地上の守護神とも言われる人物だが―――その背景は黒い噂が絶えない。そしてその一部が真実であるとは自分達は知っている。
何故ならレジアス・ゲイズはスカリエッティと繋がっているのだから。
元レジアスの部下―――ゼストとしては複雑な心境だろうと思う。
「……レジアス」
ゼストは黙って昔の上司を―――レジアスを見る。その瞳には強い決意の様なものを感じられ、そして覚悟も感じられる。が……そこにレジアスへの殺意や悪意などは一切感じない。純粋に何かをすべきだと、高潔な精神から感じさせるものがゼストの表情にはあり、その視線がテレビに向けられているために何も言えなくなる。そのまま数秒だけ、無言の時を過ごしてから、ゼストが溜息を吐く。この男がこうやって露骨に疲れを見せるのは中々珍しいものだと思う。
「私は……」
テレビを立ったまま眺め、ゼストはテレビの中で熱弁するレジアスの姿を見ながらつぶやく。
「……レジアスに問い質さないといけない。それが俺の唯一の目的で願いだ。あの日の真意はもういい……が、友が道を外しているのであればそれを正すのは外側にいる俺の役目だ。もし、レジアスが間違っているのであれば俺がレジアスを正さなくてはならない……俺だけができる事だ。この」
ゼストが胸を、心臓が”あった”場所を抑える。そこにはもう心臓は存在しない。その代わり、とあるものが心臓の代わりとなって死んだゼストの体を動かし、活力を注ぎ込み続けている。一度死んで、そして動かなくなったゼストの心臓の代わりに鼓動を続ける物こそが、発掘してきたばかりのロストロギア―――即ちゼストの体はレリックを動力源に動いている。それをスカリエッティはレリックを応用した兵器、レリックウェポンと呼んでいた。ウェポン、即ち兵器。
それがゼストが蘇らせられた理由であり、失敗作という烙印を受けて……今の現状へと至る。諸々の苦悩や経験はゼストの物だからこそ簡単に察する事も考える事も出来ないが……ゼストもゼストで苦労し、果たしたい願いがあるという事だ。それは尊重すべきものだが、テレビに映るテロップに視線を取られる。
「九月に地上本部の公開意見陳述会、か。おい、ゼスト」
「あぁ、俺にとってのチャンスになるだろうな、これは」
普通に考えて警備の人員が増しているだろうし、厳重になっているに違いない。だがそれは同時にチャンスである事に変わりはない。そういう大きなシフトの変化には絶対に警備の穴が生まれる。それを利用して警備員の一人としてでも紛れ込めば―――レジアスと平和的に対面する事が可能になるかもしれない。普段の地上本部であれば無理な事も、このタイミングであれば可能になる。
「だが、まあ……あまりそこまで必死になって俺に付き合わなくてはいい。所詮亡者の声だ。本来は俺一人でやって終わらせるべき事だ」
「それを言うなら旦那はルールーや兄貴の手伝いをせずにいても良かったんだぜ?」
アギトにそう言われ、ゼストは少しだけ困った様子で頬を掻く。この男が自分で主張しているほど”死んでいる”訳ではない。……体に関してだけはスカリエッティ側からのメンテナンスは完全に受け付けていないので確実に死に向かってはいるだろうが、それもまだ様子からして一年……二年程持つかもしれない。まぁ、それも安静にしていれば、という注釈がつくのはナルの診断結果だ。レリックのエネルギー量だって限界は存在する故、それを超える活動をすればゼストは死ぬだけだ。
改めて詰んでいるとは思えるが、それでもまだ完全にゲームセットではない事だけは確かだ。現に、
「ロストロギアの動き関連の情報を入手したぞ」
「サンキュ」
「家族の為であれば苦にはならないさ」
そう言ってナルが笑顔を向けてくる。何か今度精神的にサービスしなきゃなぁ、と思いつつもナルがデータを共有設定で全員へと回してくるそこには様々なロストロギアの流れが表示されており、ミッドチルダにおける密輸品の流れを把握できる。が、おそらくはただの一部、必要最低限の分だろう。ともあれ、それを見て確認できる最近の動き、目当てのものと思しき品物は―――
「―――ミッド中央か」
「クラナガンの南東辺りだな。ここには何があった?」
「そいつはもう調べたけど、そこにはホテルがあるぜ」
ホテル、と言う言葉に少しだけ首をひねる。が、次にナルがすべり込ませてくるイベントの広告を見てホテルに集まる意味を把握する。
「オークション……」
おそらくロストロギアを秘密裏に販売する裏オークションでも開催されているのかもしれない。純粋に骨董品の中に混ざっているということもあるかもしれないが……まあ、ここまで量が揃っているのにそれはないと思う。ともあれ、場所を、そして日時を確認する。オークションは約四日後の出来事だ。スカリエッティに連絡する時間と交渉する時間、準備をする時間を考えて―――ギリギリ、と言ったところだろうか。
「場所は―――ホテル・アグスタか」
ミッド中央―――クラナガン―――即ち管理局とは近い位置だという事だ。
これは確実に一波乱来るな、と確信を感じる。
この中でレリウェポなのはゼストっつぁんだけッスよ。
しかし一人だけシリアスキャラってのは許せんよなぁ……!