マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ニュー・プラン

「―――おい、こっちだ」

 

「あ、はい」

 

 ぺこぺこと頭を下げながら少しだけイライラしている先輩の後ろについて行く。偉そうにしているのは仕事に誇りを持っているからではなく、権威を振りかざしたい典型的小物タイプの人間だからだろうなぁ、と思考をする。だが、まあ、扱い方次第では便利なタイプだと思う。そこまで付き合うつもりはないのだが。

 

 ともあれ、ホテルマンの姿をした自分と、短い間だが先輩がいる。連れられ後ろをついて行くと、一つの広いホールへと出る。多くの席が扇状に並べられ、ステージを中心に広がっている場所だ。そこには自分以外にも複数人働いている人の姿が見え、せわしなく色々と掃除やら設置やら確認している。

 

「お前もここで他の連中を手伝うんだ、いいな?」

 

「おっす」

 

「じゃあ俺は行くからな」

 

 何をするべきか説明をすることもなく先輩は去って行った。酷いやつだなぁ、と思うがもう関わる事もないだろう、と結論付けて動き出す。

 

「どもっす」

 

「おう」

 

 やる気のない返事が通り過ぎる作業員から返ってくるがまあ、これが有名ホテルの実態だろうなぁ、とホテル・アグスタで働いている従業員の質を考える。客の前ではちゃんとしていればいい、と言うわけでもないと個人的には思う。接客業だからこそ見えない所での気配り! ―――なんて風に思うのは本職じゃない、関係のない人間が思う事だと判断し、どうでもいいと思考を斬り捨てて、そしてどうするか、と軽くつぶやく。

 

 まあ、やる事なんて決まっている。

 

 工作しかないだろう。

 

 ”銀色”に染まった髪の毛を揺らしながら思考する。ここからどう動きべきか、と。まあもちろん魔法なんて使えば一瞬でバレてしまうので、一歩目を踏み出すのと同時に気配を殺して、存在感を消して、そして従業員たちの死角を歩きはじめる。まだ一言しか喋ってないので印象には残っていない。

 

 今のうちに好き勝手動かさせて貰おう。

 

「さて、ゼスト達は何をしているかなぁ……」

 

 呟きつつも行動を開始する。

 

 

                           ◆

 

 

「破壊工作、か」

 

「旦那?」

 

 いや、必要な事だとは理解している。だがまさかやる側へと回る事が来る事があろうとは思考さえしなかった。スカリエッティに蘇生されて以来非合法な手段に色々と手を伸ばし、法を壊し、そして生き恥を晒してきている。だが犯罪者の代名詞とも言えることを自分がやる側に回るとは予想できなかった。マント姿、廃墟都市区間を歩きながらそう思う。

 

「なんでもない」

 

「ならいいんだけどよぉ……」

 

 そうは言うが、アギトが己を心配しているのは態度に解りやすく出ている。助けた義理しかない筈なのに、それでもここまでついてきてくれている小さな存在は正直有難い。レリックの力で蘇ったのはいいが、アギトのサポートなしでは全盛期ほどの力を出す事は出来ないのだ。戦う時は非常に頼っている所申し訳ない。だが、それを己は出してはならない。なぜなら、己は大人だからだ。イストら三人はまだいい。大分こちらよりだから理解してくれている。ただルーテシアとアギトはかなり幼い。彼女たちの前で弱音を吐いては不安にさせてしまうだろう。……たとえそう見えていなくても、まだ未熟な彼女たちの心は手に取るようにわかる。

 

 ただあまり、交流する方の者でもないのだ、己は。だからこういう時、どういう言葉をかければいいのかが良く解らない。こういう場合はどうすればいいのだろうか……。

 

「旦那?」

 

「む」

 

 少し考えていただけだ、と言おうとして止める。このままでは何時も通りだ。それはそれでいいかもしれないが、少しばかりいつも以上を狙うのも悪くはないかもしれない。武芸において鍛錬とは常に存在するものだ。一日でも手を緩めば取り返しがつかなくなるが、ちゃんと毎日やれば前進するのは解っている。だからここは、もう少しだけ頑張ってみた方がいいのかもしれない。そう思い、誰を参考にすべきか、と思ってから頭を横に振る。自分が友人と言える様な人物の中で、常に前向きなのは一人しかいない。

 

 イストならこの状況でなんていうのだろうか。短くそう思考し、そしてアギトへなんていうのかを決める。これなら大丈夫だ、と、アギトへと視線を向け、

 

「―――全く問題ない、大丈夫だ」

 

「旦那! そ、それ次のコマで死亡したキャラのセリフ―――!!」

 

 笑顔とサムズアップを付けたのだが何かが悪かったらしい。アギトは逆に焦っている。

 

 解せない。

 

 

                           ◆

 

 

『アギトから秘匿回線(チャント)が入っている』

 

 どうした、と思考を生み出した瞬間、ナルがそれに対して答える為に意志を伝えてくれる。

 

『犯人はお前か、と』

 

「アイツは一体何が言いたいんだ」

 

『さあ?』

 

 実に謎だ。ゼストとアギトの方はちゃんと作業進めているのだろうか、と少しだけ不安になりながらも口の中で噛んでいたガムを手に取り、ポケットから小型の爆弾を取り出す。そのサイズは親指ほどしかなく、威力も相応のものしか出ない。だがそれをガムでブレーカーの下に、陰に隠れていて見えにくい場所へと貼り付ければ十分だ。一時的にこれで電力をダウンさせることができる。まあ、それも些細な工作だ。何せサブ電源がこういう大きなホテルには用意されているだろう。だから精々ダウンさせられたとしても数秒程度だ―――だがするとしないとで明確に状況を分ける場合がある。できる小細工は可能な限りしておいた方がいい。

 

 さて、これで小型爆弾の設置は終わった。確か、

 

『ネットワークへのワーム等の設置も完了している』

 

 と、ユニゾン中のナルが伝えてくれているのでこれ以上やる事はないと判断する。破壊工作と言ってもそう大きなことではなく、つつましいものだ。派手なものになると金も時間もかかる為、今の自分達には無理だ。だからこの程度だろうな、と思い、引き上げる事とする。

 

『周りに気配は感じない』

 

 ありがとう、と思考する必要もない。思いだけでも彼女は察してくれるから。だからそのままブレーカーのある部屋から外へと出る為に、階段を上って行く。暖かい空気を送り出しているジェネレーターの横を抜けて行き、扉の前で一旦動きを止める。再びドアの向こう側の気配を軽く探り……なにもない事を確かめてから扉を開け、素早く廊下に出る。脱出経路は入ってきたときと同様、従業員用の裏口から。変装して姿を変えているとはいえ、それでもなるべく長く自分の姿は晒したくはない。自分が存在していたという情報は、必要以上に残すのは二流の仕事だ。

 

「……ま、工作員じゃないんだけどな」

 

 何が悲しくて前衛がこんな技術を身に付けなくてはいけないのだ。

 

 まぁ、己のこういう工作技術はレヴィに教わったものだからレヴィにやらせればもっとあっさりといろいろやってくれそうだなぁ、と思いつつ帰りの道を急ぐ。なるべく急がず、普通のホテルマンのフリをしながらとおりすがる客や従業員たちに違和感を持たれない様に歩き、そして一階のロビーへとやってくる。

 

「どうも」

 

「あ、はい」

 

 ロビーのカウンターの裏、そこには扉があり、従業員用の通路が存在している。そこを抜ければ少しぐらい駆け足になっても問題はない。だからそれを目視したからこそ焦らず、歩く。帰ったら作戦行動に備えて少し寝るべきか、と思考を生み出すとナルの考えがなだれ込み、それで苦笑を漏らしそうになる。それを何とか堪えながらもロビーの裏へと到着する。受付嬢が此方へと視線を向けてくる。

 

「あ、先にあがります」

 

「お疲れ様ですー。羨ましいなぁ」

 

「あはは、頑張ってください」

 

「はい」

 

 軽く挨拶をし、そして扉に手をかけた所で―――動きが止まる。

 

「ここが、かな?」

 

 背後で聞こえた声が一瞬で誰のものか解った。そして一瞬硬直してしまった自分のアホさ加減を呪いたかった。硬直するのが一瞬であれば復帰するのもまた一瞬。耳にした声を懐かしいと思いながら扉を開けてその向こう側へと抜ける。少しだけ、心臓が早鐘を打っているような気がする。どうなのだろうか。胸に触れればそこには何時も通り、一定のリズムで刻んでいる心臓の鼓動を感じられる。いや、本来の自分であればここまで平静ではいられない。混ざっているからこそこうやって落ち着いていられるのだ。

 

『気にするな。妻として支えるのは当然の事だ』

 

 その言葉に笑みを作り、歩き出す。あぁ、そういえばそうだった。数日後にはオークションで―――そしてそこへと解説のためにやってくる人物の名前がそこにはあった。まさか下見のための時間と此方が工作の為に潜入していた時間でぶつかるとは予想外にもすぎる。

 

 従業員通路を足速く進みながら、ホテルの制服に姿を設定していたバリアジャケットを解除し、何時も通りの姿へと服装を戻す。魔力隠蔽用の指輪とユニゾン状態はそのまま、後ろにいる存在から少しだけ逃げる様に、足のペースを速めてホテルの上へと通じる通路を抜け、外へ出る。外へと出た所で周りの気配を気にしつつ、一気に加速し、アグスタ周辺の森へと飛び込む様に移動する。

 

 そして自身が安全と認識できる距離へとやってきたところで、ようやく足を止め、そしてユニゾン状態を解除する。目の色と髪の色が大きく変化するユニゾン状態はウィッグやらコンタクトやらを使わなくて済むので非常に便利な変装手段だ―――魔力を隠す方法さえあれば。

 

「あー、死ぬかと思ったぁ!!」

 

 息を吐き出しながらそう言う。変装と言ってもプロフェッショナルではないので知り合いに会えばまず間違いなくバレる。背中姿ならまだしも、顔を見られたらヤバイ。なので彼の―――ユーノの声が聞こえた瞬間、背筋が凍る思いだった。思わず動きを停止してしまったのは懐かしさと、驚きと、そしてちょっとだけ、悔しかったからだ。だからあの空間、ユーノがいない空間へと出られたおかげで一息を付く事が出来る。

 

「あー……焦った」

 

「大丈夫か?」

 

 寄ってくるナルが背中を撫でてくれる事で少しだけ落ち着きを取り戻す。いや、本当に焦った。個人的に一番敵対したくないタイプだ、ユーノ・スクライアは。努力の鬼と言っても過言ではない。あの年齢で司書長に、自分よりも格上に対してバインドやシールドをメインとして戦闘術の確立、どれをとっても才能と評価したくなるようなことを秀才クラスで成しているのだ。考えて行動するタイプの人間は何時だって考えない側からすれば恐ろしい存在なのだ。

 

 シュテルは既にバレているんだし、おそらく俺が生きているって予測も出来上がっているだろう。そこで俺の存在のヒントなんて残してしまえば絶対に対策組まれる……いや、なのは辺りは確実に対策組み終わっているだろうが。前から負けず嫌いな所があるしあの娘は。

 

「ふぅ……しかしそうか、ユーノがいたんだな」

 

「……?」

 

「いや、ユーノがいるのなら少しだけ、話は変わってくる」

 

 そう、ユーノがいるのであれば話は変わってくる。俺と融合していたナルであれば解るはずなのだ、俺がどれだけユーノに対して高評価を与えているのかを。というかあのヒロイン属性男子にはどこかシンパシーめいたものを感じる。嫁に狙われていた状況とか、結局のところ抗えなかったところとか。若干同類視していると言ってもいいかもしれないが、

 

「よし、計画に少しだけ加えよう」

 

「どうするんだ?」

 

 拳を握って固め、それを持ち上げ、見せ、

 

「―――ユーノ・スクライアを拉致しよう」




 割と理論とか思考ってこじつけだったり強引だったりする。

 ちょっと短めですが次回からやっと本番、と。

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