マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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アンド・ゼン

 夜空へと浮かび上がり、現場へと向かってゆくヘリコプターの姿を視線だけで追いかける。あそこに乗っていないのは新人フォワードだけだ―――と言うのも今回の出動は、自分達は見送らされたのだ。模擬戦でなのはに負けた事をショックだとでも思われたのだろうか? ……いや、正直に言えばあそこまで何もできずに負けたのはショックだった。もう少しうまくやれるとは思っていた。圧倒的過ぎてただ現実感はないが。でも、それでも最後のなのはの言葉に色々と思う事はある。そしてそれを考える時間を隊長陣は自分たちにくれるつもりなのだろう。まあ、現状自分達の戦闘力は”いてもいなくても変わらない”という所が正直な評価で、一緒に出動するよりはこうやってメンタルを整えるのに時間を使った方が有意義かもしれない。

 

 そんな事を機動六課の周りにある森の中から夜空を見上げ、思う。もうヘリコプターの姿は見えない。現場へと急行してしまった。キャッチした反応がガジェットだけだったからたぶん、小規模な戦いだ。もしこれで魔導師の反応があればまず間違いなく自分達までも駆り出される。列車での事件以来、こういう小規模な衝突は何度か発生している。だから多分今回もまた、それだ。ただ、まあ、それはどうでもいいとして問題は自分自身だ。実際の所なのはに”その程度”で自分の願いが一蹴されてしまった事は結構なショックなのだ。自分は真剣だし、そして本気のつもりだ。

 

「どうしろってのよ」

 

 そう言うが答えが返ってくるわけでもない。……期待も別にしてはいないが。ま、新人フォワードも模擬戦を通してそれぞれ課題が見えてきた、といったところだろう。特にエリオとキャロに関しては課題が多い、というのがフェイトの言葉だった。皆大変そうだなぁ、と改めて思う。スバルはスバルでなのはに全否定されたような状況だし、自分に関しては甘いと言われて、エリオとキャロはそもそも問題外。それでも今の自分が確実にB+級魔導師の実力をこんなにも早く身に着けているのはなのはの教導によるものだ。普通はこんなに早くステップアップすることなど不可能なのだ。だからなのは、というか教導隊の人間につきっきりで指導されるという事の効果を改めて実感する。普通、教導隊の人間がここまで長期で付きっきりでどこかを指導するという事はない、何せ教導隊は何処にも人気のある隊で、仕事は腐るほど存在するのだから。

 

「その程度、ねぇ……」

 

 自分の動機を全否定されて流石にいい気分ではいられない。ただ、まあ、やる事をやるだけだ、とは思う。未熟なせいか、何が足りないのかは判断がつかない。それを丁寧に教えてくれる程なのはは甘えを許してもくれない。となれば、自分がどうにかして独力で見つけ出さなければならない。まあ、焦る必要はない―――本当の目的は若干違うし。あの列車の事件、イストに繋がるヒントを得て、やらなくてはならない事を決めている。

 

「殺さなくちゃ……今度は……私が」

 

 イストがティーダを殺したように、次は自分がやる番だと認識する。

 

 

                           ◆

 

 

「―――なのは?」

 

「うん? ごめんごめん。ちょっと、ね。フェイトちゃんのブログ炎上させたしどうやってドMなフェイトちゃんを楽しませようかなぁ、って考えてたの」

 

「ごめんなのは、まず最初に言っておくけど私ドMじゃないよ……?」

 

「え、嘘だろ」

 

 その言葉に反応したのはヴィータだった。視線がヴィータへと集まり、そしてそれから自分へと移る。だからサムズアップと笑顔と頷きを送ると、フェイトが頭を抱え始める。いや、だってフェイトは何処からどう見てもドMでしょ、と思う。だって楽しんでいる部分があるというか文句は言っても改善しようとは思ってないし。

 

「改善は無理だって諦めてるんだよ……?」

 

「金髪の子可哀想」

 

 操縦席から何かボソリ、と声が聞こえてきたので小さく笑っておく。フェイトが苦労人なのは今に始まった事ではない。というか大体皆が好き勝手やった時の被害がフェイトに集中しているような気がするが決して気にしてはいけない。フェイトも皆の為なら、とか言って受け入れちゃうのがいけないのだ。今度風呂場で何か悪戯しよう、そう決意したところで、やっぱりなあ、と呟く。

 

「どうなんだろう。解るかなぁ」

 

「流石に助言無しではキツイのではないのか」

 

 シグナムはそんな事を言ってくる。だがそんな事はないと思う。日常的に、そして最後にも結構ヒントを出しているつもりはある。

 

「結構出してるつもりなんだけどなぁ」

 

 ただ、やはり色々と教官としては不安が存在する。彼女たちの未来を形作るのは自分の仕事であり、役目なのだから。だから、自分の悩みの上位に彼女たちの事が入るのは当たり前の話だ。というか自分の生徒の事で悩まなかった事はない。―――はたして私は先人たちの様に上手く教える事は出来ているのだろうか。かっこいい背中を見せる事が出来ているだろうか。彼女たちの憧れとして前に立ち続けていられているのだろうか。悩む事は多すぎるし、尽きはしない。だがそれでも自分は上手くやっていける。そう信じて全力で、成すべき事を成す事以外には出来ない。だから、まあ、

 

 ……教えられないなぁ。

 

 今のティアナには絶対に教える事は出来ない。もちろんイストの生存も、あの一家が敵側に回っている事も。……それがティアナにバレるとしてもおそらく時間の問題だろう。次の……もしくは次の戦闘で出動した場合そのままかち合う可能性が出てくる。その時、今のままのティアナではまず間違いなく暴走する。おそらくスバルは使い物にならない。エリオとキャロは動ける、だが”それだけ”なのだ。エリオとキャロも命を賭けてまで成したい事を持って機動六課に参加しているわけではない。寧ろフェイトに連れられてやってきた、という側面が大きい。だからエリオとキャロには行動の根幹となる基礎さえも出来上がっていないのだ。

 

 ティアナとスバルにはたとえ肉親が関わっていようが貫こうとする動機が、エリオとキャロは活動の根幹となる意志が必要だ。どちらも一朝一夕で生み出せるようなものではない。だからゆっくりと教えたり、探す手伝いをしてあげたいものだ。その時間がないのが本当に悔しい。手っ取り早くそういうものを探す方法はないのだろうか。精神を鍛えるのがやっぱり近道だろうか。

 

「やっぱ磔にして砲撃あてまくれば心強くなるかなぁ……」

 

「それで心が強くなるのはテスタロッサの様な一部の人間だけだ」

 

「ごめん、何でシグナムにまでドM扱いされているか解らないんだけど―――あ、そこで訳が解らないような表情しないで。少しだけイラッと来た」

 

 まあまあ、とフェイトを宥めているとヘリコプターの外に炎に燃える街が見えてくる。そこで暴れているのはガジェットのみだ。ロングアーチから情報をレイジングハートに処理させながら、既に展開済みのバリアジャケットを揺らし、立ち上がる。相手がガジェットのみであるのは少しだけ……残念だ。もしかしてあの馬鹿な元先輩に会えたかもしれないからだ。そして会ったら―――今度はリミッターを無理やり破壊してでも止める。あの目は気に入らない。放っておけばそのまま自滅しそうな目をしていた。だから、誰かが……止めなくては。

 

 たとえ彼が自分の知らない存在に変質していたとしても。

 

「……ま、先輩が先輩なら後輩も後輩という事で」

 

 ヘリコプターの淵に立つ。

 

「―――スターズ1、高町なのは。標的を殲滅します」

 

 どいつもこいつも救いようがない。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぁーあ……ちょっと眠い」

 

「持って来たよー」

 

「あぁ、悪いわね」

 

「ありがとうございます」

 

「ぐっじょぶ」

 

 何時も通り、夜中には蜂蜜入りのホットミルクを飲む。それを食堂のカウンターからテーブルへとスバルが運んできてくれる。自分のマグカップの中にはなみなみと暖かいミルクが注がれており、眠気を晴らすには丁度いいものだと思う。何せ隊長達が出動中なのだから自分たちは寝るわけにはいかない。もしかして誘導で本部が……なんてこともあり得るのだ。まあ、ザフィーラとはやてが残ってくれているのでそこまで心配する必要も緊張もしている必要はない。要は心構えの話で、そして模擬戦の敗者の集まりだ、これは。

 

「フェイトさん強かったです……」

 

「フリードを肉壁にしたのにあっさり負けたー」

 

「あぁ、流石の私もアレにはドンビキだったわ」

 

 エリオとキャロの模擬戦相手はフェイトだった。かなり二人に甘いフェイトだから手加減するのではないか、と疑いもしたが、そんな事はなかった。なのはと全く同レベルの本気具合をフェイトは発揮し、エリオとキャロに襲い掛かった。全行動、速度に置いてエリオを超越し、火力もあっさりと最大火力であるフリードを超える化け物っぷりを発揮した。それに対抗する様にキャロは超外道戦法を採用した。フェイトが接近して攻撃する時、竜魂召喚で巨大化したフリードを強制召喚術で手元に召喚し、攻撃と同時に壁にしたのだ。一切の迷いもなく。しかも一度ではなく何度も。そうやってフェイトの攻撃を防いでいたために実は戦闘時間は私とスバルのペアよりも長い―――フリードが処刑され続けるだけの光景だったのだが。

 

「きゅ、きゅ、きゅくるぅー……」

 

 そんなフリードは今、キャロに本能的恐怖を覚えているのかエリオの座る椅子の裏に丸まって隠れて、キャロに近づこうとしない。フリードは優しいなあ、と思う。―――私だったら半径十メートル以内は金輪際近づくのを止めるぐらいにはトラウマになると思う。フリードは頑張ったし今度給料でちょっといいお肉でもプレゼントした方がいいかもしれない、新人のリーダーとして。

 

「え、でも普通じゃないですか? なのはさん言ってましたよ”男の子は女の壁になるものだ”って」

 

 それって本当に一部の男の事を示しているというか自分の経験を間違った桃色チビに教えるのを止めてくれないだろうか。おかげで化学反応を起こしている。そしてその横でエリオがもしかして僕も、とか言いだして震えているので本当にやめてほしい。次の出動の前にエリオの心が折れるぞこれは。

 

「はぁ、ホットミルクが美味しい」

 

「ティア、逃げてない?」

 

「うっさいわボケ」

 

 少しぐらい逃げたっていいだろう。だって私、頑張っているじゃない。このまとまりのないグループのリーダーっぽいポジションを。スバルは馬鹿だし。エリオは胃が死んでるし。キャロは桃色天然チビだし。……最後の劇薬だけどうにかすれば平和なんじゃね、と一瞬思いもするがああいうキチガイに限って状況を動かしたりするので死にたくなる。アレだろうか、なのはがこれだけ、とか言った答えって”キチガイ感”が足りない―――とかじゃないよなぁ。

 

「で、エリオ達も」

 

「あ、はい。フェイトさんに技量とかは及第点ですが、しっかり考えて、と」

 

「何がいけなかったんだろう……もっと数が必要……?」

 

「きゅ!?」

 

「そこ、ペットを犠牲にして押し進めるような方向性は止めなさい」

 

 この桃チビ、全く持って油断も隙もない。少し目を離せば異次元へと思考を飛ばしそうになるから全く目が離せない。それさえなきゃ頼りになるし大分まともになるんだが……たぶん、この子が一番なのはの”芸風”に影響されているなあ、と思う。まあ、芸風とか言っちゃう時点で手遅れなのはもはや周知の事実なのだが。たぶん機動六課を外側から眺めている人間からすれば五十歩百歩……だったか? そんな状況なのではないかと思う。まあ、自分も結構頭のおかしい部類に入るけど機動六課のスタンダードはちょっとレベルが高い。はやても凄まじい勢いで色々とやってほくほく顔で交渉から返ってくるし、そろそろ隊の名前を外道六課に進化させた方がいいんではなかろうか。

 

 あぁ、ホットミルク美味しい。

 

 平和過ぎる程に平和だ。……まあ、こんな平和が長く続かない事ぐらい十分に理解している。そういう職場にいるわけだし。それに今だって隊長達が働いているからこその平和だ。犯罪者に待ったなし、彼らが起きている間が我らの勤務時間。何時になったらこのエンドレスなイタチごっこは終わるのだろうか。

 

 ……まあ、少なくとも管理局がある間は永遠ね。

 

 犯罪者を飼っている意味でも、追い続ける意味でも、反抗勢力がいる意味でも、管理局が存在し続ける限りは永遠にそういう時代が来ることはないだろうと思う。まあ、確実に自分が生きている間に恒久的平和が訪れる事は絶対にありえない。ラブ&ピースなんて馬鹿が見る夢だ。現実に救いなんてものはない。

 

「悩ましいわねぇ」

 

「そうなの?」

 

「むしろ悩みしかないです」

 

「大丈夫エリオ君? 私が手伝う?」

 

「全力で遠慮させてください。お願いします。お願いですから」

 

 エリオの生き残れる未来が想像できない。マルチタスクを全開にしても未来が見えない―――。




 アレですね、原作での頭冷やした後の夜。ようやっとここまで来たか、って感じで。というかここに来るまで120話を軽く超えているなぁ、と今更ながら。

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