マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ストーキング・アンダー

 痛みを感じながらも状況の把握に努める。感情とは別に思考が冷静に動く。どこまでも思考の時間はマルチタスクによって分割され、計算され、加速され、そして状況がゆっくりと眺める様になってゆく。ある種の超演算時間の中で素早く思考する。視界に映るのは銀色に髪を染めた人物だ。

 

 イスト・バサラ。

 

 懐かしい人物とも、少し困った人物でもある。自分にとっては少し困った知り合い。はやてにとっては古い友人。そしてなのはにとって―――道しるべになった人。自分にとってはそこまで深い人物ではないが、なのはにとってはコンビを結成していたぐらいには深い、というよりは重要な人物だ。昔、大変世話になって教育方針やら色々と、教わったらしい。話によれば普段はアホみたいにふざけるが、色々と教わる事の出来る立派な人で……少しだけ、尊敬の出来る人だった。人間らしく、誇り高く、そういう事をモットーに生きる人。

 

 それが今の姿はなんだ。今では人間じゃなくてただの怪物だ。理性の欠片もない。銀髪なのはおそらくユニゾンによる影響。理性がないのは……スカリエッティの仕業か? 調べた結果動きが酷似ではなく一致というレベルで覇王のクローンと一緒だった。確実に何かされているというのは間違いない。話したのは数回だけだけどいい人だってのは知っている。だからどんな人だったかも、少しだけ知っている。そしてそれから思う。

 

 ―――見るに堪えない。

 

 そう、見るに堪えない。何がどうなってそこへと言ったのかは解らない。だがそこには昔、見た様な姿を一切感じられない。それが耐えられない。今の一撃も、なのはに叩き込んだ一撃も、間違いなく殺す気だった。……昔は仲間だったのに、迷う事無く殺すつもりだった。今のもとっさに回避と衝撃逃がしを行っていなければ確実に死んでいたと言ってもいい。

 

 何が、

 

「何がそこまで貴方を追い込んだ……!」

 

 めり込んだ壁から体を引きはがす。視線の先、イストは理性のない目であの少女を、保護しようとしていた少女を睨んでいる。声は聞こえた。オリヴィエ、彼はそう叫んだ。つまり―――また命が冒涜されたという事だ。また生み出されたというわけだ。そして、……また殺そうとしているのだろうか。いや、解らない。調べなきゃ解らない。ただ今解るのは、

 

 私が時空管理局の執務官で、機動六課の人間だという事だ。

 

「フルドライブッ!!」

 

『Full drive mode』

 

 バルディッシュが答える。バリアジャケットは最低限の防御機能を残し、余分な装飾をパージし、そしてバルディッシュの姿が二刀の姿へと変化する。ライオットザンバーフォーム。フルドライブモードを迷う事無く発動させ、全速力で壁から体を引きはがし、一歩を踏み出そうとしたイストの姿へと加速する。殺意を無造作にばらまくこの怪物を絶対にエリオやキャロと―――絶対にティアナとスバルと会わせてはいけない。今更ながらなのはがティアナへと語らなかった理由が理解できる。

 

 こいつは殺してくる。

 

 容赦の欠片もなく、殺しに来る。だから、心が折れる前に遠くへ引き離さなきゃ駄目だ。それだけは絶対だ。子供に道をつけて導くのが大人の役目であるのならば、

 

「付き合ってもらうぞイスト・バサラ」

 

「オリヴィエ―――殺すッ!!」

 

 ライオットザンバーの二刀を交差させるようにイストの体へと叩きつける。瞬間的に感じるのは圧倒的強度―――硬い。ダメージがまったく通る様な気がしない。だが相手を地面から引きはがす事には成功する。だからその勢いのまま、全速全力でそのままイストの体を己の姿毎、前方へと運ぶ。目の前にビルが見えるが、それを気にする余裕は無い。

 

 イストと己ごと壁を貫通し、そのままビルの中へと姿を叩き込み、吹き飛ばす。両足で着地し、ビルの……デパートのショウケースを破壊しながら立つ姿を確認する。イストが此方を睨んだ、此方を敵として認識している。だから、少女の姿を見た時見かけたものを思い出しながらエリオとキャロへと素早く声を投げる。

 

「エリオ! キャロ、早くその子を連れて下水道へと潜って―――たぶんレリックが落ちている!」

 

 返事は聞こえないし、確認する余裕もない。ただ此方の状況はロングアーチへと通じる様に先ほどから回線を開きっぱなしにしている。そのおかげかこのビルからは人の姿が消えているし、周りも逃げ惑う人の声でかなり騒がしい事になっている。ライオットザンバーを構えつつ、イストへと視線を向けたまま、口を開く。

 

「イストさん、やめてください。何故そちら側にいるかは解りませんが、此処で戦えば―――」

 

「―――知った事じゃねぇよ女。黙ってろ。お前には解らない。絶対に解らない。それが間違っている事だと理解していても現実に抗うために全てを捨てる事の意味が。立場を、友人を、居場所を、全て捨てた。家族を捨てて友と居場所を選んだお前にだけは一生理解できないだろうよ―――狂気に身を落としても家族を救おうとする気持ちはなぁ!」

 

「ッ!」

 

 間違いなく十年前の―――PT事件の話をしている。母を捨てて、なのはを、ハラオウンを、此方側に来ることを選んだと言っている。だがそれは違う。

 

「私だって……!」

 

 ―――母を救いたかった。

 

 叫びながらイストへと接近する。フルドライブモードを外して戦える限界がどこまでかは知らない。だがこの男を野放しにすることはできない。危険すぎる―――ここで落とすか殺す必要がある。殺傷設定へとバルディッシュの設定を変更させる。殺す気でやらなきゃ絶対に殺される、という確信がある―――だからある程度安心できる。殺す気で本気を出す事なんて久しぶりだ。シャーリーから追加パーツやらも受け取った。危険だから自分から封じていた一部の技能も使う決意をしている。

 

 それらを全て駆使して闘わなきゃいけない相手だ。

 

「殺す、目覚める前にオリヴィエを殺す。殺さなきゃいけない。死の安息は保たれていなきゃいけない。だから殺す。絶対に、殺す」

 

「……悲しむ前に、貴方を止めます―――たぶん、皆の中で一番相性がいいのは私で、可能性を持っているのも私だろうから」

 

 移動系魔法を常時発動状態へと変更させ、刹那でイスト背後へ回り込み、首へと目掛けて刃を振るう。―――一切の躊躇もなく、その首を切り落とす為に。

 

 

                           ◆

 

 

「くっ」

 

 揺れた。地上で凄まじい衝撃が発生し、そしてそれで地下の下水道が揺れたように感じる。いや、実際に揺れたのだ。地上では銀髪の化け物とフェイトが戦闘しているのだろう。彼女の実力の一端は知っている―――それでもまだ、本当に勝てるかどうか確信できない。それだけにあの存在は”怖かった”と表現するのが正しい。強い、ではなく怖い。勝てる勝てないのイメージではなく、ひたすら恐怖を叩き込んでくるイメージだ。……六課の隊長陣とはまた別の強さの種類だと思う。……こう、理性そのものがまるで最初から存在しないような、そんな印象だった。

 

「エリオ君、ティアナさん達も下水道に入ったって!」

 

「よし、合流しよう!」

 

「うん、スバルさんのお姉さんも合流して向かってくるって。隊長達はもう少し後!」

 

 それは非常に頼りになる。スバルが前、姉は自分よりも非常に優秀なグラップラーだって言っていたのを思い出す。たしか……所属は陸士隊だったか。この状況で一人でも多く合流できるのは心強い。と、思考を戻す。下水へと降りる直前にフェイトは言っていた、レリックがあるはずだと。その根拠は何か、と問われると―――この少女、今自分が背中に背負っている少女の足、そこには鎖がつながっており、そこに箱がくっ付いている。その中身は空っぽだが、

 

「レリック保存用のケースだよこれ。何度か見た事がある」

 

「うん」

 

 少女の体の下敷きになっていて見えなかったが、そういうケースだ。ただ中身が空っぽの所を見るとどこかで落としたのだろう。少女を、オリヴィエと呼ばれた少女を背負い直しながら、如何するべきか、そう悩んでいると、キャロがホロウィンドウを消す。

 

「エリオ君、他の皆が追いかけてこれるようにマーカーを表示させて、この子が通ってきた道を軽く探知したよ」

 

「ナイス」

 

「えへへ」

 

 少女を背負った状態で、キャロと共に少女が辿ってきた道を歩き出す。ティアナさえ合流してくれればあとは結構どうにかなると思う。何気にティアナは転移魔法を使う事が出来る。緊急時だし長距離転移は許可されるだろうから、これで少女を安全な場所へと飛ばせれば十全に探索を開始する事が出来る。流石に少女を背負った状態でレリックの捜索とかは無理だ。……しかし、懸念する事はレリックとかじゃなくて、やっぱりこの少女の事だ。

 

「ねえ、キャロ」

 

「うん?」

 

「……オリヴィエ様って本当かな?」

 

 そこだ。この子が本当に聖王オリヴィエのクローンだとしたら色々とヤバイ問題に首を突っ込んでいる事になる。そこまで知識が広い訳ではないが、聖王教会と管理局等と、物凄い所を巻き込む大騒ぎになるという事は理解できる。そしてオリヴィエだからこそ殺そうとするあの男の姿、訳の解らないことだらけだ。もし、今回を生きて終える事ができれば色々と説明はしてもらえるのだろうか。……いや、してもらわなきゃ困るのだが。

 

 キャロと一緒に歩きながら、そんな事を考える。走る事は出来ず、割とゆっくりと警戒しながら歩いているので、そうやってくだらない事も真面目な事も考える時間だけは存在する。だからそう得意でもないけど、考える時間だけは存在する。そして、だからこそ考える。これからどうすればいいのだろうか、如何すれば追いつけるのだろうか。どうすれば、勝てるようになるのだろうか。和解、という一言で終わらせてしまうのは簡単だ。でもこの前、皆でビデオを見た。なんだかなのはが酔った勢いで自慢大会を始めた感じだったが―――九歳の時点でなのはは既にエース級、ストライカー級の実力を持っていた。それを見てしまうと年齢なんてものでは言い訳できないような気がする。

 

「悔しいなぁ」

 

「エリオ君?」

 

「何で、僕達ってこんなに弱いんだろうね」

 

 フェイトが一撃を受けて襲われた時、動く事さえできなかった。フェイトが吹き飛ばしてくれるまで逃げるという事さえできなかった。心の底から恐怖を感じて動きが凍っていた。今、こうやって冷静になると恥ずかしいばかりだ。真っ先にキャロを守らなきゃいけないのは騎士の心得を、その手ほどきを受けている自分なのに。なのにフェイトがあの男を吹き飛ばして運んだ時―――安心してしまった。

 

 最悪だ。

 

 男としてあまりにもかっこ悪いとしか言いようがない。

 

「エリオ君? 何か落ち込んでる? 慰めてほしい? 慰めてほしいよね? 今日は勝負下着だし大丈夫だよ。後ろの荷物は捨てて抱きついてきてもいいんだよ?」

 

「色々と台無しだよ」

 

 あぁ、ティアナがツッコミいれている時って大体こういうノリとか気持ちなんだろうなぁ、とどこか納得してきてしまったのが嫌だ。しかしこの苦労を毎回一人で受け持っていたのか、彼女は。そりゃあストレス感じてそうだ。今度からは自分もコツをつかんだし一緒にツッコミに参加するべきなんじゃなかろうか。……うん、生き残れたのならそれを考えるべきなのかもしれない。

 

 背中に背負った少女を下ろしながら、ストラーダを手に取って構える。同時にキャロも口を閉じて自分の後ろへと下がる。魔法陣だけを互いに展開させ、そして無言で前方へと視線を向ける。そこからは隠しようもない気配を感じる。息をのみ、つばを飲み込み、感じたばかりの気配を緊張と共に待つと、前方から一つの姿が現れる。

 

 一言で言えば、フェイト。

 

 それに少し付け加えるなら、フェイトに良く似た人物。

 

 雰囲気はもっと明るく、活発に思え、髪の色は金ではなく、水色だ。此方を見かけるのと同時に困ったような笑みを浮かべる。バリアジャケットはフェイトの物に似ている。ただ細部のデザインが少々違うだけだ。ただ相手はデバイスを片手に握り、此方を見ている。

 

「ありゃ、レリック探してたら先にちっこい王様見つけちゃった。これ、どうしよっかなぁ……うーん、あんまり子供殺すの好きじゃないんだよなぁ、僕」

 

 その言葉に武器を構える。

 

『詰んだよエリオ君! 超詰んだ!』

 

『お静かに』

 

 九割方詰んでいるのは解っているけど、それでも諦めるわけにはいかない。先ほどは醜態を晒したが、今度こそは、

 

「まぁいいや。三人纏めて捕まえて、後で話を聞けばいいか」

 

 そう言ってバルディッシュに良く似たデバイスをフェイトに良く似た人物が構えた瞬間、

 

 ―――相手の姿が消え、自分の意識が喪失した。




 ぴーんちっ!

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