マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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イン・ザ・ナイト

「あ、なのはさん」

 

「やっほーティアナ」

 

 ホロウィンドウを浮かべ、なのはが六課の制服を着た状態で機動六課の隊寮、ロビーにある椅子に座っていた。その服装を見ればまだ教導官としての職務は禁止されている、というのはよくわかる事だ。だがこうやって医務室から出て座っているという事はもう大丈夫なんだろうな、と思うので”大丈夫ですか”等と態々聞く必要はない。ただ割とフランクに接してくるところを見ると今のなのはは、

 

「仕事……じゃ、ないですよね」

 

「うん、医務室にいる間凄い暇だったからね。必要な書類とかプランの修正とかいろいろ終わらせちゃってお仕事ないかなぁ、と思ってたんだけど今の所完全に手ぶらでねー……こういう姿部下に見せると部下がだらけちゃうから本当は見せるのはいけないんだけど……ティアナはそんな事もないし秘密だよ?」

 

「あはは……」

 

 苦笑するとなのはが横の椅子を引っ張ってくれる。座れ、という事なのだろう。特に遠慮する事もないのでなのはの横の椅子に座る。本当に暇だったのか、なのはが浮かべるホロウィンドウは普通にブログを映し出していた。なのはがそれを覗き込んだ自分を見ると、ホロウィンドウを近くへと引っ張り、そして少しだけ巨大化させてくる。

 

「これって」

 

「うん、フェイトちゃんのブログ。―――最近煽って炎上させて遊んでるの」

 

「止めましょうよぉ!」

 

 もちろん冗談だよ、となのはが言っているがホロウィンドウのコメント入力欄、そこに煽るような内容のコメントが途中まで書かれているのは見逃せない事実だ。この女というか外道、身内に対して容赦なさすぎなんじゃないかと思うが……思い返せば自分の兄もこれぐらいストレートに容赦のない外道だったのでこれ、あの部隊の基本レベルなのかなぁ、と思い始める。これが六課のスタンダードになり始めたら転職先を考えよう。正直自分も割と手遅れな部分が客観的に見ればあると思うのでこれ以上が怖い。芸風って言っちゃえばそれでおしまいな様な気もするが。

 

「あ、そうそう、これ見る?」

 

 そう言ってなのはがホロウィンドウの中身を変える。今度は掲示板形式の内容で、管理局での噂話や最新のニュースに関する話が載っている掲示板だ。割とボロクソ叩きあっている所で……あまり長く見ていると気が滅入ってきそうだ。ただなのははそれを見ていて割と楽しそうにしている。

 

「あ、ほらほら、見てよティアナこれ」

 

「えーと……」

 

 なのはが見せてくれるホロウィンドウ、掲示板の数千番目の人物がホテル・アグスタについて話している。流石三日目ともなれば情報は拡散しているんだなぁ、と認識する。確か隊長陣の話ではホテルの損害は全て犯罪者側―――つまりスカリエッティが悪いって事になったらしいが、この掲示板に書かれている内容は全て違う。ここに書いてある書き込みはそれを真っ向から否定している。

 

「……”あの抉れ方は砲撃魔法の抉れ方で、絶対魔王なのは様がぶっぱした”……ですって」

 

「うん、何て酷い誤解何だろう。私がそんな事をできるわけないじゃないねー?」

 

 もしかしてそれはギャグで言っているのだろうか……? いや、なのはの目が笑っていない。これはガチだ。ガチで言ってきている。ガチでもみ消しに来ている。無駄にそこで上位魔導師としての風格を表さなくてもいいんじゃなかろうか。これ、なのはに憧れる魔導師が見たり聞いたりしたら確実に泣くような内容だ。というか自分も直接本人に会うまでは”高町なのは”がこんな人物だとは思いもしなかったなぁ、と思う。何気に本になったり、雑誌になったり、ドラマに出演した事もあった気がする―――まあ、これは有名どころのストライカー魔導師なら誰にも回ってくる様なものらしいが。まあ、そんな有名人が控えめに言ってこんな人格破綻者、オブラートを月の方へ投げ捨てて言えばキチガイ女王だとはだれが思ったであろうか。

 

「あ、でも私が今こうなってるのって大分というか元凶の仕業だよ」

 

「死を覚悟するので考えを読まないでください」

 

「なんで皆私をそんなに怖がるのかなぁ……」

 

 少しだけ落ち込んだ様子でなのはが俯いていると寮の管理人、アイナがやってくる此方に頑張ってくださいね、と視線だけを送ると箒を片手に、寮の入り口へと向かう。管理人はどの時間になっても忙しそうだけど、それはそれでまた楽しそうだなぁ、と窓の外の景色を見ながら思う。既に空は暗くなっている―――夜だ。クラナガンの空は少しだけスモッグやら汚染やらで濁っているが、此方はそこらへん、少し環境への意識があるのか解らないが、クラナガンで見る空よりは綺麗に見える……ちょっとだけ、故郷のエルセアを思い出す。

 

「こんな夜の空を思いっきり飛べたら気持ちいいんだろうなぁ……」

 

「ティアナは空戦適性無いからキツイねー……まぁ、でも努力で飛べるようになった人を何人か知っているしできなくもないよ? 結局は魔導師なんて才能よりも努力でどうにかする様な人種だから。まあ、ティアナは才能溢れているしコツを掴めば早いと思うよ」

 

「才能ですか……」

 

 才能、か。どうなんだろう。自分にそれはあるのだろうか。昔自分を天才だと評価し、太鼓判を押してくれる人はいた。だが自分は別段才能があるとか、ないとか、そういうのはどうでもいい様に感じている。なのはが言った通り、結局は努力が一番重要なのだから。どんなに才能があっても努力を怠れば腐ってしまう。その程度のものなんじゃなかろうか、才能なんて。それに才能なんて見えないし感じられないものに頼るのはどうもむず痒いというか……何か信じられない。

 

「ま、解らない事はゆっくり理解して行けばいいよ。ティアナ達新人はゆっくりついてくればいいから。相手が多少強くてもほら、私達自重止めたから何とかなる何とかなる」

 

「物凄い不安覚えるのでいい笑顔でそれ言うの止めませんか」

 

「うーん? 私間違った事は言ってないつもりなんだけどなぁ……おかしいなぁ……」

 

 なのはは普段からエキセントリックに飛ばし過ぎているのが原因で普通に真面目になってても飛ばしている感が残ってしまうのが悪いんだと思う。……まあ、それが解る程度には自分も高町なのはという人物と交流しているなぁ、と思う。まあ、最初の頃よりも大分気安い感じに話しかけて、話し合っているというのは結構ある。何故だかわからないが、自分の上司にあたるこの人物とは何か、こう、波長、というのだろうか。普通に喋っている分には結構話題が続く。割と話しやすい上司だと思う。ただ、まあ、これが相手が合わせてくれているのであれば自分にとっては少しだけ、恥ずかしい話だ。

 

「あ、そうだそうだ。ティアナ、明日でいいからシャーリーの所に行っておいてくれない? 皆ちゃんとやっているし順調にステップアップしているからデバイスに付けたリミッターを外すから……まあ、ティアナは元からリミッターなしでタスラムを持っているからあまり意味の無い話なんだけど。クロスミラージュの機能を解放しておきたいから。できたら他の子にも」

 

「あ、はい」

 

「私が復帰したら模擬戦するから」

 

「遺書を書くのって普通の紙でいいんでしたっけ」

 

「ネタに走っても手加減はしないよ」

 

「手加減はしましょうよぉ!」

 

 えぇ、どうしよっかなぁ、とか言いつつこっちをなのはをしきりにチラ見する。この教官、露骨にワイロを求めてきている。しかしなのはに上げられるようなワイロは何もな―――あった。一つだけなのはを満足させられるようなネタがあった。しかしこれを言っていいのだろうかという葛藤は少なからずあるが、私の命の為であれば本望だろう。なので容赦なくばらす事にする。

 

「い、イスト兄さんの面白ネタなら……!」

 

「弱みを寄越すんだ、さあ、早く」

 

 物凄いアグレッシブな上司に苦笑するしかない。この人、絶対弱みを握る事に楽しみを感じているだろうなぁ、と苦笑し、伝えようと思ったところで、なのはが溜息をつき、頬杖をつく。先ほどまで開けていたホロウィンドウはすべて消えて、此方ではなくて寮の入り口の方を特に見るわけでもなく、視線を彷徨わせている。

 

「……どうしよっかなぁ」

 

 その様子は……悩んでいるようだった。意外な姿だった、なにせ決めたら真直ぐ、心のままに―――それが高町なのはという人物のスタイルだと自分は思っていた。だから困ったような、悩む様な姿を見せるなのはの姿は新鮮というよりは軽いショックだった。接すれば接するほど常人離れした思考力と能力の持ち主なのに。何故こんなにも急に、と思った時、なのはが此方へと視線を向ける。

 

「正直ね、ティアナ。私はまだまだ大人って言える様な年齢じゃないんだよ」

 

「そう……なんですか? なのはさんってたしか十八、十九でしたよね? だとすれば十分に大人なんじゃないですか?」

 

 ミッドでは十分に大人と言える年齢だと思う。何せ10歳で前線に出て、そしてそれで”立派”と呼べるような魔導師さえ存在するのだから。それからすれば十八、十九歳の魔導師はかなりの大人、ベテランという言葉さえ似合ってくるのがミッドチルダにおける年齢への認識だ。二十三を過ぎて結婚をしていなければ遅すぎるという認識が存在する程度には。

 

「ミッドではね。私の出身世界だと二十歳で成人、それでもまだまだ子供扱いで、二十代後半に入ってからようやく大人って認められる感じなんだよね。……だから、まあ……本当は私みたいに若くて未熟なのが人に教える立場でいいの? もっとどこかで学び、覚えるべき事は多いんじゃないの? って考える事は良くあるんだ」

 

「なのはさんも人間だったんですね」

 

「ちょっと六課で皆が私をどんな風に思っているかアンケートとろうかなぁ」

 

 たぶんその他欄に種別”砲撃魔”か”魔王”でマークされるんじゃないだろうかそれ。なのはって割と意味の無い事をすることが好きな人なのかもしれない。ちなみに全員整列、横からディバインバスターまではオチが見えた。

 

「まあ、つまり私も迷う時は迷う、って言いたいんだ」

 

「人間アピール……」

 

「そろそろ怒るよ」

 

 ちょっとしたお茶目のつもりだったのだが、まあ、そこそこ真面目な話の様なのでなのはの言葉に頷く。……まあ、人間だったら迷う、迷ってしまう生き物だ。完全に覚悟を決めた―――そう言って本当に覚悟を決めていられる生物とはどれほどいるのだろうか。少なくとも、本当にそう言って実行できるやつはまず間違いなく……人間じゃない。恐ろしく、おぞましい何かだ。

 

「最初は隠そうかと思っていたんだけどねー……やっぱり隠し事はいけないだろうし、うん―――たぶんこれがティアナのハートに火をつけるんじゃないかな、って思うんだ」

 

「火をつけるって、今でも私結構頑張っているつもりなんですけど」

 

「うん、知っているよ? 私の予想通りに成長しているけどさ、ほら―――何で機動六課にいるの?」

 

「それは……」

 

 ……事件の真相を知る為、というのが一番大きな点だと思う。あの時何でああなったのか、今スカリエッティ側にいるのは何なのか、何が起きているのか等と―――そういう事件に対する真実が知りたい。そしてできたら解決したい、というのが気持ちだ。―――その上で元凶の顔面に一撃ぶち込む事ができれば最高であるに違いない。それが今の、自分の意志だ。ただ情報が何も来ないので若干くすぶっている感があるのは否定できない。

 

「でしょ? だから本当は黙っておくつもりだったんだけどね―――条件付きだけどティアナが一番知りたい事を答えてあげようと思うんだ」

 

「―――ッ」

 

「表情変わったね?」

 

 なのはは此方の変化を敏感に察してくると、笑みを浮かべる。何が未熟者だ―――この会話の流れ、最初からずっと狙ってやっただろ、と言いたくなる。指摘されたところではぐらかされるし、確実に論破されるというか……戦闘技能型の魔導師でこれだけ知恵が回るとか色々と恐ろしい。

 

 だから、となのはが指を一本持ち上げてくる。

 

「一本」

 

「一本、ですか」

 

「うん。あと三日……いや、二日で完全回復させておくから、その時に隊別に新人で模擬戦を私とやるから。ティアナとスバルの二人で私から一本取る事が出来たら今、ティアナが一番欲しがっている情報を教えてあげる。……どう、少しはやる気出た?」

 

「餌が露骨すぎですよ」

 

 だけどやる気が出てきたという事は間違いはない。なのはが持っていて此方が持っていないという事は隊長だけが知る事の出来る秘匿性の高い情報である事に違いない。そこからある程度予想は出来るが、だとすれば―――。

 

 立ち上がり、

 

「すいませんなのはさん、今からスバル捕まえて話し合ってきます!」

 

「頑張ってー。言った通り手加減なんてしないから」

 

「そこはしてください。お願いしますから」

 

 敵にも仲間にも負けられないとはつくづく、ハードで充実した職場へとやってきたものだと思う。




 ちょっとスランプ気味

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